何故か、夕日が眩しいと感じたのだ。 ◆auiI.USnCE
「ちっくしょー……」
紅く染まり始めた空を見ながら、河南子は肩を落としてとぼとぼと歩いていく。
勢いよく、診療所を飛び出してどれ位経ったのだろうか。
当ても無く歩いて、その結果誰にも会えやしない。
百二十人も居れば直ぐに会えますなと思っていた少し前の自分をぶん殴ってやりたい。
いや、実際殴ったら滅茶苦茶痛いけど。
「ってか……」
きょろきょろと辺りを見回して。
あれだけ乱立していた雑居ビルはもう姿は無く。
目の前には草原が広がっていて。
「ここ……どこだ?」
そして全く、現在位置が解からなかった。
適当に歩いていたら自分の居るところが解からなくなった。
まあ、誰かに会えばいいかと思ったのが思いっきり裏目った。
河南子は慌てて地図を広げて。
「うむ、当然解かる訳がありませんな」
そして、当然自分の位置など解かる訳がなかった。
地図を見るのを、ものの三秒で飽きて、放り投げる。
現状把握も大事だが、見ても解からないものは解からないのだ。
なら、何故地図を広げたというかというとノリだった。
誰も突っ込みをしてくれる人は居ないのだが。
河南子は疲れたように一つ長いため息をする。
そして、デイバックとは違う、肩からかけた小さなクーラーバックから、河南子の大好きなものを取り出す。
「まあ、こういう時はアイスを食べよう」
クーラーバックの中には、赤、水色、白といった色とりどりのアイスキャンデーが沢山詰めてあった。
診療所を飛び出した河南子が、誰も居ない街を徘徊しているうちに雑貨店だから拝借したものだった。
こんな事態なのだから、好きなものぐらい沢山食べよう。
お金を払わず、持っていくのは少し気が引けたが、この際割り切った。
とりあえず、食べたい欲の方が勝ったから。
そういうことだった。
「おいしっ」
白いキャンデーをちろちろと下で舐めながら、河南子は草原を行く。
誰に会えない事にへこんだが、それはそれ、あれはあれ。
次、誰かにあえればいいかと前を向いて歩いていく。
冷たく程よい甘さがとても心地よかった。
「さてはて、どうしましょうかね」
アイスキャンデーを振りながら、河南子は空を見た。
綺麗な茜空で、思わずずっと眺めてしまいそうだ。
暫く眺めて、いかんいかんと首を振って、考える。
この後、どうしようと。
迷って、まあいいかと思って、前を見て。
「――――っ!?」
見てしまった、光景。
信じたくなかった、光景。
だけど、その瞬間、河南子の身体はもう動いていた。
その光景に向かって、河南子は駆ける。
そして、右手に握られていたアイスキャンデーは、宙高く投げられて。
ゆっくりと弧を描き、そのまま草原にぽとりと落ちてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「っつーてもよ」
のしのしと鎧を纏った男が草原を歩いている。
その後ろには大型犬が警戒するようについて来ている。
そして、男の肩には、既に事切れた少女が乗せられていた。
「埋葬しようにも、ここじゃあ……な」
歩いていた男――クロウは辺りを見回して溜め息を吐く。
大分遠くまで見渡せるぐらい、背丈の低い草が広がっているだけなのだ。
こんな場所に、事切れた少女を手厚く葬れる場所など無いのだから。
何故、名前も知らぬ少女を埋葬としているかと言うならば、それは深い理由がある。
まず、事切れた少女は決してクロウが殺したわけではない。
なら、誰が殺したかと言うと、一言で言えばクロウの身内である。
クロウの戦友であり、高潔なエヴェンクルガの武士、トウカがこの少女を殺した。
本来なら埋葬する必要など無いのだが、自分の仲間が殺してしまったのだ。
殺し合いに乗るとは思わなかった、あの高潔なトウカが。
信じられない気持ちもある。そして、この少女を凶刃から護れなかったほんの少しの後悔も。
だからこそ、クロウは丁重に葬ろうと考えたのだ。
しかし、クロウには今、土を掘る道具も、燃やす炎も無い。
辺りにあるのは背丈の低い草と木ぐらいで、これでは丁重な埋葬など出来るわけがない。
少し、今居る山から下れば里が見えるだろうと考えたのがそもそそもの間違いだった。
そこで、土を掘る道具を探せばいいか、もしくは屋内に安置すればいいと楽をしようとしたのに罰があたったのだろうか。
結果的にクロウは、草原で一人さ迷っていた。
現在位置も解からないのに、地図など見たって仕方ない。
有体に言えば今クロウは迷子になっているのだから。
殺し合いが始まってから気ままに歩いていたのが、仇になってしまったとは考えない事にする。
「バウッ」
そういえば、一人ではなかったとクロウは振り返る。
後ろに居る犬は散々人を押さえつけた挙句、そのまま何故かついて来たのだ。
微妙に警戒しているようにも感じるし、自分がまた悪さをしないか監視するつもりなのだろうか。
