「さて……ひとまず脱出を目指すのは良しとしましょう。しかしひとつハッキリさせなくてはならないことが。」
ㅤ南下の最中、悪魔大元帥アルシエルこと芦屋四郎は、唐突に切り出した。
「何でしょう?」
ㅤ混沌の竜、トールは何かの結論を断じようとする芦屋の一言に多少、警戒を見せる。先ほどまで、小林さんと真奥貞夫のどちらを優勝させるかという、決着のつかない論争を繰り広げたばかり。ここでかの議論を再燃させるような無益なことを芦屋が始めるとは思えないが、ひとまず耳を傾ける。また、似たようなことを考えながら、その議論の仲裁を務めた自称霊能力者、霊幻新隆も芦屋の次の言葉を待つ。
ㅤこうしてふたりの聞く体勢が整ったのを見て、芦屋は口を開く。
「我々の最終目的は当面の間は脱出、ということになっていますが、厳密にはそうではありません。」
「と、いうと?」
ㅤ霊幻が尋ねる。脱出を目指さないのであれば殺し合うということになるが、まさかその提案ではあるまい。先の議論の行方から転換するには早すぎる。24時間――それだけの猶予を、脱出の目処を立てるのにもらったはず。あれからせいぜい、1~2時間ほどしか経っていない。
「お忘れですか?ㅤ私たちがいかにしてこの殺し合いに招かれたか。」
ㅤ芦屋の問いに、トールは不服そうに答える。魔法を扱える人間の存在を知ってはいるが、魔力の反応すら検知させず、ドラゴンの力ごと封じるような力は知らない。
「お忘れも何も、そもそも覚えていませんよ。どうやったかなんて全くもって不明です。」
ㅤそこは霊幻も同じだった。唐突にこの会場に連れてこられたそれを超能力の類だとは予測したが、それにしてもその方面に相当な力があるはずのモブのそれと比べても大きく性質を異としている。
ㅤたぶん出会ったことは無いだろうが、超能力組織『爪』の中に瞬間移動する奴がいたというのは花沢から聞いたことがある。しかし、ソイツとて大勢の他人を一斉に瞬間移動させるような芸当はできないだろう。
「そう、分かりません。つまりあの姫神という男が存する限り、仮にここを脱出できたとしても再び拉致される恐れがあるということです。」
「ふむ、一理あるな。」
ㅤ問題というのは一時的な解決では意味を成さない。台所のカビを掃除しても、カビが生育する環境を質さなければ意味が無いのと同じだ。
「つまりはカビが生えない環境づくりが大切なのです。だというのに漆原といったら、平気で食べこぼすわ開封した食料を放置するわ……」
「ん、どうしたこいつ。」
「酔った小林さん並に脈絡ないですね。」
ㅤふと正気に返った芦屋が、コホンと咳をして本題に戻す。
「……と、失礼。つまり我々は姫神を放置するわけにはいかないのですよ。」
「まあ言いたいことは分かった。脱出した後、姫神への対応をどうするかってことだな。」
「ええ、そういうことです。」
ㅤ問題の難しさに反して、トールと霊幻は迷いのない顔付きであった。
「そんなの決まってますよ。」
「ああ、決まってる。」
ㅤそしてトールと霊幻は、タイミングを揃えて高らかに宣言する。
「燼滅です。」
「警察に通報しよう。」
ㅤその後、お互いに驚愕の表情で目を合わせたのは言うまでもない。
「いやいやいや、警察ごときの手に負える事態じゃないでしょう。」
「お前こそ物騒なんだよ。やられたら倍返していいのはドラマの中だけだ。」
「奴は小林さんを危険に巻き込んだんですよ?ㅤ法も倫理も私を止めるに至りませんよ!」
ㅤ二人はちらりと芦屋を見る。お前の意見を述べよ、と無言の圧力をこの上なくかけながら。
ㅤ実際、トールと同じく異世界出身である芦屋としてはトールの意見に近い。日本に攻め込んできたオルバ・メイヤーに限っては日本の司法にその処遇を任せたが、その時とは事情が大きく違う。何と言っても佐々木千穂の命が奪われているのだ。その地点で真奥を中心とした全面戦争は避けられぬものであるし、恩赦を与える余地も、理由もありはしない。
ㅤしかし、霊幻の語る遵法論は真奥の掲げるそれとどことなく重なり、芦屋が一概に否定できるものでもない。郷に入っては郷に従えと言うように、悪魔の姿を取り戻してもなお日本の秩序を壊そうとしない真奥のやり方には、一切疑問に思うところがないというわけではないが、その信念は元よりの崇拝感情抜きに尊敬に値するものだ。
