殺し合いに乗っていたマリアさん。そんな彼女と共に元の日常に帰ることを諦めたくない歩は考えた。マリアさんを止められるのは自分ではなく、ずっと一緒に過ごしてきたナギちゃんであると。そう方針を決めるところまでは、スムーズだった。

「……で、どこにナギちゃんはいるのかなぁ?」
「や、俺知らねえ……。」
「うーん、前途多難の予感。」

 結局、そこが分からずじまいでは何も進展しないというものである。手当たり次第にそこらの草むらをかき分けて探すその様たるや、まさにエサを漁るハムスターのごとし。

「そうだ、アテとかねえのか? アジトにしているとことか。」
「アジト?」
「あっ……。」
「……竜司君にはアジトがあるのかな?」
「う……。それは……。」

 何故か、こういう時だけ察しがいいのが西沢歩という女の子だ。

 竜司が地図を見た時に、真っ先に目に留まったのは純喫茶ルブランの名前だった。
 学校で怪盗団について話し合っていて新島先輩に目をつけられてから、秘密の話をする時は、ジョーカーこと雨宮蓮の住む部屋を怪盗団のアジトとして使っていた。ルブランに向かえば怪盗団の皆で集まることもできるかもしれない、という思いは常にあった。

 ゆえに、口をついて出た一言だった。何にせよ、口は災いの元とは、よく言ったものである。

「アジトといえば……そういえば竜司君、姫神って人に怪盗がどうとか言われてたよね?」

 もう一度申し上げよう。
 何故か、こういう時だけ察しがいいのが西沢歩という女の子だ。

「……だーっ、ここまでバレてちゃ誤魔化せねえっての。」

 観念したように竜司は項垂れる。

「内緒にしといてくれよ? 俺、怪盗団なんだよ。」
「な、なんですとー!?」

 と、大袈裟に驚いてみせる歩。しかし次の瞬間には、首を傾げて不思議そうな顔になる。

「……で、その怪盗団って何なのかな?」
「……へ、怪盗団知らねえの?」

 それは、竜司には信じられない言葉だった。
 元の世界では、少し外を歩いてみようものなら、そこら中から心の怪盗団【ザ・ファントム】の噂が聞こえてきた。それほどに、怪盗団の存在は世界を揺るがしていたはずだった。
 だが、興味無いとか好きじゃないとかならまだしも、歩は怪盗団を知らないと言う。そんなこと、ネットの普及している現代で有り得るのだろうか。

「テレビ見ねえとか?」
「家族でいっつもつけてるよ?」
「マジ?」

 そして竜司は、怪盗団とは何か大まかに話した。だが、やはり要領を得ない。むしろ話せば話すほど、両者の溝は深まっていくばかりだ。

 例えば、巷で起こる精神暴走事件が歩の知る元の世界では起こっていないこと。
 例えば、歩がいた世界を賑わせたUFO墜落事件が竜司のいた世界では起こっていないこと。
 例えば、水蓮寺ルカやりせちーという、それぞれの世界のお茶の間定番のアイドルを、相手が知らなかったこと。

「もしかしたら、私と竜司君、別の日本から来てる……とか?」

 ……と、最も核心的な事象を突いたのはやはり、何故かこういう時だけ察しがいい歩であった。

「いや、そんなわけねえだろ。」
「そうだよね、まさかそんなこと!」

 しかし、核心には至らない。核心に近付くだけ近付いて全力Uターンをかますのが歩である。

「でも、悪い人を改心させちゃう怪盗かぁ。何だかそれ、ヒーローみたいだね。」
「へへ……そうだろ?」

 どこか照れくさそうに竜司は鼻頭を掻く。怪盗団バレしたことはこれまでにもあったが、その時は知られてしまったことへの危機感が大きかった。
 しかし今回は、歩が怪盗団を知らないという要素がある。世論とか立場とか、そういった煩わしいもの抜きに伝わってくる尊敬の気持ち。だから真っ直ぐに伝わって、素直に受け取ることができる。

「っていうか歩はどうなんだよ?」
「どうって?」
「ここに呼ばれる前はどんな風に過ごしてたんだ?」

 一方で、ダイレクトに褒められていると恥ずかしくなるのも男の性か。ついつい話題を変えにかかった。

「私はねぇ……」

 ごくり、と竜司が唾を飲む。
 怪盗団である自分が殺し合いに集められた。すなわち、この殺し合いには変わった経歴を持つ人間ばかりが集められているのではないかと、そんな予感がどことなく漂っている。

