ゆっくりと目を閉じて、古びた和室のにおいを嗅ぐ。
心を落ち着け、嗅覚に神経を集中させる。
カビ臭いような、汗臭いような、酸っぱいような、古びた畳の匂い。
おばぁと2人で暮らしていたあの頃を思い出す、そんな懐かしい匂いだ。

ふっと鼻孔をくすぐるのはふんわりとあたたかい芳香。
その香りは昔からいつだって自分を支えてくれた。
香りの主は麻子の腕をぎゅうっと掴んでふるふると小刻みに震えている。
しかし麻子に、幼馴染の震えを受け止められる余裕はまだなかった。

「沙織、ちょっと汗臭いぞ」
「ちょっ、しょうがないじゃん! やめてよ、もー……」
「冗談だ」

こんな状況で冗談なんて言ってる場合じゃないでしょ……と言いながら、
麻子からぱっと手を離し、気にするように自分の制服をくんくんと嗅いだ。
その姿を見て麻子は少しだけ安堵する。

本当は汗の臭いなんか気にならなかった。
ただ、あのまま腕にすがりつかれたままいると、
麻子自身が震えているのがバレてしまいそうだったから。
沙織の優しい匂いに甘えてそのまま眠ってしまいそうだったから―――。




「ねぇ……さっきの音って何かが、爆発……する音だったよね? 」
「あぁ……多分そうだ」
「あれってさ、首輪が爆発したとか?
 自分で外せた子がみんなに知らせるために空爆発させたとか! 」
「いや、それは違うと思うぞ」
「えっ」

もしかしたら首輪を外してみんなで帰れるかもしれない。
必死に明るく考えた一縷の望みを一瞬で否定され、沙織の顔に悲痛の色が現れた。

「さっきの爆発はそど子の時より重低音だった―――」

麻子はそど子の首輪が爆発する瞬間を鮮明に記憶している。
視覚―――大きく跳ねる身体、空を舞う血肉、ごろりと転がる頭部、痙攣する手足。
聴覚―――そど子の最後の言葉、破裂音、絶叫、降り注ぐ血と肉の音。
嗅覚―――吐きそうになる血の臭い。むせ返るような煙の臭い。
味覚―――鉄の味と涙の味。
触覚―――無意識に触っていた自分の首輪の金属の感触。

麻子の五感すべてがそど子の死を物語っていた。
うとうととしていた目が一気に冴えてしまった衝撃。そど子がそど子でなくなった瞬間を麻子は忘れられない。
麻子は人が死ぬ瞬間を忘れられない。

記憶力が良いのは昔からよく褒められていた。
教科書を一回読めばテストで満点を取れるから、学校の勉強で苦労したことはなかった。
戦車の操縦もマニュアルを一回読んだだけでマスターできた。
朝早起きして試合に行くのはすごく嫌だったが、それでもみんなに頼りにされるのは嬉しかった。

しかし今はその能力が忌まわしい。
父の死も、母の死も、そど子の死も、全部記憶に鮮明に残っている。
この戦いの中で、また大切な人の死を記憶に残さなくてはいけないのか―――
そう考えるだけで吐き気を催す。脂汗が吹き出す。鼓動が早くなる。肩が震えだす。
怖い、怖い、怖いんだ。自分が死ぬこと以上に、人が死ぬことが。

ふと背中にあたたかさを感じる。
自分が話の途中で考え込んでいたことにハッと気付く。
沙織の手がさすさすと優しいリズムを刻む。鼓動が落ち着く。呼吸も落ち着く。

「大丈夫、麻子? ごめんね、嫌なこと思い出させて」

不安そうに麻子の顔を覗き込んでくる。沙織も怖いはずなのに心配させてしまったな、と反省する。
悲しい記憶は全部涙と一緒に洗い流したはずだ。沙織と泣いて、前を向こうって決めたはずだ。
沙織はいつも優しく自分のそばに居てくれる。
いつだって、親友の優しさに守られていたのだと気付く。

