その夢を見始めていたのが、一体いつのことだったのか。
あるいは戦いのまばたきの間に、少しずつ見ていたものだったのかは、今となってはもう分からない。
オレンジペコが持っていたものより、幾分か小さい砲弾が装填され。
アッサムが見ていた照準器を、自らの目で覗き、トリガーを引く。
操縦席に座っているのが、ルフナかどうかすら判然としない。
手狭な乗員室はチャーチルのものでなく、恐らくは軽戦車のものだろう。
テトラークか? はたまたスコーピオンか? もう少し乗り回す機会があれば、これだけの情報からであっても、車種を特定できたかもしれない。
いずれにせよ、この鉄の箱の中にいるのは、今はきっと、独りきりだ。
何をやっているんだろうという疑問は、当然のように頭にあった。
いくら小さな戦車とはいえ、乗っているのが自分だけでは、こんな風に動くはずもない。
それでも彼女は、それ以上に、戦わなければならないのだと、強く突き動かされていた。
あらゆる疑惑を帳消しにしてでも、前へ、前へ進まなくてはと、そんな考えにとらわれていた。
限定された視界が煩わしい。
ハッチを開けて身を乗り出す。
外気に晒された双眸で、眼前の敵をしかと見据える。
猛然と土煙を巻き上げるのは、ドイツ軍のⅡ号戦車だ。
カーキ色に塗装され、鉄十字のエンブレムを刻み、機関砲を轟かす鉄獣だ。
そして自らと同じように、キューポラから顔を出す者がいる。
濃い茶髪に、鋭い視線。見る者全てを圧殺し、真っ向から食い破る豪傑の名は、黒森峰女学園が長――西住まほ。
何故に、と思う。
この極限のせめぎ合いの中で、こんな風に幻視する顔が、何故彼女のものなのかとは思う。
なるほど確かに西住まほは、戦車道全国大会においては、まさしく最強の敵だった。
大会開始から分析を進め、今年こそは倒さなければと、対策を積み重ねた怨敵であった。
そしてあの戦いで、全てを出しきり、結果――
ダージリンは敗北した。
なればこそ。
あるいはこの光景は、己にとっての死神が、迫っていることを示しているのかもしれない。
銃声と剣戟の彼方で、自分を殺したあの虎の王が、手ぐすねを引いているのかもしれない。
極限の綱渡りの最中、ダージリンは、おぼろげにそう結論づけていた。
◆
上へ登る階段へと、そろりそろりと足を運んだ。
あるいはこの場所からならば、脱出も叶うかもしれない。
そう考えながら、彼方の敵へと、銃を突き出したつもりだった。
「――っ!」
ばん、と響いたその音は、カルパッチョが放ったものではない。
ダージリンだ。こちらが構えるより早く、あの女が引き金を引いたのだ。
そうそう当たるものではない。それでもそこに躊躇いはない。殺意を胸に固めていたのは、こちらだけではないということか。
歯噛みし、カルパッチョは得物を手繰る。黒光りする両刃の凶器を、逆手に構えて走り出す。
たかちゃん――の、友達の誰かあたりなら、琴線に触れることもあったかもしれない。簡素な形状をした武器は、クナイと呼ばれる忍者の装備だ。
敵が水槽を背負っている限り、銃撃戦は明らかに不利。ならば、あれを傷つけない武器を使って、至近距離で戦うしかない。
「!」
思い切りのいい突撃は、さすがに想定の範囲外だったか。
軽く目を見開いたダージリンが、咄嗟に銃弾を二発放つ。
射程距離は縮まっているが、それでも条件反射の出鱈目撃ちだ。素人のそれが当たるはずもない。
客が腰を預けるための、背の低い座席の裏へと転がり込む。前転段階で一発を、隠れた時に一発を凌ぐ。
懐に軽く突っ込んだだけの、S&W M29が、カラカラと音を立てて転がり落ちた。
役立たずの銃を拾う気はない。薄明の中ゆえに場所は見て取れた。後から回収できるということが、確認できればそれでいい。
意を決して再び身を起こし、椅子と椅子の間を駆ける。
「きゃ……っ!?」
そして目標へ迫ろうとしたところで――唐突に、何かに足を取られた。
情けない悲鳴を上げながら、カルパッチョはうつ伏せに倒れる。
何が起きたのかも判然とせず、それでもこのままでは危険だと、どうにか身をよじって姿勢を正さんとする。
そして彼女は、それを見た。
突如として足元へと姿を現し、彼女を転倒させたものの正体を見た。
(ロープ……!)
