くるくる。くるくる。
指で己の髪の毛をいじりながら、安斎千代美は考える。
いや、『考える』と言える程、建設的なことは何も浮かんでいない。
どうしよう。
ただ漠然と、そんなことを頭の中でリピート再生しているだけだ。
いくら髪の毛をくるくる指に巻きつけようと、頭の方はちっとも回ってくれなかった。
「くそっ……」
これでも一応、それなりに頭は回る方だと思っている。
そりゃあ、勉強が出来るかと言えばノーだが、それでも物事を考える力が無いわけではないはずだ。
実際にアンツィオ高校を立て直してきたし、圧倒的戦力差を戦術で覆したこともある。
それに、隊長は頭が悪くては務まらないと、月間戦車道にも載っていた。
GPSの役目だって、相手の動きを先読みし的確な指示を出すためには、それなりの脳味噌がいる。
そう、頭は決して悪くない。悪くないはずなのだ。
「どうしたら……」
別に自分が天才だなんて思っちゃいない。
戦術家として西住姉妹に劣っている自覚はあるし、大洗連合において隊長も副隊長も与えられなかったことを考えると、
もしかするとこの場にいる全校の代表の中で一番劣っているのかもしれない。
それに、勉強という点で言えば、まあおそらく下から数えた方が早いだろう。
それでもペパロニよりは数倍マシだという自負はあるが、自分が勉強の出来る人間だと自惚れたことは一度もない。
でも、それでも。
アンツィオ高校の頭脳は、ドゥーチェである“アンチョビ”なのだ。
どれだけ他校の首脳陣に劣ろうと、それを言い訳に思考を止めることなど出来ない。しない。許されない。
千代美には、義務があるのだ。
自分の陣頭指揮の元、部員全員怪我なく笑って卒業させるという義務が。
そしてそれは、単なる義務でなく、千代美自身の強い願いでもある。
「よっす、ちょびー」
何も思い付かない焦燥感を吹き飛ばすように、不意に声をかけられた。
弾かれたように振り返ると、角谷杏が軽いノリで左手をヒラヒラ振っていた。
あまりにも自然体すぎて、その右手にある拳銃が、何かのジョークのように思える。
「な、え、おまっ……!」
千代美の頭を混乱が支配する。
元々、自分自身のピンチでは頭が上手く働かず、具体的な打開策を打ち出せない所があった。
それはどうやら戦車の外でもそうらしい。
せめて逃げるか向かうか出来ればよかったのだろうが、しかし体は全く動かなかった。
「あー、そんなビビらなくていいって。撃つ気ならとっくに撃ってるし」
そう言って、杏が銃口を明後日の方向へと向けた。
結果として、肩をすくめるポーズみたいになっている。
ついでに表情も「ア~ハン? 何を言ッテンデス、コノFucking Japハ?」みたいなソレだった。
「……まあ、そうかもしれないが……」
非常に腹立たしかったが、しかし千代美は、その表情に触れることが出来なかった。
その態度に触れることも出来なかった。動作にも、そもそも銃口を向けていたことにもツッコまなかった。
杏の態度は、まあいつものことだと言えよう。
しかし、この状況でも『いつものこと』を続けられることに、言い様のない不安を抱いてしまっていた。
「大分参ってるみたいだねぇー」
「あ、当たり前だろ!」
千代美にだって、自分が相当参っていることくらい分かる。
それほどまでに、先程の虐殺ショーの効果は絶大だった。
ノリと勢い中心で生傷が絶えないアンツィオ高校をまとめているのだ、多少の怪我や流血沙汰は見慣れている。
喧嘩や争いごとにだって、何度も介入してきた。
でも、今度ばかりは駄目だった。
勢い任せな無鉄砲少女達を束ねる立場のくせに、部員が怪我をすることすら避けたいと思っていたくらいには、千代美は人が傷つくことが苦手だった。
スポーツですら無い、
ルール無用の傷つけ合いなど、受け入れられるはずがない。
「当たり前、ねえ~」
「そういうお前はどうなんだよ……」
いつものように、自然と近場の椅子に腰掛ける。
干し芋でもあれば、きっとそれだけでいつもの光景と同じになる。
そのくらい、普段と変わりがなかった。
「決まってるじゃん、参ってるよ」
、
平然と、言ってのけた。
本当に、当然のように、しれっと、さくっと、あっさりと。
「……さっき死んだ娘は、うちの、大洗の子だ」