「すまん、大丈夫だ」

どうして自分の大切な人はみんな死んでしまうのか。頻繁に考える。
どうして、どうして、答えの出ない自問。運命の巡り合わせが悪かったとしか言えない。
母の死、父の死、そど子の死、すべて悪い運命の悪戯だ。
そこに沙織の死が加わるなんて、そんなこと、絶対にさせない。

「沙織は私が守る」

思わず口を衝いていたのはそんな決意の言葉だった。喪いたくない、死なせたくない、いなくなってほしくない。
そんな我儘を叶えるために、麻子は沙織を守ろうと決めた。

「麻子っ……!
 それは私が彼氏に言ってもらいたかったセリフナンバーワンなのにー!やだーもー! 面と向かって言われると恥ずかしいじゃん!」

きゃあきゃあと大げさに沙織は恥ずかしがっている。
爆発音の直後はあんなに震えて小さくなっていたのに。本当はすごく怖いくせに。
きっとそど子のことを思い出して震えていた自分に心配かけないように、
元気ないつも通りの沙織を必死に演じてくれているんだと麻子には理解できた。
幼なじみでずっと一緒にいたから、沙織の優しさが麻子にはよく分かる。

「あっ、それで……さっきの、その爆発って……結局何だった……のかな? 」

沙織は恐る恐る、という風に聞いてくる。
本当は聞きたくない、知りたくない現実を知ることになるから。
それでも麻子は応える、現実を知らないと前に進めないから。

「あぁ、あれは多分……手榴弾か何かの、音……だ」

沙織は麻子の応えを聞いてカタカタと震えだした。
今しがた空元気で貼り付けていた笑顔がみるみる恐怖の色に変化する。
手榴弾。日常生活ではほとんど目にするものでも耳にするものでもない。もちろん戦車道の試合の中でも。
言葉にすると現実が迫ってくる。そんなものが大洗の町で弾けている現実が。

自分の周りに広がる優しい匂い。その中に先刻轟いた爆音を髣髴とさせるものはなかった。
どうやら先の爆発は至近距離というわけではなさそうだ。しかし、恐らく歩いて10分とかからない距離には違いない。
いくら建築用品店を隠れ蓑にしているからといって、油断していい距離ではないはずだ。
この近くに自分たち以外の人間がいる。それも、馬鹿げた戦いに乗っている可能性の高い人間が。
そんな疑いようのない事実を告げた残響は、今も二人の耳に残っている。

「その後に銃声みたいなのも聞こえた」
「ひぃっ…ってことはやっぱり、こ、殺し合いって言うのが始まってるって、こと、だよね……」



―――殺し合い
聞きたくない、言いたくない、信じたくない言葉だと、言わんばかりに狼狽えているのが分かった。
沙織は目に見えてしゅんとしていた。
大学選抜戦で仲良くなったみんなが殺しあうわけ無い、無理と分かりながらも沙織はそう信じていたかった。
しかし、そんな性善説は通用しない。

「それでこれからなんだが―――」

ここに留まっていたって、殺されるのを待つだけだ。
今すぐには襲撃者に見つけられないかもしれないが、いつまでも保つとは限らない。
迫り来る魔の手に震えながら死の刻を待つ。そんな選択肢はない。しかし麻子と沙織に武力はない。
殺しをする勇気も強さも持っていない。
だから―――――





だから、一人で危険を冒して仲間をみつけて来い―――

爆発音を聞いた後でそんな無責任な命令を出来るほど、麻子は非道になれない。
一人は怖い、無理だと震えながらつぶやいていた沙織の声を思い出す。
やはり、二手に分かれてそれぞれ3人組を作って戻ってくるなんて、絵空事にすぎないのかも知れない。
いっそ二人で一緒にその時を待って震えているのほうが良いのかもしれない。
残された時間を大切な親友と過ごす方が幸せなのかもしれない。
そう考え始めていた時、ゆっくりと沙織が応えた。