 普通の女の子にしか見えない歩の口からは一体、どんな壮絶な過去が語られるのだろうか。

「……高校に通ってたよ!」

 時が止まった。

 ちょうどその頃、どこかでパレス内の時間を止めている魔法少女がいたのだが、それは別の話。その場の空気が凍り付いたように会話が停止したのだ。

「えっと……他には?」
「あれっ!? もしかして私って、何も無い!?」

 普通の女の子として生きてきた自覚はある。
 ……が、自慢できるのはそれだけだ。
 ハヤテ君のように1億5000万円の借金などしていないし、ナギちゃんのように大金持ちでもないし、ヒナさんのように完璧超人でもないし、竜司君のように怪盗でもない。

 そう、私には何も変わったエピソードが無いのである。

「私って、一体……。」

「ま、まあまあ。波乱万丈じゃねえのはいいことなんじゃねーの、多分。」

「もしかしてハヤテ君と恋人になれないの、こういうとこなのかな……。」

「……えーっと、ハヤテ君ってあれか? 名簿にいる綾崎ハヤテ……だっけ?」

「うん、そう……。昔から好きな人だったんだ……。まあこの前フラれちゃったんだけどね……。」

「あー……それはなんつーか、ドンマイ……。」

「やっぱり私なんか、死んだ方がいいのかも……。」

「イヤ、落ち込みすぎだろ……。元気出せって。」

「うん……死んだ方がいいのかも、じゃないよね。」

「ああ……って、わっ……ちょっ、おい、何だ?」

 歩はゴソゴソと、竜司のザックを勝手に漁り始める。竜司から見て背中側に手を回しているため、何を取り出そうとしているのかは見えない。

 間もなくしてザックを漁り終えた歩。振り返ってその手に持っているものを見た瞬間――竜司の目の色が変わる。

「――いっそ今すぐ死ぬべきなんじゃないかな?」

 歩が手にしていたのは、マリアから没収したチェーンソー。それを躊躇う素振りも見せず、自分の首筋に押し当てている。

 もう一方の手が、チェーンソーの起動スイッチへと伸びる。そのスイッチが押されたら――その先の未来は、言うまでもないだろう。

「――キャプテン・キッドォ!」

 咄嗟の判断で権限させたペルソナ。【電光石火】の如き一撃が、正面からチェーンソーを吹き飛ばした。

「はぁ……はぁ……危ねぇっての……冗談にしてもさすがにやり過ぎだろ……!」

 湧き上がる恐怖心。
 どこか虚ろな目でチェーンソーを自分の首筋に当てる歩のあの迫真さ、冗談でやっていい一線を完全に超えていた。

 だが、竜司の恐怖はそこに留まらない。

「――竜司君、どうして意地悪するのかな?」

 ふらふらとゾンビのような足取りで、竜司へと近付いてくる歩。またあの目だ。こっちを見ているのか、それとも自分を通してその奥の景色を見ているのかさえも分からない、虚ろな目。

「竜司君だってさっき、死のうとしてたよね! だから一緒に死んであげるって言ってるのに。」

「おい……歩……ぐうっ!」

 竜司にとって、予想だにしていない襲撃だった。
 首筋を掴まれて、そのまま力を込めて締め上げられる。それは、ただの同年代の少女とは思えないほどの力だ。

「独りって寂しいでしょ? だから私が一緒に死んであげるんだ!」

 闊達な笑顔を振り撒きながら、手のあらゆる血管を浮き上がらせながら凄まじい力で竜司の首を絞める歩。

 人は本来、他人を攻撃する時であっても無意識に力を抑えている。その要因は相手を傷付けることへの罪悪感であり、はたまた反力で自分が傷付くことへの忌避感でもある。今の歩からは、それが感じられない。肉体の限界まで、力が込められている。一般的な男女の体格差に加え、心の装甲を反映した怪盗服姿の時の力を以てしても、華奢な歩の腕から竜司は抜け出せない。

「……させないわ。」

 ――間に、誰かが割って入るまでは。

 何者かが歩を蹴り飛ばし、締まっていた竜司の首が解放される。

「げほっ……ごほっ……くっ、一体何が……」

 咳き込みながらも現状理解のために、何とか前を向く。乱入者は、白い装束に身を包んだ黒髪の少女だった。その手には拳銃を手にし、歩を苦々しい表情で見ている。

「と……とりあえず待ってくれ! アイツ、突然暴れ出しちまったけど、悪い奴じゃねえんだ!」
「わかってる。」

 次の瞬間だった。

 何をしたのか竜司にも分からないまま、黒髪の少女――暁美ほむらは歩に足払いをかけて制圧していた。突然抜け落ちた足場に小さく「わっ」と間の抜けた声を上げながら倒れた歩。その後、ほむらの締め技によって昏倒し、その目を閉じる瞬間まで、ずっと虚ろな目でこちらを見ていた。

