『第一回放送』
[登場人物] コワリィッチ
午前六時──ちょうど。
それは、人々が諦め半分に瞼をこすり、サラリーマンが無言で髭をそり落とす早朝。
池袋駅では始発が線路を滑り、東京の巨大な心臓が徐々に鼓動を始める刻でもある。
本来なら、テレビ各局が一斉に朝の顔を立ち上げる時間帯にて、一局だけ沈黙を守る放送局があった。
それは、テレビ東京。
Why?──何故?
理由は単純明快。その局舎が不幸にも『渋谷』に所在する為である。
NHKの臨時中継が捉えるは、渋谷という街を丸ごと覆い隠すドーム状の構造物。
画面下のテロップは、半ば冗談めかしてそれを『バリアー』と呼称していた。
そんな正体不明の膜の周囲には、まるでアリの群れが如くゾロゾロと。
野次馬達はスマートフォンを掲げ、笑い騒ぎ、憶測を撒き散らしと、軽薄にもお祭り騒ぎであったが、──皆が皆。誰一人とて、想像すらしていなかっただろう。
そのバリアーの内側で、七十名もの人間が殺し合いを強いられているなどとは────。
………………
…………
……
VIDEO
♪君が代は────。
*a blessing in appearance, yet a curse declaring the ruler’s eternity, a voice proclaiming an age of slaughter that refuses to end, even in death.*
(祝福を装った賛歌の始まり。死すら越えて主催者を王座に縛り付ける呪詛。命の価値が失われた後も続く、永劫の殺戮を宣告する)
♪千代に八千代に────。
*For a thousand generations, and eight thousand more—a wheel of carnage in which souls can never escape; killed, revived, and forced to kill again in an endless cycle of hell.*
(千年八千年、魂すら逃げられぬ輪廻の殺戮ループ。死ねば戻され、戻ればまた殺す、果てなき地獄の時間)
♪さざれ石の────。
*the ground itself carpeted with the shattered fragments of the fallen: fingers, teeth, screams, all reduced to grains of splintered remains.*
(地表を覆うのは砕かれた犠牲者の骨片。指も歯も、悲鳴も、すべて細かな礫となって撒き散らされた残骸)
♪巌となりて────。
*a massif forged from corpses and curses, the entire city reshaped into a bedrock of the dead.*
(積み重なった死体と怨嗟が固まり、街そのものが屍の岩盤として形を成した)
♪苔の蒸すまで────。
*when the mountains of bodies erode, and blood sinks into the earth, and only silence and moss remain in a world long emptied of life.*
(肉は朽ち、血は土に飲まれ、残響すら消え去った後。自ら殺し尽くした世界を、苔だけが静かに証言する)
『参加者の皆さん、お疲れさまでした────』
『これより、第一回《死者定時放送》を開始いたします────』
『繰り返します。これより、第一回《死者定時放送》を開始いたします────』
渋谷全域に国歌が響き渡る。
重厚などという生易しい言葉では到底足りない。荘厳という名の音圧は、人々の背筋を自然に正させるものだった。
そんな立派にも程がある出囃子音楽に聞き惚れている暇もなく、上空から現れるは何百機ものドローン達。
鉄の羽虫の群れは、空中で規則正しく整列し、巨大な板へと姿を変えていく。
チカチカと色彩を切り替え、映し出された映像は──
幕張ネズミーランドのマスコットである、コアラの着ぐるみのドアップ。
どうやら、こいつが主催者の代理という扱いらしかった。
そのコアラは、場違いなほど軽快で明るい声を発し、楽しげに語り始める。
クイズ番組か、子供向けの朝番組を思わせる調子で読み上げられるのは、これから発表される死者十数名の名。
完全なる被害者・テレビ東京局舎のちょうど真上にて、『第一回死者定時放送』は、静かに──。
しかし逃げ場のない鮮烈さをもって──。
華々しく、幕を開けるのだった。
「ワイハ~~~~! ボクはコワリィッチ!! みんなバトロワ楽しかった?──」
「──はいっ、それじゃ『第一回放送』。よ~~い、スタート!!!」
………………
…………
……
◆
物語は数分前へと遡る。
朝焼けに染まりきらない町にて、引きずるように歩く男が一人。
彼が家電量販店の前を通り過ぎた折、ショーウィンドウのテレビに映し出したのは、今日の運勢──『一位は射手座』。
同じくして、足元に転がる壊れかけのラジオからも、くぐもった声で──『……一位、射手座でしょう~……ザザザ……』
風が吹けば新聞屋が儲かる。ふと男の顔に張り付いた新聞にもまた──『一位、射手座』の記述が。
「……なにこれ皮肉なの?」
その一言は、射手座生まれの男が実に二十六分ぶりに発した言葉だった。
不幸と死の狭間でこの世にしがみつく男──新田義史は、心身共にズタボロのまま、あれからずっと独歩を続けていた。
空虚な心の彼が目指す場所。それは────ない。
ただ、どれほど心が摩耗しきっても空腹だけは律儀にやって来るもので、湯を注いだカップ麺を片手に、新田は街をさまよっていた。