そもそも悪さはしていのだが。ただ押し付けられただけで。
この前途多難な道のりに、クロウは思わずもう一度深い溜め息を吐いてしまう。
「さて、どーしようかねぇ」
いつまでも、溜め息を吐いていても仕方がない。
首をコキリと鳴らしながら、クロウはそれで心機一転を図ろうとする。
現状、担いでいる少女を埋葬するのは決定事項だ。
だが、埋葬といっても方法は幾つかに分かれる。
土葬、火葬、水葬などといったものだ。
本来なら儀式に則った埋葬をするべきなのだろうが、事態が事態だ。
略式に出来るものなら言いかとクロウは考え、
「……まあ、結局は里に行かねえといけねえか」
埋葬できる道具がある所、つまり地図に書かれている里のような所に行くべきしかないのだ。
例え、自分の居場所が解からなくても。
歩いていけば、見つかるだろう。
そう、クロウは気楽に思い、亡くなった少女を担ぎなおした。
そして、クロウは一息入れて歩き出す。
だが、その瞬間の事だった。
「何やってんじゃぼけぇええええええええええええええええええええええええ!」
裂帛の気合と、憤激の色を籠めた叫び声が背後から響いたのは。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
交差は、ほんの一瞬。
気合と共に、少女――河南子が勢いをつけ、男――クロウの背後に飛び掛る。
未だ気づいていないクロウの頭に狙いをつけての跳び蹴り。
だが、クロウは河南子の蹴りが届く寸前で、横に身体をずらしてそれを避ける。
「ちっ」
河南子は舌打ちしつつも、着地後、直ぐに体勢を立て直しクロウと対面する。
正面から見たクロウの姿はまさに屈強の男そのもの。
両肩に大きな鉄製の肩当、そして左眼に走る刀傷が印象的だった。
クロウは驚きながらも、死んだ少女を地に横たえる。
「おいおい、嬢ちゃん、何が……」
「――――問答無用っ!」
河南子は憤怒したまま、クロウの釈明を打ち切りさせる。
ただ、激怒していた。
今横たえされた少女は死んでいる。
恐らく、目の前の男が殺したんだろう。
そう確信するぐらい、男の眼光は鋭かったから。
そして、河南子は怒っている。
もう、誰かが死んでしまった。
大切な命を散らせてしまった。
この男が奪った。大切な命を。
河南子はその事が許せない。
儚い小さな命を奪った者を。
どんな理由であれ、その行為を許す事ができない。
「覚悟しやがれ」
指を一つずつ鳴らしていく。
今、此処でこの男を逃がす訳には行かない。
ここで逃がしてしまったら、大切な人達が、鷹文が殺されてしまうかもしれない。
とものような小さな子が殺されてしまうかもしれない。
そんなの、絶対に嫌だ。絶対にダメだ。
だからこそ、ここでこの男を、止める。
そう、決めたから。
◇ ◇ ◇
「っておい……だから――――」
クロウが何か告げようとしたが、それを最後まで告げる事は叶わなかった。
何故ならば、クロウの腹部に向かって拳が繰り出されてきたのだから。
二人の空いた距離は、約三メートル程。
少女は、その間合いを大きく足で踏み出して一気につめた。
その勢いのまま、クロウ腹部に向けて手甲を下にした、左裏突きを繰り出す。
「ちっ」
クロウは舌打ちをしながらも、素早く腹に右腕を差し込み、それを防ぐ。
だが、少女は左の拳をクロウの右腕に押し付け、密着しながら、笑う。
何事かとクロウは思った瞬間、顔に襲い掛かる右の拳。
「貰ったっ」
その少女の声を聞きながら、拳が顔に接触する刹那、クロウはぎりぎりのタイミングで、顔を右ににずらした。
瞬間、チッと掠れる音を出しながら、元にあった顔の位置に拳が通った。
少女は追撃が防がれた事に若干驚きながらも、直ぐにバックステップでクロウとの距離をとり、仕切りなおす。
危ない所だったとクロウは思う。
速度を生かした左の裏突きは恐らく陽動。
クロウが防ぐのを踏まえた上で、更に速度を乗せた右の突きが狙いだったのだろう。
密着した状態だから、威力はさほど期待できないだろう。
しかし、ほぼ密着された状態から不意に繰り出される拳を避けるのは難しい。
そして恐るべき事だが、この少女は、そんな不安定な状態でも凄まじい威力の突きを繰り出す事が出来るらしい。
掠れた左頬の痛みを考えれば、どれだけの威力があったか想像するのは難しくないからだ。
つまり、少女は自身の能力と膂力を理解した上でこの連携攻撃を繰り返してきたのだ。
クロウは最初ただの少女だと思ったがとんでもない。
そこらの新兵よりも場数を踏んでいて、それに徒手空拳を極めている。
一番最初にのした少年より、数十倍強いとクロウは感じた。
クロウは気を入れ替え、少女を睨む。
手を抜いて、簡単に倒せる相手ではない。
それをクロウは心の中で認識し、目の前の少女と戦に望む。
(……ん?)
