花咲く乙女(中編) ◆gry038wOvE
「仮面ライダー…………エターナル!」
ゆりがそう叫んだとき、私の手から既にココロポットとプリキュアの種は消えていた。
ゆりが向いている方に顔を向けると、そこには先ほど交戦したNEVERの戦士が立っている。
その手に、二つの道具を乗せて。
「久し振りだなぁ、元・キュアムーンライトにダークプリキュア!」
「……どういうつもり? こんな状態の私からそれを奪う必要は無いはずよ」
ゆりは、それでも淡々としている。少なくとも子供になった状態で、これ以上戦力を奪う必要はないはずなのだ。
そう、今すれ違う際に、あのナイフでゆりを殺すことだってできたのである。
とにかく、我々に危機が及んだ状況であるのは確かだった。
「俺が用があるのは、コイツじゃねえ。お前が背負ってるそのデイパックだ」
「……何?」
「その中には俺の大事なモノがその中に入ってるんでなぁ。……要するに、これを引き換えに渡しゃあいいだけの話だ。危害を加えに来たわけじゃねえ」
NEVERの戦士とゆりがにらみ合う。
私はゆりの前に出た。相手が変身した状態である以上、警戒は必要だ。
ゆりは変身できる状態ではないし、取引なしに奪われる可能性はある。
つい数十分前まで宿敵の真柄であったとはいえ、このまま殺されては癪だし、心も収まりがつかない。
姉妹としてならば、殺すのも躊躇する。宿敵としてならば、こんなところで死なすわけにはいかない。第一、この敵には色々な恨みもあったから余計にゆりを殺させるわけにはいかない。
「……いいわ。但し、まずはあなたも変身を解きなさい」
「いいだろう」
NEVERの白い戦士は腰に巻いたベルトを外して変身を解き、黒いジャケットの男に戻った。
顔は険しいが、警戒しているというよりは、比較的落ち着いていたような感じである。
奇妙な自信を感じる。
「さあ、そいつを渡せ。中身はちゃんと入ってるんだろうな?」
どうやら、ゆりが必要な支給品をデイパックの中に入れていない可能性を危惧しているらしい。
だが、一方のゆりは、それに応答する。
「……何が必要なのかわからないけど、手をつけてはいないわ」
「わかった。まあ信じてやる。さっさとそこに置いて二人とも後ろに下がれ」
私は少し後ろに下がった。ゆりは地面にデイパックを置いて、後退しているようである。
この男から目を離さぬように、私はゆりの様子を察して退いた。
男は、私が後ろに下がるのとほぼ同じ間隔で前に歩いて来る。
「ほう、……確かにしっかり入ってるな」
そして、デイパックの所にたどり着くなり、デイパックの中身を開けて中身を探った。
中身を見て、彼はニヤリと笑ったようだった。目当てのものが中に入っていたらしい。
男は私に向けてココロポットとプリキュアの種を投げた。
「さあ、交渉は終わった……! ってことは、今から敵同士だ」
そうして、男はまたベルトを巻き、例のガイアメモリという道具をそこに填める。
加頭とは別の使い方をしていたということに、私は今になり気づいた。
「変身!」
『エターナル!』
なるほど。私にココロポットとプリキュアの種を投げ返したのは、私に一瞬の隙を作るためであり、ゆりに戦わせぬためだったのだ。
本来、一対一なら変身道具を返しもしなかったに決まっている。
とにかく、これが返って来たのは幸いだ。本来、奪われなければ一番良かったのだが。
ゆりが高い声で、しかし冷静に感想を述べる。
「……そんな事だろうと思ったわ」
「全くだ。今は協力するぞ、キュアムーンライト!」
私はすぐにココロポットとプリキュアの種を、まとめてゆりに投げ渡した。小さい姿になろうと、プリキュアになることに問題はないはずだろう。
戦闘力はかつてに比べれば遥かに下がるだろうが、変身していれば防御力は今よりマシになるだろう。
受け取ったゆりは、高らかに叫ぶ。
「プリキュア! オープンマイハート!」
「させるかっ!」
変身が完了したNEVER────いや、エターナルがゆりに向けてナイフを投げたが、私はそれを空中でキャッチする。
しかし、それはあくまで私に向けて隙を作る為の行動だった。エターナルは、それをキャッチした私の眼前で高く舞い上がり、上がった右手の脇から回し蹴りを放つ。
