最初にそれを目の当たりにした時、迷いがなかったと言えば嘘になる。
分かっていたことだ。
これを使うことによって、どういう結果が得られるのか。
これを使ってしまうことで、どのような結果を招くことになるか。
それでも、やらねばならないと思った。
リスクは確かに大きいが、目指す目的を果たすためには、これが役に立つのもまた確かだ。
敵はあまりにも大きい。立ち向かうには人手が要る。
一人で足りないなら四人。四人でも足りないならもっと多く。
これだけ大きなフィールドで、その力を掻き集めるためには、これを使わなければならない。
意を決した彼女は、手にしたそれのスイッチを入れ、口元へと持ち上げて構えた。
◆
えー、皆さん聞こえますか! 県立大洗女子学園2年、アヒルさんチームリーダーの、磯辺典子という者です!
知らない人は……そうだ、89式! 全国大会では、アヒルのマークが描かれた、89式に乗っていました!
こんなことになってしまいましたが、どうかまず私の話を、聞いてはもらえないでしょうか!
私は一応大洗の、戦車道チームに所属していますが、正直戦車道の何たるかというのは、まだ詳しくは理解できてません。
元々戦車に乗ったこと自体、戦車道の授業が復活した、この春になって初めて体験したことでした。
だけどきっと、いえ必ず! これだけは言えるだろうということが、私の中にははっきりとあります!
戦車は戦争のための兵器でした。人殺しのための武器でした。
だけど私達の戦車道では、弾頭の威力に気を配り、搭乗席をカーボンで守り、様々な
ルールを整備して、人が死なないための工夫を凝らしてきました。
それってつまり、戦車は人殺し以外の何かにも、使うことができるんだって、そういうメッセージじゃないですか!
私達の先人達は、きっとそう信じて戦ってきた! 争いや殺し合いを否定し、互いを高め合う武芸としての道を、私達と戦車に示してきた!
そんな戦車に乗る私達が、こんなバカみたいなことのために、その道を否定するんですか!?
私達がやってきたことは、決して戦争なんかじゃない! むしろ戦争や殺し合いを、否定しながら戦ってきた!
そんな私達が、こんなことに屈して、殺し合いなんかに乗っちゃっていいんですか!?
私だって死ぬのは怖い。
この首輪が爆発するかも、誰かが後ろから刺してくるかも……そんな恐怖は今でもあります。
私も園先輩という仲間を、目の前で……殺されてしまいました。
でも……でも、園先輩は!
最期の最期の瞬間まで! 逆らえば何かされるかもしれない、きっとそれを分かっていながらも! 最期まで殺し合いを認めませんでした!
こんなバカなことには付き合えないと、最期まで抵抗の意を示して、戦いました!
仲間の想いは裏切れない! 仲間の死を穢すことなんてできない!
だから私は、戦います! 殺し合いを否定して、みんなで脱出するために、断固たる決意で抵抗します!
だからどうか、皆さんの力も、私に貸してはもらえないでしょうか!?
私と一緒に、あの文科省の役人と、戦ってはもらえないでしょうか!?
私はもう誰も喪いたくない! 園先輩と同じ最期を、誰にも迎えさせたくはない!
きっと園先輩だったら、私と同じことを思うはずです。もう誰にもここには来てほしくないと、天国で思ってくれているはずです!
戦いましょう! 抗いましょう! 誰も死なせないためにも、この殺し合いに立ち向かいましょう!
私は地図に書かれている、高校の校門前で待っています。いいですか、高校の門ですよ!
もしも皆さんが私と、共に戦ってくれるなら……もしも皆さんが私に、力を貸してくれるのなら!
私は信じます。信じて待ちます!
だからどうか、どうか私に、皆さんの力を貸してください!