ふと、クロウは自分の心の変化に驚く。
心が躍っているといえばいいのか。
そう、楽しいのだ。今の状況が。
何故か少女に襲われているのに。
とても、楽しい。
それは戦前にも似た高揚感。
強き者と手を合わす事が出来る最高の機会。
それに、クロウは心を震わせているのだ。
こんな機会を楽しまないでどうするというのか。
(へへ……なら、いいじゃねえか)
もう一度、少女の顔を見る。
度胸の据わった、いい顔だった。
(じゃあ、楽しもうじゃねえか、この戦をよ)
なら、もう充分。
今は、この戦いを楽しむべき。
楽しくなりそうだと思い、クロウは強く笑った。
◇ ◇ ◇
(決まると思ったんだけどなー……ちぇー)
トントンと軽くステップを踏みながら、河南子は目の前の男を見る。
一撃で仕留められるとは思っていなかったが、その一撃すら避けられるとは余り思わなかったのだ。
なめていた訳ではないが、少し残念ではあった。
けれど、これも河南子にとって想定の範囲内。
最初の跳び蹴りが外れた時点で、今回の連撃をいなせる可能性は考えてはいた。
この事から、この男はやはりそれなりの戦闘熟練者なのだろう。
一人殺している時点で、並みの男ではないと思ったが。
(まぁ、なら程々に頑張りますか)
河南子は気を入れ替えて、構えを取る。
二人の間合いは先程と同じぐらい。
なら、自分はどのように攻撃を組み立てていくか。
または、どのような攻撃がきて、どのように防御をするか。
河南子は短い間であらゆるパターンを考え、いつでも身体が動けるようにする。
「おい、嬢ちゃん。中々やるじゃねえか」
その時、男から河南子に対する賞賛の声が上がる。
中々やると称されたが当然だ。
というより、まだ序の口だ。
割と適当に気ままに生きている河南子にも、河南子なりの誇りと自負がある。
幼い頃がどんなに辛くても続けていたモノ。
上に、更に上に行く為にずっと鍛錬を続けて、そして掴み取ったもの。
河南子が自らの手で掴み取ったものこそが、河南子の誇りで、河南子が今、ここで立っていられるその所以。
「あったりまえじゃん。なんたって、私は――――」
追いかけた二つの道。
諦めずに、ずっと積み重ねて、そして得た称号。
「公式戦最強――――だからね!」
空手、全国中学生大会優勝。
合気、全国中学生大会優勝。
名実共に、勝ち取った、河南子にしか名乗れない称号。
それこそが、公式戦最強。
「じゃあ、行くよっ!」
その最強の称号を誇りに、河南子は目の前の男に向かって大きく踏み出す。
大地をしっかり右足で踏みつけた上での踏み出しで、男との間合いを一気につめる。
その勢いのまま、左腕を一度引き、脇を引き締めて、そして螺旋を描きながら拳を男の顔面へ突き出す。
加速した勢いを載せた正拳突きは男の顎へ凄まじい速度で、向かっていく。
「ふんっ!」
だが、男は右の手で掌底を繰り出し、河南子の拳に撫でる様に当てる。
掌底には、ほんの少しの力しか籠められていらず、河南子の速度の出ている突きをはじき返す事はできない。
ほんの僅かに拳の方向を変えるだけだ。
「っ!?」
しかし、それでいいのだ。
河南子が放った正拳突きは本来当てるはずだった顎の左脇を通っていく。
それこそが男の狙い。
無理に防御をすることも、避ける事もせず、最小の力をもって攻撃をいなす。
河南子は結果的に攻撃が空振る事となり、隙を最小限に抑える為に放った拳を直ぐに引いた。
だが、その動きに合わせるように男がカウンター気味に拳を放ってくる。
慌てずに河南子は男の動きを見ながら、あくまで冷静に自由に動かせる右手で男が放ってきた拳の手首を取って
「せいっ!」
摺り足をしながら、男の懐に入っていく。
そして男の体を受け流しながら、河南子は背転し、両腕で男の腕を取りその勢いで
「てやっ!」
振り落とすように男の放った拳の勢いをいかしたまま、男を地面に投げ倒す。
合気道の基本的な技の一種を河南子は放つ。
相手の力を殺さず、それを活かす。
合気道の基本ともいえる事を、そのまま河南子は行い、そして
「とどめだっ」
倒れてる男に、とどめをさす為の下段かかと蹴りを繰り出す。
河南子の踵はそのまま、男の首元を振り押されていくが、またしても男はタイミングよく腕を差し込んで防御をする。
