ㅤどうやら世の中とは、本当に望んだものほど手に入らないようにできているらしい。
ㅤかつて、友人というものを望んだ。暗部である私が関わる相手は間もなく死ぬ――他でもない、私の手によって。今日も明日も、さよならを言わずに済む相手が欲しかった。するとどうなったか。千穂殿は殺され、魔王と勇者は今も殺し合わされているではないか。
ㅤ次に、こんな殺し合いの世界の中に希望を見出してみた。
ㅤカンナ勢――あんな小さな竜の子が、戦いを辞めろと叫んでいるのだ。勇者だろうと魔王だろうと、仇も宿命も一旦は忘れ、手を取り合うことだって出来ると、本気で信じているのだ。馬鹿馬鹿しいと一蹴しつつも、縋りたいと思った。その光景こそ千穂殿の望んでいたものに他ならないのだから、彼女への手向けに作り上げてやろうと意気込んだ。
ㅤその結果起こったのは、気の緩みだった。殺し合わなくていいのだと思い安心し、敵襲への警戒も遅れ、カンナ殿が撃たれ――それに続く想像を押し殺すように機関銃を前方に構え、駆け出す。一刻も早く、可能な限り速く。狙撃を受けたカンナから離れ、的を自身に定めさせるように。
ㅤ大丈夫だ。カンナ殿は生きている。何せ幼くともドラゴン、銃弾如きで死ぬはずがない。ああ、信じろ。そして誓った通り、狙撃手を無力化した上で必ず戻るのだ。それ以上にできることなど、ない。
(結局、こうなるのだな。)
ㅤつい数刻前まで戦わないことを願っていたというのに、もう戦いに身を投じている。もはや疑う余地はない――これが私の運命なのだ。平和を掴み取ることなど許されぬ。神か天使か、人智の及ばぬ超越者がそれを望んでいるのだ。信徒たる私は、その神託に従うのみ。ああ、教会にいた頃と同じだ。
「……くそったれ。」
ㅤ人生のすべてであったはずの信仰をひと言吐き捨てて、鎌月鈴乃は戦場へと駆ける。
「っ……!」
ㅤ待ち受けていたのは、先ほどよりも濃い弾幕の嵐。銃器同士の戦いでは両者の接近とともに、狙いを定める過程が削ぎ落とされていく。覚悟はしていたが、相手の銃器の扱いは鈴乃の想像を超えていた。少なくとも素人のなせる技ではない。カンナと考察した通り、この場に一般人というものはそうそう紛れ込んでいないのだろう。
ㅤインテ・エスラの民であるのかは分からないが、相手は戦いに身を投じてきた人物。常より命を失う覚悟はできているだろうし、向こうはこちらの命を取りに来ることだろう。殺しを躊躇することなどない。身を守るために、カンナ殿の雪辱を晴らすために、殺してしまえ――頭に浮かんだ考えを、鈴乃は首を振って否定する。
ㅤ今の私は、異端審問官クリスティア・ベルとしてここに立っているのではない。因縁も宿命も超え手を取り合う勢力、カンナ勢のいち構成員だ。戦いが避けられないのなら、犠牲を生まない形で戦ってやろうとも。千穂殿の、生前の最も大きな願いを掴み取るために――
■
ㅤ本当に望むものが手に入ったことなんて、一度もない。あの日、魔法少女になった日から、私の人生は妥協塗れだ。
ㅤ魔女退治のために奮闘すればするほど、友達との心の距離は離れていく。当然よね、誰も本当の私の心に触れられないんだもの。そもそも私が開いていないんだもの。
