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天使の羽の白さのように ◆auiI.USnCE








――――その涙を、私も流す事ができるのだろうか。









     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「ふぅ……こんな所でしょうか」

日が落ち始めた時間に、ベナウィは広い病院のロビーにて腰を落ち着かせていた。
六階建てにも及ぶこの病院は二人で探索するには、大分時間がかかってしまった。
誰か自分達以外にも訪れてる人が居る事を少しは期待をしていたのが、その期待も外れてしまっている。
思わず溜息が出てしまうが、ベナウィにとって収穫は無い訳ではなかった。
一つ目は此処まで発展した医療施設がこの島にある事。
二つ目はトゥスクルには存在しないような道具を沢山見つけられた事。
そして、三つ目は……


「あ、あの………………ベナウィさん」

くいくいっと着物の裾を引っ張る短い間に慣れた感触。
聞き取るのも大変な程の小さな声。
振り返って確認するまでもない陰日向のような少女、長谷部彩だった。
3つ目の収穫と言えば、この同行する少女が少しぐらい自分に慣れた事ぐらいだろうか。

「ああ、纏め終わりましたか」

頼りげ無さそうに微笑む彩の手に、一つの手提げ袋がある。
其処には絆創膏や消毒液、包帯などなどの救急セットが入っていた。
ベナウィの知識では解らないので、彩に纏めて貰ったのだ。
ベナウィは彩が集め終わった医療具を一度確認し、

「なら、行きましょ……」

出発を促そうとし、彩の表情を見て言葉を止める。
ひたいには汗が浮かんでいて、疲労の色が残っていた。
よくよく考えれば、一階から六階まで休憩無しに一通り歩いて回ったのだ。
軍人であるベナウィなら兎も角、彩はただの少女でしかない。
付け加えるなら運動とか普段する事が無さそう雰囲気すらだしている。
疲れるのも当然かもしれない。
気が回らなかったと思いながら、

「いえ、一度ここで休みましょうか」

ベナウィは彩に言葉をかける。
彩は少しびくっとして、ベナウィの顔をうかがうように、

「い、いえ……大丈夫です」

ふるふると首を横に振った。
彩にしてみれば、無理に言わせたような感じがして、何処か申し訳そうな顔をする。
ベナウィは溜息をつきながら、あえて厳しく言う。

「いえ、疲れてるのを隠される方が迷惑です。大事な時に、下手な間違いをしかねない」
「……あ……う……」

彩の表情が、どんどん青くなっていき泣きそうな顔になっていく。
そんな様子にベナウィは微笑みながら、出来るだけ優しい声色で喋る。

「だから、休みましょう? アヤも」
「…………はい」

彩はこくんと嬉しそうに笑いながら頷いて、お茶いれてきますねと小さく告げてぱたぱたと歩き出していく。
まるで小動物のようだとベナウィは思いながら、小さく微笑んだ。

やはり、あの笑顔はやすらげるものになっていると思いながら、
そして、同時に自分を縛っているという事は、あえて、隠した。

隠したかった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





両手には温かい緑茶が入った湯のみがある。
これはアヤが入れてくれたものだ。
それを私は一口のみながら、アヤの方を見る。
アヤとの距離は何故か妙に離れている。
私は長椅子(ソファーと言うそうだ)の右端に座っていたのだが、アヤはお茶を渡すと何故か左端に座った。
そして、暫く無言のまま、二人してお茶を飲んでいた。
これが、今の妙な距離感だろうか。
まあ、そうなのでしょうね。
実際、私は弱いアヤの庇護者程度しかないかもしれない。
私自身も最初見捨てようとしたのだし。

「…………………………の」

そして、これからもそうなのかもしれない。
まあそんなものでしょう。

「………………あの」

そう思って、私はお茶を啜った。
お茶のいい香りが、随分と私をやすらげてくれた。

「あの!」
「おっと……なんでしょうか?」

どうやら、アヤに呼ばれていたらしい。
全然気付かなかった。
いけない事ですね。
元々小さい声なのですから。
ちゃんと拾ってあげなければなりません。

「……あの、ベナウィさんの国の事聞きたいです」

勇気を振り絞るように尋ねられた事はとても些細な事だった。
そういえば、彼女はトゥスクルの事は知らないのでしたか。

「そうですね……」


それから、私は私が仕える国の事を話した。
ハクオロ皇の事。
彼に統治された国はとても素晴らしい国になっている事。
そして、住んでいる民達は笑顔である事。
それは、とても幸せの象徴のような事である事。
些細な事でも、私はそれを言葉にした。
私自身が国について、話す事は滅多にないのかもしれない。
だから、少し饒舌になってしまった。
けれど、アヤはとても興味深そうに聞いてくれた。
そして、少しずつアヤが此方に近づいていた。
アヤは楽しそうに笑っていた。

「……そうですか。とても素晴らしい国なんですね」
「ええ、私も国を護る為に戦っています。それが武士の私の務めなのですから」
「……戦う?」
「ええ」

そのまま、私は国が成り立った理由を話した。
一揆がおき、戦いが起きた事。
そして、自分達も戦い守るべきものの為に戦った。
それだけではない。
国を護る為に、戦わなければならなかった事。
その為に、自分自身も戦い続けた事。
それを私は誇るように、話した。

