ㅤトールと別れた霊幻と芦屋は、当初の予定通りに『霊とか相談所』を目指し住宅街エリアを歩いていた。
実際のところ、霊幻は少しばかり弁の立つ人間に過ぎない。特殊な科学技術など持ち合わせていないし、漫画みたいに首輪の解析や精密機器のハッキングなんてとてもじゃないが出来やしない。機械に疎いらしい芦屋よりは幾分かはマシだろうが、それでも専門外もいい所だ。せめて仕事に使っているパソコンがあればいいのだが、現実的に考えればそれも望み薄だろう。それに何なら、通信機器ならば他の施設にもあるかもしれないし、もしくは霊とか相談所含めどこにも無いかもしれない。
ただ、相談所の名が示す通り、霊幻の元には日々幾つもの問題事が持ち込まれていた。中には本物の霊能力案件もあるが、ほとんどはマッサージや会話などで解決可能だ。何か問題に取り組む際は事務所で考えることがもはや霊幻のルーティンワークとなっている。
ㅤ……と、つまるところ霊とか相談所を目指す理由としては験担ぎ程度だ。必然性なんてさしてありはしない。少しでも合理的な理由があればすぐさまそちらへ乗り換えることも厭わないだろう。
「僭越ながら……」
「ん?」
「『マグロナルド幡ヶ谷駅前店』に立ち寄ってもよろしいでしょうか。魔王様がいらっしゃるならばここの可能性が高いので。」
「おう、いいぞ。」
ㅤだから、そこで断る理由も特に無かった。厳密には、理由はあるがそこは口約束でカバーできる範囲。
「だが俺も命がかかってるんでな。せめて寄り道中は、24時間の期限は停止しておけよ。」
「ええ、もちろんですとも。」
ㅤ24時間の期限。それを過ぎれば、芦屋は真奥を生還させるために他の参加者を殺す。その対象は霊幻とて例外ではない。寄り道をするということはそれだけ霊幻が生き残る道を探す時間が減ることに繋がるのである。
「それにしても……霊幻さんは打算的な方なのですね。」
「お、皮肉か?」
「いいえ、むしろ褒め言葉と受け取っていただければ。」
「そいつはどうも。」
ㅤ乏しい家計を握る芦屋は、時給をきっちりいただくことだけは何があろうと譲れない。逆に、自分のことであっても時間を設定した側としてそこにルーズであることは許さない。その点、霊幻も似た性分である。互いにそういう人物であると共有できているのであれば合意もすんなり形成できるし信頼にも足るものだ。
ㅤこういったやり取りを繰り返している内に、霊幻にも次第に見えてきている。当初トールとやいのやいの言い合っていた芦屋も、ゆっくり話してみれば割と理性的な奴だ。何が利で何が損か、冷静に分析せずにはいられない性分をしている。それを霊感商法に利用しているかどうかの差はあるかもしれないがかなり自分と似たタイプだ。
「なあ、アンタの言う魔王様ってのはどんな奴なんだ?」
逆に、芦屋ほどの奴を感情的に突き動かす真奥とやらにも少しばかり興味が沸いた。数秒後、霊幻は後悔することとなる。
「それはもう素晴らしい方です。」
ㅤキラキラと目を輝かせて語る芦屋。ああ、こいつ本当、真奥って奴のことになると語彙力が低下するのな。
「紛れもなく王の器というものですよ。こんな催しさえなければ、エンテ・イスラの支配――いえ、日本を含めた世界征服をも必ずや、実現してくださっていたでしょう。」
「……へぇ、ソイツは一度お目にかかってみたいもんだな。」
ㅤその気迫には霊幻も気圧される。尊敬というよりも崇拝の域。下手に否定しようものなら普通以上に怒らせてしまいかねない。名簿の顔写真を見るに真奥は大人――いい歳して世界征服などを本気で考えている真奥に若干の不信感が芽生えるも、持ち前の処世術で当たり障りなく回答する。
「もちろん私としても早々に合流したいものですよ。ですからこうして魔王様のバイト先に向かっているのです。」