しかも、男は防御をしながら、寝たままの体勢で河南子の腹へ蹴りを繰り出してきたのだ。
「ぐっ!?」
河南子は両腕をすかさず差し込んでそれを防ごうとする。
だが、寝ていても男の巨躯から繰り出される蹴りはとても攻撃力が高く、また河南子が技を繰り出した直後でバランスが悪かった。
結果的に、防いでも、防ぎきれず身体が宙に舞ってしまう。
「こなくそっ」
だが、宙に舞った事こそが河南子にとっての僥倖。
蹴り上げられた反動を活かして、後ろへ宙返りをして、一気に距離を放す。
変にその場に踏みとどまっていたのなら、追撃を受けていただろう。
河南子は離れた草原に着地し、息を整える。
蹴りを受けた両腕が未だに痺れていた。
男も立ち上がり、楽しそうに此方を見つめていた。
「拳術、柔術を修めて……いや、極めているといっていいか。いいねぇ……たまんねぇぜ」
強い、と河南子は思う。
此方が攻めているのに、全ていなされている。
必勝パターンを構築するも、未だに勝ちが見えない。
男は防戦というよりも、むしろ此方の実力を図っているような様子だ。
故に男が攻めようと思えば、いつでも攻める事ができるだろうと河南子は考える。
加えて、男はこの戦闘を楽しんでいる節があるのだ。
実力者と戦える事に最上の喜びを感じている。
ただの戦闘狂かと河南子は少し苛々しながら思う。
いや、戦闘狂だけじゃない。少女を殺したただの殺人者だ。
そう思うと、沸々と怒りが湧き出てくる。
けれど、感情のまま怒りに任せて戦えば、負けるのは河南子はよく知っている。
だからこそ、怒りを闘志に、戦う為の力に換えて。
河南子は静かに、もう一度男を見据える。
単純に考えても、男の方が強いだろう。
屈強とした男の体付きに比べて、河南子の身体は鍛えているとはいえ、あくまで少女だ。
体重や純粋な筋肉の量では河南子は遠く及ばない。
一撃でも急所に食らえば、華奢な自分の身体では耐え切らないだろう。
それぐらいまでに、男女の体格差や体重差は大きいのだ。
けれども、
「それが、どうした」
それがどうしたというのだ。
体格差がある? 体重差がある? 力量差がある?
それだから、諦める?
(はっ、そんな訳ないじゃん)
そんな訳がない。
そんな事で挫折するなら、最強になどなっていない。
圧倒的な差? それがどうした。
それを乗り越えたからこそ、最強の称号を手に入れたのではないか。
これ位は、上等だ。簡単に乗り越えてみせる。
それこそが、公式戦最強である者の矜持。
口元は笑いながら、されど瞳は醒めていて。
心に闘志の炎を燃やしてながら。
公式戦最強である河南子は絶対に諦めない。
「いくぜっ、おっちゃん!」
掛け声一つ残して、河南子は瞬時に駆ける。
離れていた間合いを一気に大股で詰め、男に接近する。
間合いは河南子の拳が届くくらいの距離で。
男が河南子の動きに合わせ、顔に向けて右の拳を振るってくるが、それは読めていた。
河南子は身を屈め、その拳を避けながら懐に潜り込む。
そのまま、左肘に体重を乗せ、肘撃ちを鳩尾に打ち込む。
拳での突きと違い、接近した上での肘はいなしにくいのだ。
「ぐっ」
河南子に狙い通りに肘は静かに鳩尾に入り、男の身体は屈む体勢になる。
一撃入ったなら、後は追撃をこなすべし。
河南子は屈んだ体勢になった男に膝蹴りを、素早く打ち込む。
膝蹴りも難なく決まり、そのままの勢いで首刀を首筋に叩きこむ。
そして、そのまま男へ前蹴りを繰り出してそのまま、間合いをとった。
「よしっ」
河南子の繰り出した流れるような連撃。
これこそが河南子の本領発揮である得意中の戦法だ。
一つ一つの攻撃が威力は劣っても連続で攻撃していけば純粋に威力は増していく。
それをスムーズに隙無く繋げる技術に関しては河南子は随一なのだ。
それこそが体格に恵まれない河南子が最強になる為に極めた技術の一つなのだから。
見た所、男にもダメージは入っているようだ。
このまま、合間無く攻めて、決める。
そう河南子は思い空けた間合いをもう一度詰めにいく。
「せいやっ」
「っ」
だが、それを察した男の前蹴りが向かう河南子に対して、迎撃の意味で放たれる。
