ハルヒと親父 @ wiki

二人は暮らし始めましたー場外ー親父が来る その1

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haruhioyaji

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 夕食後のコーヒーを楽しみながら、いつものように、どうでもいいことを話していると、ハルヒがふと、思い出した、といった顔をしてみせた。
「そういえば、こないだは花火見にでかけちゃて、あんたの怪談を聞かずじまいだったわね」
「別におれの方は、聞かせたくなるような怖い話はないぞ。だいたいおまえを怖がらすメリットがない」
 むしろデメリットの方が激しくあるんじゃないだろうか。怖がっておれに抱きついてくるタイプじゃないし(ああ、そんなゆるいツンデレなら、世界は幾度も危機に陥ったりせん)、むしろパニックに陥って手当たり次第(おれを含めた)周囲のものに攻撃をし出すことの方を危惧するぞ。
「このあたしを震えあがらせるようなやつを希望するわ」
「だからおれの話を聞けって!」
「団長に二言なし!どっからでもかかってらっしゃい!」
「聞く耳なしだろ!……やれやれ。その言葉、後悔するなよ」

−−−前もって言っておくが、これは実話だ。体験談と思ってくれて構わん。毎年、お盆になると、うちは家族でじいさんいる田舎へ帰ってるのは、おまえも知ってるな。妹がまだ生まれる前だから、おれもまだ小学生になってなかったと思う。子供にとっちゃ田舎は退屈なところだったが、その頃になると、近くの子供なんかと遊ぶようになって、それなりに時間をつぶせるようになっていた。山の中といっても平均気温が少し違うくらいで、子供には猛暑であることに変わりない。だから子供たちの一番の楽しみといえば川遊びで、おれもようやくそれに混ぜてもらえる歳になっていた。その前の歳は、まだチビだから川に入っちゃダメだと言われていたからな。
 泳ぐのは、滝つぼが周囲をけずってちょっとした大きさの淵をつくっていて、その出口に石や土嚢を積んで、水の流れをせき止めてつくった、即席の流れるプールだ。だが、滝が落ちる真下は、水の流れが複雑な渦をつくって、巻き込まれると浮かんで来れないからと、接近禁止の誓いを立てないと、田舎のガキ大将は水に入る許可をくれん。ガキ大将が小学3,4年なんだが、子供は子供なりに決まりをつくって互いに注意し合って、自然と人間の合作である滝つぼプールを楽しんでた。田舎に入る間は毎日そこに通って川泳ぎをそれなりにマスターしたつもりになっていた。
 様子が変わったのが次の年だ。まず、おれに誓いを立てさせた、あのガキ大将がいない。顔見知りに理由を聞いても、誰もはっきりしたことを言わん。それどころか、去年まではいなかったひょろ長いのが、今年は偉そうに滝つぼプールをしきってる。言ってることもいい加減だし、なによりどう見ても危ないマネを自分でやって周りに誉めさせようとしたり、無理やり人にやらせようとしたりする。田舎の子供社会でも政権交代みたいなものがあったのかも知らないが、とにかくおれは不愉快な気分で一杯になって、次の日からは、もう川へは行かなかった。
 その夏、田舎で過ごす最後の日だ。田舎の子供たちの中では一番親しかった子が、夜におれを訪ねて来た。そいつが話してくれた事情はこんな風だった。こんな田舎にもスーパー林道だか、なにかそんな道路が作る計画があって、あのいけすかない新ガキ大将は、その道路関係の土建屋か政治家(田舎じゃ両方を兼ねてるのが珍しくないんだが)の息子で、いきなり引っ越してきて、親分風を吹かせるようになった。あの滝つぼでも、おれも守らされた誓いもルールも無視で、それどころか旧ガキ大将に勝負を挑んでくるありさまだったそうだ。最初は挑発に乗らなかった旧ガキ大将もとうとう堪忍袋の尾が切れたのか、滝つぼにどちらが長く潜っていられるかを勝負することになった。みんなは止めたそうだが、逆にみんなを守ろうって気持ちが大きかったのかもしれん。勝負は経験のある旧ガキ大将の圧勝だったんだが、その次の朝、そいつは例の滝つぼで溺れ死んでいるのを発見された。それがおれがその年、田舎に来たほんの1週間前のことだったらしい。
 誰もが、旧ガキ大将の溺死を、新しくやってきたあいつと関連付けていた。しかし、もし本当にそうだったらと思うと恐ろしくて、昼間は奴に従ってみせていた、というんだ。そして、今夜来たのは他でもない。いけすかない新ガキ大将を今夜、あの滝つぼ近くの河原に呼びだして、おれたち全員で真相を聞き出すつもりだと。
 結論から言うと、おれは行かなかった。次の朝早くに出発することになっていたし、だいたいその新ガキ大将が、そんな不利な呼びだしに応じるはずがないと思ったからだ。そう言って断ると、おれの家に来た奴は、自分も最初はそう思ったが、あいつは絶対に来る、何故なら、子供たちの家を一軒一軒回って、今日の呼びだしを段取りしたのは、あの死んだと思われてた旧ガキ大将だから、だと。驚いたおれは聞いた。おまえは実際に会ったのか。死んだはずのあいつに。会ったとそいつは言った。じいさんの家にもおれを誘いに来ることになってたが、じいさんの家は集落の端にあって、時間が間に合わないから、一番家の近い自分が頼まれて誘いに来たんだと。
 次の日、じいさんの家を出て、ほぼ丸一日がかりで家にたどり着いたところに、じいさんから俺あてに電話があった。あの、いけすかない新ガキ大将が、例の滝つぼで溺れているのを発見された、と。村の子供たちは知らぬ存ぜぬを通しているが、確か昨日の番、おれのところに子供が一人来て滝つぼの話をしていただろ、おまえは何か聞いてないか、というんだ。
 おれは、気味悪さもあったが、なによりも子供同士の信義みたいなものを感じて、じいさんには、いや何もそれらしい話は聞いてない、とだけ答えた。
 それから何日が過ぎ、夏休みも残り少なくなった日曜だったと思う。生まれたばかりの妹がいる病院へ着替えや何かを持って父親が出掛けていたんで、俺は一人で留守番していた。テレビを見ていたはずが、いつのまにかうとうとしていて、インターホンの呼び鈴で目が覚めた。おれは無意識に台所にいって、インターフォンの親機のボタンを押した。
「お礼を言いに来たんだ」
聞き覚えのある子供の声だった。
「おまえは黙っててくれた。ドアは開けなくていい。今の姿は見られたくないからな」
まちがいない。おれが誓いを立てた方の、ガキ大将の声だった。
プツンとインターフォンの回線が切れて、おれは体中の汗が引いていくのを感じた。
しばらくためらってから、おれは玄関のドアを思いきって開けた。そこは水びだしになっていたが、それだけじゃない。水たまりができるほど激しく濡れた道は、駅の方へ向かってどこまでも−−−

