店員の姿を見たきり呆然と動かなくなった芦屋をよそ目にイートインスペースへと足を運んだ俺はまだ、自分の目を疑っていた。

 簡潔に言うと、モブの弟、影山律が死んでいたのだ。全身におびただしい数の殴打痕を残して、二度と曲がることの無い手足を糸の切れた人形のようにだらんと垂らし、眼球が飛び出るくらい驚愕に見開かれた目には頭から流れた血が染み込んで。今どきスプラッタ映画でも見ないようなグロテスクな光景が、目の前に展開されていた。

 襲い来る吐き気。死体そのものへの忌避感。様々に思うところがあるが、良くも悪くも長い人生でいくつか修羅場をくぐって来たおかげで、どこか麻痺しているところもあるんだろう。流されるほどの感情に襲われることはなかったし、ショックで気絶するようなこともない。

(まずいな、こりゃ。)

 だから、悲しみとか怒りとか、そういった感情の代わりに俺に浮かんできたのは、嘆息にも似た率直な感想だった。

 まずいというのは、仮にも超能力者である律を殺した存在が近くにあることではない。はたまた、律の死に動揺したモブが暴走しかねないことだけではない。確かにどちらも俺の身の安全に直結する重要事項であるが、そうではないのだ。

ㅤ開始から6時間が経過しようという今になってようやく、この催しが殺し合いであると身に染みて理解したこと。それはかなりまずいことだ。

 我ながらあまりにも、認識が甘すぎた。またいつものように口先だけで何とかなると、殺し合いをどこか楽観的に捉えている俺がいた。

(そうだよな。多分、おかしいのは俺たちだったんだよな。)

 モブを含む40人以上と真っ当に殺し合って生き残れるなんざ俺は最初っから思っちゃいねえ。生存を優先して考えるなら、脱出を目指すのが一番に決まってる。俺が殺し合いに乗らない理由なんて、それだけで良かった。

 そして、芦屋とトールは自分より優先して生き残って欲しい奴がいる。だったらそいつの為に自分を含め他を皆殺しにするという選択肢は浮かびつつも、少なからず自分のことも可愛い以上は共に生き残りたいという欲を最後まで捨てきれないのも当然だ。そんな二人だからこそ、一触即発の空気を醸し出しつつも、対話で何とかなったことについて理論的に説明できる。

 ……と、まあそういう事情がある俺たちが特殊なケースなんだよ。

 芦屋とトールですらも、献身先の生死ひとつでどう動くか分かったもんじゃないんだ。それなら他の奴らなんてなおさら、誰が乗ってても何ら不自然じゃねえ。殺さないと殺される。生存本能に訴えてくる単純明快な恐怖は、法律だとか倫理観だとかそんな一切合切を当然のようにそっちのけにさせて人を獣へと変えてしまう。そんでそいつに、モブみたいな特別な力があろうもんなら、そりゃ人くらい簡単に死ぬに決まってるだろうよ。

「……もしかして、お知り合い、ですか。」
「っ……。あ、ああ…………。」

 背後から、芦屋が俺に話しかける。先ほどまでと全く変わらない落ち着いた声色だ。だというのに俺は――怖いと思ってしまった。最初から分かっていたことだというのに、今さらになって、人は人を殺すのだと実感してしまった。たとえ相手が休戦の約束を交わした隣人だろうと、所詮は口約束でしかないと思えずにいられようか。

(……まずい。)

 この想いを悟られるのは、都合が悪い。そもそも霊能商法は、信用、ただそれだけがカギだ。自分は相手を騙す気がありませんよと、相手に思わせなければならない。しかも、霊能を商売とする人間は少なからず警戒される。騙そうとしていない部分ですらも、歪んだ解釈をされ得る。こっちを警戒している相手に信用を与えるには、自身の人柄に少しの妥協も許されない。