「3人組だよね……いいよ。探しにいこ、仲間」

寂しい夢を見るような顔をしながら、沙織は笑っていた。

「いいのか……しばらくは一人になるぞ」
「私、頑張るよ! そりゃあ怖いし、足引っ張っちゃうし私なんかと仲間になってくれる人、見つけられないかもしれない。
 それでも、みんなのために頑張りたいから! 」

沙織は、麻子が自分以上に死を怖がっているのを知っている。
幼なじみでずっと傍で見てたからそれくらい言わなくても理解る。本当は沙織だって怖いのだ。
今すぐ麻子の手を握りしめて一人にしないでほしいと懇願したいくらいだ。
しかし、そど子の死を目にして、近くに迫る死を意識して尚、沙織のことを守ろうとする強さを信じようと思った。
だから、麻子と一緒に生きて帰る希望を信じようと思った。
それが、麻子の幼馴染である沙織の唯一の使命だと感じたから。

「沙織……ありがとう」

沙織は強い。
沙織はずっと麻子を守ってくれていた。
両親を事故で喪って、塞ぎこんでいた麻子のそばに居てくれたのはいつでも沙織だった。
守りたい人を護れる強さがほしい。
今の私には、沙織を守ることはできない。頭のいい麻子にはその現実がよく分かる。
だからこそ、絶対に頼れる仲間を見つけてここから脱出しようと心に誓う。
自分の脆さに負けないように。胸を張って沙織を護れるように。

子供同士のような口約束だが、二人にとってはそれが絆だった。
絶対にお互いより先に死なない。その揺るがない信念が二人を突き動かす。

親友とこれからの未来を切り開きたい、想いは同じだった。

「それじゃあ、行こうか」

そう言って麻子は立ち上がる。

「うん、じゃあまた絶対に会おうね」

沙織はそう言って名残惜しそうに麻子を見つめながら歩を進め始める。

「あっ、麻子ー! 」

沙織が振り返りつつこちらを呼びながら大きく叫ぶ。

「私も、麻子のこと絶対に守るからっ! 絶対に、絶っ対にいい仲間見つけてこようねー! 」

へへへっと笑いながら手を振って沙織は駆けていく。
夏の向日葵のように光に向かって進んでいける、沙織はそんな女だ。
そんなやつだからこそ、絶対に守りたいと思う。
はやく仲間を見つけて帰ってこよう、そう決意して麻子は沙織と逆方向に進み始める。

信頼も友情も愛情も同情も哀情も恩情も慕情も、この戦争においては飾りでしか無い。
それでも親友を想う麻子には、確かに追い風が吹いていた。

△▼△▼


少女は硬い卵の殻に守られていた。
あたたかな世界に包まれて、飛び立つ刻を待ち望んでいた。
いつか見た蒼穹で、自由に風を切るのを夢見て。

少女、ミッコはいつだって一人じゃなかった。
寒さに震える時も、孤独を抱え込む時も、いつも傍に仲間がいた。
ミカはいつも小難しい哲学じみた話をしていた。
直感で行動するミッコにはよく理解できなかったが、
風に運ばれるように生きる彼女が口にする言葉は、
不思議とミッコの心によく残っていた。

アキはチームのムードメーカーだった。
彼女の笑顔は鈴蘭の花のように柔らかで優しい。
白い花が風に揺られて、澄んだ鈴の音はまるで幸せを呼ぶようで。
アキはいつもミカの話を興味深そうに聞いていた。
ひねくれていると文句を言いながら、アキもミカの話が好きだったんだろう。

3人はずっと一緒だった。
まるでそれが自然の摂理であるように。
だから、離れ離れになるのは初めてだった。
こんな形で、引き離されるのは初めてだったんだ。
それは、失って気づいた小さな幸せだった。


――――ドゴォン!

