『この世界は、鳥の卵が破裂して出来ているんだ』

彼女は、瞳を閉じて眠たそうな声でそう言った。

『ごらん、空を。まるで大きな卵の殻に包まれているみたいだろう?』

ぽろん、と彼女は指先でカンテレの弦をつま弾く。
切り株に置かれた熱いヘルネケイットに満ちた琺瑯のコップを手に取りながら、少女は言われるがまま空を仰いだ。
雪の重みに喘ぎお辞儀した木々、その合間から見える真っ黒な冬の空は、眩暈がするほど高く透き通り、どこまでも遠く広がっている。
その中に光る数え切れないほどの白銀の星群は、真新しい玩具箱にばら撒かれたビーズのようにきらきらと瞬いていた。
東には、下弦の月が浮かんでいる。
疎らに煌めく星達を纏める様に凛と夜空に立ち、こちらを優しく、しかし厳かに見下ろしている。
月の周りは、やや霞みがかっていた。
白く輝く輪郭を薄く隠し、月はいつもより僅かに大きく、そして年月を忘れるほど遠く見えた。
ぱちり。
焚き火の薪が乾いた音を上げる。
紅蓮色の火の粉がゆらゆらと冬の空に舞い上がり、ふっと溶けるように黒の向こう側へ消えてゆく。
上を見たまま、少女は湯気の揺らぐコップを口に付けた。
悴んだ指先が、じいん、と熱に痺れ、体の芯からじわりと熱気が広がってゆく。

口を離して、息を、一つ。

熱っぽい白い吐息は不規則に揺らぎながら夜空に上がり、黒い中空に飲まれて消えていった。

『卵の殻』

復唱するように少女は呟く。
それは、遠い国の伝承だった。
世界は鳥の卵の殻の中。曰く、北にある留め金、即ち北極星まで届く大きな柱が、天空を貫き殻を支えているのだ、と。

『……私にはわからないや』

そう言って、表情だけで笑いながら視線を落とした。
ぱちりと揺らぐ炎の向こう側、ちょうど少女の対角線上、切り株に座る彼女は帽子を深く被り直していた。

『ミッコ』

彼女は、ミカは諭すように呟く。
足元には乳半がかった薄緑のファイヤーキングのコーヒーカップが置かれている。
中の珈琲は湯気一つ立てず、卵の殻、その内側に張り付いた星屑を静かに映していた。

『解るとか解らないとか、それは大事なことじゃない。空の向こうに想いを馳せて、感じるのさ』

少女は、ミッコは頬杖をつきながら、ふうん、と興味がなさそうに呟く。
ぱちり。再び炎が、風のない世界で揺れる。
かっと燃えるような橙に、ミッコの世界は染まっていた。
炎が下手なダンスを踊る度に、暗い影は膨らみ、歪み、表情をくるくると赤子のそれのように変えてゆく。
やがて網膜に光が焼きつき、ちかちかと闇が緑色に歪んで見えた。
気温は氷点下。辺りの木々は白いマシュマロを纏ったように丸々と太った白い雪球をぶら下げている。
ミッコは寒さを思い出したように身震いすると、視線だけで再び空を見上げた。
ぽろん。視界の外から悲しげな声でカンテレが啼く。

『今頃鳥の通り道では、彼等が向こう側へ飛んでいる頃かな』

ミカが人の触れぬ瀞の様に低く、静かに呟く。
天に浮かぶ星の川を、彼女達は“鳥の通り道【リンヌンラタ】”と呼んでいた。
大地の向こう側、地球の南の終わりには“鳥の住処【リントゥコト】”と云う暖かく平和な、しかし小さな世界がある。
鳥の住処には、冬の間、小人と鳥達が体を寄せ合い歌を唄って暮らしている。
その鳥達は、春の訪れと同じくして鳥の通り道を渡り、かの国へと降りてゆくのだ。
そして、死者の魂もまた、鳥の通り道を通って鳥の住処に渡るのだと信じられていた。

『鳥は好きだよ』

ミッコは鳥の通り道を指でなぞりながら、ぽつりと言った。
ミカは顔を上げた。帽子の鍔で切りたられた視界の中に、紅蓮色の光に染まった二つのおさげが見える。
少女の翳した指先を、その先の光景をミカも見上げた。
残念ながら指先の向こう側には住処に向かう鳥は見えなかったが、それでも少女は何かを探すように満点の星空の向こうを見つめている。

