『+1①【-プリンセス・マオ-】』
「……どうなるんだろなぁ……、僕の────『未来』」
かつて永井荷風か泉鏡花が滲ませたエッセイに、このような一節がありました。
“未来を窺わんと欲せば、先ず往昔を顧みよ。”
“往昔を識らんと欲せば、また未来を問うべし。”
“かくて両つながら影と形のごとく、もとより表裏一体の理なり。”
(──出典不明。──されど、その響きのみ妙に難解なり~~。)
つまりは、過去と未来はコインの表裏一体~的な意味合いなのですが……そうなると一つ。
……じゃあ、今この瞬間を刻んでいる『現在』という部位は、コインのどこに該当するのでしょう。
側面のギザギザ部分ですか? それとも値段? 目に見えない概念なんですかね?
そんな答えの出ない疑問をなぞるように、僕自身もまた、『現在』と『未来』という形のない不安に包まれていました……────。
「うぅ、寒い寒い~~~! 今夜は格別に冷えるなぁ……」
あ。申し遅れました。
僕の名前は広田。──……といっても、アパートの住民たちからは決まって『隣の学生』と親しまれています。
一〇三号室の人も、二〇六号室の人も三〇二号室の人も、ましてや大家さんに至るまで、僕を呼ぶときは隣の学生。
……もはや広田という本名は、戸籍の隅で埃を被っている始末です。
そんな僕は今、大学の打ち上げ帰り。
ほんのり千鳥足で、夜道をふらふら歩いているところでした。
ズバリ現在……体内アルコール濃度、推定一〇パーセント!
今この瞬間に、ベラ・ルゴシや岸田森といった銀幕の怪奇俳優が牙を立てれば、瞬く間にほろよいドラキュラの大完成!
それくらい、僕の意識はふわふわとした桃源郷を漂っていました。
……けれど。
そんなアルコールのぬくもりに反して、心の奥底だけはどうしようもなく冷えていたんですよね~……。ええ、本当に。
凍傷でも起こしそうなくらい、僕の心は、不安という氷にじわじわと侵食されてたんです。
客観的に見て今の僕は、都内最安アパートに身を寄せる一介の苦学生です。
大学に通う目的も特にありません。
大志を抱くこともなく、ただ淡々と講義をやり過ごし、学食のうどんを喉に通し、枕に頭を沈めて意識を消す。そんな日々の繰り返しです。
現状の僕は、残り少ない寿命というキャンバスを、薄汚れた灰色で塗りつぶしているだけ。
何者にもなれぬまま、未来を迎えたくない。
その焦燥から逃れるためには、目の前の壁を直視し、もがかねばならないはずなのですが……。
……あいにく、僕の眼鏡のレンズは、その壁すらも映し出してはくれないのです。
「……ほんと、冷え冷えだよなぁ……。──」
「──……未来の僕、一体何をしてるんだろ…………」
虚空に放たれた独り言は、夜の静寂に吸い込まれて消えていく。
重い鞄を背負って汗だくだというのに、心まではまるで温まらない。
……それが、この時の僕でした。
はは……。
「……早く帰らなきゃな。コースケさんを待たせたら悪いし……!」
……考えても仕方のないことですよね。
安酒というものは、ときとして世界の色を泥水のように濁らせてしまうものです。
僕は一時間後──つまり深夜三時に、コースケさんと映画ビデオ鑑賞の約束をしています。
コースケさんは、僕とは比べ物にならないほどの人生の達人!
しかも、古今東西の名作を知り尽くした映画マイスターでもあるんです!!
「気になるから観たい」「お金が無いから割り勘で」
──そんな理由で、僕が全額負担して購入した最新作のビデオは、今この瞬間も鞄の奥に大事に忍ばせてあります。
鞄には他にも、コースケさんがいつでも借りれるようバター十個、麦茶十本、カップ麺ニ十個仕入れてるのですが、……この程度の重さ、待たせてるコースケさんの比べれば羽毛のようなものです!
タ、
タ、タ、タ
タ────ッ!
アパートの階段を一気に駆け上がり、踊り場でひとつ僕は息を整えました。
ふぅっ!
「それにしても楽しみだなぁ~。…………あんなに話題になっていたもんな~、この映画!──」
「────『バック・トゥ・ザ・フューチャー』……!!!」
僕は一旦道具を整理するため、自室の扉を勢いよく開け放つのでした──。
────すると、どうでしょう。
「……ンおりゃあああああああッッッ!!!!」
──KA-POWッッッ!!!!!!!!
「あいっだぁアアアアアアアアア────────ッ!!!!!!」
──CRASH-DONNNNNッッ…………
「え」
僕の聖域である六畳一間は、まるで解体工事の真っ最中のようにグチャグチャのメチャクチャ。
自室という名の戦場跡にて、黒服に身を包んだサングラスの男たちが、拳銃に指をかけようとしては、
「堪忍しろっ…………!! こ、この──」
「……堪忍なんてできるわけないでしょッ!!! おりゃあああああああアアアアアアッ!!!!!!!!」
──WHAMッッッ!!!!
──WHAAAAAAAAAAMッッッ!!!!!!!!
──VWOOOOOOOOOM-SHATTERッッッッッッ!!!!!!!!