「お、落ち着いてください。取らぬ狸が過ぎますよ。」
ㅤ結果、芦屋はどちらにつくでもなく、『保留』という形でニュートラルに争いを諌めるに留まった。
「ま、それもそうだ。」
「ふん、命拾いしましたね。」
ㅤここでも、半ば冗談交じりとはいえ物騒な捨て台詞を吐くトール。そんな彼女に向けて、芦屋は語りかける。
「ところでトールさんは、なかなかに好戦的なのですね。」
「……まあ、仮にも混沌勢ですからね。問題ですか?」
「いえ、そういうわけではありません。」
ㅤ芦屋は皮肉を放ったつもりはない。異世界出身の悪魔である芦屋から見れば、闘争を好む者とてことさら異端ではない。トールの好戦的な側面もあくまで個性のひとつとして捉えているし、トールもそのニュアンスは感じ取っている。
「ただドラゴンというのは、むしろこういった催しには積極的に乗るようなタイプに思えたので。」
ㅤエンテ・イスラでは人間と魔族、或いは魔族同士の殺し合いなど茶飯事だった。力こそ正義という名目の下、好戦的な者ほど積極的に侵略を進め、殺し合っていた。そんな衆を統率する立場だった魔王サタンも、なかなか統制がとれず苦労していた。魔物に殺されたというエミリアの父は、そういった輩に殺されたのだろう。
ㅤ興味深いと思った。何故、力こそ正義を大々的に掲げられる環境であるこの世界で、実力主義に生きるドラゴンが実力を行使せずにいるのか。
「否定はしません。力を使えば大体のものは手に入りますしね。何より、話が早い。」
ㅤ口角を緩め、笑みを浮かべるトール。その存在感は、霊幻にもうっすらと実力を感じられるほど圧倒的だ。隙を与えれば本当に眼前のふたりを焼き尽くすかのようにすら思える。
ㅤそんな堂々とした佇まいを崩さず、トールは続ける。
「でも生憎、私は欲しいものがあるわけじゃありません。ただ、失いたくないものがあるだけなんですよ。」
ㅤドラゴンの長い寿命の枠組みの中では、人の寿命など一瞬のようなものだ。だから、その一瞬を楽しみたい。その一瞬に染まりたい。それが、トールのただひとつの願いだった。
「おかしいですかね?」
「いえ。きっと魔王様も、同じようなことを仰ると思いますよ。」
ㅤ腑に落ちたように、芦屋は笑った。
「ま、要は喧嘩が強ければ立派な人間ってわけじゃねえってこった。」
ㅤそこに霊幻が口を挟む。
ㅤそれは、彼が弟子の影山茂夫に教えていることでもある。力を悪戯に行使しないこと。それが、社会のいち構成員として超能力と共に生きるということだ。
ㅤだからこそ、この殺し合いは肯定してはならない。平穏に生きていたい者たちを、首輪で脅して強制的に暴力の中に引き込む、汚いやり口だ。『爪』の奴らのように自分の力に溺れているでもない、目的すら見えない邪悪。
ㅤ絶対に、破綻させてみせる。
ㅤそれぞれが、決意を胸に抱える。
ㅤ人間と、ドラゴンと、悪魔と。種族が違えど、特別な"力"に向き合い続けてきた者たち。時に衝突することはあれど、またある時には協調もある。こうやって擦り合わせられる価値観があることを知っているからこそ、時を同じくすることができるのだ。
ㅤそんなことを考えながら、住宅街エリアに立ち入った、その時だった。
「……っ!ㅤ今のは……!」
「銃声、ですね。」
「……?ㅤあ、ああ!ㅤそうだな。バッチリ聞こえたぜ。」
ㅤ約1名は聞き取れなかったものの、異世界出身のドラゴンと悪魔は、その並外れた聴力で戦闘の音を感知した。
「急いで!ㅤ早く行きましょう!」
ㅤその先に小林さんがいるかもしれない――誰よりも焦燥を抱くのは勿論、トールである。芦屋の探し人の真奥も、霊幻の探し人たちも、どちらも戦闘面での心配には及ばない。
「……お言葉を返せば、私としては得策ではないかと。」
ㅤトールの焦燥に反し、芦屋は冷静に答えた。
「行けば必ずリスクが伴います。パソコンの技術などに秀でている霊幻さんにもし万が一のことがあれば、この世界からの脱出とてままならないかもしれません。」
ㅤ最低限の技術ならば漆原にもあるだろうが、彼は日本に来たばかりな上、貧乏暮らしでろくな環境も与えられていない。霊幻にはおそらく遠く及ばないだろう。
