Full Metal Sister ◆g4HD7T2Nls
障害の排除。
守るべき者がいるのですから、私のやるべき事は決まっています。
その為に相対する対象がなんであろうと、取るべき手段は一つでした。
本来は小さくない迷いがこの胸にあり、大きな罪悪感が全身を苛んでいます。
けれど、それらはここで重要な意味を持ちません。
悲壮を訴える感情は鎖で縛って。
どこにあるかも分らない私の心の、牢屋の中に閉じ込めましょう。
重要なのは、存在意義。
私がここにいる理由。
使命があるから。
守りたいという決意があるから。
だからもう、引き返せない。
引き返さない。
私は、そう決めたのですから。
ー ー ー ー ー ー ー ー
棗鈴はアルルゥを背負い、ひたすらに前へと進んでいた。
沢山の木々が生い茂り、重なり合う枝葉が日光を遮る薄暗い森の中。
足場の悪い山道を進み続けていた。
少々ではない疲労によって、無意識に視界が下がっている。
今はもう、ふらつく足もとしか見ていない。
それでも進む。
背中にずっしりとくる人一人分の体重も、
手や服にベッタリとこびり付く血糊も、
早くも根を上げ始めた自分の身体なんかにも、一切かまってやるものか。
「おねー……ちゃん……」
耳元に聞こえる。
この小さくて、だけど確かな声がある限り。
何があろうと止まりはしない。
「ああ大丈夫だ! あたしはここにいるっ!
あたしが……おねえちゃんが絶対に助けてやるからな……っ!」
身体を軋ませる疲労感よりも。
服を真っ赤に汚す血糊なんかよりも。
背中の声が止んでしまうこと、それが鈴にとっては何よりも恐ろしい。
鈴は重傷のアルルゥへと、思いつく限りの処置をした。
血を拭いて、傷口を制服で縛って。
だけどそれだけではまだ足りない。
アルルゥの顔色は依然として土気色に染まる一方だ。
救うためには、救うことが出来る誰かに頼るしかない。
だからこそ今、彼女を背に抱えて歩いている。
「たすける、絶対にだ……!」
しかし、どこに行けばいい?
どこに彼女を連れて行けば助けられる?
鈴にはそれが分らない。
分らないから、彷徨うしかない。
当てもなく進むしかなかった。
「ぉ……ねぇ……ちゃ……」
背中の声が、少しずつ小さくなっていくような気がしていた。
呼吸も弱々しくなっていくように感じられた。
消えていく命を肌で感じているような気がして、鈴は身震いする。
「し、死ぬな……絶対に助けるんだ……だから……死ぬな……死ぬなアルルゥ……!」
近づいてくる少女の死に恐怖する。
同時に怒りがこみ上げ、自分自身に檄する。
怖がるな。もう二度と泣くな。
本当に泣きたいのは、背中の少女であるはずなのだから。
そうやって、もつれかける足を叱咤しながら鈴は進み続けた。
だけど、誰もいない。誰にも会えない。
そんな状態がずっと続いていた。
「なんで……!」
どうして誰もいないんだ。と叫ぶ余力も鈴には残されておらず。
遂に立ち止まりかける。
誰もいない森の中で、途方にくれてしまいそうになる。
そんな時に、背中からこれまでにないハッキリとした声が発せられた。
「鈴おねーちゃん」
うわごとのような声ではない、意志を持った強い声。
依然弱いけれど、確かにまだ少女が生きていることを告げている。
「……どうした?」
鈴の表情に少しだけ安堵が浮かぶ。
けれど続けて搾り出された言葉は、鈴の表情を一瞬にして凍りつかせた。
「もう……いい……よ……」
「――ッ!」
もういい。
頑張らなくてもいいのだと。
そう告げる声が、砕かれそうになっていた心に再び火を灯す。
聞こえないフリをする。
足を動かす。
もういい、そんなわけがない。
「誰か……! 誰かいないのかっ!! 誰でもいい、何でもいいからっ!」
この子を助けて欲しい。
助けさせて欲しい。
どうか救いをもたらしてください。
そんな真摯で、どこまでも真っ直ぐな願いを、
