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葬歌 ◆92mXel1qC6



処刑の刃が振るわれる。
それは紛れもなく人を殺すための動作だった。
振り上げ、降ろす。
言葉にすればただ二言に過ぎないことだが、芳野祐介には分かる。
人殺しの道を歩み始めたばかりで、己が手を血に染めはすれども、未だに他人が他人を殺すのを見たことがない彼にでも分かる。
立ち込める殺気に、分からざるをえなかった。
今、彼と共にある女傑がなさんとしたことは素振りなどではない。
人殺しだ。
彼女は殺そうとした。
その振り降ろした刃で。
目の前の人物を殺そうとした。

そこまで察知できているのに。
再び掲げられた刃を前にして祐介は一言も声を発することはできなかった。
おい、とか、よせ、とか、やめろ、とか。
喉から出かかった言葉は、全て、女の鬼気に飲み込まれていた。

故に。
芳野祐介は指一本動かすこともできず。
その刃が振り下ろされるのをただただ見ていることしかできなかった。

ギロチンが振り落とされる。
ずぶりと肉を断つ音がして首が跳ね飛ぶ。
芳野祐介は必死で声が漏れ出るのを抑えた。
それが彼ができる唯一の抵抗で、彼に残された数少ない矜持だった。


†  †  †


「……で。何をしていたのか教えてくれないか?」

漸くひゅーひゅーという呼吸音以外の音を取り戻した喉を駆使して、カルラへと問いかける。
その声に微かな震えが含まれているのを自分でも感じはするが致し方がない。
芳野祐介は既にして人殺しだ。
目の前の女と対峙した時に、自身が殺されかけるという体験すらした。
されど。
彼はまだ眼にしたことがなかった。
他人が他人を殺した跡には触れども、他人が他人を殺すという光景を直に眼にしたことはなかったのだ。

「貴方には何をしているように見えまして?」
「人を……殺しているように見えた」

それなのに。
この笑みを携えた女は、芳野祐介にその未知を圧倒的リアルとして幻視させた。
女がしたことは剣を誰もいない所に向かって振り上げ、振り降ろしただけだったにも関わらずだ。

「人を、ですの?」
「ああ。年端のいかない少女を二人続けて斬り殺しているように見えた。違うか」

一振り目と二振り目。
共に首を跳ねる動作ながらも、刃が薙いだ高さには明らかな違いがあった。
その生々しさが祐介へと、カルラが確固たるイメージをもって二人の幻想の標的を殺したことを理解させた。

「あら、感受性がお強いですのね。わたくしが構築したイメージをそこまで感じ取れるなんて驚きですわ」
「驚いたのはこっちだ。明らかに俺を狙った攻撃じゃないとはいえ、訳も聞かされずにに剣を振り回されるのはたまったもんじゃない」

それに。
続く言葉は口に出さず、心の中で祐介は吐き捨てる。
感受性なんて褒められたもんじゃない。
そんなものはとうの昔に夢と共に捨ててきた。
引換に得たのはくそったれな人殺しの経験だ。
その経験こそが、祐介に、カルラの架空の標的を見抜かせた。
重なったのだ。
カルラが薙いだ一人目の幻想に、祐介が殺した一人目の少女が。
カルラが薙いだ二人目の幻想に、祐介が殺した二人目の少女が。
重なって、しまったのだ。

「それもそうですわね。ごめんなさいですわ。今から殺す三人目はこれまでの二人と違って簡単には斬られてはくれませんし。
 大立ち周りは必須。そうなるとその前に訳を話さないわけにはいきませんわね」

そんな祐介の心中を知ってか知らずにか。
カルラは今一度剣を掲げ直し、逆に祐介へと問いかけてくる。
深く、深く、傷を抉る問を重ねてくる。

「ねえ、ヨシノ様。先程の死者を告げる声にて、貴方の知り合いの名は呼ばれまして?」
「……っ。ああ、呼ばれたさ。数人な」

幸いにも祐介が一番護りたい人の名を呼ばれはしなかったが。
それでも、放送で彼らの名が呼ばれた時、祐介は何かが心から抜け落ちたのを感じた。
思い起こせばあの時、一瞬ながらも放心してしまったが故に、祐介はカルラの奇行を許してしまうことになったのだ。

「わたくしも呼ばれましたわ。昔馴染みを含めて三人。誰も彼もわたくしの大切な人達……」

僅かに顔を伏せるカルラ。
つまりは大切な人達を殺されたショックに、我武者羅に暴れたとでも言うのか。
いや、あれはそんな衝動的なものではなかった。
衝動にかられただけの行為で、ああもリアルな仮想敵を構成はできはしまい。
それに物騒な武器に反して、あの時のカルラからは殺意は感じはすれども、憎しみや怒りは感じなかった。
訝しむ祐介を余所にカルラは続ける。