聞いている千代美の口が、ぎゅうと強く結ばれる。
別段絡んだ相手ではない。
それでもその特徴的なオカッパ頭は、よく記憶に残っていた。
「風紀委員で、よく雑務を頼んでたっけ。真面目ないい生徒だったよ」
口にしたくないであろうことまで、杏は淡々と語っていく。
さすがに、彼女の瞳が憂いの色みを帯び始めた。
たまらず千代美は、顔を背けてしまう。
杏は、真っ直ぐに、前を見つめているというのに。
「……でも、俯いている暇なんてあるわけないっていうかさ」
普段通りに振る舞える。
それが、きっと杏の強さなのだろう。
千代美には、悔しいけれど、それがない。
少なくとも千代美にとって、今の状況で発揮できる『千代美だけが持つ強さ』なんてもの、何もない。
どれだけ西住流に劣ろうが、まともな戦術の一つや二つ浮かんでくれればそれを強みと呼べたであろうに、今は何を考えても空回りする一方だった。
「私はあいつらの“会長”だ。まだ生きている生徒を、生きて帰さなくちゃならない」
そこに居たのは、いつも戯けた杏ではなく、しっかりとした意思の元で大洗を率いていた生徒会長角谷杏だった。
静かな口調であるのに、その言葉からはとてつもない力強さを感じる。
「学校の風紀のため、文字通り命を賭けてくれた娘もいるし、私だって自分の仕事くらいしないとね」
言いながら、杏が己のポケットから何かを取り出す。
思わずビクリと反応した。
そんな千代美を気にすることなく、杏がソレを差し出す。
「それで、これからどーするつもりなんだ、ちょび」
スマートフォン。
その画面に表示されているアプリに、千代美は見覚えがない。
それでも、杏の意図を察することくらいは出来た。
「…………分からない」
アンツィオをまとめる“ドゥーチェ・アンチョビ”としてなら、こんなことは言わなかった。
仮に口にするとしても、もっと冗談めかして、笑いながら言ったであろう。
この場にいるのが、杏以外の誰であったとしたら、きっとこんな沈んだ口調で言うなんてことしなかった。
「私には……何が出来るんだ……?」
だけど、杏の意図と、その決意を察することが出来てしまったから。
“ドゥーチェ・アンチョビ”でなく、“角谷杏の旧友・安斎千代美”として、正直な気持ちを答えた。
「こんな酷いこと、止めたいのに……どうしたらいいのか、全然わからないんだ……!」
不甲斐なさに、思わず泣きそうになる。
声もいつしか震えてきた。
情けない。視界までぼやけてきているじゃないか。
ゴシゴシと目を擦り、少しでも格好つくようにする。
格好つけるような相手ではないが、しかしそれでも、あまりにみっともない姿は見せたくなかった。
「うーわ何、そんなこと悩んでたの。真面目だねー」
涙を拭い去った視界で、杏が本当にいつものようにクソ舐めた表情をしていた。
これがコミカライズされた世界だとしたら、ちょっとギャグ調にデフォルメされているであろうくらい、先程までと雰囲気がかけ離れている。
おいおいギャグ漫画のツッコミ役かこの野郎。
「そ、そりゃそうだろ! い、命が懸かってるんだぞ!?」
命懸け。
改めて言葉に出すと、ゾクリとするものがあった。
しかし杏は、その言葉にも動じる素振りを見せない。
「そーだね。正直めちゃくちゃヤバい状況だと思うよ」
そういえば、こいつは元々こういう奴だった。
誰がどう考えてもヤバいような状況でも、いつだって飄々と振る舞う。
でも――
「……じゃあ、どうするつもりなんだよ」
でも、杏は、いつだって水面下で動いていた。
大洗が廃校の危機に瀕していた時だってそうだ。
決して人前――特に自分を慕う者の前では、苦労する姿や苦悩する姿は見せない。
「脱出のための具体的な方法とかは、なんにも考えてないし、考える予定もないかな」
今度は千代美が、ギャグ漫画のような間抜けな表情をする番だった。
てっきり何か考えがあって、その仲間に相応しいかどうか知るためのやり取りだとばかり思ったのに。
「さっきちょっと考えてみたけど、何も浮かびそうになかったし」
言いながら、杏が九九式背嚢から干し芋を取り出した。
干し芋持ってるのかよ、お前。
「でもさ、私が無理して考えなくてもいいと思うんだよね。