「な、何が起こったんだ……?」

 まるで瞬間移動でもしたかのごとき動きを見せた少女。まだ信用していいのか以前に、どう警戒していいのかさえ分からない。歩の方に目配せしながら、出方を伺うしかなかった。

「――魔女の口付け。」
「……え?」
「この子の首を見て。」

 言われた通りに歩の首筋を見る。そこにはいつの間にやら、蝶を模したような印が刻まれていた。

「何だ、これ……。」
「魔女は周囲の人間に、魔女の口付けという刻印を残すの。私はその元凶を、今から退治しに向かうところよ。」
「そうか……歩をこんな風に操った奴がいるんだな! じゃあ俺も……」
「やめておきなさい。」

 意気揚々と前に出た竜司を、ほむらは冷たい口調で制止する。

「その子から目を離したらその子、また自殺し始めるわよ。……最悪の場合、さっきのあなたみたいな周囲の人間も巻き込んでね。」
「そんな……。」

 竜司は、拳を握り込む。

 この拳は、幾度となく振るう時を間違えてきた。
 鴨志田の挑発に乗って手を出して、札付きのレッテルを貼られた時。
 姫神への怒りのままに先走って、罪もない女の子が殺されてしまった時。

 ここで元凶をぶちのめしたいという気持ちが、今度は歩を殺し得るというのか。

「ちくしょう……俺は……無力だ!!」

 握り込んだ拳は、思い切り地面に叩き付けられた。砂利が打ち付けた箇所に突き刺さり血が滲んでも、それ以上に痛むものが胸の中にあるのだ。

 自分の身勝手な行動で他人を殺めてしまい、死のうと思っていたあの時。
 息をして生を実感するのも痛いくらいに、感じる全ての感覚が憎らしくて、辛くて、苦しくて……。そんな感情を、歩に押し付けた奴がいる。
 絶対に許せないのに、どうすることもできない。

 その選択が歩の命を奪い得ると、突き付けられているのだから。

「……別にあなたのコンプレックスに構う義理も暇もないけれど、これだけは言っておく。」

 だけど、その時。

 時間停止による擬似的な瞬間移動によって、その場を立ち去る直前、ほむらはたった一言、竜司に言葉を残した。

「その手がどう汚れていたとしても、その手でしか掬えない命がある。それは無力さなんかじゃない。どうか、忘れないで。」

 それは、優しさとは少し違う。
 竜司は姫神に明確に反逆の意思を示した人物だ。ここでその牙を折ってほしくないという打算だった。

「……ああ、そうだな。」

 だけど、その言葉は確かに竜司の胸に響いた。だからその言葉の真意など、些細なことなのだろう。

「情けねえ、また間違えるところだったぜ。」

 奪われ続けた無力な者だからこそ、反逆の意思は牙となり強者を挫くことができる。それは、他でもない心の怪盗団の美学じゃあないか。

 目の前には、気絶している歩がいる。
 その目を開ければ「おなかすいた」なんて口走りそうなほどに、穏やかな顔つきだ。
 とても、先ほどまで自殺未遂をしていたようにも、これからも自殺を図り続けるようにも見えない。

 それくらい、落ち込んでいるのが似合わない歩。
 そんな彼女だったからこそ、自分は救われたのだ。

(今度は俺が、絶対に救ってみせるから……歩も、魔女とやらのキスなんかに負けんじゃねえぞ。)

 ――ペルソナ使いには、パレスが生じない。仮に心が歪もうとも、その歪み自体を正しく認知できるからだ。

 故に竜司は、魔女の口付けによる精神干渉を受けることはない。もう彼の反逆の意思は、正しい方向を向いているのだから。

【C-4/平野/一日目 午前】

【坂本竜司@ペルソナ5】
[状態]:健康 SP消費(極小)
[装備]:無し
[道具]:基本支給品、不明支給品1~3(未確認) マリアの基本支給品、チェーンソー@現実
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに反逆する
一.歩の自殺を止める。
二.歩と共に殺し合いに反逆して姫神を倒す
三.三千院ナギを探し、マリアの下へ連れていく
四.死んでしまった女の子の関係者に出会ったら、許してもらうまで謝る
五.他の怪盗団のメンバーと歩の関係者に早く出会いたい
六.姫神を倒した後、歩にラーメンをおごる
※歩とのコープが4になりました。
※竜司に話しかけていたシャドウは幻覚か本当かはわかりません。また、出現するかは他の書き手様にお任せします。
※参戦時期は9月怪盗団ブーム(次の大物ターゲットを奥村にする前)のときです。

