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風は春色 ◆auiI.USnCE



柔らかな、風が吹いていた。
淡い薄紅色の蕾が、僕の目の前で今に咲こうと膨らんでいる。

僕は手を引かれながら、川辺を進んでいた。
その周りには、何かを祝福するように、薄紅色の花を咲かせた木々が並んでいる。
この樹は、僕らが春に見る美しい花を咲かす樹と一緒だろうか。
どちらにしても、とても儚くて、凄く綺麗だった。

「綺麗だね~。ダーリンと見たいなぁ」

僕を引っ張りながら、前を歩いていくはるみ。
何が楽しいのか、嬉しいのか、跳ねるように歩いている。
そんな彼女はころころ笑いながら、何時も何かを話していた。
僕は戸惑いながら、返事を返したり返さなかったり。
だけど、嫌な感じはしなかい、むしろ心が温まるような、ぽかぱかとした空気。
なんだか、驚くくらい、優しい時間。

薄い桃色が、視界の端で光るような気がした。
僅かに見上げれば、淡く輝いた春色の髪がある。
その髪からは、すぐに視線をそらした。

耳には足音と、鳥のさえずり、川のせせらぎだけが聞こえてくる。
目を閉じれば隣に誰もいなくなるような気がして、試してみるけれど無駄だった。
足音は二人分、一人じゃ出来ない間隔で、音が鳴る。
けれど、僕の足音は少しだけ遅れて、音が鳴っていた。
それはきっと、彼女が僕の前で、少しだけ早く歩いてるからだろう。

たっ、たっ、たっ、さく、さく、さく。

簡素で、軽い、ただの足音。
とっくに聞きなれて、聞き飽きた筈の音だ。
その足音に、聞きなれない足音が重なる。
僕やあいつの足音と違う、駆ける様な、足音。


さく、さく。

僕自身の足音。

たっ、たっ。

前を歩く彼女の足音。
やはり、少しだけ、早い。

たっ、たっ、たっ、さく、さく、さく。

この音は、二人いないと、鳴らせない音だ。




さく……。


「……うん? どうしたの?」

急に、その場に踏み止まった僕を振り返り、はるみは朗らかに笑いながら、明るい声で話す。
僕が黙っていると、同じ調子で続けて言った。

「もしかして、寂しくなっちゃった……とか?」

僕が寂しそうに見えた、と言いたげそうだ。
何となくだが、
そんな彼女の反応はらしくないなと、思う。

「いや……」

首を振って、否定しかけて、途中でやめる。
寂しくないといえば、嘘になる。
それに、僕には何故だか彼女も寂しそうに見えた。
けれど、その事を指摘する気にはなれなくて。
結局、言葉を続けられなくなった僕たちは押し黙る。

さや、さや、さや、

と、風が吹いていた。先程よりも温かく感じられる。
やはり言葉もなく、僕らは佇んでいる。
穏やかで、いつまでもこうしていたくなる、静寂。
すがりそうになるのが、なんだか嫌だった。

「……はるみに」

だから自分で破るように、僕は彼女に聞いたんだ。

「大切な人はいるの?」








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








柔らかな、風が吹いていた。
淡い薄紅色の花びらが、河野はるみの前でひらひらと散っていた。

「自分の半身だって、言えるような、そんな人はいるの?」

はるみはそんな事を聞かれていた。
素直に、戸惑う。
いきなりだった事もあるし、質問の意図も分らない。
だからはるみは苦笑いを浮かべながら、ちょっと考えてみた。

「そーだねー」

掛替えの無い存在。
はるみにとって思いつく人達は沢山、いる。
はるみを造ってくれた人、大事な姉と妹。
大切な、大切な、無くしたくない家族達。
それでも、半身と言われると、それは違うとはるみ思う。

半身って、なんだろう。
自分と同じような存在。
けれど、それは別個の存在で。
同じであり、けれども、確実に違う。
そんな、自分の半分とも言える位大切な人。
それ位までに大切な存在なんて、いるだろうか。