私に出来ないことは、ソレが出来る人に任せる。頼る。丸投げする」
言いながら、杏が干し芋を食べ始める。
もう完全に、日常の光景だった。
首についた鈍色に光る首輪を除けば、ではあるが。
「一人の力じゃあ全部は出来ないしさ。だから無理な部分は全部頼るよ。
例えそれが自分の命であろうと、愛する学校の廃校だろうと、全部誰かに託せる」
杏は、一度として陣頭指揮を取らなかった。
河嶋桃に、
西住みほに、全てを任せ、自分は手足となってきた。
そこに生徒会長としてのプライドなんて無い。
適材適所というやつだ、自分は出しゃばるべきではない。
そう考え、杏は常に、その命を預けてきた。
「戦車だってそうっしょ。大事なのは自分に出来ることにベストを尽くし、あとは仲間を信じることってね」
それが、角谷杏の戦車道。
それが、角谷杏の生き方。
「私に出来るのは、信用して命を預けることと、汚れ仕事を引き受けたりケツを拭いてあげることだしさ」
千代美は知らないが、杏は裏ではそれなりに黒いこともしてきた。
西住みほへの脅迫など、目的達成のためなら、汚れ仕事だってする。
泥を被るのは、トップたる“会長”の仕事だ。
「ま、中にはかーしまみたいに器用に色々出来る娘もいるけど、それでも砲撃当たらないとか出来ないことはあるしさ。
だから、ちょびが全部一人でやろうとしてるの、私にゃ信じられないなー」
その言葉が、千代美の胸に突き刺さる。
別に、ペパロニやカルパッチョ――アンツィオの皆を信頼していないわけではない。
ただ、自分が、やらなくちゃと思っていた。
自分がやらねば、誰もアンツィオの皆を救えないのでは、と心のどこかで思っていた。
仲間に、後輩に、頼っていいような規模の問題じゃないとすら思っていた。
「頼れる知り合いがいないわけじゃないんだし、いいんじゃないの、分かんないなら分かんないで。
殺し合いって言ってるのにチーム戦みたいだし、やっぱり頼る前提なんじゃない」
それは、一人で何でも背負おうとした、ドゥーチェの肩から何かを奪ってくれるようで。
「一人ぼっちで背負って何とかなるようなものじゃないっしょ」
旧友からの、そして同じく生徒を導く立場の者からの言葉は、千代美の胸に刺さり続ける。
「もう一回、今度は聞き方を変えようか」
干し芋をゴクリと飲み込み、もう一度、スマートフォンを見せてくる。
「お前は、どーしたいんだ、ちょび?」
どうしたい。
どうするかでも、どうしないといけないでもなく、どうしたいのか。
そんなの、決まってる。
「皆一緒に、帰りたい」
一人の犠牲が出た以上、それは叶わぬことだと理解しているけど。
だけど。
「ああ、それで、パスタを食べなくちゃな。皆で食うんだ。わいわいと、美味しいパスタやイタリア料理を」
それでも、思い描くのは、皆で笑ってご飯を食べれる普通の日々。
あの日常に、千代美は帰りたかった。
「いいんじゃない。お通夜ってのは、往々にして賑やかにやって送り出すもんだしさ」
「ああ……あの娘のためにも、盛大に、笑顔でパスタパーティーしなくちゃな」
きっと、笑うなんて出来ない娘もいるだろう。
きっと、パスタなんて食べる気分じゃない娘だっているだろう。
それでも、笑って、食べるのだ。
そうやって日常に帰らないと、きっと死んでしまった者達だって喜ばない。
ましてやあの場で死んだのは、風紀のため、皆のために反抗した少女なのだ。
落ち込むばかりで学業にも身が入らないとなれば、きっと死んでも死に切れないだろう。
「うん、なら、それでいいんじゃない。どうやって出るのかは知らないけど、そーいう大規模なパーティーの主催に一番向いてるのはちょびだしさ」
「……まあ、湿っぽい空気を吹き飛ばすには、ノリと勢いが必要だしな!」
「それにさ、アンツィオは、自分に素直な娘が多いのが特徴なんでしょ」
それは、アンツィオの長所でもあり短所でもある。
しかしそんな校風や生徒が、千代美はとても好きだった。
そして、自分もそんなアンツィオの一員であると、度々実感していたのに。
「じゃあ、出来そうなのかどうかとか、どうすればとか考えず、素直に『皆でパスタ食べたい』でいいじゃん」
アンツィオを率いる自分が、ノリと勢いを殺してしまってどうすると言うんだッ!