 信用、それだけを武器に、芦屋が殺し合いに乗ることに24時間の猶予を取り付けているというのに、俺の側がその約束にヒビを入れてしまっているのが現状だ。俺は今この瞬間、芦屋を信用しきれずにいるのだ。

「わ、わりぃな。ちと、死体にビビっちまったみたいだ。あー……アレだ。ほら、外の空気でも吸ってくるわ。」

「え、ええ……。お気をつけて。」

 不自然なほどにぎこちない素振りで、俺はマグロナルドを出ていった。変に勘繰られちまったかもしれないが、背を向けたがために芦屋の視線が如何なるものか分からない。

 外に出ると、太陽が顔を出そうとしていた。見るのが最後になるかもしれない日の出を前に、綺麗だなんて、どこか浮かれた感想が湧いてくる。

 何をするでもなく、無気力にただぼーっとしていると、どこからか声が聞こえてきた。

「――やあ、調子はどうだい?」
「のわっ!?」

 テレパシーによってなされる第一回放送。突然の声に驚いてピンと張る背筋。痛めた背中を擦りながら、その続きを聞き始める。

 予想通りと言うべきか、影山律の名前も読み上げられた。いつかの時みたくモブの感情に火をつけるために死体を偽装しているんじゃないか、なんて希望的観測も湧いてこない。

 それよりも問題なのは、その後だった。

「――小林トール。」
「……は?」

 たった一言、名前だけの情報伝達。
 俺たちの元同行者の名前を呼んだ放送は、間もなくして終わる。再び静まり返った空気の中、力無く一言。

「誰なんだよ、おめーは……。」

 当然、返事は返ってこない。
 早朝の冷たい風だけが耳を通り抜けていった。

(さて、どうするかな、これから。)

 芦屋も、おそらくは同じ内容を聞いているんだろう。
 テレパシーなのだから、個人ごとに異なる内容を与えてこっちを撹乱することも可能かもしれないが、そんなことをしても少しの対話によってその矛盾は明かされる。そんなことをする労力と得られる結果が全く釣り合っていない。

 つまり、放送内容に嘘偽りや撹乱なんてものはなく、本当にトールは死んだと考えるのが妥当だ。
 そして、それ自体は何もおかしくはない。銃撃戦の起こっているところに単身乗り込んで行ったのだから、そんな結果にもなりうるだろう。ドラゴンなのだから死なないなんて、そんな無根拠な空想はナシだ。俺はドラゴンの頑丈さを知らないからな。

 となるとこれからやるべきことの話か。
 第一に決めるべきは、トールの向かった場所をどうするかだよな。トールが死ぬような戦場がそこにあるのなら芦屋は魔王様とやらが心配だろうが、俺は断固として行きたくない。銃弾が飛び交う戦場なんざ生身で向かおうもんなら1秒で死ねる。

 じゃあ霊とか相談所で脱出の手がかりを探すって方向性で言いくるめるしかないか。
 まあそっちなら安全ってわけでもないんだがな。安全な場所なんてどこ探してもねえだろ。

 つまり今からやるべきは、芦屋との対話だ。
 トールの向かった場所が気になるであろう芦屋を、どうにか霊とか相談所に向かう自分の護衛に方針転換させる。相手のやりたいことを捻じ曲げようってんだから骨も折れるってもんだろう。24時間の期限を守れと主張するのも手だ。トールよりも芦屋の方が、堅物というか義理堅いというか、契約をたてに迫るのが効果的なように見える。

 ――と、そこまで考えて。

(……なんつーか全部、どうでもよくなってきたな。)

 なんて。
 土壇場で突然めんどくさくなるのは、よくある話だ。

 気が付くと俺は、元いた場所へとのそのそと歩き始めており、自動ドアをくぐって芦屋の方へと歩いて行った。

「待たせたな。俺はこのまま事務所に向かうが、お前はどうする?」

 ああ、全部どうでもいい。何でこいつのどうしたいかってことやどうすべきかってことまで俺が考えにゃならんのだ。俺はマネージャーじゃねえんだ。お前が決めろ、お前が。

「ご一緒しますよ。」
「そうか。じゃあ来い。」

 拍子抜けするくらいに、話は一瞬で纏まった。うだうだ難しいこと考えるより、とりあえずぶつかってみる方が早い。万事に通ずる心構えってわけではないが、今回はそれでうまくいくパターンだったようだ。