それを横に間一髪に避けるも、逆に男が距離が詰めてくる。
距離はぎりぎり河南子が拳を振るえるくらいか。
いや、それを狙ったのだろう。
けれど、河南子はその男の狙いに乗って、男の顔面に向けて拳を振るう。
男は予想通り、河南子の攻撃を予期していて、それを弾こうとする。
「ふっ」
が、河南子は寸前で拳を止めて、左足で隙だらけだった右脛に蹴りを打ち込む。
そして、そのまま男の爪先を踏み抜く。
元々男の狙いに乗った上でのフェイントだったのだ。
虚を突かれた男は脛に蹴りを受け、動きを一瞬止める。
脛という部分は足の急所の一つだ。薙刀の試合では其処に決まれば一本をとれる程に重要な下半身の急所の一つでもある。
其処を蹴られた男は少し屈み、河南子はその隙を逃さず、そのまま右足の急所でもある爪先を思いっきり踏み抜いた。
足というのは中々防御への意識が薄くなる部分でもある。
故に実戦にて、下半身への攻撃というのは有効的ではあるのだ。
最も、拳術を極めたり習っているもののならば、その防御も怠らないのだが。
「ぐっ」
だが、この男は戦闘には慣れているとはいえ、格闘技専門ではなかった。
故に不意を狙った河南子の攻撃は、そのままダメージに直結し男は地に足をつけてしまう。
そして、男が地に足を着いた瞬間、河南子は右足を瞬時に限界まで頭上に上げて、その足はまるで天まで伸びるようで。
「どっせい!」
裂帛の気合と共に振り下ろされた蹴りはさながら死神の鎌のようで。
限界まで伸ばした足から振り落とされる踵、それこそが河南子が得意とする技の一つ。
俗に言う踵落しが男の肩に振り落とされる。
「……!」
男は振り落とされる踵を間一髪、身をよじる様に避ける。
河南子の踵はそのまま、草が生えた地面を抉り、周囲に砂塵が舞う。
その砂塵を見ながら、男は大きく間合いを取り、また河南子も一旦距離を取る。
(……あちゃぁ)
河南子はそのまま内心で苦笑いを浮かべる。
正直、今回の打ち合いで終わらせるつもりだった。
体格差がある男でも簡単に打倒出来る河南子の得意技であり、最大の大技の踵落し。
それが不発に終わったのは正直苦しいといってもいい。
実際、男はもう踵落しに対して警戒するだろう。
となると大技の踵落しをそう簡単に出来なくなるのは自明だ。
(……まぁー仕方ないよね)
仕方ないようにはぁと溜め息をつきながら、男を見る。
男は地面に足をつけながら息を整えているようだった。
その仕草にも隙は殆ど無いに等しい。
男も疲れているようだが、河南子自身連撃や大技の連発、それに凄まじく集中しているのもあり、多少なりとも疲労感がある。
そう何度も打ち合いは出来ないだろうと男との体力差も考えて、河南子は戦術を考え、ふーと静かに息を吐いて。
(次で、決める)
次の打ち合いを最後にすると河南子は決める。
ばちんと頬を打ち、もう一度気合を入れて。
そして、そのまま既に掌を握り締め、ファイティングポーズをとっている男に向かって駆ける。
「はぁああああああ!!!!」
男が仕掛けるタイミングも与えずに、上段に右足での回し蹴り。
多少大振りだったので、男には難なく閉じた両腕で防がれる。
だけど、それでいい。
河南子は間髪居れずにそのまま右足で下段への蹴りを放つ。
それも、足で弾かれるが気にする事は無い。
直ぐに軸足を変えて、右脇腹への左足でのキレのいい横蹴り。
それも腕を使われて、防がれる。
河南子はまた軸足を変えて、右足で上段への回し蹴りを河南子が最速で放つ。
「まだまだっ! こんなので終わるかぁあ!」
上段への回し蹴りも男へ弾かれるが、気にせず次の蹴りへと移行する。
膝を上手く折り畳んで左脇へ蹴って、そのまま下段の左足へ蹴りを入れた。
全部、腕と足で防がれるが、河南子の連撃は未だに止む事が無い。
軸足を変え、左での腹への前蹴り。弾かれたと同時に回って、同じく腹部への後ろ蹴り。
それも弾かれるとまた、身体を回して、腹部への左での前蹴り。
「甘いねっ!」
男は弾こうとするが、河南子は寸前で地面に落とし、その勢いで飛び上がる。
そして、反対の足で蹴り上げる、二段蹴りを顔へ浴びせようとするも、やはり寸前で防がれる。