「ああ。私は――皆で帰って、絶対にパスタを食べる! その時には、約束の干し芋パスタも作ってもらうぞっ!」
先程までと打って変わって、千代美の表情は希望に満ちていた。
何か打開策が見つかったわけでもない。
けれども、千代美の心を覆いつつあった黒いものは、どこかに霧散してしまった。
「んじゃ、スマホ出して。チーム作ろーよ。あと、ついでに支給品とか確認しておいたら」
言われてから、自分は何もチェックしていなかったことを思い出す。
まったく、どれだけ追い込まれていたというのか。
自分で自分が情けない。
「こっち干し芋だったし、パスタとか鍋でも入ってるかもよ」
「それ、支給品なのか……?」
「戦時中は芋ばっか食べたらしいからねえ。軍用食料軍用食料」
言いながら、杏は更に干し芋を口に放り込んだ。
このペースだと、ここを出るまでに食べ尽くしてしまいそうだ。
「いっそ調理環境が整ってさえいれば、この会場でパスタパーティーくらいなら出来るんだが……」
言いながら、千代美が中身を出していく。
銃とナイフ、レーションを粗方出した所で、最後の支給品が出てきた。
「……意地でも仲良くパスタパーティはさせない、か」
どくろマークのラベルが貼り付けられた小瓶。
付属の解説書を読むまでもない。明らかに毒物だった。
きっと、さっきまでなら、頭を抱えていただろう。
自分のしたいパスタパーティに反するものの登場に、どーしたものかと無駄に悩んでいただろう。
でも、今は。
「知ったことか!」
乱暴に小瓶を空け、その場で逆さまにする。
ゆっくりと、中身が床へとぶちまけられる。
おおーと杏が間の抜けた声を出してる間に、瓶は空っぽになっていた。
「無理だ無駄たと言われながらも、アンツィオだって立て直したんだ」
極貧で弱小。
部員数も微々たるもの。
その立て直しなど、普通は不可能。
「この程度で諦めるわけないだろ!」
だが、千代美はそれを成した。
ノリと勢いを束ね上げ、方向性を打ち出し、足りない分は皆の力を借りながら、成し遂げた。
そうだ、今の苦境と、何が違うというのか。
「絶対に、皆で笑ってパスタを食べるぞ!」
ノリと勢いだけかもしれない。
けれども決して、そのノリと勢いを消させやしない。
ノリと勢いで無闇に誰かを傷付けさせもしない。
それが、安斎千代美の――アンチョビの戦車道にして生き方。
彼女にしか、出来ぬことだ。
「吹っ切れたみたいだねー」
ガサガサと干し芋の袋を丸めながら、杏が言う。
どうやらもう食べ尽くしてしまったらしい。
「……んじゃ、改めて聞いておこうかな」
そして、再び、真剣な顔になる。
同盟の誘いなら断る気はない。
どうせ改まってのそういう誘いだろうと思ったが――しかし発せられたのは、千代美が予想していなかったものだった。
「ちょびンとこの連中が、人を殺して帰ろうとしてたらどうする?」
それは、千代美が気が付いていなかった、気が付かないことにしていた仮定であった。
「そんなこと……」
「あるわけない、か。まあそうだと思うよ。でも絶対にありえないってわけじゃない」
アンツィオの生徒はアホだ。
控えめに言って賢い生徒などほとんどいない。
更には自分の感情に忠実すぎて自制心もない。
悩み、混乱し、死にたくないという思いに素直に動いてしまう可能性も、絶対ないとは言い切れなかった。
「そう、だな……手を汚そうとする娘や、もう汚しちゃった娘もいるかもしれない」
自分が、悩み、戸惑い、答えを出せなかったように。
苦悩し、結論を出せず、流れのままに手を汚す者もいるかもしれない。
「正直――実際そんなことになったら、どうすればいいのか、どうするのか、分からない」
そんなケースに直面してみないと、どうするかなんて分からないというのが本音だ。
人を殺すような事情がどんなものかは分からないし、また殺された側の友人がどう思うかも、今はまだ貧困な想像力でしか考えられない。
だからきっと、ここでどれだけ考えようと、机上の空論に過ぎないと思う。
だけど。
「でも――それでも、私は皆と一緒に帰りたい」
『何が出来る』は分からないけど、今『どうしたい』かなら分かるから。
