Tomorrow Song ◆gry038wOvE




 ──そして、翌朝、遂にコッペの体力が遂に限界を迎えた。

 三日間も力を使い続けた事自体が異常であったのだ。──コッペの全身の神経が途絶され、踏ん張りが利かなくなる。
 朝十時。保健室で夜を明かしたメンバーは、全員、その時間には起きていた。

 コッペの体力が糸を切れるように消耗された後、それを直感的に察したスナッキーたちの群れが校門から押し寄せてくる。
 封鎖していた校門を蹴り飛ばす音が校庭の方から響き渡り、学校中に戦慄が走る。
 外が一斉に騒がしくなったのが聞こえ、次に、中でも慌ただしい音が聞こえ始めた。

 ──来た、と直感した。

「まずいわ。結界が破れてしまった……。みんな、つぼみを連れて逃げるわよっ……! 早く……!」

 薫子が真っ先に指示する。
 そこにいる全員は、緊張で少し行動が遅れているようにも見えたが、彼女の冷静さがここに避難している生徒たちを守り続けているのだ。
 続けて、鶴崎が言った。

「──ななみ、なおみ、としこ、るみこは花咲さんと一緒に、まずはつぼみを体育館裏の抜け道まで連れて行けっ! 今は誰よりも、つぼみが最優先だ! 急げばまだ間に合う!」

 包囲されていた関係上、逃げ道は体育館裏の抜け穴しかない。
 問題になるのは、この結界が崩れた時、あの抜け穴を通れない大人たちがどうするべきか、だ。入る事が出来る人数もかなり限られてしまうので、生徒たちも大半は逃げる事ができない。
 鶴崎も咄嗟に、花咲薫子をそこに挙げたが、彼女がフォローできるのはあの抜け穴の近くまでで、彼女も体格的に入って先に進む事は難しいだろう。

 後は、鶴崎たちも含め、残った者全員が捕えられる事になってしまう──。
 しかし、かつてプリキュアとして戦っていた以上、希望といえるのは彼女だけだ。日常に帰るまでは、特別扱いせざるを得ない部分がある。
 冷徹な判断であるゆえ、──冷徹な判断だと思ったからこそ、鶴崎はそれを自分の言葉でななみたちに伝えた。妹想いのななみが、妹を先に帰したいと思っているのは想像に難くない。
 だが、その気持ちを尊重してやる事は、今はできないのだ。

「──はいっ!」

 しかし、それでも……四人は勢いよく叫び、実行しようとしていた。
 起き上がるつぼみに肩を貸して、付き添うように走りだす。
 妖精たちが、薫子とつぼみの周りを浮遊する。

「みんな……」

 つぼみ自身は、こんな時の彼女たちの助けが温かく思っていたが、それでも、同時に申し訳ないという気持ちの方が強まっていた。
 プリキュアの力のない自分が彼女たちの希望になれるのだろうか……?
 自分がこんな時に最優先される特別な人間なのは、プリキュアだからだろう。だが、その力は既につぼみの中にはないのである。

(みんなが私を守っても……私はもう、みんなの希望にはなれないのに……プリキュアになれないのに……!)

 ──もう、みんなの為に戦う事はできないのだ。
 戦いたくはないが、それでも、誰かの為に戦える事は、つぼみにとって誇りだった。
 それが失われた時、彼女は進むべき道がわからなくなった。






 保健室から廊下に出て、廊下から外に出る。綺麗な緑色の芝生と、木々のある裏庭。番ケンジがたまにここで漫画のアイディアを考えていたのを覚えている。
 つぼみたちは、そこへ逃げていた。体育館裏に行くルートの一つだ。
 グラウンドの方からは激しい音と声が鳴り響いている。──男子生徒たちが、集団で一体のスナッキーに向けて戦おうとしているのが、その声でわかった。声変わりの頃の男子のかけ声が、つぼみの耳に聞こえる。