──かつての仲間・野原ひろしから渡された、そのもやしカップ麺を片手に。
彼の首筋では、二匹の蚊が嘲笑うかのように交尾をおっ始めたが、新田はもうそれを振り払う気力すらなく。
ただ、意識を空洞にしたまま、『一位』という概念について哲学的に自答し続けた。
「……はぁ。コーヒー、飲むか…………」
ただし、運勢占いとは古来より数千年、風水や占星に基づいて語り継がれたものであり、その力は侮れないものだ。
単なる与太話では、決して片づけられない効力を持つのである。
現に、新田が自販機を利用しようと、ポケットへ手を突っ込んだ時。
「……あ? あぁっ?!」
引きずり出されたのは、くしゃくしゃになった宝くじ一等。
期待せず買ったそれは、新聞を慌てて照らし合わせる限りどうやら一億円に化けていたらしかった。
そんな彼を祝福したのか、番号に釘付けとなった新田の耳へ、誰も触れていないはずの自販機取り出し口から唸り声が響く。
──ガコン、
──ガコンガコンガコン、ガコン
「……は?!」
故障か、あるいはサントリーの何か陰謀か。
彼は一円も費やせずして、缶コーヒー五本を手に入れた。
微糖、ブラック、ノーマル──それぞれ異なる五本すべてに、当たりの懸賞QRコード付き。
当然ながら暫く立ち尽くした新田であるが、次の瞬間、彼の視線はさらに不自然なものへと吸い寄せられる。
「ぁ、ぁぁぁああああ??!!」
それは自販機の脇にて。
壺マニアである彼が、喉から両手が出るほど欲していた最高級品──『天宝青磁・鳳凰唐花大壺』が、なんと目の前にあったのだ。
欠けも歪みもない、その完璧な姿のままで。
以上をもって、もはや疑いようもなかった。
少なくとも、運だけは。運だけは確実に新田の側にあった。
庭先を掘ったら突然石油が噴き出したという──そんな例えが馬鹿らしくなるほど、あっという間に転がり込んできたバラ色の人生。
ラッキーの過剰摂取がそこにはあったのだ。
それは彼にとって、砂漠で三日三晩食わずの末に差し出された、一億円入りアタッシュケースのようなもので。
天からの恵みに、さすがの血と金と暴力に飢えた外道でさえ言葉を漏らさざるを得なかった。
「いや、何も嬉しくないから。……なんで今なんだよ……?──」
「──………………アンズ……」
金も、
名誉も、地位も、
壺も。
『彼女』の名を呼んだ瞬間、この場に積み上げられた物すべての価値が等しく色を失う──。
新田が今一番欲していたもの。
それは、真っ直ぐで、少し癖のあるストレート麺のような心を持ち、
湯気の立つスープのように、胸の奥まで染み込んでくる存在。
────アンズ ( 大天使 ) 。
それだけでよかったというのに──。
「……アンズ……。なあ……どこに、いるんだよ…………」
ラーメンタイマーが鳴るその瞬間だけを見据えて、新田はただ茫然と待ち続けるのみだった。
◆
タイム、スタート────。
──AM.05:37。
タ、
「…………四十六、」
「……」 「…………」
──《AM.05:37:00。ちょうどその時刻に、あなた方はB-3へ到達する必要があります》
──《三人で、【ぴったり百五十八歩】》
──《早歩きでも遅歩きでも構いません。重要なのは速度ではなく、『歩数』です》
──《必ず、合わせてくださいね》
──《芹沢達也さん……》
「……四十七、」
タ──、
先ほどまでのんびりと湯気を立てていたラーメン屋台は、すでに背後へ遠ざかる。
ラーメン界のカリスマ・芹沢達也。
ならびに、彼から少し離れて佐野と、彼女に手を引かれるアンズ。
様々な過程を経て巡り合った三人は、B-3『代々木公園近くの信号前』を目指し、足を運んでいた。
未来からの忠告者・ハルの進言曰く、──ぴったり百五十八歩で──、──その場所で新田に会わないと悲惨な目に遭う──という条件付きである。
歩数カウント係は佐野に任せるとして、その重圧による徒歩は、三人全員の足に等しくのしかかっていた。
「ねえ佐野……。芹沢さん、なんだか……元気なさそうじゃない…………?」
「え? ……それは……まあ、当然だと……、」
「……ちょっと私、見てられないわ……っ!!」
「え!?」
「芹沢さん!! 大丈夫……? 具合が悪いならまた……、」
「やめろバカッ!!!」
「え……!?」
「……どうなっても知らんぞ……。今の俺に少しでも触れたら…………ッ」
「……………わ、分かったわよ……」
そんな三人の中で、最も重圧に押し潰されかけていたのは疑いようもなく、最年長の芹沢だった。
重い足取りに、曇ったままの眼鏡の奥。
深く俯いたせいで、朝の光を鈍く反射するスキンヘッド。
その表情は、苦虫を噛み潰し、それを肴にスピリタスを煽ったかのような、苦悶とも怒りともつかないものだった。
一歩、また一歩。
慎重に足を運ぶたび、彼の不安は胃酸のように込み上げ、喉元までせり上がっては再び押し戻される。
「……芹沢さん、聞きたいんだけども……」
「あぁ、逆に聞き返したいものだな。俺の言葉をどう聞いて“分かったわよ”なのか……、」
「何があったのよ」
「………………なに?」
「出発前、コンビニで一人……誰かと話してたわよね。……その時からよ。ずっとそんな調子じゃない……。──」
「──自分が目上の立場だから、簡単に弱音を吐けないのも分かるわ。でもっ!! 相談した方が、楽になれることだってあるのよ!!!──」
「──何があったのか、教えてくれるかしら。……芹沢さん」
「…………。…………くっ……!」
かねてより喧しい声の小娘が苦手だった芹沢である。
アンズの心配する声は、彼の心に絡みつく『三つ』の悩みに、酷く響いていた────。
◆《以下、回想》──。
……
…………
第一の心の懸念。
それは──、
「はい、もしもし芹沢で……、──」
「────なっ…………。……こ、小泉…………さん……!?」