はたして神はどう受け取ったのだろう。
「…………あ」
俯いていた鈴の視界が、遂に捉えた。
自分達以外の人間の姿。
正確には、その足もとを。
「…………あぁ……!」
探し求めた希望だった。唯一の光だった。
だから鈴は笑顔など到底浮かべられず。
涙をいっぱいに溜めた瞳で、ゆっくりと視線を上げながら言った。
「たすけてくれ。 助けて、やってくれ。お願いだから……たのむから……アルルゥを……」
懇願を重ねながら、鈴はその人物の顔を見上げる。
目の前に立っていた少女の姿。
深い蒼の髪、白い耳飾。
穏やかな風貌。
けれどそれは“顔の左半分だけ”に限定した特徴の話だった。
少女の顔面右半分には最も強烈な印象を残すであろう、一つの異様がある。
焼け爛れ落ちた皮膚。
そして、その内側から顔を出していたものは肉ではなく、薄茶色に煤けた金属だった。
僅かに残る銀の光沢。カメラの目。機械の身体。
鈴はそれらを見ても、声を上げる事もできなかった。
機械の少女が握る機関銃。
鈴へと真っ直ぐに向けられた銃口。
絞られていく引き金。
これらを前に凍りついたように、何も言えず、何も出来ない。
やっと出会えたと思った希望が絶望に変わる衝撃。
それに心を囚われ、足が地面に縫い止められたかのように硬直していた。
目を見開く鈴に、機械の少女は――イルファは答えず。
「…………」
静かに首を振り、
「ごめんなさい」
ただ小さく詫びて――
振り切るように、機関銃のトリガーを引き絞った。
ー ー ー ー ー ー ー ー
例えばの話。
「あなたにとって、一番大切な物はなんですか?」って、聞かれたとすればどうだろう?
あたしには即答できる。その自信がある。
大切な物、大切な者なんて決まってる。この世に一人しかいない。
他の誰でもない、彼。何よりも彼が大切。
けれど、例えばの話。
「ではその大切な者のために、あなたは今から何をしますか?」って聞かれたとすれば?
うーん。
あたしはちょっと考える。
いつもなら考える前に行動しているところなんだけど。
これはとても重要な問題で、このあたしをしても頭を使わずにはいられない。
でも、いくら考えたって答えは出ないから。
だからやっぱり、まずは行動して、触れてみることにする。
手で触って感触を確かめて、そうやって答えを出そう。
うん。
そう決めた。
ー ー ー ー ー ー ー
結局のところ、鈴は最後まで見ている事しか出来なかった。
頬にあたる一陣の風。
目の前で散る火花。
炸裂する金属音。
「え?」
こちらに向けられていた銃口が大きく逸れる。
遅れて轟く銃声。
機関銃から吐き出された鉛球が見当違いの方向に飛び、木々を抉る。
それらを見送ってから、ようやく鈴は場に割り込んだ乱入者を認識した。
「あ…………」
鈴に向けられていた機関銃へと、似たような大きさの銃器を叩きつけて、銃口の軌道を鈴の額から逸らしたピンク色の影。
立ち並ぶ木々の間から飛び出してきた人物。
自分とイルファ、その間に立つ一人の少女の姿。
「ほらほらぼーっとしないで、早く逃げちゃいなよ。せっかく助けてあげたんだからさ」
しっしっとこちらに向かって振られる手の平。
鈴に背中を向けたまま、振り返らずに話す彼女の容姿は非常に明るい色合いだった。
肩辺りまで伸びた、鮮やかなピンク色の外はね髪。
これまたピンク柄の学生服。
声もはつらつとしていて、顔を見るまでも無く活発な印象を与えてくる。
それらを順に見て聞いてから、鈴はようやく自分が助けられたのだという認識を得た。
「あ……あ……あり……がとう……」
ぎこちない礼を述べた後。
今の状況と、危機感認識が遅れて鈴に襲い掛かり。
硬直していた足に力が戻ってくる。
彼女の言葉に突き動かせるように、鈴はこの場から逃げようとして。
「お、おまえ……名前は……」
どもりながらも、どうしても、これだけは聞かなければいけないような気がした。
「あたし?」