それはこの手の施設であれば、どこにでも用意されているありきたりなもの。
カラーコーンなどと組み合わせて、立ち入り禁止エリアを作り、人の侵入を阻むための虎柄のロープだ。
これをカルパッチョが来るよりも早く、座席と座席の間に仕込んで、トラップとしていたということか。
命がけの戦場においては、まさしく毒牙にて命を奪う、グリムズビー・ロイロットのまだらの紐だ。
「……!」
当然、その隙を見逃すダージリンではない。
視線の向こうでは、銃を携えながら、早足でこちらへと向かう彼女が見える。
悠長に起き上がっていたのでは間に合わない。牽制のための拳銃は手元にはない。
「えいっ!」
残された手段はこれだけだ。
自棄気味な叫びを上げながら、カルパッチョは無理やりに上半身を起こし、クナイをダージリンに向かって投げた。
両者には知るよしもないが、もとよりクナイというものは、手裏剣の一種にカテゴライズされている。
投げナイフの要領で、投擲武器として使用することには、本来何の不自然もない。
しかし、カルパッチョは、そしてダージリンすらも、忍者の歴史については門外漢だ。故にこのやぶれかぶれの投擲を、当然のものとしては見抜けなかった。
いよいよ肝を冷やしたのか、目を丸くしたダージリンがそれをかわす。思いっきりの回避だったため、たまらず尻もちをついて倒れる。
かんっ――と乾いた音が鳴った。人間の投擲力だけでは、水槽を形成する強化ガラスは、割れないように出来上がっている。
既に態勢は整った。豹のごとくカルパッチョは駆けた。
筋肉のバネをしなやかに走らせ、落下していたクナイを拾い、再びダージリンに迫ろうとする。
「なっ……!?」
しかし、これもまた間違いだった。
銃器を警戒したカルパッチョは、丸腰で首を締めにかかることを恐れた。
水槽を背にし、武器を掴むことが、この場においての最善の護身だと、そう考えて動いたのだ。
こちらを己に近づかせまいと、そのために動いてきたダージリンが――よもや近距離で刃物を使うなど、考えもしていなかったのだった。
「ッ!」
立ち上がったダージリンが、何かを足蹴にするのが見える。
床に転がっていたそれが、空中でくるくると円を描く。
手に取り、手先でぐるぐると手繰り、素早く振り抜いたそれの正体は、掃除道具入れのデッキブラシだ。
しかしブラシの反対側――相手に突き出さんとする方向には、鉄色の鋭い彩りが見える。
支給されていたナイフを、トラロープで雁字搦めに固め、即席のスピアとしたものだ。
これほど大掛かりな武器だからこそ、背嚢には収まりきらなかった。にもかかわらず、床に転がしたそれは、カルパッチョには見えなかった。
座席の陰に隠れるように、巧妙に配置していたのだ。
(これがダージリンさんの戦略眼……!)
伝統の強豪校、聖グロリアーナ。いくら無冠とはいえど、名門であることに変わりなし。
体育会系のアンツィオでは、たとえ頭が優秀であっても、決して仕上げることができない緻密な盤面。
ブルーライトの逆光を受け、不敵に笑うダージリンを前に、カルパッチョは汗を一筋流した。
◆
演出とは誠に大したものだ。
たとえ支離滅裂なものであっても、説得力があるように積み上げれば、無知な輩を騙すことができる。
専門知識のない人間にも、これこそが正道でありプロの技なのだと、仮初の説得力をもって刷り込むことができる。
即席の槍を構えながら、ダージリンはそう思考した。
(ただ格好をつけただけ、ではなくてよ)
これ見よがしに見せびらかした、ぐるぐると回す槍遣い。
自信満々の笑みを浮かべて、油断なく突き出した槍の構え。
しかしながら、これらは全て、映画のワンシーンを猿真似したものだ。本来ダージリンには、槍術の心得など、全くもって無かったのだ。
されどそんなものは当然、カルパッチョにもあるはずもない。
であれば、このミーハーな身振り手振りが、堂に入ってさえいれば、そこにあらぬ説得力を幻視する。