ㅤ正義のために戦うことに不満はない。そうしなければあの日に私は両親とともに死んでいたのだし、何より、死をも覚悟した時に誰かが手を差し伸べてくれるあの温かさを他人に与えられるなら、それはとっても、嬉しいことだから。
ㅤでも――心の底では、何かが満たされなかった。春の日差しも届かない地の底にひっそりと残る雪のような何かを、私はずっと、心の奥で感じていた。
ㅤあの時、鹿目さんと美樹さんに出会えて、その冷たさの正体が、ようやく分かった気がする。私は寂しかったんだ。誰かに、頑張ったねって言ってほしかったんだ。私は正義の味方でも何でもない、ただの女の子なんだ。
ㅤ殺し合い――もし私がなりたかったような正義の味方だったら、こんなものには乗らずに、乗っている人も説得して、皆で力を合わせて脱出するのを目指すのだろう。
ㅤだけど、殺し合いに来る直前、魔女に殺されかけたことで、自分がいかにちっぽけな存在であるのか、思い知ってしまった。危うく、魔法少女になる決意をしてくれた鹿目さんや、何か叶えたい願いがあるらしい美樹さんを置いて死んでしまうところだった。そんな私が、理想の正義の味方気取りなんて、できないわよね。
ㅤだったらまた、妥協しましょう。私は私が思っているほど、皆を守ることなんてできないけれど、それでも本当に守りたいものだけは、絶対に守ってみせる。それを脅かす者たちを、殺してでも。
ㅤ大切な人を失うくらいなら、正義の味方なんてやめてやる。潮田くんは私が守る。
ㅤ敵は逃げることなく、真っ直ぐに接近してくるようだ。その瞬間、マミの決意はいっそう高まった。
ㅤ死にたくないがためにやむを得ず殺しに走るのならまだ理解できる。本当に追い詰められた時に些細な光を提示されれば、それに縋るしかないのは経験済みだ。しかし相手は、こちらも銃撃を見せ、それでも接近してくるのだ。保身などではなく、積極的に殺しに来ていると見るべきだ。
(だったら、加減なんてしてられないわねっ!)
ㅤ近づく鈴乃に向けて数発、魔法少女のチカラにより生み出した使い捨てのマスケット銃を撃っては捨て、撃っては捨てを繰り返しながら次々と放ち込む。魔女相手ならいざ知らず、人を相手にするには十分に、数回は殺せる火力だ。
(嘘っ……!)
ㅤしかし弾は、そもそも的に当たっておらず、鈴乃の前進を阻むことはなかった。ベテランとして魔女を狩り続けるのに、毎日マスケット銃を撃ち続けたマミの腕前をもってすれば、あの程度の距離で誤射は有り得ない。つまり鈴乃は、放たれた銃弾、その全てを躱していたのだ。
ㅤリボンを武器へと変える魔法少女のチカラは、戦場では魔力の続く限り無尽蔵に武器を補給できる。しかし、それが魔力で作られたものであればこそ、その銃撃の性質は魔法攻撃に他ならない。即ち――鈴乃が身に付けているアクセサリ『魔避けのロザリオ』による制約を受けることとなる。致命傷となる決定打を当てられないまま、マミは鈴乃の接近を許した。
ㅤ次第に、夜の暗闇の中でも互いの姿の全貌が見え始める。ここで初めて、互いにとって互いが"襲撃者"である奇妙な関係の二人が対面することとなった。
「うおおおおおっ!」