少女はやはり振り返らず。
最後までこちらを見ないままで。
「あたしは……」
一瞬だけ考えた後に、
「あたしは“はるみ”――河野はるみ、だよ」
天真爛漫な声で、そう答えた。
【時間:1日目15:30ごろ】
【場所:C-4 山道】
棗鈴
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】
アルルゥ
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:重症(左胸部創傷)】
ー ー ー ー ー ー ー
音は彼女のもとにも届いていた。
「……いまのって……銃声……よね……?」
銃声、人が人を殺す為の音。
素人にも分る炸裂の旋律に、古河早苗の意識は後方に引き寄せられる。
少し前に公園から離れ、天文台へと進めていた歩を止めて、背後の山道を振り返った。
冷たい空気を引き裂くようにして去来した銃声は即ち、
ここからそう遠くない場所で殺し合いが始まった事を意味している。
「どう……しよう……」
どうするのかを考えなければならない。
感傷に浸っていられる時間もう終わっている。
まだ迷いはある、揺らぎはある、されどここは殺し合いの舞台。
自分の大切な物に思いを馳せる、恐怖に震えている。
心の痛みを搾り出すように涙を流す。
そんな僅かな時間すら、十分に与えてはくれないのだ。
赴くか、逆に離れるか。
彼女の中に巣くった恐怖。
無視できない疑問の解を見つけることすら出来ないままで。
状況は動き出した。
古河早苗は、血に濡れた手の平を、今は硬く握り締める。
【時間:1日目15:30ごろ】
【場所:C-4 山道】
古河早苗
【持ち物:NRS ナイフ型消音拳銃、予備弾×10、不明支給品、水・食料2日分】
【状況:健康】
ー ー ー ー ー ー ー
鈴とアルルゥがその場から去った後も、暫く二人は言葉も無く対峙し続けていた。
機械の少女イルファと、
はるみと名乗った少女。
「ミルファちゃん……」
先に言葉を発したのはイルファだった。
しかし彼女は目の前の少女をはるみとは呼ばない。
「……お姉ちゃん」
はるみと名乗り、ミルファと呼ばれた少女はそれに否定も意義も唱えずに、受け入れるように呼び返した。
姉と呼ばれたイルファもまた否定しない。
つまり互いが肯定を表していた。
二人が間違いなくイルファとミルファであり。
そして、互いがメイドロボと呼ばれる存在であること。
分りきった前提確認の後で、二人はようやく会話を始める。
「そっか、お姉ちゃんはもう……決めちゃったんだね……」
「ええ」
はるみの言葉に咎めるような色は無い。
あっさりとしていた。
そしてイルファの肯定に淀みは無い。
毅然としていた。
「仕える主をお守りする。主人の為に殺す。それが今の私の使命であり、ただ一つの役割です」
だから殺す。この道に間違いなど無い。
罪悪感や迷いなど関係ない。
ただ己の使命だから、役割だから、実行すると言い切った。
「ミルファちゃんは……どうなんです?」
そして聞き返す。
自分と同じ在り方をしている筈の少女へと。
「あなたにも……守りたい人、守るべき人がいるんでしょう?」
「……うん。確かに私はダーリンが好き。守りたいと思ってる……けど……」
「だったら、どうして邪魔をしたんですか?」
「好きだし守りたいけど、だけど……私は……」
「何を迷っているのですか? そのために取れる手段は一つだけでしょう?」
毅然としたイルファとは対照的に、はるみの言葉は揺れていた。
「本当に……そうなのかな……?」
「どういう意味ですか?」
「それしか、方法は無いのかな?」
そして迷いを表面に現すはるみと対照的に、イルファはあくまでも強靭だった。
「あたしも考えたんだよ。ずっと考えた。でも分らなかった」
「…………」
「ダーリンを守る為に出来ること、それは殺すこと。本当に、それだけなのかな?
