嘆きの種子 ◆R34CFZRESM
世界は強くあろうとする者には祝福を与え弱い者には呪いを与える。
棗鈴は祝福を受け取った
古河渚は呪いを受け取った。
名の知れぬ少女に祝福を与え、渚に呪いを与えたのは他ならぬ最愛の母親だった。
選ばれたのは棗鈴。
選ばれなかったのは古河渚
母が――古河早苗が最期に想いを託したのは娘である渚ではなく、赤の他人だった。
どうして?
どうして?
どうして?
それは――自分が弱い卑怯者だったから。
アルルゥを、早苗を目の前で失いながらも懸命に生き抜こうとした鈴。
一方で友達に銃を向けた挙げ句死にたくない一心で仲間を見捨て何もかもから逃げ出した渚。
だからわたしは、お母さんから、捨てられた。
「違う違う違う! そんなことない! お母さんはわたしを捨てな――きゃっ」
足がもつれ地面に倒れ込む渚。
擦りむいた膝から血が滲み、じくじくとした痛みが広がっていく。
「えぐっ……あぅぅ……うぁぁぁ……」
こぼれ落ちる涙。
自分が今何をすればいいのかも、何を拠り所にすればいいのかもわからない。
弱い心の自分に依るべき舫は繋がれてなく、倒れそうになる心を支える杖もない。
差し伸ばされた手は自分で振り払ってしまった。
地面に伏したまま渚は嗚咽の声を上げ続ける。
「助けて……誰か助けてください……わたしをたすけて……わたしをすてないで……」
必死に哀願し助けを請おうと空に手を差し伸ばすも、誰も手を取ろうとしない。
むなしく渚の手は宙を掴むだけだった。
「そう、だ。おとうさんなら……ともやくん……なら」
ふいに浮かぶ二人の顔。
生まれた時からずっと自分を見守ってくれた父を。
口は悪くても演劇部を手伝ってくれた初めての友人を。
「お父さんなら、朋也くんなら、わたしを見捨てない……わたしを助けてくれる」
僅かに見えた一筋の光。
渚の最後の拠り所。
それを求め気力を振り絞って立ち上がり。
一歩を踏み出した。
「だぁーれが、あんたみたいな卑怯者を助けるわけ? ばっかみたい」
銃声。そして肩に焼けた火箸を突き刺されたような痛みが走り、渚は地面に崩れ落ちた。
地に倒れ伏して顔を上げると背後に人影が立っていた。
雲に隠れていた月が顔を出して、そのシルエットを青白く染め上げる。
特徴的なピンクのセーラー服の少女が立っていた。
その表情は全くの無表情なのに口元だけが醜く笑っていた。
「笹森……さん」
――生きていたのとは言えなかった。なぜなら渚はは彼女を見捨てて逃げた。
そして彼女はあからさまな敵意を渚に向けているのだから。
「あたしたち、最初はみんな仲良くやっていけるかなって思ったんよ」
花梨は旧友に語りかけるような口調で言った。
やっと――見つけた。
花梨はほくそ笑む。みんなを見捨て逃げ出した卑怯者をやっと始末できるのだから。
「でも、誰かさんが逃げ出したせいでおわり。みぃんなパァ」
「ぁぁぁ……」
がたがたと震える渚の身体。
なんといういい気味だ。この女はただでは殺さない。
もっともっと精神的に痛めつけてから殺してやる。
花梨は嗜虐的な笑みを浮かべてさらに呪詛を紡ぐ。
「その肩痛いでしょ? 当然よね銃で撃たれたんだから! あたしも撃たれてすっごく痛かったんだからねっ!」
花梨はすたすたと渚の傍らに近づくと血を流す左肩――さっき銃で撃ち抜いた傷口を思いっきり踏みつけた。
激痛が全身を襲う。渚は金魚のように口をパクパクとさせて乾いた叫び声をあげた。
「あんたさぁ……さっきからなんで自分が世界一不幸って顔してるの? それってすっごくムカツク」
「あっ……がぁぁっ」
堅いローファーのつま先が渚のお腹に突き刺さる。
息が詰まり、胃液が逆流して大きく咳き込む。
息を落ち着かせる暇もなく再び花梨のつま先がめり込んだ。
「あたしも撃たれたんだよ? 今も傷がじくじく傷んで泣きそうなんよ。ねえ、あたしを撃った奴ってさあ……あんたと同じ制服だよね」
渚の反応と撃った人間の反応から二人の関係は容易に予想できた。
「あれってあんたの友達でしょ?」
「あああ……杏、ちゃん……」
「やっぱりね。あの子のせいでみんな滅茶苦茶。あたしは肩を撃たれて――」
にやりと花梨は笑う。
もっともっと絶望させてやろう。
もっとあんたを壊してやろう。
「竹山くんは死んじゃった」
「う、そ……」
「あんた放送聞いてなかったのぉ? あっきれるわー。さすが「私は世界一不幸な女の子なんですぅ」な顔して現実逃避してる子は違うよねえ」
「そんな……どうして……」
「決まってるじゃない。竹山くんはあの女に殺されたのよ。あたしの目の前で脳みそがパーンってなってね」
「あ゛ぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁ」
もちろん口からでまかせだ。
竹山を殺したのは花梨本人だ。