けれども。


「……………………アヤ?」


彼女は泣いていた。
彼女の頬には、一筋の涙の跡が流れていた。
何かを耐えるように。
彼女は涙を流していた。

「…………哀しいです」
「…………哀しい?」

何が哀しいのだろうか。
私は国を護る為に戦った事を話しただけなのに。
それこそ、武士の誇りだというのに。
何が哀しいと言うの…………

「沢山の人が――――死んだのですね」



――――ああ。

この子は、ただ、純粋に。

人の死に、涙を流している。

戦って死んだ兵士。
戦火を受けて死んだ民。
沢山の人に純粋に涙を流している。


「ええ……沢山死んでしまいました」
「……そうなのですか」

そして、彼女は、目を閉じ手を組んだ。
祈りを捧げているのだろうか。
気が着けば、彼女との距離も大分近くなっている。

散っていくもの仲間達。
沢山の人の死に、私が涙を流さなくなったのは何時の頃だっただろうか。
それすらも忘れてしまった。
あまりにも、当然のように、沢山の命が散っていく。
私は、いつの間にか涙を流す事を、忘れてしまったのだろうか。
ふと、思ってしまう。

私は家族のように過ごした仲間達。
彼らの死に泣けるのだろうか。
答えは見つかるわけがなかった。

そして、彼女は、アヤは。
とても、平和な国で育ったのだろう。
人の死がとても、とても遠い信じられないような国に。

けれど、それだけではなく。
彼女の心はとても、純粋で白いのだろう。
誰かの、誰かも解らない死に涙を流して、哀しむことが出来る。
それが同情というものでも。
純粋すぎるその想いは、とても輝いて、貴重に思える。
眩しいぐらいの、白さだった。


「ベナウィさん……」


いつの間にか、目を開けて、私の手に自分の手を重ねている。
その手の温かさがとても、心にささっている。

「ベナウィさんも……殺したのですか?」
「………………ええ」

私は静かに頷いた。
頷くしかなかった。

彼女は笑いもせず、けれども哀しみもせず、私だけを見て

「それは…………」

何か言葉を言おうとして、そこで途切れた。
何を伝えたかったのだろうか。
哀しいと伝えたかったのだろうか。
私には解る訳など無かった。

私が誰かを殺す事に何も感じなくなったのは何時だろうか?
涙を流さなくなったのは何時だろう。
哀しまなくなったのは、苦しまなくなったのは何時だろう。
もう、思い出すことができない。

それぐらい、殺すという事が、身近であった。

だから、私は救われないだろう。
でもそれが、忠義なのだから。
それが、武士なのだから。


私は、彼女の瞳を見た。

何処までも、澄んだ、儚く優しい、瞳だった。


それが、救いを与える目にも、苦しみを与える目にも、見えた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





ベナウィさんの顔が、とても近く感じた。
沢山の人を殺したといったベナウィさんの顔が、何故かとても切なく感じられた。
私には、人を殺した事なんか勿論無い。
だから、その苦しみや哀しみなんて、解らない。

けれど、私は彼がとても、弱く感じられてしまう。
何故だか、解らない。
けれども、そう思えて仕方がない。

人の死は、哀しい。
それは、あの日、父を失ったあの時から、変わらない。
苦しくて、切なくて、心が壊れそうになってしまう。
涙が溢れて仕方ない。
きっと、もしこの島で亡くなった人現れてしまうのなら……私は泣いてしまうだろう。
知らない人でも、泣いてしまうかもしれない。
知ってる人達……和樹さん達ならきっと尚更だろう。
涙が止まらなくなってしまうかもしれない。

彼は、もう、涙を流さないだろうか?

人の死に。
殺した事に。

そう思ったら、何故かとても、哀しく感じた。


……ベナウィさんの瞳を見て思う。


彼は、貴方を必要としている人が此処にいると言った。


だから、私、思うんです。

そんな哀しい瞳をした貴方を。

私なりの方法で。


私は……



――――貴方を護る事が出来ますか?




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





それから、私達は黙っていた。
アヤは私の隣で、静かにしていた。
これ以上、語る言葉など思いつかなかった。

私は、何か良く解らない想いが巡っている。
アヤの瞳が心に残っている。
とても、白くて、純粋な心が、その瞳が私を射抜いていた。

私は、何故、こんなに迷っているのだろう。
今更ではないか。
とっくの昔に心は決めている。
そして、骨の髄からもう、武士なのだ。
武士として生きる、それが、私の矜持。

なのに、どうしてあの瞳は私を射抜く。
あの微笑が、私を苦しめる。

私は、救われていいわけ…………


「…………ふう、何か考えているのでしょうね、私は」

そこで、変な方向に行こうとした私の思考を打ち切る。
考えては仕方ない事だ。
そう、仕方が無い事だ。

アヤ、貴方は、何を考えてその瞳を向けたのだろう?
私には解らない。
だから、

「アヤ……」

彼女に聞こうとして、気付く。


「すぅ……すぅ……」

アヤは私の肩にもたれかかる様に眠っていた。
道理で静かな訳だった。
緊張感があったのだろう。
疲れがまとめて来たのかも知れない。
私はふぅと溜息をついて外を見る。
もう、日が完全に落ちている。
そろそろ、放送が行われる時間だろう。
だから、その時間までこのまま、眠らせておこうと思った。

私は、そう思って、もう一度、彼女の横顔を見る。



――――哀しいです。


彼女の純粋すぎる白い心が発した、あの言葉。


それが、何故か、頭の中で反芻を繰り返していた。



【時間:一日目 午後5時50分ごろ】
【場所:E-1 病院】

ベナウィ
 【持ち物:フランベルジェ、水・食料一日分】
 【状況:健康 彩と共に行動】

長谷部彩
 【持ち物:藤巻のドス、救急セット、水・食料一日分】
 【状況:健康、ベナウィと共に行動】



108:何故か、夕日が眩しいと感じたのだ。 時系列順 099:光か、闇か
084:隣人は静かに笑う 投下順 086:I know it
077:侍大将は儚き少女の為に ベナウィ 135:泣けない貴方の為に、私が出来る事
長谷部彩


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最終更新:2015年03月21日 16:55