喝采すべき、英傑の唄(前編) ◆auiI.USnCE
―――さあ、喝采せよ、喝采せよ! 英傑の出陣だ! 喝采せよ!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……んだよ、なんだ、そりゃ………」
突然流れ出した、死者を告げる放送。
それを聞いた岡崎朋也はぺたんと、情けなく地面に尻餅をついてしまう。
知り合いが死ぬと考えていない訳ではなかった。
薄情という訳ではないが、人の範疇を越える戦闘を目の前で見せつけられると、そう思ってしまうのも仕方ない。
それぐらいにこの殺し合いがやばい事はもう朋也も理解している。
だから、知り合いが死んでしまう可能性だって、解かっていた。
理解はしていたが……
「なんで、だよ」
余りにも、死んだのが多すぎる。
頭がよかったけど不思議な少女だった、一ノ瀬ことみ。
クラスメイトでそれなりに世話を焼いてくれた藤林椋。
不良の朋也にも温かく接した、宮沢有紀寧。
知り合いの優しい母親の、古河早苗。
やたら面倒を見てくれた、幸村俊夫。
そしていつもつるんでいた、春原陽平。
知り合いが6人も死んだ。
けれど朋也の胸には哀しみは少なく、むしろ苛立ちが溢れてくる。
何故苛立ちが溢れるか解からなくて、それがとても悔しくて。
ただ、感情を発散したくて、朋也は地面を蹴ってしまう。
「くっそ」
感情のもやもやが心の中を支配されて。
悪態をつきたくなるが、その悪態を聞いてくれる悪友がもうこの世に居ない事を思い出して、なおイラついてしまう。
どんと思いっきり地面を殴りつけるが、何も変わらない。変わる訳が無い。
そして心に残るのは、何とも言い表せない感情でしかなかった。
「…………春原……じじい……皆」
結局、朋也は名前を呼ぶだけしか出来なくて。
がっくりと肩を落として、俯くだけだった。
哀しくない訳が無い。けれど、哀しいだけで心が埋まる訳でもない。
ただ、感情が心の中で不完全燃焼するだけだった。
「…………」
そんな朋也の様子を、琥珀色の瞳が見つめていた。
綺麗な色の瞳の持ち主の立華奏は、感情の見えない顔で朋也を見つめている。
少しだけ空を見上げて、やがて奏は口を開く。
「………………わたし達はもう死んでいるのに」
独り言のように、ぽつんと。
余りにも自然に、その一言を呟く。
「あ……?…………おい、何だよ……何なんだよ、それ!?」
けれど、朋也はその一言に強く反応し立ち上がる。
自分達が死んでいる、その一言が理解できずに。
ぎりっと拳を強く握って、奏を見る。
「……?」
奏は素っ気無く意味が解からないと言うようにちょこんと首を傾げる。
その態度に朋也は苛立ちを隠せずにいた。
『死んでいる』という言葉の本当の意味。
この場合、命が終わってる事を言うのか。
それとも、昔、誰かに言われたように、人として終わっていると言うのか。
バスケの道を絶たれ、腐っていた朋也を見て、言われた侮蔑と一緒なのだろうか。
「おい、何とか言えよ! くっそ……ちくしょう……」
沢山死んでしまった知り合い。
死んでいるという言葉。
それが朋也の心をちくちくと苛め続けて、やまない。
零れる言葉は、どうしようもない気持ちを表したようなように、諦観に溢れていた。
「……でも、きっと本当に死んだなら、満足に死んだはず……」
激情をぶつけられた奏は初めて瞳を揺らしながら、言葉を紡ぐ。
口下手な奏が精一杯出せた言葉は、奏が居る世界の常識でしかなくて。
「満足……?……満足な訳あるかよ!……こんなくそったれみたいな島で死ぬ事が満足な訳あるか!……ふざけるんじゃねえ!」
朋也の心を更に、揺さ振り、感情を昂ぶらせることしか出来なくて。
朋也は仲間が死んだ哀しみ、どうしようもない苛立ちを怒りに変えて喚き散らす事しか出なくて。
強い口調で、奏を攻め立てる。
「くっそ……ちっくしょう……ふざけんじゃねえ……」
どうしようもない怒りと哀しみがごちゃごちゃしたまま、朋也は苛立ちながら地面を蹴る。
奏はどうすればいいか解からず、きょろきょろするだけ。
険悪な空気が辿り始めた時。
「……なんだ、この音!?」
ドォンと、何かが崩れるような音が響いてきた。
朋也は顔を上げ、音が聞こえてきた方向を向く。
どうしようかと思った瞬間、
「お、おい……待てよ!」
隣に居た奏は音の聞こえた方向へ、もう駆け出していた。
一人にされるのは少し不安だった朋也はそのまま、奏の背を慌てて追いかける。
そして、空を見ながら、ごちゃごちゃした感情のまま
「ありがとう……ございました……先生」
ただ、出てきたのは、恩師への感謝と。
「よお…………大分後になるだろうが……向こうにでもよろしくやろうぜ…………なあ、悪友」
悪友への、軽口だった。
それが、今、朋也にできた、精一杯の強がりの言葉だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…………あ」