達人芸を装って、出鱈目に振り回された粗末な槍も、素人のカルパッチョの目には、伝説のロンゴミニアドと映るだろう。
裏切り者を串刺した、逆賊殺しの聖槍であれば、なるほど確かに彼女には、お似合いなのかもしれないが。
「チッ!」
舌打ちしながら、カルパッチョが踏み込む。
槍のレンジは遥かに長いが、それでもその分死角は大きい。
そこに潜り込みさえすれば、勝てると思っているのだろう。
「フッ!」
しかし駄目だ。分かっていない。
それはあくまでも熟練者の理屈。素人が踏み込める領域ではない。
フェイントの意味合いも込めて、横向きに薙ぎ、デッキブラシの頭を叩きつける。
「か……ッ!」
脇腹を打たれたカルパッチョは、思いっきり座席側へと吹っ飛ばされた。
今の一撃を屈んで避ければ、あるいは心得のない彼女であっても、容易く懐へ潜り込めただろう。
しかし、今のカルパッチョに最善手は打てない。
こうした極限状況の最中で、次々と罠に嵌められた彼女に、そこまでの心理的余裕はない。
このダージリンでさえそうなのだ――とは、考えたくもなかったが。
「はっ!」
座席に倒れたカルパッチョのもとへ、ダージリンは悠然と歩み寄り、青く煌めく聖槍を突き出す。
「っ!」
結果は紙一重で回避。
かわされた穂先は座席へと刺さり、一瞬、引き戻すのが遅れる。
そしてその動作よりも、カルパッチョの足が早かった。
思いっきり前面へ突き出されたキックは、吸い寄せられるようにして、ダージリンの胴体を捉えた。
うっとよろめくダージリンの横へ、すり抜けるようにして退散する。
足は届いても、ナイフは届かない。であれば無理な勝負はしない、ということか。
ここに来て、ようやく最善手だ。銃を回収したカルパッチョは、座席に向かって威嚇射撃を放ち、上へ登る階段へと向かった。
(決闘には乗るのが騎士の礼儀。けれど、貴方は騎士ではない)
実を言うとこの勝負、有利に戦えるのはここまでだ。
相手がこの水槽前での、古めかしい決闘に乗っていたからこそ、追い詰めることができたのだ。
そもそも手にした大仰な槍は、巨大な水槽を盾にして、銃を封じたこの環境でこそ、猛威を振るうものである。
かの武田勝頼の騎馬武者隊も、織田信長の鉄砲には敗れた。長槍どころか馬をもってしても、飛び道具には敵わなかったのだ。
自由に銃が使える場所では、持ち運びが困難な重りは意味をなさない。
これまでの作戦にしたって、無数に穴は存在した。
もしもカルパッチョがこうしていたら、突破されていたという危険はあった。
ここから先の撃ち合いでは、それ以上の危険が待つ。それ以上の恐怖にさらされるのだ。
(さりとて、私も無視はできない)
自身に支給されたナイフを取り出す。デッキブラシの真ん中に突き立て、上から踏みつけて叩き折る。
この先は銃と銃の勝負になる。相手を躓かせるためのトラップもない。
それでも、敢えて危険を冒してでも、ダージリンは駆け出すしかなかった。
逃げた仲間達を殺させないためにも、カルパッチョはこの場で確実に、殺すか説き伏せるかするしかないのだ。
それが今この場に立つ、ダージリンの役目なのだから。
◆
(来た……!)
背後から聞こえる銃声に、追っ手の姿を思い描く。
飛び退り水槽の陰へと隠れる。流れ弾を受けた水槽が、またも飛沫を上げ砕け散った。
遮蔽物越しにカルパッチョが見たのは、短槍と拳銃を携えたダージリンの姿だ。
(あの長さでも、まだナイフでは勝てない)
だからこそ勝算なしと考え、カルパッチョは退散したのだ。
一撃を食らったからこそ分かる。デッキブラシで作られた槍は、もちろん長さもそうなのだが、重さがナイフよりも桁外れにある。
あれを相手に鍔迫り合いするのは、いくら何でも自殺行為だ。故にあの場に立ち止まって、近距離戦闘を行うことは、不利だと踏んで外に出たのだ。
(それでも、この状況は思ったよりキツい……!)
