Liar Game ◆Ok1sMSayUQ



 芳野祐介が見つけたものは、色々な『残骸』だった。
 ピクニックやお花見で使うようなビニールシートの上に、それらは乗っている。
 つまみ食いしたかのような、虫食い状態のおせち料理。
 ――プラス、穴空きの人間。
 まるで掘削作業でもされたかのように、横たわる少女の、胸部に握り拳ほどもある穴が空いている。
 よくよく見れば、かつて芳野も通っていた学校の女子制服である。
 あの頃と全く変わっていないという懐かしさが半分。よりにもよってというすわりの悪さが半分だった。
 恐らくは即死だったのだろう。死人の顔にしてはあまりにも安らかである。苦痛の一切も感じさせない。
 そういえば、と芳野は思った。
 俺は、俺の殺した人間の死に顔を見てもいない。
 二人ほど殺したはずだ。この娘と同じくらいの年頃の娘と、まだ子供そのものの少女を。
 彼女らの末期の顔を、芳野は覚えていなかった。

「戦の場で」

 首筋に、何かが押し当てられていた。
 視線を横にずらせば、見えるものは、歪な形をした剣であった。
 ギロチンだな、と芳野は感想を抱いた。

「呆けているのは感心しませんわ」

 雪が降るような、ただそこに積もってゆくだけの、落ち着き払った声音は女のものだった。
 何の感情も含まれてはいない。路傍に転がる石ころに向けるものと同質である。
 しかし女は、彼女は、石ころを蹴り飛ばしはしなかった。
 ならば、と芳野は語り始める。

「運試しをしてみないか」

 返事はない。刃が僅かに傾いた。
 処刑の時間に、戯れている暇はないと言いたげに、鈍色の光が芳野の網膜に映る。

「じゃあ、その前に推理をしてみせよう」

 刃は動かない。

「これは撒き餌だ。あからさまに死体を放置し、通りがかり、ショックを受けた人間を殺すための罠だ」
「分かってらしたの?」

 微笑が含まれた声になる。
 だが、刃は動かない。

「だが、撒き餌としては不十分だ。こんな安らかな死に顔に、ショックは受けない」
「冷たいですのね」
「やるなら徹底的にやれ。顔を握りつぶすくらいのことはしたらどうだ、怪力女」
「……」
「怖い顔だ」

 後ろから刃物を突きつけられているため、表情は皆目見えない。
 それでも芳野は、彼女の表情を断言してやった。
 確信はあった。死体の状況を見れば、人間業で殺されたものではないと分かる。
 しかし一方で恐怖を煽り立てるための術を怠ってもいる。
 詰めの甘い人間が、詰めの甘い罠を張った。そこを揺さぶった。

「わたくし、女でしてよ?」

 取り繕ったかのような声。だが顔は笑っていないに違いなかった。

「それがどうした。人を握りつぶせますと言えばそれまでだ。あの羽男がいる時点で、あり得ないことは『あり得ない』」
「案外、迷信を信じる御方だったりしますのかしら」
「理由を言ってやろうか。お前が、あの女を殺した奴と同一人物だという理由を」

 言って、我ながらかみ合わない会話をしているなと芳野は感想を結んだ。

「甘い。この一言に尽きる。女の殺し方にしても、未だに俺を殺さないことにしてもな。これだけで同一人物だと断言できるさ」
「情報を引き出したい……と考えている可能性もありますわよ」
「そら、口に出した」
「……なら、その首級、今すぐ頂いてもよろしいですのよ」
「慌てるな、よく見ろ」

 息を飲む気配が伝わった。
 それはそうだろう。気付かぬ間に、下腹部に拳銃を押し当てているのだから。
 怖い顔、と断言してやった、その一瞬に、芳野はベレッタを取り出し銃口を突きつけていたのだった。
 先読み交じりの言葉も、推理したのもこのため。この均衡状態を作り出すためだ。
 会話というものは意外と集中力を持っていかれるものである。

「そんな玩具でどうにかなると思って?」
「試してみるか? お勧めはしないぞ」
「わたくし、死など恐れませんわ」
「奇遇だな。俺も同じだ。だからここでもう一つ推理だ。自らの死は恐れない。ならどうして殺し合いをするか?
 答えは簡単だ。最終勝者が自分ではないからだ。そうでなければ殺人狂ってことになるが、
 もしそうなら俺は今頃殺されてる。それに」
「情報を引き出したい、とわたくしが言ったからでしょう」