思わず、情けない言葉ならない声が出る。
流れてきた、放送。
死んでしまった人達。
わたし――――春原芽衣は、その放送で歩みを止めてしまった。
呼ばれたのは、木田時紀。
そして、春原陽平。
知り合ったばかりだけど、仲間だった人。
そして、大事な大事な、お兄ちゃん。
「そん……な……」
そのまま、倒れ込みそうになるのを必死に耐えて。
胃の中のものを吐きそうになるのを必死に抑えて。
黒い感情が溢れ出そうになるのを必死に我慢して。
「えぐっ……」
けど、涙が滲む事はどうしようもなかった。
なんで、なんで、こんなに人が死んじゃうんだろう。
もう、いやだった。何もかも投げ出したい。
お兄ちゃん……お兄ちゃん……
わたし……もう嫌だよぉ……
帰りたいよ……お兄ちゃん……
お兄ちゃん……わたしは……
「い、いや……いやぁああああああああああああ!!!!」
その時、後ろから響く声が。
いつの間にか、離していた手に、気付き慌てて振り返ると、同行者である大人の折原志乃さんが頭を抑えて叫んでいた。
またかと思う気持ちが襲い掛かってきて、うんざりしてくるが、はっとする。
聞こえてきた名前の中に、ある一つの名前があったことを。
――――折原明乃
多分、それは、志乃さんの娘。
きっと、それは、志乃さんを怯えさせるのに充分な出来事だった。
どうしようかとわたしが迷っている内に
「いや……あぁああああああああああああ!!!」
志乃さんは、何かから逃げるように駆け出してしまった。
わたしは慌てて追いかけようとしようとするも、その一歩が出ない。
『大人』である彼女が、こんなにも可笑しくなって。
子供である私がどうしてこんなにも我慢しなくちゃ……ならないんだろう。
解かってる……こんな事考えちゃダメな事くらい。
でも、けど……疲れてしまった。
ねぇ……お兄ちゃん。
お兄ちゃんは……どうして死んでしまった……の。
わたしは……こんな島に一人で居たくないよ。
哀しいと泣きたい。
苦しいと叫びたい。
辛いと正直にいいたい。
お兄ちゃん…………嫌だよ。
一人は嫌だよ。
何もかも、投げ出したい。
「うぁぁああああああああああああ!!!」
そう思って、私は叫びながら走り出す。
走った先は志乃さんと同じ方向だったけど。
きっと独りは嫌だったから。
でも、見つからなくてもいいと思った。
彼女の世話もしたくなかったから。
「うわぁあああああああああ!!」
叫んで。
叫んで。
走って。
走って。
そして。
「お、おい大丈夫か!」
どんと、身体にぶつかる衝撃。
抱きかかえられた事に気付いて、前を向くと。
「……大丈夫?」
とても、儚げで消えそうな印象の少女が、微笑んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「くそっ!」
ドンッと鈍い音が静かな街中に響く。
それは、ブロック塀に拳を強く叩きつけた音。
音を鳴らしたのは、一人の少年――――香月恭介。
流れてきた定期放送の内容で、二人の人間が呼ばれてしまったからだ。
少々悪乗りする所もあったが、悪い奴ではなかった早間友則。
そして、
「……明乃」
とっても、トロい子だった。
早く見つけてやらないといけなかった。
大切な幼馴染だった。
全員護ると誓ったのに。
「………………くそっ!」
結局、護れなかった。
心の中で自責と哀しみと怒りがごちゃ混ぜになっている。
けれど、恭介はそれを表に出す事なんてしなかった。
出来なかった理由がある。
「…………大丈夫?」
隣で、雪がそっと解けるような囁き声が聞こえる。
其方を向くと、哀しそうな表情の同行者、須磨寺雪緒が居た。
此方を覗き込むような瞳が恭介をじっと見つめている。
「ああ、大丈夫だ」
だから、恭介は強がって大丈夫だと言う。
そうだ、彼女の前で哀しんでなんかいられない。
死のうとした彼女を救う為には、強くなければならないから。
哀しみを見せて、苦しみを見せて、彼女を死に向かわせてならない。
そう、思ったから。だから恭介はあえて強がって見せる。
「そういうお前は……」
「ええ、二人……仲良く兄と妹揃ってね」
皮肉ねと、笑って雪緒は言うが、とても哀しそうに見えた。
自分の生を終わらそうとしていた雪緒。
でも、それでも、やはり知り合いの死は、辛いものなのだろうか。
感情を見せずに、儚い表情だけ浮かべてる彼女。
恭介にとって見れば、それはポーズでしかなく、雪緒は普通の少女でしかなかった。
「そうか」
「ええ」
でも、それを指摘する事はなかった。
言葉にしては、きっと伝わらない。
彼女が抱えてるかもしれない哀しみを癒す事なぞできない。
だから、
「……あっ」
何も言わずに、恭介は彼女の手を握った。
粉雪が静かに解けていきそうな、温かさだった。