逃げられれば戦況は変わるかもとも思ったが、しかし世の中そう甘くはなかった。
後ろから発砲されるというのは、想像以上に恐ろしいものがある。
何しろ逃げに徹してしまえば、相手がどこを狙っているのか、全く分からなくなるからだ。
かといって、全力疾走できる相手と、振り返りながら競っていれば、いつか何かの拍子で距離を詰められ、お陀仏になってしまうだろう。
映画の銃撃戦など嘘八百だ。あんな都合のいい追いかけっこなど、現実に起こりうるものか。
(どうする)
威嚇の銃弾を放ちながら、カルパッチョは周囲を見回す。
そろそろリロードが必要なはずだ。しかし、できれば隙は作りたくない。
この状況を打開する手を、弾が尽きる前に考えねばならない。
(――っ)
その、時だ。
ふと、目に入ったものがあった。
そうだ。何もあの戦法は、ダージリンの専売ではない。
理論理屈が割れたのならば、それを掠め取ってやればいい。それもカルパッチョ流のやり方で、だ。
(死なば諸共……っ!)
危険な賭けだと理解はしている。故に心で南無三と唱え、カルパッチョは勢いよく走りだした。
ダージリンも釣られるように、物陰から飛び出して後を追う。
そうだ。もっとこちらに来い。もっとこっちに近づいてこい。
階段の陰になることを考えれば、撃てる位置取りはギリギリのはずだ。なればこそ、彼女との距離が、開きすぎていては意味がない。
「ぐっ……!?」
瞬間、未体験の痛みが襲った。
稲妻のような衝撃と共に、左腕が力を失った。
半端な逃げ方をしたのがよくなかったのだろう。遂にダージリンの銃弾が、カルパッチョの左肩を捉えたのだ。
焼き焦がすような痛みと共に、逃げる足取りが急激に緩む。最後の数歩はよろめくも同然。すぐさまダージリンに追いつかれる。
(でも、今は)
だが、今はこれでいい。
どうにか理性を保つことはできた。どうにか条件は整えられた。
「チェックメイトかしら」
生殺与奪の権限は、こちらが有しているのだと、勝ち誇っているつもりだろうか。
ダージリンは笑みを浮かべて、悠然とこちらに歩み寄ってくる。
ああ、そうだ。確かに詰みだ。片腕を封じられた状況では、銃でも刃物でも勝てない。
これだけ距離を詰めたなら、銃撃でも、槍の一突きでも、命を奪うことができるだろう。
立って走れないこともないが、今更そのようにしたところで、退散できるはずもない。
「ええ――貴方の、詰みですが」
もっとも――普通なら、という話だが。
「……!?」
顔色が変わるより早く、空いた右手で引き金を引く。
ばんっ、と放たれた弾丸が行くのは、まるきり明後日の方向だ。
ダージリンには当たらない。そもそも、狙いはダージリンではない。
標的は横合いのスペースに、でかでかと設置されている――イルカショーの水槽だ。
右肩を吹き飛ばしかねない衝撃にも、装填手の筋力でギリギリ耐えた。故に狙った銃弾は、過たずガラスへと叩きこまれた。
「ッ!」
びきびきと、亀裂が広がっていく。
じわじわと、水が沁み出していく。
対人用のピストルには、あまりに過ぎた破壊力は、クナイの投擲とは比較にならない。
故に撃てばこうなることを、ダージリンも、カルパッチョも知っていた。
カルパッチョだけが知っていたのは、この状況を作るために、敢えて引き金を引くことを、選択肢に入れていたことだけだ。
「さよならっ!」
二度と会うこともないだろう。あの世へ同行したいとも思えない。
故に別れの言葉を叫び、カルパッチョは最後の力を振り絞った。
事前に心構えをしていた、彼女だからこそ走り出せたのだ。
ばきんと響く決壊音と共に、とてつもない水量が溢れだす。
その光景を彼女は見ない。激流が迫り来る音を、背後からの音としてしか見なさない。
距離は離れているものの、圧力はゼロにはならないはずだ。
間抜けにも待ち構えていたならば、横合いからの鉄砲水を受け、壁に叩きつけられてしまうだろう。
無傷のダージリンならともかく、自分ではそれを耐えるのは無理だ。故にカルパッチョは走った。
背後から一瞬だけ聞こえた、ダージリンの悲鳴ですらも、聞かないように耳を塞ぎながら。
◆
タンクジャケットの袖をまくり、アンダーシャツの袖を、切り裂く。
ナイフで切り落とした布を、自らの体へきつく結びつけ、左肩の止血を行う。