さっきまで世界征服がどうとか言ってたのにバイトかよ……と心内でつっこむ霊幻。ちなみに仮に口にしていても、芦屋もそこについては同意見である。何はともあれ間もなく、二人はさしたる弊害もなくマグロナルド幡ヶ谷駅前店に到着した。警戒しながら自動ドアを通り抜け、入店する。
芦屋の知る限り、イートインスペースは入口から見て死角。こちらの来店はドアの音で伝わるため、誰かが潜んでいれば一方的に居場所を探られる。その可能性は考えた上で動かなくてはならない。それが、殺し合いの地で成すべき合理的判断。魔王軍の知将である芦屋は当然にそれを理解しているし、対人の危機察知能力の高い霊幻も含めそれを仕損じる二人ではない。
「――いらっしゃいませーっ!」
しかし彼らが目にした存在は、すべき警戒すらも忘却の彼方に消し飛ばした。
■
ㅤ殺し合いという命の危機に瀕してみれば、それまでの平穏な日々と対比せずにはいられない。たまに外敵が現れることはあったが、闘争を良しとするエンテ・イスラに比べればバイトのシフトの入りで一喜一憂できる日々は平和といって差し支えまい。
ㅤしかし、もうあの日々には戻れない。戻るべきですらない。
ㅤ日本との繋がりがこのような形で切れてしまうことへの無念はある。魔力を取り戻した上でエンテ・イスラに帰還する機会は何度かあった。だけど、立つ鳥跡を濁さず、日本でやり残したことは少なからずあった。放って帰るには心が痛む友人がいた。人間関係がしがらみになって、離れる者を繋ぎ止める――それは悪魔には無い思考形態だ。なんの冗談か、悪魔が人間を模倣したのだ。
ㅤそして今、そのしがらみはもう無い。佐々木千穂は死んだ。仮に上手く誰も死なずに日本に帰れたとしても、第二の佐々木さんを出さないために、魔王様はこれ以降日本の誰とも関わることはあるまい。
ㅤ日本との関わりを絶つ覚悟ならすでにできている。家計のやりくりに四苦八苦するあの日々は、もう取り戻せないものであると解っている。
ㅤだから、有り得ないのだ。
ㅤ未来像から切り捨てたものを、佐々木千穂の存在を、今ここで目の当たりにするなんてことは。
「佐々木……さん……?」
「おい、なにが起こっている?」
殺し合いの地に首輪をしていない人間が居て、店員の仕事をしているのは霊幻から見ても奇妙な光景だ。だが、それ以上に芦屋の驚き様は妙だった。幽霊を目の当たりにした依頼人がする表情と同じ、目の前の現実に常識を覆された人間の顔だ。ポーカーフェイスで嘘を吐くことに慣れていたはずの自分も、モブの超能力を初めて目にした時はそんな顔をしていたのかもしれない。
「ご注文はお決まりですか?」
ㅤ少女――佐々木千穂の姿かたちをした認知存在は、笑顔のまま顔をこちらに向ける。メニューの端に小さく書かれた営業スマイルのマニュアル対応としては100点満点だろう。
「……姫神に首輪を爆破された、我々の友人です。」
「あ?」
ㅤ霊幻には、千穂の顔は『どこかで見たような』程度の認識でしかなかった。人が散見される中で突然吹き飛んだ少女の顔など、正確に覚えてなどいない。逆に、血飛沫が舞い散る首無しの胴体の方が忘れたいほど鮮明に脳裏に焼き付いている。
ㅤだが、芦屋は違う。友人として幾度となくお世話になった彼女の顔を――そして魔王様を筆頭に自分たちにのみに向けられるマニュアルとは違う笑顔を、忘れられるはずもない。
「……いえ、違いました。」
ㅤしかし、目の前の少女の笑顔は、いつかとは違う。自分にも霊幻にも一切の分け隔てのない、ただの営業スマイル。千穂を前にした芦屋の挙動に躊躇うでも心配するでもなく、ただただ機械的に業務を遂行している。
「こんなもの、佐々木さんじゃありません。」
彼女は人間だった。決して、殺し合いの世界の一端を担うロボットのような存在ではなかった。
目の前にいるのは今は亡き友ではない。人間として、『芦屋四郎』として接するべき存在ではない。不祥の表情に染まり切った芦屋の顔面には、次第に黒塗りの紋様が浮かび上がっていく。毒気のない清涼な顔付きは、悪魔としての悍ましさに染まっていく。