「あいっだぁアアアアアアアアア────────ッ!!!!!!」
「あいっだぁアアアアアアアアア────────ッ!!!!!!」
「あいっだぁアアアアアアアアア────────ッ!!!!!!」
「え」
次々と、吹き飛ばされ。
薄い壁に叩きつけられて、天井へ跳ね返り、男たちは──なすすべもなく床へ沈んでいく。
もはや喪服にしか見えない──最後の一人となった黒スーツの男は、震えながらも呪詛を吐いた後、
「…………Fuck you──こ、これで終わりだと思うな……っ! 今はしのげても……まだ……っ! お前は……あの鳥籠の中に…………いつまでも……──」
「それが嫌だから……」
「……あ?」
「……それが嫌だからッ……──こうして『やり直し』にきたんだって、私はッ!!!──」
「──ィィィッ、うらああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!!!」
──VWOOOOOOOOOOOOMッッ────────────。
「え」
触れてもいない。衝撃波の予兆すらない。……それだというのに。
『掌』をかざしただけの──『着衣』という概念がまるでない少女に、吹き飛ばされ…………バタリ。
ごろごろと転がりながら、最終的には僕の足元まで転がってきました。
「………………ハァ、ハァ、ハァッ……ハァッ……!!」
「え」
「…………」
今、この惨劇の舞台となった部屋で。
意識を保っているのは、その謎の女の子と、……僕だけ。
「…………ハァハァ、…………あ、あなたは……」
「…………ぇ……」
焦げた空気が部屋を満たす中。
彼女とふと視線が交わったその瞬間。
……当然ながら、僕は────っ……、
「……さーて、押し入れで湿度でも数えてくるかなぁーー。ふゅふゅふゅのふゅ~~♪」
「え!? ちょ、ちょっと──」
──ガチャン。
……とりあえず、ホテルで二度寝することにしました。
飲みすぎも困ったものですね~~。
ははは~~……。
……………………
………………
…………
……
◆
【ステマ棚漫画バトル・ロワイヤル】
【Season 2】
《 ゲーム開始 から 約三十年前。》
《 回想 》
《昭和六十三年 に 遡る。》
◆
………………
…………
……
「ふわぁああ~~……うっ!! くぅ~~~……飲みすぎたぁ…………」
……いたたた。
肝臓と脳が同盟を組み、僕という国家に対して内側から一斉蜂起痛めつけてきます…………。
そろそろ僕も、大人の飲み方という概念を学ぶべき頃合いなのかもしれませんね……。
嗚呼、あっさりした暖かい飲み物がほしい…………。
ズキズキと痛む海馬を必死になだめながら、僕は白いシーツから這い出し、顔の一部と化したメガネを装着しました。
すなわち、現実直視です。
ガチャ──ッ【Check out】
【-¥2,300🏨😂👋 ~💸】
…………
……
朝七時。
すずめの鳴き声を聞きながら、自然の匂いを肺いっぱいに流し込む──優雅な朝の散歩。
『早起きは三文の徳(現代レートにして約六円)』とは言いますが、僕に言わせれば、そんな金額では測れないほどの精神的価値があると思うのです。
嘘だと思うなら、一度でいいので五分だけ早く起きて外に出てみてください。
朝の光で整う、体内時計の爽快感。
冷たい空気の、肺に刺さるような吸い心地。
昼とも夜とも違う、あの独特の静けさ。
走る車も、通行人も少ないこの時間帯は、まるで僕一人の貸し切り散歩みたいなんですよ!
並ぶ一軒家にアパート、ポストと、張り紙がベタベタと貼られた怖い人の家──……最後の一軒は無視するとして、ともかく朝の散歩は、なかなか捨てがたい小さな贅沢なのです!
「……まぁ、僕の場合は×散歩→〇帰宅なんですけどね~~。自然の摂理~的な~~。はは」
ちなみに、今日の僕は完全オフです。
本来なら一限と二限の講義が待っているのですが、昨夜の惨劇(飲み会)の影響で、サークルメンバーは全員再起不能。
つまりは捨てていい授業というわけです。
……まあ、だからといって何か予定や趣味があるわけでもない、というのが悲しい現状ではあるんですがね~~。
あー……。
コースケさんが同じ立場なら、文学に酔いしれているか、カノジョさんと知的なデートでもしているんだろうなぁ……。とほほ……。
同じ『ビンボー人』として、コースケさんには見習う部分はまだまだあるのかもしれません。
僕は、限られたリソースの中でいかに『人生を面白がるか』絞り出すため、
我が安息の地────『平和荘』の門を潜りました。
「あ、大家さん! ただい──」
──KABOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOM!!!!!!!!!!!
…………そうこうしてたら、どうでしょう。
玄関の鈴の代わりに、僕を出迎えてくれたのは──昨日どこかで聞いた気がする爆発音でした。
はい。
優雅な朝は、文字通り微塵も残さず終了です。
い、いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!!
な、なんなんですかもう!!!? いきなり爆発って!!!?
わけわか……わけがわからないですよ!!!? ド級に意味不明じゃないですか!!!?
僕は二日酔いの吐き気をかなぐり捨て、爆発音が響いた二階へとダッシュしましたァ~~~!!!