危険な戦車に乗る以上、応急処置は心得ねばならない。その備えが役立ったようだ。
こんな状況で役立てることは、できれば避けたかったのだけれども。
(すぐに、ここから離れないと)
水族館を振り返りながら、カルパッチョは一人思考する。
先ほど打った最後の手が、きちんと機能したかは分からない。
水の量は膨大だが、それでも距離は離れている。健康体のダージリンなら、たとえ怪我をする羽目になっても、生き延びているのかもしれないのだ。
だとしても、この負傷を押してまで、やり合いたい相手だとは思えなかった。
聡明な彼女は、もし生還していたのだとしたら、たどり着くまでに罠を仕掛けて、待ち構えているのかもしれない。
死んだふりで油断させて、近づいたところに拳銃を一発――そんな反撃をされた時に、無事にしのぎきれる保障はない。
(ごめんなさい)
彼女は死んだ。死んだのだ。
いよいよ一人の少女の命を、私はこの手で奪ったのだ。
今はそう信じ抜くことにして、カルパッチョは足早にその場を離れた。
傷がじくじくと痛むためか、吐き気を催したりはしない。不快に思ってはいるものの、今は負傷の方が気になるらしい。
思ったよりもこの心は、冷えきってしまっているようだ。
正しい判断だとは思う。ただし、良い判断だと言い切れるのか。
こんな冷たく血に汚れた己が、生きながらえた大切な人々と、まともに向き合うことなど許されるのか。
そのことは、どうしても思ってしまうものの、今は考えないようにしようと、頭を振って抑え込んだ。
【A-7・水族館周辺/一日目・午前】
【カルパッチョ@フリー】
[状態]疲労(中)、左肩に銃創(応急処置済)
[装備]軍服(アンダーシャツの左袖が破れている)
[道具]基本支給品一式、S&W M29(装弾数:0/6発 予備弾倉【12発】)、クナイ、不明支給品(その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:アンチョビ、ぺパロニ、カエサルを生き残らせる。それ以外は殺す。
1:逃げた
河嶋桃と
島田愛里寿を追う。
2:ダージリンの消息が気になる。戦う余力がない以上、死んだものと信じたい。
3:殺すのは悪いことなんかじゃない。仕方のないことだ。
◆
ああ、そうだ。
これは夢だ。
かつて何かの折に自分が、夢想したであろう未来の一つだ。
ぱちぱちと音を立て体を炙る、炎の気配を味わいながら、ダージリンは思考する。
何かの打ちどころが悪かったのか、炎上し始めた軽戦車の、乗員室の中で独り思う。
突き詰めたところ、この夢は、彼女の思い描いた戦いの夢だ。
命も誇りも全てを賭した、本物の決戦ができるのならば、それはこのようなものがいいと、どこかで考えたことだったのだ。
ルール無用の野試合ながらも、使用戦車のウェイトだけは、厳密に定められたタンカスロン。確かそんな名前だったか。
風の噂で、そんな競技が、この世にあると知った時。
あるいはそれからしばらくした時、ふっと思いついたのが、今夢に見たこの戦いだった。
全国大会の準決勝――西住まほとの決着は、戦車の性能差によって分けられた。
ダージリンの技量が勝っていたなら、いかなティーガーⅠと言えど、弱い部分を的確に突き、撃破することができただろう。
まほの技量が勝っていたなら、戦車の差がなければ勝てたという、そんなギリギリの窮地まで、追い込まれることはなかったのだろう。
つまるところ、二人の力は、ほぼ完全に拮抗していた。
だからこそ、無謀な強襲作戦を失敗させ、大敗を喫したダージリンにも、まほは敬礼を送ったのだ。
あれは数字だけで語れる、一方的な試合ではなかった――それをまほもダージリンも、お互いに理解していたからだ。
今ならばこそ、理解できる。
銃声の彼方に見えたものは、全国大会の死神ではない。
いつか未来で再戦できたら。全ての条件を対等にし、本気の決着がつけられたなら。
そう思ったライバルとの、あったかもしれない決戦こそを、その彼方に幻視していたのだ。
本当に命を懸けるべきは、こんな下らない舞台はない。上から殺し合いを強いられた、哀れなマリオネット相手でもない。
陳腐なギニョールなどではない、本物の戦場での決着――この感覚を味わうならば、あの場所であの相手と共有したかったのに。
