信仰は尊き聖上の為に ◆5ddd1Yaifw
太陽の光があまり届かぬ昼の森。大地は深緑に塗れており、ところどころ茶色の土が顔を出している。
この森の中を二人の参加者が疾走していた。
「はぁ……はぁ……」
前を走っているのは女の子。
黒の長髪に赤いリボンを付け、身に付けるは赤のロングドレス。
くっきりとした目に気の強そうな顔立ちが特徴だ。
「はぁ……っ!……くぅ……」
断続的に吐かれる息は辛そうで足は度々もつれそうである。
最初は整っていたであろう黒の長髪は乱れてボサボサだ。
「くそっ……どうしてこんなことになったのよ……!」
少女の名は綾之部可憐。由緒正しき家柄である綾之部家の長女だ。
その可憐が走っている。恥も外聞もなく必死に走っている。
髪の毛の乱れも流れ落ちる汗も気にせずに。
「あの獣耳女、いつまで追いかけてくる気……!? しつこい!」
可憐の後ろにいる女。紫の長い髪を後ろで縛った――いわゆるポニーテール。
顔は凛々しく、青の瞳には強い意志を感じさせる。
和風の服の上に黄色のロングコートを羽織り、手には木刀が握られていた。
しかし何よりも目立つのは獣耳。あの耳が女が常人でないという証だ。
名はトウカ。誇り高きエヴェンクルガ族の女剣士である。
「そもそもあの女いきなり斬りかかってきて……」
事の発端は数分前。最初の会場に繋がる扉を開けてすぐ、鞄に何が入ってるか確認しようとした時のことである。
たまたま何の気なしに振り向いてみるとトウカが木刀を自分に振り下ろそうとしたのだ。
木刀による一撃を奇跡的に躱すことができた可憐は全速力で逃走するが、トウカは息を切らさずに可憐の後を追ってきた。そして今に至る。
「何で、いきなり、ころ、されるとか。冗談じゃ、ないっっ!!!」
二人の“鬼ごっこ”は続く。
だがこれは最初から出来レースのようなものだ。
元々の高い身体力に加えて日頃から鍛えているトウカとただの女学生である可憐。
どっちが先にバテるかは一目瞭然だ。
「――――もうだめ……」
ついに可憐は体力の限界が来たのか地面に転がり込むように倒れてしまう。
「これで気が済んだか? 大人しくしていろ」
次いでトウカが悠々と追いつき、倒れている可憐の前に立った。
その様は命を刈り取る死神のようだ。
「気が、す、むわけ、ないで、しょ。まだしね、ない」
「それでも某は貴方を殺らねばならない。恨んでくれてもいい、幾らでもその口で罵ってくれてもいい」
「ふざけないで、やだ、」
「せめて痛みを感じさせずに死なせてやる」
木刀が可憐の頭に降りてくる。回避は不可能。今の可憐に動く気力は一ミリもない。
ただ死を待つだけの哀れな生贄。
(死にたくない! 死にたくない!! 死にたくない!!! こんな形で死ぬなんて嫌だ!
もっと生きていたい、誰か――)
世界が止まる。風が吹く。木の葉が揺れる。雲が動く。
「助けてえええええええぇぇえええええええぇぇぇえええええええええええええええええええ!!!!!!!!!」
――――その願い、確かに聞き届けたぞ。
烈風一刃。
トウカは刃の触れる数瞬前に後ろに跳躍したことで回避できた。
「っ……この太刀筋は」
前に逆立った茶色の髪。上着にはぴっちりとした茶色のラバースーツのようなもの、
下はゆったりとした焦げ茶色のズボンと腰に巻かれた模様の入った白い布。
右手には刀を。左手には鞘を。
「何をやっている、トウカ」
トゥスクル侍大将オボロ此処に在り。
「何をとは、見てわからないか?」
「ああ、か弱き女性に暴力をふるおうとしていたな。何故だ? このようなこと兄者が見たら烈火の如く怒るぞ」
「これも聖上の為だ。障害は全て斬るのみ」
「巫山戯るなよ、トウカ!!! この女子のどこが障害だ。気でもおかしくなったのか!」
オボロは激昂する。おかしい、自分の知っている清廉潔白なトウカとは違う。
トウカのような真っ直ぐな性根ならこの殺し合いにも最後まで抗うとオボロは思っていたためだ。
「最初にあの天使が言ってたな、この催しは最後の一人になるまでの殺し合いだと」
「ああ、そうだ……トウカ、まさかあの野郎の言葉を信じるとでもいうのか」