今度は、素直に、堂々とそれを口にできる。
「大学選抜チームとの試合、すごく楽しかったんだ。その後の宴会もな。
私は、アンツィオの皆もだし、あの時一緒に戦った皆のことが、大好きだ」
自分は、たまたま運良く杏と出会うことができた。
けれど、もしも恐怖でおかしくなってる娘と会っていたら。
上手くなだめられずに、戦闘になっていたかもしれない。
下手をすると、自分が手を汚す形となり、正当防衛だと自分に言い聞かせていたのかもしれない。
「だから――私は、もし道を誤った娘がいても、見捨てたくない。一緒に帰りたい」
自分だって、間違いを犯す可能性があったのだ。
そんな自分が、どうして他の者を責められようか。
「悪いのは、こんなことを開いた奴らなんだ。そいつらを倒して、そして――」
俯いていた弱い自分を、杏が救ってくれたように。
今度は自分が、他の誰かを救いたい。
「戦いのことは全部水に流して、皆で笑ってまたパスタを食べたい」
真っ直ぐに、杏の目を見る。
杏は、少しだけ、嬉しそうに口元を弛めた。
「まあ、お前はそう言うと思ったよ、ちょび」
そう言って、スマホの操作を完了させる。
チーム作成完了画面と、チーム名が表示されていた。
「……っていうか、何だよこの『チーム杏ちょび』って!」
「いや、わかりやすくてよくないょ、杏とちょび子で合わせて杏ちょび」
「あのなぁ! っていうか、アンチョビと呼べと何度も言ってるだろぉ!」
チーム杏ちょび。
はっきり言って、2秒で考えられたような名前だった。
『チーム名決め』というお祭り要素のあることにはとりわけ力を入れているアンツィオの代表として、放っておくわけにはいかない。
「大体、これだと完全にコンビ名じゃ……」
「増えたら変えたらいいんじゃない。先に出来てたチーム名にそのまま入り込むのって気不味いだろうし」
「うっ……なるほど確かに……」
チーム名をあとからホイホイ変えられるのか千代美は知らなかったが、しかし素直に納得した。
基本的に、千代美もアホ寄りの性質で、なおかつとても素直である。
杏にしてみれば、最も丸め込みやすい部類の手合だった。
「もっとこう、マシなやつをだな……」
「例えば?」
唐突に杏が振ってくる。
しかしながら抜かりはない。
きちんと、杏との絆を象徴しており、なおかつ大洗テイストも組み込んだチーム名を考えていた。
「干し芋パスタさんチームというのはどうだ!?」
「ださい」
「なぁ!?」
無慈悲な一言だった。
歯に衣着せるということを知らないらしい。
「ていうか、何でもかんでも料理の名前付けるセンスってどうかと思うけど」
「大洗にだけはセンスどーこー言われたくないぞ!?」
学校単位でどちらもボロクソな言われようだった。
おいおい歯のヌーディストビーチかよここは。
「大体、その名前だと私がリーダーみたいじゃないか」
「え? そのつもりだったけど?」
当然のように、杏が言う。
会長という役職を得ているくせに、権利というものにあまり執着はないらしい。
いつもの通り、指揮は誰かに丸投げして、自分は裏で動くつもりなのだろう。
「いや、ここはお前がやるべきだと思う」
真剣な眼差しで、千代美が言う。
その理由は、少々照れ臭かったので、言われるまで口にしないつもりだった。
「……言っとくけど、別に偉そうに導いたりとかしないよー?」
どうやら杏も察したらしい。
先程の感謝をありったけ込めた恥ずかしい演説を聞く前に、あっさりリーダー就任を請け負ってくれた。
「知ってるよ。そういう奴ってことくらい」
「そういえば長い付き合いだもんねぇ」
そう、知っている。
杏が、本当は誰より仲間のことを想い、仲間のために動いているって。
そんな杏だから、皆ついていっていることだって。
「ああ、あと、今の内に言っておくぞ」
そのカリスマに憧れていたから、知ってる。
杏は、自分にはないものを持っているってことくらい、知っているんだ。
「ありがとな」
だから――そんな杏なら、自分一人じゃ行けない場所にも連れて行ってくれるのだろうと、心の底から思っていた。