心のどこかで思っていた願いが、捨てきれなかった全国の未練が、夢幻となって表れていたのだ。
それでも、もうそれは叶わない。
この炎は幻だとしても、同じような窮地には、この身は置かれているのだろう。
予期せぬ反撃を食らって、逃げ場を失った己は、こうして思い浮かべた未来に、決してたどり着くことはない。
見たかった夢は、いくらでもあった。
まほや友人
カチューシャとの、個人的な決着もある。
オレンジペコやローズヒップが、成長し学校を率いる姿も。
いずれ姉以上のライバルとなる、大洗の
西住みほが、その才能を開花させる時もだ。
それらはきっと、義務感以上に、ずっと強く尊くて、真っ直ぐな目標だったはずだ。
だからこそ、今は思うことができる。どうせ皆を救うなら、倫理にもとるからという言い訳でなく、そういうことのために戦いたかったと。
それでも、こんな死の間際に、ようやく気付いてしまうようでは、あまりにも遅すぎるというものだ。
名将智将が笑わせる。こんな有様なればこそ、きっと自分はまほにも勝てず、みほとも再戦できなかったのだ。
知ったかぶりの格言娘には、似合いの皮肉かもしれない。
現実の戦場に放り出され、未体験の殺意に晒され、心さえも見失って散る。
きっとこの結末は、他のどのような未来よりも、自分には相応しかったのだ――
「――しっかりしろ、ダージリン」
その、時だ。
ハッチをこじ開ける音と共に、誰かの声が聞こえた気がした。
何かのレールが切り替わり、暗闇のトンネルを抜け出し、光を浴びたような心地がした。
一歩も動けなかった体が、いとも軽々と持ち上げられる。
指を動かそうという気力すら起きず、止まっていたはずのダージリンが、炎の中から抱え上げられる。
「まほ……さん?」
キューポラを上へと這い上がり、抱きかかえていたダージリンを立たせたのは、敵車輌に乗っていたはずの、西住まほだ。
「こんなところで立ち止まるな。それとも君の戦車道は、こんな道半ばで潰えてしまうものだったのか?」
下ろした体を支えるように、ダージリンの両肩を持ちながら、言う。
あの準決勝で相対したお前は、こんな意気地なしではなかったはずだと。
全ての車輌を犠牲にし、それでも自らが血路を開くと、そう決断したお前の強さは、こんなものではなかったはずだと。
自身の功名のためでなく、捨て石にしてしまった仲間達を、責任を持って決勝に連れて行くと、そう決めたダージリンの強さは。
「私は君の持つ強さを、この身を持って知っているつもりだ」
言いながら、まほは再び空洞を覗く。
炎上する戦車の奥底から、顔も分からない他の乗員を、助け出しに行くためだろうか。
かつて西住みほが、何に代えても、仲間の命を救いたいと、そう考え濁流に飛び込んだように。
「戦車道に終わりはない。だからこそ、君がこの先も、負けずに進んでいける強い人だと、私は信じている」
何故だろう。嫌な予感がする。
恐らくここで引き止めなければ、彼女は二度と戻ってこない。
それは己の死を受け入れて、諦めてしまった先刻よりも、遥かに強い不安と恐怖だ。
諦めのついた命よりも、死なずに済む他人の命が消える。そのことの方が余計に怖い。
ましてこの手をここで伸ばせば、確実に救えたはずの命が、消えてしまうのであればなおさらだ。
「待って!」
耐え切れず、声を上げた。
みっともなく、手を伸ばした。
この胸に抱えたいくつもの願いが、戦車道の道筋だと言うのなら。
それぞれの道筋の向こうで待つ、大切な仲間達の存在も、己が戦車道の一部であるはずだ。
いつか大きく成長し、勝敗を本気で競い合える、最大のライバルとなった西住みほも。
聖グロリアーナの指揮権を引き継ぎ、自分の得られなかった栄光を手にし、勝利に歓喜するオレンジペコ達も。
同じ強豪校の選手として、長年しのぎを競い合い、やはり決着をつけられなかった、小さな親友・カチューシャも。
「まほさん……駄目、待って!」
それはいつか再戦をしたいと、乗り越えたいと思っている、西住まほも同じはずだ。
同じ歳に生まれた者は、誰もがその名を意識した。
誰もと同じように生まれながら、誰よりも強かった彼女だからこそ、誰もがその背に憧れた。
同じ時代に生まれたのなら、あるいは望みがあるかもしれないと、誰もがその手を届かせたいと願った。