ㅤ鈴乃は雄叫びと銃声を轟かせつつ、辺り一体に弾幕をばら撒く。決して弾を一点集中させず、威力よりも範囲に。そして臓器よりも手足への狙いに、重きを置いた射撃。殺しはしない。あくまでも目的は殺害ではなく無力化だ。但し、カンナ殿を害した報いとして多少の怪我は甘受してもらう。
――それはまさに、組織の暗部であった彼女の在り方と対極にあるかの如く。
ㅤそう、これは暗殺ではない。彼女にとっての暗殺とは、殺したくないと叫ぶ己の感情を殺しながら相手の命を奪う行いだ。対する現状、鈴乃に殺意はなく、そして心の底には轟々と燻る怒りがある。この戦いは何もかも、暗殺とはほど遠い。強いて、呼び名を付けるのなら――これは決闘。
「ぐうぅッ……!」
ㅤ弾丸が命中したマミは悲痛な声を捻り出し、次のマスケット銃をその手から零し落とす。マミが絶えず撃ち続けていた弾幕が止み、それを好機と捉えた鈴乃は肉薄し、マミの制圧にかかる。
「覚悟っ!」
ㅤマミの手元に鈴乃を撃退できる支給品はない。そして組み付きの技術ならば、対人戦に慣れた鈴乃の側に理があるのは必然。腕から肩にかけてミニミ機関銃で撃ち抜かれたマミを、鈴乃は一瞬の内に押し倒し――
「――悪いわね。」
――直後、口角を上げて笑うマミの顔を見た。
「なあっ!?」
ㅤしゅるる、と衣が擦れる音がしたかと思えば、次の瞬間にはマミの腰を取り巻くリボンが鈴乃の体を包み込む。
「くっ……!」
ㅤそのリボンは瞬く間に両の腕を縛り上げ、辺りの木々により固定する。
「こんなの、警戒もできなかったでしょ?」
ㅤソウルジェムを身に付けておらず、和装に身を包んだ鈴乃の姿は、魔法少女のそれとことごとくかけ離れている。それ故に、魔法少女のチカラを知らないとマミは判断し、罠をかけたのだ。
「私たち魔法少女はね、鍛錬すれば痛みも消せちゃうのよ。後学のために覚えておきなさい。次があれば、だけど。」
ㅤ撃たれた腕を平然とぶん回し、一周させる。痛がるフリをして武器を落とすことで、鈴乃の接近を誘ったのだ。
ㅤそして腰元のリボンを腕ごとぐるりと経由したマミの手には、一本のマスケット銃。その銃口の向く先は当然、拘束された鈴乃である。
ㅤ魔法少女について知らなかったことが、鈴乃が拘束を受けた理由だった。マミの指先が、トリガーに掛かる。
「それじゃあ、さようなら。」
ㅤそして、当然――マミもまた、鈴乃の、エンテ・イスラの魔力のことなど知り得ない。マスケット銃が撃たれる直前ギリギリまで、マミに勝利を確信させ――
――タァンッ!
ㅤ銃声と同時、解き放つ――
「――武身鉄光!」
ㅤ首から提げたロザリオが、突如として巨大な大槌と化し、放たれた銃弾を弾いた。
「えっ……!」
ㅤ鈴乃と一緒に拘束していたロザリオの体積を一気に増すことで、リボンによる拘束を振り払う。
ㅤそして大地に降り立った鈴乃の目の前には、突然の出来事に呆然とし、すでに弾丸の篭っていないマスケット銃のみを手にしたマミ。武器ではないものを瞬時に武器と化するその技は、マミの扱う魔法と酷似している。もしかして鈴乃も魔法少女なのか、と。この状況下においては限りなく"無駄"な思考に戦場での貴重な一瞬を注ぎ込んでしまった。そのために、マスケット銃を持ち替えることを失念していた。
(……まだっ!)