そんな音だったと思う。何かが爆発するような音。
しんとしたのどかな駅のホームで寝転がっている二人の耳に駆け抜ける爆音。
ささやかながらも芽生え始めた新たな友情にとって、あまりにも突然の衝撃だった。
音の距離から自分たちを狙ったものでないことはすぐに理解できた。
しかし、けれども、それでも。
あぁ、本当に始まっているんだ。二人にとってそう実感するに足りる出来事だった。

しばらくお互いに黙って硬直していた矢先に響く銃声。
先ほどと距離感は変わらないが、明らかに銃の音だった。

「ミッコ」

先に口を開いたのは、出会った時と同じようにツチヤだった。
ツチヤはミッコに比べてほんの少し爆発音に抵抗が少なかった。
きっと自動車部の活動で度々耳にしていたから。
それでも銃となれば全く話は別だった。明らかな非日常。それは確実に人を殺せる兵器。
自動車部の仲間に会えば脱出できるかも、そんな希望は甘かったのかもしれない。
ここで何かを選ばないときっと死ぬ、そう直感で理解った。

「どうする? 」

何をどうするとツチヤは聞いているのだろうか。
自分でもどうすればいいのか分からないから口を衝く質問。
このままここに隠れているべきか、音の方向から逃げるべきか、それとも、何が起こっているのかわからない現場に助けに向かうのか。
きっと本当の答えは誰にもわからない。
それでも、誰かに聞かずにはいられなかった。

ミッコはまだ口を開けない。恐怖はさっきトンネルの中に捨ててきたはずだ。
それでも、やはり、恐怖は幾らでも心から這い出てくる。
選択を間違えるときっと、そこでゲームオーバーだ。
ミッコはいつだって風に乗って生きてきた。
履帯を外した全開走行も、無人島での魚獲りも、風が運ぶ直感を信じて思い切ってやってきた。
だから、あれやこれやと考えるのは自分らしくない。



いつもの自分を取り戻すようにミッコは空を見上げる。

空。
空は予感を運んでくる。
どこまでも続く蒼い、蒼すぎる空。
さっきの銃声が嘘だったようにいつも通り青い空。
一羽の鳥が愁いを帯びた生温い風に乗って飛び立った、そんな気がした。
きっと、誰かの魂を運んで―――

ミカならこういうとききっとこう言うだろう。
『人生には大切な時が何度か訪れる。でも今はその時じゃないよ』

恐らく銃声の元へ助けに向かっても、もう遅いだろう。
全てが終わりきった世界を目にするだけだ。
だから、今はその時じゃない。きっといつか来るその時を待つのが今なんだ。

だから―――

「走ろう」

ミッコは小さく呟いて一気に走りだす。
ツチヤは驚きながらも走り屋はそう来なくっちゃと後を追う。
どこへ向かうかは分からない、ゴールなんてないレース。
それでも今は、風の誘うまま駆け抜ける。爆発音のしない方へ、きっと未来がある方へ。
二人にとって、走ることが日常だった。走ることが生きることだった。
まとわりついたいらない恐怖をふるい落とすように走る、走る、走る。

少女たちは青い空の下を駆け抜ける。
風が背中を押す。進め、進めと言わんばかりに。



どれくらい走っただろうか。
5分、それとも10分。もしかしたらもっと短かったのかもしれない。
二人は夢中で風を切った。服は汗でぐっしょりと濡れていて、息も切れかかっていた。
いつの間にか恐怖は汗とともに流れ落ち、いつもの余裕を取り戻していた。


「あっ思いついた! じゃあじゃあ、超絶爆走チーターさんチームとかどう? 速いよ速いよ~! 」
「いやいや~、ぶっちぎり峠道ドリフトチームにするべきだって!
 ワインディングロードでズリズリ滑らせて華麗にドリフト決めて駆け抜けるの、最っっ高に気持ちいいよ! 」

『チーム名決めない? 』と言い出したのはツチヤだった。二人で駅を出てしばらく走った後、なんとなくそう呟いた。
ミッコとツチヤは晴れてチームになった。
しかし、まだチーム登録はしていない。チーム名が決まっていないのだ。