『風を感じていられるから?』

ミカは視線を下げると、訊きながらカンテレを指で弾いた。
ぱちぱちと乾燥した薪が弾ける音の中に、小気味良い音が混ざる。

『……まあ、そんなとこ』
ミッコは再びコップを口につけると、スープを飲み干しながら呟いた。
『鳥は一体になれてる気がして』
『風と、かな?』ミカは尋ねた。
『風と、だよ』ミッコは応える。
『ミッコは本当に風が好きだね』ミカが少しだけ笑った。『でもね、直視バイザーをわざわざ開ける癖は、止めたほうがいいんじゃないかな』
『え~!? いーの、私は風がよく通るあれが好きなんだから』ミッコがにかりと歯を見せて笑った。

不意に、まるで彼女達の会話が呼んだように風が吹いた。
体の芯まで凍えるような風は一瞬にして少女達を追い抜き、青白く染まった森を駆け抜けてゆく。
焚き火がごうと唸りながら火柱を高く歪め、ばさばさと彼女達は髪を揺らした。
ミッコは顔を下ろし、風の走り去った先を、東を見る。
森の中からは風が裂かれるような鋭く低い音が聞こえた。
ざわめく木々の隙間からは、海が見える。
夜の海は古い油を塗りたくったような深い黒で染まり、さざめく波は星明かりをぬらぬらと怪しく反射していた。
その上に、月がぽつんと浮かんでいる。この世界に存在する何よりも白く冷たく光り、暖かさはそこには微塵も無かった。

『ミカ』ミッコが呼ぶ。『そろそろ、寝ようよ。アキもとっくに寝たし』

ミッコが伸びをしながら、立ち上がる。
ぽろん。カンテレの音が返事代わりに響いた。
ふと、中空を舞う何かに気付く。白くふわりとした小さな塊が、一つ。
手を前に出して、それを受け止める。真っ赤な掌の熱に、それはふっと溶けてゆく。
雪の結晶の感触を確かめるように掌を優しく握ると、ミッコは空を見上げた。
瞬く星の間から、数えきれないほどの純白の雪花が大地に降り注ぎ始めていた。

『雪、だね』

ミカが呟く。アキは頷くと、再び掌を空に翳した。
遠く飛ぶ鳥は決して見えなかったが、音もなく降り積もる雪は、冷たく肌に溶けてゆく。
薪が、乾いた音を上げた。カンテレの演奏は止まっている。
午前3時、綿雪、学園艦の上、森の中。
火の気配を除けば、いたくしんとした、音の無い夜だった。

『帰ろうか、ミッコ』
『うんうん、いやぁ冷えるねえ~』

ミッコは両手を抱きながら身震いすると、何処にいるやも知らない、この雪のように白い鳥を想像した。
鳥は彼女達の中では特別な意味を持っている。
曰く、人が産まれる瞬間、その魂は鳥が運んできたのだという。

そして死の瞬間にも、また、その魂を運び去るのだ。









空。
空を泳いでいた。

蒼穹のずっとずっと向こう側、天に満つ青を突き抜けて、悠久の空が広がっている。
雲は薄く積もった雪のように淡く疎らに広がり、互いが競うように、しかしゆっくりと風に揺られて地球の周りを回転している。
その中を、興味本位で潜り抜ける。
風の塊にダイブした様な感覚。しっとりと湿った空気が身体を覆った。霧に霞んだ灰白に世界は包まれ、まるで雪国のよう。
ややあって、雲海の中を抜ける。
がくん、と身体が揺れた。翼がばさりと音を上げ、白い羽が弧を描きながら中空に舞った。
暖かな日差しに温められた下界から、清々しい風が駈け上がる。上昇気流だ。
羽で風を受け止めると、滑空しながら世界を見た。

雲を抜けた先は、この世の全てを展望できる青の世界だった。

地平線の果てまで続く空、白銀の太陽。
見渡す限り雲一つ無い、何もかもを空気色に染め上げた、限りなく透明な世界が広がっていた。
地にはどこまでも続く青黒い大海原。
押しては返し揺れる波に光が緩やかに反射し、太陽を目指しどこまでもきらきらと輝いている。
地平線では澄み渡る海と空が混ざり合い、境界線を溶かしていた。
空気が朧を纏っている。そう感じた。
暑すぎず、寒すぎず、湿度はほどほど。出掛けるのにこれほど良い日柄は無い。
静かに海原へと降下しながら、景色を見た。
踊っている。白い煌きが水面を揺れて、きらきらと踊っている。
美しい景色に唄を捧げる様に鳴くと、風を切るように速度を上げ、中空を駆け抜ける。
やがて、目の前に陸地が見えた。それは、一つの小さな港町である。
名を、大洗と云う。