「ひ、広田くん!! ちょっとぉ!? なんなのさこの子は!?」
「“この子”……!?(あぁやっぱり!?) 大家さん、一体何があったんです!?」
「何がもナニワもあったもんじゃないよ!! コースケのぐーたらに草むしりでもさせようと思ったら……これだよ!! 見ておくれよ、このザマを!!」
「こ、これぇ…………!?」
──Shuuuuuu…………
──Shuuuuuuuuuuu……
「ハァ、ハァ、ハァッ…………」
視界を覆う白い煙の向こう側。
そこは、かつてコースケさんの部屋『だった』場所でした。
……臨界事故でも起きたかのように壁が外側に弾け飛んだ、瓦解の如しそのお部屋。
その爆心地には──やはりというべきでしょうか。
──『あの少女』が立ち尽くしていました。
「……ァ、ハァ…………」
「……」 「…………」
赤いミディアムヘアーにやや小柄な体躯。
どこか銀幕の女優を思わせる、凛々しくも鋭い美しさを宿した横顔。
はい。昨夜、僕の部屋で目撃した不条理な幻覚と寸分違わぬ、あの少女です。
……えーと。
その謎の少女の、昨日との相違点を強いて挙げるとすれば、まず『服装』です。
昨晩とは違い彼女は、コースケさんの私物である緑のチャイナドレスを拝借していました。
そして、もう一つ。
何より決定的に変わっていた部分を挙げるとするならば──、
「……ッ、……ハァ、……ハァ、ガハッ……!──」
「──うぅ、……っ……!!」
「え?!」 「な、泣いてるのかい……?」
「………なんで………酷い……っ。絶対……許さないんだから…………──」
「──……ィィッ……!! 『コースケ』ッ…………!!」
「……え!?」 「コ、コースケ……?!──」
──それは、自分でも持て余しているかのような、剥き出しの『怒り』。
──そして、
──その双眸から止め処なく溢れ出す────『涙』の表情でした…………。
「……広田くん」
「なんでしょう、大家さん…………」
「……痴話喧嘩……かねえ?」
「え?! いやそういうレベルじゃないですよもう!? 壁、無くなってますから!!?」
「……はァ。……あたしゃもう……分かんないよ…………。110とFBI、どっちが数字だっけ……?」
「えぇ?!?」
「ハァ、ハァ、う、うぅ……………! うっ………!」
「…………」 「……」
……『事実は小説より~』──あぁ、もうそんな手垢まみれ言葉、使う暇一秒もありませんね……!?
僕も、大家さんも、騒ぎに駆けつけて目を丸くした隣人たちも……。
……この奇の正体を誰一人として理解できませんでした…………。
唯一、この状況のすべてを掌握しきっているのは──目の前でむせび泣く女の子と、……今はまだ帰らぬ、コースケさんのみ。
そして、解決の糸口を掴めるのは警察のみ。
この少女を救えるのは法のみなのです。
わけの分からないすすり泣きが響く中、
今にも黒電話を回してる大家さんの気持ちが十々分かるくらい、天井は青空を鮮やかに映してくれました…………。
「……コースケさんとはいえ、屋根を求めてアパートに住み始めたというのになぁ…………」
「もしもし!!? おまわりさん!? ちょっと聞いてちょうだいよ!! うちのアパートが、うちのアパートが粉々なのよぉ!!」
「うっ……うぅ……ぐすっ……、みんな……みんなぁ…………」
「…………」
──ぐぅぅぅぅぅ~~~…………
中華風な彼女からふと零れ落ちる、──『イクラを掌サイズしたような丸いボール』……。
時刻は今、朝の八時半。
本来ならば、僕は納豆ごはんでも食べて、しょっぱ味と平穏を噛み締めていたはずの時間です。
空腹だったため、『ならちょうどよかった』と思った僕は、ふと──、
「ねえ!? ねえ!? 意味わからないでしょ!? とにかく爆発物処理班呼んできてちょうだい!!! それから中曽根総理にも──」
──ガチャッ
──ツーツーツー…………
「……ぇ、え?! ちょっと広田さん!? な、なにするのよ!? 電話中なのに!!!」
「あぁ、すみません大家さん! 皆さんも、朝からお騒がせして本当にすみません!!」
「すみませんで済みませんわよ!! もう何してるのよ──」
「こ、これ全部──ド……ドッキリなんです!! 昭和最後の大掛かりなドッキリ企画なんです!! はは、ははは~!」
「え?」
「い、行きましょう!! ほ、ほら、次のシーンの打ち合わせに…………!! ねっ!」
「…………ハァハァ、…………………え」
僕は、その『彼女』────
……いや、
…………
……
「んん~~~~~~♡♡♡ おいしくてほっぺがとろけそうだよぉ~~~~~~!! パフェってなんでこんなに甘いんだろ~~~~♡」
「…………はは、は……。……ゆっくり食べてね」
────『マオ』ちゃんを連れて。
喫茶店で、朝食を始めました。
………………
…………
……
◆
文豪・武者小路実篤は、かつてイクラについてこう語ったそうです。
“いくらは、うまい”
“本当にうまいのだから、仕方がない”
(──出典:『実篤人生論』。シンプル is Beast)
……だから何だと聞かれれば、僕にも明確な結論なんてありません。
コースケさんの真似をして、とりあえず文学を引用してみただけです。
ただ、武者小路の生きた時代は、イクラの相場が現代よりもずっと慈悲深いものだったのかなぁ~~……だなんて。
