ボケまくりの完全無敵少女 ◆Ok1sMSayUQ
「はぁ……これからどうしよう」
腰までかかりそうな、長い黒髪を揺らしながら歩くのは、草壁優季だった。
殺し合い、と言われても実感が未だに湧かないのは、自分がこの場において数少ないタイプの参加者だからなのだろうと感じていた。
そう、名簿の中に友人は殆どいない。殆ど、と言ったのは、一応例外もあったからだ。
河野貴明。その名前を浮かべて、草壁はすぐに首を振った。
このただ広い島の中で出会える確率は低いだろうし、逢瀬した回数も少ない。
あまり認めたくはないが、優先順位は低いのだろう。その程度の関係でしかなかった。
友達である、いやそれ以上の関係にはなりたいというくらいには思っているのだが、向こうはどうか分からない。
言葉を重ねた回数は少ない。そもそも昔の、幼馴染みだったことも覚えているかどうかも確かめていない。
こんなことならもっと親密になっておくのだった。先程の溜息の理由は、それだった。
けれども、少し期待はしてしまう。一度目は偶然、二度目は必然というではないか。
ひょっとしたらこんな場所でも出会える可能性は、あるのかもしれない。
異常な状況ということを少しは冷静に受け止めてはいても、夢想を混じらせてしまうのは草壁の――いや、女の子の性とも言うべきものだった。
実際に出会いでもしたら、どんなことになるかまでは分からなかったが、考えないようにしようと草壁は思った。
あれこれ悪い想像で埋め尽くすより、少しでもいいことを考えるようにしていればまだまともでいられる。
或いは、それは現実逃避の一種なのかもしれなかった。
自覚はある。昔から、嫌なことがあると夢想の世界に逃げ込んできた。
物語の世界ではどんなことだって可能にする。都合のいいときに白馬の王子様は現れるし、最後には必ず勝つ。
そうして助けられたヒロインは、幸せに後生を過ごす。それに、自分を重ねていた。
内向的であり、何かと本を読むことで時間を潰してきた草壁が身につけた処世術だった。
子供のころはそれで良かった。逃げてさえいれば、嫌なことは自然と薄まった。
今は違う。そもそも逃げ場なんて、どこにもないらしいのだから。
「……ふう」
言っている側から考え過ぎたと思い、草壁は一度腰を落ち着けることにした。
近くにちょうど人が座れる程度の大きさの切り株があったので、そこで休憩することにする。
スカートの裾を直し、ちょこんと筆で点を添えるように、静かに腰掛けた。
閑静な森の中で、自然の空気を感じながら切り株で座って時間を過ごす。
やってみたいと思っていたことではあった。こんな形で望みが叶うとは思っていなかったのだけれども。
森の中を駆け抜ける風は涼しく、木の葉の影からきらめく陽光は綺麗に散りばめられたダイヤモンドの輝きだった。
こういう環境なら、小人か何かが潜んでいそうなものだが……
いつもの想像を働かせたとき、後頭部に硬いものが突きつけられた感触があった。
「Freeze! 分かる? 動くなって意味よ」
いきなりだった。
すぐには言葉の意味を理解できず、草壁は数秒間反応することすらできなかった。
やがてじわじわと今の自分が置かれている状況を理解し、吐き気に襲われそうになった。恐らく、顔も青褪めているのだろう。
銃を突きつけられている。殺されようと、している。
カチカチと歯が鳴り、視線の焦点が合わなくなる。冷静に、なれなかった。
