Promise&Curse ◆ApriVFJs6M
さんさんと輝く太陽と澄み渡る青空の下、舗装された道路できぃきぃと金属が軋む音が響いている。
それは一台の車椅子に乗った少女が手で車輪を回す音だった。
彼女の名は小牧郁乃。
郁乃は幼い頃より身体が弱く幾度と無く入退院を繰り返していた。
生活のほとんどを病院のベッドの上で過ごしていたため、足腰は弱り車椅子が無ければ満足に移動すらできなかった。
そんな彼女の境遇なんていざ知らず。生と死を賭けたサバイバルゲームは容赦なく郁乃を巻き込んでいた。
「ばっかみたい……わざわざ車椅子を用意してまであたしを呼ぶ意味なんて……」
郁乃は初めから車椅子に乗った状態でこの島に連れてこられていた。
持たされたデイバッグには物騒なアサルトライフルの他に二日分のインスリンの注射器。
殺し合いを円滑に進めるための翼の男なりの配慮なのだろうか。
「わざわざこんな五体不満足な人間なんか呼ぶなっての」
そして服装は姉と同じ学校の制服。
病状が落ち着いたらいずれ通うはずの制服。
家に置いたままでまだ一度も袖を通したことのない制服。
生きて戻れれば着る事になるかもしれない制服。
「あたしにもう未来がないと分かっててこんな服装させるとは良い趣味してるじゃない……何の嫌がらせよ」
車椅子に乗らないとまとも動くことすらできない彼女にとって、この世界はあまりにも過酷すぎる。
未来はとっくに閉ざされて袋小路の末路にしかならないことを郁乃は覚悟していた。
否、諦めていた。
「あーあ、やってらんない」
車輪を回す手を止め空を仰ぎ見る郁乃。
透き通った青が視界一杯に広がっている。
彼女の心にあるのは死への諦観。それだけだ。
今から一時間後か、明日か――
よしんばうまく生き延びられたとしても二日目にはインスリンが底を付く。
どうせ死からは逃れられない
誰かお人好しな人間が保護してくれるかもしれない。
でも駄目だ。殺し合いに乗った者に遭遇したら自分を見捨てるに決まっている。
誰が好き好んで命を賭けて見ず知らずの病人を助けるというのだ。
「もうどうでもいいや」
死に対してひどく冷めた感情の郁乃。
いや、生に対しても冷め切っていた。
彼女の病はすぐに死に至らしめる物ではない。
毎日欠かさずインスリンの投与を続けておけば生きてはいられる。
人によっては普通の人と同じ生活もできる。
だがそのために入退院を繰り返し、満足に学校も行けずに友達と呼べる人間もいなかった。
郁乃が認識できる世界は家族だけ。
世界から隔離された彼女はいつしか世の中を冷め切った視点で見るようになっていた。
もう何かもがどうでもいい。ここでじっと死ぬのを待とう。
そう思った視界の端に一人の少年の影が映りこんでいた。
「こんな車椅子の子まで――」
「何? あたしに同情すんの? 同情なんてウザイだけからやめてよね」
長身の道着を着た少年。きっと何かの武術の経験があるのだろう。
彼は悲しそうな瞳で郁乃を見つめていた。
「すまん、そんなつもりは……」
「別にいいわよ、馴れてるから。で、あたしに何のよう?」
「知り合いを探している。身長のわりに童顔で女顔のやつなんだが――」
「知らない。他を当たれば? で、あんた誰よ」
「宮沢謙吾」
「小牧郁乃よ。まあ覚える必要なんてない名前だと思うけど」
こんな車椅子の病人の名を聞くなんて物好きな男だと郁乃は思った。
もっとも――彼が豹変して郁乃を押し倒し、男の欲望の限りをぶつけても郁乃は抵抗の一つできないし、するつもりもなかった。
ただひたすらどうでもよかった。
「少し……散歩でもするか?」
「何よそれ、ナンパのつもり? ダサっ」
「ダサいか……それもそうかもな」
「なんならあたしを車椅子から引きずり下ろして、押し倒してみる? あたしは抵抗しないからマグロだけど」
「馬鹿、そんなこと言うもんじゃない」
謙吾は郁乃の車椅子を押して歩く。
きぃきぃと小さく車輪が軋む音。
二人は無言で誰もいない街を歩く。
「お前も知り合いがここに……?」
「まああたしが知ってるのはお姉ちゃんしかいないけど」
「俺もこの島にかけがえのない仲間が……親友が連れて来られたよ」
「そう、それはご愁傷さまでした」
再び黙りこくる二人。
ぽかぽかとした陽気が気持ち良かった。
そしてほんのりと香る潮風。
やがて二人は海岸にやってきていた。
寄せては返す波の音しか聞こえない。まるで波の音以外は時が止まったような静けさ。
無限に続く水平線。
世界には郁乃と謙吾の二人しかいない。そんな感覚。
「きれいな景色だね」
「ああ」
「謙吾といったっけ……もう――いいでしょ? それとも今さら怖気づいた?」
最期の光景がこの景色なら悪くない。郁乃は前に立つ謙吾の背中に向けて言った。
「……気付いていたのか」
「まあね。あたし人を見る目は確かだと思うんだ。あんたがそうまでして守り抜きたいやつって男? 女?」
「男だ……大切な親友でな……理樹って名前だ」
「何よ、そこは愛する女と言いなさいよ。あんたってホモなの?」
「ははっ、そいつは手厳しい」
「で、あたしを一発であの世に送れる武器ぐらい用意してあるんでしょうね?」
「ああ――多分痛みは感じない」
謙吾がデイバックから取り出したのは一挺の散弾銃だった。
「十分ね。ていうかオーバーキルすぎだわ」
「すまん、これしかなかったんだ」
「謝ってどうすんのよ。あたしをこれから殺す人間が」