 そう。いつもならば、プリキュアとして戦える。
 だからこそ、今はただもどかしい。戦える力がなく、誰かに任せて逃げるしかないむず痒さがつぼみの体中を駆け巡る。
 あそこでつぼみたちを守ってくれる人たちが死んでしまったら──それは、つぼみの責任なのではないか。

「見つけたっ! いたぞーッ!! 花咲つぼみだっ!!」

 遂に、見つかってしまったらしく、どこからともなく声が聞こえた。
 その彼らの姿を見た時、つぼみたちの間に、妙な緊張が走ったのだ。

「!?」

 財団Xの構成員による掛け声であると想定していたが、それは、全く違った。
 彼らが変身した怪人というわけでもない。
 むしろ、そのどちらでも──力のある人間ではないからだった。

「……あなたたちは──!」

 そこにいるのは、私服を着用した一般人であった。「第二ラウンド」に参加し、生還者のつぼみを捕えようとしているのだ。
 何人かの若い人間の群れが、つぼみのもとに集っていく。
 財団Xの人間はグラウンドにいるのか、一人も来ていなかった。
 そして、その理由を、彼女は察する。

 ──この学校に、かつて通った事のある人間ならば、この広い学校で逃げるのならばどこか適切か、そして、どこに隠れればいいのか、自分の中学・高校生活の中で記憶していてもおかしくない。
 この学校にいかなる隠れ場所があっても、OBやOGが相手ならば全て筒抜けなのだ。

 ……彼らは、この学園の高等部の人間だ。

『尚、彼らを捕えた者には、幹部待遇と生活保障などの優遇が成され、──』

 つぼみは、あのモニターで財団Xの男が告げた事を思い出す。
 そう、あの殺し合いを見ていたのなら、誰もそんな言葉に耳を貸さないと思っていたが──現実には、こうして現れる者がいた。

『──あのバトルロワイアルで誰も叶える事がなかった、好きな願いを叶える権利を差し上げます』

 幹部待遇に目を眩ませた者などいないだろう。人々が求めるのは、就職しなくても未来の安定を図れる生活保障か、その、何でも叶えてくれるという“願い”だ。月影ゆりや、“ダークプリキュア”が求め、殺しあう条件とした、それ。
 信頼に足るものではないと、あの映像を見れば充分にわかるはずなのに……と思う。
 もしかすれば、管理下にある人間ゆえの洗脳状態に近い状態だからこそなのかもしれない。意思で乗り越えている人間がいる一方で、そうはならない人も何人かはいる。
 理由はわからない。だが、彼らは、少なくとも、どんな事情であれ、今はベリアルに魂を売った“敵”だった。



「──悪いけど、一緒に来てもらうわよ。花咲つぼみさん」



 そして……。
 そんな敵たちのリーダーとして、見知った一人の女性が、こちらに、真っ黒い銃を突きつけながら、現れたのだった。

「……ももかさん!」

 ──来海ももかであった。

 あのバトルロワイアルの中で死んだ来海えりかの姉であり、彼女には「ももネェ」と呼ばれ、なんだかんだと仲の良い姉妹であり続けた。
 そして、彼女にはもう一人、親しい友人がいた。

 それは──二人で「友」「情」の二文字が書かれたTシャツを着て写真を撮るほどの親友・月影ゆりだった。ももかと普通に接する事ができる友人は彼女だけであり、ゆりにとってもももかは唯一無二の友人なのだ。

 彼女は、管理はされていなかった。少なくとも、服装は普段のファッションモデルらしい、お洒落なももかのままであるし、はっきりとした意思がある。
 服飾に拘りのある彼女があんな恰好をするわけもなく、相も変わらず、シンプルながら恰好のつく服を無作為に選んでいる。
 しかし、そこにいるのがいつものももかと同じだとは思っていなかった。