 嘆息交じりに、女が後を引き継いでいた。
 どうやら読みは外してはいなかったらしい。
 その通り、と微笑を含ませて芳野も答える。
 だがここまでも布石に過ぎない。不利な状況からようやく四分にまで持っていった。
 五分五分にするには……ここからが本番だった。

「だから、ゲームをしよう」
「……げーむ?」
「運試しをしてみないかってことだ。実は、仲間が欲しくてな。
 あんたほどの腕っ節のある奴がいれば心強い。けど、あんたにとっちゃ俺はどうでもいいだろ?
 一応察しの良さは見せたつもりだが、それだけじゃ気に入らないはずだ。
 そこでもう一つ。俺の運の良さを示してみようというわけだ。あんたが気に入れば俺と組んでくれ。
 気に入らないなら、まあ好きにすればいい」
「なるほど、最初からそれが狙いでしたのね」
「どうかな。ただの命乞いかもな。何せ、人を拳一本で殺せそうな怪傑だ」
「つらつらと並べ立てておいて、よくもまあ」
「普段はこんなにやかましくないさ」

 肩を竦めてみせ、おどけてやると、そこでようやく刃が動いた。
 取り敢えずは了承してくれたようである。
 首から遠ざかる死の気配に、一先ずは安堵する。だからといって安心してばかりもいられないのだが。

「それで、どのような賭け事をなさるのかしら?」

 どかっ、と座り込む気配。
 あまりにも豪気な行動に、思わず振り向いてしまった。
 本当はもう少し間をおいてから、と考えていたのに。

「な……」

 だが、芳野が本当の驚きを覚えたのはそこからだった。
 姿かたちこそ人に似ているが、一部が違う。
 まるで――いや、動物そのものの耳。体の後ろから見え隠れする尻尾。
 猛獣を想起させるような鋭い眼光や、三日月の形になった口元から覗く鋭い犬歯と合わさって、
 芳野に、改めて、人ならざる者と相対させている感覚を抱かせたのだった。

「あら、いいもの見れましたわ」

 目を細めてくすくすと笑う。
 また、巻き返されたかもしれない。
 無言を返事にした芳野に、女は余裕たっぷりに手持ちの酒瓶を口に運んだ。
 この状況で、飲酒という行動が芳野を揺らがせる。計算のうちなのか、それとも本当に余裕なのか。
 考える間に、酒瓶を地面に置いた女が「カルラ、と申しますわ」と先手を打っていた。

「どうぞよろしく、賭博師さん」
「……芳野祐介だ」
「ヨシノユウスケ……長ったらしい名前ですわね」
「芳野でいい」
「では、ヨシノ様。本日の勝負を」
「……これだ」

 完全に取り返されたと思いながら、芳野はひとつの袋を取り出した。
 武器として使えるかどうかも怪しいものだったが、まさかギャンブルに使うことになるとは。

「あら、お洒落な巾着」
「この中身で勝負する」

 言って、芳野は巾着を紐解き、中からワンセットのトランプを取り出した。

「何ですの、それ」
「トランプだ。知らないのか」
「存じ上げませんわ。占い師が使うものかしら?」
「……似たようなもんだな」

 深く詮索はしない。トランプの存在を知る知らないは、今回の勝負には関係ないのだから。
 ケースを開き、そのうちの二枚を取り出してカルラと名乗った女へと見せる。

「これが裏面だ」

 網目模様の入ったカードの裏面を見せる。
 ふむ、と頷いたのを確認して、芳野はカードをひっくり返す。

「これが、表面」
「あら、これは……」
「そう、一枚は『両方とも裏面』なんだ」

 一枚はジョーカー。奇怪な格好をしたピエロの絵が描かれている。
 だがもう一枚は裏面と同じ。寸分の違いもない網目模様だ。

「この二枚を使って勝負をする」

 言って、カルラにカードを確認させる。
 手渡された二枚を、カルラは注意深く確認しているようだった。
 細工はない。正真正銘、ただのトランプだ。

「ふむ、これをどうするんですの?」

 確認を終えたカルラがカードを返してくる。
 特に不審な部分はないか再度チェックして、芳野は二枚とも巾着袋に放り込む。

「少し話は変わるが、お前『光』と『闇』ならどちらを好む」
「もう少し風情のある二択にして欲しいですわね……そうね、今が昼だから……『光』かしら」
「なるほどな。さて勝負の内容だが、まず俺が袋の中身を適当にかき混ぜる」