「……ただの人形です。」
ㅤ彼女の生を、否定する。佐々木千穂は死んだ。どれほど悲しくとも、悔しくとも、その事実を曲げることはできない。こうして動いて、喋って、そして当たり障りなく笑っていても、そんなものは彼女の生きた証すら貶める茶番でしかない。佐々木さんの能面を貼り付けた何かが、そこに在った。それが、佐々木さんとの数え切れない思い出を無理やり塗り潰しに掛かっているように思えてならなかった。
無表情のままに振り抜かれた芦屋――否、アルシエルの腕は、少女の頭を吹き飛ばした。この殺し合いの開幕を告げた遺体と同じように、それこそが本来の彼女の姿だと己の心に刻みつけるかのように。
「……霊幻さん。」
そして彼女を終わらせ、元の姿に戻った芦屋は、自分の行いを再確認するように、彼女の首を飛ばした右手をじっと凝視する。テレパシーなど使えなくても、他人の挙動から心を読むのが得意な霊幻には見える。その底にある感情は、後悔。そして自責。
「私は湧き上がる怒りのままに、彼女を模した人形を殺しました。」
当然、その感情の原因は"千穂"を殺したことだ。
「人形なら壊したの間違いだろ。」
「私にとってはそうかもしれません。だけど、魔王様にとっては、亡くした友人の……いえ、もしかしたらそれ以上に大切な人の、唯一面影を感じられる残滓だったかもしれないのにっ……!」
攻撃を受けた少女は、血を撒き散らすこともなく消失した。その挙動ひとつ見ても、芦屋が消した存在が霊の類であったことにもはや疑いはない。だから、芦屋は責められるべきではないのだろう。
だが、降霊を願って霊とか相談所を訪れる依頼人がいたように、亡き人の形をした霊に価値を見出す者がいるのも確かだ。真奥とやらがどっちなのかは分からないし、それならば芦屋の思うところについても一理ある。感情的になる前に、一度熟考すべきだったのは間違いないのだ。しかし霊幻からすれば『佐々木さん』とやらの姿をした霊がどれほど芦屋に違和感を与えたものなのかも不明だ。冷静さを欠くのも仕方がない程度には生前の彼女を冒涜するようなものだったのか、分からない。
嘘八百を並べるにもリサーチは欠かしてはならないのが霊感商法の基本だ。信用、ただそれだけを武器に生きる霊幻は露呈すれば即座に信用の株が崩れ落ちる嘘を安易に用いるわけにはいかない。だから佐々木さんについて何も知らない以上、迂闊なことを言うべきではない。分かっている。分かっているのだ。
「――心配ねえよ。」
だというのに、気付けば口をついて出ていた。不用意なひと言、炎上のもと。しかしもはや後悔先に立たず。すでに賽は投げられたのだ。
「『不気味の谷』といってだな、人形とかロボットとか、人の形をしたもんはリアルになればなるほど生理的に受け付けなくなるもんだ。お前だけじゃなく、魔王様とやらも含めて人類が共通して抱く心理学の権威に裏付けられた思考形態だよ。」
「しかし、我々は悪魔であって……」
「……は?ㅤ現にお前、異物感覚えて消し飛ばしてんじゃねーか。」
これまでのどの言葉よりも荒々しく、しかし正しい一言だった。
「いいか、オメーが悪魔だろうがドラゴンだろうが知ったこっちゃねえ。霊能力者や超能力者がいるように、そういうのもいるもんだってことで流しといてやるよ。」
人間の形をしたものを消し飛ばしたのを目の当たりにした上で、芦屋の中の悪魔の力をそういうものだと軽く流した。この地点で、芦屋と霊幻を隔てるものは何も無い。
「だがな、勘違いすんなよ。そういうちょっとした感覚においてはどう足掻いても凡人なんだよ。特別でも何でもねえ。」
芦屋は、人間を知らない。知ろうともしていなかったし、そしてそれ故に、かつてエンテ・イスラの侵攻に失敗した。だからこそ、霊幻の語る人間に対して何も言えない。悪魔として認知存在を殺した自分が、人間的な思考に囚われていたことなど、考えてすらいなかった。