「えりかのお姉さん……?」

 薫子、ななみ、なおみ、としこ、るみこの五人も、息を飲んだ。
 銃を突きつけられたのが初めての者もここにはいたので、小さく悲鳴が漏れる。それを見て、ももかは少しだけ、嫌そうな表情をしていた。
 それが、微かに、ももかが本心から悪しき行動に走ろうとしているわけではないのを感じさせ、却ってそこにいる者を辛くさせた。

 この有名なファッションモデルが「えりかの姉」、という事は既に知っている。会った事もある。──だからこそ、何も言い返せない壁がある。
 彼女がどんな想いをしているのかは、ここにいる全員が一度想像し、考えるのが嫌になって辞めた物でもある。
 そして、彼女がこれまで現れなかった理由を何度も考えて、その度に更に恐ろしい想像をした。──不謹慎だが、生きていた事に驚いている者もいるかもしれない。だが、彼女は、自殺を選ぶ性格ではない。

「その銃……本物なんですか……? どうして──」

 つぼみは、おそるおそる訊いた。
 この日本で、一体どこで銃が調達できるのだろう。──だが、その銃口から感じる不思議な緊張感は、あの殺し合いに続いているような気がした。
 つぼみ以外は、誰も疑問を持っていないところを見ると、管理国家は、もしかすると数日で銃を流通させたのかもしれない。

 どうして、と訊いたのは迂闊だった。
 理由はわかりきっているではないか。

「──ええ。ごめんなさい。悪いけど、これが最後のチャンスなの」

 ももかは、指先を強張らせて、言った。






 来海ももかは、元々、この学校に、家族や町の人々と共に立てこもろうとしていた。えりかやゆりたちが殺し合いを行う──というアナウンスは、殺し合いの準備期間であった一週間前の時点で行われていた為である。
 各地では、既に反対するデモが起こっていたが、“管理”の力や武力によって全て鎮圧され、反対者は次々に黒い服に身を包み、意思をなくした。
 だから、直接交渉は無駄と考え、彼女たちはしばらく、黙って、反抗の機会を伺うしかなかったのである。

 その後、学校に立てこもる計画が来海家にも伝達されたが、その時、ももかは、両親を先に学校に行かせ、自分自身は殺し合いが始まるその瞬間まで、えりかの部屋で彼女の無事を祈る事にしていた。
 両親より、少し遅れて行こうと思っていた。

 開始早々に、自分の妹や親友がプリキュアであった事を知ったももかは、驚いた一方で、それで少し安心を覚えていた部分があった。
 えりかが気絶した際には心配もしたが、えりかとゆりが開始数時間後に合流した時には、ももかは、自分の祈りが届いたのだと思って、一人ではしゃぎ、喜んでいた。
 ……この時はまだ、甘い考えがあったのだろう。
 つぼみ、いつきも生きており、このまま行けば彼女たちが脱出するだろうと思っていた。
 いや、ハートキャッチプリキュアの敗北など彼女にとってはありえない事だった。
 どんな奇跡も起こしてくれるだろうと……。

 ──しかし、その直後に、えりかは、他ならぬ月影ゆりによって殺害され、ももかは絶句する事になった。

 更にそれからまたしばらく経ち、ゆりも結局、死亡した。
 その経緯を見届ける事が出来たのは、理由が知りたかったからだ。
 何故、そうなってしまったのか。──彼女は、本当に自分が知っているゆりなのか?
 そもそも。ゆりが殺し合いに乗る理由など、ももかは全く想定に入れていなかったし、どんな事があっても、えりかを傷つける真似は絶対にしないだろうと、当たり前に思っていた。

 理由を知る事になったのは、エターナルとの戦いの時だ。ショックは無論大きかったが、ももかは、泣きながらも、今度は学校に向かおうとした。
 両親と寄り添い合い、せめて悲しみを埋めたいと、このやり場のない怒りを嘆きたいと。……それを誰かが慰めてくれるだろうと、ももかは自分以外の誰かを求めた。
 一日目は、まだ学校が管理されていない者たちの秘密の基地になっている事は管理者側には発覚しておらず、包囲もなかった時なので、ももかも、そこにあっさり入っていく事が出来ると、思っていた。

