私と辞書と神っぽい馬鹿と ◆auiI.USnCE




殺し合いの舞台にぽつんと用意された一つの学校。
その学校の中で、かつんかつんと規則正しい足音がリノリウムの廊下に響き渡っている。
足音は時折響かなくなるも、直ぐにまた規則正しいリズムで鳴り響き始めていた。
普段ならば活気溢れる場所なのに、今は全くと言っていいほど物音一つしない。
その事に足音の持ち主は眉も顰めるも、歩みをとめる事はしなかった。

やがて、キュッと音を立てながら、ある一室で歩みを止める。
足音の持ち主は凛とした表情を浮かべ、教室の名が示されているプレートを見つめていた。


『寮生会室』


一瞬の逡巡し、その足音の持ち主は悲しそうな表情を浮かべ。
そして突然部屋の中から響いた声に――――







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「くっくっ」

教室の中で不気味な声だけが、ただ響いていた。
机に腰をかけ、何が可笑しいのか、口元が緩みっぱなしである。
その者は学生帽を被った中性的な少年で、真面目そうな雰囲気を纏っていた。

「くっくっくっ……」

だが、その不気味な笑い声が彼の持つ雰囲気を台無しにしていた。
彼の手には、彼に支給されたものが握られていて。
その支給品故に、彼は笑っていた。

「まさかこんなものがあるなんて……ついてるな」

一言で言うと『当たり』だった。
付属していた説明書によると自身のポテンシャルを最大限に上げるものらしい。
つまりはこれがあると殺し合いに優位に立てることは間違いないだろう。
そう思うと、少年は笑みを隠しきれる事はできない。

「つまり僕は――――」

そして、少年は立ち上がり。
腕を伸ばし、両手を天にかがけ。
力強く、宣言しようと。


「神に――――!」


少年――――直井文人は声を上げようとして。




「――――頭が腐ってるの?」
「――ガッ!?」



頭に大辞林をめり込ませ、地に伏せた。


地に伏せた直井を冷ややかな目で見る少女こそが、大辞林を直井の頭に向けて投擲した張本人。
黒い制服に『風紀』と書かれた紅いワッペンをつけ。
紅く長い髪をピンクの髪留めで纏めた少女――――二木佳奈多だった。





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「き、貴様っ! 神たる僕に何を!?」
「貴方こそ、気が狂ってるんじゃない? 何を馬鹿な事いってるの」
「それにしても、いきなり辞書を投げる事をするな!」

未だ辞書を頭にめり込ませながらも、目の前の佳奈多に直井は反論する。
全く意識を向けてなかったのは直井の不覚だったが、見ず知らずの少女に辞書を投げられる謂れは全く無い。
激昂気味に佳奈多に詰め寄るが、佳奈多は苛立たそうに

「御免なさいね。貴方が良く解らない事を言ってるから、つい」
「つい……じゃない!」
「ついでに、此処はそれなりに縁がある場所なのよ。そんな場所で騒がないでくれる?」
「……ふん。僕が何処で騒ごうが勝手だ。貴様には関係ないだろう?」
「勝手だけどね。それで誰かに見つかって殺されても知らないけど」
「……なっ。そもそもまず貴様が仕掛けてきたのだろう!」
「あら、そうだっけ?」
「貴様……」

売り言葉に買い言葉。
直井と佳奈多はもはや、ただ言い争ってるだけになっていた。
佳奈多としては、先程死んだ寮長の縁があるこの場所で、騒いでいる人間が気に食わなかっただけで。
直井としては、そんな事情を知らずとりあえず辞書を投げられた事を理不尽に感じて、佳奈多に突っかかっている。


暫くの間、余りにも不毛な言い争いが続いていたが。
とてもとても見苦しいので。
その部分はカットして。



それから、数十分後――――



「はぁはぁ……貴様の名前は?」
「はぁ……それで? 貴方こそ誰?」


やっと名乗りあってない事に気付いた二人だった。





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「二木佳奈多か……ふん」
「直井文人ね……ふん」

第一印象最悪な二人だったが、何とか自己紹介をまた言い争いを混みで終わらす事ができた。
とりあえず互いに殺し合いにはまだ乗っていない事。
直井は音無を、佳奈多は妹と知り合いを探している事を互いに知る事が出来た。
そして、互いに一緒に居る義理は無いが、一人で行動する事の危険性も理解できていたので、どちらかが離れる事も無く、この場に居座っていた。
正しく呉越同舟の如く、互いに不機嫌そうに顔を顰めながらも細かい情報交換を行っていた。

「それで……音無って」
「僕の崇拝する人だ」
「崇拝……ねえ」
「……何か文句あるのか?」
「別に」
「貴様は妹を……?」
「ええ……」

互いが真っ先に探している人物の詳細を聞きながらもやはり、不機嫌そうにしている。
兎に角第一印象が最悪すぎたのかもしれないと互いに思いつつ。
しかし、どちらかが先に謝るというのも癪だったので、そのまま微妙な距離を保っていた。

(最も……あの子は……私を殺そう……とか思っているかもなんだけどね)

佳奈多は直井に見せないように、とても儚げに微笑んで。
哀しいボタンの掛け違いのように、仲が拗れてしまった妹の事を思う。
きっと妹は自分に対する憎しみに溢れているだろう。
今、この時も。
そう、思うと溜息が出そうで。
でも、佳奈多は溜息をつくこともせず、話題は変えることにした。

「それで……貴方……神……とか言ってたけど何で騒いでたのよ」
「ああ、これを見ろ」

直井が出したのは支給されたモノ。
彼が当たりと称した、モノ。

「当たりだ。正しく神たる僕にふさわしい……」


珍妙な東南アジア、若しくはアフリカ系の仮面を佳奈多に向かって突きつける。



それは、正しくマスク・ザ・斉藤の仮面だった。



佳奈多は、げんなりして。


「…………………………やっぱり頭膿んでるんじゃないの?」
「…………なんだと貴様!? 神に向かって」
「こんなの何処が当たりに見えるのよ!? こんなもの信じるなんて……とんだ似非神ね」
「ふん、貴様みたいな頭でっかちにはわかるまい」
「……何ですって?」



そして、


また暫くの間、見苦しいも醜い言い争いが始まってしまった。





 【時間:1日目午後1時半ごろ】
 【場所:E-6 学校】

 二木佳奈多
 【持ち物:大辞林、水・食料一日分】
 【状況:健康】

 直井文人
 【持ち物:マスク・ザ・斉藤の仮面、水・食料一日分】
 【状況:健康】



033:「All right let's go!」 時系列順 011:crow、と歌うよ
038:翔る鳥 投下順 040:「クライストとお呼びください」
GAME START 二木佳奈多 060:アンダードッグ
直井文人

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最終更新:2011年08月30日 20:32