ピンポーン


「きゃあ!! なによ?だれよ?」
 ハルヒ、モノを投げるな、おわっ、おれを投げるなー!
「誰って親父だが」
「おやじい?おどかすな、バカー!!」
 玄関まで這っていって、ドアを開けると、ハルヒの親父さんが「なんなんだ、いったい?」という顔をして立っていた。
「すみません、いま、ちょっと怪談みたいな話をしてたんで」
「ああ、そうか」
 親父さんは妙に納得した顔になった。
「なるほど」
「な、なにがなるほどよ!? 何の用よ!?」
「鯉を釣ったんでな、鯉こくを作ってみた」
「妊娠もしてないのに、母乳の出を良くしてどうすんのよ!」
「落ちつけ、バカ娘。そして『鬼平犯科帳』を軽く読め。鯉こくは、普通に江戸っ子の好物だ。滋養強壮を促すそうだが、余計だったか?」
「その一言が余計なのよ!」
「じゃ、食わんのか?」
「食べるに決まってんでしょ! キョン、あんたのノルマはあたしの倍よ!」
 何ゆえにノルマまで。しかもそれだと、ハルヒが食い飽きるまで、アキレスはいつまでも亀に追いつけないのでは?
「効果は親父が帰ったら、……その、ちゃんと《検証》するからね!」
 せめてプラセボ効果を上乗せしてくれ。

「キョン、話の終わりに、音使っておどかすなんて、反則もいいところだから、今の勝負はなしよ! もっとも全然怖くなかったけどね!」
 いや、音は親父さんがならした呼び鈴で不可効力だし、もともと勝負じゃないし、思いっきり怖がってたし。
「こいつには、小さい頃、毎日絶叫系の怖い話を聞かせてたからな、免疫がある。キョン、思いっきりやっていいぞ」
 いや、むしろトラウマというかアナフィラキシー・ショックというか、「意外な弱点」加点がまたひとつというか。
 というより何より、親父さん、またあなたでしたか。
「キョン、おまえも素直に萌えると言え」
………
……


 そして昨日の今日。
 ハルヒが帰ってくると、そこにはカレーライスをほおばる男たちがいた。

 「で、あんたはどういう訳で、今日も娘と彼氏が同棲してる部屋に上がりこんで、うまそうにカレーを食ってるのよ?」
「うまいものを、うまそうに食べて何が悪い?」
「質問に答えてない!」
「カレーなら食べる人数が変わっても、対応できるだろ」
「それだけか!?」
「生き別れの娘に、たまにはオヤジが手料理を振舞っても悪かないだろ」
「そんなの、味次第よ。っていうより、昨日も今日も来てるでしょ!」
「あんなこと、言ってやがるが、どうだ、キョン?」
「ハルヒ、ちょっと味見してみろ。うまいぞ」
「そんなことは食べなくても分かってるわよ」
 カレーにすら、ツンデレか、ハルヒ?
「バカ娘め、素直になれ」
 いや、親父さん。そういう一言がこいつに拍車をかけるんです。石炭をくべるんです。
「こんな、カレーなんかで、がつがつ、ごまかされない、がつがつ、んだからね!」
「おいおい、キョンの分もあるんだぞ」
「キョンには、がつがつ、あたしがもっとおいしいもの、がつがつ、つくってあげるわよ!」
「ハルヒ、分かったから、食べる方に専念しろ」
「フー、食べたわ。バカ親父、昨日に続いて今日も押しかけてきた趣旨を聞きましょうか?」
「おれも怖い話を考えてきた」
「退場」
 親父さんはなんと、素直にハルヒの言葉に従って、立ち上がった。
「あした、また来る」
 なんという、立ち去り際の、スカンクのような攻撃! ハルヒはダメージをくらった。そして混乱してしまった。
「キ、キ、キョン、逃げるわよ!」
「って、どこへ?」
「どこでもいいわよ!」
「逃げ切れるのか?」
 あの親父さんから?
「だって、地球は丸いんだろ?」
「以前のあたしたちなら無理だったでしょうね」
 以前と今と、何が違うのか、聞きたいようで聞きたくない。



その2へつづく




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