「嘘……」

 しかし──結局、彼女は、“悪を拒む”このコッペの結界に、“拒まれて”しまった。

 その時、自分がそこに入れなかった衝撃と共に、「やはり」という、どこか納得した気持ちがあったのを覚えている。
 なぜなら、彼女は、正体不明の憎しみや怒り、途方もない絶望が自分の中で抑えられなくなっているのを自分で知っていたからだ。

 それだけではない。──明堂院いつきがもし、自分を呼ぶえりかに気づけば、もっと長くえりかは生きながらえただろう。だから、彼女の事も憎く感じた。そこにいるのが、自分だったなら、絶対に気づくはずなのに、と思った。
 それから、ダークプリキュアがえりかを気絶させなければ、えりかはゆりと出会う事はなく、もっと生き続けられただろうという事も考えた。
 あるいは、えりかを救いに来る事ができなかったつぼみも、他の参加者たちも。──そんな理不尽に、誰かを憎む気持ちが湧きでてきた。
 それを必死に抑えている一方で、何故か、どこか、加害者のゆりだけは憎み切れなかった。それが最大の理不尽であった。

 それはつまり、親友だったからというフィルターのお陰ではなく、ゆりも、ももかと同じく、「妹」を持つ「姉」であった事を知ったからだった。
 つい先ほど、えりかが喪われた時、ももかは、その存在の大きさを噛みしめたばかりだ。

 ゆりの場合、ももかと性質は違うが、目的には自分の妹を甦らせる事があった。そして、彼女は最終的に、ももかの「妹」を殺害し、やがて、自分自身の「妹」を庇って死ぬ事になったのだった。
 そんなゆりの運命に、どこか共感してしまった時、──彼女には、自分のゆりに対する感情が遂にわからなくなったのである。
 全ての根源である彼女を許し、全く関係ないつぼみやいつきに対する憎しみの方が強まるという不可解な心情は、彼女の中で纏めきれなかった。

 ──どうして、こんな酷い世界になってしまったのか。

 やり場のない怒りは、世界に向けられた。それしかなかった。
 もう、この結界に反発を受けるのは構わない。この憎しみが、悪ならば、どうしようもないに決まっている。
 ただ、せめて、自分がこんな気持ちになった発端である、あの殺し合いの全てを教えてほしい。──どうすれば、全てが元に戻るのか。
 そんな時に、学校には、自分と同じく、結界への反発を受ける小さな少年を目にする事になった。

「あれは……」

 彼は、そこにいた男の子は、ゆりの団地に住んでいた子供らしい。
 ゆりを慕っており、年上のゆりに好意を持っているというませた男の子──はやとくんであった。
 彼女もまた、その人の早すぎた死を受け入れきれず、泣いていた。

 ────世界は、元に戻らないのか。
 ────自分や、この子のような悲しみが続いていくのか。

 昔の小説のように、時を遡る事ができたら良いと思う。
 全てがやり直せたら、ももかは妹や親友の命を取り戻す事ができる。
 その為ならば、ももかは何でもできる。

 ……それは奇しくも、月影ゆりの願いに、かなり似通っていた。
 だからこそ、ゆりを恨む気持ちではなく、むしろ今、強く共感する想いがあるのかもしれない。

 もし、時を遡る事が出来たのなら、ももかは、ゆりを恨むのではなく、彼女の力になり、本当のゆりを取り戻してあげたいと──そう思っている。

 ももかは、その後、ひとまず家に帰ったが、今度は、何人かのクラスメイトが、ももかの家にまで尋ねてきた。
 これまでの学校生活では、ももかの事を高嶺の花だと思い、話しかけるのをどこか躊躇していた同級生たちであったが、この状況下、ももかの連絡先を知っている者は、彼女のもとに、せめて何か声をかけてあげられたらと思って来たのだ。
 十名だけだった。……ただ、多くは、「そっとしておこう」と思って来なかっただけで、ももかを心配するくらいの気持ちは持っていただろうと思う。
 その内、今の今までももかのもとに残ってくれたのが、今、ももかの周りにいる三人の男女だった。他は、一時的に来てくれただけで、所要でどこかに行ってしまう事もあった。