私は一瞬何が起こったのかわからなかったが、私の体はそのまま吹き飛んだらしい。そして、そのまま私の右手に掴まれていたナイフまで奪ってしまう。
「月光に冴える一輪の花! キュアムゥゥゥンライトッ!!!」
そうこうしているうちに、私が知っているキュアムーンライトよりも、体の小さいムーンライトが名乗りをあげた。
ともかく、変身自体は辛うじて間に合っている。
……しかし、それでもエターナルは計画が狂ったような感じではなく、むしろ計画通りという感じで戦っていた。
「はぁっ!」
同時に、ナイフを持って駆けるエターナルがムーンライトの体に差し迫っている。
私は、それに一瞬焦りを感じながらも、またその焦りが無駄だったことに気づく。
ムーンライトの反射神経が、エターナルが顔面に向けて突き立てたナイフを、すんでのところで腕ごと掴んでいたのである。
だが、小さい体に慣れておらず、視界に限界があるためか、少しその反応が遅れており、ムーンライト自体もかなり鬼気迫る表情であった。
「そいつを放せっ!」
私はそう叫びながら、エターナルに向けて跳ぶ。
真後ろからエターナルの首を掴み、私の後ろに放り投げる。この程度の重さを片手で持つのは造作もなかった。
だが、エターナルは受身を取ったようで、地面に体をぶつけたような音はしない。
だから、咄嗟に振り向く。
やはり其処には、ナイフを構えるエターナルが、ファイティングポーズで立っていた。
どうやら、まだまだ戦意は抜群らしい。
「……クッ」
「ハッ。どうやら、もう二人揃ってロクに戦えないっていう面だな。戦いが込んでの、ダメージの負いすぎ、慣れない体での戦闘……無茶があるわけだ」
確かに、私の疲労は目に見えていただろう。
幾つもの無茶が祟り、私の体は既に何度とない戦闘に耐えられるような状態ではない。
……既にこの程度の運動で肩が息を始めているくらいだ。それに対し、奴は……。
だが、そう簡単に負けられるはずもない。
「何を言ってる……私は、まだ戦える。お前の首の根を掻き切ることくらい、造作もない……!」
「そんな状態で戦うことに意味はない。お前が感じているのは地獄の苦しみだ! もういっそ、本当の地獄に行ってしまった方が楽というものだろう」
私は聞く耳さえ持たずに前に跳び、幾度となく拳を彼に向けて繰り出した。
「あだだだだだだだだだだだだだりゃぁぁぁぁっ!!!!」
しかし、拳速は私の想定より遥かに遅い。
腕に力が入らず、おそらく当たったとしてエターナルに加えられるダメージは微々たるもの。
培養液で回復することもなく、スナッキーもデザトリアンもいない連戦は過酷であった。
私の体は、一瞬で捉えられ、鳩尾にあたる部分をエターナルに蹴り飛ばされてゆりの目の前まで吹き飛ばされることになる。
「ムーンタクト!」
私の真上で、キュアムーンライトがムーンタクトを取り出し掲げた。
どうやら、早々に勝負を切り上げる気らしい。
「……くっ、私もだ! ダークタクト!」
私は転がったまま、ダークタクトを取り出す。
二つの攻撃を喰らえば、奴もひとたまりもないはず……それは間違いないだろう。
ならば────
「プリキュア・フローラルパワー・フォルティッシモ!」
「ダークパワー・フォルティッシモ!」
────やはり、私も早々に蹴りをつけるべきだ。
弱弱しい力二つであろうと、混ざり合えば、せめて一つ分くらいにはなるだろう。
私の甘い算段で、エターナルへと二つの衝撃波が雪崩れ込んでいく。
「ハァッ!」
だが、その光がエターナルに到達するも、そのマントがその攻撃を吸収する。
奴を相手にするには、あまりに威力が弱すぎたか。私の攻撃は効果らしい効果を成さなかった。
プリキュアの力が、エターナルのマントにかき消される。
「あくまで、死神に抗い続けるか……俺の前には無意味だ」
「クッ……!」
死神、という言葉にゆりは妙にきつい面持ちになった。
何かそれに当たるものでも見たのだろうか。────そういえば、私も既に死んだ人間に出会って……。
キュアマリン……そうか、奴か。
奴が死神だったのか?