でもそのことをわざわざ渚に告白するまでもない。
むしろその友達が竹山を殺したと勘違いさせて絶望させたほうが面白い。
「ほぉら、立ちなさいよ」
「…………」
「立てっていってんでしょうが!」
花梨は渚の胸倉を強引に掴み上げると、その顔面を思い切り殴りつけた。
もんどり打って倒れ込む渚。唇が切れて口の中にいっぱいに錆びた鉄の味が広がる。
「あんたさえ……! あんたさえ逃げなければこんなことにならなかったのよ! このっこの!」
「あぐっぅぅっ」
花梨は憎しみを込めて何度も渚の身体を蹴り上げた。
「そういやさ、あんた気づいてた? 竹山くんのこと」
「な……に……が……」
「彼、あんたのこと好きだったのよ。彼のあんたに対する態度なんてまんまそうじゃない」
「そ、んな……」
「あっははははは! 彼、最期まであんたのこと心配してたというのに。当のあんたは気づきもしなかったなんてひどい女」
「竹、山……くん……」
「あんたが竹山くんを殺した」
「わた、しが……殺した……?」
「あんたが逃げたせいで、竹山くんは死んだ」
「わたしの、せい……」
わたしのせい。
わたしのせい。
わたしのせい。
ぐるぐると渚の脳裏を回るその言葉。
わたしが逃げたから。
わたしが見捨てたから。
だからわたしはお母さんに見捨てられた。
ぎちぎちと首が絞まってゆく。
花梨は渚に馬乗りになって、その細い首を万力のような力で締め上げてきた。
「死んじゃえこの卑怯者」
恐ろしく冷たい声が耳に響く。
朦朧とする意識。この意識が途絶えた時死ぬ。
どうして――
どうして、みんなわたしのせいにするの?
わたしはそんなに悪いことをしたの?
わたしは悪くないのに。
わたしはただ死にたくなかっただけなのに。
枯死した心に撒かれた黒い種がどくんと脈打つ。
どうしてわたしだけがこんなひどい目にあわなければならいのだろう。
どうしてあの子はわたしからお母さんを持って行ってしまったのだろう。
どうしてわたしは殺されなければならないのだろう。
どうしてわたしが全ての罪を背負わされなければいけないのだろう。
そんなの、嫌だ――
死ぬのはイヤ。
死ぬのはイヤ。
だから、渚は無意識に掴んだそれを大きく見開いた花梨の眼に突き刺した。
「っぎゃぁぁぁぁぁああああああぁぁああぁッ!」
少女とは思えない花梨の絶叫が周囲に木霊する。
地面をのたうち回る花梨の右眼からささくれ立った木の枝が生えていた。
ただの道に落ちた小枝。殺傷力なんてほとんどない。
だけど柔らかい眼球を潰し、眼窩をに突き刺さるには十分だった。
「ぁぁぁあ゛あ゛あああッ痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃぃぃ!」
激痛に身をよじらして悶える花梨、落とした銃に手が伸びる。
あと10センチ。
あと5センチ。
あと1センチ。
ばきりと音を立てて手の指が砕け散る。
砕けた指の上には渚の足があった。
憎悪の顔で見上げる花梨の半分しかない視界からは枝を握りしめた渚が幽鬼のように立っていた。
渚は握りしめた手を振り上げる。
花梨の左眼が見開かれる。
ぐしゅり。
花梨の声にならない絶叫が木霊し、花梨の顔からは二本の枝が生えていた。
だが、両眼を潰されただけでは死なない。
花梨は潰れた眼窩から血を流しながらも這いずりながら渚の足にしがみついた。
「殺してやる殺してやる殺してやる殺してる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してる殺してやる殺してやる――うげっ?」
間抜けな声を発した花梨の顔面に渚の靴の裏がめり込んだ。
渚の足に伝わる何かを砕いたような音。それっきり花梨は動かなくなった。
両の眼窩に突き立った枝が、蹴られた拍子に眼底骨を突き破り脳を破壊したためだった。
「…………」
渚は冷めた視線で花梨の骸を見下ろしていた。
花梨の死体は両の眼から木が生えて悪趣味極まりない盆栽のようだ。
おまけにその枝は花が咲いている。なんて醜悪な光景なのだろう。
「嫌い。みんなみんな大っ嫌い」
自分から母を奪った鈴が嫌い。
自分ではなく鈴を選んだ母が嫌い。
自分に想いを寄せてくれた人を殺した杏が嫌い。
自分を助けに来てくれなかった父が嫌い。
そして自分をこんな目に遭わせた世界全てが嫌いだった。
「わたしを、みすてないで」
【時間:1日目19:00ごろ】
【場所:B-3】
古河渚
【持ち物:S&W M36 "チーフス スペシャル"(0/5)、.38Spl弾×30、水・食料一日分】
【状況:頬にかすり傷、膝に擦り傷、顔面打撲、左肩負傷、精神喪失】
笹森花梨
【持ち物:ステアーTMP スコープサプレッサー付き(32/32)、予備弾層(9mm)×7、水・食料一日分】
【状況:死亡】
最終更新:2012年06月02日 04:12