そんな、どうでもいい感想だけがぼんやりと頭の中に浮かんでた、この時の僕です。
──山高く積み上がった皿を眺めながら、今僕は一杯百円のコーヒーを震え啜りました。
「……本当にごめんなさい、広田さん…………。私のせいで、巻き込んじゃって……」
「え? い、いいよいいよ!! ……マオちゃんも、大変だったんだよね……!」
「…………」
「あ、……『大変』どころじゃ……なかったよね…………」
「……ごめん…………なさい」
【-¥9,700😋👋 ~💸💸💸】
マオちゃんは、ミックスサンド(¥600)をコンソメスープ(¥300)で流し込み、申し訳なさそうに顎を動かし続けます。
……『コースケさんならきっとそうした』
──そんな考えに取り憑かれた結果、僕は今、人生最大級の飢餓危機に直面していました。
今は三月十日、春うらら。
次の仕送りまで、あと二十一日も……あるん……デスガ…………。
「……お待たせしました。ビーフカツ定食です」
「え」
「……ぐすっ、……ズズッ……。…………ごめんなさい」 ──パクパク
【-¥1,200😋👋 ~💸💸💸】
【Welcome to “Organic” Wild Grass Life!! 🤪🍴🌿】
(〜 現代訳:おめでとう! 今日から君の主食は道端の雑草(タダ)だ!!笑 〜)
…………
……
「でも、信じてもらえると思ってなかったよ…………。ありがとね、広田さん……」
「え。……あ~う、うん……。で、でもさぁマオちゃん……いくらなんでも暴力は……」
「…………ィッ」
「あ~ごめんごめん!! ……ぼ、僕がコースヶ……あの人に、えっと……。しょ、笑点って昇太さんが司会だから『しょうてん』なのかな~~?! 僕昇太さん神だと思うんだよね~~~!? あははは~~~……!!」
「………………」
コーヒーをどうにか、空っぽの胃へ流し終えた頃合い。
マオちゃんの何ともいえない顔を真っ直ぐに見つめ、改めて僕は、彼女の『これまで』を整理することができました。
……ええ。
聞いていて胸が詰まるような、筆舌に尽くしがたいほど悲惨な物語です。
それは、昭和六十三年の平穏を謳歌する僕には、とても想像が追いつかないような、断絶の歴史……。
もし彼女の語った出来事が、──ひとつ残らず妄想ではないとするならば、……僕も日和見主義の殻に閉じこもっているわけにいかないのです。
「……違うよ。……笑点」
「え?! あ、あは……はははは…………」
《以下回想説明》。
マオちゃんは、百年後の未来──大戦下の日本で生まれた、軍用超能力少女なのだといいます。
斑鳩という人物の手によって、二〇一七年の無人島へとタイムスリップさせられ、その際に時空転送装置(あのイクラ状の球体)を紛失。
やむなく無人島でのサバイバル生活を余儀なくされるものの、念動力を用いて樹木から即席のイカダを作り、中国大陸へ上陸成功。
そこで彼女は、気功少女として拳法道場の広告塔となり、なんとか生き延びていたのだそうです。
──ここまででも十分に波乱万丈ですが、本当の地獄はその先に待っていました。
時は平成二十九年、七月七日。
突如として現れたトネガワという男により、彼女は渋谷での凄惨な『殺し合い』へと引きずり込まれました。
もちろん、心優しいマオちゃんが悪趣味なゲームに従うはずがありません。
彼女は集められた九十名ほどの参加者たちの中から同志を募り、わずか二日にして主催側のゲームプランを崩壊寸前まで追い込んだのです。
しかし、勝利を確信したその一歩手前。
『真の黒幕』が囁いた甘い誘惑に、チームのリーダーであった芹沢という人が屈し……。
盤石だったはずの組織は内部から瓦解、壊滅。
最強の布陣を誇った『チーム・プラン-A』は、瞬く間にマオちゃん一人を残して消滅しました。
──その、失われた『現在』を、無かったことにするために。
──彼女は、いくらボールで一旦過去へと跳躍。また一からその現在に戻って、バトル・ロワイヤル書き換えを試みた。
──(REWRITE)。
……それが、彼女がこの昭和六十三年へと舞い降りた理由でした。
《回想説明以上》
……見ていられませんよ、こんなの。
歳数少ない無垢な女の子が、そんな血生臭い背景を背負わされているなんて。
マオちゃんは今も、「……みんなと、……一緒に食べたかったのに……」と声を震わせながら、ナポリタンの麺を必死に口へと運び続けています。
彼女の孤独。
そして、時空を越えてなお消えない執念。
…………あまりに巨大な彼女の闇に、僕は思わず、言葉をついて出ざるを得ませんでした。
「……僕、ビョーインいこうかな」
「え!? ど、どうしたの広田さん!!?」
……あの………………な、なにこれ???
……ナンデスカ、コレハ???! ナンナンデスカ、コレハ~~~???
言ってしまえばですよ!? ……僕は何故、知らない女の子の妄想話を拝聴しているんですか!?
長々と壮大な《回想》に時間を割きましたが、一言でまとめればこういうことですよ!?
『私の考えた最高に面白いバイオレンス映画(実写)』!!!
それを実現するために、平和荘で僕とコースケさんの家を爆発させたんだから……本当に、天文学的な意味不明ですよねっ!??!
この落語、どうオチつく感じなんですかぁ!?
