ACROSS THE SEVEN SEAS ◆ApriVFJs6M
偶然迷い込んだ一風変った船。
見た目は何らかの調査船のようにも見える外観だが、内部は思いのほか居住性を重視した作りになっていた。
甲板に据えつけられたプール。ビリヤード台やダーツ盤が並べられた遊戯室。広い浴場とまるでホテルのような船だった。
芽衣はとくに行く当てもなく広大な船を彷徨い歩く。
そして吹き抜けとなったロビーでとんでもないモノを見つけてしまう。
船の上部から一階にまで貫く大階段。その中心に位置するシャンデリアに全裸の女性が吊るされていたのだ。
彼女の全身からは白みがかかった粘性の液体が滴り落ちていた。それが何であるか中学生にもなればそういう知識は嫌でも耳に入る。
そんな芽衣の瞳に映りこんだ陵辱の痕は、同じ女であるゆえ死体を発見することよりも衝撃的な光景だった。
そして全裸の女性の側の男の姿。
きっとこの男が彼女を――恐怖よりも先に怒りがこみ上げ思わず叫んでしまう。
「そ、そこのあなた! 今すぐその人から手を離してださい!」
言って後悔する芽衣。男は芽衣をギロリと睨み付けた。
まるで蛇のような眼。まずい――あの男の次はきっと私を――
目の前の女性を陵辱した男への義憤も、男の圧倒的な暴力の前ではひとたまりもない。
自分もああなると思った瞬間、足が動き一目散に逃げ出していた。
そして気がつくと芽衣は息を切らせながら港で立ち尽くしていた。
「最低だ……わたし……」
我が身可愛さに女性を見捨てて逃げ出してしまったことに自己嫌悪に陥る。
いくら義憤で恐怖を乗り越えて立ち向かったことで男と女の体格差、ましてや芽衣はまだ中学生なのだ。
あの男を何とかして彼女を助けるなんて出来るはずがない。
そんな鬱屈した感情に支配された芽衣の脳裏にある記憶がリフレインされた。
まだ幼い日々の出来事、芽衣はいつも近所の子供達にいじめられていた。
でもそんな時兄はいつも芽衣を助けに来てケンカをしては生傷をこしらえてきた。
年上の相手でも物怖じせずに助けに来てくれた兄、その時の兄の気持ち。
同じ感情をあの女性のために抱けるか?
誰かを守りたいという気持ちと、悪を憎む正しき怒りを持てるのか?
「ううん、できるできないかじゃない……! やるかやらないかだよ……!」
芽生えた小さな勇気と不屈の心。
だが彼女の小さな身体を動かすには十分な物だった。
芽衣はデイバックに入っていた鉄の塊のようなリボルバー式の拳銃を取り出す。
それは拳銃というにはあまりにも大きく重量のあるもの――まさに鉄塊。
先ほどは突然の出来事のため、銃を抜くこともできなかった。
なぜならそれはとても片手で持てるような重さではない、まるで米がぎっしりと詰まった米袋のような重さ。
両手で持つのがやっとで撃つ人間の事を全く考えていない代物だ。
芽衣が扱うにはあまりにも難しい、まともに狙いをつけることすらできないだろう。
それでもあの男を追い払うことぐらいなら――
芽衣は両手にずっしりとした重みの感触を確かめながら再び船内に戻っていった。
■
「いじめる? いじめる?」
尻餅をついた少女は目に涙を浮かべ、困惑する時紀に向って捨てられた仔犬のような視線を送っている。
背後にはシャンデリアに吊るされた精液塗れの全裸の女、正面には床に座り込む涙目の少女。
まさに前門の虎、後門の狼。
(どうすればいいんだ……)
第三者から見ればどうみても時紀はレイプ魔です。本当にありがとうございましたとしか呼べない状況。
後ろの女に陵辱の限りを尽くし、今まさに目の前の少女を毒牙に掛けんとするところと思われるだろう。
どう考えてても苛められてるのは俺だろうと叫びたい時紀だった。
「私もあの人みたいにいじめられる?」
より一層怯えた表情で少女は時紀を見据える。
頼むから大声を出さないでくれと懇願する時紀は咄嗟に少女に対して言葉が出た。
「いや、いじめられてるのは俺だ」
「?」
「と、とにかくそうなんだよ、何もわからずこの船を歩いていたら目の前にアレがぶら下がっていていたんだ。
まだ生きてるけどあのまま放置するのはさすがに寝覚めが悪いだろ? だからせめてシャンデリアから降ろしてやろうとしてたんだよ。
ああ気持ちわりぃ……なんで他人の精液なんぞ触んなきゃならねえんだと思ってたら変なガキに完全にレイプ魔扱いされてよ
追いかけて誤解を解こうとしてたらあんたにぶつかって、あんたも俺のことをレイプ魔扱いだ。な? いじめられてるのは完全に俺だろ?」
こうなりゃヤケだと言わんばかりに時紀はまくし立てる。
「いじめない?」
「ああ、いじめない」
「あなた……誰? あなたいじめる? それとも私、いじめられる? ハナテン中古車センタ~~」
「は?」
「なんでやねん」
「…………」
「なんでやねん」
ぺしっと頭をチョップされた。
何を言っているんだこの女は……この状況と関西ローカルCMが何の繋がりがあるのか?