扉を開けた瞬間奈落の底に突き落とされたような、そんな感覚だった。
「反応ないわね……まあいいわ。どうしてこんなことになったのか説明してあげるわ」
ふふん、とまるで三流悪役のように前置きしてから、少女と思しき声の主は続けた。
「ひとつ。目立つところに居すぎ。こんな分かりやすいポイント、誰かが待ち伏せしてないかとか思わなかった? 甘い」
「ふたつ。鼻歌を歌わない。上手かったけど、こんな音の聞こえやすいところでやることじゃないわね」
そんなことをしていたのか、と草壁は今更ながらに思っていた。
確かに、少し気分が良くなっていた自覚はあったのだが……こんな結果を招くなんて想像もしなかった。
いつもの習い性がそうさせたというのならば、呆れるほど自分は夢想家だったということか。
実感してみると、怖がっていたのが急に馬鹿馬鹿しい気分になった。諦めがついた、ともいう。
「……言うのは結構ですけど、そろそろやめにしたほうがいいんじゃないですか」
「どういうことよ」
「三流悪役の台詞とお決まりですよ、それ」
「あらら」
気付かなかった、という風に存外可愛らしい声が出ていたが、それで状況が変わるとは思えなかった。
どだい、変な動きを見せた時点で撃たれるに決まっている。
誰かが駆けつけてくれれば話は別だが、そんなことはないと我が身を以って証明したばかりだった。
「だったら、三流悪役を引き立てるために犠牲が必要ね」
言われるまでもない。それは、自分だ。
決して物語の主人公などではない、自分だ。
せめて。せめて、相手を睨み付けられれば良かったのに。
最後に抵抗だけでも、と思ったが、もう遅そうだった。
一秒と経たないうちに引き金が引かれて、血が――
「なんてね。そんなことしないわよ」
――出る代わりに、銃口が下げられた。
意図を理解できず、草壁は思わず反射的に振り向いてしまった。
決して見ることはないだろうと思っていた少女は、凛々しい姿だった。
自分と同じく、肩までかかるような長さの亜麻色の髪を後ろで縛っている。
髪を縛るための白いリボンは羽根のようで、鷲を思わせる切れ長の瞳と相まって、鳥のような印象を抱かせた。
誰にも、何にも囚われない、孤高のクールビューティ。そんな言葉がしっくりくる少女だ。
くるくると拳銃を弄ぶ彼女に、草壁は「どういうつもりなんですか?」と聞いていた。
率直な疑問だった。殺し合いをしろと言われているのに、逆らう意味が分からない。自分が絶好の獲物だとしたら尚更だった。
別に悪意はない。理由が見えなかったからだった。
「三流悪役扱いのままじゃ嫌だから」
しれっと答えられる。ならばともう少し質問を重ねる。
「一流悪役にでも憧れてるんですか」
「バッカねえ。一流だろうが三流だろうが最後はヒーローに倒されるのがオチなのにんなことしないわよ」
「……はい?」
自分が言えるようなことでもないと思いながらも、素っ頓狂な声を出してしまっていた。
真面目な顔で、ヒーローだのなんだの言っていたから尚のことだった。
「何よ。違うっての? 世の中はダークヒーローに満ち溢れてるっての? あー私そういうのダメってか嫌い」
何も言ってないのに。
唖然としたままの草壁を差し置いて、少女は世の中への不満をぶつくさと漏らし続ける。
「だいたい最近の世の中は王道から外れすぎてるのよ。
ちょーっと設定を変にいじくれば面白い中身がなくてもいいとか思ってるのバカじゃないのんなもん私はいらんっ!
