アットウィキロゴ

レクイエムは誰がために(後編) ◆92mXel1qC6



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「馬鹿な!? 心臓を確かに撃ちぬいたはずだ、何故立ち上がれる!?」
「……これは、流石にわたくしも驚きですわね」

驚愕の声が耳を打つ。
心臓を貫かれ、それでも立ち上がった当の音無本人は、それ程自分がなした奇跡に驚いてはいなかった。

(お生憎さまだな。こちとら心臓を貫かれるくらい朝飯前なんだよ!)

死んで早々、奏に心臓を刺された身だ。
それに比べれば、高々銃弾の一つや二つで貫かれたところで、痛くも痒くもない。
ギシギシとぎりぎりと、持てる力の全てを賭けて祐介を締め上げる。
火事場の馬鹿力か、戦線での戦いの成果か、音無は振りほどかんとする祐介を何とか御すことに成功していた。
……いや、その最たる理由を上げるとすれば、ただ一つか。

怒りだ。

初音の意思だとか、残骸だとか、そんな全ての悩みを置き去りにして、音無の心をただ、怒りだけが支配していた。
この芳野祐介という男の言い草が堪らなく気に食わなかったのだ。
あの世はゆり達がしてきたように戦うための場所じゃなかった。
皆が解き放たれて幸せに消えていく為の世界だった。
少なくとも、奏はそう願っていた。
けれど。
初音と同じ年頃の女の子は最後に好きだったらしい歌さえ聞けずに殺された。
三枝葉留佳は直井とは違い、自らの人生を肯定できずに死んでいった。
音無は志乃の、芽衣の、葉留佳の死体を見回し憤る。
彼女達の死に顔はどれ一つ満たされたものではなかった。
恐怖が焼き付いたまま固まった顔。
願いが聞き遂げられずに寂しげで悲しげな顔。
世界のどこにも居場所がなく全てを呪って果てた諦めきった顔。

(これのどこが満足な死だ!?)

ここが死後の世界なら、彼女たちは生き返るかもしれない。
死後の世界でなくとも今度こそ死後の世界に招かれるかも知れない。
でも、こいつらに今刻まれた無念は残る。
それがそう簡単に払えないものだってことを、音無は痛いほどに知っている。
見てきたから。
ずっと、ずっと、ずっと、見てきたから。
その無念と戦ってきた者達を。
その未練と戦ってきた者達を。

死んだ世界戦線。

彼らの気持ちを今この時、真に音無は理解した。
くそったれだ。
こんな死を強いる神さまなんてくそったれだ。

(なら、俺は今こそ、あいつ達SSSの一員として、このくそったれな殺し合いに反逆しよう)

人に未練を強いるこいつらに。あの羽男に。神に!

「俺は、俺達の死を。奏の願いを。奪わせはしない!」

手にしたままだった銃を祐介につきつける。
すんでのところで銃は、カルラが投擲した剣に弾き落とされた、これでいい。
意識をこちらに向け、武器を投じたことで確かに生じた隙を逃すまいと音無は叫ぶ。

「俺が抑えているうちに、逃げろ、みんな!」

祐介を抑えながら、カルラにも向け、落とされた銃を蹴り上げる。
我ながら器用な真似をしていると思うが、この程度の無茶、ゆりに付き合わされるのに比べたら軽いものだ。
だがいつまでもそんな無茶で食い止められるほど、相手は甘くはない。
祐介はともかく、カルラが本気を出せば、自分程度一瞬でお陀仏だ。
それをできないように、押さえ込んだ祐介を上手く盾代わりにしてはいるが。
それも、いつまでもつかは分からない。

(だから早く逃げてくれ、頼む!)