「例えあの言葉が嘘であろうとも真実であろうとも聖上を最後の一人として生き残らせて忠義を果たすのみ。某の義に反する不意打ちだろうと裏切りだろうとやってみせる。ただ、それだけだ」
「この馬鹿野郎が……!」
「馬鹿野郎? それは某の言葉だ、オボロ殿。お前の方こそなぜ乗らない?」
オボロはあっけにとられたかのように止まる。そしてすぐに顔を怒りの形相に変えた。
「俺がこの殺し合いに乗るだって? 冗談も休み休み言え! ユズハや兄者、ドリィ、グラァがいるのに俺が乗るはずないだろう!」
「……妹を生き残らせる為に殺し合いに乗ろうとは考えなかったのか」
「考えたさ、だがなユズハはそんなことをして喜ぶわけがないと気づいたんだ。ユズハは人の屍を無理やり踏み越えて笑う下衆ではない!」
オボロは確かに考えた。この殺し合いに乗ってユズハを生き残らせるという選択肢も。
だができなかった。そもそも自分が殺し合いに乗ったらユズハが悲しむだろう、そして涙を流してやめてくれと言の葉を紡ぐだろう、
そう思ったのだ。自惚れでもない、これは確信。大切な人のために人を殺しまわるなどただのエゴ。
その上、この島には妹の他にも大切な仲間がたくさんいる。
こんな自分を若様と慕ってくれる二人の兄弟。
心から使えたいと思った主君。
「それに、俺は仲間を殺したくなんてない。お前も例外じゃないぞ、トウカ」
共に戦場を駆け抜けた仲間達。平気で殺せるわけ無いだろう。
「この刃は弱者を護るための刃だ。俺は決めたんだ、この島でそう生きていこうって」
主君、ハクオロに仕えた日からそれまでの盗賊紛いの自分は変わった。
義のために生きる武士に生まれ変わったのだ。
「トウカ! お前はそれでいいのか? そのような狼藉をして兄者が喜ぶとでも思うのか! 俺らが兄者に誓った理想は今違うはずだ!!!!」
「知っているさ……だが某はそれでも聖上に生きていて欲しい! それに国をまとめる者がいなくなったらどうなる!? 滅ぶぞ、トゥスクルは」
「なら聖上共々みんなで協力してここから逃げ出せばいいじゃないか!」
「くどいぞ、オボロ殿。某を見てみろ、このようなか弱き女子を襲っていて平気な面を構えているじゃないか。この意志に後戻りの文字は存在しない」
「嘘だっっっ!!!! なら――――なぜ、お前は涙を流している」
トウカの頬を伝う一滴の涙。それがトウカが本意で殺し合いに乗ると決めていない現れ。
「黙れっ!!! もう、某は決めたんだ……話は終わりだ」
そう言ってトウカは木刀を腰だめに構えて臨戦態勢をとる。
涙はもうない。あるのは鋭い殺気のみ。
「結局は“これ”かっ!!」
対するオボロも左手の鞘は水平にし、右手の刀は前に押し出すように。
もう説得は不可能と悟ってしまった。なら力づくで止めるのみ。
ヒュウと風が吹く。静寂、音が消える。
「トゥスクル侍大将、オボロ――」 「トゥスクルお傍付、トウカ――」
「「――推して参る!!!!!!!!!」」
◆ ◆ ◆
私は助かったのだろう……それにしても森の中を全力疾走したせいか気持ち悪い。
頭はガンガンするし、口の中はカラカラ。
そういえばどうなったんだろう、あの二人は。
少し起き上がって前を見る。
「ぁ……すごい……」
思わずそんな言葉が出てしまった。だって本当にすごいんだもの、しかたないわよね。
私は剣道とか習ってないからあんまり専門的なことを言えないのだけど。
二人の攻防には隙がない。まるで演舞を見ているみたい。
あの女が居合いの剣撃を振るい、男の人がそれを的確にいなす。
両手に持つ刀と鞘をくるくると回しながらの剣技は軽業師みたいだ。
「――!!!」
「――――」
二人が何か言い合っている。でも今の私の耳には届かない。疲れで朦朧とする頭には何も聞こえなかった。
「なさけな……私」
私は、無力だ。あの女から逃げ出すこともできなかった。それ以前に相手は遊んでいたようなもの、最初から勝負にすらなっていない。
そして助けられるがままになって。何もできなかった自分にすごく苛立つし悔しく思う。
も、もちろん男の人に助けてもらったことは嬉しかったし、颯爽と現れた姿は白馬の王子様にも見えてかっこよかった。
でもそれとこれとは話は別よ。
綾之部家の長女たる綾之部可憐がこんな無様でいいのだろうか。否、断じて否!
