「クライストとお呼びください」 ◆LxH6hCs9JU
地下水の侵食により平皿のように窪んだ石灰岩は、鍾乳洞を訪れた者に宛てられた天然の椅子のようでもあった。
地面に固定され動かすことはかなわないが、鍾乳洞の入口にはちょうど三人分の、椅子となる石灰岩が置かれていた。
そのうちの一つに腰かける少女。クリーム色を基調として赤のラインが入った長袖の制服姿で、中にはセーターも着込んでいる。
スカートが皺にならないよう気をつけて座り、対面にいる二人の男女と目を合わせた。
「ようこそ、ミステリ研究会に! 私がミステリ研の創始者にして初代会長の笹森花梨だよ!」
少女とは対照的な、ピンク色を基調としたセーラー服の女の子。スカートの色は赤で、胸元のリボンは大きめ。
かわいいけど、ちょっと派手だなと少女は思った。自分なんかが着てもきっと似合わないだろうな、とも思った。
髪は左右で二つにまとめている。あの髪留めはなんだろう。丸い目にギザギザの口を持つ、マスコットっぽいデザインだ。
この人が、笹森花梨さん。
「で、こっちはついさっきミステリ研に入ってくれた竹山くん」
こちらです、という風に手で指し示すのが、花梨の横に座っているやはり制服姿の男子。
背は低く、少女や花梨と比べてみてもあまり変わらない。おかっぱ頭で、どこか知的な感じがする眼鏡をかけていた。
「クライストとお呼びください」
この人が、竹山さん。
眼鏡を中指でくいっと上げ、幼いながらも鋭い視線を向けてくる。見た目からして、頭がいいんだろうなという感じがした。
花梨と竹山の紹介が終わると、次の矛先は当然、少女に向けられてくる。
「で、あなたのお名前は?」
「ふ、古河渚ですっ」
花梨に訊かれて、少女――古河渚はどうにか即答できた。が、緊張のせいかやや声が上擦ってしまった。
恥ずかしい、と思う渚には構わず、花梨はにんまりと微笑んで話を進める。
「そう。んじゃ、渚ちゃん! いきなりなんだけどね……私たちと一緒に、このゲームに乗ってみない?」
初対面の人をいきなりちゃんづけで呼ぶ。なんとなく嬉しかった。自分にはとてもできない、と渚は思う。
名前を呼ばれたのは嬉しかったが、後半の部分は意味がよくわからない。
「あの、乗るっていうのはどういう意味でしょう? なにか乗り物があるんでしょうか?」
「あー、そっちの乗るじゃないんよ。要は、チームを組みませんかってこと」
「チーム……ですか。でも、チームを組んでいったいなにをするんですか?」
要領を得ない質問に、渚は首をかしげた。
花梨は自信満々な風に受け答えしてくれるので、ひょっとしたら自分の理解度が貧弱なんじゃないかと不安になった。
竹山がくいっと眼鏡を上げる。渚は意識せず唾を飲み込んだ。意味もなく膝のあたりを摩っていると、目の前の花梨が言った。
「えー、そりゃもちろん! 私と渚ちゃんと竹山くんの三人で他のみんなを殺して回るんよ!」
鍾乳洞の奥のほうから、ぴちょん、という水音が聞こえてきたような気がした。
天上や壁から、でこぼことした突起が生えている。鍾乳洞という名の洞窟。理科の教科書で見たことがある。自分たちは今、その入口にいる。
ちょっと探検してみたいな、という好奇心が湧かないでもなかった。でも迷子になってしまったらどうしよう。考えると、足踏みしてしまう。
思考と視線を一旦、あさってのほうに置いておくと……渚はそこでようやく、花梨の言葉の意味を読み取れた。
「そ、そんなのいけません! 殺し合いだなんて……わ、私っ! やれって言われてもやれません!」
花梨と竹山、それに渚の三人の首には、皆同一のデザインの首輪が嵌められている。
チョーカーではなく、首輪。ファッションアイテムではなく、拘束具。もっと言ってしまえば、爆弾。
これは、渚たちに殺し合いを強要させるためつけられたものだ。そうだった。自分たちは殺し合いをさせられているのだ。
だからといって、すぐにはいわかりましたと言えるほど、渚はお利口さんではない。
そんな、人をぶつだなんて、とてもじゃないができる気がしない。
人にぶたれるのも、怖い。
「そりゃそうだよねー。私も最初はそう思ったし。でも問題ないみたいなんよ。ね、竹山くん?」
「はい。それと、僕のことはクライストとお呼びください」
花梨が目配せし、竹山が頷く。どういうことだろう、と渚は思った。
その不安を拭い去るように、花梨は補足する。