その想いを察したのだろう。
誤解から朋也が襲ってしまった青年は僅かに躊躇を見せた後、女性の手を引き背を向ける。

「あんた、名は!?」
「音無、音無結弦だ!」
「俺は香月恭介、こいつは須磨寺雪緒だ! ……すまん」
「いいんだ、こういう役には慣れてる」

恭介は振り返ることなく問いかけ、そしてそのまま、雪緒と共に遠くへと消える。

「岡崎、お前も早く逃げろ!」
「けど、この状況は俺が。残るなら、俺が!」

しかし朋也の方は、この事態を招いてしまった責任を感じているのだろう。
逃げることをすぐにはよしとしてくれなかった。

「肩の壊れてるあんたじゃ、死にぞこないの俺以下だ!」
「っ、どうしてそれを!?」
「これでも医者を目指してたからな。気づくさ」

それでも朋也達をここに残すわけにはいかなかった音無は、弱みにつけ込むことも辞さない。
痛いところを突かれ朋也の抵抗の意思が薄れたと見るや否や、バイクの衝突のダメージからようやっと立ち直ったシルファに有無を言わさず命じる。

「シルファ、無理やりでも連れていけ!」
「れ、れも、れも、わたしはご主人様達も護れなくて。欠陥品で」
「メイドロボなんだろ! 人間を護るんだろ!? それがお前の夢なんだろが!」

シルファはメイドロボだ、人に仕えるものだ。
音無はその習性を利用して、シルファに命じることで、朋也を、シルファ自身も逃がそうとしているのだ。

「だったら、果たせ!」
「っ! う、くっ、うああああああああああああああああああ!」
「シルファ!? 待て、離せ! 音無、音無いいいいい!」

シルファが意を決し、顔をくしゃくしゃにしたまま、朋也を担ぎ、走り去る。

(そうだよ、それでいいんだよ、シルファ。
 俺が人を救えて満足できたように。お前なら人を守れて満足できるさ)

納得できず音無の名を呼び続ける朋也の声も、既に聞こえなくなっていた。
安心したからだろう。
あれだけ祐介が振り解こうとしても離さなかった音無の腕から、力が抜け落ちていく。
地に伏せる音無。
ようやく解放された祐介は疲れ果てた声で吐き捨てた。

「……よくも、やってくれたな」
「こういう時は、よくぞ、ですわよ、ユウスケ」

対して称賛の声をかけてくるのはカルラだった。
思えば彼女一人なら、祐介を捨ておいて恭介達をそのまま追いかける選択もできたはずだ。
それをしなかったのは祐介の同盟関係を維持しようとしたことに加え、命懸けの健闘を見せた音無を看取ろうとしてのことでもあったのだろう。

「……敵ながらお見事ですわ。介錯、任されてもよろしくて?」

けれど、音無には、カルラの賞賛なんて必要なかった。
介錯さえもいらなかった。

「遠慮する。俺の命はとっくの昔にどこかの誰かにやっちまったんでな」

何故か、不思議と確信できたから。
銃弾に貫かれたあの時に。
自分の心臓がここではないどこかで鳴り響いている音を聴いたから。

(そうだ、心臓。俺の……心臓)

この人生はずっと初音の為のものだったけれど。
初音のものではなく、借り物でも偽物でもない、確かに自分のものであるホンモノの心臓が、誰かを生かす力になれたというのなら。
それが、あの心臓こそが。音無結弦の、音無結弦だけの、生きた証。

(他でもない、俺は、俺の心臓で、俺自身の存在で、誰かを助けた……)

なら、それで、満足だ。
音無結弦はホンモノの笑みを浮かべたまま死ねる。

空が、眩しかった。
夜にも限らず、空に数多の白い光が溢れて見えた。

(食券か……? いや、違う。これは……)

天より降り注ぐ光は真っ白な羽だった。
現のものではない、幻の羽だった。

(ああ、そうか。お約束だもんな。人が死ぬ時は、天使が迎えにくるって)

何故か唐突に浮かんだ奏の幻像を、音無は振り払うことなく、その瞳に焼き付ける。

(俺、消えるのか……。まあ、いいかな)

天使がいてくれるってことは、そこは天国なのだから。
地獄なんかじゃない幸せな世界なのだから――。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


須磨寺雪緒は香月恭介に手を引かれるがまま、走り続けていた。
前を走る恭介の表情は、雪緒の位置からは伺えない。
だけど、雪緒は知っていた。
恭介が音無の命を犠牲に生きながらえたこんな結末は望んでいなかったことを。
ぎゅっと強く雪緒の左手を握りしめてくる恭介の右手は、同時に、泣いているようだった。
初めて彼の手を握った時にはなかった震えを伴っていたから。
繋がれた腕を通して、恭介の後悔が伝わってくるみたいだと思うのは、多分間違いではないはずだ。

