光か、闇か ◆5ddd1Yaifw
何をやっているのだろう。そう何度も呟いて。伊吹公子は依然と花畑を離れられずにいた。
手には拳銃。だが、それを向ける相手は今はいない。
公子がこの場に来て最初に思ったことは婚約者である芳野祐介、妹である伊吹風子の無事だ。
隣町の病院で今も眠ったままである妹がどうしてこの島にいるのかがイマイチ謎ではあるが。
もしかすると起きたのだろうか、それとも眠ったまま?
いくら考えても詮なきこと故にこの思考を一旦打ち切ったのだった。
そして公子は結論として個人的な感情を優先――女として、姉として生きることを願った。
本来なら教師として生きるべきなのに。生徒を護る為に行動すべきなのに。
公子はそれを否定した。その手始めとしてこの場で最初に出会った幸村俊夫を撃つ事を決めた。
人を殺したことにより彼女は修羅となりて妹と婚約者の敵を殺戮して回る。そうするはずだった。
しかし現実は、この拳銃を向けることが精一杯だった。それどころか彼に自分の考えの全てを見ぬかれてしまうという失態を犯してしまった。
挙句の果てに情けをかけられて、銃弾の予備までもらってしまった。
彼が自分が殺し合いに乗るという悪評を広める心配がなさそうなのが救いだが。
それでも、公子は沈痛した気分を払えずにいた。
「何をしているんだろう、私は」
このつぶやきも何度目であろうか。同じことを繰り返す機械のように。
延々とリピートしているこの言葉の呪縛から公子は逃れられなかった。
時間はどんどん過ぎ去っていく。天高く登っていた太陽も傾き始めている。
もうすぐ夕方だろう。だがその間もただ立っていただけ。
「どうすれば、いいの?」
疑問を投げかけてもそれに応えてくれる人はいない。
俊夫には自分の生きたいように生きればいいと言われた。
教師として生きて教え子たちを護ることを優先する伊吹公子。
姉として生きて妹である伊吹風子を護ることを優先する伊吹公子。
女として生きて婚約者である芳野祐介を護ることを優先する伊吹公子。
どれも自分の意志だ。
「私は、何を優先すればいいの?」
決められない。殺すと決めた、だが殺せなかった。
抗おうと思った。だが、それを行えなかった。
このぐらぐらの意志を固めることが出来ない。
なにかきっかけが欲しかった。
決定的に後戻りが出来なくなるぐらいに強烈なきっかけが。
「ともかく、ここから離れましょう」
この場所にずっと留まっているのは愚の骨頂。
光か、闇か。どちらの道を行くにせよ、行動しなければ何も始まらない。
加えて、自分を変えるモノとの交錯を。
彼女は心の底から欲しがっていた。
◆ ◆ ◆
きっかけは直ぐに訪れた。
「幸村、先生……」
公子の足元に倒れているナニカ。それは生を終えたただの肉塊。
葉月真帆に殺された幸村俊夫だった。
「こう、むら……先生……!」
死んでいる、完膚なきまでに。あの最初の出会いの時に交わした言葉はもう二度とは交わせない。
どれだけ語りかけても死体は沈黙したままなのは当然であり、呼びかけても声を返してくることはない。
「……っ、あ……!」
公子は漂う死臭に思わず口元を抑える。見知った人の死体を前に冷静でいられる程、薄情ではない。
死体を見たことなんてほとんどないのがさらに拍車を掛ける。
それは恐怖だった。
数刻前には生きていた人がこうも簡単に命を刈り取られるのか。
次は誰? 自分? それとも――祐くん? いいや――ふぅちゃん?
嫌だ、絶対に嫌だ。公子は自分の頭の中に浮かんだ最悪の光景に身を捩らせる。
芳野祐介が腹から心の臓を撒き散らせて朽ち果てている。
伊吹風子が頭に風穴を開けて血にまみれて伏せている。
考えただけで寒気がよぎる。
「そんなことは、ない」
そう言葉を出してはみたが気休めにすらならない。
その考えはあながち的外れではなかった。
この島ではいつ死ぬかわからない、もう既に二人は死んでいる可能性だってあるのだ。
絶対に死んでいないなんて確証はない。
「二人を、護る為に、」
――殺し合いに乗る。
そう言いたかったのだろうか。だが声は最後まで出なかった。
「……駄目っ! 人を殺したくなんてない……!」
公子はまだ迷っていた。
死体を見て知ってしまったから。
人を殺すことはこんなにも怖いことだと。
殺し合いに乗るということはこれらの恐怖を生み出す側に回るということだと。
全ては無知からよるもの。
死体と出会ってなお彼女の行く末は明確にならない。
【時間:1日目午後5時50分ごろ】
【場所:F-4】
伊吹公子
【持ち物:シグザウアー P226(16/15+1)、予備マガジン×4、9mmパラペラム弾×200、水・食料一日分】
【状況:健康】
最終更新:2015年04月12日 10:55