ㅤしかし咄嗟の判断で、そのマスケット銃を即座に鈴乃に向け、空砲を放つ。響き渡る発射音に、ありもしない実弾を警戒し、鈴乃はマミへの攻撃を中断して回避行動に移った。
「……ブラフ、か。どうやら生成した銃は一発ずつしか撃てないらしいな。」
ㅤ実弾が発射されないのを確認し、苦々しい表情で呟く。魔族とは異なり屈強な肉体を持たない代わりに、人はその頭脳を用いて相手を騙すものであると、鈴乃は知っている。たった今相手にしているのが魔物ではなく人であるのだと、改めて認識する。
「貴方こそ。その手品で隠し札は最後かしら?」
ㅤ対するマミも、魔法少女のような力を持つ人間と戦うのは、杏子の面倒を見ていた頃に経験したことこそあるが、それでも久々だ。意識的に作るポーカーフェイスで冷や汗を隠す。鹿目さんたちの前で『いい先輩』を演じていたように、優位に立つためには余裕を見せろ、と自身に言い聞かせながら。
ㅤ誤解から始まった決闘は、互いの理解を微かに、されど確かに、深めていく。それに伴うかのように、夜の闇もまた次第に深まっていく。決闘のため、それぞれの守りたいものから目を離し続けることで、彼女たちの焦燥や不安も加速していく。
ㅤ夜明けは――未だ、遠い。
【C-4/D-4境界付近/一日目 黎明】
【鎌月鈴乃@はたらく魔王さま!】
[状態]:健康
[装備]:ミニミ軽機関銃@魔法少女まどか☆マギカ、魔避けのロザリオ@ペルソナ5
[道具]:基本支給品 不明支給品0~1(本人確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:皆が幸せになれる道を探す
一.マミを無力化する。
二.カンナ殿、千穂殿、すまない……。
※海の家に行った以降からの参戦です。
※小林カンナと互いの知り合い・支給品の情報交換をしました。
【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:健康、渚の保護を重視
[装備]:魔法のマスケット銃
[道具]:基本支給品、ロッキー@魔法少女まどか☆マギカ(半分)、不明支給品(0~2)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める。殺し合いに乗る者を殺してでも、皆を守る。
一:鈴乃を撃破する。
二:渚、まどか、さやかを保護する。杏子、ほむらとは一度話をする。
三:渚くんと会話をしていると安心する...彼と一緒に行動する。
※参戦時期は魔女・シャルロッテに食われる直前です。
※潮田渚と互いの知り合い・支給品の情報交換をしました。
ㅤ地帯を形成するある一本の大木の裏。息を殺しながら、潮田渚は弾丸が飛び交う戦場を眺めていた。
ㅤマミは自分を戦場から離そうとしていたようだが、渚は見ておくべきだと思った。この殺し合いの場が、どんな世界であるのか。
(これが……殺し合い……。)
ㅤそれは、話で聞いていたよりも数段、身の毛のよだつ光景だった。無尽蔵にばら撒かれるその弾丸ひとつひとつが自分の命を奪いかねない。かつて殺せんせーの指揮の下、クラスの皆でガストロに立ち向かった時とは違う。この世界に立ち向かうのは、自分の身ひとつだ。
(でも、僕らが平和に暮らしている間にも、地球のどこかではこんな光景が毎日、当たり前のように繰り広げられていた。)
ㅤこれまでも、意識してこなかったわけではない。ビッチ先生のような、戦場に生きてきた人たちに比べれば、自分たちの暗殺に賭ける想いは弱いと。
(だというのに、地球を救える舞台に立っているのは僕たちだ。)
ㅤ僕たちは、地球を担うだけのものを差し出せていない。
ㅤ渚の気持ちを加速させるように、マミは魔法少女のチカラを渚に隠していた。
ㅤ自分だって暗殺のことは話していないし、自分の技術の底も見せていない。彼女にだって、事情は少なからずあるのだろう。だけど殺し合いの世界で、平然と、他人を殺せるだけの刃を隠していた事実は渚の心に警鐘を鳴らす。
ㅤ高鳴る鼓動を抑え込み、戦場を観察する。生き残るために。地球を救うために。僕に何ができるのか。何を、するべきなのか。
ㅤ最近、気付いてしまったこと――僕には、暗殺の才能がある。こんな殺し合いの世界であっても、何かができるチカラがある。だって、この場の誰にも――暗殺者(ぼく)の姿は見えてないから。
【D-4/C-4境界付近/一日目ㅤ黎明】
【潮田渚@暗殺教室】
[状態]:健康
[装備]:鷹岡のナイフ@暗殺教室
[道具]:基本支給品 不明支給品(0~2)
[思考・状況]
基本行動方針:暗殺の経験を積む...?
一:何ができるか、何をすべきか、考える。
二:暗殺をするかどうかはまだ悩み中。
三:とりあえず巴さんの通っている見滝原中学校へ向かう。
※参戦時期は死神に敗北以降~茅野の正体を知る前までです。
※巴マミと互いの知り合い・支給品の情報交換をしました。
最終更新:2021年09月19日 18:53