「はぁっ、はぁっ」

走る。走る。ひたすらに走る。
見るのは前だけ。後ろを振り向くと恐らく……やられる。
嫌だ。死にたくない。
まだまだ生きたいのに。
やりたいことはたくさんあるのに、こんなところで死にたくない。
夢であってほしい。継続での日常に戻りたい。

そう思いながら木々の合間を駆け抜ける。方角も何も分からないまま、ひたすらに。

窮鼠猫を噛むとはよく言うが、実際に窮地に立ったネズミは本当は何もすることが出来ないのではないだろうか。
そう思えるほどに怖い。何も出来ない。鞄から銃を取り出して打ち返す余裕もないし、そんな覚悟すらない。

殺すことを是とする人間は恐ろしい。所詮弱肉強食。弱いものは狩られるのだ。
そんな弱いものにでも出来る唯一の抵抗が逃げる事だ。
諦めずに逃げる。逃げる。逃げ続ける。相手が諦めるまでそうするしかこちらに選択肢はない。


何百メートル走っただろう。依然として背後からの足音は消えない。
銃声が聞こえないのは有効射程から外れているからだろうか。
それなら幸いだ。まだ、私にも生きのびる芽はある。
逃げる事ならばいくらでもできるのだ。相手が足の速い動物でく同じ人間ならば、私でも逃げ切れる可能性はある。

だから、ひたすらに逃げる。
それだけだ。

◆  ◇  ◆

三十五人中三人。
『殲滅戦』の決着がついたとき最大で生き残れる人数だ。

自分を入れると他には二人。
自分を抜いても他には三人。
決して多くない。生き残れるのが一人にならなかっただけいくらかマシかもしれないが。
とはいえ、やはり生き残れる確率は非常に低い。

ならば生き残れる三人を選ぶなら誰か。生き残ってほしい人物の顔をもわもわもわと頭に思い浮かべる。

一人は圧倒的カリスマ。どんなに辛い戦いでも自分を導いてくれたドゥーチェ。
一人はムードメーカー。どんな時でもノリと勢いは忘れないアンツィオを体現したような存在だ。
一人は幼馴染。戦車道大会で久々に再会したり大学選抜戦で共闘したり、切っても切れない縁でつながっている。

三人。それ以上は生き残れない。ゆえに思い浮かべたその中に自らの姿はない。
三人とも自分の命より大切な存在だ。誰が死ぬのも見たくないし、そんなことを考えるのも嫌だ。
だから『殲滅戦』が行われてしまうのなら、この三人に生き残って欲しい。

勿論、こんな馬鹿げた殺し合いに真っ向から対立する方法もある。そうすれば三人と言わず参加者は皆とりあえず生き残れる。
ただ、それはあくまで一時的なものだ。相手を考えなければいけない。
何を相手にしているのかと言えば文科省――国なのだ。
国に対して反抗し、一時的に全員で勝ったとしてもその後に幸せな未来が待っているはずがない。
それこそ戦車でも出されて、殲滅戦第二ラウンドでも行われてしまえば私達は終わりなのだから。
そう。そうなれば結局皆殺しなのだ。それでは意味がない。


そうなってしまうなら、言い方は悪いが殺したほうがマシだ。
……いや、殺すしかないのだ。誰かが『殲滅戦』に乗って、人を殺さなければいけない。
誰かがこの役を引き受けないと結局全員死ぬのだから。

「すぅ――――はぁ――――」

深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
もう、今までの自分はいない。優しい自分とはさよならだ。

吐く息に過去の自分を、吸う息には未来の自分を乗せて。
目を瞑りイメージして自分という存在を入れ替える。
自分は人を殺すのだ。そこに情けも何もない。
あるのは殺人鬼と化した自分だけだ。

手を汚すのは自分だけで十分だ。なんなら全部自分で終わらせてやる。
これは仕方のないことなのだから。そういう風になっているのだから。
それは生きるために人が動物を狩ったのと何も変わらない。罪悪感よりもむしろ感謝を覚えているはずだ。誰も彼もそう。
アンツィオだって食のおかげで生きている。植物のそして動物のおかげで自分たちは生かしてもらうことができ、そして戦車道大会にも出られたのだ。
今回の『殲滅戦』はその生命の連鎖の中に人が加わっただけなのだ。

命の重さは平等だ。だからこそ、皆生きるために知恵の限りを尽くす。動物であっても人であっても。
今から自分がするのは人を狩る、それだけなのだ。仕方のないことだ。
弱肉強食の世界で、生き残るには狩るしかないのだから。おかしいだなんてことは、決してない。
おかしくない。大丈夫。殺すのだ。