それでも、私は抗い続けたい。殺されるのなら、キュアマリンでもエターナルでもない、もっと別の、そう……。
「ここは私が食い止める! 逃げろ、ムーンライト!」
「えっ!?」
「安心しろ! 私はこんなところではまだ死なん! 早く体を元に戻し、この男との再戦に備えろ!」
……そう、ムーンライトとの決着による死ならば、まだマシだ。
今までは、ムーンライトに勝たなければ意味がないと思っていたが、今は負けても決着がつけられればそれで良いと思う。
本当にサバーク博士が私を愛しているというのなら、結局は負けても、これ以上望むものはないからだ。
本当に私が奴の妹ならば、これ以上戦う必要はないだろう。
それでも私の中の今までの戦いや思いは、ムーンライトとの決着で果てるのなら本望だと告げている。
…………そうか、今やっと気づいた。
私が望んでいたのは、得るのは難しくても、私の中にもうあるものだったのだ。
ここで私が命をかけるのは、ムーンライトとの決着のためじゃない。
ゆりに、助かって欲しい。
その思いによるものなのだ。
「お返しだ。……さあ、地獄を楽しみな!」
……だが、やはり駄目だ、コイツは強すぎる。
確かに奴は言った。NEVERはタフだと。
その通りだ。あの時完全に殺してしまえばよかったものを、私は……。
このままでは、目の前の強敵に食い殺される格好の餌。
まだ反撃はできるはずだが、どうしても戦意が薄らいでいってしまうのを感じた。
このままでは、どうあっても勝てない気がしたのだ……。
『エターナル! マキシマムドライブ!』
前方からエターナルが駆けてきて、私の前で跳び回し蹴りを繰り出そうとする。
私は、その攻撃への反撃方法を探りつつも、その恐怖に負けて目を瞑った。
目を瞑り、視界から情報が送られてくることはない。
ただ、耳元の爆音が耳障りだ。
……そのうえ、高い声で悲鳴まであげてしまっている。
私自身、悲鳴などあげているつもりはない。
その声が自分があげているものだとさえ、私は気づけないのだろうか……?
そこまで、私は生物的でないのだろうか?
私は何が欲しかったのだろうか───────
(サバーク博士……)
爆音と共に、目を瞑ってもわかるくらいに、世界が白い光に染まっていく。
この白い光の先に、私はキュアマリンの姿を見た。
────────────だが、マリンは消え、今度は私の視界は真っ暗になっていく。
ふと、今度は父親の顔と名前が浮かんだ。
我ながら、馬鹿なことをしたと、思っているけれど……。
「……………………え?」
全身が何ともない「ダークプリキュア」が、「私」を見て驚いていた。
…………そう、つい数秒前、家族を庇いエターナルの攻撃を受けたのは私・月影ゆりだった。
彼女は、行けと言ったが、私は結局そんなことができなかった。
だから、立ちすくむ彼女を無我夢中で押しのけ、私はあの攻撃を前に無謀に飛び上がったのだ。
ダークプリキュアは本来、我々の敵で、庇うべき相手じゃないはずだ。それでも私は彼女を助けた。
それは多分、私がプリキュアらしくやっていくことをやめているからだと思う。
たとえ、姉妹だとかいう事情があるとしてもだ。私は、こころの大樹の為なら彼女を倒すべきだっただろう。
しかし、私は結局、自分の家族を選んだ。
だから、家族の為に悪になり、今こうして家族を守り、体を裂いたのだ。
「……ムーン、ライト? ………………………ゆり?」
ダークプリキュアの唖然とした顔が、意外にも愛らしく、私は笑顔をこぼしてしまう。