しかも表情を察するに突っ込みを入れて欲しそうな雰囲気だ。頭が痛くなってきた。
「おまえがいま感じている感情は精神疾患の一種だ。しずめる方法は俺も知らない。俺に任せるな」
「?」
何となく少女に対抗して変な事を言ってみた。
自分でも何の事を言っているのかよくわからない。深淵からの毒電波を受信したとしか思えない言葉。
だが少女は小首を傾げきょとんとしている。
「くそっ……ガン無視かよ……っ」
「いじめる? ……――?」
何かに気付いたかのように少女はポンと手を打つ。
「私とあなたでダブルボケユニットを作るじゃあ~りませんか。目指せM-1グランプリ優勝なの」
WARNING! WARNING!
電波が強すぎる! 総員退避ーっ退避ーっ!
そんな警報が時紀の頭の中で鳴り響く。
見た目こそなかなかの美少女だが思考があまりにもぶっとびすぎている。
正直ついていけない。涙目になりたいのはこちらの気分だった。
少女は時紀の険しい表情を悟って再び怯えたような表情になる。
「いじめる?」
「だあーっ! いじめないっつーの! 誰か何とかしてくれ……」
「――ひらがなみっつでことみ。呼ぶときはことみちゃん」
「はい?」
「私の、名前」
自己紹介?のつもりなのだろうかことみと名乗った少女は仔犬のような目線で時紀に言った。
「……木田時紀」
「元巨人、メジャー移籍を経て現日本ハム所属の木田くん?」
「その木田じゃねーよ!」
「いじめる?」
「いじめねえよ……お前はボケといじめるしか言えねーのかよ」
「同じボケは三度まで……ぷーっくすくす」
何が可笑しいのかことみは突然含み笑いを浮かべる。
もう付いていけない頭を抱える時紀の耳に、甲高い少女の叫び声が入ってきた。
「こ、この変態……! そ、その人から離れなさいッ!」
「て、てめ……さっきの……!」
「?」
ことみの背後数メートル先の廊下にさっき逃げて行った少女が立っていた。
声を荒げた少女は明らか時紀に敵意を剥き出しにしており、あまつさえその両手にはその小柄な体格に不釣合いなほど巨大な拳銃が握り締められている。
「ほ、本物の銃だからね! おもちゃじゃないんだよ!」
そんなもの見ればわかる。それがおもちゃだったら世のモデルガン愛好家は涙を流して喜ぶだろう。
なんとしてでも誤解を解いて落ち着かせないと。
「Pfeifer Zeliska……オーストリアPfeifer Waffen社が開発した超大型拳銃。一般的に日本ではとある小説の影響から『フェイファー・ツェリザカ』と
発音されるけど厳密には誤りで正確な発音は『パイファー・ツェリスカ』なの。6kgと言う重さゆえとても普通の体勢で撃てない欠陥銃なの。
まして、女子供が撃ったら反動で手首の骨を折るか肩を脱臼するかのどちらかと思うから撃たないほうが賢明だと思うの――芽衣ちゃん」
「お前……」
電波ゆんゆん少女と思いきや少女の持つ銃の解説を始めることみ。
そしてことみは解説の最後に少女の名を芽衣と呼んだ。
「この前の野球は楽しかったの。またみんなでしたいの」
「えっあっ? ことみ……さん? じゃあこの人は……? あれっあれ?」
「今度一緒にM-1グランプリに出場することになった木田くんなの」
「ねーよ! つまり俺はたまたま現場に居合わせた善良な一市民であって、悪逆非道なレイプ魔じゃねーんだ。わかったかこの野郎」
「えっ……じゃあこの人はことみさんを襲うつもりじゃなかったんだ……」
「だから、それは誤解だ。俺はあの女をシャンデリアから降ろしてやるつもりだったんだよ」
「そう……そうなんだ……ははは……わたしったら何やってたんだろ……」
芽衣の手から拳銃がこぼれ落ち床を転がる。過度の緊張から解放された芽衣は床に崩れるように座り込む。
どうやら誤解は解けたようだった。
「ご、ごめんなさい木田さん! わたしったら早とちりしてしまって……」