「そーいう恥ずかしいデレ台詞は、帰ってから言うべきだと思うけど」
杏の軽口は、不思議と背中を押してくれて。
軽い足取りで、ドゥーチェ・アンチョビは殲滅戦の第一歩を踏み出した。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「まあ、お前はそう言うと思ったよ、ちょび」
知ってたよ。お前が良い奴だってことくらい。
知ってたよ。お前は誰より、優しい奴ってことくらい。
これでも、お前のことは、よく知ってるつもりだからな。
「……っていうか、何だよこの『チーム杏ちょび』って!」
知ってるよ。お前が立派な“ドゥーチェ”をやっていて、皆に慕われていることくらい。
もしかしたら、お前以上に、知ってるよ。
お前の凄さを。輝きを。
人望だけで、ノリと勢いで、皆をまとめ上げたことの凄さを。
「いや、わかりやすくてよくないょ、杏とちょび子で合わせて杏ちょび」
「あのなぁ! っていうか、アンチョビと呼べと何度も言ってるだろぉ!」
お前はいいドゥーチェだよ。
誰からも慕われているし、それは私にはない力だと思う。
お前は私よりよっぽど上等な人間だし、下に慕われて然るべき人間だ。
「大体、これだと完全にコンビ名じゃ……」
でも――それだけじゃあ、トップってのは、務まらないんだ。
「増えたら変えたらいいんじゃない。先に出来てたチーム名にそのまま入り込むのって気不味いだろうし」
「うっ……なるほど確かに……」
前を向いて、希望の光そのものになる。
それは私には出来ない、お前だけの美徳だよ。
でも、それだけじゃ駄目だ。
チーム人数を越えて仲間が集まったケースや、人数が減るケースだってあることを、今少しでも考えられてる?
多分、考えてないと思う。
「もっとこう、マシなやつをだな……」
「例えば?」
私には、責務がある。
会長として、多くの者を救うべき義務が。
そのためなら、多少の犠牲は厭わないし、厭えない。
全部を望んでキレイに勝てる西住ちゃんとは違うんだ。
そのためのカリスマも、実力も、圧倒的に不足している。
「干し芋パスタさんチームというのはどうだ!?」
だから、ずっと、誰かに負担を強いてきた。
自分一人で抱えきれるほど、強い人間じゃなかったから。
西住ちゃんを脅迫するような形で戦車道に引きずりこんだし、大学選抜との無茶な試合の大将も押し付けた。
悪かったとは、思っている。
けれど、あの時はそれが最善だった。
会長として、トップとして、大洗を守るためには仕方のないことだと割りきった。
「ださい」
トップは、選択しなくちゃいけない。
全部を望めるわけじゃないなら、選ばなくてはいけない。
勿論、全部を望んで賭けに出るのも一つの選択肢だろう。
でも、大切な仲間の命がコインならば、そんなギャンブル危険すぎてBETは出来ない。
「なぁ!?」
トップに必要なのは、冷静に、時に冷酷な判断を下すこと。
大局を見て、最低限の犠牲で済ませること。
決して『犠牲0』を追い求め危険なギャンブルをすることではない。
「ていうか、何でもかんでも料理の名前付けるセンスってどうかと思うけど」
適当な理由をつけて、『干し芋パスタさんチーム』を却下した。
あの名前は、アンツィオの三人と、そして自分達カメさんチームの約束のワードだ。
でも――自分の守る最優先対象に、彼女達は含まれない。
勿論愛着はある。恩義だってある。
出来ることなら、彼女達とも一緒に生きて帰りたい。
だが、守るべき優先度としては、大洗の皆の方が上なのだ。
もしもカメさんチームの皆と、アンツィオの三人を天秤にかけろと言われたら、迷わずカメさんチームを取る。
そうして全滅を防ぎ、自分の守るべきものの被害を最小限に食い止めるのが、自分の役目。
そしてその責任と罪悪を一身に背負うことこそが、トップに立つ者の役目なのだ。
「いや、ここはお前がやるべきだと思う」
廃校を阻止したがる川嶋のため、西住ちゃん達他の生徒の学園生活を大きく狂わせたように。
学園艦の人々の生活を守るため、反抗しようとする戦車道チームを無理矢理解散させたように。