 巾着を上下左右に振る。
 カルラはそれをじっと見つめている。

「そしてお前が一枚取り出す。片面だけ見えるようにして、な」
「では試しに引かせていただいてもよろしいかしら?」
「ああ」

 カルラが袋の中に手を入れ、一枚を取り出す。
 網目模様。一応の『裏』だ。

「だがこれが裏かどうかはひっくり返さないと分からない。それは分かるか」
「ええ」
「網目模様か、ジョーカーか。その確率は半々。同じだ」
「なるほど。表裏を当てる勝負ですのね」
「そうだ。もっとも、先に表……つまりジョーカーが出ては勝負にならないから、その時はやり直しだ。
 今お前は『光』と言ったな。だからひっくり返した結果『表』になればお前の一勝だ」
「『裏』なら貴方の一勝」
「先に五勝した方が勝者だ。運試し、だろ?」
「分かりましたわ。ではわたくしが引かせていただきますけれど、よろしいかしら?」
「構わない」

 そして、ゲームが始まった。
 芳野の運命を賭けているとも言えるこの勝負だったが――芳野に焦りはなかった。

「表。わたくしの一勝ですわね」
「まだ一回目だ」

 カードが袋の中に戻される。
 それを十分にシャッフルして二回目を引かせる。

「表。ふふふ、悪くないですわね」
「……」

 その後も、次々と勝負は行われた。

 裏。

 裏。

 裏。

 表。

 裏。

 表。

「四対四……さて、次が最後の勝負ですわ」
「……」
「ふふ、貴方様の天運はどちらに傾きますかしら……さあ、混ぜてくださる?」

 芳野は無言でカードを混ぜ、巾着の口をカルラに差し出す。

「それでは、最後の勝負……それ」

 余裕たっぷりに、酒を口に運びながら、何の躊躇もなくカードを引く。
 網目模様。まだ『表裏』は分からない。

「さて」

 カルラの指がカードを摘み、ゆっくりと、焦らすようにして……ひっくり返される。
 裏。返す前と同じ網目模様。
 芳野の――勝ちだった。

「あらら、負けてしまいましたわ」
「……勝ち、か」

 呟いてしまったことに、芳野はしまった、と思った。
 負けたはずのカルラの口がニヤと笑う。

「勝ったはずなのに、嬉しそうではありませんわね、貴方」

 顔にも現れてしまっていたかもしれない。
 今更取り繕っても遅かった。
 やはり自分は、賭け事には向いていない種類の人間らしい。
 苦笑し、もうこうなっては致し方ないという気分で、芳野はカルラに尋ねる。

「いつから気付いていた」
「あら、何のことでしょう?」
「とぼけるな。気付いていたはずだ」
「偶然ですわ」
「言いたくないならそれでもいい。だがな、これだけは言っておく。
 この勝負、『本来は俺の圧勝』だったはずなんだ」
「どういうことかしら」
「お前が本当のことを言えば、俺も言う」

 そのまま、互いを注視し、沈黙する時間が流れる。
 ざあと揺れる梢の音だけが、時間が進んでいることを示していた。

「……参りましたわ」

 折れたのは、カルラだった。

「ええ。貴方が仕掛けを打っていたことには気付いていましたわ」
「いつからだ」
「三回連続で貴方が裏を出したところくらいかしら。ふと考えたら、すぐに気付きましたもの」
「では、最後に俺を『勝たせた』のは?」
「途中まで完全に術中に嵌ってましたから。全く、大した殿方ですわ」
「嫌味にしか聞こえんが」
「まさか。わたくし、こう見えてイカサマには強いですのよ」

 カルラは屈託なく笑った。今までの薄笑いとは違う、本来のものなのであろう豪放磊落な笑いだった。
 彼女にとっては、最初の一回で見抜けなかったこと自体が既に敗北なのだろう。
 自信家だと芳野は思ったが、その潔さもまた本物であると認めることができていた。
 だから、最後に花を持たせたのだろう。
 その上で、相手を追い詰めてみせたという置き土産も忘れない。
 やれやれ、参ったのはこちらの方だと芳野は苦笑いを返した。