「まあいいけどな。この状況で冷静になれというのが無茶なわけだし……まあことみのおかげで誤解は解けたわけで」
「褒められたの嬉しいの」
「……二人は知り合いなんだな」
「前にわたし達草野球をしたことがあって、その時に知り合いになったんです」
「そう、いずれメジャーを目指すの。というのは冗談で芽衣ちゃんのお兄さんの友達が私の友達なの」
「なんか微妙にややこしい関係だな……」
誤解も解けて一見落着。だが何かを忘れているような気がする。
そんな時紀の脇腹をことみはつんつんと指で突いていた。
「なんだよくすぐったいな」
「いい加減あの人降ろしてあげるべきなの。いつまでも吊るされていたらかわいそうなの」
少し顔を赤らめながらシャンデリアに吊るされたままの女性を指差した。
■
「気持ちわるいよぉ……変な臭いでベタベタするし……」
「俺だって気持ち悪ぃんだよ! 何が楽しくて他の男がぶっかけたモンに触らなきゃなんねぇんだと思うけどほっとくわけにはいかんだろ」
時紀達三人は改めてシャンデリアに吊るされた女性を救出することにした。
未だ乾ききっていない精液に汚された身体。芽衣は手に伝わるぬらりとした感触に総毛立つ。
(むっ……こういうシチュも悪くないな……今度透子にやらせてみるか……? って何を考えてるんだ俺は)
まだ年端もいかない少女が精液まみれの全裸の女性に嫌悪感を露にして手を触れる。
背徳的な光景に時紀は若干の興奮を覚えた。
「ううっ……男の人ってこんなモノを……」
「カマトトぶってんじゃねーよ。お前だって思春期の年頃の女ならこういうのに興味はあんだろ」
「全く無いと言ったら嘘かもしれないけどこんなの見たら恐怖症になりそうだよぉ」
「まあ、な。お子様にはちょっと刺激が強すぎるよな……」
「精液――英語やドイツ語ではザーメン。イタリア語やフランス語ではスペルマとも呼ばれ、雄の生殖器官から分泌される精子を含む液体。
主に精巣にて作られた精子と前立腺からの分泌物と精嚢からの分泌物から構成されており、独特の臭気を――」
「ことみさん! そんな解説しなくていいから!」
「がっくり」
顔を赤くして抗議する芽衣だった。
「よっこらせと……こんな状況でもなきゃ全裸の女を抱えるなんてシチュなんてお目にかかれないのに全く興奮しねえ……後で風呂入って替えの服探そう……」
「さっきお風呂場を見つけたの。入るといいの」
「そうだな……」
時紀は女性をいわゆる『お姫様抱っこ』の姿勢で抱え階段を下りる。
肌を伝う粘液が手や服にまとわり付き最高に気持ちが悪い。
とりあえず一階に運び終えると壁に彼女をもたれ掛けさせた。
「芽衣、客室にシーツがあったはずだ。まずは掛けてやれいつまでも全裸はさすがに俺の目の毒だ」
「は、はい!」
「とりあえず話を聞いてから風呂に入れさせてやればいいけど……まともに話ができるかどうかわからんぞ……」
女性は焦点の合わない虚ろな瞳で床を見つめている。
口に填められたホールギャグは取り外してはいるものの一言も喋ろうとはしない。
芽衣は白いシーツを持ってくると彼女に掛けてあげた。
(ま、当然か……この分だと相当ハードなプレイを強要させられたんだろうな)
さて、どうやって話を聞こうかと思う時紀。
ふと横に立っていることみの手に小ぶりのガラス瓶が握られていた。
「ん、なんだそのビン?」
「医務室からもって来たの。気付け薬になるの」
ことみはガラス瓶の蓋を開けた。独特の刺激臭が時紀の鼻を突く。
「うー何それ……凄く臭いよ……」
「うわっくせッ! それアンモニアか?」
「アンモニア水なの、これを彼女に嗅がせてあげるの」
そう言ってことみは蓋を開けたガラス瓶を女性の鼻元に近づける。
こんな刺激臭を鼻のすぐ近くに持ってこられたら――
鼻に近づけて数秒後、彼女の眼に光戻り始める。どうやら我に返ったようだ。