「率直に説明するとね。殺し合いもなにも……私たちって、もうとっくのとうに死んじゃってるみたいなんよ」
えっ。
渚の口から声が漏れた。自然な反応だった。
「竹山くん、説明してあげて」
「クライストです」
竹山が一回咳払いをし、解説を始める。
渚は身を強ばらせ、心して聞いた。
「まずあなたには、僕たちがいた死後の世界と、その世界に置かれていた一つの学校についてお話しましょう――」
現世で理不尽な死に方をした若者は、天上学園と呼ばれる学校のある世界へいざなわれる。これが、死後の世界だ。
しかしこの世界にいざなわれた若者たちは、死んではいても成仏はしていない。霊体に等しい身を借り、学園で暮らす猶予が与えられるのだ。
いわばその世界は悲惨な死を遂げた若者への救済処置で、新たに転生するまでの間、学園を舞台に再び青春時代を謳歌することができるのだという。
悔いなく次の人生を歩めるように……その学園を創立した者の優しさが窺える、素敵なお伽話だった。少なくとも、渚はそう思った。
そんな境遇にふざけんなと異を唱えた者たちがいる。竹山が所属していたという組織、『死んだ世界戦線』である。
ゆりという少女をリーダーとして活動する彼らは、言われるがままに青春時代を謳歌し、満足して成仏することをよしとせず、学園に居座り続けた。
学園は成仏しない限りは永遠だ。肉体は既に死んでいるのだから、時が経っても老いることはなく、怪我をしてもすぐに治るのだという。
成仏しないためには、なによりも満足しないことが大切だった。だから彼らは学生らしい青春時代を送ることもなく、反抗的な生徒の体を取り続けた。
制服を改造し、授業をサボり、教師に反抗し、校長室を乗っ取り、無断でライブを開き、校則を違反しまくり、さらには銃器を製造して手に取った。
岩沢という人物のケースを考えるに、満ち足りてしまえばそこで終わり――彼らは死後の学園から消え、新たな生を得てしまうのだそうだ。
「どうして成仏することをよしとしないんですか?」
「生前の理不尽な人生を強いたのは、他ならぬ神です。そして、僕たちを学園にいざなったのもまた神なわけです」
「神様……ですか」
「ええ。そんな自分勝手で傲慢な神の言いなりになんてなるもんか、絶対に死に切ってなんかやらない――それが、僕たちのリーダーの考えです」
そんな戦線の存在を厄介に思ったのだろう。神は学園に天使を遣わした。天使という名の生徒会長だ。
天使は学園の秩序を重んじ、反模範的な行動を繰り返す戦線メンバー等と抗争を続けてきた。
天使は武力でもって戦線メンバーを圧倒し、そして屈服させることで、清く正しい学園生活を送らせようとしたのだ。
そしてそれは、天使の上に立つ神の意思でもある。この神についてだが、姿を見た者は戦線の中には誰もいない。
「ですが、僕が予想するに……先ほど遊戯の開幕を宣言した彼こそが、神なのではないでしょうか」
渚は思い出す。白い羽。天使の羽。荘厳な存在感。圧倒的な迫力。神。イメージは、合致する。
仮に彼が本当に神なのだとすれば、その目的はいったいなんなのか。竹山はこう考えた。
「神は舞台と手段を変え、強制的に僕たちを消すつもりなのでしょう」
ここが竹山の知るあの学園と同一の世界であるならば、死んだとしてもすぐによみがえる。
だがそれでは殺し合いが成り立たない。あの神は殺し合いをしろと言ったのだ。導き出される答えは別にある。
おそらく、と前置きをし、竹山は告げる。
「殺し合いというのはあくまでも、制裁の形でしかない。これは、いつまでも学園に居座り続ける僕たちに与えられた神罰です」
罰。それが真に導き出されるべき結論だった。
神は抗い続ける戦線メンバーたちに業を煮やし、強制的に成仏、つまり消すことに決めた。
それならパッとやってしまえばいいものを、神は反抗への制裁を加えるべく、わざわざこんな悪趣味な催しを開いたのだ。
理不尽な死を遂げた若者たちに、死後になってもまだ理不尽な死を与える。極めて陰湿な神の所業。
ただ消すだけでは教訓にはならないから、教訓にしてから消す。
ここでの『死』は、つまり『成仏』に該当するのだ。
「そんな……それじゃあ、私もお父さんもお母さんも、岡崎さんも……みんな知らない間に死んじゃってたんですか」
「音無さんのように、生前の記憶が判然としないケースは今までにもありました。状況も特殊なようですし、珍しいことではありません」
「でも、ここには私の知っている人がたくさんいます! その人たちみんな、みんなみんなみんな、死んじゃったっていうんですか!?」
