Predator ◆Ok1sMSayUQ
町の裏路地を、蒼白な顔をして駆け抜ける少女の姿があった。
軽くウェーブのかかった黒髪を靡かせ、荒く息を吐き出す少女の名前を、仁科りえという。
無造作に置かれてあった植木鉢に躓きかける。すんでのところで転倒は免れたが、汚れなかったと安堵している余裕はなかった。
追跡者は、すぐ、そこまで迫っている。
乳酸のたまりきった体を、再び動かす。銃弾が擦過した脇腹が痛んだが、構っている時間すら惜しい。
出会い頭……というより、突如物陰から現れた追跡者は、全く警告もなく銃を発砲してきたのだ。
狙いが浅かったらしく、即死することはなかったが、気がつけば仁科は全速力で路地に逃げ込んでいた。
僅かな痛みが恐怖を呼び起こし、殺されると知覚したからだった。
そうして逃走劇を続けて、数十分が経過していた。追跡者は、姿を見せていなかった。
まるでじわじわと、追い詰めるように、気配だけを覗かせながら仁科から逃げ道を奪ってゆく。
じゃり、と砂かガラスかを踏む音が聞こえた。
そちらへと逃げようとしていた仁科は慌てて方向を変える。
術中に嵌っているという感覚はあったのに、殺されるという恐怖の前にはどうしようもなかった。
「あ……!」
袋小路に、追い詰められる。声を出してしまった瞬間、背後に人影が現れた。
仁科が怯えた視線を向けた。追跡者の正体を、るーこ・きれいなそらという。
西洋の人間と言って差し支えない白磁のような肌と、薄い髪の色は一見して天使のようでありながら、その実冷徹さを秘めていた。
触れれば冷たく、何物をも凍らせてしまう、
温もりを持たない肌。
すっとるーこが拳銃、
ブロウニング・ハイパワーを向ける。たおやかに、華麗に、モデルのような仕草で。
無駄のないその動作こそが、仁科を恐怖に導いた根源だった。
同時に向けられる、冷めた視線に仁科が震え上がる。壁まで逃げ、背中を押し付けたけれども、そこまでだった。
へたり込む。もう逃げられず、抵抗するだけの体力も残っていなかった。
「どうした。立て。戦え。武器はまだあるはずだ、うー」
抵抗することを望むように、るーこは銃を揺らした。
ふるふると、仁科は首を振った。デイパックから取り出したのは、ただのペン。
正確には漫画などでよく使われているGペンだった。
「なんだ、刺せるじゃないか。それでるーを刺せるだろう。やってみろ。チャンスは与えてやる」
言いつつも、るーこの顔は無表情だった。本当に立ち上がったとしても、その瞬間撃つのではないかというくらいの冷めた顔だった。
仁科りえに、闘争心は湧かなかった。代わりに差し出したのは、降伏の白旗だった。
コロコロとGペンを転がす。武器を放り出し、震える目でるーこを見ていた。
「そうか、一つ教えてやる」
目もくれなかった。ひっ、と小さく悲鳴を漏らした仁科に向かって、るーこは死刑の宣告を行った。
「戦わなければ、生き残れない」
「そこまでだ、白人少女よ!」
声はるーこの後ろから木霊した。
ギザギザしたメガネにスーツ姿。
両の腕を組み、仁王立ちして現れた男の名は、九品仏大志だった。
だがるーこは目もくれず、あっさりと引き金を引いた。
仁科は悲鳴も上げなかった。男の登場で注意が引かれると思っていたからなのかもしれなかった。
眉間を撃ち抜かれ、ずるりと体を地面に横たわらせた仁科を見届けてから、るーこは大志へと向き直った。
「それで、どうしたって?」
「くっ、貴様……我輩に動じぬとは……」
「うぬぼれるな、うー。貴様の存在など最初から筒抜けだ。愚かだな、存在を誇示すれば驚くとでも思ったか」
るーこは大志の存在を悟っていた。その上で、仕掛けてこないと判断し、まずは仁科を処分することから行ったのだった。
読みを誤り、策を看破された大志が歯噛みする。むざむざ標的にされるために出てきたようなものだった。
そう、これこそがるーこの狙いだった。仁科は釣り餌。自分を尾行していた何者かを炙り出すのが真の目的だった。
すぐさまブロウニングHPを向ける。大志にとっては絶体絶命の状況。しかし、大志はそれくらいで諦めるほど浅い男ではなかった。
「キサマ、なぜ殺し合いに乗っている」
「愚問だな、うー。これは戦いだ。戦わなければ生き残れないのは当然だ。るーは戦士だ。誇り高い戦士だからだ」
「フン、時代錯誤もいいところだ……それではこれからの時代、生き延びられんぞ。そう、オタクの時代にはな!」
「そうか。ならその前に死ね」
「いいのか?」
余裕綽々と、大志が笑った。
顎を持ち上げ、るーこを見下ろしている。
不快さに顔をしかめたるーこは、しかし警戒心を抱いた。
そういえばこの男、武器をどこに持っている?