【西沢歩@ハヤテのごとく】
[状態]:気絶 魔女の口付けの影響下
[装備]:ヘビーメイス@ペルソナ5
[道具]:基本支給品(食料消費小)、不明支給品0~2(本人確認不明) マリアの不明支給品(0~2)(確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:死ぬ。
一.皆で死にたい。
二.ナギちゃんもマリアさんも一緒に死ぬ。
三.竜司君とも死にたい。
四.ハヤテ君…私、ハヤテ君だってあっちに連れて行ってみせるよ。
※竜司とのコープが4になりました。
獲得スキル
「ツッコミトーク」相手との会話交渉が決裂した時に、異世界の人物であれば、交渉をやり直せる
「ハムスターの追い打ち」竜司の攻撃で相手をダウンできなかった場合、追撃する。
※参戦時期はアテネ編前



「やっぱ甘ちゃんだな、お前は。」

 時間停止の効力の範囲外にしているエクボがほむらに話しかける。

「何が言いたいの。」
「俺があの女の子に取り憑けば良かった話じゃねえか。俺が直接操れば、ながら作業での遠隔操作なんかに肉体と精神の主導権争いで負けるはずがねえ。そしたら、あの竜司って奴も戦いに加えることが出来てたんじゃねえか?」

 そうすれば、竜司にわざわざ不器用な言葉なんか投げかける必要もなかっただろう。むしろ、竜司は魔女退治に加わることが本望だと言わんばかりの意欲を示していた。生き残るためには、利用して然るべき人材だ。

「別に、わざわざあの二人を巻き込むものでもないわ。特にあの女の子の方は戦闘力も無さそうだし。」
「でも弾除けにゃあなる。」
「……。」
「その発想が出ねえとこが甘ちゃんだっつってんだ。」

 エクボは、茅野カエデを殺害したほむらに期待をしている。
 モブとは違い、持っている力を合理的に、自分のために使うことができる人間。ほむらは進む先を間違えない、と――狂気にも似た鹿目まどかへの奉仕のスタンスを知らないからこそ、そう思っている。

 だが蓋を開けてみれば、まだ甘さが目立つことにも気付いた。それでも歳不相応の合理性に基づいて行動していると言えばそうなのかもしれないが、今回の一件のみならず、滝谷真とファフニールをあえて同行させなかったことについても同じように思わずにはいられなかった。

「……それを甘さだというのなら、それでもいい。」

 少女の首輪が爆破されるのを目の当たりにした竜司がこの世の終わりのような顔をしていたのを、ほむらは覚えている。

 あれは、絶望の表情だった。姫神が"正義の味方"と評していたのも、頷けるというものだ。

 そんな正義の味方に、魔女退治の片棒を担がせるわけにはいかない。

『――ソウルジェムが魔女を産むなら、皆死ぬしかないじゃない! 貴方も、私も……』

 嫌な記憶に蓋をするように、小さく首を横に振った。

 そう、私は――狩っているものの正体を知ってしまった正義の味方の末路を、知っているのだから。

「私はずっと変わっていないわ。全ての魔女は、私独りで片付けると、そう決めたの。」

 そしてほむらは、辿り着いた。かつて正義の味方だった少女の、成れの果て――おめかしの魔女の魔女結界。
 結界の入口付近に、周囲の空間ごと繋ぎ止めるかのごとく装飾されたリボンの数々。独りを受け入れられなかった少女を象徴するそれらを見て、魔女の正体に察しをつけたほむらは小さく、言葉を零した。

「……巴マミ。やっぱりあなたとはいつも、相容れないわ。」

【C-4/D-4境界付近/おめかしの魔女の魔女結界/一日目 午前】
【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:ダメージ(大)
[装備]:89式小銃@現実
[道具]:基本支給品×2 不明支給品(0~3)、ゴーストカプセル(エクボ)@モブサイコ100
[思考・状況]
基本行動方針:まどかを保護し、主催側と接触する方法を探す
一.おめかしの魔女@魔法少女まどか☆マギカを討伐し、この方面に向かったというまどかの目先の危険を取り除く。
[備考]
※参戦時期は後続の書き手にお任せします。

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057:亀裂 ~ただ一つ~ 時系列順 :[[]]
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西沢歩
056:ニアミス 暁美ほむら

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最終更新:2024年08月25日 07:56