あれがいい、これがいいと思案しあってどれくらい時間が経っただろうか。
それでもお互いに自分自身の走りに拘りを持っている彼女たちは名前を決めかねていた。
こんな状況で名前なんてどうでもいいだろうと言われるかもしれないが、
二人にとってこの出会いを祝福する名前を付けるという行為は大切なことに思えた。
だってチーム名は自分たちの存在を明らかにする証だから、自動車部の、継続高校の仲間に生存を伝える手段のひとつだから。
ツチヤとミッコはここでも元気に走っています。そう伝えたかったから。

「なんか良い折衷案ないかな~。そろそろ決めたいんだけどねぇ」
「んにゃ、いいの思いつかないなぁ。コケモモジュースチームとかは? 」
「はははっ、それじゃあもう走り関係ないじゃんー! 」

二人は少しずつ距離を縮めていった。
はじめはどう歩み寄っていいか分からなかった初対面の二人。
それでも不器用ながら自然に、ごく自然に二人の距離は近づいていった。
風に押されて走るように、まるでそれが当たり前のように。


そこで彼女たちは出会う。同じ風に流されてきた少女に。


ツチヤは彼女のことをよく知っていた。
彼女の操縦はいつも正確で、動きは軽やかで、乗るものも観るものをも魅了した。
彼女の操縦は、彼女自身にどこか似ていた。
聡明で無駄な動きがなく、いつも眠たげな瞳の奥に強い闘志を秘めている。それでいて、操縦レバーを握る姿は凛々しく力強かった。
彼女は自動車の整備を手伝ってくれたこともある。
いつか一緒に車をガンガンぶっ飛ばして大洗の町をぶっちぎってみたい、その技術を見込んでいた、自動車部に欲しいくらいの逸材な同級生だ。

出会いは驚くほど呆気無いものだった。
チーム名決めをしながら立ち止まっていた二人の方向に麻子が歩いてきた。それに気づいたツチヤが声をかけた。
もし冷泉さんが殲滅戦に乗っている側だったら?今思うと軽率な行動だったかもしれない。
しかし車は実際に走らせながら調整してみないと具合が分からない。
人間だってそれは同じだと思う。だから声をかけた。
いつも通り、自分らしいお調子者の自動車部員、、ツチヤとして。

ミッコははじめ、借りてきた猫のように畏まっていた。ツチヤの時と同様に、麻子の顔を見てもピンとこなかったのだ。
センチュリオンを追い込んだⅣ号の操縦手だよ、と紹介されて初めてなるほどと思った。
大学選抜戦で早々と帰った継続高校の耳にも、その活躍ぶりはしっかりと届いていた。
そこから打ち解けるのにそう時間はかからなかった。お互いの操縦技術を讃え合い、尊敬し合った。

束の間の雑談を楽しんだ後、麻子はふうと息をつき、まっすぐと目をあげて言った。

「二人の力を貸してほしい」

少し話しただけですぐに理解った。この二人なら大丈夫だと。殲滅戦において、無意味な殺しをするような奴らではないと。
技術がある、知恵もある。生きることに対して意義を持っている。
だからこそ、沙織を守るために力を貸して欲しいと思った。

麻子は今までの出来事を説明した。
自分自身が聡明でなんでもすぐに理解できる一方で、人に何かを説明するのは苦手だった。
それでも、ひとつずつゆっくりと説明した。
殲滅戦の中で幼馴染と出会ったこと。二人では生き抜けないこと。
六人チームを組んで行動したいこと。このゲームから脱出したいこと。
そして、二人とチームを組みたいこと。

ミッコとツチヤは了承した。
具体的な行動方針が決まっていなかった二人にとって願ってもない話だった。
殲滅戦を勝ち抜くことができるのは最高でも三人。継続の仲間と、自動車部の仲間と出会って脱出するのが当初の理想だった。
しかし、現実はそう上手く行かない。三人というルールはあまりにも残酷だった。
もう既に、ミッコはツチヤを、ツチヤはミッコを裏切れない。
だからこそ、みんなで生き残る術を求めていた。この暗闇のような殲滅戦に希望の光を求めていた。

ミカとアキと、その二人の信じた仲間を連れて脱出できるかもしれない。
自動車部の叡智を集めて首輪を外して脱出できるかもしれない。
麻子の提案は未来への希望のように感じられた。