本当にそれで正しいのかな? ダーリンは……それで笑ってくれるのかな……?」
「…………」
「私も最初はダーリンのために殺すのが正解なのかなって思ったの。
でも、お姉ちゃんが人を殺そうとしてるの見て。
それで、本当にこれで正しいのかなって、思っちゃって……それで、やっぱり上手く言えないんだけど……」
「――馬鹿馬鹿しい」
歯に物がつっかえたような言葉を発するはるみへと、
イルファは斬って捨てるような言葉を返した。
「つまり、ミルファちゃんは結論も出ない内から行動して、私の邪魔をしたということですか?」
「…………」
「その感情に何の意味があるのですか?」
「私はただ……」
「状況を見なさいッ!」
ぴしゃりとした怒号が上がる。
「正しいわけがないでしょう! こんなことが、許されるわけがありません……!」
身を竦めるはるみに、イルファは擦り切れたような声を上げた。
「でも、こんな状況なんですよッ!? 殺すことは転じて守ること、だから私達は仕えるご主人様の為に殺すしかない!
そうでしょう!? それが他と両立できない使命であり役割なのですから!」
自分に言い聞かせるような声が、はるみの胸にも反響する。
「だけど私は……役割とかじゃなくて……私はただダーリンの……!」
「では、何か他に方法がありますか!?」
「う……」
言葉に詰まる。
そしてそれ以上つながれる事は無い。
この時点で論争は、はるみの負けだった。
「うん、そうなんだよね……分ってた。そうするしかないって、分ってはいたんだよ」
「だったら……これからすることも分るでしょう」
はるみは兎も角として、既にイルファの中では結論が出ていた。
諦めるように、振り切るように、イルファは一度だけ首を振って。
そして銃を持ち上げる。
妹を、殺すために。
「うん、分ってる。でもやっぱり、まだしっくりこないな……」
「まだそんなことを……」
「――だからさ」
妥協するように、吹っ切るように、ミルファは動じずに。
そして銃を持ち上げた。
姉を、殺すために。
「実際に行動して、確かめてみることにする。本当にこれでいいのかどうか。
私はダーリンのために殺して、その感触を知ってから。
全部、決めるよ」
互いに向ける二つの銃口
互いに向けられる二つの銃口。
「……そう。あなた最初からそのつもりで……。
こんな事になってしまって、ごめんなさいね。ミルファちゃん」
「謝らないでよ。お姉ちゃんのせいじゃないんだし、一応あたしだって望んでやる事なんだからさ」
トリガーに掛ける指は互いに重く、やるせなく、切ない。
どうしてこんな事になったのか、こんなこと本当はしたく無いのだ。
ただ今だけは、守るべき人、守りたい人のために、やるしか無いのだから。
「「…………!!」」
だから同時に引かれるトリガーと、再度鳴り響く銃声を皮切りにして。
二人は殺し合いを開始した。
ー ー ー ー ー ー ー
轟音が山を駆け上がる。
絡み合う射線、交差する数多の銃弾、煌くマズルフラッシュ。
喰らい合うように撃ち合いながら。
二つの影が山道を登っていく。
影の正体は二人の少女。
飛び交う無数の鉛玉は二人の間に点在する木々を貫き、斜面の土をえぐり飛ばし、二人の身体を傷つける。
それでも二人は止めようとしない。
これはどちらかが倒れる間で続くデスマッチだ。
途中で降りることはできない。
イルファは血を吐くような思いでトリガーを引いていた。
常人を遥かに超える脚力で山道を走り抜けながら。
視界を流れ飛び行く風景、木々の向こうに捉える妹の姿へと、両手に抱える
M240機関銃を撃ち続ける。
痛む心中とは裏腹に無骨な銃器は実に精巧だった。
黙々と、破壊と殺意を振りまいていく。
どうしてこんなことをしているのだろう。
何故妹に銃を向けなくてはならないのか。
身を斬るような苦しみは尽きなくて。
でも他に道はなくて。
そして立ち止まる気も今はない。
敵は殺す。何であろうと。誰であろうと。
故に心を殺す。
ただ守るべき主の為に血を被り、罪を犯そう。