そしてアンモニアの強烈な刺激臭に彼女は大きく咳き込んだ。
「――!? がはっ……! げほっごほっ……何この臭い……げほっ――!」
「気がついたようなの。もしもし自分の名前わかりますか?」
「ごほっ……私は――折原……志乃……」
「どうやら何とか話はできそうだな。あんた大丈夫――とは言えないか。ほら、立てるか――」
「あっ、木田くんダメ……!」
ことみが静止させるより早く時紀は折原志乃と名乗った女性の手に触れた。
その瞬間――
「いっ……いやアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「なっ――!」
突然女性は絶叫を上げた。
「いやいやあ……! これ以上酷いことしないで……! やああああ! アアアアアアアッ!!」
「落ち着くの志乃さん……! ここにはあなたに酷いことする人はもういないの……!」
「ああ……っ! あああああ……」
ことみは暴れる志乃を必死に抱き止める。
髪を引っ張られ何本か髪が抜け落ちる。顔を爪で引っかかれもした。
それでもことみは決して志乃から離れず、赤子を抱く母親のような優しい笑顔で志乃を抱き続ける。
「大丈夫……大丈夫なの……もう大丈夫なの……」
「あああ……ああ……」
暴れる志乃の動きがゆっくりと治まってゆく。
志乃が落ち着くまでことみはずっと彼女を抱き続けていた。
■
「ごめんなさい……あなたの顔を傷つけてしまって……」
ことみの綺麗な頬にはまるで猫に引っかかれたように四本の赤い筋が走っている。
落ち着きを取り戻した志乃はことみに謝罪の言葉を口にしていた。
「気にしなくていいの。こんな傷唾付けておけば治るの、悪いのは木田くんなの。木田くんは空気が読めないの」
「はあ? なんで俺が悪いことになってんだよ!」
「志乃さんが何をされたのか知ってるのに志乃さんに触れたのが悪いの。こうなる可能性があったから注意しようと思ってたのに……」
「つまり……どういうことだってばよ。芽衣」
「あの……わたしに振られても困るんですけど……」
「私は専門家じゃないから治療法なんてわからないけどいわゆる心的外傷――トラウマなの。今でこそ志乃さんは落ち着きを取り戻してるいるけど、心に深い傷を負ってしまっているの。
男の人に触れられれば意識せずともその時の記憶がフラッシュバックして苦痛を追体験するということなの。乱暴された最悪の記憶が――」
「そうか……すまねえ、俺の不注意でまた嫌な事を思い出させて……」
「ううん、あなたが謝る事はないわ」
「治る可能性はあるんですか……?」
芽衣はことみに尋ねる。
だがことみは無言で首を振った。
「わからない、としかいい様がないの。一生このままかもしれないし、もしかしたら何かのきっかけでトラウマを克服できるかもしれないの。少なくとも今日明日で治るとは到底思えないなの」
「そんな……」
「だから木田くんは志乃さんに触っちゃだめなの」
「ああ……肝に命じておくよ。――それよりも、志乃さん」
「何……かしら?」
「風呂、入ってカラダ綺麗にしなよ。少しは気分晴れるだろ。ことみと芽衣もな」
「私をシャンデリアから降ろすときに汚れたのね……ごめんなさい」
「いや、そんなつもりで言ったんじゃないぜ。悪いのは志乃さんをこんなにした糞レイプ魔だ……同じ男として反吐がでるぜ……! こんなの妄想やエロビデオだけで十分だ」
「ありがとう……木田くん」
シーツに包まった志乃は時紀にぺこりと頭を下げた。
「そういうことで私達はお風呂に入るの。木田くんは見張りを頼むの」
「ああ……」
「志乃さんの着替えはどうしよう……?」
「それなら私の部屋に着替えがあるはずだから大丈夫よ」
こうして女性三名は浴場へと向うのだった。
■
流れるシャワーの音が浴室内に木霊する。
ことみ、芽衣、志乃の三人は無言でシャワーを浴びていた。