学園艦の人々の生活を守りながら廃校阻止の手段を探すため、弱った川嶋に全て業務を任せたように。
廃校という重いものを、西住ちゃんの肩に背負わせたように。
どうしても譲れない守りたいもののため、他の何かを犠牲にしてきたように。
「……言っとくけど、別に偉そうに導いたりとかしないよー?」
だからきっと、今回も、必要とあらば、何かを犠牲にするのだろう。
「知ってるよ。そういう奴ってことくらい」
「そういえば長い付き合いだもんねぇ」
なあ、ちょび。
私は、知っているよ。長い付き合いだからさ。
きっとお前は、私みたいに何かを犠牲にするやり口は怒るだろうなって。
それこそ、西住ちゃんを脅迫していた過去を教えても、眉を潜めるだろうなって。
「ああ、あと、今の内に言っておくぞ」
私は、お前みたいになれないから。
どうしても、守りたいものを守るには、こうするしかないんだよ。
だから――
「ありがとな」
お礼なんて、言わないで。
そんな顔して、心から信頼しないで。
私はきっと、必要とあれば、お前のことだって、切り捨てちゃうから。
「そーいう恥ずかしいデレ台詞は、帰ってから言うべきだと思うけど」
『切り捨てないまま終われた時に』なんて言葉を心で付け足し、重い足取りをいつものように軽く見えるように取り繕いい、殲滅戦への第一歩を踏み出した。
【F-3・郵便局ロビー/一日目・朝】
【☆角谷杏 @ チーム杏ちょび】
[状態]健康
[装備]軍服 コルトM1917(ハーフムーンクリップ使用での装弾6:予備弾18) 不明
支給品-い
[道具]基本支給品一式 干し芋(私物として持ち込んだもの、何袋か残ってる) 人事権
[思考・状況]
基本行動方針:少しでも多く、少しでも自分の中で優先度の高い人間を生き残らせる
1:アンチョビと共に行動し、脱出のために自分に出来ることをする
2:その過程で、優先度の高い人物のためならば、アンチョビを犠牲にすることも視野に入れる
【アンチョビ @ チーム杏ちょび】
[状態]健康
[装備]軍服 不明支給品-い 不明
支給品-ろ
[道具]基本支給品一式 髑髏マークの付いた空瓶
[思考・状況]
基本行動方針:皆で帰って笑ってパスタを食べるぞ
1:誰も死んでほしくなんてない、何とかみんなで脱出がしたい
2:例え手を汚していたとしても、説得して一緒に手を取り脱出したい(特にアンツィオの面々)
[装備説明]
273mm・1021g・45ACP弾・装弾6発。
第一次世界大戦中に『生産が追いつかなくなったコルトガバメントの代替品』として作られているため、
コルトガバメントと互換性のある45ACP弾を使用している。
45ACP弾は弾丸の底の太さが薬莢と同じサイズの『リムレス弾薬』であるため、
ハーフムーンクリップという“弾薬を引っ掛ける道具”に装着しないで装填した倍、
弾丸が奥まで入りすぎてしまい撃鉄が届かず不発になってしまうことが度々あるので注意が必要。
ハーフムーンクリップ不要の型もあるが、支給されたのはハーフムーンクリップがないと不発になりやすいタイプのものである。
軍の人事異動を行うことが出来る権力。
この殲滅戦においては、名刺サイズの紙に記されたQRコードを読み込むことで、『人事権アプリ』をスマートフォンに入れることが可能。
人事権アプリを使用することで、一度だけ『自分一人の承認で誰かを一人チームに入れる』もしくは『自分一人の承認で誰か一人をチームから追放する』ことが可能になる。
有効期限はインストールから30分。一度インストールしてしまうと、記されたURLは無効となる。
名刺サイズの紙の表はQRコードだが、裏面は上記のようなアプリの簡単な説明が書かれている。
中身は毒物だったはずなのだが、なんと読まずに捨てられた。
今は郵便局のカウンターにぶちまけられている。
このカウンターに手をついて、切手を付けるべく指を舐めたら、多分死ぬ。
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- |
アンチョビ |
028:理想 |
最終更新:2016年09月06日 02:03