――だからこんな、苦しいだなんて、人間らしい感情は全て消してしまえたらいいのに。
弾雨の中で、イルファはそんな事を思っていた。
◇ ◇ ◇
初めて撃った銃はタイプライターのような、独特の銃声を奏でていた。
「あはは……お姉ちゃんったら、ほんとに容赦無いや」
段差や木々をかわしつつ走りながら、
はるみは側面から飛来する弾丸へと自らもまけじと銃撃を返す。
彼女はいま不思議な感傷に囚われていた。
やるべきことだけは分っている。
目の前の敵を倒す。それしかない。
けれどこの胸の疼きはなんだろう。
全身の震えはなんだろう。
今すぐに逃げ出したいと言う感情はどういうことなのだろう。
よく分らない。
分らないけれど。
思い当たることはあった。
「もしかして、これが本当の意味で哀しいってことなのかな?」
この身体ではそう長く生活していないけれど。
感情の起伏と言うものにはそれなりに慣れたつもりだった。
しかし未だかつて体験していない悲哀がここにある。
こんな時に、こんな場合で、新しい感情に触れることが出来た。
それがなんだかはるみにはとても可笑しく思えて。
そして、何よりもやるせなかった。
◇ ◇ ◇
たどり着く山の最上部。
勝負は言葉通りの頂上決戦となった。
登るにつれて縮まる二人の距離は一刻も早く勝負を決めるため。
こんな辛い時間は早く終わらせてしまいたい。
そういう二人の意志を示すように、双方が必殺の間合いへと近づいていく。
イルファは最後まで機関銃を腰元で構えて撃つ姿勢を崩さなかった。
対照的にはるみは接近した瞬間に戦法を切り替えた。
はるみは弾幕を耐え切る。
木々と自分の銃を盾に、そして機械の肉体を鎧にして、ひたすら距離を詰めながら。
銃撃から、打撃へと切り替える。
戦いの最初に、イルファの目の前に割って入った時のスタイルへと。
トリガーから手を離し、銃身を掴み取って鈍器へと用途を変える。
「はああっ!」
今は銃と言う役割を捨てているただの鉄塊を担ぎ上げ、イルファへと一気に肉薄した。
リロードの隙を突いて飛び出し、全体重を乗せ脳天めがけて振り下ろす。
銃が壊れるのでは、という懸念を一切無視した乱暴な扱い。
それは下手な手加減はこちらの命取りだという、敵への警戒とある種の信頼の裏返しでもある。
もちろん決して過信ではなく事実だ。
「ふっ!」
イルファは、はるみの振るった全力の一撃を片腕を盾にして凌いでいた。
普通の人間ならば頭がかち割られていたであろう重さの鉄槌を、鉄を剥き出しにした左腕で掴み取る。
「でもパワーなら、私の方が……ッ!」
力ずくで押し切ろうとするはるみ。
「…………」
しかし、イルファはそれを許さない。
腕の力を抜きながら、身体を横にズラす。
「あ、らっ?」
間の抜けたような、はるみの声が零れ落ちた。
直後に鉄が地面を打つ音が響く。
はるみの一撃は綺麗に空ぶり、はるみ自身は躓いたように体勢を崩していた。
イルファにはそれだけの時間があれば十分だった。
「ミルファちゃんは動きが大雑把すぎるんです」
伸ばされたイルファの手がはるみに触れた瞬間だった。
がくんと、はるみの全身が弛緩した。
「うそ……力が……抜けて……」
「それに経験も浅い。メイドロボのツボを突きました」
一気に動きが鈍くなったはるみにむかって、イルファは片足を後方に振り上げる。
そして渾身の力を込めて、蹴り上げを放った。
元はサッカー選手用に作られていたメイドロボ。その規格外の脚力全てが込められた一撃。
例え相手が同じメイドロボであろうとも、ただで済むはずが無い。
「がっ……は……!?」
吸い込まれるように、はるみのわき腹へとイルファの足が直撃した。
内部から何かが砕ける音が漏れてくる。
続いて二発三発と蹴りが叩き込まれ、はるみの体が何度も跳ねた。
ダメージの量は考えるべくも無い。
「ぐっ……ぅ……」
嫌な音が数度重なった後、はるみは遂に根を上げたように膝を折る。
蹴られたわき腹に手を添えて、地面に蹲った。