殺し合いに乗るとか乗らないとかそんなの今は考えない、いやもう私の中では決まっているんだろう。
力のかぎり反抗しようって。
「動かないと……」
とりあえずゆっくりと身体を起こす。倒れたままじゃあ何も出来ない。
「何か、私に出来ることは……」
あの人の助けになれるような、借りを返せるようなこと。
そうだ、私は支給されたものを全く見ていない。それに天使の男は武器が入ってるとか言っていた。
武器を使えば援護できるかもしれない。
ガサゴソと鞄の中を漁る。武器、それも拳銃なら遠いところから攻撃できるからこの中に入っていて欲しい。
私の手にした物は――
◆ ◆ ◆
「はあっ!」
「……と、危ねぇなあ!」
戦況は膠着状態だった。トウカが斬り進み、オボロが受け流して後退する。それの繰り返し。
「斬る……」
「っ……」
そして初めに戻る。トウカは強く地面を蹴って、真っ直ぐに加速。左手に持った木刀は腰の位置に置き、射程範囲に入ったら抜き放つ。
トウカの戦闘スタイルは高速の居合いで敵を斬るものであり、オボロのような身のこなしを生かした手数の戦法ではない。
オボロはそれを刀を左斜めに寝かせて鎬地の部分に上手く当てて力いっぱい押し返し、斬撃をそらす。
無論、同じ部分で何度もそれをやってしまったら刀が折れてしまうので、当てる部分は色々と変えている。
鈍い音が響くのと同時にトウカの舌打ちとオボロの苦々しいため息が音に加わる。
「そのような防戦一方で某に勝てるとでも? 侍大将の名が泣いているぞ」
「せいぜいいきがっていろよ、油断してると足元かっさらうぜ!」
舌での接戦も二人は欠かさない。刃を交えるたびに挑発、軽口を口から出す。
「チッ……埒があかない」
オボロは後ろに大きく跳躍。腰布がふわっと浮き上がる。
再びトウカが距離を詰めることで初めに戻るのかと思いきや今回は違った。
「ぬっ……」
攻めが逆になったのだ。オボロが後退し、刹那で体制を整えて前に大きく踏み出す。
滑るように、身体を低くして跳躍。空気を切り裂く音を纏いてトウカに迫る。
常人にはとても出せそうにないこの速度。
まさしく流星の如し、速さが売りなのは伊達ではない。
「来るか……! どんな攻めをするにしろ関係ない、この木刀で斬り捨てるのみ」
トウカは身体の重心を下げる。右足は前に大きく踏み出し、左足は少し後ろに置き、木刀は左腰に添える。
手は居合の構え。鞘がない故にいまいち締りがないがないものは仕方がない、右手は空を握るのみ。左手は柄を軽く握る程度。
強く握ったところですっぽ抜けるのが関の山だ。
静の構え。動きは毛程もなく、それは生きた彫刻を見てるかのようだ。
ただこの身は今迫り来る外敵を倒すことのみに捧げられている。
「一刀――――」
動く。静から動へ。左手が動く。足で地面を踏み込み疾風の如く走る。
相手には何もさせない。何かをする前に斬るのだから問題などない、一足一刀の間合いに入った。
今だ。さあ、とくと見よ、閃光の太刀筋を。
「両断」
瞬。半月の模様が横に広がる。茶色の月がオボロを飲み込もうと、
「――跳ぶ」
しない。木刀は大気を切り裂いたのみ。オボロは何処へ? 答えは直ぐに出た。
「零距離、とったぞ」
背後からの鋭い剣気。振り返るまでもない、後ろにいる。
オボロは跳んだのだ。真っ直ぐの疾走の途中、力いっぱい地面を蹴り上げて、強引に身体を上に持ち上げる。
ちょうどトウカの頭をぎりぎり超えるぐらいの高さの跳躍。そして着地。
「終いだ」
前に向いていた身体のベクトルを勢いよく回転させる。溜めた姿勢から両手にある刀と鞘は上段から大きく袈裟に振り下ろす。
風を捩じ切りながらトウカに喰いつこうとする二つの脅威が放たれた。
「む――」
防御はする前にやられる。トウカの頭に浮かぶ敗北の二文字。
敗北だけは許せない。ここで負けたら自分は――惨めに朽ちていく。
この身は此処に朽ちず、忠義を果たすまで。
防げないのなら全力で、このエヴェンクルガ族の身体能力を信じて。