『らあめん清流房』の常連客──小泉さんからの着信で植え付けられた。
「……それは、真でございますか…………?」
芹沢と彼女。
二人の関係性は客と店主、それ以上でもそれ以下でもない間柄である。
ただ、週に一度、欠かさず暖簾をくぐる彼女の足。
一杯のラーメンに向けられる、異様なまでの熱意。
そして、言葉にはせずとも互いの胸奥で燃やし続けてきた、ラーメンへの執念のシンパシー。
それらによりもはや芹沢にとって、彼女は太客という言葉では片づけられない存在へと変貌していたのだ。
──その小泉さんもまた、殺し合いの場へ放り込まれている。
直視も許せぬ現実を、芹沢は電話口で知らされたのだった。
「………………申し訳ございません。今はどうしても手が離せず……、……六時半頃に改めてお時間を……」
現状が現状だ。
芹沢は、心にもない冷たい言葉を選ばざるを得なかった。
彼の心に巣食う『二割の不安』が、小泉さんの件であったのだ。
「…………チッ、冗談じゃない……。……なぜだ……なぜ、あの人まで巻き込まれねばならん……」
ラーメンにもやしは、基本邪道──。
根っから腐ったもやしを見るような目で、芹沢はひとり天を睨みつけた。
心の中で生まれたその余韻が、形を持ち始めた頃合い。
──『三割の心の懸念』は、何の前触れもなく、天井から舞い降りてきた。
──ポーン、
──ポン、ポン……
「バカかよっ……。……このタイミングで……ハルの奴…………っ」
天から──いや、『未来』から音もなくやってきたのは、いくらを模したオレンジ色のゴムボール。
それは言わば、ハルとのライブ中継が開始される合図となる。
ゴムボールをグニュグニュっと握ると展開されるインターフェイス。
画質は荒い。ノイズも多い。
映し出された小汚い部屋をバックに、未来と現在が無遠慮に接続されるのだった。
「……なんだ、随分と質素な暮らしじゃないかハル。第三次世界大戦勝利の景気もここまでだったか?」
『……世界大戦、勝利……? あぁ……以前お会いした『ボク』は、そういう世界線だったのですね。──』
『──時間がありません。お聞きください芹沢さん、ボクの遺言代わりの……重要事項を』
「……望むところだ」
耳を澄まさずとも、扉の向こうでは銃声と野蛮な男たちの怒号が交錯する。
以前と違い、ぼろきれ同然の服を纏った『少年』──ハルは息つく暇も与えず、バトロワ攻略に有効なヒントを伝えていった。
確実に出会うべき参加者、出会ってはいけない参加者、アシストフィギュアの存在、そして主催者──終身名誉ゲームマスターAの正体。
貴重な情報がインプットされるたび、芹沢は時に目を見開き、時に感心したように短く息を漏らす。
最後に、未来日本の独裁者・汐見ゆとり閣下への悪態を吐き捨て終えると、ハルは、どこか事務的に一言。
『……それでは、また』
締めの言葉を添えて、スイッチに指を伸ばしていった。
「……俺なんだろ?」
『はい?』
──その刹那だった。
「バトル・ロワイヤルで優勝した参加者というのが────……芹沢達也だったんだろ?」
──芹沢が、胸の奥でかすめていた疑問を投げかけたのは。
「山ほど参加者がいる中で、俺を通信相手に選んだ理由……。その汐見大先生が閣下として君臨してるのなら、もはや塾考の余地もないな。──」
「──いくらパッパラパーな汐見とはいえ、どこぞの馬の骨の影響であそこまで踏み越えるはずがない。となれば原因は一つ。汐見の直属の上司 ( ・・・・・ ) ……そこからの圧が妥当だろう。」
『……』
「俺が一番危険な参加者だったから──選んだ。……間違っているか? 俺の考察は。──」
「──……どうなんだ、ハル…………っ」
『…………』
確信を帯びた目と──微笑のまま張り付いたように動かない表情。
現在と──未来。
────張り詰めた沈黙。
二つの時間の視線が一直線に重なり合い、音を失った数秒が流れる。
扉が乱暴に複数回叩かれた折、やがてハルは意を決したかのように──芹沢の意表を突く言葉を吐いた。
『……天国と地獄。どちらに行きたいですか?』
「……ん? あぁ? 何を言って……、」
『ボクは断然、地獄ですね』
「……はっ?!」
『低偏差値の高校ほどカワイイ子が多いのと同じ理屈です。どうせなら死後くらい、酒池肉林できれいさっぱり堕ちてみたいじゃないですか。──』
『──それに、トー横女子が天国に行けるわけないですしね~~、ハハハ~~』
「…………本気で何言ってんだお前…………。地獄って……、この状況で……、」
『────故・芹沢達也総理大臣は、そうおっしゃっていました』
「………………」
一拍が虚と化した沈黙だった。
ハルの声から、皮肉が消える。
『……会えて、よかったです。まだラーメン界のカリスマでいた頃の貴方に』
「……」
『ずっと会いたかった。『ワクワクの味』をボクも知りたかった。──』
『──有栖さんが再現した淡口らあめん……。あれはもうワクワクというレベルじゃありません、腐りきった未来唯一の真実ですらありました。再現品であの衝撃なら本物はどれほどのものだったんだろうと。──』
『──その為なら過去へ堕ちることなんて厭わないですよ。あの味も、有栖さんも……もういないのですから』
「…………」
『ゲームを必ず崩壊させましょう。そして今度こそ後世に残すんです。──』
『──A級戦犯芹沢死刑囚ではなく、ラーメン界のカリスマとして。──』
『──ね。芹沢さ…………』
──プツンッ。
【外部介入】──。
【ハル(過去改変三巡目)@ヒナまつり 死亡確認】────。
「…………ハル」
途切れた映像は言葉よりも重い沈黙となって、芹沢の胸奥へと消えた。
…………
……
◆
「…………ねえ芹沢さん。……芹沢さんったら」
「ア、アンズさん……。もう、そのくらいで……」
「なんか言いなさいよっ!!! 意固地になってさあっ!!! もう!!!」
「……」