「一応聞くけど、どこまでが本当なのかな…………?」
「え、え? さっきの話……? …………全部」
「……ずぇんぶ……。……一から十で言うところ…………?」
「…………信じられないと思うけど言うね。百」
「……ひゃ、く…………」
……『百』という数字に、これほどの質量と殺気を感じたのは、僕の短い人生でこの日が初めてかもしれません。
恐らく僕は百物語を聞く際、一話一話嚙みしめるように恐れ入ることでしょう……。
…………本当に、なんなんだろう……。
意味が。
意味が……意味が分からない………………。
脳が、AEDを求めて仕方ないぃ……ぃい……。
「証拠だってあるよ! みんなの写真。……相場くんに……撮ってもらったから……!」
「しゃ、写真……?」
「うん。カメラを撮って、出てくる絵みたいなもの! 野咲ちゃんも尾張さんも、……芹沢さんだって映ってる。大切な一枚なんだから……」
「へ、へー……(さすがに昭和にもカメラありますよ……)」
……ただ、ひとつ確かなことがあります。
ええ、これだけは胸を張って断言できますよ。
マオちゃんは今、ものすごく危ない状況にあります。(──バトロワという意味抜きで、です)
想像力が豊かなのは将来有望ですが、それで刑法に触れるような破壊活動に走ってはいけません。
彼女と出会ったのも何かの縁。
僕はマオちゃんを、徹底サポートをすることにしました。
──ゴソゴソ
「……今、写真見せるからね…………!」
「あ、いいよいいよ!! そんな無理に~……」
……もちろん、警察には届けたりはしません。
恐らくマオちゃんはその気品漂う身なりから察するに、どこかの資産家のお嬢様でしょう。
ひいては、空想癖による家出中の身であると推察されます。
つまり、彼女との会話で巧みに身元を探り出し、然るべき親御さんの元へ送り届ける……。
「………………あ、あれ?」
「…………ふぅ……」 ──クイッ☕
……そうすれば、(心は痛みますが)親御さんがせめて、コースケさんの部屋の修繕費を肩代わりしてくれるはずですからね。
これで全てが丸く収まり、僕に再び平穏が訪れる。
マオちゃんのREWRITEほど壮大ではありませんが、僕の描いたシナリオも、なかなかに完璧なものです。
「あれ……………。あれ、あれ…………。え……………」
そのためにも、僕は空になった財布の中身を確認して一息。
さっそく彼女を連れて、喫茶店から出ることにしまし──
「ないッ…………!!! 写真が……ない、ないよぉッ…………!!!!!」
「え?」
「ない……なくしちゃダメなのに……ないぃッ……!! どこにもないッ……よぉ……………!!」
「え?」
「……ないよッッッ!!!!!」
カタ、カタカタカタカタッ……────。
……地震なら、まだ『自然災害』で済んだだけマシだったかもしれません。
「あ。……ああ!!?」
マオちゃんが取り乱したその瞬間、テーブルに山積みされた空き皿たちが、意思を持ったかのように微動を始めました。
テーブルそのものが悲鳴を上げ、強化ガラスのウィンドウまでが障子紙のように震えだしました。
マオちゃんはまたしても手を触れることなく、僕たちの座る世界を異様な振動で塗り潰していきました。
……周りの視線が、一斉にこちらへ突き刺さりました。
…………僕は、猛烈に嫌な予感が、シマシタ……。
「ど、どこにも……!! な、ない──」
「ママママオちゃん出よお!!! お、落ち着こう!!? ね、ね?!! 写真探すからぁ!!! ケーキ食べに行こうぉっ?!!!」
マオちゃんが『未来』を変えるのに必死なら、僕も今すぐ眼前の『未来』を変えなければならないのです────。
【Congratulation!!!】
目黒喫茶店爆破死傷事件(めぐろきっさてんばくはししょうじけん)は、1988年(昭和63年)3月10日に東京都目黒区の喫茶店「純喫茶・琥珀」で発生した、爆発および建物の損壊を伴うテロ・大量殺傷事件。
これは赤連合軍の残党による新型爆弾であったと推測されていた。
現在においても、当時の公安調査庁や警視庁による捜査資料の多くが「不可解な物理現象の予兆」を記録しており、未解決事件ならびに超常現象研究の対象となっている。
──【目黒喫茶店爆破死傷事件@事件 回避確認!!!】
◆
………………
…………
……
空想家・マオちゃんはかつて、こう語っていました。
“迷惑かけてごめんなさい”
“もう何もしないから、……帰るね”
(──場所は喫茶店にて)
……つまり、彼女は確実に『帰宅』を意思表明してくれたわけですね。
マオちゃんの身の上を案ずる者としては、これ以上なく、感涙の荒波に包まれた瞬間でした。
彼女は残酷な現実への逃避を止め、確実に『お家への帰り切符』一枚を提示してくれたのです…………。
「ない……おかしいなぁ……。ないよぉ…………!!」
「ダメだ……鞄の中も机の中も、探してみたけど見つからない…………。──」
「──…………。…………………」
──僕達は今、写真という『帰還条件』を探しています。
…………時刻は現在、正午。
空腹に動かされたサラリーマンたちが、昼メシの店を血眼で狩りつくす時間帯。
僕とマオちゃんは、砂漠のど真ん中で砂金一粒を探すような、果てしない捜索活動に従事しているわけです。
……東京って、
どうしてこうも無駄に広いんでしょう…………。
◇
【cASe-1】
【原点回帰──僕の部屋】
◇
「…………あれ?! 僕の部屋が……やっぱり、昨日のは全部……夢…………?」
「あ。悪いと思って、全部直してみたんだけど……。ダメだった……かな?」
「い、いやいや!! ありがたき幸せ、願ったり叶ったりだよ! マオちゃん~~~!!」
「……よかった。へへへ……!」
……驚きました。
二度と視界に入れたくなかった僕の部屋は、まるで何事もなかったかのように完璧な復興を遂げていたのです。
それはつまり、マオちゃんがあの凄惨な一夜のあと、一人でここまで仕上げたということで……。
その卓越した大工技術の是非はさておき、僕はただただ、感涙の極みでした。
ありがとう、ございます……っ。まるでコースケさんのように慈悲深い、マオちゃん…………。
「…………あれ。そうなると、あの黒服の人たちは…………? 確か、ピクリとも動かずに倒れていて──」
「………………」
「…………『聞かない方が良い感じですね~』ってセリフ吐くのが嫌すぎるよォ~~……」
「……ごめんなさい」
……まぁ、これぞマッチポンプの極みなんですがね…………。
◇
【cASe-2】
【路上】
◇
二時間かけて、埃を舐める勢いで探した平和荘内部には見つからず。
困惑と焦燥がないまぜになったマオちゃんを連れて、僕は捜索範囲を周辺の街路へと広げることにしました。
「……それにしてもマオちゃん。なんで僕の部屋が、君のワープ地点に選ばれたんだい?」
「あ、それはね! 未来で飛んだ地点が、ちょうどそこだったからだよ! ……戦況がぐちゃぐちゃで、たまたまそこに立ってただけなんだけどね。──」
「──それにしても、すっごく素敵なアパートだったよ~平和荘は! 広田くん、あなたと同じ苗字の表札が貼ってあったよ!!」
「…………いや僕っ、三十年経ってまだあのアパート暮らしなわけっ!?」
ゴミ箱を何十回もひっくり返し、中身を確認した時点で、僕の燃料は底をつきました。
…………違う意味で、僕は諦められませんからね!?