そう、盛り上がりに盛りあがって、みーんな幸せに楽しく、最終的にそんなエンディングになる物語が必要なのよ、分かる!?」
「はあ」
分かったのは、この人は変人だということだった。
間違いなく自分の同類ではあるのだが……
いや、行動力がある分、自分とは違った。
この人は、行動しようとしている。目的こそ見えないが、今を変えようとしている。
引き換え、自分は、何もせずただ漫然と過ごしていただけなのに。
拳を振り上げ、雄弁に語りまくる少女に、草壁はそんな感慨を抱いていた。
とはいえ、変人の目で見ていたことには変わりなく、それに気付いた少女は慌てて取り繕った。
「コホン。まあそういうわけなのよ」
なにがそういうわけなのか全然分からなかったが、とにかくそういうことみたいだった。
「ま、ぶっちゃけ誰かの手の平で動かされてるってのが気に入らないだけよ」
らしい。
クールに言っていた少女は、しかし嫌悪感を露にしていた。
思うところがあるのかもしれない。
対人経験が少ない草壁はそこまで読むのが精一杯で、その先は推し量ることもできなかった。
「まあそういうことで。あなた、中々見所あるみたいだし、私についてこない? 朱鷺戸沙耶って言うんだけど」
「ときどさや……?」
どこかで聞き覚えのある名前だと思ったが、よく考えればありきたりの名前であることに気付く。名字はともかく。
それより、見所があると言われたことの方が気になった。先程のやりとりのどこにそんな要素があったというのか。
尋ねてみると、冗談でもなさそうな風に沙耶は言った。
「普通ガタガタ震えてるだけなのに、毅然と言い返してたから。度胸はあるんじゃないかと思ってね」
「別にそんなことは……」
「あ、そだ。名前教えてよ」
「……草壁優季です」
聞いていない。もう連れて行く気満々らしい。
草壁さんね、と反芻して、沙耶は名前を覚えたようだった。
これでいいのか。そんな思いはあったが、現状他にすることもなければ別れる理由もない。
期待には応えられないだろうが、この少女についてゆけば自分の中にある、
夢想に逃げ出そうとする自分を変えられるかもしれないと思う気持ちもあった。
「まあ安心しなさい。私はその筋じゃ有名なスパイなのよ。あの那須宗一と……まあタメは張れないけど」
「え、スパイなんですか?」
「そうよ。だから銃の扱いもお手の物よ。他にも色々出来るわ」
見た目には自分と変わらない年頃だというのに。
世の中とは分からないものだと思う一方、沙耶に感じた差はここから生まれているのかもしれないと感じていた。
「見てなさい。ほら、そこに木があるでしょ? あそこの幹に当ててやるわ」
一発でね、と付け加えた沙耶はウインクし、不敵に笑っていた。
沙耶の指した木の幹までの距離は約20mくらいだろうか。
それなりに遠く、自分ならどんなに性能のいい銃でも当てられはしない。
沙耶は片手で銃を構え、狙いをつける。やってのけてしまうのだろう、と思った。
あの自信は虚勢なんかじゃない。場数を踏んだ、経験を積んだ人間の言葉だった。
ゆっくりと、引き金に手がかかった。
ぱちんっ。
ぽとっ。
ころころ……
「……」
「……」
何かが地面に転がっていった。
安っぽいチープな球体は、銀玉だろうか。小さかったのでよく分からなかったが、少なくとも銃弾ではない。
というか、あんな音はしない。
沈黙が二人の間に流れる。沙耶は硬直している。表情も変えない彼女は石像だった。
気まずかった。そんな空気を打破するべく、草壁は勇気を振り絞って声を出してみた。
「あ、あの」
「……えばいいじゃない」
「え?」
「人様にあーだこーだ言っておいて、
しかも自分スーパースゴイスパイですとか言っておいて本物の銃も見分けられなかったのよ!?
惨めよね、滑稽よね、私アホの極みよね! 名人様(笑)よね!
ほら笑いなさい、笑えばいいじゃない、笑ってみなさいよあーっはっはっは!」
早口でまくしたて、一人自虐する沙耶。
銃が使える、というのは嘘ではない。嘘ではなさそうだったが、
致命的なまでにおっちょこちょいなのかもしれなかった。
「って笑いなさいよ!」
「ええっ」
涙目の沙耶は、多分アホの子だった。
【時間:1日目午後1時ごろ】
【場所:B-6】
草壁優季
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】
朱鷺戸沙耶
【持ち物:玩具の拳銃(モデルグロック26)、水・食料一日分】
【状況:あーっはっはっは!】
最終更新:2011年08月30日 20:16