「……キレイだな。」

 燦々と降り注ぐ朝の陽射しを浴びながら、三千院ナギはどこか遠い目のまま呟いた。落ち着いているようにも見えるが、先ほどまでの天真爛漫な様子から、放送を受けた後に一転しての様相である。

 主催者の姫神がナギの昔の執事であるという話はすでに聞いている。不安げな想いを隠せないままに、モルガナはナギを見ていた。ナギの小さい身体よりもいっそう小さな身体であるが、その様子から労りの気持ちは伝わったようで、ナギはゆっくりと口を開いた。

「……私さ、朝は遅いんだよ。平日は学校に行くギリギリまで寝てるし、休日なんか昼に起きてるし。」

「お、おう……?」

 ぽかんとしたモルガナを前に、ナギは続ける。

「だから、朝日が出てくるところなんて、ほとんど見たことないんだ。」

 いつか、柄にもなく早起きをして見た、早朝の世界。立ち上る朝日に、感動した。気だるい身体をラジオ体操で動かして、思った以上の爽快感に包まれた。

「でも、私の執事もメイドも、早起きだ。朝日よりも早く起きて、私の朝ご飯とか弁当とか作ってくれてたりさ。ハヤテもマリアもそうだし……姫神も、そうだった。」

 そしてそこには――どこかいつもと違う、執事の姿があった。私に呼びつけられる心配もなく、ひとり台所で食事を用意するハヤテ。その横顔に差し込む朝日が、すごく綺麗だと思った。

 私が普段眠っている時の三千院家には、私の知らないものが詰まっていたのだ。

「たったそれだけだけどさ。でも、私と、私の周りの人間ではこんなにも、見てる世界が違うんだなって、そう思うんだよ。」

 私が小さな冒険をしているような感覚で歩んでいた早朝の世界は、とうに彼らの日常のルーティンに組み込まれていた。私だけが、お嬢様というカゴの中に取り残されているような、そんな気すら湧いてくる。

 そしてナギは俯いたまま、か細い声で紡いだ。

「やはり、傲慢だったのだろうな。こんな私が、姫神のことを理解しようなんて。」

 最初から分かっていた。ただ、認めたくなかっただけだった。自分は背伸びをしているだけの子供で、ちっぽけで、まだ何も見えていない。私と違うものが見えている姫神のことを理解しようとすること自体、そもそも間違いだったのだと。

「私さ、待ってたんだ。姫神が、放送に乗じて何らかの殺し合いの打開策を教えてくれる。かつて私を守ると誓ってくれたあの男は、何だかんだで最終的には私のために動いている……って。殺し合いを命じられてるのに、そんな信頼が、心の底にはあった。」

「いや、まだこれからでも……」

「……いいんだ。」

 フォローを入れてくれようとするモルガナに、キッパリと返す。間違っていたのは私だった。その事実は、事実として受け止めるから。

「だって、姫神の言葉で巻き起こった殺し合いで、現に人が死んでる。」

「……まあ、そうだよな。」

「それに……」

 ああ、もう手遅れなのだ。仮にこの殺し合いが、よく分からない因果の先に、私のために行われたようなものであったとしても。

「……伊澄が殺されてる地点で、もう私たちに分かり合う道は残ってない。だから……これでいいんだ。」

 その犠牲に伊澄を選出した地点で、私がそれを認めることは絶対にないのだから。

「伊澄は、マイペースで何考えてるか分からないし、どこに行くかもどこから来るかも分からないし、ボケは多いし、一緒にいると色々大変だったけどさ。」

 伊澄には、いつも困らされるばかりだった。

 すぐに迷子になるからトラブルメーカーになるばかりだし、向けられる好意に鈍感すぎるが故に起こるワタル関連のとばっちりを受けるのは主に私だし、時に私のハヤテを勝手に買収していったこともあった。

 咲夜やワタルも含めての幼なじみという関係性だからどうしたって縁が切れることは無く、向こうも同じく大金持ちの家系であるから旅行などにも気軽に着いてくるし、そしていつも大規模な迷子になる。まるで予測も回避も不可能な台風と言わんばかりのタチの悪さだ。

「それでも……」


『――その漫画の……続きはどうなるの?』


「……伊澄は私の世界を、認めてくれたんだ。」

 どれだけ困らされようとも、一緒にいる理由なんてそれだけでよかった。

「みんなが私の下手な漫画を笑いものにしてたパーティーの中でさ、伊澄が……伊澄だけが、面白いと言ってくれたんだ。私が漫画を投げ出さずに描き続けられたのは、そのひと言があったからなんだよ。」