◇
【cASe-3】
【別案】
◇
「それで、メムちゃんがマルシルちゃんをサキュバスにしちゃってさ~~! 『これぞ本当の夢魔っすね!』って言った時はおかしくて~! あはははは~~!」
「…………はは、あはは……」
「そしたらかぐやちゃんがVtuber始めてさ~~それがもうハッサク! いやケッサク!!──」
「──……フフ~☆ 今の“ハッサク”ってギャグ、野咲ちゃん譲りなんだよねぇ……!」
「…………はは……」
………………ああ、さておきっ!!
僕達は今、目黒駅の片隅で、パンを齧りながら写真の捜索を続けています。
マオちゃんはバトロワの時の思い出話(?)を披露してくれますが、その内容がなんというか…………ああ、さておきです!! さておきっ!!!
恐らく風で飛ばされてしまったであろうその一枚を、僕は『コースケさんイズム』一つで探し続けていました。
……その時です。
「……あら! 隣の学生くんじゃない!!」
「え?」 「あ、……か、カノジョさん!!」
……なんという数奇な運命。プロットの妙なのでしょう。
恐らく大学帰りの、コースケさんのカノジョさん。──凛とした美しさと、深い慈愛を併せ持ったその人が、僕たちの前に現れたのです。
救いの女神ココにあり!
彼女に手伝わせるつもりはありませんが、一筋の光となる情報を求める限りです!!
🔸
~~【割愛】 事情【割愛】説明 【割愛】~~
🔸
「……大変ねえ。そんなことがあったなんて」
「…………ごめん、なさい……ぃっ……」
「あ、マオちゃんはいいのよ? ね、泣かないで……」 「…………。──」
「──……とにかく、そういうわけなんですが~……。カノジョさん、道端でそれらしいのを見かけたり……してませんよね?」
「……ごめんなさい。見てないわ」
「……うぅ」 「う~ん……」
カノジョさんの宣託も、虚しくNO。
マオちゃんの肩が力なく落とされ、目黒駅の喧騒の中に、僕たちの手詰まり感が色濃く漂い始めました……。
……ただっ!!
そこで引き下がらないのが、『美大出身』のカノジョさんです!!
「うーん、そうだわマオちゃん。──私が描いたものを、その写真の代替品にする……っていうのはどうかしら?」
「え!?」 「……描いた……?」
「うん。そりゃあ別物にはなってしまうけれど……これでも絵には相当な自信があるのよ?」
「…………絵……?──」
「──ぁ、ありがとう!! 私の為に……ありがとう!!!」
「フフフ! 任せてちょうだい!」 「おお~~!! さすがカノジョさんだ!」
彼女は、自分の持ち味を最大限に活かして、写真探しの迷宮に出口を提示してくれたのです!!
…………コースケさん~~、うらやましい限りですよ~~!
こんなすごい人がカノジョだなんてぇ、もう~~!!
◇
【cASe-4】
【終幕──近所の厄介者】
◇
「……すてきな、え。…………うれしい、きもち」
「…………」
夕暮れ時。
指定通りに配置された『悪魔、メガネの駄菓子屋、赤コートの少女、メガネのラーメンカリスマ、かぐや姫、エルフ、そして私』。
マオちゃんの要求を完璧に満たした一枚を手に、彼女は絶望の赤に染まった住宅街を歩き続けました。
……断っておきますが、決して下手ではないのです。
カノジョさんの才能は紛れもなく本物でした。
本物、だからこそ。
マオちゃんの一枚は……なんというか。
……我が子を食らうサトゥルヌスの如く、見る者の精神を削りにかかる劇薬アートというか…………。
「うっ、うぅ…………」
「マオちゃん……」
心優しいカノジョさんが、純粋な善意で二時間を費やし、顔を引きつらせつつ差し出してくれた──地獄の縮図。
一体、僕たちの過ごしたあの時間は…………何だったのでしょう。
「写真……写真…………みんなの、想い出……なのにっ…………」
「…………」
「ぅう…………」
僕もマオちゃんも、それぞれ全く違うベクトルで、死という概念に近づきたくなりました…………。
風が、吹いていました……。
「……私は、私は…………。──」
──ペラッ
──Gone with the Wind。どこからか吹き届く、一枚の紙…………。
「──……あっ!! 見て広田くん!! ほら、この一枚!!」
「うぇ…………あ!! マオちゃんだめだよ!! 拾ったりしたら!!!」
現在、僕達は、あのアパート『平和荘』の目と鼻の先。
つまりは、僕が今朝「人生の三文の徳」を説きながら歩いた住宅街であり──またつまるところ、それは『かの近所の関わってはいけない人』の家が鎮座する、目黒のデッドゾーンでもありまして……。
マオちゃんが拾い上げた「金けぇせ」の一枚には、当事者じゃないのに胃の奥がキュッとなってしまいました。
……はぁ。
一体、僕たちの探す写真は、どこの地域に…………。
「え? もう~その紙のことじゃないよ!! ほら、あそこ!! 見て!!!」
「紙……? あぁ確かにあるね。あの家には山ほど、地層のように……──」
「──はぅあっ!!!!?」
「ねっ!! ほら!!」
いやいや、地域とか近所とか言っている場合ではありませんよ!!