◆
拙い喋りだとは思う。余裕もないように聞こえる。
人を説き伏せる上では、あまり上等な喋り方とは言えない。
それでも、熱意は伝わってきた。時に感情は、説得力以上に、大きな力となることもある。
無茶なやり方だとは思うが、それでも嫌いではないな――レオポンさんチームのホシノは、そんな感想を抱いていた。
(声が聞こえてくるのは、あっちの方か)
同じ学校の後輩であり、共に戦ったチームメイト。来年三年生になるツチヤなどは、特に付き合いも多くなるはずだ。
そんな典子の姿を思い出しながら、ホシノは耳で声をたどる。
殺し合いを止めたくない。その気持ちは痛いほど分かる。
そど子の犠牲を無駄にしたくない。その気持ちはむしろタメ歳の、自分の方が強いかもしれない。
だから拡声器を得たであろう典子が、こんな行動に出るのも分かる。
それでも、これは殺し合いに乗った人間を、招き寄せる可能性もある、極めて危険な行為でもあった。
(無茶は承知か、ただの無策か)
そこのところを、あの典子は、果たして理解できているのか。
正直言って、どちらもあり得る。あくまでも端から見た判断だが、ホシノはそんな風に考えていた。
アヒルさんチームは他に比べて、マシンパワーでは劣っているものの、それでも難しいミッションを、いくつもこなしてきた優秀なチームだ。
状況判断力と応用力の高さは、バレーボールで培ったものか。体を動かす上で言えば、確かに彼女は賢いだろう。
しかしツチヤから聞くには、彼女は賢くはあっても、勉強ができるというわけではないらしい。
要するに勘はきくものの、知識が足りていないのだ。故に危険性を認識できず、間の抜けた判断を下したという、そんな可能性もあり得るのだった。
(どっちにしても、急いで行こう)
とにかくも、今の磯辺典子が、放っておけない状況にいるのは確かだ。
必然早足になりながら、ホシノは高校へと向かう。
彼女の理想には賛成だ。だからこそ、それを穢さないように、きちんと守ってやらねばならない。
果たしてこの拡声器の声が、どれだけの人間に届いているか。
果たしてその中の何人が、彼女の高校を目指そうとするか。
一体そのうちの何人が、彼女に賛同する味方か。そして残りの何人が、彼女を騙そうとする敵か。
そして自分はその中で――
「……っ」
ぴたりと、足が止まった。
無人の道路を一人で進む、ホシノの歩みがゆっくりと止まった。
「くそ……ッ!」
がん――と拳が音を立てる。
誰も住んでいない家の塀を、振り抜いた右手で勢いよく叩く。
否、そんな上等なものじゃない。やり場のない濁った感情を、無理やりに吐き出しただけのことだ。
(何を考えてんだよ、私は……!)
空いた左手で顔を覆い、ぐしゃぐしゃと前髪を掻き毟った。
そして自分はその中で、何人救える気でいるのか。
迫り来る殺人者の攻撃から、何人の人間を守れるか。人を守るためという名分があれば、何人の襲撃者を殺せるのか。
数を絞らなければならないのなら、その優先すべき命の中に、磯辺典子は入っているのか。
そんなことを、考えてしまった。
典子の主張に賛同しながら、誰も失いたくないという決意を認めながら、それでも命を値踏みするような、そんな考えを持ってしまったのだ。
(分かってる……最初から分かってたことだ)
本当はとっくに気付いていた。
気付いてもあの声を聞いたからには、否定したいと思っていた。
国の役人が舞台を整え、綿密に準備したこの殺し合いに、都合の良い隙などあるはずもない。
誰彼もその手で守り抜き、みんな揃って脱出するなど、理屈の上では不可能だ。きっとこの町はそのように、仕立てられているはずなのだ。
(こんなこと考えちゃいけないって、それも分かってはいるけれど……)
だからどうしても思ってしまう。
たとえ今度もあいつを倒し、企みを阻止できたとしても、その過程で一体何人、喪われることになるだろうか。
あるいは自分の力など及ばず、まんまと奴らが絵に描いたように、殺し合うことになってしまうのか。
いくらかの命を生かせたとして、その中に入っているのは、誰だ。
自分か? ナカジマか? スズキか? ツチヤか?
あるいは西住隊長か? 他の戦車道の仲間達か? 大会で戦ったライバル達か? 全然顔も知らなかった他人か?