 私の世界は、誰かと分かち合うことができるのだと、そしてその喜びは言葉じゃ言い表せないくらい大きいものなのだと、伊澄は私に教えてくれた。

 だからこそ、私も伊澄の世界に触れたいと思った。伊澄のマイペースがどれだけ困りものだろうと、それが伊澄の世界であるならば、私は受け入れる。

 それが私たちの、幼なじみという関係をも超えた親友としての在り方だった。間違っても、何かを得るために犠牲にしていいものなんかじゃなかった。

「そんな伊澄をこの殺し合いは……姫神は、奪ったんだ。もう、元になんか戻れないよ。」

「ナギ……」

 己の言葉を省みて、安直な慰めの言葉だったかもしれないと、モルガナは思った。ナギはすでに事実と直面し、等身大の気持ちで受け止めている。それが彼女の生まれ持っての強さなのか、或いはすでに姫神よりも大切な執事がいるからこその強さなのかはわからない。

 だが少なくとも、今の彼女にかけるべき言葉は、慰めではなく。

「だったら、もっと……もっと、怒るんだ。」

「え……?」

「理不尽に親友を奪われて……それなのに感傷に浸っている暇なんて、ありゃしないだろ?」

 ナギの強さに対してかけるべき言葉は、共鳴に他ならない。その強さを、踏みとどまるためではなく、前に進むために導くこと。姫神の犠牲となり、死んでしまったものに強者を挫くことはできない。その遺志を継いで、力を振りかざす強者を刺すことができるのは――いつの世も、喪失を乗り越えた弱者だ。

「怒って、そして反逆するんだよ。向こうから反故にされたいつかの約束なんて気にするな。戦う道理はこっちにある。」

 ぽかんとした顔で、ナギはモルガナを見ていた。

 意地になって、ハヤテに酷いことを言ってしまった時に、謝罪の一歩を踏み出せない私を優しく諭し、背中を押してくれたマリアのような。はたまた何かにつけてはサボりがちだった私を諌めてくれたハヤテのような。私の中のモヤモヤを言葉にした上で、やるべきことに導いてくれる。

「……そうだな。うん、そうだった。」

 ああ、そうだ。私の大切な人は、いつかの約束を放棄して消えた執事なんかじゃない。今ここに、私のために言葉を投げかけてくれるヤツがいる。

「忘れてたよ。そういえば私は……ワガママお嬢様だったのだな。」

 最初から、間違っている。

 最初から姫神のことなんて、理解しなくて良いのだ。だって私はお嬢様なのだから、執事である向こうが私に気を使うべきではないか。姫神はそれに応じないどころか、あろうことか私の、本当に譲れない大切な親友を奪ったのだ。クビにしたって、引っぱたいたって、全然足りやしない。

「そうだ、姫神を理解する必要なんてどこにもないじゃないか。私は私の視野のまま――伊澄が認めてくれた、私の世界のままで。とんでもない無礼を働いたダメ執事の姫神を断罪すればそれでいいのだ。」

 今までだって、気に入らない使用人に対してはそうしてきた。私を目覚めさせる朝焼けにだってその矛先を向けるくらいには――怒りとは、私がお嬢様たる所以ではないか。

「さあ行くぞモナ。あのふざけた元執事をなぎ倒してやるのだ。全速前進で私についてこい!」

「よーし、その意気だナギ!」


【B-4/一日目 朝】

【三千院ナギ@ハヤテのごとく!】
[状態]:疲労(大) 不安(小) 膝に擦り傷 手の爪に砂や泥
[装備]:CD火炎放射器と私@虚構推理
[道具]:基本支給品 CDラジカセ
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗らない
1.姫神…何をたくらんでいるのだ?
2.次に出会ったとき、ヒスイと決着をつける
3.ハヤテー!マリアー!どこだー!……生きているよな?
4.烏間なる人よ……成仏してくれ
※モルガナとのコープが5になりました。以下のスキルを身に付けています。
「駒さばき」集団行動のとき、メンバーに的確な指示を出すことができるようになる
「お嬢様の追い打ち」モルガナの攻撃で相手をダウンできなかった場合、追撃する。
※ヒスイとのコープが9になりました。まだスキルは解放されません。
※ヒスイが姫神側の人間であると知りました。
※ペルソナの存在について理解しました。
※ロトの鍵捜索中からの参戦です。
※もしかして自分は「運動が実は得意」なのではないかの思いが内心、芽生えました。

【モルガナ@ペルソナ5】
[状態]:ダメージ(低)、疲労(中)、SP消費(小)
[装備]:ノーザンライトSP@ペルソナ5
[道具]:基本支給品 不明支給品(1)(不明支給品にモルガナが扱える武器は含まれていません。)
[思考・状況]
基本行動方針:ナギとの取引を果たす
1.姫神の目的はなんだ?
※ナギとのコープが5になりました。
※ヒスイが姫神側の人間だと匂いでわかりました。六花の匂いにも気づきましたが、異様な匂いだと感じています。
※シドウ・パレスのレストランで政治家・大江を倒した時よりは後からの参戦です。


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039:バトロワ「青春!火吹き娘!」 三千院ナギ
モルガナ

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最終更新:2024年01月14日 11:22