その中できっと誰よりも近く、その高みに追いすがった己なればこそ、あと一歩をとあがき続けた。
だからこそ、ダージリンは手を伸ばす。
それでも、その手は決して届くことなく、煮えた空気を虚しく切る。
「自分の道を行け。何よりも大切だと思うものを、その手で守り通すために」
戦車道の教えとは、人生を教え導くものとは、そのために存在するのだと。
そう言い残すと、黒い背中は、暗く赤い闇の窯の、奥へ奥へと消えていった。
◆
ゆっくりと、両目が開かれる。
ずきずきとした痛みに耐えながら、のろのろと倒れた体を起こす。
全身がひどく濡れていた。何ゆえそんなことになったのか、ぼんやりとした頭では、分析も上手く定まらない。
遠くから微かに聞こえてくる、か細く奇妙な鳴き声は、テレビで見たイルカのものだろうか。
声のする方へ視線を向けると、隣の部屋に打ち上げられた、一頭のイルカが死にかけていた。
「………」
そこまでの情況証拠を得て、ようやくダージリンは思い出した。
あそこにある巨大な水槽のガラスが、銃弾によって壊されたこと。
それを行った相手が、先ほどまで死闘を演じていた、アンツィオのカルパッチョであったということ。
ここにいないということは、きっと彼女は当の昔に、桃達を追いかけていったに違いないということを。
「……何故……」
そして同時に、どうしても、気になることがもう一つだった。
「どうして……貴方だったのかしら」
今際の際に至りかけた、この状況で見た顔が、何故西住まほのものだったのか。
仲間と呼べる者は他にもいる。優劣をつけるようで悪いが、もっと会いたいと思えたはずの、聖グロリアーナの者達もいる。
なのに夢枕に立ったのは、何故、彼女だったのか。
言葉だけでない何かを、彼女は伝えようとしたのではないか。
(……状況を整理しましょう)
死神。
彼女が己にとってのそれだと、誤認した時に浮かんだ言葉。
その四文字がどうしても、頭の中で引っかかる。
けれど彼女は、それ以上、そのことについて考えることを拒んだ。自身と周囲の状況確認が、もっと大事なことだとして目を背けた。
一度死の恐怖を味わったことで、それを忘れるために纏った、心の鎧が剥がれたことも、考えないようにと念じながら。
【A-7・水族館・廊下/一日目・午前】
【ダージリン@フリー】
[状態]背面に打撲、全身に痛み、疲労(大)、全身ずぶ濡れ
[装備]聖グロリアーナ女学院の制服、ワルサーPPK(4/6 予備弾倉【6発】)
[道具]基本支給品、不明支給品(M3戦闘ナイフ、その他)、後藤モヨ子の支給品
[思考・状況]
基本行動方針:―――。
1:『敵を知り己を知れば、百戦危うからず』
2:(何のために戦うのか、己の在り方に迷い。仲間を守りたいのは確か)
3:(何故まほの存在を幻視したのか? 彼女の安否が気がかり)
[備考]
- 後藤モヨ子の支給品の内、昭五式水筒、信号灯、スマートフォン、不明支給品(銃器)を獲得しています。
[全体の備考]
- A-7・水族館の、イルカショー用の大型水槽が破壊されました。周辺が水浸しになり、イルカが一頭打ち上げられ死にかけています。
- A-7・水族館の、地下の巨大水槽周辺にデッキブラシ(半分)が放置され、転倒を誘うためのトラロープが仕掛けられています。
また、1階廊下のどこかには、デッキブラシ(半分)とSOGナイフが転がっています。
[武器解説]
ダージリンに支給されていたもの。第二次世界大戦末期に、アメリカ陸軍で使用されていた戦闘用ナイフ。
生産性を優先した設計となっており、刃渡り6.75インチの細身な刃が備えられている。
後藤モヨコに支給されていたもの。初期生産されたモデルで、刃渡りは7インチ。
ベトナム戦争中において、アメリカ軍の特殊部隊の隊員に支給された。
余談だが、ダージリンはこのナイフとデッキブラシを使い、接近戦時のリーチ確保と、見た目による威嚇のために、即席の槍を作成している。
通称ダージリン・ロンゴミニアド。携行に不便だったため途中で半分の長さに折られ、直後の戦闘で敢えなく大破した。
カルパッチョに支給されていたもの。日本の忍者が使用していた忍具である。
両刃の刃を備えており、手に構えての近接格闘戦と、投擲用の双方に用いることができる。
登場順
最終更新:2016年12月02日 02:57