彼女の為でもあり、自分の為でもあって。
「……そうね」
その一言だけいって、彼女は握り返した。
大切な友人を失った恭介へ、温かさのお返し。
そんな、細雪が舞うような静けさが暫く続いて。
「いやぁあああああああああああ!!!!」
静寂をぶち破るように、女の金切り声が響く。
恭介は手を繋いだまま、その方向を向くと。
「し、志乃さん!?」
彼にとって機知の想像もしない乱れた姿。
狂うように叫びながら、走ってくる彼女を、恭介は捕まる。
「し、志乃さん……大丈夫か?」
「あぁぁあ…………恭……介くん?」
志乃が、縋るような目で恭介を見て。
何があったんだと聴こうとした瞬間
「うわぁあああああああああ!!」
続いて響く、少女の叫び声。
今度は誰だと思って恭介は慌てて振り向くと。
少女が前も見ず、ただ走っていた。
「お、おい大丈夫か!」
恭介は、声をかけるが、止まる気配も無い。
それ以前に気付いているかも怪しい。
闇雲に走って、その先には雪緒が居て。
注意するまもなく、少女は、雪緒にぶつかってしまう。
「……大丈夫?」
けれど、雪緒は痛がるそぶりも見せず、とても優しく抱きかかえて。
微笑みながら優しい言葉を、小さくかける。
少女は雪緒に気付いて、その顔を見て。
「……あ、あ……あぅぅうう……あぅうぅう」
そして、静かに泣き始めた。
まるで母親に抱きついてなく子供のように。
雪緒は何も言わず、そっと抱きしめたままだった。
恭介は、その時、感じた。
こんな光景こそ、美しいものじゃないかと。
そう、感じたから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
香月恭介は、錯乱しかけた志乃と少女――春原芽衣を落ち着かせようと思い、彼女達を近くの民家に移させた。
幸い、雪緒に芽衣が信頼し、志乃は恭介自身と知り合いだったのもあり、直ぐに信頼してくれたのだ。
衰弱や錯乱が激しい志乃を一旦ベッドで休ませ、リビングに集まったのは三人。
「そうか……大変だったな」
「……はい」
恭介のねぎらいの言葉に、芽衣がほっとしたように頷く。
芽衣は少し落ち着いたのか、民家においてあったお茶をすすっていた。
最も、彼女が体験した事はとても辛い出来事で。今でも物音にびくっと身体を揺らす事がある。
「しかしバジリスク号がなんで此処に……?」
一方、恭介は芽衣から事情を聞きだして、ある程度の事は理解できた。
けれど、彼が乗っていた船までこんな島にあるとは思わなかった。
電気関係が少し可笑しくなってるらしいが、不思議でならない。
船で脱出できるとは思わないが、こんな船を持ってきた意図が本当に不明だ。
それに、志乃の状態だってそうだ。
芽衣が恥ずかしがりながら説明した事によると、本当に悲惨な状況だったらしい。
誰がやったかはわからないが……恐らく岸田だろうと恭介は考える。
そういう危ない奴だと、半ば確信していたから。
あの志乃がまさかこんなに錯乱してると思わなかったが。
明乃が死んだ事で更に錯乱してしまったのだろう。
やりきれないなと溜め息をつくも、溜め息をついたところで何も変わりはしないのだ。
だから、恭介は次に気になっている事を聞く。
「それで来ヶ谷唯湖……だったな?」
「はい……何の躊躇いも無く殺して……ぞっとする瞳でした」
「…………確か凄く聡明な人と言ってたわよね?」
「はい……凄く頭が切れて……恐ろしかったです」
そして、一時とはいえ、平穏を保っていた芽衣達。
その平穏を奪ったのが、長い黒髪の女、来ヶ谷唯湖と言った。
凄まじく鋭く、人とは思えないような女。
そいつが、芽衣の仲間のことみを殺したらしい。
容赦なく人間を殺す少女、充分警戒に値するだろう。
そして
「多分、木田さんもあの人に…………」
「…………そう…………馬鹿ね……木田君も……」
雪緒の知り合いだった時紀。
彼も恐らく唯湖に殺されたのだろう。
状況的に時紀が芽衣達を逃がして囮になったのだから当然だろう。
無鉄砲なのか、馬鹿なのか解からないが、悪い奴ではなかったらしい。
雪緒は懐かしむように、言葉を紡いだその姿は哀しそうだった。
「須磨寺さん……」
「貴方が気にする事ではないわ」
逃げてきた事に負い目があるのか、芽衣はすまなさそうに雪緒を見つめる。
けれど、雪緒は優しく彼女に声をかける。
「怖かったでしょう……?」
「はい……」
「……だから、いいのよ……きっと」
そっと芽衣の頭を雪緒は撫でる。
優しく、出来るだけ優しく。
何故、雪緒がそんな気持ちになったのかは解からない。
けど、その雪緒の思いやりが、今。
春原芽衣の傷ついた心を優しさで包み。
平穏で温かいモノに溢れ、やすらがせている。
そう確信できる温かく、やすらげる光景を。
須磨寺雪緒が作り出していたのだ。
最終更新:2011年10月05日 19:16