きっと、恭介は。
助けようとしてくれた音無のことも、助けられたかも知れない岡崎とシルファのことも、置いてきぼりにはしたくなかったのだろう。
死を望む雪緒さえ見捨てることをよしとしなかった恭介だ。
誰かを見捨てるなんて選択を本当はしたくなかったに違いない。

それでも恭介は選んだ。
他の誰かを見捨ててまでも、雪緒を生かすことを選んだ。
そうだ、恭介に誰かを見捨ててまで逃げるという道を選ばせたのは、他ならぬ自分だ。
雪緒の、死への望みが、彼女を生かし、もしかしたら、置いていかれた誰かを殺した。

あの時、シルファをぶつけられた恭介は大きく後ろへと吹き飛ばされていた。
結果、立ち位置は逆転し、雪緒は、恭介の前で立ち尽くすこととなった。
向けられる銃口。
雪緒は動じることもなく、恭介の盾になるかのように、銃口に身を晒していた。
それでいいと思った。
別に殊勝にも誰かを護ろうとだなんて思ったわけじゃない。
ただ、頭のおかしい死にたがりが死のうとしただけ。
そう思って、更に一歩、雪緒は前に出ようとした。
なのに。
後ろから強く雪緒を引く手があった。
まだ衝撃の抜け切らないシルファを押しのけ、必死に立ち上がろうとしていた恭介だ。
雪緒は息を飲んだ。
引っ張り倒されるようにして射線から強引に逸らされる。
恭介の腕の中に雪緒が抱きとめられた時には、銃の狙いは朋也へと移っていた。
その隙を見逃す恭介ではなかった。
恭介は祐介を刺激しないよう、黙ったまま、抱き寄せた雪緒を立たせ、自分も立ち上がり、息を殺し機会を伺っていた。

同時に、その目が言っていた。

まだ賭けは終わっちゃいない、と。
あるんだろ、お前も俺も綺麗だと思える世界が、と。
ならそれを俺に見せてみろ、と。

恭介が待っていた機会はすぐに訪れた。
強く響いた逃げろという声。
声の主、音無結弦は、恐らく綺麗な世界を見つけられたのだろう。
死にひんして、けれど、音無には一切の悲壮感がなかった。
どこか満たされたように、彼は自分で自分の死を勝ち取ったように見えた。

けれども、それは、雪緒にとっての価値観で。
恭介にとっては違って。
彼は、逃げろという音無の声に一瞬、苦しそうに、悔しそうに、悲しそうに顔を歪めて。
それでも。まるで雪緒を死なせない様に。皮肉にも、芳野祐介に言われたように。
何としてでも、自分の怒りや嘆きを押し殺してでも、雪緒を護る道を選んだ。
恭介は雪緒の手を掴んだまま駆け出して。
今も、ずっと、手は掴まれたままだった。

心中がひどい有様なのを表情や声から気取られ、雪緒に自分のせいだと思いつめさせない為か。
恭介は、振り向かずに、何も話さずに、ただ、これまでよりもずっとずっとずっと、力強く雪緒の手を握りしめ続けた。
恭介に苦渋の選択をさせた自分は、どうすればいいのだろうか。
雪緒は考えるも、死を諦めることもできず、時紀に償いとしてそうしたように身体を許すのも何か違う気がして。

“歌が聞きたいです”

ふと、自分に懐いてくれていた少女が、死の間際に歌を望んでいたことを思い出す。
歌を望まれたのは雪緒ではなかったけれど。
少女が望んだ歌がどんな曲かさえ分からなかったけど。
雪緒は、歌うことにした。
死のうとしていた自分を引き止めた歌を、死んだ少女の最後の願いに応えるように。

歌が、響く。

儚くて消え入りそうな拙いメロディ。
恭介との出会いの時に彼が歌っていたそれを耳にし、恭介は前を向いたまま切なげに呟く。

「……綺麗な、歌だな」

その声は、震えていた。
彼の左手と同じように震えていた。

「あなたの歌じゃない」

雪緒は、微笑んでいた。
恭介が前を向いたままなのは分かっていた。
だから、この笑みは恭介を励まそうとして意識して浮かべたものではなかった。
ただ少し、おかしく思ってしまっただけ。
だって、言葉通り、雪緒が歌ったのは、“恭介の歌だったから”。
雪緒はこの歌の本来の歌詞やメロディを知らない。
時に不自然に音が飛んでいるのも、恭介が歌っていたものを、そっくりそのまま、模倣しているからだ。

