crow、と歌うよ ◆Sick/MS5Jw
死んだら、死ねるのかな。
冷たい川のせせらぎに足を浸しながら、そんなことを考える。
さわさわと揺れる木々の音と、木漏れ日の暖かさ。
ぱちゃぱちゃと足を動かせば白い泡ができて、流れていく。
たとえば、あの『学校』を地獄と呼ぶ人たちがいた。
彼らにとって、あそこはそういう場所だったのだろう。
あたしにとっては……どうだったのかな。
Gldemo―――Girls Dead Monsterに入って、岩沢先輩やしおりんや、ひさ子先輩の後ろでドラム叩いて。
そんな毎日がなんとなく楽しくて、それでよかった。
地獄だと思ったことは、なかった気がする。
だけど、
丸い石に腰掛けていたら、お尻が少し痛くなってきた。
隣の平らな石に移動。
ついでに冷えてきた裸足を今まで座っていた石の上に。
じんわり温かくて、幸せ。
そう。
幸せだ。
幸せを感じたら、満ち足りたら、消えてしまうのだと、誰かが言っていた。
だから、あそこは『地獄』なのだと。
抗わなければならないと、神様の決めたことに逆らわなければならないと。
そうでなければならないと誰かが、誰もが言っていて、だけど、どうして「そうでなければならない」のか、
誰も教えてくれなかった。
たぶん、誰も知らなかったのだと思う。
理不尽だった人生を認めることになるから。
そんなことを言う人もいた。
だけど、認めなければそれがなかったことになるわけじゃ、ない。
それは、その傷や、理不尽や、認めたくないものは、あたしたちの誰にでもあって、
だからあたしたちはあそこにいて、それで認めようと認めまいと、確かにあり続けるんだ。
あたしたちの中に。
あたしの中に。
目を逸らしたって。蓋をしたって。鍵をかけたって。
あたしたちはどうしようもなく、救われないまま、死んだんだから。
本当に消えたくないと思っていた人なんて、きっと数えるほどしかいなかったと、あたしは思う。
あたしたちは、「そうでなければならない」なんて理由にならない理由に衝き動かされていたわけじゃなくて、
ただなんとなく楽しそうだから、他にやることもないから神様への抵抗ごっこを、
熱が、冷める。
ふと見上げれば、燦々と輝いていたはずのお日様に雲がかかっていた。
ほんの一瞬、川面から、梢から、大気から、きらきらとしたものが、消えていく。
小さな雲はすぐに風に押し流されて、お日様の光が戻ってくる。
ぽかぽか暖かくて、きらきら綺麗で、なんとなく幸せな空間が、戻ってくる。
だけど、その瞬間。
お日様の陰ったその瞬間の、冷たさを、あたしは忘れない。
忘れられない。
楽しいことだけ考えて。
優しい人たちと、バンドを組んで。
音の中で、ドラムを叩いてリズムを刻んで。
そこからほんの少しでも視線を外したら。
そこには、暗くて冷たいものがある。
そうだ。
他愛のないごっこ遊びの中で、あたしたちは、必死に昨日から、逃げていた。
あたしたちが本当に満たされるには、幸せだと思えるには、どうしたって思い出さなければいけないから。
暗いものを。冷たいものを。いつだってすぐ側にある、見たくないものを。
だから抵抗ごっこは、本当はこれ以上傷つかないための、二度寝みたいに気持ちのいい逃避で、
だけど、岩沢先輩は、消えてしまった。
強い人だったのだろうと、思う。
たぶん、あたしたちが考えていたより、ずっと。
―――いつまでこんなところに居る?
岩沢先輩の、それは詞だ。
こんなところって、どこだろう。
あたしはずっと、あの『地獄』のことだと、思っていた。
だけど。
―――いつまでだってここに居るよ。
そう歌った先輩は、行ってしまった。
抵抗ごっこをやめて。
逃げるのをやめて。
自分を見つめて。
傷を見据えて。
先輩の歌う「ここ」は、だからあたしたちのいた場所じゃ、ない。
Gldemoじゃない。二度寝の布団の中じゃない。
だけど、それは。
強い人だけが唄える、歌だ。
残されたGldemoには、あたしたちには、辿り着けない歌だった。
そこに道があると示されて。
それは敗北なんじゃなくて。
何かとても綺麗なものだと、目の前で見せてもらったって。
あたしたちには、選べない。
選べなかった。
きっと、間違っている。
笑われるか、怒られるか、呆れられるか。
それでも。
―――うるさいことだけ言うのなら 漆黒の羽にさらわれて消えてくれ
それでも、あたしたちに続けられるのは。
ごっこ遊びの日常だけだったんだ。
ぱしゃんと、水が跳ねる。
気がつけば、真白だったお日様はほんの少し色づいて、傾き始めていた。
濡れていた足はすっかり乾いて、濡れていた石もすっかり乾いて、
もう、水の跡も残ってない。
死んだら、死ねるのかな、と。
初めに戻って、考える。
ここはたぶん『地獄』じゃない。
ここで死んだら、だからあたしたちは、死ぬのかもしれない。
もう一度。
今度こそ、本当に。
死ぬことに、本当と嘘があるのかどうかなんて、知らないけど。
だけど、それはひどく、魅力的な想像だった。
あたしは、あたしたちは、昨日を、傷を、暗くて冷たいものを、
見つめることなく、終われるのだ。
それは、強い人だけが歩ける、険しくて綺麗な道じゃなくて。
緩やかで、なだらかで、底のない、下り坂かもしれないけど。
手の中の小瓶を、お日様に翳してみる。
透き通る液体に、色はない。
味も匂いも、たぶんない。
それは透明で、だらだらと続いてきた何かを静かに終わらせるための、
歌えないあたしたちの、それは、
光の歌だ。
【時間:1日目午後2時ごろ】
【場所:D-6】
入江
【持ち物:毒薬、水・食料一日分】
【状況:沈思】
最終更新:2011年08月30日 20:34