正確には無言というよりも志乃にかける言葉が見つからなかった。
凄惨な陵辱を身に受けた人間に何と声をかければいいのだろうか? 下手な励ましなど無意味なことはことみも芽衣も理解はしてる。
どんな苦痛を味合わされたのか二人には想像もつかない。掛ける言葉が見つからない二人を察したのか志乃は穏やかな笑みを浮かべて言った。
「私に気を遣わないで、ね? 私は大丈夫――とは言えないけど、どうすることも出来ない事なんだし。そのせいであなた達が気に病んでは私も心配だわ」
「…………」
芽衣は無言で頷いた。
「あの、志乃さん……いえ、やっぱりいいです」
「どうしたの芽衣ちゃん?」
「凄く嫌なこと聞いちゃいます……あの……妊娠の危険性は……」
不謹慎な質問だと理解しながらも質問せざるを得なかった。
陵辱された結果、好きでもない男の子を孕ませられることなど芽衣にとってあまりにもおぞましい出来事で、それを身に受けた志乃の身体を心配したものであった。
「多分、大丈夫よ。危険日は外れてると思うから」
「一応、緊急避妊薬を飲んだほうがいいと思うの」
「そうね……」
「? 緊急避妊薬ってなんですか?」
「言ってしまえば意図的にホルモンバランスを崩して強制的に生理状態を引き起こす薬なの。だけど大量のホルモンを摂取するから身体への負担も大きいので
普通の経口避妊薬の感覚での使い方は避けたほうがいいの。あくまで緊急時のみ摂取がいいの」
「そういうこと。芽衣ちゃんの場合、もう少し大人になって好きな男の人が出来てからの話ね」
「は、はい……」
辛い目にあったはずのに気丈に振舞う志乃の姿を見て芽衣は目頭が熱くなる。
何としてでも彼女の力になりたいと思う芽衣だった。
「はあ……やはり女の風呂って長いよな……ちゃっちゃと洗えないもんかねえ」
脱衣所の前の廊下で時紀は壁に背を預けてぶつぶつと呟いていた。
そして脱衣所の扉が開かれ女性陣が現れた。
「おまたせ、木田くん」
「うおっ! って志乃さんかよ……」
脱衣所から現れた志乃の服装は胸元が大きく開いたブラウスに黒のタイトなミニスカートの上に白衣を纏う微妙に露出度の高い服だった。
というか、自らのスタイルの良さを前面に押し出す服装で、若干目の毒な服装だった。
「…………」
「どうしたの?」
「いえ、何でもないっす。んじゃ俺も風呂入るぜ」
この人無意識に男を誘っているんだろうか――なんて口が裂けても言えない時紀だった。
■
「うぃーす、上がったぜー」
「木田さん早っ、もう上がったの? ちゃんと身体洗った?」
「俺はお前らと違って洗うところは洗ってさっさと上がる性質なんだよ」
この春原芽衣という少女。会って数時間しか経っていないがかなり口うるさい所があった。
恵美梨とはまた違ったベクトルのウザさを抱えている。
こんな妹を抱えている兄は大変だなと、まだ見ぬ彼女の兄を心配する時紀だった。
時紀達四人は場所を船内の図書室に移して今後のことに話し合うことにした。
特にシャンデリアに吊るされていた志乃は何が起きているかいまいち把握できてないようなので時紀達は志乃に現在自分達が措かれている状況を説明した。
「……というわけで俺達は妙なパーティーに招待されてしまったみたいなんだ」
「そう……そんなことが起きていたなんて……」
「この島に連れて来られた人間全てがすぐに殺し合いに乗るとは思えないけど……確実に一人は危ない人がいるの」
「誰……なんですか?」
「――志乃さんを酷い目に遭わせた人。状況的にこの島にいる可能性は高いと思うの。そしてこの船にまだ潜んでる可能性も――」
ごくりと誰かが唾を飲み込む。
姿無き陵辱者の存在。ある意味彼女達にとって殺人鬼よりも恐るべき存在。
「嫌なこと思い出させるようだけど、志乃さんはそいつの顔を覚えてないのか?」
時紀は質問するも志乃は首を振って答える。