「貴方の仕掛け……それは、この勝負自体半々の勝負ではないことですわ」
「その通りだ」
「単純なことですわよ。この勝負が始まるには、そもそも『裏』が出なければならない。
 『表』が出てしまえば仕切り直し。一方、貴方の『裏』は仕切り直しがない。
 結果、わたくしの勝つ目は『裏をひっくり返して表になる』しかないんですのよ」
「ご明察だ。俺の表裏はあってないようなもんだから、お前には二倍の確率で勝てる」
「とんでもないインチキ勝負でしたわ」
「だが問題は、どうやって俺の仕掛けをひっくり返したかということだ。実際は四対四。完全に五分だった」
「うふふ、わたくしに札を引かせたからですわ。途中で、傷をつけましたの」
「傷……?」
「札の側面にね。両方『裏』の札に、爪で傷を」

 芳野はカードを手に取り、側面に指を走らせる。
 すると、引っかかりはすぐに見つかった。カードの角の部分にへこみがあったのだ。
 触らなければ気付かない程度の傷。だがカードを判別するには十分すぎるほどの傷だった。
 これで勝負を調整した。五分になるように。
 仕掛けに完璧に嵌めたと思っていた自分は、焦るしかなかった。

「……なるほど。してやられたわけだ」
「詰めが甘いのは、わたくしだけではないようですわね」

 そう。カルラに引かせなければ爪で傷をつけられることはなかった。
 芳野の完全な手落ちだった。
 カルラにしてみれば、こうすることこそが狙いだったのかもしれない。

「けれど、よくこんなイカサマ思いつきましたわね」
「たまたまさ。以前読んだ本に、このイカサマが載ってあった。
 そして都合よく、奪い取った支給品の中にこれがあったというだけだ」
「……なるほど。やはりただ者ではありませんわね」
「買いかぶり過ぎだ。実際、こうして見破られた」
「ですが、このイカサマを即興で実践してみせた。並の度胸で出来ることではない。
 それに……殺して奪い取ったのでしょう、それは」

 カルラがトランプを指す。
 その通りだった。殺した少女の持ち物が、これだった。

「誰かを殺してみせる度胸。わたくしをイカサマで嵌めようとした度胸。……とっても、気に入りましたのよ?」

 ずい、とカルラがよって来る。
 酒臭い吐息の中に含まれた、女の匂い。
 今にも零れ落ちそうな胸元と、蕩けたような瞳が、芳野を酔わせようとする。

「……それは光栄だ」

 だが、芳野は冷めた視線を送り返しただけだった。
 元より、伊吹公子以外の女性に対しては興味がない。
 何よりもこの女は食わせ物だ。隙を見せたくない。
 あしらわれたと思ったらしいカルラは、つれないですのね、と肩を竦めて芳野から身を離した。

「まあいいですわ。久々にいい男に出会えましたもの。そう簡単には、逃がしませんわよ」
「組んでくれるのか」
「ええ。言ったでしょう、気に入った、と」

 芳野の考える以上に、カルラという女は好意を持っているらしかった。
 それは獲物としてなのか、或いはもっと別の何かなのか……
 酒という香水を漂わせ、酔いという仮面を貼り付けた表情からは、何も窺えなかった。

「貴方の猛々しい姿……もっと、見てみたいものですわ」

 妖艶に、しかし挑発的に顔を緩めたカルラに、芳野は冷笑を返しただけだった。
 お前にも働いてくれなければ困る。その意味をふんだんに含ませて。

「それでは、参りましょうか」

 歪な形の大剣を、片手でひょいと持ち上げる。
 やはり怪力。自分の認識は間違いではなかったことを、芳野は改めて実感していた。

「わたくしたちの戦場に」




【時間:1日目午後5時30分ごろ】
【場所:F-7】

カルラ
【持ち物:エグゼキューショナーズソード、酒、水・食料二日分】
【状況:健康】
※エグゼキューショナーズソード:D&Tより。斬首刑用のとても残虐な剣。心証的によくない、不安になる、寝付きが悪い。両手用

芳野祐介
【持ち物:ベレッタM92(残弾10/15)、トランプ(巾着袋つき)、 水・食料2日分】
【状況:健康】




091:七回目のベルで 時系列順 104:負け犬の遠吠え
092:Memento mori/Carpe diem 投下順 094:そらに響くは彼女の嘲笑
070:ただ、幸せな、笑顔 芳野祐介 118:葬歌
016:想いの契約 カルラ ]


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年09月11日 01:52