アイリスの花/Reason to be ◆auiI.USnCE
――――彼女は優しい人だ。それ故に――――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さんさんと輝く太陽の下で、アイリスの花が無数に咲き誇っていた。
沢山の紫の花と、ほんの少し白い花が当たり一面に広がっている。
紫と白が彩るこの花畑の中心に、一人の女性が佇んでいた。
当たり前のように青い青い空と。
当たり前のように白い白い雲を。
そんな永久に変わらない風景を独りで眺めながら。
ゆっくりと祈るように、目を閉じて。
そして、手を広げ、優しい風を全身で受けて。
アイリスの花が舞い散る場所で。
彼女は、想いを巡らしている。
やがて、何か決意したように、静かに目を開ける。
そして、とても儚げな笑顔の花がゆっくりと咲き誇った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふむ」
アイリスの花が咲き誇る花畑に。
還暦を超えたであろう老人が、眠たそうに立っている。
少し曲がった腰に手を当て、何かを考えているように遠くを見つめていてた。
その老人の名前は幸村俊夫という。
彼は教師で、長い間生徒の成長を見つめ、そして送り出していった。
骨の髄まで、彼は教師だった。
そして、
「幸村先生」
アイリスの花畑を掻き分けるように歩いてきた女性も、昔、教師であった。
その女性は昔、幸村の同僚であった人でもあった。
幸村は優しげに眉を動かして。
「伊吹先生か」
「……はい」
彼女の名前を、伊吹公子の名前を呼んだ。
公子はそよ風を受けながら、優しそうに笑った。
公子は幸村の隣に佇んで、暫く二人で空を見上げる。
「幸村先生は、どうしますか?」
「わしは教師じゃ。年を取りすぎたが……それでも教師じゃ」
「ええ」
それは、公子が何よりも知っている。
彼が駆け抜けた人生は正しく、生徒の為に尽した一生である事を。
公子は知っている。だから、幸村がだす答えも聞かずとも、理解できていた。
「故に……わしは若いもんたちの行く末を見守り、助けるよ。それが『わしら』の役目じゃろ?」
「ええ、そうです……ね」
それこそが、幸村俊夫の生き方、教師の矜持なのだから。
公子は少しだけ、切なそうに幸村の頷く。
幸村は満足したように、眉だけ動かして、静かに歩き出す。
そして、背後で立ちすくんでいる公子に向かって、振り返らずに
「じゃが」
――――銃を向けられているという事だけを背に感じながら
「伊吹先生がどう生きようかは……また貴方の選択次第じゃよ」
びくりと解りやすいぐらいに公子は身体を震わせ。
それにあわせるように強い強い風が吹く。
アイリスの花びらが幾つか舞い散った。
「わ、私は……」
「『教師』として生きるか……しかし貴方は『女』として、『姉』として生きたいのじゃろう?」
駄目だ、叶わない。
公子は直感的に、そう悟る。
心の底、全て見透かされている様な気がする。
目の前の語る老人が、とても、怖い。
今すぐ撃ちたかった。
けれど、そんな事、出来る訳が無かった。
「わしは行くよ。これは選別じゃ……」
幸村は花畑に沢山の弾倉を置いた。
そして、公子に対して隙を見せる事に躊躇いもせず、ただ公子の正面を歩き続ける。
撃たれる事に恐怖を感じないように。
いや、ここで撃たれるのもいい。
そう、公子に見せ付けるように。
幸村俊夫は悠々と花畑の中を歩き続ける。
公子は強い追い風を感じながら。
妙に重たい拳銃を幸村の背に標準を合わせ、向け続ける。
けれども、何時までたっても引き金を引く事ができずに。
優しい風を全身に感じながら。
アイリスの花畑の中を立ち尽くしながら。
儚い笑みを浮かべながら。
幸村俊夫をただ見送った。
銃の重さが、手から、離れなかった。
【時間:1日目午後2時半ごろ】
【場所:E-3 アイリスの花畑】
幸村俊夫
【持ち物:各
銃弾セット×500(うち9mm×200は譲渡済み)、水・食料一日分】
【状況:健康】
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
柔らかな風が吹いている。
空は先程と変わらず青かった。
雲は先程と変わらず白かった。
伊吹公子はそのまま風を感じながら、崩れるように花畑に腰を下ろす。
視界が、紫と白に染まった。
「あぁ……あぁあ……」
涙がいつのまにか滲んでいた。
雫が一つ二つ零れていた。
「祐くん……ふぅちゃん……」
呻くように愛しい人の名前を呼ぶ。
大切な恋人、大切な妹。
その人の為に殺さないといけないのに。
そう、覚悟したのに。
結局、殺せやしない。
何故なら、彼女は優しすぎるから。
公子は思う。
殺さなければならない理由。
もう、奪われたくなかった。もう二度と失いたくなかった。
大切なモノを。大切な人たちを。
奪われたからこそ、解る哀しみがあるから。
もう二度と、そんな事を経験したくないから。
殺せなかった理由。
もう、知らぬ誰かに大奪われるという気持ちを与えたくなかった、消失を与えたくなかった。
大切なモノを。大切な人たちを。
奪われたからこそ、解る哀しみがあるから。
そんな哀しい経験を、誰かに与えたくなかった。
奪われたくないから、誰かの大切なモノを奪う。
だけど、奪われると言う気持ちを、誰かに与えたくない。
矛盾するような想いが公子の中で巡る。
殺さなきゃいけないのに。
大切な人を護りたいのに。
だけど、彼女の優しさが、彼女を縛る。
それほどまでに、彼女は優しいから。
優しい、柔らかな風が静かに吹く。
アイリスの花びらが空に舞った。
紫と白の無数のアイリスの花が彼女を囲むように咲き誇っている。
永遠に変わらない空に向かって、咲いていた。
公子は、もう一度、アイリスの花のように、儚げに、笑った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アイリスの花が、咲いていた。
アイリスの花言葉は
――――優しい心と言った。
【時間:1日目午後2時半ごろ】
【場所:F-3 アイリスの花畑】
伊吹公子
【持ち物:シグザウアー P226(16/15+1)、予備マガジン×4、9mmパラペラム弾×200、水・食料一日分】
【状況:健康】
最終更新:2011年09月03日 11:07