結論から言うと、その町は死んでいた。

港町にしては不自然すぎるほどしんと静寂を保っており、町には車一つない。
動物の姿も見当たらず、朝だというのに散歩をしている住民の姿も、ゴミ出しをしている主婦の姿も見当たらない。
平和という一言で片を付けるにはその光景はあまりにも異様で、あるべき自然の姿と形容するには酷く異質な景色であった。
とどのつまり、死んでいるのだ。そう形容する他ない。
まるで一夜にして世界が滅んだかの様な、そんな違和感が街全体を抱擁していた。
そんな町の中を、何があったのかと確かめる様に駆け抜ける。
木々の隙間を、家の合間を、道の上を、電柱の間を。

やがて、線路が見えた。
鈍い銅色に光るレール沿いに徐々に上昇し、小さくなってゆく下界を見る。
線路は南西から北にかけて、町を二つに切り分ける様に斜めに伸びていた。
その途中に、人影を見る。線路の上を、小さな少女が歩いていた。
淡い水色のジャージ、赤茶の二つ縛りの髪。
双葉が開いた草の茎を咥えて、靴と靴下を脱ぎ、裸足のまま、少女が足を進めている。
バランスを取る様に靴を持った手を左右に広げ、レールの上をひたすら真っ直ぐ進んでいた。

少女を祝福する様に鳴き、ばさり、と羽ばたく。
全てを追い抜き、街を抜け、遥か彼方へ飛んでゆく。
あの伝承をなぞるように、通り道を抜けて住処へ向かって、飛んでゆく。









一羽の鳥が、天高く啼いた。
ミッコは足を止めて、太陽に手を翳しながら空を見上げる。朝日が眩しい。
青を塗りたくった紺碧の空、その中心に、風に乗った白い鳥が飛んでいた。
何の気なしにただぼんやりと、その鳥が彼方へ白い点となり消えてゆくまで、じっと姿を目線で追う。
やがて、鳥はその姿を青に溶かし、地平線の向こう側へと消えていった。
空は、青い。
最初から何もなかったかのように、そこにはただただ、蒼穹だけが広がっていた。
数拍置いて、空から何かが落ちてくる。
銀杏の種の様にくるくると虚空を旋回しながら、それは狙いすましたようにミッコの頭上に落ちてきた。
暫く唖然として見ていたが、それが鳥の羽根だと気付き、右手でキャッチする。
雪のように白い羽根の付け根を持ち、太陽越しにくるくると回した。
細い羽毛の隙間から、ちらちらと光が漏れては消えてゆく。
肩を竦めてポケットに羽根を入れ、ミッコは此処で漸く視線を空から下に落とす。
そしてそこで初めて、目の前に存在する、一人の人間を知った。
思わず、ぎょっとして体がびくりと跳ねる。
驚嘆、そして硬直。目前1メートル、対角線上のレールの上。
ツナギを来て困ったような顔を見せていたその人間は、大洗女子学園自動車部最年少部員。名を、ツチヤと云う。

十秒か、一分か。彼女達は呆気にとられて互いを凝視し合っていた。

ツチヤは、目前の継続高校のその人物を、名を知らないまでも活躍はよく知っていた。
対大学選抜チームでの継続高校の破天荒な活躍ぶりは色々聞いていたし、
そもそも彼女は10式戦車までとはいかずとも、BT-42、もといクリスティー式懸架装置が好きだった。
大直径転輪、ストロークの大きなコイルスプリングによるサスペンション、航空機用の大馬力エンジン。
履帯を装着した状態で最高53km/h、履帯を外した場合――ハンドル操作!!――は最高73km/hにも達する。
一言で言えば、そう、“ロマン”である。
一度は乗って運転、あわよくばドリフトしたい車体であったし、目前の彼女はそれを意のままに操縦、しかも片輪走行までやってのけたのだという。
更にあのパーシングの砲撃を掻い潜り、三台もの撃破に貢献した凄まじい腕前。車乗りとして、彼女の事を知らない筈がなかった。
しかし、それ故に、ツチヤはミッコを発見して呆気に取られた。
なにせ、自分と同じ行動をしていたのだから。
裸足姿で、線路の上をバランスを取りながら歩く。
別にその行動にさいたる思い入れがあるわけでもなかったが、ツチヤも何となくそうしてここまで歩いてきた。
すると正面から空を見ながら歩いてきた人物が自分とそっくりな行動をしていたのだから、さしものツチヤも驚いた。
故に、思考は硬直する。