なんと──張り付いてあったんです!!
その牛島さんのお宅の、二階の屋根の隙間に、ピッタリと!!
正真正銘の、『マオちゃんたちが映る未来の写真』が────!!!
そこにっ────!!!
「あった!! やっと……見つけた!! あったよぉお~~~~!!!」
「うお……やった!! やったぁあ~~~~~~!!!──」
「──って、喜ぶ間もテンポが悪い!!」
嗚呼!! 神様!!!
奇跡が今、目黒の空の下で交差しました!!!
「マ、マオちゃん、ハシゴ!! 僕、どっかから持ってくるね!!」
「え? ハシゴ?」
「登れる木みたいなものだよ! 足場のがある額縁みたいな! ……牛島さんが帰ってくる前に、やっちゃおう!!」
「(……ハシゴ、別に三十年後淘汰された道具じゃないけども……)大丈夫だよ? 広田くん」
うお~~!! 何が“大丈夫”か分からないですが、こうなれば行動は一つ!
ゴールが見えてるなら突き進むのみ……!!
かつての大掃除の際、コースケさんが大家さんからハシゴを借りて、天井を掃除していたあの勇姿を今、思い出します!
目黒駅で買った申し訳お菓子を手土産に、僕は家路へと目指していくので……────。
「見ててね! ──……ほらッ!!!」
────スイッ……。
バッ────。
紙 紙
紙 紙
紙
紙
紙
紙
「…………え?」
─────ペラッ。
────、
──、
──茜空を瞬く間に染め上げる、一陣の風。
……いや、この時風は一切吹いていませんでした。
仮に風が吹いていたとして、地層のように張り付いた警告紙を一斉に剥ぎ取り、宙に舞わせるなど、一体どういう気象現象なのでしょう。
マオちゃんの『力』。
──紛れもない、その不条理な力によって、何百日かぶりに日の目を浴びた、そのお宅。
──開いた口もふさがらず、この状況でまだ思考を保てているのが奇跡としか言いようのない、この僕。
────ヒラヒラと、雪のように落ちてきた『運命の一枚』を手にして、彼女は──。
──いや、『超能力少女』は。
「……もう、離さないからね…………! みんな…………っ!!」
過去に来てから最大級の、そして最高に不純物のない、──はにかんだ笑顔を見せたのでした。
………………
…………
……
◆
「…………相場君、今度こそは……絶対黒魔術で終わらせないからねっ…………!!──」
「──絶対、絶対…………」
写真捜索のエピローグ。
マオちゃんは、写真の撮影者であるその少年の名前を、大切そうに。
……まるで祈りを捧げるように大切に念じた後、ポケットにしまい込みました。
未来ではまだ『生きている』──そんな、再会すべき彼の名前を。……大切そうに。
……僕は一応、学科の性分として、徹底的なリアリストを標榜しているつもりなんですがね。
そのうえで、誰に恥じることもなく断言しますよ。
マオちゃんの過去は、そして彼女の語った凄惨な物語は、全て『真実』です。
……ええ、紛れも、妄想の入り込む余地などなく。
彼女は正真正銘の未来人であり、人智を超えた超能力者であり、──そして不屈の『挑戦者』である、と。
誰がバカにしようが、僕は胸を張って世界にそう叫べますよ。
──そうじゃないなら、僕は今、どういう物理法則のバグで空中にフワフワと浮いているって話になりますからね。
「……あ。わ、忘れてて…………広田くん、ごめんなさ──」
「いや謝らなくていいよ、マオちゃん」
「……え?」
「…………“ごめんなさい”は、もう言わなくていいんだよ! ……ね?」
「…………うんっ」
────ドシンッ
──(追伸・ゴメンナサイ~……)
鈍痛の走るお尻をさすりながら、それでも僕は、マオちゃんの晴れやかな笑顔を見守り続けました。
夕暮れの空。──本来なら、鬱屈とした明日への序章でしかないその空模様の下でも、僕の心には一片の不安も疑念もありません。
どこからか響く犬の遠吠えも、今や新しい生命の産声のように聞こえました。
僕は、この財布が空になった一日を、確実に自分の人生において最も価値ある一日だったと断言できるほどでした。
……けれど、それはあくまで僕の、──昭和というぬるま湯に浸かった人間の話。
マオちゃんは、違います。
ええ。今はまだ歓喜の涙を流している彼女も、このあとすぐに、あの『血塗られた未来』へと舞い戻らなければならないのです。
僕ら現代社会人が抱く明日への憂鬱とは比にならない──その、仲間との約束へ。
彼女が今手中で握りしめる、あの『イクラのような球体』を離せば。
マオちゃんは再び、戦場の最前線へと送還されるのです。
「……本当に、ありがとう。……私は絶対、忘れないからね。広田くん…………!」
「それは僕の方もだよ。……“ありがとう”って言うのは僕の立場じゃ少しおかしいかもしれないけれど。……でも僕も確かに、マオちゃんのおかげで掴めた気がするんだ」
「……掴めた?」
「そう。……“気がする”じゃない。確かに掴めたよ、──『僕の未来』を。……君のおかげで」
「…………。…………うんっ」
──……未来での通過証。
昭和六十三年の『今』では、偽札として警察へ連行されかねない────『10,000』と刻印された、福沢諭吉の紙束、二十枚。
それをこれまでのお詫びと僕に手渡して……マオさんは、未来に。
……本来なら、僕は彼女を止めなくてはいけないのかもしれない。
彼女の身を案ずるなら、何か他の手立てか。
いっそ、殺し合いの螺旋になど行かせないよう、必死に説得しなきゃいけないのかもしれない。
……少なくとも、あの高潔で聖人君子なコースケさんなら、きっとその手を離さず止めたんだろうなって。
僕は本来、己の情けなさと罪悪感に包まれ、咽び泣かなければならないのかもしれません。
──それでも。
──彼女は、自分の安寧よりも、仲間たちとの『ハッピーエンド』のみを、その細い肩に背負うことを選んだ。
……一端の苦学生であるたかが僕なんかに、その壮大な決意を止める資格なんて、最初から存在しなかったのかもしれません。
「…………じゃ、行ってくるね」
「はい……っ」
……結果として。
僕は『過去』を生きる者として、歴史への無用な干渉を慎み、ただマオちゃんを見送ることにしました。
グニュリ──と、手から離されたいくらボール。
その瞬間、虚空から鋼の破片が飛散し、マオちゃんの全身を覆い尽くし、──お手本のような未来へのワープゲートが切り開かれました。
ブラックホールのように全てを飲み込む渦に、グニャグニャと身体を歪められ、吸い込まれていくマオちゃん。
彼女は今、再びあの凄惨な未来へと舞い戻っていきました────。
…………だなんて、そんな文学的な余韻だけで別れを終えてしまうのは、どうにも締まりが悪い!