そしてその中で、誰の命だったら、優先して守ることができる。
あるいは誰の命だったら、切り捨ててもやむを得ないのだと、そう考えて見捨ててしまえる。
(……なぁナカジマ、テラダ先輩。私に一体何ができる?)
結局どれだけ考えても、ここに誰と誰がいるかは、今のところは分かっていない。
誰を喪いたくないと思うのか、あるいはそういう人間は無事なのか。
誰の手ならば借りられるのか、そもそもそんな奴などはいないのか。
そんな中、ここにいないことを願いながら、ホシノは二人の顔と名前を、頭に浮かべながら問う。
今の部長と、かつての部長。自分達を率いた二人に、果たしてどのように戦うべきかを、ホシノは胸中で問いかける。
(スズキ、ツチヤ。あんた達は、一体私に……何をやってほしいんだ?)
同い年の同輩と、一つ年下の後輩を思う。
共に肩を並べた彼女らなら、自分にどう戦うよう求めるのか。答えなど返るはずもない問いを、声に出さずに発し続ける。
三年生である自分は、間違いなく典子より先輩だ。
最悪、自分が最年長となり、責任を背負うことにもなるかもしれない。決断を求められることにもなるかもしれない。
だから、考えなければならなかった。
ホシノに何ができるのか。ホシノは何を求められるのか。
この糞ったれた殺戮の舞台で、ホシノは一体どのように、決断を下さなければならないのかを。
(……行こう)
答えなんて出てはいない。簡単に出せるはずもない。
それでも、足は止められなかった。今のところ、典子のことを、守りたいと思うのは確かなのだ。
これ以上そど子のような犠牲を、出したいなどとは思えない。その気持ちには素直に従い、無理やりに己を走らせる。
たどり着くまでに結論を、どのようにまとめているのだろうか。それとも答えなど出せずに、無様な姿を晒すのか。
渦巻いた不安はそれでも捨てられず、だとしてもと振り払うようにしながら、ホシノはより一層勢いを増して走った。
【D-2・町並み/一日目・朝】
【ホシノ@フリー】
[状態]健康、心に大きな迷い
[装備]ツナギ姿
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰りたい
1:殺し合いには乗りたくない。けれど最悪の状況下で、命を奪わずにいられるだろうか?
2:典子と合流し、殺人者から守る。出来れば彼女の思想に協力したいが……
3:レオポンさんチームの仲間にはいてほしくない。彼女らの存在を言い訳に、誰かを殺すことはしたくない
[備考]
※磯辺典子が拡声器で発した言葉を聞きました
◆
迷いが全くないと言えば、きっと嘘になるのだろう。
恐れを抱いていないわけではないと、本人も確かにそう言っていた。
それでも、そうした不安も恐怖も、決して外に出すことはしないと、彼女はそのように決めているのだ。
体操服の後ろ姿は、ぴしりと真っ直ぐに立っていた。
磯辺典子と名乗った少女は、腕を組み校門の前に立ち、堂々と仲間を待ち続けていた。
(悪いことなのは分かっているわ)
そしてそんな彼女の背中を、背後から見下ろしている者がいた。
彼女の決意と勇気の言葉を、既にじっと息を潜めて、高みから聞き届けていた者がいたのだ。
銀と金髪の境目にあたる、いわゆるプラチナブロンドの長髪。澄んだ青色の瞳は、日本人のそれではなかった。
本名ではない外国人名を、多くの日本人選手が登録している、日本の高校戦車道界。
その中にあって数少ない、本物のロシアからの留学生が、このプラウダ高校のクラーラだった。
(貴方の理想は分かっている。戦車道の理念も承知している)
学園艦文化が発展し、地上から中高生が消えた大洗で、ひっそりと取り残された廃校舎。
そんな背景を匂わせる、古ぼけた学校の教室の中で、クラーラは一人目を覚ました。
そして内部の調査を済ませ、学校から出ようと考えたその時、彼女はその声を耳にしたのだ。
唐突に姿を現した、大洗の典子の声を、拡声器越しに聞かされたのだ。
間違ったことは、言っていない。戦車道を志す者なら、心を動かされないはずもない。
きっと同志