「初めてお会いした時、甘いと、ヨシノ様はわたくしにおっしゃいましたよね? ええ、その通りですわ。
 わたくし、思ってしまいましたもの。彼女達の名を呼ばれた時に、怒りや悲しみと共に、僅かながらの安堵を。
 良かったと。この手で殺さなくて済んで良かったと。情けなくも女々しいことを考えてしまいましたの」

殺すと心に決めていたのに。
最愛のあるじ様のために、他の全ての愛する人をもこの手で殺すと誓ったはずだったのに。
あいも変わらず笑みを浮かべたままのはずなのにどこか苦しげな言葉に、祐介もカルラの言わんとしていることに気づく。
ああ、そうか、例外ができてしまったのだと。
自分以外の誰かが代わりに殺して“くれた”人という例外が。

「貴方以外の殿方にも、同じことを言われたことがありますわ。
 わたくしは、自分が思っているよりずっとずっと甘ちゃんなのだと。
 非情になりきれない、自分の辛さには耐えられても他人の辛さには耐えられないのだと」

それでは駄目だ、駄目なのだ。
カルラは言外に語る。
殺さなくて済んで良かったと。
そんな想いを抱いたままでは、いざ、自らの知り合いに会ってしまった時に、その刃が鈍ってしまう。
否、それだけではない。
もしもその知り合いが彼女ら死者の名前を出してきて、こちらを説得してきたとしたら。
斬り捨てられるのか、無碍にできるのか。
相対することなく棺に納め、安堵という土を収めて埋葬した彼女らのことを。
できまい。
まだ会って数時間しか経っていない祐介にすら断言できる。
伊達や酔狂で愛を歌ってきたのではない男は、女の言葉の端々に宿る想いが本物だと確信できる。
女は本当に好きだったのだ。
死んでいった家族のような彼女達のことが。

「ですから」

だというのに。

「殺すことにしましたわ。その甘さを。この手で」

綺麗なまま、箱にしまうことをよしとせず、カルラはその輝く想いに泥を塗る。
先送りにしてしまうことで、いつの日か、誰かの言葉の中で蘇った彼女らを前に迷いが生じてしまわぬように。
今、この手で墓を暴き、愛する人達を想像の中で蘇らせ、直視し、受け止め、再殺する。
ウィツアルミネティアの契約のもとに。
最愛の人の為に、他の“全て”を殺すという契約を履行する。
全ては全てだ。一度誓った以上、そこにあらゆる例外は許されない。許す気もない。

「ユズハ」

最愛の人の子を孕んだ少女を殺したと、カルラは酒を手の取り、一口含み、飲み干す。

「アルルゥ」

共につまみ食いをして笑いあった少女も殺したと、また一杯こくりと喉を潤す。

「……ウルト」

そして今から、幼少の頃よりの付き合いだった親友をも殺すのだと。

「ふふ、少し離れていてくれますかしら。最後の相手にはわたくしでも手を焼きそうですし。
 先ほど胎児を母親ごと殺したこともありまして、鬼母神もかくやといわんばかりに怒ってますもの」

三杯目はその後に。
酒瓶が投げてよこした横顔には、これまで以上に楽しげな笑みが浮かんでいて。
本気とも冗談ともとれる言葉にも一切の悲壮感は感じられはしなかったけれど。
それでも、どんな形であれ、死者へと真摯に向き合うカルラの姿に。
祐介はこれが単に覚悟を固めるためだけの儀式ではなく、彼女なりの死者への弔いに思えてならなかった。

「同じ散る花なら、愛するこの手で手折りたい、か」
「……詩人ですのね」
「……昔の話だ」

無意識のうちに零れ出た詩はギロチンがたてる刃鳴りの音に飲み込まれ消えていく。
ああ、こいつはこれからずっとこんなことを続けていくのだろう。
そう祐介は確信して、ふと思う。
あってはならないことだが、もし、この身が志半ばで朽ち果てたとしたのなら。
自分もまたカルラの葬送の唄におくられることになるのだろうか、と。

「愚問だな」

所詮自分たちの関係なんて、利害が一致しただけの一時的なものだ。
ただそれだけの絆とは無縁のものに過ぎないのだ。






【時間:1日目午後6時20分ごろ】
【場所:F-7】


カルラ
【持ち物:エグゼキューショナーズソード、酒、水・食料二日分】
【状況:健康】
※エグゼキューショナーズソード:D&Tより。斬首刑用のとても残虐な剣。心証的によくない、不安になる、寝付きが悪い。両手用


芳野祐介
【持ち物:ベレッタM92(残弾10/15)、トランプ(巾着袋つき)、 水・食料2日分】
【状況:健康】


117:第一回放送 時系列順 119:刃鳴散らす
117:第一回放送 投下順 119:刃鳴散らす
093:Liar Game 芳野祐介 000:喝采すべき、英傑の唄(前編)
093:Liar Game カルラ 000:喝采すべき、英傑の唄(前編)


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最終更新:2016年04月14日 21:06