そして―――チームになる。

「リーダーなんかいつもミカ任せでやったことないんだけどなー」
「みんなだってそうだよ~」
「ああ」

チームリーダーはミッコになった。
理由は単なるジャンケンの勝者。ジャンケン運も幸運のうちだということで、勝者に託することになった。リーダーと言っても上下関係はなく、
対等な、走り屋仲間という風に感じられた。ミッコにとっての、はじめてできた他校の友達だった。

「私今までさ、他の高校の人と仲良くとかしたことなかったから、2人と出会えて嬉しい。もしここから帰れたらこうやって皆で走りたいなって思うな」
「いいね~~~~~~~! ビュンビュン走っちゃお! 」
「私は朝早いのは嫌だぞ…」

今まで継続高校は全国大会でも、大学選抜でもろくに戦車の外に出ず、他校との関わりを極力避けてきたから、
こんな形でも他校の操縦手と話したり、チームになれるのが素直に嬉しかった。この2人と風を切れたらどんなに素敵だろうと、明るい夢を見る。

ふふっと笑い合いながら未来を語らう。
こんな状況でも、新しい仲間に出会えたことを祝福するように。

「じゃあじゃあ! 一秒でも早く帰還できることを祈願してチーム名つけよう」
「チーム名はどうするんだ……」
「あー、結局二人の時も決まらなかったんだよね。やっぱりシンプルにドリフトチームがいいと思うんだけど! 」
「いやいや!爆走チームは譲れないって! 」

また主張合戦が始まる。自分の所属するチームであると仲間に伝わるチーム名にしたい。それが二人の要望だった。
しかし言い争っていても結論は出ない。

「もういい……私が決めるぞ」

半ば強引にスマホを持ちだして麻子が入力を始める。
スッスッと軽快に画面をタップする。指は自然に踊っていく。

「どれどれ……」と二人は画面を覗き込んだ。


―――青い鳥チーム。



ミッコとツチヤにとって、自然と胸にストンと落ちる名前だった。

鳥は憧れだった。いつだって自由で、風を感じていられる。そんな存在になりたいと、ミッコはいつも思っていた。
『ミッコは本当に風が好きだね』と微笑むミカの顔を思い出す。いつだって自分を導いてくれる風が好きだった。
そんな風の一番近くで、自由で気ままな鳥になって、ミカとアキと一緒にずっと旅をしていたいと思っていた。

ツチヤは遠い夢のような記憶を思い出していた。ナカジマとスズキとホシノとツチヤ、いつもの自動車部の4人で整備した車に乗った記憶。
ツチヤは車において足回りの良さを大切にしていた。ガンガンぶっ飛ばしてズリズリ滑らせてぶっちぎる、それがツチヤの良いところだ。
パワーだけ強くても走れないし、何よりもスライドコントロールができない。その車の真髄は足回りの良さだった。
U12ブルーバード。自動車部のみんなが認めたツチヤの華麗なドライヴィングを楽しみながら乗った、思い出の車だった。

「鳥かぁ……うんうん! いいね、鳥、好きだよ私!青といえば継続高校のイメージカラーでもあるし!いいねいいね!気に入ったよ」
「青い鳥……つまりブルーバードだね~! 4WDの純正足のコントロールをうまくしながら、その上速く走るための究極のドリフト!
 学園艦で自動車部のみんなと走った時、気持よかったなぁ~! いい名前だと思う 」


麻子にとってミッコの趣向もツチヤのドリフト経験も知る由はなかったが、直感でこれが良いと思った。これは全参加者に送るメッセージでもある。

青い鳥の意味は身近にありながら気がつかない幸福、そして希望―――。
遠くまで旅をして、嫌な事件や出来事に出会っても、本当の幸せは身近にあるんだと。
殺し合いは始まってしまったけど、本来の身近な幸せを忘れないで欲しいと―――。
自分の身近な仲間を大切にしてどうにか殺し合いから脱出したい。麻子はそんな希望を名前にのせて飛び立たせた。