以上、五割の心の懸念を、彼はアンズらへ説明することはなかった。
蛤のように閉じ切った口内にて、ただ不安は縦横に満ちていくのみ。
アンズが先程言った通りだ。
これほどの重圧なら、誰かに吐き出したほうが、きっと楽になれる。
個人で抱え込む必要はなかったものだったが。
──それでも、芹沢は吐かなかった。
当然、アンズは訝しむ。
プライドの高さから転じた口の固さから、きっと彼女の目にはひどく面倒な人間に映ったことだろう。
一言も発さない、根暗で、頑固な男。
アンズは、心底うんざりしたように、長い溜め息を吐いた。
────『三つ目』の懸念。
────残る五十パーセントの不安が、何よりアンズ自身の『行く末』に関わるものだということを。
────彼女は、知らずに。
──タ、
「……八十二」
寡黙を貫く男、芹沢達也。
たかが百五十八歩とはいえ、振り返れば長き道のりであったものだ。
ゲップのように、何度も胃の底からせり上がってくる不安の影。
それを押し殺し、震える足で八十三歩目を探った瞬間。
「ねえ芹沢さん!! ねえ!! ねえってば!!!」
「………チッ!!! ………………ぐうっ……」
彼は、とうとう──。
「おい、アンズ……ッ、大人の俺が絶対しちゃいけないことを今から見せてやる…………ッ」
「へ? ……な、なによそのhabit……、」
「お゛ぇ゛ぇ゛っ……!! お゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛――ッ!! げぼっ……げほっ……お゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛……ッ!!! ……っ、ぐ……お゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛……!!」
「はぅあっ!!?!?!?」 「え!!?」
「……げぼっ……お゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛……!!!!!!!!」
我慢できずに、その固い口を決壊していった────。
□
〜バトル・ロワイヤルを経て学んだ『ラーメン道』 アンズメモ〜
①試食させるにもほどほどに!
【ラーメン界の第一人者・芹沢達也 〜本日の名言〜】
──……死ねッ!!
□
◆
………………
…………
……
百十二、百十三、百十四────。
巡る街。揃えられた足並み。
刻々と削り取られていく残り歩数はそのまま、新田義史との邂逅までに残されたカウントダウンに他ならない。
沈黙の底で、三人にはじわじわと緊張が満ちていった。
「私は大将~~♪(タイショ-!!) 取材は断らぬ店長ぉ~~~~♪ 煮込んだら麺を作ぅる~~~♪」
「……」 「……百十五……」
繰り返す。
三人には ( ・・ ) 、途方もない緊張感が満ちていた。
空虚を見つめる芹沢。
アプリで正確に歩数を計測する佐野。
そして、サウンド・オブ・ミュージック~ぱっぱらぱー~。
三人の胸中は、まさしく三者三葉。
とてもひとつの言葉では括れない、それぞれの事情と感情を背負っていた。
「~~♪ …………」
「……どうした。遠慮なくもっと歌えよ? アンズ~~~ッ?」
「え? あぁ~今間奏中なのよ。少し待っててね!」
「………………愉快!! クソッタレッ!!!」
「……百十六…………。はぁ……」
例によっては佐野。
もしもあの時、アンズらの屋台近くを歩いていなければ、今頃こんなことには巻き込まれてなかったのにと。
完全なる被害者であり部外者でもある彼女は、己の運命を心底忌々しく思っていた。
今会いに行かなきゃいけないのはマンションにいる──『三嶋瞳』という少女。
そして、何よりも同じく参加者の『来生さん』に会いたい──。
自分を理解してもらい、そして彼女のことも理解したい──。
それだというのに──。
柄にもなく常識人枠をさせられ続けている現状に鬱屈な思いであった。
「私は大将~~♪(タイショ-!!) 取材は断らぬ店長ぉ~~~~♪ 煮込んだら麺を作ぅる~~~♪」
「……百十七……。アンズさん……歌、ループしてないですか……?」
「へっ?! ……あ、ごめん佐野……。ちょっと集中途切れちゃってさ」
「……ならいつものことだろ」
また、例によっては芹沢。
物の見事にアンズの試食全てを吐き散らしたため、今彼は空腹真っ最中。
ただ、腹は減れども食欲は起きず。
人は一度吐いた直後、直前に口にしていた食べ物を本能的に忌避する性質があるのだが、芹沢はどうにかして『ラーメン』そのものを嫌いになるまいと、
──(あんなのはラーメンではない、あれは事故だ、事故なのだ…………)。
心の中で精神統一めいた念仏を唱え続けていた。
そして最後。
例によっては────アンズ。
「煮込んだらチャーシューを作ぅる~~~♪」
「あ? 作るのか? チャーシューは仕込みすらしてないのか? ……おい何なんだよ。さっきからそのふざけた歌は……」
「へっ??! …………ふんふふ~~ん♪──」
「──ふんふ、ふ~……ん…………………」
表面上は明るくふるまう彼女も、胸の内では不安の一酸化炭素が充満して息苦しかった。
無味無臭の毒素の中で、脳裏を巡る人々の影。
ホームレス時代に世話を焼いてくれたやっさん、シゲさん、心優しい林夫婦に、友達の瞳やマオ、ヒナの顔──。
────そして、笑顔の新田義史。
走馬灯のように浮かんでは消えていく、大切な人たちの顔。
それらは一瞬、アンズの心を穏やかにし、安堵を与え、同時により深い不安で包み込んでいく。
──もし、自分が死んだなら、これほど多くの人々が悲しみ立ち尽くし、絶望する。
そう想像しただけで、胸の奥が締め付けられる彼女だった。
ただ、そんな痛みなど、彼に比べればあまりにも取るに足らない。