「はい。死にました」
竹山は言い切る。渚は愕然とした。
同級生。下級生。先生。家族。みんな、既に死んでしまったいるだなんて……とても信じられるようなことではない。
しかし、竹山の論は作り話としてはできすぎている。顔も嘘をついているようには見えない。本当、なのだろうか。
「笹森さんは信じるんですか?」
「うん、信じるよ」
渚が鍾乳洞を訪れるよりも先に竹山の話を聞いていたらしい花梨は、淀みない表情で頷いてみせた。
「だって、世の中はたくさんの不思議であふれているんだもん。これくらいの不思議、珍しくもなんともないよ」
そう語る花梨の顔は、とても晴れやかだった。死んだ人間が浮かべる表情とは、とても思えない。
「……私はその学校のことを知りませんし、そもそも大人の人だっています。それでも、なんですか?」
「否定したい気持ちはわかりますが、事実です」
「そんな……」
「あの世界は学園という性質上、子供ばかりでしたが、神の管轄下には死んだ大人たちを集めた世界もあったのかもしれません」
渚に反論する力は残されていなかった。衝撃が頭の中を埋め尽くしてしまって、考えが浮かばない。
「……まとめましょうか」
催しの参加者は既に全員が死者であり、神への反逆者でもある。
神は自らの意思に背く者たちを集め、そして殺し合いをさせようとしている。
集められた者たちの中には、自分が死んだと自覚できていない者たちもいる。
ここでの死は成仏に該当し、死んだら新たに転生するか――それとも、神の膝下に置かれるか。
最後の一人、優勝者となった者はどうなるのか――これはさすがに、現段階では考察材料が足りない。
「それでも、戦線のみなさんは神様に抗ったんですよね。それじゃあ、今回みたいな場合はどうするんですか……?」
「一部のメンバーやリーダーは、反抗を続けるかもしれませんが……無意味でしょうね」
「どうしてですか?」
「これです」
竹山は自身の首に嵌められている輪を指した。
首輪。
反抗的な態度を取ると爆破する、と神に脅されたやつだ。
「これを嵌められてしまった時点で、僕たちの負けは決まったも同然です。これでは為すすべもありません。ですから」
竹山は眼鏡を持ち上げ、渚を見据える。
「死んだ世界戦線は終わりです。悔しいですが、神の指示するとおり……この殺し合いに乗ろうと思います」
首輪があるということは、神はいつでもこれを爆破することができる。死者百二十人、いつでもすぐに消せるのだ。
これでは学園の頃のように居座り続けることなどできない。将棋で言えば詰みの状態。退路もなかった。
しかし納得できない渚は精一杯、声を振り絞る。
「そんな……! どうしようもないのはわかりましけど……だからって、他のみなさんを殺すことはないと思います」
「んー、それはどうかな?」
言う花梨は、状況を理解していないのではないかと思えるくらいあっけらかんとしていた。
「渚ちゃん、覚えてるかな? あの神様は、この殺し合いのことを遊戯、つまりはゲームって呼んでたんよ」
「ゲーム……ですか」
「そそ。これってさあ、つまりは人生最後のお楽しみタイムってことだと思うんよ。神様のお情けだね」
悲壮感なんてものは、ない。明日は、普通にやってくる。楽観的な態度。だけど憎めはしなかった。
手の平が知らず知らずのうちに汗ばんでいた。唇を軽く噛んでいる自分がいる。花梨の言葉を緊張して待つ。
「だってさ。なにもできないまま終わるよりは、みんなで楽しく遊んで終わりたいじゃん?」
花梨はしあわせをおすそ分けするように、渚に向かって微笑んだ。
閉じていた唇が、勝手に開いた。無意識のうちに、花梨の言葉を反芻する。
「みんなで、楽しく……」
「そ。だから渚ちゃんを花梨ちゃんチームにスカウトしちゃう! 人材は早めに確保しておくんが吉なんよ!」
「事前に説明された
ルールを鑑みれば、単独で動くことほど無謀なことはありません。ここは共同戦線を張るべきでしょう」
考える……どうしよう、と。
竹山の言うことが嘘だとは思えないが、自分が死んでしまっただなんて信じられない。
お母さんやお父さん、それに数少ない友達まで死んでしまったというのは、もっと信じられない。
でも、否定したからといってどうにかなる話ではないのだ。これは殺し合いなのだから、結局のところ、殺すか殺されるか。