「ああ、ちきしょう」

恭介も、そのことに気づいたのだろう。
悔しそうに、切なそうに、悲しそうに笑みを漏らして。
ちきしょう、ちきしょうと、空いた右手で、自分の顔を覆って。
そのまま、右手を顔からどかそうとはしなかった。

「こんなことならもっとちゃんと覚えとけばよかったな……」

握ったままの左手から込めらてくる力が少し強くなる。
雪緒はどうすればいいのか分からなかったけれど、ただ強くその手を握り返した。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


そうして、立華奏がその場に駆けつけた時、全ては終わった後だった。
恭介達が西に逃げ、朋也達が北に逃げ、祐介達もゲンジマルに遭遇せぬよう支給品を回収してすぐ何処へと去っていた。
だからそこには誰もいなかった。
生きている人間は誰もいなかった。

「ゆず、る……?」

物言わぬ音無を前に項垂れる奏。
カルラに言われたように、全ては手遅れなのだろうか。
そんなはずない。
そんなのはあっちゃだめ。

「起きて、ねえ起きて、結弦……」

彼には心臓がなかった。
初めて出会った時に、奏自身の手で、そのことは確認している。
心臓を貫かれたからといって、彼が死ぬはずがないのだ。
もし死んでいたとしても、ここに、この胸に彼の心臓がある以上、この心臓を返せば結弦は生き返るはずだ。
そんなことをすれば、自分は間違いなく死ぬだろうけど、この命はもとより、結弦にもらったものだ。
返すことに一切の躊躇はない。

「結弦、私、まだあなたにお礼を言ってない。
 それに約束してくれたよね。協力してくれるって。一緒にって」

だから、だから。
目を覚まして、と祈る奏。
その願いが届くかどうかは、ただ神のみぞ知る。





【時間:1日目午後8時10分ごろ】


【場所:F-7 北部】
 シルファ
 【持ち物:エドラム、水・食料一日分】
 【状況:打撲他ダメージ(中)、心にダメージ(大)】

 岡崎朋也
 【持ち物:日本刀、水・食料一日分】
 【状況:ダメージ(軽)、心にダメージ(大)】


【場所:F-7 西部】
 香月恭介
 【持ち物:SIG GSR (残弾8/8)】
 【状況:打撲・擦り傷などダメージ(小)】

 須磨寺雪緒
 【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
 【状況:健康】


【場所:F-7 中央】
 立華奏
 【持ち物:不明、水・食料一日分】
 【状況:疲労(小)】

 音無結弦
 【持ち物:なし】
 【状況:死亡?】

 三枝葉留佳
 【持ち物:なし】
 【状況:死亡】

 春原芽衣
 【持ち物:なし】
 【状況:死亡】


【場所:F-7 付近】
 カルラ
 【持ち物:エグゼキューショナーズソード、酒、DX星杖おしゃべりRH、水・食料四日分】
 【状況:疲労(小)】


 芳野祐介
 【持ち物:ベレッタM92(残弾6/15)、コルトパイソン(0/6)及び予備弾85(.357マグナム弾)、
  トランプ(巾着袋つき)、89式5.56mm小銃(20/20)、予備弾倉×6、水・食料三日分、バイク】
 【状況:疲労(中)】

※折原志乃の支給品のうち、回収されたSIG GSR本体以外は、予備弾倉を含め、火炎瓶により燃え尽きたり変形が激しかったため放棄されました。

134-2:レクイエムは誰がために(中編) 時系列順 137:My Beats, Your soul.
134-2:レクイエムは誰がために(中編) 135:泣けない貴方の為に、私が出来る事
134-2:レクイエムは誰がために(中編) 岡崎朋也 142:心の最果て
シルファ
カルラ :[[]]
芳野祐介
香月恭介
須磨寺雪緒
立華奏 My Beats, Your soul.
音無結弦 死亡?
春原芽衣 死亡
三枝葉留佳 死亡

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2020年07月29日 00:51