指紋認証を済ませ、晴れて三人はチームとなった。

この殲滅戦において麻子にとってこのチームは希望への架け橋になる。
これから沙織が作っているであろうチームと合流して、脱出の希望に向けて走りだすんだ。
沙織と麻子。二本ではあまりにも弱すぎた矢。だから一本ずつに別れ、そこで今三本になった、どんな困難でも折れないくらい強くなった気がした。

しかし、唐突に、本当に唐突に終わりの刻は訪れた。


率直な感想。
わけがわからなかった。

さっきまでみんなで脱出しようね、とかみんなで走ってみたいね、とか楽しくやってたじゃないか。それが何だ、これは。

地面に転がるスマートフォンのスピーカーから流れる絶え間ない絶叫。
目を覆いたくなるような惨状。悲劇、惨劇。
拷問と呼ぶには生易しすぎる、人の肉体も精神もズタズタに壊し尽くす行為。
怒りを通り越して茫然自失に至る。目の前が真っ白になって倒れそうになる。
真っ白な世界で、血の色は恐ろしく鮮やかに映る。
胸はぎゅうと締め付けられるようで、身体は思うように動かない。奥歯はガタガタと震え始めた。



どうして、あいつが、アキが、いったいなにをしたっていうんだよ――――




心のやさしい子だった。いつだって笑顔で、花のように明るくて。
ミカとミッコとアキはいつだって三人一緒だった。
寒さに震える時も、孤独を抱え込む時も、いつも傍に二人がいた。
『いつも』はいつまでも続かない。
本当はこの殲滅戦に連れてこられた時からわかっていたのに―――。
永遠なんて存在しない。やまない雨がないように、終わらない関係なんてない。
でも、そんな、こんなにも、こんなにも唐突だとは思ってなかったんだ。

遠くから聞こえた爆発音で、ミッコは我に返った。顔を上げ、立ち上がる。
まだ終わっていない。どんなに離れていても、ミカとアキとミッコは仲間だ。
ミカの話す言葉を朧げに思い出す。
『人生には大切な時が何度か訪れる』
喉がきゅっと熱くなる。多分、大切な時っていうのは今なんだ。

「行こう」

アキはまだきっと生きている。まだ助けられるかもしれない。
そんな絶望的な希望を抱いて走りだそうとする。
麻子はこれは罠だとアキさんも言っていた、冷静に考えるべきだと止めてくれた。
急いだってもう、遅いかもしれない。ここからすぐに着く距離でもない。
罠にまんまとはまって自分たちが殺されるかもしれない。
それでも、ミッコは仲間を傷つける奴が許せなかった。

麻子とツチヤはミッコの真剣な顔を見てそれ以上何も言わず、頷いた。

少女は硬い卵の殻を叩く。
飛び立つのに必要だったのは、自分で殻を破る勇気だった。
今、飛翔の時。もう迷いはない。少女は戦場で風を切る。

走る、走る。
3つの足音が野に響く。
また爆発音が聞こえる。
嫌な予感がする。
それでも、走る。




【C-5・東/一日目・午前】

【☆ミッコ@青い鳥チーム】
[状態]健康、疲労(中)、深い悲しみ
[装備]ジャージ
[道具]基本支給品一式 不明支給品(ナイフ・銃) 『諜報権』
[思考・状況]
基本行動方針:継続の仲間との合流。殺し合いに乗る気はないが、継続の仲間を傷付ける奴は許さない
1:アキを助けに行く
2:どっかに乗り物ないかなぁ~

[備考]
※C-4、C-6での爆発音を聞きました
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています

【ツチヤ@青い鳥チーム】
[状態]健康、疲労(中)、 恐怖
[装備]ツナギ
[道具]基本支給品一式 不明支給品(ナイフ・銃) 『傍受権』
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗るつもりはない。首輪を外して脱出をする
1:ミッコについて行く、乗りかかった車だしね~
2:首輪を外すために自動車部と合流して知恵を絞る。船などがあればそれで脱出を試みる