せいぜいか細い爪楊枝のようなものだった。
バトル・ロワイヤル史上最大の被害者にして、全参加者の不運を合算してなお足りない超・不幸個体────新田に比べれば。
「…………新田……」
未来からこの街に降り立って早四年。
荒れていた時期も。ホームレスとしてどうしようもなく苦しんでいた時も。
ラーメン屋台を始めたあの瞬間でさえも、ずっと、彼は支え続けてくれた。
何も言わず、ただ優しく見守り続けてくれたのだ。
「……新田……ぁ…………っ。…………っつ!!」
涙はこぼさない。
──こぼしたら、彼が余計しぼんでしまうかもしれないから──。
「……絶対、絶対私が……守ってあげるんだからねっ…………!! 新田……!!」
「……」
会わなくてはならなかった。
彼を救わなくてはならなかった。
会わずして救う術など、どこにも存在しなかった。
この歩数カウントダウンを、胸の奥で燃え滾る想いへと変えて──。
彼女は歩みを刻み続けていく──。
「…………百二十五……」
──そんな折だった。
「無関係の人間に向ける熱量じゃないなこりゃ……。おいアンズ、お前……そんなにヤツ ( 新田 ) のことが好きなのか?」
「え?」
遥か上空にて、ヘリコプター通過していく。
激しい回転音に言葉が紛れたその隙間へ、芹沢はまるで独り言のように問いを落とした。
「…………べっ、別に!! 恋愛感情でもないし! ただの知り合いよ! ほら、『友達』みたいなものなんだから!!」
パンッ──と、遠い前方から殴打に似た音が響いた折、アンズは赤恥に近い表情でアンサーを返す。
「…………友達 ( ・・ ) 、ねぇ」 「……友達……」
「でも……本当に新田は良い人……。良い人なのよっ……!! 確かにあの人はヤクザで、平成の怪物とか呼ばれてけど……違うっ!!──」
「──ほんとは繊細で……気持ちが弱くて……でも弱さを知ってる分、優しい人なんだから!!!」
「…………」
純粋無垢なアンズである。
それゆえ、新田 ( 893 ) との関係を示す『友達』という言葉に対し、芹沢と佐野は思わず邪推めいた目配せを交わしたが──事実、友達であること自体は間違ってはいない。
アンズは、それほどまでに新田のことを思っていた。
『好き』という言葉では、まだ自分でも整理できないほどに。
「……そうか。これはついでだ。少しばかり……嫌な話をするようだがな…………」
新田をそこまで思ってしまう──。
それが、アンズという少女だった────。
「なによそれ。嫌な話はずっとしてくるじゃな……、」
「アンズ。お前は第三回放送までに確実に死ぬ」
──そんなアンズの思いを根こそぎ捩じり潰すように、──『嫌な宣告』はあまりにも唐突に訪れた。
「…………え」 「え?」
ほんのわずかな沈黙。
空気が変わった断言できる、紛れもない静寂さだった。
「……ハルからさっき聞いた情報だがな。まぁ佐野、お前は安心しろ。少なくとも、お前に関しては、運命的な言及はされていない」
「…………え、……」
芹沢にとって、これは他愛のない会話のつもりだったのか。
それとも、能天気に歌い続ける花畑娘への、悪意ある意趣返しだったのか。
──否。答えはそのどちらでもない。
いつか言わねばならない。いつか吐き出さねばならない。
その瞬間を、彼はただ待ち続けていたのだった。
つまるところ、芹沢が胸の奥に抱え込み続けてきた『五十パーセントの悩み』──心からの宣告がそれだったのだ。
「…………いや、何よ…………それ」
「あぁそうだよなアンズ。『証拠は何?』『何を根拠にそんなこと言うの?』──疑問に思うのは、至極当然だ。──」
「──正直言って、俺自身も理解できん話なのだがな」
「………」
たとえ唐突であろうと、遠慮する理由はない。
暗く俯いたまま、それでいて覚悟のままに、彼は逃げ場のない言葉を──以下に続ける。
「──未来がどうだの、計算がどうだの……お門違いもいい話だったが、……とにかくヤツが言うなら間違いないんだろう。──」
「──いつ、どの瞬間かは知らん。だが断言できることは一つだけだ。アンズ、お前の寿命はもう決まっている。──」
「──……少し妙な質問をするぞ」
一拍。
「……天国と地獄、お前はこれからどっちに行くつもりだ?」
「…………」
言葉は、それ以上もう落ちてこなかった。
そよ風の独奏と化した辺り一帯は、音も、歌声も、佐野の歩数を数える声も聞こえない。
ただ呆然と立ち尽くす三人の中、心臓の音だけは妙にはっきりと響いている。
──死刑宣告を前にした、その生の高鳴りに。
「……」 「……」
「…………」
『天国か、地獄』。
──芹沢にとって、半ば受け売りに過ぎないその問い。
その意図は明確だ。
残りわずかな人生を、地獄車のように【対主催】として駆け抜けるか。
それとも、抗うことをやめ、訪れる運命までを自由に過ごすか。
どちらを選ぼうとも、芹沢は文句を言うつもりは毛頭ない。
確実な死が決まっているか弱き少女に、最後まで付き添う覚悟だけは彼の中にあった。
ドライな芹沢にしては珍しい、人情の混入でもあった。
ただ、やや回りくどい言い回しを、アンズが正確に汲み取れない可能性がふとよぎったのだろう。
「……悪いな、言い方を変えよう」
死後の話ではない。現世で、どう動くか。
そう補足しようと、芹沢が口を開きかけた。
「お前は、残りの人生をどう過ごす……、」
「そんなの────ッ……!」
「……あ?」
その時だった。
「『地獄』に決まってるわよっ…………!! 奈落の底で苦しんでる悪人たちに……救いの一杯を差し出したい!!!」
「…………ぁ?」
彼女が表面上通りの『地獄』の話を、本心のまま吐き出したのは。
「悪人とか、死刑囚とか、大罪人とか……。みんなそうやって……簡単に悪だって決めつけるけど……。──」
「──私はそれが正しいなんて、思わないっ!!──」
