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風は秋色 ◆g4HD7T2Nls



穏やかに、風が吹いていた。
緑の葉が僕の目の前を流れていく。

二人で進む、深い森。
並べられた杭のような木々の前を、僕らは通り過ぎていく。
この木の名前はなんだろう、見知っているような、見たことも無いような、曖昧だった。
ただ進むほどに色が変わっていくような、奇妙な感覚があった。

「…………」

歩く僕と、ミチルの間に会話は無い。
沈黙というよりも、これは静寂だった。
気まずくはない、むしろ心地のいい、ひんやりとした空気。
なんだか不思議なくらい、穏やかな時間。

明るい黄色が、視界の端で光るように思えた。
僅かに見上げれば、深く澄んだ秋色の瞳がある。
その瞳からは、すぐに目を逸らした。

耳には足音と、虫の泣く声だけが聞こえている。
目を閉じれば隣に誰もいなくなるような気がして、試してみるけれど無駄だった。
足音は二人分、一人じゃ出来ない間隔で、音が鳴る。

さく、さく、さく。

簡素で、軽い、ただの足音。
とっくに聞きなれて、聞き飽きた筈の音だ。

さく、さく。

僕自身の足音。

さく、さく。

隣にいる彼女の足音。

さく、さく、さく、さく、さく。

この音は、二人いないと、鳴らせない音だ。


さく……。


「急にどうした、グラァ。歩き疲れたか?」

予告もなく立ち止まった僕を振り返り、ミチルは呟くような声で話す。
僕が黙っていると、同じ調子で続けて言った。

「無理するのはよくない」

僕を心配している、そんな意図を感じた。
こんな反応を見れば、
彼女はこういう場にふさわしくないな、と思う。

「いや……」

首を振って、否定しかけて、途中でやめる。
当然、僕が疲れている筈はなかった。遠征には慣れている。
疲れているとすれば、きっと彼女の方だろう。
かといっていまさら否定の否定をするのも憚られて、
言葉を続けられなくなった僕たちは押し黙る。

ひぅ、ひぅ、ひぅ。

と、風が吹いていた。少し、先程よりも冷たく感じた。
やはり言葉もなく、僕らは佇んでいる。
心地のいい、いつまでもこうしていたくなる、静寂。
甘えてしまいそうになるのが、なんだか嫌だった。

「……ミチルに」

だから自分で破るように、僕は彼女に聞いたんだ。

「大切な人はいるの?」






穏やかに、風が吹いていた。
少し黄色を帯びた葉が、山田ミチルの目の前を流れていく。

「自分の半身だって、言えるような、そんな人はいるの?」

ミチルはそんな事を聞かれていた。
素直に、戸惑う。
いきなりだった事もあるし、質問の意図も分らない。
だからミチルはいつもの無表情で、ちょっと考えてみた。

「うーん……」

掛け替えのない物。
家族がそれに当たるとするならば、間違いなくそうだ。
けれど、半身と言える存在と言われても、イマイチピンと来ないのだ。

半身とは、どんなものだろう。
と、ミチルはより深く考える。
自分を二分の一以上構成しているもの、言葉通りに受け止めれば、そういう物である。
ならばミチルにとって、半分以上を満たす他人。
なんて、いるのだろうか。

「親友なら、いるけど」

答えは、分らない。
親友が居た。これは確かなことだ。
きっと唯一無二の、他人。
ミチルを構成するもの。
だけど、半身と呼べるほど大きかったかどうか、それは分らない。
分るときがあるとすればきっと……。

「…………」

分かりたくないな。と、ミチルは思った。
人の価値、自分にとってそれがどれだけ大きな存在か分る時。
タイミングは、限られている。

「……グラァは、いるの?」

また、同時に思う。
ここで彼がミチルに聞いたという、意味。
思いつめたような彼の表情、その意味に思い当たる。

彼は知っているのではないか。
自らの半身に値する、存在を。
そして、知る機会が訪れたとすれば……。

「うん」

こくりと、少年が頷く。
寂しそうな。
とてもとても寂しそうな表情で、噛み締めるように頷いた。


「『いた』よ」


と、彼は言ったのだ。






穏やかに、風が吹いていた。
赤みすら帯びた葉が、僕と彼女の間を流れていく。

自分で言って、より深く喪失を知った。
『いた』、と。
あいつが僕の隣に居たのは、もう過去のことだ。
今はいない。
違えた道は戻れない。

僕も、ミチルも、言葉は無かった。
今度はさっきまでとは違う、嫌な空気だった。
いたたまれない沈黙だった。

「……ごめん」

僕は何を聞こうとしたのだろう。
そして、何を得ようとしたのだろう。
分らないけれど、結局なにも掴めなかった。
ミチルを困らせただけだった。

穏やかな空気を壊して、僕はただ立ち止まっただけじゃないのか。
悔しさがこみ上げる。
あいつは、この瞬間にも人を殺そうとしているかもしれない。
僕と違って、動き続けている。
なのに僕はここで何をしているのだろう。

「行こう」

ミチルの顔もまともに見れず、僕は歩みを再開する。
意味の無い問いを繰り返す時間も、僕には許されない。
あいつの半身だった僕は、きっとあいつを止める責務がある。
すり抜けるように彼女の隣から一歩踏み出して、僕は行こうとした。

なのに……

かくん、と。
体が引き止められる。
振り返ると、僕の手がミチルの両手に包み込まれていた。

「……ミチル」
「駄目、やっぱり辛そうな顔してる。無理はよくない」

ミチルの目が、心配そうに僕を覗き込んでいる。
ああ、またその目だ。
深く澄んだ秋色の瞳が、僕を落ち着かせていく。
見られていると心が休まってしまう。

駄目なのに。
僕はもう僕一人で進んでいかなくちゃいけない。
だからこの高ぶりを、嫌な気持ちを、忘れないようにしないといけないのに……。



「もうちょっと、ゆっくりいこう?」



穏やかな秋色の風と一緒に流れてくる、
その小さくて優しい声に、甘えそうになる。









 【時間:1日目午後3時30分ごろ】
 【場所:C-6】


 グラァ
 【持ち物:ベナウィの鉤槍、水・食料一日分】
 【状況:健康。若様をお守りする。ドリィは……】


 山田ミチル
 【持ち物:コルト ガバメント(9+1/9)、.38Super弾×54、水・食料一日分】
 【状況:健康。グラァについていく】



088:インモラリスト 時系列順 055:少女偽装曲~事実から目を逸らして~
114:例え、届かなくても 投下順 116:風は春色
059:少年と狐のポルカ グラァ 147:命を捧げる
山田ミチル

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最終更新:2015年03月15日 09:33