「気付いたか」
一度根付いてしまった警戒の心は取り去ることが難しい。
それを見越した大志の笑いだった。
るーこは表情を変えず、探るために大志に問いかける。
「貴様は戦わないのか」
「戦うさ。我輩が、このオタク界をいずれ制覇する男、九品仏大志が撤退するのか!? いや、ないっ!
我輩はその頂点に立つまで、折れるわけにはいかないのだよ、少女よ!」
「その割には、あのうーを助けようとしていたようだが?」
くい、と顎で仁科の死体を指した。
それこそ愚問だ、と大志はメガネの端を持ち上げた。
「単に勝つだけでは面白くないだろう。このゲームにも、勝ち方というものがあるのだよ」
「全員助けてハッピーエンドか? おめでたい頭だな。やはりうーは愚かだ」
「違うな。キサマは大きな勘違いをしている。我輩は他の連中の命に拘りなどない。我輩は我輩のためだけに生きているのだよ。まあ、同志が絡めば別だがな!」
指がスーツにかかり、その中身を開示した。
るーこは絶句した。
そこにはいつの間に火をつけたのか、シュウウウウと音を立て、導火線ギリギリにまで達していたロケット花火の群れがあった。
その数、実に100本以上! あれが一斉に発射されればどうなるか。慌ててるーこはデイパックで顔面を防御する。
「もう一つ教えてやろう! 我輩はな、決まりきったシナリオというものが大嫌いなのだよ!」
ロケット花火の群れが発射され、るーこへと殺到した。
俊敏な動きで直撃を回避してゆくるーこだったが、反撃の暇などあろうはずがなかった。
フハハハハハハ! という大志の笑い声が木霊する。
「さらばだ白人少女よ! 縁があればまた会おう!」
大志の気配が消えてゆくのをるーこは感じていた。
恐らくはあれで目くらましをして助ける腹積もりだったのだろうと、仁科の死体を横目にしながら考えていた。
ならば、結果的にはどうあれるーこの勝ちだった。
九品仏大志には、局地戦で敗北したに過ぎない。
だが、敗北は敗北だった。いずれこの屈辱を注がねばならない。
いいだろう。どうせ全員が敵だ。再び会うときまで戦い抜いてやろう。
それがるーの戦士の、矜持なのだから。
戦い続けることを選んだ少女は、勝利の証としてGペンを拾い上げ、ポケットに仕舞いこむと次の標的を探して歩き始めた。
彼女の、狩りが再び始まる。
ロケット花火の煙が消えきった路地に残されたのは、目を見開いたままの、人間の死体だけだった。
【時間:1日目午後2時ごろ】
【場所:F-1】
九品仏大志
【持ち物:水・食料一日分】
【状況:健康】
ルーシー・マリア・ミソラ
【持ち物:FN ブロウニング・ハイパワー(14/15)、予備マガジン×8、伝説のGペン、水・食料一日分】
【状況:健康】
仁科りえ
【持ち物:水・食料一日分】
【状況:死亡】】
最終更新:2011年09月03日 10:08