このまま死んでしまうというのに、何故だろう。私は、今まで果たせなかった責務を果たせなかった充実感があった。
────良かったんだ、今度は彼女を守れて。
だって、私は姉だから。
ずっと、一人っ子だと思っていたけど、今まで一緒に団欒することがなかったけど、私はいつの間にか姉になっていたから。
死ぬ恐怖とか、そういうものが全然ない。
「……………ぁ、………」
声が出ないから、私は彼女に何も伝えられない。
体の中がもう、ばらばらで、喉に力を込めることもできないみたい。
お願いだから、貴方はもう……私みたいに戦わないで、と、そう必死に頼んでいるのに。
……彼女の顔は呆けている。無理もない。
キュアムーンライトは、今まで辛辣な顔で対峙し合ってきた相手だ。
そんな私が、自分を庇って笑っている。
私があなただったなら、きっと相当驚くでしょう。いえ、さっき私は確かにその感覚を味わった。
まるで乗り物酔いのような感覚が私を襲って、少しの絶望感を感じた……それを、きっと彼女はいま味わっているのだ。
何を思ったのか、彼女はつい私の体に駆け寄ってきてしまった。
小さくなった私の体に抱きつきながら、ただ驚いて私の体をゆすった。
彼女にはわからないのだろう。私の体は、その行為で少し息苦しくなっていることに。これは私の命を考えるならば逆効果だ。
……けれど、私には戦い以外で彼女の手に触れられるこの一瞬で、心だけは少し安らかな気持ちになっていくのを感じた。
……でもね、私にはあなたに抱きしめられる資格なんてないわ。全て私の心の弱さが引き起こしてしまったことだから……。
思い浮かんだのは、父さんと全く同じセリフだった。……やっぱり親子ね。
たとえこうして彼女の命を守ったとしても、この一日だけ彼女を思い遣ったとしても、私は十数時間前まで彼女を憎でいたし、数時間ほど前に一度、彼女を殺した。
そして、ここに来てからもまた何度も殺そうとした。更には、親友の妹まで殺して、この場では妹への愛なんて断ち切るつもりで戦っていた。
彼女を憎んでいた時間の方が遥かに多かった。自分のためだけに戦う時間が大半だった。
人を憎み、人を殺し……その果てに血塗られた体を、妹に抱かれる資格などあるはずがない。
この気持ちを、父さんも味わっていたんだ……。
「…………おい、起きろ!」
そうだ……すっかり忘れてた。
家族ができたんだから、こんな名前じゃなくて、ちゃんとした名前をつけなきゃ。
闇のプリキュアなんて、そんな名前を名乗るのはもうやめてもらわないと。
私だって、ここで戦ってる間、少しはあなたの名前を考えたんだから…………
それを教えてあげないと………………
「姉さん!」
ねえ、お母さん、お父さん、コロン。私、今度生まれる妹の名前決めたんだよ。絶対この名前にしてね──────
…………月影ゆりの体は、正真正銘、動かなくなった。何かを伝えようと震わせていた唇も、もはや少しも動かない。
その目に笑顔と涙が残っている。彼女は最後に、きっと得られなかった幸せを思い描いていたのだろう。
最後に語りかけた相手である人々の笑顔が、自分を最期に姉と呼んだ女性の姿に重なっていったのだろう。
朝起きれば四人分の朝ごはん。
洗面所に四本の歯ブラシがあって、二人の姉妹が朝早く、仲良く同じ鏡に顔を映す。
親友やその妹、更にはその親友────そして、自分の妹と毎日楽しく通う学校。
そんな日常だったら、よかったのに……。
【月影ゆり@ハートキャッチプリキュア! 死亡】
【残り42人】
★ ★ ★ ★ ★
時系列順で読む
投下順で読む
最終更新:2013年03月15日 00:26