「そうだな……」
何でこんな優しい男が悲壮な決意を固めなければいけないのだろうか。
でも郁乃は少し意地悪してやろうと思った。それぐらい許される行為。
「謙吾、最終的にあんたとその親友の二人だけになったらどうするの?」
「決まってるさ。俺は自害する」
「大した献身ね。途中でその彼が死ぬ可能性もあるのに」
「それでも――俺はやらなければいけない」
「あっそ、んじゃその彼が他の人と一緒に行動してたらどうすんの? もちろんそいつを彼が見ている前で殺すんだよね?」
「それは――」
「彼哀しむわ、親友が血を染めるのを見せつけられんだから」
「……っ」
「何? もう動揺してんの? ダメねぜんっぜんダメ。その程度で心を揺り動かされているようじゃあんたの決意はそんなものよ。
どうせ志半ばで野垂れ死ぬのが関の山ね。仲間を集めてあの羽男を倒す作戦でも考えたほうが建設的よ」
「それは……無理だ。あの男には勝てない……俺は少しでも望みのあるほうに賭ける」
「そう、せいぜい頑張りなさい。どうせあたしが死んだ後だもの、あたしには関係ないし」
そして郁乃はにやりと笑う。
この優しい男に最大限の傷を刻み込んでやろう。
自分の命と姉の命をくれてやる代償を。
「でもね、あたしとあたしのお姉ちゃんの命をあげる代わりに一つだけ約束して」
「なんの約束だ?」
「先に約束すると頷かないと教えてあげない。ていうか、こんな約束守れない男が親友を守ることなんて絶対に無理だから」
「ああ……約束する」
「じゃあ指きり」
郁乃は小指を差し出す。
謙吾も小指を絡め指きりを交わす。
「嘘吐いたら地獄落ちーっと、ってどちらにせよあんたは地獄落ち決定だけど。それだけのことをするんだから」
「まあな……」
「じゃあ発表するね。簡単だよ」
楽しそうに、歌を歌うように。
郁乃は謙吾に呪いの言葉を紡ぐ。
「――あんたはその銃であたしの顔が木っ端微塵になるのをその目に焼き付けること。あははっ超簡単じゃん」
「――ッ!」
「さっきまでお喋りしてた女の子の顔がボンって。グロいね。超グロいね。
あたしの顔が、目玉とか脳味噌とかぐっちゃぐちゃになって辺りに飛び散るの。できるでしょ?
できないとは言わせないよ。それすらできない半端物に彼を守る資格なんてないから。はい、お喋り終わり。さ、早くして」
「くっ……」
謙吾は震える手で散弾銃を郁乃の眉間に突きつける。
手の震えが止まらない。
なぜ?
なぜ?
理樹のために地獄に落ちる決意をしたというのに。
理樹のためにこの島の全ての人間を殺しつくす決意をしたのに。
手の震えが止まらない。
「手、震えてるよ。怖いんだ」
「っ……これは武者震いだ」
「じゃあ早く撃てば?」
引き金に指をかける。
引いてしまえば全てが終わる。――否、全てが始まる。
それなのに指が金縛りになったかのように強張り動かない。
「撃ちなさいよ臆病者――その程度の決意で彼を守るなんて笑わせるんじゃないわ」
「あ、ぐっ――っうぉぉおおおぉああぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
■
バシャっとまるでスイカを高所から落としたような音がして郁乃の顔が爆ぜた。
さっきまで話していた郁乃の可愛らしい顔が弾ける。
ピンポン球ぐらいの大きさの眼球。
ピンク色がかった灰色の脳漿
栗色の髪が絡みついた骨の破片。
郁乃の顔を構成していた全ての物が辺りに撒き散らされ謙吾に降り注ぐ。
下顎から上を喪失した郁乃の身体は力を失い車椅子からどさりと崩れ落ちる。
頭部の大部分を失ったというのに痙攣を続ける郁乃の身体。
そして――地面に崩れ落ち下顎にへばりつくように残る舌をだらしなく垂らした郁乃と謙吾の眼が合った
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああアアああああああああああああああああ
あああああああああああああああアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああ
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああアアアアアア!!!!!」
叫ぶ。
叫ぶ。
叫ぶ。
謙吾はあらん限りの声を上げて叫ぶ。
「うっ……ぐぇ……うぇぇ」
胃の内容物を全てぶちまける。
吐く物が無くなってしまってもひたすら吐き続ける。
胃の中を裏返しにされて擦り上げられる。
それでも吐き気は収まらない。
郁乃の呪いが謙吾の全身を汚染してゆく。
「はぁ……はぁ……があぁぁっ……これが代償か……! お前の命の……ッ!」
理樹を守り抜くまで謙吾の全てを蝕む呪い。
理樹を守るため他者を殺めるごとに蓄積されていく呪い。
解く方法は理性を失い発狂するか、死のみ。
――せいぜい頑張りなさい。どこまで耐えられるか見ててあげる。
地面に転がり虚空を見つめる郁乃の白い眼球がそう言っているような気がした。
【時間:1日目午後2時ごろ】
【場所:H-2 海岸】
宮沢謙吾
【持ち物:ベネリM4 スーパー90(6/7)、散弾×50、水・食料一日分】
【状況:健康】
小牧郁乃
【持ち物:
AK-47(30/30)、予備弾倉×5、インスリン二日分、水・食料一日分】
【状況:死亡】
最終更新:2011年09月03日 10:08