容赦なくその脇腹へと、機関銃の銃口が突きつけられる。
ただでさえ内部が損傷しているであろう部位に、至近距離から機関銃の一点射撃を叩き込めばどうなるか。
はるみもイルファも分らないはずが無かった。
けれど一方は止めないし、一方は止められない。
勝敗は完全に決していた。
蹲ったはるみと、立ち尽くしたイルファの視線がしばし交錯する。
「お姉……ちゃん……あたしを殺すの?」
その言葉にイルファは何を思ったのだろう。
そう呼ばれることに何を感じ取ったのだろう。
何も答えられない。
なんの感情も返さないままで彼女はただ、
「ごめん……なさい……!」
かける言葉は最後まで、謝罪しか見あたらず。
イルファは顔を背けて――
山の頂上、最後の銃声が轟いた。
ー ー ー ー ー ー ー
ゆっくりと目を開いていく。
機関銃に装填されていた弾丸全てを撃ちきり、硝煙の香りが当たり一面に立ち込めていた。
期間にして数秒も掛からない。
イルファは全てを終わらせてから、たった今犯した一つの罪を見つめようとして。
「……!?」
その異変に直面する事となった。
「なぜ……?」
いない。
先ほどまで蹲っていたはずのミルファの姿が無い。
たったいま機関銃で完膚なきまでに破壊したはずの彼女がいないのだ。
目の前には銃撃によって大きく抉られた地面と、大量に転がる薬莢と、
ミルファの制服の切れ端と人工皮膚の欠片だけが散っている。
そこにあるはずの死体はどこにも見当たらない。
「いったいどこに!?」
叫びつつ数歩踏み出して、ようやくイルファは気づく。
先ほどまでミルファが蹲っていた場所の真後ろ、そこは山道の外れのさらに外れた場所。
急激な斜面になっていた。
下方を覗き込んでみれば、人一人が転がり落ちたような形跡が残されている。
ここまでくればもう確定だった。
ミルファは銃弾を受けながらもなんとか力を振り絞り、後ろに向かって転がったのだろう。
そして山の斜面を滑り降りて、この場から離脱したのだ。
「逃げられた……」
一瞬のことだった。
しかし、一瞬目を逸らさなければ見逃さなかったミスだ。
まだ甘かった。
せめて妹を殺す瞬間は見たくない。
そんな甘えがあったから、失敗した。
「…………ッ!!」
唇をきつく噛み締める。
こんな失態は二度と許されない。
並ではない傷をミルファに与えた、その確信がある。
だからこそ中途半端に逃した事が罪深い。
こんな事は二度と無い。
もう、後戻りは出来ないのだから。
イルファは妹すら壊してしまう事を是とした。
ならばこれ以上中途半端な迷いや振る舞いは許されない。
でなければ自分が守りたい者にも、そのために犠牲にする者にも失礼だろう。
「私はもう、引き返せないのですから」
繰り返し、言い聞かせる。
人の心を持った機械は心まで機械でありたいと願う。
そんな矛盾を抱えていた。
【時間:1日目16:00ごろ】
【場所:C-6】
イルファ
【持ち物:、M240機関銃 弾丸×298 水・食料一日分】
【状況:軽傷】
ー ー ー ー ー ー ー
どれくらいの時間が経ったのだろう。
目を開けば、暮れようとする太陽が浮かんでいた。
燃える赤を掴み取るように、掬い取るように、はるみは空に手を翳す。
手の平から零れ落ちた陽光がやけに輝いて見えて。
ふっと、頬に笑みが浮かんでいた。
まだ生きている、この世界を感じられる。
ここにいられる。
それが何よりも嬉しく感じたから。
「……お姉ちゃん」
だからこんなにも辛いのか。
大切な人との離別が恐ろしく感じるのだろうか。
「あたしには、まだわかんないよ……」
あの言葉は我ながらズルイ台詞だなと思ったけれど、おかげで壊されずに済んだらしい。
イルファの一瞬の隙をついて背後にあった山の斜面から転がり落ち続け、そこから暫く走り続けた後。
はるみは森の下部の岩場に倒れこんでいた。
ここなら例えイルファが追撃を仕掛けてきていても、すぐには追いつかないはずだ。
もう一度目を閉じようとして、ふと音を聞いた。
こちらに近づいてくる小さな足音。