「マオちゃ……マオちゃぁーーん!!!」
「……え?」
事象の地平線に消えかかる彼女の耳に届くよう、僕は喉が裂けるほどの声を張り上げました!
「最後に一つ!!! 僕から言わせて下さーーい!!!」
ふふ……。
さっきも言いましたが、マオちゃんのおかげで、僕は自分の未来──『三十年後の夢』を確信することができた身ですからね……!
せめてもの餞として、僕から一番締まりのいい言葉を投げかけることにしました!
「……未来に戻ったら……自由に『着て』みてください!! ……また過去に戻った暁に、披露してくださいよぉーー!!!」
「……?」
「絶対ですからねぇーー!!! 約束ですよぉーーー!!!」
「………………うんっ!!!」
────プツンッ。
…………さてさて。
その気になる『三十年後の僕』の未来予想図ですが、……思い返せば、かつて彼女の説明によると、
“いくらボールを使って時間跳躍をすれば、摩擦で『服』だけが溶けて消えてしまう”
────らしいですからねっ…………!
◆
………………
…………
……
【♪BGM:Back to the Future - Main Theme】
《現在》
《平成二十九年七月七日》
《【渋谷】に、至る────。》
《場所は、道玄坂にそびえ立つ某大手自社ビル》
《最上階・特別フロア》
──ガチン……
「……っと。…………未来、に…………戻れた。──」
「──…………ん?」
《白一色に統一された、きらびやかで静謐な内装。》
《ワープの衝撃に身を震わせるマオは、ふと、そのフロアの中央に鎮座する異質な存在に目を奪われた。》
《視線の先には、展示品かのように、あるいは場違いかのように。衣服を着せられ静かに佇む、一体のマネキン。》
《その台座の脇には、まるで彼女を待っていたかの如く、一枚の『メッセージカード』が添えられていた。》
「…………! ……ハハハ!──」
「──『プレゼント』、ありがとうね…………っ!!」
《その一枚を読み終えた後、マオはマネキンから用意されたチャイナドレスに、身を纏う。》
《素肌を隠し、戦士の装いを整えた彼女の瞳には、もはや迷いも絶望も存在しない。》
《一連のタイムスリップによって引き起こされた【バタフライエフェクト】は、歴史を、そして運命の奔流を幾多にも書き換えた。》
《その影響で、今彼女が立っている『現在』は、かつて彼女が絶望した凄惨な世界とは、似て非なる光景へと変貌を遂げている。》
《──だが、》
《そんな想定済みの事象、今のマオにとってはもう些細な足かせにすらならない。》
「…………待っててね。ヒナちゃん、アンズちゃん…………──みんなっ!」
《未来は、────自分の手で変えられるのだ。》
「……………行こっ……!!!」
マオは、一度として後ろを振り返ることなく、修羅の巷へと足を踏み出した。
超近代的なエントランスを駆け抜け、いざ朝靄に包まれ始めた渋谷の大地へ。
戦地へ向かう彼女を慈しむように見下ろす、その自社ビルの頂には、
──『総合アパレルメーカー ヒロタ株式会社』のロゴが眩しく輝いていた…………。
🗒️
【𝙵𝚞𝚝𝚞𝚛𝚎 P𝚛𝚎𝚜𝚎𝚗𝚝 ……】
~『マオ様』専用。~
~私の未来を掴ませてくれた、せめてものお礼です。~
~もし、またあの日へ戻りたくなった時は、いつまでもお待ちしております。~
~────代表取締役社長。~
◆
────+1
【マオ@ヒナまつり】
【残り55人】
【🟠STATES🔥】
【1日目/ヒロタ株式会社・本社ビル前/AM.06:00】
【マオ@ヒナまつり】
【状態】健康
【装備】防弾高耐久チャイナドレス
【道具】みんなとの写真、メッセージカード
【思考】基本:【対主催(REWRITE)】
1:広田くん、……ありがとうねっ!
2:『未来』を書き換える。……芹沢さんの裏切りも、チームの壊滅も、今度こそ私の力でハッピーエンドに上書きしてやるんだから……!!
3:主催者を倒す。昭和の借りはこの渋谷で高くつくよ……!
4:このビルが建っている世界なら、私はもう、一人じゃない!!
5:ヒナちゃんとアンズちゃん。ならびに『パラレルワールドのバトル・ロワイヤル』で出会った参加者たちとの遭遇する。
最終更新:2026年03月14日 12:41