「それにお忘れですか?ㅤ霊幻さんが呪いの書物を使わぬよう、我々は見張らなくてはならないということを。」
ㅤ感情的なトールと、比較的冷静な芦屋。議論となれば分がある側は明らかだった。
「いや、いいよ。行ってこい。」
「……!ㅤしかし……!」
ㅤ霊幻はザックから『呪いアンソロジー』をおもむろに取り出す。禍々しさを醸し出すその表紙――急を要する状況も相まって、芦屋もトールも霊幻の一挙一動に注目する。
ㅤ霊幻はそれを――その場に放り棄てた。
「……え?」
ㅤ2人とも、困惑する。その動作ひとつで、2人が霊幻に付き添う理由のひとつが消滅したのだから。
「あのなぁ、最初っからお前らの知り合いを呪うつもりなんかねえよ。あん時はそう言わねえと俺が殺されかねなかったが、今となっちゃ何の得もありゃしねえ。」
ㅤそしてトールの方をビシッと指さして、霊幻は言い放つ。
「ほら、お前はとっとと行ってこい。守りてぇやつがいるんだろ?ㅤんで、芦屋。お前は俺と来い。
これでいいだろ。」
ㅤ自身の生存のみを狙うのなら、トールも、そして呪いアンソロジーも手放さないのが霊幻にとっての得策のはず。まだ完全には信用し切れない様子で、伺うような表情をトールは見せつつも――
「分かりました。それでは行ってきます。」
――結局、戦闘の方が気になるらしく、すぐに走り去って行ってしまった。
「……私としては、少なくとも約束の期限である24時間の間は、貴方の保護を優先したいところだったのですが。」
「まあ、そのためでもあるんだけどな。」
ㅤ霊幻の言葉に、首を傾げる芦屋。しかし、霊幻の説明には続かない。
ㅤトールのためだ、と口では言いながらも、結局それは自分のためなのだ。仮に小林さんとやらが死んでしまえば、もはやトールに脱出を目指す動機は無くなってしまう。むしろ、優勝すれば小林さんとやらを生き返らせることも出来るのだからそちらに傾く可能性が高い。放送は数時間後。トールを敵に回すことを考えれば――仮に小林さんの命の危機が迫っていても間に合うよう動いてもらうのが、霊幻自身の安全のためにも都合がいい、というだけだ。
(――綺麗事言っちゃいるが、結局は俺も厄介なヤツは他に回したいっつーだけなんだろうな。)
ㅤ少しだけ罪悪感を覚えながら、霊幻は芦屋とともに歩き始める――と、その前に――地面に落ちて皺の入った本を拾い上げた。『呪いアンソロジー』、先ほどトールの前で捨てて見せた本である。
「……それはちゃっかり持っていくんですね。」
「ん、当たり前だろ。」
【E-5/住宅街エリア/一日目ㅤ黎明】
【芦屋四郎@はたらく魔王さま!】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品 不明支給品1~3
[思考・状況]
基本行動方針:一先ずは霊幻に協力するが、優勝者を出すしかないなら真奥貞夫を優勝させる。
一.魔王様はご無事だろうか……。
二.魔王様と合流するまでは、協力しつつ霊幻さんを見定めましょう。
※ルシフェルとの同居開始以降、ノルド・ユスティーナと出会う以前の参戦です。
【小林トール@小林さんちのメイドラゴン】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品 不明支給品1~3
[思考・状況]
基本行動方針:銃声のした戦場に向かう。優勝者を出すしかないなら小林さんを優勝させる。
一.小林さん、一緒に帰りましょうね!
二.無理そうなら小林さんが優勝してくださいね。その為なら私、なんだってしますから!
※コミケのお手伝い以降の参戦です。
※刈り取るもの、もしくは高巻杏の放った銃声を聞きました。具体的にどのタイミングの銃声なのかは、以降の書き手さんにお任せします。
【霊幻新隆@モブサイコ100】
[状態]:健康
[装備]:呪いアンソロジー@小林さんちのメイドラゴン
[道具]:基本支給品 不明支給品0~2
[思考・状況]
基本行動方針:優勝以外の帰還方法を探す。
一.俺の事務所で情報収集できりゃいいんだが。
二.モブたちも探してやらないと。
※島崎を倒した後からの参戦です。
最終更新:2024年07月22日 22:15