――カサカサ、カサカサ。

突然目の前の木々が音をたてる。同時に人影が目に入る。
思考が中断する。あの人影は誰だ。
敵ならば狩らなければ。

私は狩猟者。私は狩猟者。
生き残るためには仕方のないこと。

撃つのをためらわないように、暗示のように繰り返す。一歩間違えれば死ぬのは自分なのだから。

――ガサガサ。ガサガサ。
音が近くなる。
これでひょこっと出てくるのが知っている人間だったらどれだけ良いだろうか。
ドゥーチェ、ペパロニ、たかちゃん。その三人なら撃たなくても良いのに。

……と今更ながらに気づく。
もし、その三人が別の誰かとチームを組んでいたらどうする。
もし、その三人が私と敵対したらどうする。

カルパッチョに迷いが生じる。平時なら冷静に判断することも出来ただろう。
しかし今、目の前には何者かがいる。次の行動を誤れば自身の、強いては守るべき友人の命にもつながるのだ。
誰が出てくるのか。撃つのか。撃たないのか。組むのか。組まないのか。

ガサガサッ。
もう十五メートルほど前までその人影は来ている。
決めなければ。決めないと……

タタッ。
少女が現れる。
見慣れない軍服を着ている。どこかで見たような記憶もあるがあまり定かではない。
見たところ、単独行動のようだ。
……ならば撃つか? いや、撃たなければ。生き残るためにも撃つしかないのだ。
しかし、意に反して体は動かない。先ほどまであれだけ人を殺すと決めていたのに。
迷ってしまったから、動けない。

「あ、あの……」

恐る恐ると言った感じで少女が話しかけてくる。
一歩一歩こちらに近づいてくる。
一歩。また、一歩。
もう距離は十メートルほどしかない。

――撃つしかない。
背嚢から急いで銃を取りだす。こんなことなら支給品の確認をしておけばよかった。
急いで取り出した銃はテレビでよく見るリボルバーのついたものだった。これなら引き金を引けば撃てる。
ここまでは想定した通り。銃を少女に向けて構える。
後は引き金を引くだけだ。それで終わる。


――が、照準が定まらない。
一度迷ってしまったから。殺すことをためらってしまったから。
ましてやカルパッチョは装填手だ。弾を撃つことに慣れていない。
いつも砲手はこんな緊張感の元で弾を撃っていたのかと感動すら覚えてしまう。
それほどに、手が震える。
早く撃たないと逃げられてしまう。
撃たねば。
早く。早く。早く。早く。


バァンッ。


銃声が鳴り響く。
撃った。撃ってしまった。
――なのに、目の前の少女は無傷のままだ。
なぜ。と考えるも明らかだ。
外したのだ。

弾はアキの遥か上を通りすぎ、そのまま奥の木々に当たり葉を揺らしていた。
残ったのは発砲音の名残と硝煙と、そしてアキに向けて銃を構えたままの彼女自身だけだった。

「あっ……」

目の前の少女が声にもなっていない声をあげる。そして、くるっと方向転換したと思うと全速力で駆けだした。
そりゃそうだ。自分でもいきなり撃たれたら逃げるな、なんて他人事の様に呑気に考えてしまう。


――追わなきゃ。

我に返って一番最初に思い浮かんだのがそれだ。脳がそれだけは理解している。
自分は発砲してしまった。まだ、その重い反動が手にも残っている。
撃ってしまったのは紛れもない事実なのだ。そして、外してしまった。
これで自分は殺人者として認識されてしまった。
だから、殺さないといけない。殺さないと、死ぬのは自分なのだから。

そして、反芻する。
人を殺すのは悪いことじゃない。生き残るには仕方のないことなのだから。

大丈夫。
今度こそ殺せる。


そう何度も何度も自分自身に言い聞かせたあと、彼女は少女を追って森の中へと駆け出した。




【B-6・森/一日目・朝】

【カルパッチョ@フリー】
[状態]健康
[装備]軍服 S&W M29(装弾数:5/6発 予備弾倉【18発】)
[道具]基本支給品一式  不明支給品(ナイフ、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:アンチョビ、ぺパロニ、カエサルを生き残らせる。それ以外は殺す。
1:アキを追って殺す。
2:殺すのは悪いことなんかじゃない。仕方のないことだ。

【アキ@フリー】
[状態]健康
[装備]軍服 
[道具]基本支給品一式 不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:何事もなく、日常生活に戻りたい。
1:カルパッチョから逃げる。


[装備説明]
  • S&W M29
306mm 1396g。装弾数6発。
.44マグナム弾を使用するアメリカ製の 回転式拳銃。
44マグナムの激烈なパワーは同時に強烈な反動も生み出す。
中型獣から大型獣までをカバーできる性能を発揮できることを想定して開発された。
「対人用」として使用するには威力が大きすぎるため、米国では公的機関の執行官が携帯する武器としては、禁止されていることが多い。






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- カルパッチョ 020:鉄血/マルマン・チェッダ
- アキ 020:鉄血/マルマン・チェッダ

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最終更新:2016年08月14日 16:56