着地と同時に河南子はすかさずしゃがみながら、足へ蹴り上げ、防がれると同時に起き上がり膝蹴りを。
それも、防がれるが、直ぐに右での上段回し蹴りを放つ。
腕で防がれたと同時に、そのまま足でスナップを利かせ、逆回し蹴りを放つ。
それも、防がれるが、河南子の猛攻は止まらない。
「はぁああああああああ!」
上段、中段、下段、中段、下段。
時にはフェイントを入れて、間髪なく蹴りの連撃を放っていく河南子。
これが、河南子が取れる最後の戦法であり、向こう見ずとも言える戦法。
ただ、敵を打破する為の蹴撃による、全力展開。
これは先輩である坂上智代が得意とする戦法だ。
最も智代ならば、自分の蹴りと違って、連発する分無くなってしまう溜めの蹴りの威力もなくならない。
一発が大砲の攻撃のような重い蹴撃を放てるだろう。
そして、どんな蹴りでも、自分の蹴りより、キレのいい蹴撃を放てるだろう。
結果として防がれない、重くて速い一撃を連発する事ができるのだ、坂上智代というのは。
それが、彼女を最強にしてる理由の一つだ。
だが、それがどうしたのだ。
自分は、河南子は、坂上智代ではない。
例え、一発の威力が劣ろうとも構わない。
どんなに、防がれようと構わない。
自分の狙いは別にあるのだから。
結果的に、勝てればいい。
最強の名を持つ者として、絶対に負けられない。
「おおおおおおおおお!」
右、右、左、右、左、左。
出来るだけ早く、出来るだけ重く。
間髪ない蹴りを放て。
全て、腕で弾かれるが、気にするな。
上段への左での回し蹴り。
中段への横蹴り。
そしてまた上段へ。
全て男の閉じられた腕で蹴りは防がれる。
男は掌を握り締め、ずっと腕で防御していうのだ。
(そうだ、全部、防いでしまえっ!)
河南子は内心でほくそ笑む。
いくら、威力が劣る蹴りでも、蹴りは蹴りだ。
少しずつ、どんなに防いでもダメージ入っていく。
いつか、防御はその蓄積されたダメージに耐え切れなくなり、決壊する。
その瞬間の隙を狙うのが、河南子の最大の目的。
「はぁあああああああ!」
さあ、峻烈に、苛烈に、激しく。
攻め手を休めるな。
蹴りを持ちえる力の限り、放ち続けろ。
堅牢な守りをこじ開けてしまえ。
左、右、上段、下段、中段。
短い間に無数の蹴りを。
全ては誇りと矜持の為に。
最強の称号を胸に、河南子は蹴り続ける。
そして、
「はああ――――――!」
何十回の蹴撃の果てに。
河南子が放つ、裂帛の気合と、燃え滾る闘志を乗せた
峻烈で鋭敏なる、鮮やかな河南子の渾身の蹴り。
「ぐっ……!?」
その一撃が、男の堅牢の防御を遂に抉じ開け。
遂に訪れる、致命的な隙。
「これで! 終わりだっっっ!」
河南子は右足を、天まで届くように限界まで伸ばして。
目の前の敵を是非無く狩るように、再び死神の鎌を宙に掲げた。
そして、河南子の必殺である踵落しを放とうして。
今、鎌を、振り下ろそうとした瞬間。
「――――――――うぐっ!?」
河南子の視界を覆う、モノ。
目に、何かが入って。
その次の瞬間。
「がはっ!?」
腹部に強烈な衝撃を感じて。
河南子は何が起きたか、解からないまま、地に転がって、そのまま目の前が真っ白になった。
訳が解からない。
ただ、解かるのは、恐らく。
河南子が負けたという事だった。
◇ ◇ ◇
「あっ……………………ぶっねぇー」
男――クロウは大きく、深呼吸して息を整える。
想像以上に少女相手にてこずってしまった。
防御していた手に大分痺れがきていて、クロウはそれをとる為に大げさに腕を振った。
クロウは襲い掛かった少女をなめていた訳ではない。
むしろ、充分気を引き締めてたはずだ。
だが、此処まで攻められたのはある意味想定外だった。
最も負ける気自体は余りしなかったのだが。
確かに格闘戦だけで戦っていたならば押し切られていた可能性が高い。
いくら戦闘に慣れているクロウだとしても、彼の得意分野は大剣を使っての持ちえる膂力で押していく戦闘。
そして、何より騎兵戦がクロウの最も優れる戦法だ。
格闘も苦手ではないが、武器を使うのよりは劣るのだ。
それでも、修めるレベルなら負ける気はしない。
が、極めたレベル、いわば達人レベルには流石に劣ってしまう。