カチューシャも、同じことを考えて、同じように動くのだろう。
(それでもごめんなさい、ノリコさん。私は理想や誇りよりも、偉大なるあの人を守りたい)
だとしても、誘いには乗れなかった。
学校から飛び出すことをせず、そのまま校舎に立てこもって、反目する道を選んでしまった。
プラウダ高校チームを率いる、小さな暴君・地吹雪のカチューシャ。
類稀なる戦術センスと、腕前からは想像もつかない愛くるしさ。
そしてカール自走臼砲を前に、私には当たらぬと豪語し続けた、狂気すら漂わせるほどの圧倒的自負。
そのプライドの高さは、転じて、クラーラにとってのカリスマとなった。
これほど調子に乗った人なら、あるいは自信相応の奇跡を、起こしてしまえるのではないだろうか。
どんな逆境にあっても、大胆不敵に笑ってみせる、あのイカれた指導者について行けば、素晴らしいものを見られるのではないか。
きっとプラウダの全ての生徒が、胸に共有したであろう忠誠だ。
(貴方にも、貴方のお仲間にも、ここで消えてもらいます)
だからこそ、クラーラはなればこそ、典子と共には歩めなかった。
いかに強いカチューシャと言っても、戦車を降りれば見た目相応だ。愛らしいちびっ子の彼女には、碌な運動能力などないのだ。
ならばこそ、守らねばならない。
何人を殺すことになっても。それが大学選抜戦を、共に戦った仲間であっても。
たとえそれらを殺すために、卑劣な手を使ったとしてもだ。
この手には狙撃銃がある。それもドラグノフとくれば、偉大な祖国が開発した名銃だ。
あの誘いに乗った連中が、この場に集まるのを待ち構えて、一網打尽に撃ち殺してやる。
(同志と偉大なるプラウダのために)
彼女との戦車道は楽しかった。チームで過ごしてきた毎日は、尊く気高いものであった。
だがだからこそ、何を捨ててでも、守らねばならないものがある。
気高きその名を守るためなら、今日までの誇りはドブに捨てよう。
そのために日本の学園艦に、今の自分はいるのだから。
冷たく光る瞳には、迷いの曇りは、一つもなかった。
【C-3・高校・校門前/一日目・朝】
【磯辺典子@フリー】
[状態]健康
[装備]体操服
[道具]基本支給品一式、拡声器、不明支給品(ナイフ、銃)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める
1:仲間を集めて役人と戦う。そのために今はこの場所で待つ
2:大洗の仲間や、万が一アヒルさんチームの後輩がいたら、合流したい
[備考]
※C-3高校の校門前にて、拡声器を使用しました。周辺に典子の声が響き渡ることになりました。
【C-3・高校・3階教室の窓際/一日目・朝】
【クラーラ@フリー】
[状態]健康
[装備]プラウダ高校の制服
[道具]基本支給品一式、ドラグノフ狙撃銃(10/10)不明支給品(ナイフ、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:カチューシャを優勝させるために戦う
1:典子の声につられてきた連中を、現在地から狙撃して殺す
2:できればプラウダの仲間は守りたい。しかしもしもの場合には、カチューシャの命が最優先
[備考]
※磯辺典子が拡声器で発した言葉を聞きました
[装備説明]
電気的に声を増幅させる、メガホンのような形をしたもの。
ローズヒップが町で拾ったものとは異なり、正真正銘の支給品としての拡声器である。
メタ的な話をすれば、これまで多くの企画で登場し、
多くのドラマを生んだと同時に、多くの命を奪ってきた、見た目によらず歴史のあるアイテムでもある。
ソビエト連邦が開発した、有名なセミオート狙撃銃。装填数は10発。
スナイパーライフルというカテゴリに属してはいるものの、
市街地戦という特異なシチュエーションを想定して開発されたことから、近接支援火器に近い性能を有している。
速射性と頑丈さに秀でた性能は、西側諸国にとって大きな脅威となり、現在も東側で運用されているという。
登場順
最終更新:2016年09月14日 13:37