翔る鳥 ◆nRUoz4HsLY
青い空。
どこまでも続いていく、青い青い空。
何にも遮られる事の無い、無限に続く空。
その空の中に、ひとつだけ、違う色。
一箇所だけ、どこまでも青い中の、ただ一点。
小さな、小さな、黒い色。
僅かに揺らぎながら飛んでいく、黒い影。
懸命に、大きな黒い翼をはためかせた、黒い鳥。
どこへ向かうのか、飛んでいく。
さえぎる物のない、空を。
どこまでも、どこまでも。
ただ、自由に。
私も、あんな風に空を飛んでみたいと思った事があったと思う。
誰だって、一度は空を飛ぶことに憧れる。
空を飛ぶことは、何よりも自由に見えるから。
もちろん鳥だって、自由とは程遠い。
雨が降れば、飛び続ける事は出来なくなる。
風の気まぐれで、成す術も無く地に墜ちる事もある。
永遠に空を飛び続ける事なんて出来なくて、力尽きれば地面におりなくてはいけない。
それでも鳥は、地を行く人には何よりも自由に感じられる。
人には、空を飛ぶ自由なんてないから。 無いものに、人は憧れる。
そう、だから私は、自由に憧れた。
新緑の草原を
打ち寄せる青い波を
赤く染まった葉の絨毯を
全てを白く染める、雪の上を
私は、自由に動き回りたかった。
私には、気がつけば自由は無かった。
あったのは、白い壁と白い布団、そして、窓枠に四角く区切られた空。
そこが、私の世界。
病気という檻に閉じ込められ、自由に舞うことの出来ない、鳥籠。
籠の外に出されれば、生きては行けない籠の鳥。
別に、枠の無い空を見ることくらいなら、できた。
でも、見れても、心はいつもあの場所に、白い白い、鳥かごの中。
そう、だから私は、あの人に憧れた。
鳥籠の中の鳥は、籠の外に出されてても、生きていく事なんて出来ない。
だから、自由に飛ぶことの出来る鳥には、どこまでも飛んで欲しかった。
飛ぶことの出来ない私の代わりに、自由に飛んで欲しかった。
どこまでもどこまでも、ただ、自由に。
鳥が、向かう方向を変えた。
私に、気づくこともなく、ただ、気まぐれに、
どこまでも、自由に。
ああ……
私も、本当は、あんな……
□
町外れの草原に立ち尽くすのは、一人の男。
完全に白く染まった頭髪と髭は、彼が既に老境にある事を示している。
だが、直立の状態で保たれる姿勢、衣服の隙間から覗く強靭な肉体が、彼から老人という印象を完全に奪い去っている。
朽ちゆく老兵ではなく、長き時を経て鍛え上げられた歴戦の兵、誰もがそういう印象を持つだろう。
耳の位置に生えている、鳥類の羽のような器官と、片目を覆う眼帯という大きな特徴よりも、まず武人、という感触を感じさせる。
そう、感じざるを得ないほどの、存在感を持つ男。
男の名はゲンジマル。
義に生きる部族、エヴィンクルガ族において伝説に称される戦士。
そして、シャクコポル族のクンネカムン国建国の立役者にして、唯一の他部族の人間。
だが、今はどちらでもない。
「許せ、とは言わぬ」
遠目には、眠っているようにも見えたかもしれない。
桃色の髪を紫の布で両側に纏めた少女。
薄い黄色の、見たことのない様式の服装をした、あどけない少女。
恐らくは、彼の娘と同程度、主君の少し上程度だろうか。
たった今、ゲンジマルが殺した、少女。
何の力も無い、病弱な少女。
武器すら構えていない、無力な少女。
敵意などあるはずもない、ただの少女。
それを、殺した。
殺意など欠片もなく。
枝を払う程度の容易さで。
ただ、殺した。
義など、何処にもない。
本来ならば、守られてしかるべき、少女を。
己がために、手に掛けた。
出来るかぎり、苦痛を与えないように心がけたことなど、何の言い訳にもならない。
殺すしか、無かった。
殺し合い、という理に従うしかない。
首にある輪など関係無く、そうするしかなかった。
「彼」の望みがそこにあるというなら、そうするより他にない。
命など惜しくはない。
だだ、命に勝る約束の為に。
主君との、クンネカムン先王との約束。
国を、王であるクーヤを守るために。
殺し合いの果て、その先に、守る事はできる。
娘の、サクヤすらも含めた屍の先に。
それが、良いことなのかどうかはわからない。
もしかすれば、他の方法もあるのかもしれない。
そう、彼の王を。
仮面を付けた、もう一人の「彼」ならば。
だが、
だが、いずれにせよ。
このような病弱な少女など、不要なのだ。
必要ならば、娘すらも道具のように扱わなければならない時すらある。
そこに、道具になるかもわからぬ重荷を、背負い込むことなど出来はしない。
無言で、娘の持つ背嚢を手に取る。
その拍子にか、あるいはもっと前からか。
空を向けられた、既に光を失った瞳を、そっと閉ざした。
□
「あれ?」
少し向こうのほうで、何かが光を反射した。
刀か、あるいは矢じりか。
そんな何かのような光。
「う……」
何だかよくわからない、もしかしたら、見間違えかもしれない。
でも、そんなものでも今は怖い。
「お姉さま…おじさま…アルちゃんに、ユズハちゃん……みんな…」
早く、誰かに会いたい。
そう思って、飛ぶ方向を変えた。
それだけの、偶然。
お互い何の関係もなく、ただ、鳥籠に反射した陽光が、一羽の鳥の向かう方向を変えただけ。
もしかすれば生まれたかもしれない流れが、起きなかった。
それだけの、こと。
【時間:1日目 昼】
【場所:E-7】
ゲンジマル
【持ち物:ショーテル、水・食料一日分、立川郁美の支給品(まだ未確認)】
【状況:健康】
【場所:D-5上空】
カミュ
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】
立川郁美
【状況:死亡】
最終更新:2011年08月30日 20:14