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ある日、森の中 ◆Sick/MS5Jw



「いや、だから服をね……」
「何故ですか。今はそれより情報交換を優先すべきだと考えますが」

あらぬ方向に視線を泳がせる金髪の少年、春原陽平の言葉を、下着姿の少女が言下に切り捨てる。
少女の目は冷静を通り越して、どこか冷ややかなものを湛えているように見えた。
常識を説いたつもりが、どうしてだか責められているような気になって、春原は慌てて言い募る。

「こんなの、誰かに見られたら誤解されるだろっ」
「誤解とは何でしょう。あなたがわたしに銃を突きつけて脱衣を強制したことですか」
「それ完全な濡れ衣ですからねえっ!」
「ならばその先まで要求しますか。鬼畜ですね」
「するかよっ!」

噛み合わない会話に苛立ちを覚えた春原が拳銃をポケットにねじ込み、代わりに少女のセーラー服を拾い上げる。

「とにかく早く着ろよ! 僕の経験上、こういうときは必ずひどい誤解を受けることに……」

言いかけた、そのときだった。

「あ、あ、あなた……! 何してるの……!」
「え……?」

ぽかんとした顔で振り向いた春原の目に映ったのは、一人の女だった。
長い髪をリボンで束ねた、白いジャケット姿。
見る者に活動的な印象を与えるその女は茂みの向こうに立って、驚愕と困惑とを混合したような顔で
春原と少女を交互に見やっている。

「あ、あの、これは……」
「……」

下着姿の少女。その制服を手にして少女に迫ろうとしていた春原。
視線が往復するたび、女の顔から困惑が消えていく。
代わりに浮き上がってきたのは、明確な怒り。
女が、懐に手を差し入れる。

「その、僕の話も……」

嫌な予感に春原が力なく弁明を重ねようとするが、それよりも早く。

「……動かないで!」

誤解という言葉が服を着て、拳銃を抜き放っていた。

「やっぱりこうなるんですねえっ!」
「その子から離れなさい! 今すぐ!」

木漏れ日にもなお薄暗い森の空気が、どろりと重い。
女の声の、肌を刺すように張り詰めた雰囲気と、自らの方を向いて微かに震える銃口の威圧感が、
この状況が仲間内で行われる漫才のように冗談で終わるものではないと、春原に教えていた。

「服を放して! 手を上げて、一歩づつ下がりなさい!」
「な、なあ……」
「早く!」

女の目に、一切の妥協の余地はなかった。
じっとりと嫌な汗を滲ませたまま固まった指を無理矢理に開いて、春原が制服を捨てる。
そのまま両手を上げると、引き攣った表情のまま一歩を下がった。
二歩目を下がると、視界の端に半裸の少女が映る。

「そ、そうだ、おまえ……!」

誤解だと言ってくれ。あの女は本気だ。このままじゃ殺されちまう!
声に出せないまま、横目で必死に訴えかける春原の願いが通じたか。
少女が、微かに頷いた。
そうだ、そうだと必死に顎の先だけで頷きを返す春原の眼前で、少女が口を開く。
鼓動を抑えるように、すう、と大きく息を吸い込んで。

「―――助けて!」

と。
そう叫んだ少女の言葉の意味を、春原は一瞬、理解できなかった。
ようやく自体を認識したときには、すべてが遅かった。

「助けて! 助けて!」
「はぁ!? ちょ、おまえ、何を……」
「この……!」

叫びながら胸を隠し、肌を隠してしゃがみ込んだ少女に駆け寄ろうとした春原が、
怒りに満ちた女の声にぎくりと足を止める。
首から上だけをそちらに向ければ、女の表情は、いまや義憤の一色に染まっていた。
ぎり、と歯を噛み締めた女が、指に力を入れるのが見えた。
見えた瞬間、春原の靴の数センチ脇に、土埃が舞い上がった。
破裂するような音は、後から聞こえてきたように思えた。
限界だった。

「ひっ、う……、う、うわああああああ!!」
「ま……待ちなさい!」

踵を返して走り出した春原を、女の声が追う。
銃弾は、追ってこなかった。
口から漏れるものが悲鳴だか涎だかもわからないまま、春原は走っていた。

「……! ……! …………!」

暗い森の、湿った落ち葉や張り出した木の根や滑りやすい泥に何度も転んで、
手や足や顔に幾つもの擦り傷を作りながら、それでも足を止めずに、無我夢中で走る。
振り返ることは、できなかった。
振り返ってしまえば、ずっと追いかけてきた何かが背中に張り付いていて、にやにや笑いながら
黒光りする銃口を無理矢理に口にねじ込んでくるような気が、していた。