[備考]
※C-4、C-6での爆発音を聞きました
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています

【冷泉麻子@青い鳥チーム】
[状態]健康、疲労(中)、恐怖
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰りたい
1:チームを組んで殺し合いを止めたい……けど怖い
2:沙織や仲間達を死なせたくない
3:ミッコについて行く、でも沙織を置いて死ぬ訳にはいかない
4:第一回目の放送時に沙織と合流する。絶対に仲間を連れて

[備考]
※C-4、C-6での爆発音を聞きました
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています
※水道が生きていることを把握しました





「ひぃぃぃっっっ」

スマートフォンから突如流れだした映像を見て、武部沙織は怯えていた。
残忍に嫐られる少女の処刑はあまりにも衝撃的で、勢いで落としてしまったスマートフォンは背面を上に向けたまま床に接触した。
おかげでそれ以上の視覚情報を得ることはなかったが、スピーカーから流れ出る大音量の絶叫は壁に反響して耳を塞いでも聞こえてくる。
こんな時に、こんな不安な時に大丈夫だよと沙織を抱きしめてくれる人は誰もいない。

結果から言うと、麻子と別れた後、沙織は誰とも出会えなかった。
絶対に仲間を見つけてこようと勇んで旅に出たものの、幸か不幸か本当に人間を見つけることが出来なかったのだ。
誰かが身を隠しているかもしれないと思い恐る恐る病院に入り、
無人の病室に入ったすぐ後にスマートフォンに映像が強制アップロードされ、今に至る。

「こわ……こわい……だ、誰か……麻子ぉ……」

今ここにはいない親友の名を呼ぶも虚しく、自分の声と声にならない絶叫が病室に響くだけだった。
目には大粒の涙、恐怖で身体は震え、鮮やかな血の色は瞼に焼きつき、視界をチカチカとさせた。
怖い、怖い、怖い、一人は怖い。やっぱり泣きついてでも、縋り付いてでも麻子に一緒にいてもらうべきだった。
画面の奥で拷問をしている人間が誰だか沙織には分からない。どこで起こっているかもわからない。
大学選抜で仲良くなったみんなが殺しあうわけ無い。そう信じていたかったのに、希望が絶望に暗転する。
沙織の中の皆への信頼がガラガラと音を立てて崩れていく。
だから、人が怖い。自分以外の人間が怖い。誰が腹の底で何を考えているかが分からない。
さっきまでは無人だった病院も、誰かがいるような、誰かに狙われているような錯覚に襲われる。
次は自分が狙われる、殺される。そんな疑心暗鬼に陥る。
それでも、それでも麻子だけは、自分を守ると誓ってくれた麻子だけは、信じたい。

「やだぁ……もう……」

沙織はもう一歩も動けなかった。
暗い病室の中でひとりきり、少女は頭が痛くなるほど涙を流し、無理やり瞼を閉じて布団を被ってガタガタと震える。
きっと、涙が止まる頃には、麻子が助けに来てくれると頭の中で唱えながら。




【D-4・病院1Fのベッドの中/一日目・午前】

【武部沙織@フリー】
[状態]健康、強い悲しみ、激しい恐怖と人間不信
[装備]大洗女子学園の制服
[道具]基本支給品一式、不明支給品(ナイフ、銃器、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:みんなで学園艦に帰りたい
1:チームを組んで殺し合いを止めたい……けど怖い
2:麻子や仲間達を死なせたくない
3:麻子以外の人間を信じるのが怖い

[備考]
※水道が生きていることを把握しました
※C-4での爆発音を聞きました
※スマートフォンに「アキに対する拷問映像」が入っています






登場順
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015:風、その向こうへ。 ミッコ 033:搭乗人数制限有
015:風、その向こうへ。 ツチヤ 033:搭乗人数制限有
019:二本の矢 冷泉麻子 033:搭乗人数制限有
019:二本の矢 武部沙織 036:白い箱庭、赤いドレス

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最終更新:2016年12月14日 01:33