「……良かったのか? トールが向かった先に行かなくて。」

 何なら、あまりにもうまくいきすぎて逆に不安になってきた。

「ドラゴンすらも殺す敵がいるのに、その正体も分からぬまま向かうのは危険ですから。」
「まあ、それならいいんだが。」
「それより、脱出の手がかりを逃さない方が重要です。」

 と、期待を込めた眼差しで俺の方を見つめてくる芦屋。大体俺は、PCを扱えるとはいってもあくまで人並みだ。解析とかハッキングとか、そんな外れ技はできないのだが……相手方の期待ばかりが先行している、いつもの状況。内心、少しため息をついた。


『――遊佐恵美。』

 それは、咀嚼なしに飲み込むにはあまりにも衝撃的な内容だった。トールの死に驚愕しているところに、追撃とばかりに与えられた、信じ難い情報。

(まさか、勇者エミリアが死ぬとはな……。)

 悪魔大元帥アルシエルこと芦屋四郎が放送から伝えられたのは、魔王様のライバルである、勇者の死だった。

 真っ先に思い浮かんだのは、魔王様の安全について。
 魔王様を優勝させることを目論んだ芦屋も、魔王様の実力に対し心配があったわけではない。魔王様は、これまでどんな苦境も"周囲を味方につける"という、ある種の自力で乗り越えてきた。まるで奇跡と言わんばかりの生還劇を、何度も何度も目にしてきた。

 だが、ドラゴンであるトールが、そして魔王様を異世界にまで追い詰めた遊佐が死ぬこの世界。魔王様は大丈夫などと、軽率に言える事態ではなくなっている。

 霊幻が脱出の手がかりを探すまでに24時間の猶予がある。だが、たったの6時間でトールや遊佐を含む7人もの人が死んだ。その4倍もの時間を、霊幻に投資する価値が果たしてあるのか?

「待たせたな。俺はこのまま事務所に向かうが、お前はどうする?」
「ご一緒しますよ。」
「そうか。じゃあ来い。」

 見極めなければ。
 この、霊幻新隆という男を。

 もし、霊幻の力を以てしても脱出の手がかりが見つかる期待が薄いと分かったら、その時は――

【E-6/マグロナルド幡ヶ谷駅前店/一日目 朝】

【芦屋四郎@はたらく魔王さま!】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品 不明支給品1~3
[思考・状況]
基本行動方針:一先ずは霊幻に協力するが、優勝者を出すしかないなら真奥貞夫を優勝させる。
一.魔王様はご無事だろうか……。
二.魔王様と合流するまでは、協力しつつ霊幻さんを見定めましょう。もし、期待に沿わないのなら――
※ルシフェルとの同居開始以降、ノルド・ユスティーナと出会う以前の参戦です。

【霊幻新隆@モブサイコ100】
[状態]:健康
[装備]:呪いアンソロジー@小林さんちのメイドラゴン
[道具]:基本支給品 不明支給品0~2
[思考・状況]
基本行動方針:優勝以外の帰還方法を探す。
一.俺の事務所で情報収集できりゃいいんだが。
二.モブたちも探してやらないと。
三.殺し合いへの実感が、ようやく湧いてきやがった。
※島崎を倒した後からの参戦です。

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055:眠り姫を起こすのは 時系列順 059:さらば青春の光
056:ニアミス 投下順 058:恋人未満でもキスが発生することはある
038:0円スマイルの少女人形 霊幻新隆
芦屋四郎

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最終更新:2024年08月25日 08:11