「……っ、……っ!」

走って、走って、何度目かに転倒した先で堅い木の根に思いきり腕をぶつけて、
痛みに立ち上がることもできず、ようやく止まった。

「くそっ……、くそっ……!」

泥の上でごろごろとのたうち回って、じんじんと痛む腕を抱えながら、春原が吐き捨てるように呟く。
痛む腕の先の指がひどく痺れていてうまく動かない。
骨にヒビが入っているか、悪ければ折れているかもしれなかった。
痛みと悔しさに涙が滲んでくる。
拭おうとして、かぎ裂きになった制服の袖と擦り傷だらけの手が見えて、春原は固く目を閉じる。
悪い夢だと思いたかった。
目を開けば寮のベッドの上だと信じたかった。
こんな殺し合いに巻き込まれたことも、最初に会ったのがいきなり服を脱ぐような女だったことも、
一方的な誤解で撃たれそうになったことも、全部が何かの間違いで、目を開けば、そこは、
暗い森の、泥の上だった。

「僕が……っ」

口を開けば、荒い息と共に、絶望が漏れた。

「僕が、何したってのさ……!」
「生きていただけよ」

返ってくるはずのない、応えがあった。

「―――え?」

目を向ければ、そこには黒。
黒の一色が、その手に銀色を閃かせた、それが春原陽平の最期に見た光景だった。



◆◆◆



そこには黒が立っている。
闇を纏ったような少女だった。

薄日も届かぬ森の中、濃紺の制服は黒に等しい。
暗灰色のスカートと黒のストッキング。
ぼう、と胸元で炎のように浮かぶリボンの真紅をかき消すような長い黒髪は、
湿った大気を吸い込んだようにじっとりと重い。

何より最も深い黒を湛えていたのは、その瞳である。
夜の滲むような少女の瞳が、黒とは光を囚えて逃さぬ色だと如実に示していた。

「そう、あなたは生きていただけ。自分に、忠実に」

少女が、眼下の骸を見下ろして静かに口を開く。
喉に鎌を突き立てられ、ぱっくりと断面を覗かせた気管から時折ぽこりと血の泡が上り弾ける骸は、
泥に塗れて薄汚い。
ところどころが破れた制服のポケットからは銃の台尻が見えている。
力をもって女を意のままにしようとした、それは唾棄すべき醜悪の、末路だった。


「……こんなモノが、いるから」

こんなモノがいるから、世界は汚れていく。
こんなモノがいるから、綺麗だったものは穢れていく。
こんなモノがいるから、美しかった何もかもが、手垢に塗れて黒ずんで、その価値を無くしていく。

「息をすれば肺が汚れ、道を歩けば足が穢れ」

誰も彼もが醜くて、たまらない。
息を止めても笑い声は肌から滲みる。
歩みを止めれば奇異の視線が骨身を穿つ。

「だから、だから私は……!」

そうして醜い世界に染め上げられて、誰の腐臭より、彼の死臭よりも穢らわしい臭いを放つのは、
少女自身に、他ならない。
胎内から湧き上がる衝動が叫び声に変わる前に、少女の革靴が眼下の骸を蹴っていた。
ぐしゅりと濡れた音がして、ごとりと重い音がして、潰れた肉の間から拳銃が落ちていた。
血溜まりからそれを拾い上げ、ぽたぽたと粘ついた汁の垂れ落ちるのも構わずに、
少女が引き金を引く。
乾いた音が湿った空気を震わせて、骸がひとつ、ぱくりと爆ぜた。

「……」

爆ぜて散った人の残滓が、少女を汚す。
長い髪から肉の欠片がぼとりと落ちて、ぼんやりそれを見下ろせば、頬に飛んだ返り血が、
涙のようにたらりと垂れた。
冷たく粘るその返り血を指で拭って、拭った指をじっと見る。
暗く湿った森の中、白い指にこびりついた血に真紅の鮮烈はない。
それは、ただ黒く、泥のように、煤のように、肌の白を蝕んでいた。