「……ううん、私にとってダーリンは『それ以上』……かな」

答えは見つかった。
けれど、半身なんてものではなかった。
はるみにとって本当に大切な人は、それ以上だった。
河野はるみの全存在と同じぐらい、大切な人。
そう言える、言い切れる。
だって、大好きだから。
もし、彼が居なくなってしまったら……

「…………」

考えない、考えたくない。
少なくとも、今は。
ずっと、ずっと前を向いて笑っていたい。

「……ドリィはいるんだ?」

浮かんだ最悪の可能性を振り切るように、はるみは思う。
自分の事を語ろうとしなかった彼が、このタイミングではるみに尋ねた、その意味は。
迷ったように、振り切ろうとしているその表情、その意味をはるみは知っている。

きっと、彼にも居る。
はるみと同じように大切な存在が。
自分自身と同じような存在が。
きっと、彼にも居たんだ。
そして、今、後悔してるような彼の様子、その真意は……

「うん」

こくりと、少年が頷く。
寂しそうな。
とてもとても寂しそうな表情で、噛み締めるように頷いた。


「『いた』よ」


と、彼は言ったのだ。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








柔らかな、風が吹いていた。
淡い薄紅色の花びらが、僕と彼女の間を吹雪いて、散ってゆく。

自分で言って、より深く喪失を知った。
『いた』、と。
あいつが僕の隣に居たのは、もう過去のことだ。
今はいない。
違えた道は戻れない。

僕も、はるみ、言葉は無かった。
今度はさっきまでとは違う、嫌な空気だった。
心が掻き毟られるような沈黙だった。

「……ごめん」

僕は何を聞こうとしたのだろう。
そして、何を得ようとしたのだろう。
分らないけれど、結局なにも掴めなかった。
はるみの笑顔を曇らせてしまった。

暖かな空気を壊して、僕はただぐるぐると回り続けていただけじゃないか。
悔しさがこみ上げる。
あいつは、この瞬間にも僕を救おうとしているかもしれない。
僕と違って、あいつは真っ直ぐに進んでいる。
なのに僕はここで何をしているのだろう。

「…………」

はるみの顔もまともに見れず、僕はその場で立ち尽くす。
意味の無い問いを繰り返す時間も、僕には許されないはずなのに。
あいつの半身だった僕は、あいつを捨てた僕は、進む義務があるのに。
金縛りにあったように彼女の後ろで、僕は立ち止まっていた。

なのに……

ぐいっ、と。
体が引っ張られる。少し歩き出してしまう。
振り向くと、僕の手がはるみの手に掴まれていた。

「……はるみ」
「うん、寂しい顔しないで。前に進もうよ」

はるみは、髪をはためかせて、笑っていた。
ああ、またその笑顔だ。
淡く儚い春色の髪が、その笑顔、僕を温かくしてくる。
見られていると心が昂ぶってしまう。

駄目なのに。
僕はもう僕一人で何もかも決めないといけないのに。
だからこの優しさを、嫌な気持ちを、忘れないようにしないといけないのに……。



「笑って、進んでいこ?」




柔らかな春色の風と一緒に流れてくる、
その眩しくて明るい声に、縋りたくなる。




【時間:1日目17:30ごろ】
【場所:D-6】

河野はるみ
【持ち物:トンプソンM1928A1(故障の可能性あり)、予備弾倉x3、水・食料一日分】
【状況:右腹部中破】

ドリィ
【持ち物:イーグルナイフ、水・食料一日分】
【状況:健康。若様のために殺す。グラァは……】


107:ガン×ソード GUN SWORD 時系列順 103:終わりの世界の壊れた少女の小唄
115:風は秋色 投下順 117:第一回放送
079:Full Metal Sister 河野はるみ 145:心を捧げる
ドリィ


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最終更新:2015年03月15日 09:02