「──彼らにも大切な人がいて……、大切にされる経験が一度はあって……、それでもこの世って、自分が思う以上に生きづらくて…………。──」
「──ほんとは……救われたかっただけなのに……。誰かに……相談したかっただけなのに…………。──」
「──……道を、間違えてさ…………。──」
「──全部、終わりみたいに扱われるなんて……。そんなの……おかしいじゃない……っ!!──」
「──そんな人たちを……私は救いたいのっ!!!──」
「──天国でヌクヌクして、何もしないでいるだけなんて……ナンセンスよっ!!!──」
「──話が通じなくたっていい!! 突き放されたっていい!! でも私は……皆の心を……!!──」
「──味で温めたいのっ!!!!──」
「──だから私は死んでも構わない!!! 地獄にだって喜んで行くつもりなの!!!──」
「────……芹沢さんっ!!!」
「…………」
それは奇妙なまでのシンクロだった。
ハル曰く、未来の芹沢──自分自身もまた、『地獄の方に行きたい』と答えたようだが、アンズの答えもまた同様だった。
だが。
その言葉の本質を並べてみれば、両者は到底同類とは呼べるわけがない。
どう見ても天国の方が似合っている、純粋な少女。
閻魔ですら門前払いにしそうなほど、心の澄んだ彼女が選ぶ──地獄への道。
何の見返りもなく、
誰に感謝される保証もない、
徹頭徹尾、他人のためだけの選択。
人によっては、それを偽善と呼ぶだろう。
独りよがりだと、笑う者もいるかもしれない。
「だから……だからお願いよっ!!! 芹沢さんに、佐野…………!!」
「…………なんだ」 「…………」
それでも芹沢は、彼女をバカにしなかった。
否定もしなかった。
【悪人】──、
「私は……願うなら『第二回放送』が訪れる前に死にたいわ……。第三回放送までに、人が死んでいくのを……黙って見ていられないもの…………」
────その単語の裏には、新田義史の姿が想い浮かんでいたのだろう。
【震える声】──、
「だから、私が死ぬその時、その時まで……」
────その瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。
そして──、
「……後悔のない人生をっ…………!!!」
────足元から身体が浮き上がったかのような錯覚を覚えた、その一言。
「……『ラーメン革命』で……ひたむきに進むわよっ…………!! みんなっ…………!!」
「………………っ」
「…………アンズ、さん……」
風ではない。
アンズが無自覚に放った超能力は、
佐野と、そして芹沢達也の衣服を。
強く、確かに吹き付けていた────。
「……そんなに、地獄に行きたいか。アンズ」
「……………っ」
「…………そうか。──」
「──ブフッ!! ハハッ!! 冗談をよせバカ。お前のアッパラパーな味は、忖度できる天国民じゃないと通用せん」
「…………へ? ……はぁあああ!!? 何よ!? もう……、」
「────なら残りの余生……地獄のバカ共でも満足できる『ラーメンの味』を叩き込むまでだっ!!──」
「──覚悟はいいな!! 行くぞっ!!!! 佐野に、────アンズっ!!!」
「……! ……!!」 「……え、へ?! ……せ、芹沢さんっ………!!──」
「──……うんっ!!」
『朝焼けを見し者は知る。絶望は終わり、希望は始まると』
(旧約聖書・伝承)。
──太陽がこれほど眩しかった瞬間など人生にあっただろうか。
歩数カウントは再び、秒針の如くスピードで刻みを始めた──。
──タ、タ、タ、タ
──タ、タ、タ、タ
「……どう、佐野! 今何歩目かしら!!」
「百四十、百四十一、百四十二、百四十三……!! どんどん近づいています! もうすぐですよ……!!」
「え、もうっ?! 時間って早いのね!!」 「……エヴァのオペレーターかっ!!」
芹沢達也はフードコンサルティングの名のもと、これまで幾度となく、そして何百人もの店主と向き合ってきた男である。
幾多の人生を見てきた彼にとって、アンズが吐いた言葉はどうしようもなく稚拙に映ったかもしれない。
幼く、未熟で、理屈に耐えない。そう切り捨てることも、彼には容易だった。
──ただ、その少女の純粋な思いは、念動力を使わずして確実に芹沢の心を動かしたのだ。
「ふっ、地獄は気をつけろよアンズ? ラーメンオタクはプライドだけはいっちょ前。味にうるさいクズ共だからな……!!」
「相変わらず最っ低な価値観ね芹沢さん! クズや太ってる人は全員地獄行き前提で話すんだから!!」
心を動かされたのは、芹沢だけではない。
言葉にこそ出さないが、佐野もまた同じ。
ラーメンには興味のない彼女であったが、それでもアンズは佐野へ確かにやる気の火種を灯したのだ。
「……ラーメン好きな人、全員がクズで太ってる前提……ですか……」
「……そ、それもそうわねっ!! ごめん!!」
「フッ、気持ちの良い謝罪だな! お前の脳内お花畑は芳香剤いらずだっ!! 百四十四っ、百四十五っ!!」
百四十六、百四十七、百四十八──。徐々にBPMを上げる歩数の嵐。
三人の揃った足には、もはや足枷のような重りはない。
三人の胸中にも、曇りは一片も残っていなかった。
強いて天気模様を言うとしたら、現在、空は百パーセントの快晴。どこまでも澄んだ青色だった。
「百四十九、百五十……────あっ!! 見て、アンズさん……!!」
「え、なによ……──あっ!!」
「あっ……!!」
希望と夢に満ちた道中。
その行く手を遮るはずの信号の表示もまた──青色。
立ち止まる理由は、もうどこにもない。
進めと告げる声援のように、街は静かに背中を押している。
稚拙で、洗練とも無縁。
技巧も、驚きも、派手さもないラーメン。
それでも、店主の思いで確実に人の心を動かす──、
──アンズラーメン。