「―――」

その黒を、そっと口に含む。
舌先の苦味が、一瞬の間を置いて鉄の臭いに変わる。
口腔から鼻腔。気道から肺へ。異臭は肺で血に溶けて、全身へと拡散していく。
青空を冒す黒煙のように毛細血管を染め上げた黒が、静脈を通って心臓へと到達する。
とくりと鳴った心臓が、どろりと粘る血を呑んで、別のものに変じていく。
黒く変じた心臓の、どろりどろりと流す血が、罪過を誘い導くように。

「透子」

穢れの中に身を浸す、心地良い妄想に耽りながら、少女がその名を呼ぶ。
栗原透子。
弱いもの。哀れなもの。愚かなもの。
怯えるもの。逃げ惑うもの。
ただ涙に暮れるもの。
けがれないもの。けがれるもの。
護られるべきもの。
そうでなければ、ならないもの。

「……透子……」

その名を呼ぶときの恍惚を、少女は舌の上で転がしている。
その声に含まれる嘲弄を、少女の指は弄んでいる。
その声に満ちる愛情と軽侮と愉悦を、少女はその身で撫で摩る。
母性に抱かれ、庇護を孕み支配を産んで、少女は独り佇んでいる。

榊しのぶという、それが少女であった。



◆◆◆



「……大丈夫? 痛いところはない?」
「はい、ありがとうございます高瀬さん」
「瑞希でいいよ、遊佐ちゃん」

元通りに制服を着込んだ少女、遊佐が小さく頭を下げるのを見て、白いジャケット姿の女、高瀬瑞希は
ようやく心配気な顔を崩し、小さく息をついた。

「それにしてもあいつ……絶対、許せない! 逃がしちゃったけど、今度見つけたら……」
「いえ、わたしならまだ何もされていませんでしたから……瑞希、さんのおかげです」
「ううん、あたしがもっと早く来てたら怖い思いさせずに済んだんだし……」
「それに……もう、遭いたく、ありません……」
「あ……」

俯きながら零した遊佐の言葉に、瑞希が表情を変える。

「そっか……そうだよね、無神経なこと言って、ごめん……」
「いえ……」

身体の中から涌き出す怖気を抑えるように、遊佐は自らの肩を抱いている。
痛ましげに視線を逸らした瑞希は、

「―――あれよりは、扱いやすそうですね」

だから遊佐の漏らした小さな呟きを、聞き逃していた。

「……え、なに? 今、何か言った?」
「何でもありません」

顔を上げた遊佐の表情は、ぎこちなく怯えた様子で、それでも無理に笑ってみせようとしている、
どこから見ても、襲われた恐怖を克服しようとする可憐で気丈な少女、そのものだった。

「……もう、大丈夫だからね」
「あ……」

たまらず少女を抱きしめた、瑞希の胸の中。
遊佐の瞳は、しかし温度を下げていく。

(まずは、ゆりっぺさんと合流すること。何もかもそれからの話ですね)

誰の目にもとまらぬその小さな闇の中で、少女の偽装が解けていた。
つい一瞬前までうっすらと涙すら浮かべていたその瞳は、冷徹とすら呼べる色で虚空を見つめている。

(私の仕事は観測、分析、報告―――そのための手駒は、少しでも有用な方がありがたい)

少女の名は遊佐。
『死んだ世界戦線』の専任オペレーター。
下の名前は、誰も知らない。

(『次』が見つかるまで、役に立ってくださいね―――瑞希さん)



 【時間:1日目午後1時ごろ】
 【場所:D-3】

 遊佐
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康】

 高瀬瑞希
 【持ち物:SIG SAUER P220(残弾14/15)、水・食料一日分】
 【状況:健康】


 【時間:1日目午後2時ごろ】
 【場所:D-4】

 榊しのぶ
 【持ち物:草刈鎌、ベレッタM92(残弾15/16)、水・食料一日分】
 【状況:健康】

  春原陽平
  【状況:死亡】


044:Noisy Girl/Machine Maiden 時系列順 047:Come with Me!!
045:ボケまくりの完全無敵少女 投下順 047:Come with Me!!
001:ヘタレ少年とクール少女の生死を越えた出会い 春原陽平 死亡
001:ヘタレ少年とクール少女の生死を越えた出会い 遊佐 114:例え、届かなくても
GAME START 高瀬瑞希
榊しのぶ 109:Monochrome-モノクローム-


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最終更新:2011年09月03日 10:26