反応するために身体を動かそうとして、異変に気づく。
「あちゃー」
右のわき腹から軋みが上がった。
電気的な、明らかなる異音。
重度の内部損傷の警告を示すそれに、はるみの表情が引きつる。
視線を下げて見てみれば、わき腹の金属部が一部だけ剥き出しになっていた。
「痛いなぁ、これ……」
傷ではなく心が痛い。
胸の疼きを感じながら首だけを傾けて、
いつの間にか隣に来ていた足音の主を見る。
「……っ」
息を呑むような声が聞こえた。
その人物は夕焼けを背に立っていた。
小さい影がはるみの上に長く伸びいる。
背は小さい。
小柄な体格と中性的な顔つきから少年なのか少女なのか区別はつかなけれど、
声からしておそらく少年だろうか。
少年の手にはナイフが握られている。
切っ先は真っ直ぐにはるみへと向けられている。
「ねえ、君は……」
はるみは少年の耳を見つめていた。
変わっているねと言おうとして、お互い様かと思いなおす。
少年はどうやらはるみのわき腹、露出した金属部に視線を向けているようだった。
暫く待ってみても、刃は未だに振るわれない。
「君は……迷っているの?」
はるみの言葉に、少年はびくりと分りやすい反応を返した。
はるみに向けて振り下ろそうとしていたナイフをいっそう強く握り締めて。
少年はそのまま動かない。それとも動けないのか。
驚いた表情ではるみの言葉を聞いていた。
「ははっ……じゃあ、あたしと一緒だね」
何故だか確信を持ってしまい、はるみは笑みを浮かべてみせる。
少年は視線を逸らして、ゆっくりとナイフを下ろす。
悔しそうに、もどかしいように、肩を震わせながら言う。
「でも、仕方ないんだ。だってこれは戦だから、僕は殺さなくちゃいけない」
「うん。方法は一つしかない、だから難しいんだよね」
はるみは身体を起こしていく。
身体はまだ動くようだ。
はるみに戦意が無いと分かっているからか。
その間、少年は攻撃を加えてはこなかった。
「じゃあさ」
勝手に動くような舌に任せて、マイペースに呟きながら。
時間をかけて立ち上がる。
痛む傷を黙殺して、二本足で身体を支える。
「あたしと、一緒に行かない?」
そうして少年へと、手を差し伸べた。
「どうして……?」
「なんとなく、かな」
本心だった。
ただなんとなく、どうせなら同じような思いを抱えている人と一緒にいたいと思っただけだ。
そしてこの思いを共有できたことが嬉しかったから。
気のせいや錯覚かもしれないけれど、それでも悪くない気分だったから。
つい、思ったことを口にしたのだ。
「…………」
少年は答えない。
見るからに戸惑っていた。
視線がはるみの手と、自らが握るナイフの間を往復し続けている。
「ほら、行こっ」
「あっ」
じれったくなったはるみは、ナイフを持っていない側の少年の手を掴み取っていた。
「あの……ちょっと……!」
戸惑う少年の手を引いて走り出す。
これからどこに行くのだろうと、自問する。
殺しに行くのだろうか、それとも他の何かか?
分らないけれど、分らないなら悩んでる時間は勿体無い。
まずは何か行動を起こしてみよう。
それこそがはるみにとっては一番の近道。
そしてきっと。自分の好きな自分であり――
「ほら、はやく行こっ!
早くここを離れないと、怖ーいお姉さんに見つかっちゃうかもしれないし」
猪突猛進、有言実行、支離滅裂、言語道断。
彼の為ってだけじゃなくて、彼が好きだから、好きである限りどこまでも突き進む。
それが、河野はるみ、なのだから。
「あたしは“はるみ”。河野はるみだよっ!」
だから彼女は高らかに、胸を張って、その名を名乗っていた。
「ねえ、君の名前は?」
【時間:1日目16:30ごろ】
【場所:D-6】
河野はるみ
【持ち物:トンプソンM1928A1(故障の可能性あり)、予備弾倉x3、水・食料一日分】
【状況:右腹部中破】
ドリィ
【持ち物:
イーグルナイフ、水・食料一日分】
【状況:健康。若様のために殺す。グラァは……】
最終更新:2011年09月06日 18:45