そして、目の前の少女が恐ろしくもそのレベルに近いという事だった。
小さい身体でも、重たい一発。流れるような連携はまさしく極めたといっても等しいだろう。
そして、柔術も極めているとこれまた厄介な事は間違いない。
故にクロウは攻める事をあえて『捨てた』のだ。
確かに、格闘戦では少女に劣るかもしれない。
だが、彼女の本場に付き合う理由は無い。
クロウは騎兵であり、そしてまた兵士であり、将でもあるなのだ。
勝つ為の力はらはもとより、生き残る為の戦いかたの方がむしろ心得ているといってもいい。
故に、勝つ事に注力した少女の猛攻を耐えて。
防御をあえて、崩させた時に出来るその隙に、彼女を釘付けにしたのだ。
そしてクロウに出来た隙を狙う彼女のその隙を狙ったのだ。
防御を破られ、何も出来ないと思わせて。
クロウは破られた瞬間、手に持った『土』を彼女の目に目掛けて投げつけたのだ。
クロウがしゃがんだのは疲れていたからではない。地面から投げつける土が欲しかったからだ。
そして、戦いの最中ずっと掌を握っていたのも、土を逃がさず、そして彼女に気づかせない為。
別に、正々堂々、格闘戦だけ戦うとは最終的にはクロウは思っていなかったのだ。
彼女は、正々堂々の勝負になれていただろうが、それにあわせる必要も無い。
結果的に想像外の攻撃を少女を受け、隙を晒してしまった。
そこに一撃を彼女に打ち込んだだけ。
最も華奢な少女の身体をダウンさせるには充分であったが。
「はぁー……」
とはいえ、それでも薄氷の上を歩いているような戦いであったが。
最後の土投げも彼女が大技ではなく小技を連発叩き込んでいたら、投げる暇も無く負けていたかもしれない。
それを抜きにしても、苦戦とは言わずとも大分厳しい戦いであった。
けれど
「まぁ……楽しかったぜ」
こんな島でこんなに熱い闘いができた事はクロウにとってとてつもない幸運に感じた。
お陰で随分熱くなってしまった。
そして、とても楽しかったと言える。
格闘を極めた少女との戦いは。
クロウにとってとても満足のいく勝負だったと言える。
「さて……なんで、襲われたかを聞くかね」
最も何で襲われたかは未だにクロウも理解はしていない。
故にクロウはその理由を聞こうと思った。
少女は草原に三角座りをし、少し惚けた表情で空を見上げていた。
「おい、嬢ちゃん……」
「えーいっくそっ……負けたっ…………殺すんだったら殺せよおっ!」
少女は涙目になりながらクロウに向かって吼える。
何か覚悟したように、とても悔しそうに。
けれど、クロウにとって寝耳に水である。
確かに襲われたから自衛はした。
けれど、殺すまでは思っていない。
何より、彼女振るった拳は殺意が無く、それに濁っちゃいなかった。
とても綺麗な拳で殺しをするようにはみえないのだ。
「いや、ころさねえって」
「じゃあ、なんでその子殺したっ!」
彼女が指差すのは、草原に横たえてあった遺体。
蘇る事なんて無く、覚めない眠りについたままだ。
「はぁ……なんでそうな………………待てよ?」
クロウは反論して、ある考えが浮かぶ。
自分は草原を遺体を担いで、運んでいた。
そして、周りには犬っころぐらいしかいない。
尚且つ、自分は非常に強面である事を自覚している。
戦場に出ている歴戦の猛者なのだから、当たり前なのだが。
そして、此処は殺し合いの為の島だ。
「………………あー」
クロウはつい、自分の頭を抱えてしまう。
普通、戦場で埋葬なんて考えやしない。
此処を戦場とするなら、安心して埋葬出来る所を探して、辺りをうろつくなどありえないのだ。
まして強面である自分が遺体を担いで歩き回れば、怪しさは凄まじいものになる。
「あーすまん、俺は埋葬しそうとしてたんだよ。 勘違いだ勘違い」
勘違いして、当たり前だった。
クロウは自分の浅慮に恥ずかしくなってしまう。
少女はポカンとして、それでもなお反論しようとする。
「はぁー!? 信じろっつーの!? それを!?」
信じられないよなぁそりゃあと自分でも思ってしまう。
自分でも味方の不始末でなきゃそんな事はしない。
見知らぬ誰かを埋葬するほど流石にそこまでお人よしではない。
今でも充分お人よしだが。
「いや、信じてもらわないとなぁ」