潜り抜けるのみ。
「っああああぁぁああああぁああぁぁああぁあぁあああああ!!!」
左斜め横に滑るように跳ぶ。もはや勘で躱すようなものだ。
戦場でも数多の経験を元に、太刀筋を読んで。
「っ……!」
「……!?」
ギリギリのところで躱せた。振り向きざまに一閃。だが遅い。既にオボロは射程から離脱している。
二人の距離は離れ、また最初の位置に戻る。
「ふっ……」
「ははっ……」
二人の口から笑い声がでる。やがて、それは。
「はははははははははははははははははっっっっ!!!!」
「くくくくくくくくくくくくくくくくくっっっっ!!!!」
盛大に大きな声となり、森に響き渡る。
「楽しいなぁ、オボロ殿っ!! 血が沸騰しそうなほどに!」
「ああ、トウカ!! お前との本気の戦い、燃えるじゃねえかっ!」
「少し身体が重いのが気になるが、そんなことどうだっていい!」
勝手知ったる仲間との本気の戦い。武人として胸が踊らないはずがない。
「オボロ殿――――」 「トウカ――――」
同時に二人が構える。
「――――最後は某が勝つ」 「――――最後は俺が勝つ」
同時に地を蹴る。同時に得物を振り上げる。
「上等だ――負け犬」 「上等だ――うっかり侍」
戦いは終わらない。
「某に一度負けた癖に口だけは大きいな!」
「はっ、過去のことをグチグチ言ってんじゃねえよ!」
「この聖上への“忠義”の刃に負けはない、潔く地に堕ちろ」
「お前がなっ! そんなのただの自己満足の刃に過ぎない! 何度でも言うが本当に兄者のことを考えているならば弱者を護るために力を使うはずだ!」
「それができないと言ったろう、生き残るのは一人だけっ! ならせめて聖上だけでも……!」
「だからなぜあの天使の言うことを信じる! 嘘を言ってるのかもしれないのだぞ!」
「信じるしかないだろう、こんな首輪まで付けられているんだ!」
「このっ!」
三つの刃が交差する。二人の動きが止まった。
「ふん、ここまでだ」
「なんだと……まだ勝負の決着はついてないぞ」
「長引きそうなんで一度引かせてもらう、得物も痛んできたしな」
「逃げるのか?」
「何とでも言え、まだ某は死ねないんだ。それに後ろの女子もどうやら某を狙っているらしい」
ふとオボロが後ろを見ると、可憐が立ち上がっていた。手には
クロスボウを持ち、照準はトウカに向けている。
「早く、立ち去りなさいよ……!」
「言われずとも去るさ……今度はその生命、貰い受けるぞ。オボロ殿、互いに生きてたら決着をつけよう」
「俺がお前を逃がすとでも?」
「その後ろの女子がいるのにか?」
「ちっ……」
「ではな。できる事なら再び決着を」
そう言ってトウカは去っていった。数秒過ぎた後、ドサっと何かが倒れる音がした。
「お、おいどうした!」
「だい、じょうぶよ。ちょっとフラっとしただけだから」
可憐が地面に倒れたのだ。元々の疲労とトウカの殺気に当てられてのものだと見られる。
「そんなに顔色が悪いのに大丈夫な訳無いだろう!」
オボロが刀を急いで腰に差して、可憐に近づく。
「ちょっ、何すんのよ!」
「いいからじっとしてろ」
そして、腰をおろして、可憐の膝をゆっくりと曲げて、そこに手を突っ込んで持ち上げる。
いわゆるお姫様抱っこだ。
「な、なななななななにを、」
「何って。どっか休めそうな所までお前を運ぶ。気にすんな、俺がお前を護るから。安心して体を委ねていろ。よし、行くぞ」
可憐の顔がリンゴのように真っ赤に染まるが、前だけを向いているオボロは気づかない。
そうしてつい先ほどまで戦場だった場所には誰もいなくなった。
【時間:1日目午後1時30分ごろ】
【場所:E-5】
オボロ
【持ち物:打刀、水・食料一日分】
【状況:肉体的疲労(中)】
綾之部可憐
【持ち物:クロスボウ、水・食料一日分】
【状況:肉体的疲労(極大)】
トウカ
【持ち物:木刀、水・食料一日分】
【状況:肉体的疲労(中)】
最終更新:2011年08月30日 20:22