──芹沢が長年追い求めてきた『ラーメンの完成形』とは、もしかしたら彼女の味だったのかもしれない────。
「……お出ましだな、平成の怪物っ……!!」
「に、新田ぁぁぁっ!!!!」
刻にして、百五十歩目。
三人はついに、対岸沿いに立つ新田義史の姿を、その目で捉えた──。
………………
…………
……
◆
『金』────。
宝くじで当てた一億など、どうせキャバと豪遊で溶けて消える。
エリートヤクザである彼にとっては、せいぜい一週間、気が楽になる程度の紙切れに過ぎなかった。
『血』────。
摂取すれば血肉となるはずの珈琲缶五本も、どうしようもなく不要だ。
強いて用途を挙げるなら、その缶で自分の頭を殴りつけ、そのまま自死へ向かうことくらいしか思い浮かばない。
『暴力』────。
ほんの些細な殴打で簡単に砕け散る壺も、同様にいらなかった。
テレビ番組の格付けチェックのように、AかBか、どちらかの部屋を選ばされる状況があるとしよう。
仮に正解の扉を開け、豪華な壺を手に入れたとしても、新田が歓喜することはない。
それどころか落胆するだろう。
さらに言えば、壁を破天荒にぶち破り、隣の部屋へ移動するはずだ。
──同じく参加者である『彼女 ( ・・ ) 』がいない部屋なんて、彼には何の価値もないのだから。
「新田ぁーー!! おーい!! 新田ぁ~~~~~~~!!」
「…………」
空虚に包まれし新田は、やがて妄想に逃げ込んだ。
愛しのアンズと、とんでもない偶然で再開し、その彼女が信号の向こう側でこちらに手を振るという──そんな、出来の悪い夢想。
無論、実体を伴わない空想ごときで彼の心が満たされるはずもない。
それでも今は、砂嵐が吹き付ける廃れた心の元、ただ身を沈める他なかった。
「新田ぁああああーー!!! あははははは~~~!! 新田ぁあーーー!!!!」
「……はは、アンズ…………」
薬物中毒者のように虚ろな一点を見据えるその瞳に、妄想の中のアンズの姿が、次第に輪郭を得ていく。
笑顔が、やけに眩しい。
割烹着が揺れ、どこからか漂ってくる、温かな醤油ベースの匂い。
胸の奥を直接くすぐる、あの懐かしい香り。
いつもと変わらない──ただ、それでいい。
そんな妄想内の彼女が少しずつ、少しずつ、自分の元へ近づいていた。
「ははは…………──……ん?」
ただ、一つ。
いや二つ、三つ、四つetc。
その幻には、自分でも首を傾げたくなる違和感が、やけに多かった。
何故、アンズは全く見知らぬ茶髪の少女と手をつないでいるのか。
その少女は誰なのか。
それと、ノイズのように背後へ紛れ込んでいる、あの謎ハゲ男は何者だ。
────なぜ、この幻覚は、ここまで現実味を帯びているのか。
「え、……いや、ちょっと待てよ………………。──」
喉が、ひくりと鳴る。
「────……アン……ズっ………………?」
「新田ぁああああ~~~~~~~~~~!!!!」
その瞬間。
目の前の景色が、妄想ではなく──現実であると、理解した。
「…………嘘……だろ………………」
──否。嘘ではない。
あまりにも現実離れした光景だったせいか、新田にはすべてがスローモーションに感じられた。
あくびが出るほど、ゆっくりと持ち上がる彼女の脚。
無重力のようにふわりと揺れる、長い金髪。
それでも現実通り、普通のスピードで耳に響いていく彼女の声。
──自分を求める、声。
気づけば、新田の両腕は、いつでも彼女を受け止められるよう大きく開かれていた。
気づけば、その顔には仏のような微笑みが貼りついていた。
気づけば、辺りはやさしい黄色の光に包まれ、横断歩道の白線は花に覆われていた。──もっとも、これに限ってはさすがに幻だが。
「あははははは~~~~~!! 新田ぁ~~~! 新田ぁああ~~~~~~~!!!──」
「──新田ぁああ~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」
「……アン……ズ……!」
あまりにも、もどかしい。
彼女が近づいてくるその一瞬一瞬が永遠のように長い。
文化祭前夜は、なぜあれほどまでに胸が高鳴ったのだろう。
早く明日になればいいと、何度も願ったあの頃の記憶だった。
「新田ぁああ~~~~~~~~~!!!!!!!!!!」
「アンズ……アンズ…………!!!!!」
新田のバトル・ロワイヤル──。
青春は長い厳冬を越え、遅すぎるほど遅れて、
「アァァァンズぅ……!!!!!!!」
「新田ぁああ!!! 新田ぁああああああああああ~~~~~~~~!!!!」
────とうとう、花が咲かせたのだった
「アンズゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!!」
「新田ぁあああああああああああああああ!!!! ──……おわっ!!?」
感動の再開。
ただ、それを前にしてなお一ギャグを差し込むあたり、やはりアンズはアンズだったというべきか。
彼女は不意に、道路に落ちていた名著『私だから伝えたい ビジネスの極意』で足を滑らせ転倒してしまった。
すなわち百五十九歩目。
──新田の目の前を、救急車がドリフト回転しながら猛スピードで横切る。
──刹那、アンズはグチャグチャの肉片と化した。
【コースケ@大東京ビンボー生活マニュアル 第一回放送通過】
【マリア・マルタ・クウネル・グロソ@くーねるまるた 第一回放送通過】
【大野晶@HI SCORE GIRL 第一回放送通過】
【アンズ@ヒナまつり 死亡確認】
【残り54人】
「………………………………ふぁぽぺ?」
………………
…………
……
◆
みんなワイハ~~~~。
六時間、お疲れ様~~。ほんとごめんね、急に巻き込んじゃってさ~~。
参加者みんな、かわいい子ばっかりで……コワリィッチすごく悲しい。
特にハヤサカ。
すっごいかわいいから彼女になってほしい~。……ダメ? ダメなの?