ミッコは、しかしながら対して彼女の事を碌に知らなかった。
その格好から何となくエンジニア的な雰囲気こそ感じたものの、名前も、所属校も解らない。
継続高校は脱落して早々に、彼女達の戦いを見ることすらなく船で会場を後にしていた故に、ちっとも目の前の少女が誰なのかが解らなかったのだ。
しかしそれにしても、彼女の驚きはそれ以上に大きかった。
少々人見知りが激しく、身内以外には口数も少なめのミッコにとって、一連の流れを見られていたのはかなり気恥ずかしいものがあったし、
何より見知らぬ人物が目の前に立ってこちらを怪訝そうに見ていたのだから、驚きと羞恥に体は硬直して当然だった。
思わず口が半開きになり、ぽろりと咥えていた草が落ちる。
半秒遅れて、更に驚いた。
目前に現れた不審者が、自分と同じように、線路の上に裸足で歩いていた事に気付いたからだ。
この人物は誰で、何故自分と同じ行動を取っているのか。
ただでさえイレギュラーな状況の中の邂逅に、ミッコはその不可解な偶然に一時の思考を余儀なくされた。

「や」

硬直を最初に破ったのは、ツチヤだった。手を挙げ、困ったように微笑う。

「ん」

ミッコはぎこちなく頷き、答えた。
ツチヤの様子を恐る恐る探るが、敵意は全く感じられず、わずかに胸を撫で降ろす。少なくとも、戦うつもりではなさそうだった。

次の句は、互いに出なかった。
今がどれほど非常事態であろうが、やはり彼女達はそれほど親しい仲ではなかったし、出会い方が少々異質過ぎた。
けれど、かと言ってわざわざ互いに忌み嫌い、離れるほどの理由もない。
どのような出会い方であれ、どのような人物であれ、敵ではない以上、この殲滅戦で単独行動は最も避けるべき手であった。
それに、そう同じ行為をたまたましている人間に出会うなんて偶然もない。きっと、何かしら少しだけ似ているのだ。
故に、彼女達は会話も無しに、しかし同じ方向へ足を進めてゆく。
朝、真っ直ぐ続く線路の上、汚れた砂利、袖には森、左右の交わらない平行線。
右に橙色のツナギを着た少女、左に水色のジャージを着た少女。
芯々1067mm。一定の幅に保たれたレールの上、呆れるくらいの快晴の下、二人は何一つ言葉を交わす事無く歩いている。
どちらが前に出るでもなく、どちらが後ろに行くでもなく。
裸足のまま、靴と靴下を腕からぶら下げ、ズボンをロールアップして、レールから落ちぬようバランスを取って。
ただただ、何をするでもなく前に進んで歩いていく。

暫く歩くと、道は上り坂になった。
左右が杉の森だった景色は、コンクリートの腰壁に囲まれてゆく。
線路は大洗の土から離れ、橋となり町を大きく跨っていた。
まず浮かぶのは高速道路か何かで、何れにせよ普段は決して人の入る様な場所ではない事は確かだった。
名前も知らない苔がびっしりと隙間に生え、薄緑に染まった汚い灰色の腰壁と、その向こうへ広がる町と、木と、海と、電柱。道路に、田畑。
そんな景色を見ながら、ミッコは僅かに急くように足を早めた。釣られるようにして、ツチヤも足を速める。
冒険のようだ、とミッコは思った。
坂を登ると、目の前にはトンネルがふっと現れた。
中は電気など付いているはずもなく、二人には夜の海のような、恐怖を具現した底無しの闇に見えた。
思わず、その得体の知れない存在感に足をぴたりと止める。二人共、静止はほぼ同時だった。
目前に暗くぽっかりと空いた穴は、周囲の何もかもを吸い込むように、風の通り道となっていた。
ごおお、と怪獣が低く腹の底から威嚇し、唸るような音が、トンネルの奥からは聞こえている。
小さな少女達の髪は、風の流れに飲まれるように、闇へとさらさらと揺れていた。
二人は唾を飲む。生温い冷や汗が背筋を這った。
それは極めて生物的、ひいては本能的な恐怖そのものだった。