「ごめんなさい……私は何も覚えてないの……ここでことみちゃんにアンモニアを嗅がされる前の記憶は――」
「そっか……」
志乃の脳は忌まわしき陵辱の記憶による心の崩壊を防ぐため、それの記憶を無意識の海の底に封印した。
ゆえに寸でのところで志乃の精神は平衡を保つことができたものの、刻み込まれた心の傷は心的外傷となって彼女を蝕む。
誰であろうと男に触れられると途端に錯乱するトラウマを植えつけられている。
志乃には漠然と陵辱されたという結果の記憶だけが意識の表層に残っているだけだった。
「でもここでじっとしてても何もならないわ。まずはこの船の――バジリスク号のブリッジに行きましょう」
「ブリッジ? そこに何かあるってのか?」
「この船が動くかどうか確かめるのよ」
「えっ……こんな大きな船をわたし達だけで動かすなんてできるんですか?」
「機関部に損傷がなければ大丈夫。この船は高度に自動化されたコンピューター制御で船を動かすための人員は最低限で済むのよ」
「すげえ船だな……ってあんたは何でそんなこと知っているんだ?」
「だってこの船の試験航海するに当たっての航行責任者は私だったのよ。自分の船の動かし方ぐらい知ってて当然よ?」
まるで悪戯好きな少女のような笑みを浮かべていた。
こうして四人はブリッジに向かうことにしたのだった。
四人はブリッジに続く廊下を歩いている。
先頭を志乃、次に時紀が歩きその後ろを芽衣とことみが付いて来る。
「なあ志乃さん……」
「何かしら木田くん」
「あんま無理すんなよ……男の俺ではあんたが受けた仕打ちがどれほどの苦痛で屈辱的だったか想像もつかねえ」
「ありがと、私がもっと若ければあなたの言葉に胸がキュンとしてたかもしれないわ。うふふ」
(というかこの人俺らぐらいの娘がいるんだってな……一体何歳なんだこの人は?)
一方、ことみは自らのデイバッグから一本の棒らしきものを取り出していた。
「芽衣ちゃん、これあげる」
「な、なんですかこのおもちゃ……」
芽衣が手渡されたのは1mほどの魔法少女が使いそうなおもちゃのステッキだった。
先端部には赤い水晶玉みたいの物が填め込まれており、おもちゃにしては手の込んだ作りで色合いこそ白とピンクと黄色を基調としたいかにも少女趣味的な色合いだが、
全体的なフォルムは魔法少女物に有りがちなデザインでなく、どこか無骨で機械的な印象を受ける奇妙な杖だった。
「説明書にはDX星杖おしゃべりRHと書いてあるの。持って振ると英語音声で喋ってくれるの。これで英語の勉強がはかどるの。やったね芽衣ちゃん」
「なんでわたしに渡すんですか……」
「なんとなく私が持つより芽衣ちゃんのほうが似合いそうなの」
「……返します」
「ううっ……芽衣ちゃんがいじめるの」
「いじめてません!」
「じゃあこうするの。ちょっと芽衣ちゃんの荷物貸してね」
「はあ……」
ことみは芽衣の荷物から鉄塊のような銃を取り出すと、杖の先端部に紐で括りつけしっかりと固定した。
先端に括りつけられた銃が黒光りする異形の杖。
重さ6kgの銃を取り付けられた杖は銃単体より持ちやすくなり鈍器として十分すぎる威力を発揮できそうだった。
芽衣は頭が痛くなった。
【時間:1日目午後3時ごろ】
【場所:G-7 船内】
木田時紀
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】
一ノ瀬ことみ
【持ち物:アンモニア水入りガラス瓶、水・食料一日分】
【状況:健康】
春原芽衣
【持ち物:DX星杖おしゃべりRHフェイファー・ツェリザカ、予備弾×50、水・食料一日分】
【状況:健康】
折原志乃
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:精神に深い傷】
最終更新:2011年09月06日 17:34