「はぁー?! じゃあなんであたしは襲った……あーうーがー!?」
更に混乱する少女。
だけど、クロウはそれ以上に少し気になる事がある。
「あーーうーーあー」
「おい、嬢ちゃん」
「何!?」
「見えてるぞ」
三角座りで、全く気にしていなかったのかもしれないが。
足の先に見える、股に黄緑の布切れが。
クロウ自身そんなものに色気など感じるわけでないが。
一応、少女の尊厳として、指摘をしておく。
「っーーーあーーーーーーぐぁーーーーーー!!!!????」
あっという間に顔が真っ赤になった少女。
内股になってその布切れを隠して、羞恥心を抑える事などできそうなど無かった。
混乱し、どんどん真っ赤になっていく少女を尻目にクロウはどう誤解を解こうかと考え、
「あ、おい嬢ちゃん」
「なんだよぉ、恥ずかしいんだよぉ」
「これから、埋葬するから、ついてこいよ」
埋葬する瞬間を見せた方がいいとクロウは思いついたのだ。
少女は、真っ赤になりながらぽかんとしていた。
◇ ◇ ◇
二人して少し歩くと、町が見えてきた。
犬も当然ついてきた。
少女は顔を紅くしながら、それでも黙ってついてきた。
そして、少女が言う穴を掘る道具を見つけて、そして柔らかい地面を見つけると、クロウは穴を掘り始めたのだ。
「………………」
クロウは黙って穴を掘り続ける。
簡易な墓穴だったが、別にそれでいい。
埋葬と言う形がとれるのならば。
身内が殺した少女なのだ。
せめて、安らかに眠れればいい。
それだけは、確実にさせてあげたかった。
大分、穴を掘り進めた頃に。
「………………あたしもやる」
少女もそう言って、穴掘りを何故か手伝う事になった。
何もしない事に何か腹立っている様子だった。
クロウは黙って、その行動を許し二人で、穴を掘る。
そして、日が落ちかけた頃に、穴が掘り終わり、少女を埋める事が出来た。
最後に土をかけ、お互いに黙祷し、埋葬を終える。
クロウはすまなかったなとだけ一言残して。
「………………あたしは、さ」
少女はそして、ぽつりと告げる。
うめた少女だけを見て、表情は見えなかった。
「何も考えなかった。ただ人が死んでるのを見て許せなかった。怒りのまま行動してしまった。ダメだねあたしは」
誤解のまま、怒りのまま戦った事に悔いてるように。
悔しそうに言葉を告げる、少女。
だけど、クロウはそんな少女に言葉を放つ。
「別にそれでいいだろう。死体に無関心や、殺した相手に怒りを見せるのは当然じゃねえか」
死体に何も感じなくなる。
殺した相手に何も思わなくなる。
そうなってしまったら、もう少女は少女ではなくなるだろう。
それは、戦場になれた、人の死に慣れてしまう、哀しい事なのだから。
だから、クロウは少女は今のままでいいと思ったのだ。
けど、
「まぁ、ちょっとは冷静になったほうがいいけどな」
そういって、クロウは笑った。
少女は唖然として、そして同じく吹きそうだしそうになって笑う。
「あはは……何それ…………じゃあ、これ、お詫びにどーぞ」
少女は笑いながら手元の鞄から、氷菓子を出して、クロウに渡す。
無碍に断る事も無くクロウはそれを舐める。
そして、少女も舐め始める。
とても、冷たくて甘かった。
それで、よかった。
そして、少女が食べながら、口を開く。
「あたしは、河南子。 おっちゃん……名は?」
「クロウだ。それにおっちゃんという年でもねえ」
「ふーん、じゃあ、あたしもおっちゃんについていくから、そこんとこよろしく」
一体こんな無骨な自分に、何を感じたのだろうか。
厄介事が増えたとクロウは思い、はぁーと大きく溜め息をつく。
少女――河南子は、あははと笑う。
その満開の笑顔が、夕日と重なり、とても眩しい。
クロウは何故か、そう感じたのだった。
【時間:1日目午後5時45分ごろ】
【場所:F-5】
クロウ
【持ち物:不明、シャベル、アイスキャンデー、ゲンジマル、水・食料一日分】
【状況:疲労(中)】
河南子
【持ち物:XM214”マイクロガン”っぽい杏仁豆腐、予備弾丸っぽい杏仁豆腐x大量、シャベル、アイスキャンデー(クーラーボックスに大量)水・食料二日分】
【状況:疲労(中)】
最終更新:2015年03月28日 20:50