最初に走りだしたのは、ミッコだった。
爆走。
そんな言葉が相応しい突然の猛ダッシュに、ツチヤはびくりと驚く。
口をあんぐりと開け呆気に取られている間に、ミッコはその怪物の大口に飲まれ、やがて水色の背は黒く塗り潰されてゆく。
風の唸り声と一緒に、とんとんとん、と金属のレールを叩く足音が闇の中を反響する。
二秒遅れて、しまった、とツチヤは思った。
気付くと同時に、彼女も同じく全力で走り出していた。

―――先を、越された!!

いや、それは実際、大した話ではないのかもしれない。というより、とんだ見当違いの可能性もある。
しかし、彼女達走り屋にとっては、走るという行為自体に大きな意味があった。
即ち、これは競争。
誰が最初にレールの上を走りながら闇を出るのか。そのレースなのだ、と。
ミッコの本意が何処にあるのかは解らないが、ツチヤは瞬時にそう理解した。

闇。

これまで経験したことのない、影を煮詰めて濃縮した様な極上の闇が、トンネルの中で二人を抱擁する。
あれほど入り口では風の音が上がっていたが、中に入ってしまうと、今度は五月蠅いくらいの無音が待っていた。
その正体は、恐怖すら届かぬほどの、閉塞感。
山を貫く分厚いコンクリートの天蓋と壁が、一切合切全ての周辺音を遮断していたのだ。
聞こえるのは、レールを叩く素足の音と、自分の荒い息遣いと、心音だけだった。
光は、殆ど届かない。自分の手さえ見えぬような暗闇の中で、ツチヤは足元のレールだけを頼りに駆け抜けた。
足音は、二人分。けれど、底のない孤独感があった。
宇宙空間か、或いは、深海か。
そのどちらかに裸で投げ出せれた様な恐怖に、腸を鷲掴みにされたような感覚だった。
汗がぶわりと湧き出てくる。ツナギはべっとりと肌に張り付き、気持ちが悪い。
空気はとても悪く、埃だらけの廃墟を突き進んでいるかのようだった。
匂いも酷かった。黴臭さと埃っぽい臭いが鼻孔に纏わり付き、ツチヤは走りながら顔をしかめた。

走りながら、色々なことが頭を過ぎた。
大体の事が不安を駆るような碌でもないもので、考える事にうんざりして億劫になるような事ばかりだった。
彼女はそれを考えないようにと、足に力を入れてレールを蹴り上げる。
幸い、彼女はあの時、“あの爆発”からは最も遠く離れていた。
そのため恐怖は他の参加者ほど植え付けられていなかった事もあったが、それ以上に彼女は、他の参加者よりもこのゲーム自体を甘く見ていた。
まず首輪。機械である以上、外せない造りなど不可能に近い。
爆発物が内部にあるならば尚更、仕込むために解体も出来るようになっていなければおかしい。
そして工具と環境、自動車部の仲間さえ居れば、解体はそれほど難しい事ではないと踏んでいた。
次に、脱出。船か車さえあれば十分だ。工場もあるし、首輪さえ外せばどうにかなる。そう踏んでいた。

けれど、けれども。

もし、の考えが、黒い予感が、確かにあった。
暗い未来の予感が、足首を掴み、髪を後ろに引いていた。
そんなの自分らしくないと思っていたが、この闇はどうにもそんな碌でもない類を思い起こさせる魔力があったのだ。
それを払拭するように、断ち切るように、彼女は走る。此処で止まっては、それこそ負けなのだ。
そんな予感は、そんな未来は、認めない。早く帰って、車を弄って、大好きなカレーを食べて、皆で笑い合う。