そして、思う。悪魔の誇りを捨てたかのように俗世に交わろうとしていた魔王様も、霊幻と同じことを考えていたのではないだろうか。悪魔の力を度外視した時、自分に何が残っているか。他の人間と、何が違うのか。それを見定めるために、『人間』として生きていたのではないか。
霊幻にとっては勢いで言った言葉であったが――芦屋には、長きに渡る疑問に解が与えられた心持ちであった。
「……すみません、取り乱しました。おっしゃる通りです。」
「分かりゃいい。さて、行くぞ。」
最後に二人は、奇襲に警戒しつつイートインスペースへと向かう。今の騒ぎで出てこない辺り、友好的な人物はおそらく居ないのだろうが、しかしせっかく立ち寄ったのだ。念には念を入れるに越したことはない。
認知存在との別れ。それ即ち、芦屋にとっての佐々木千穂との完全な決別。他人と永遠の別れの後に『もう一度』が与えられることなど有り得ないのだ。それは、否定して然るべき邂逅なのだ。
だが――少なくとも一度目は、有り得るものだ。そしてここが殺し合いの世界であると、六時間前には知っていたはずなのだ。
■
ㅤこの殺し合いにはモブが呼ばれている。その地点で殺し合いのパワーバランスの上限には少なくともモブクラスの超能力者が設定されていると分かる。芦屋やトールも悪魔だとかドラゴンだとか、底が見えねえ。まあ、俺よりよっぽど上なのは間違いないんだろうな。んで、パワーバランス最底辺がおそらく俺だ。
ㅤもしかしたらモブより強い奴もいるかもしれねえし、俺が小突いただけで死ぬような奴もいるかもしれねえ。だが、単体戦力の振れ幅は"最小でも"モブから俺まではあるってことだ。そして仮にモブが全力で殺しにかかってくれば俺は息をする暇もなく死ぬ。
つまりこの世界じゃ、誰が死んだっておかしくないんだ。格下の誰かを一方的に嬲り殺せるだけの力を誰かが持っていたとしても、俺とモブのパワーバランスの振れ幅の範疇と言える。『この世界には実力が同じくらいの奴が招かれているとは限らないんだし、仕方ねえよな』と、言えてしまうのだ。
ん、長々と悪いな。目の前の光景を自分に納得させようとしているんだ。まあ……こういうことだってあるんだろうなって、そう思える理屈を何とか探しているんだ。まあひとつ言えることは、ここで焦っているのはただただ俺の落ち度だな。名簿を見て、モブの名前を確認した時から、これはありえる未来として想像しておかないといけないことだったんだろうよ。
「おいおい、マジかよ……。」
平静を取り戻した芦屋と共にイートインスペースに向かい、そして直面したのは、影山律――モブの弟が、死んでいた。
【E-6/マグロナルド幡ヶ谷駅前店/一日目 早朝(放送直前)】
【芦屋四郎@はたらく魔王さま!】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品 不明支給品1~3
[思考・状況]
基本行動方針:一先ずは霊幻に協力するが、優勝者を出すしかないなら真奥貞夫を優勝させる。
一.魔王様はご無事だろうか……。
二.魔王様と合流するまでは、協力しつつ霊幻さんを見定めましょう。
※ルシフェルとの同居開始以降、ノルド・ユスティーナと出会う以前の参戦です。
【霊幻新隆@モブサイコ100】
[状態]:健康
[装備]:呪いアンソロジー@小林さんちのメイドラゴン
[道具]:基本支給品 不明支給品0~2
[思考・状況]
基本行動方針:優勝以外の帰還方法を探す。
一.俺の事務所で情報収集できりゃいいんだが。
二.モブたちも探してやらないと。
三.律が死んでるのかよ……
※島崎を倒した後からの参戦です。
※認知存在・『ササキチホ』が消滅したことで、マグロナルド幡ヶ谷駅前店での参加者に対するマグロバーガーの供給が停止しました。
※パレス内で参加者が死んでもその人物の認知存在は現れません。
最終更新:2024年07月22日 22:16