いや、渚の場合はただ殺されるだけだろう。いや、殺されるのではない。成仏するのだ。なにがなんだかわからなくなってきた。
ただ、花梨の瞳を見ていると……不思議なことに、本当に不思議なことに、不安な気がしない。
これは殺し合いと説明されたが、それはゲームのルールでしかないんだ。
バトルロワイアルというよりは、サバイバルゲーム。水鉄砲やエアガンを持ち寄って男の子がするような、あんな感じ。
殺し合いと思ってやれば悲劇だが、果てに待つのが新たな人生への扉なのだとすれば、これはいっそ喜劇なんじゃないだろうか。
「ここで死んじゃったとしても……誰かが誰かを殺したとしても……それは生まれ変わるってことなんですね」
自分に言い聞かせるように、渚は呟いた。
そして、うん、と頷く。
花梨と竹山の目を交互に見て、意思を固めた。
「わかりました。私、笹森さんのチームに入ります。がんばって他のみなさんをやっつけます!」
「やったー! ふふふ、これで竹山くんに続いて二人目ゲット~」
「僕のことはクライストとお呼びください」
そして、古河渚は笹森花梨と竹山の仲間となり、この殺し合いのゲームに率先して参加する決意をした。
他にも、こんな風にチームを組んでいる人たちがいるかもしれない。その人たちとは対戦になるだろう。
逆に、このことに気づけていない人たちもいるかもしれない。そういう人には事情を説明しよう。
事情を説明して、それから殺そう。そうすれば安心して成仏することができるから。
お父さんやお母さん、それに岡崎さんと会えたら……一緒のチームになりたいな、と渚は思う。
「おっけー。んじゃ、仲良くやろうね! 渚ちゃんに竹山くん!」
「クライストです」
「はい! よろしくお願いします、笹森さん。それに、クライストさんも」
「だから僕のことはクライストと……!?」
渚と花梨が勢い良く立ち上がったところで、竹山だけが出遅れた。
なにやら驚愕に見開かれた目で、渚の顔をじっと見ている。
渚はつぶらな瞳で返した。
「どうしたんですか、クライストさん?」
「い、いえ……すいません、もう一度呼んでみてもらえませんか?」
「え? クライストさん……ですよね。あ、あのっ。さんづけは馴れ馴れしかったでしょうか?」
「そ、そんなことはありません。そうです。僕のことはクライストと……そうお呼びください」
「はい! がんばりましょうね、クライストさん!」
「は、はひぃ……」
なんだろう。竹山は微かに頬を赤らめ、渚から視線を逸らした。
もしかして、無意識のうちに不快になるようなことを言ってしまったのではないだろうか。
渚は不安になるが、竹山は答えてくれない。花梨は意気揚々と告げる。
「んじゃ、そろそろ出発しよっか。こんな僻地じゃ、もうこれ以上人は来なさそうだしね」
北の方角に海がある、ということは、ここは島の中でも最北のエリアに位置する鍾乳洞なのだろう。
人――それが敵味方に限らず――を探すのなら、とりあえずは島の中心部に向けて南下したほうがいいと花梨は判断した。
先頭を行こうとする花梨に、渚が続く。その後ろから竹山がついていき、か細い声で言った。
「あの、古河……い、いえ……な、なぎっ、渚、さん」
「はい?」
「あ……あーっ、と……な、なんでもありません」
呼ばれたので反応してみたが、竹山はまたすぐに視線を逸らしてしまった。顔はさっきよりも赤い。
ひょっとして熱でもあるんだろうか? 既に死んでいるんだし、それはないか。渚は首をかしげた。
そんな二人の様子を、花梨はにやにやしながら見ていた。竹山のそばに近寄り、耳打ちするように言う。
「むふふ~? ちょっとちょっと竹山くん。私のことも花梨ちゃんって呼んでいいんよ?」
「……僕のことはクライストとお呼びください、笹森さん」
「ぶーぶー。なんか態度がちがーう」
花梨がおどけると、竹山は元の調子に戻って眼鏡を上げた。
渚がクスリと笑う。なんだか楽しくなりそうな幕開けだった。
【時間:1日目午後2時30分ごろ】
【場所:A-2 鍾乳洞】
古河渚
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】
竹山
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】
笹森花梨
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】
最終更新:2011年09月03日 11:05