自動車部のお調子者、ムードメーカー、ドリフト狂い、金曜のドリンクバー大好き。

それが、自分なのだと。









トンネルを抜けた先、大洗駅。
キハ7000形気動車は影も形もない、殺風景な田舎の駅。
突き抜けるような青空の下、アスファルトのホームの上で、少女が二人、大の字に寝転んでいる。
二人共汗だくで、服はびっしょりと濡れていた。
レースの結果、どちらが勝ったのかは、二人共覚えては居なかった。
ただ、ひとつだけ……二人は、恐怖に勝ったのだ。
それだけで十分で、それだけで、二人の走り屋の間に言葉は要らなかった。
全身で息をしながら、乳酸が溜まりきってぱんぱんに膨れた足を灰色の地面に投げ出して、二人は顔を見合わせた。
どろどろの汗と、トンネルの中の埃とで汚れた互いの顔に、思わず腹を抱えて笑う。
芯々1067mm。
一定の幅に保たれたレールは、この駅で終わっている。
芯々1000mm。
日差しを浴びるアスファルトの上、少しだけ、そう、ほんの少しだけ、二人の距離は縮まっていた。

「チームに、なろうよ」

笑い疲れたあと、大きく息を吐いて、ツチヤは言う。
少しだけ、照れ臭そうに。それでいて、心底楽しそうに。

「いいよ」

ミッコは目尻に浮かんだ涙を吹きながら、呆れたように笑って、そう答えた。
為息を吐いて、にかりと笑ってみせる。白い歯は汚れた顔によく映えた。
清々しい風がホームを吹き抜ける。
少しだけ、海の匂いがした。

誰もいない駅、錆びた鉄レール、台形に盛られた玉砂利、青い空、遠くに消えた白い鳥。
交わらない平行線、朝の日差し、浮かぶ汗、乾いた喉。
世界一下らなくて、世界一意味のないレース。

この日この時この場所で、彼女達は、チームになった。




【C-4・大洗駅/一日目・朝】

【ミッコ@フリー】
[状態]健康 疲労(小)
[装備]ジャージ
[道具]基本支給品一式 不明支給品(ナイフ・銃) 『諜報権』
[思考・状況]
基本行動方針:継続の仲間との合流。殺し合いに乗る気はないが、継続の仲間を傷付ける奴は許さない
1:チーム名決めないと……爆走チームで決まりだろ!?
2:どっかに乗り物ないかなぁ~

【ツチヤ@フリー】
[状態]健康 疲労(小)
[装備]ツナギ
[道具]基本支給品一式 不明支給品(ナイフ・銃) 『傍受権』
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗るつもりはない。首輪を外して脱出をする
1:チーム名を決めないと……ドリフトチームしかないよね!?
2:首輪を外すために自動車部と合流して知恵を絞る。船などがあればそれで脱出を試みる


[装備説明]

  • 傍受権
 通信傍受を行うことが出来る権利。名刺サイズの紙に記されたQRコードを読み込むことで、『傍受権アプリ』をスマートフォンに入れることが可能。
 アプリを使用することで、24時間だけ『他の全てのチーム内のチャット機能・構成メンバー一覧を覗く』、『他の全てのチームのGPS機能を受け取り地図上にチームごとに色分けした丸印・チーム名で表示する』ことが可能になる。
 『諜報権』を使用している者が紛れ込んでいるチームは、丸印が点滅して警告表示される。ただし誰が『諜報権』を使用しているのかは判断できない。
 また丸印はチームリーダーのGPSを受信して表示している。従って、無所属に関しては地図には表示されないし、チームメイトが別行動を取っていても地図には表示されない。
 一度インストールしてしまうと、記されたURLは無効となる。
 名刺サイズの紙の表はQRコードだが、裏面は上記のようなアプリの簡単な説明が書かれている。

  • 諜報権
 スパイ行為を容認される権利。名刺サイズの紙に記されたQRコードを読み込むことで、『諜報権アプリ』をスマートフォンに入れることが可能。
 アプリを使用することで、『二つのチームに重複して入る』ことが可能となる。
 ただしその事がどちらかのチームの『リーダー』に漏洩した場合、二つのチームから自動的に無条件追放され、二度とその二つのチームに属すことは出来なくなる。
 一度インストールしてしまうと、記されたURLは無効となる。
 名刺サイズの紙の表はQRコードだが、裏面は上記のようなアプリの簡単な説明が書かれている。






登場順
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- ミッコ 026:飛翔、旅立ちの時
- ツチヤ 026:飛翔、旅立ちの時

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最終更新:2016年09月06日 02:00