まぁいっか……。
エミリもヒナもユリも、コワリィッチの知り合いだから、もっと頑張ってほしいな~。期待だよ~~。
じゃあ、そういうわけで。
死んじゃった参加者の名前、読み上げるね。
小黒妙子、尾張ハジメ、只野仁人、四宮かぐや、丑嶋馨。
池川努、新庄マミ、飯沼、メムメム、遠藤サヤ。
センシ、黒崎義裕、長名なじみ、鰐戸三蔵、鴨ノ目武。
アンズ。
以上十六名。
コワリィッチすごく悲しい。できることならみんな蘇生させて友達になりたかった~。
ね? みんなも生き返らせたいよね?
それならもう怖いものはない。君も殺し合いに優勝して、好きな人を生き返らせよう!!
……よし、悲しい時は歌だ!
みんな一緒に歌って、テンション上げていこう~~!!
死んじゃったサンゾウも、同じこと言ってて~、安●奈美恵の『Try Me』かけてたし! ……フフ!!
あ。うたわない子は、コワリィッチ悲しいから……ドローンの映像で晒し上げるからね!
ちゃんと歌うんだよ~~!!
それじゃあ、リクエストいっちゃおっか。
曲は久●譲で、────『ナウ●カレイクイエム』!
VIDEO
………………
…………
……
◆
「きぇえエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ────────────────────────────────ッッッッ」
「な!? ……お、おい……新田!! と、とにかく黙れ……!!! 大声はまずい……、」
「えええええええええええええええエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ────────────────────────────────」
「……くっ、…………すまん…………じゃあなっ!」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱあああああああああああああああああああああああああああ────────────────────────────────ッッッッッッッ」
渋谷がジャングルと化した。
喉が裂けんばかりに響く怪鳥のような声。
オラウータンめいて叩きつけられる拳。
理性をかなぐり捨てた、野生の雄たけび。
──もっとも、それらすべては、リクエスト曲である『ランララン~~♪』に、あっさりとかき消されていたのだが。
代々木公園前周辺にはたまたま無人の為、叫びが誰か【マーダー】の耳に届くこともなく。
直前に飲んだコーヒーの成分のおかげで、叫べども叫べども、喉は潰れず。
腐っても二十日連続で一位を取り続けた『射手座』である。豪運っぷりはまだまだ発揮されるようだった。
「……ぁあ、ぱぁあ…………びゃぁぁ…………ゃ………………」
数分後、力尽きた彼は最高級の壺に、横断歩道に残されたものを一つずつ納めていった。
目玉、真く染まった毛、内臓や骨や歯。いずれもそれらしきもの。
さしずめ、骨壺ならぬ『肉壺』──というわけなのか。
それは祈りでも、供養でもない。ただの作業だった。
すべてを終えた新田の顔には、人間が浮かべるとは思えない表情が貼り付いていたという。
やがて彼は、壺を紐で縛り、背に負う。
もうデイバッグは必要ない。
伸びきったカップ麺も、もはや誰の腹を満たすこともない。
ラッキーすぎる男────新田義史。らん、らんらららん。
ややニヤついたようにも見える表情のまま、朝の街に消えて行った。
彼はもう戻れない。
「…………………………………………」
この欲望にまみれた渋谷の中を駆け抜けていくのだ。
破滅する──、
その時まで──。
【芹沢達也@らーめん才遊記 第一回放送通過】
【佐野@空が灰色だから 第一回放送通過】
【新田義史@ヒナまつり 第一回放送通過】
【1日目/B3/代々木公園前/AM.06:10】
【新??義史@ヒな,マつり】
【状態】うつ○迥カ諷態、全身????????苦痛(大)
【装備】縲宣
【道具】縲先?晁??
【思考】基本:【蛇口】
78:世界并不会步。
93:即使倒在地上,时间也会继续向前。
47:🀇🀇🀇🀇🀈🀉🀊🀋🀌🀎🀏🀏🀏 🀍( 待牌 )
【1日目/B3/代々木公園前/AM.06:10】
【芹沢達也@らーめん才遊記】
【状態】心労(大)
【装備】なし
【道具】なし
【思考】基本:【対主催】
1:アンズ……おまっ…………。
2:新田を見捨てる。
【1日目/B3/代々木公園通り→救急車の車輪/AM.06:10】
【佐野@空が灰色だから】
【状態】全身裂傷
【装備】なし
【道具】なし
【思考】基本:【静観】
1:あがががががががががががががががががががががががががががががががががが──────ッ!!!!
最終更新:2026年04月14日 23:16