 やがて、あのバトルロワイアルが終わる頃、生還者であるつぼみの周囲を狙う者たちがももかたちの家に乗りこんできた。──あのガイアメモリという悪魔の道具を持った財団Xである。
 そう。もし、憎しみをぶつけるならば、ゆりじゃない。彼らと、ゆりの家族を奪った者、それを生みだしたこの世界だ。この場所まで荒らすのだろうか。えりかとももかの思い出が残っているこの家まで。

 だが、──ももかはその感情を隠した。



 ──生還者を探し出す事さえ出来れば、願いを叶えられる。



 信頼はできないかもしれないが、それが唯一の希望であった。
 だから、ももかは第二ラウンドに乗る事にしたのだ。

 ももかは、その為に、財団Xに対して、学校に関する情報を提供した。──引き換えは、彼女を捕える為の武器と、この家から出ていく事だ。
 それを彼らは受諾した。彼らは、花咲家を破壊して、その周囲に張りこんでいた。近所の家が怪物によって破壊されるのを、ももかは窓の外から見つめていた。
 それから、つぼみがこの世界に帰って来たという事も確認する。
 オリヴィエの助けを受けたつぼみは、学校に向かっていった。学校とはいえ、そのまま向かうわけではなく、裏山の方に向かっていた。
 予め抜け穴の場所なら、事前連絡でももかも知っている……。そこに関しては、子供が通る場所なので、財団Xには伝えていなかった。もしかすると、つぼみが通れるくらいの大きさになっているのかもしれない。
 しかし、ももかが追う場合、流石に無理がある。高校生では通れまい。ももかは、身長も女性としては非常に高い部類だ。
 だとすれば。

 ──はやとくんがいる。彼ならば……。

 悪魔のような考えが一瞬だけ頭をよぎった。
 だが、やはり、彼女の中に残った良心は、……たとえ悪や憎しみが今勝っているとしても、あの小さな男の子まで利用する事にだけは抵抗した。
 結局、ももかは、ここにいる友人たち──そう、それはゆりやももかと一緒に青春を刻んだがゆえに、世界を受け入れられない者たち──とつぼみを確保する為に、結界が破れるのを待って侵入する事になった。






 つぼみたちは、あとほんの少しで体育館裏に繋がる裏庭で、ももかたちによって包囲されたまま、動けなかった。
 薫子やシプレは、反撃の術を知っていた。いまだ衰えない空手の技を使えば、薫子もももかを撃退できるし、シプレたち妖精は少なくとも銃撃くらいからは逃げる事ができる。
 だが、シプレはともかく──コフレ、ポプリの中には、敵への共感もどこかにあっただろうと思う。勿論、それは、つぼみを責めるという段階までは行きついていないが、それでも、敵への攻撃を邪魔する何かが、どこかにあった。
 薫子も、何人も同時に相手にする事は無理だろうと思っていた。初動に失敗すれば、この中の誰かが傷つきかねない。

「私の妹はあの戦いで死んで、あなたは生き残った。……それって、不平等に思わない……? 同じプリキュアなのに……」

 ももか自身も、今つぼみに突きつけたその論理を変だと思っている。
 しかし、彼女が否定したいのは世界だ。世界は慈悲を持つ物ではない。だから、ももかの思うようにはならない。
 それでも彼女は、自分の思うようにならない世界への苛立ちを、その象徴である目の前の生還者に、今は向けていた。──彼女以外に、あのわけのわからない、正体不明で理不尽な殺し合いを知る者はいないのだ。
 だから、彼女を悪者にする。

「私の妹は、これまでずっと、私たちを守って来たのよ……? どうして死ななきゃならなかったの……? みんな……みんな……」

 えりかも。ゆりも。
 彼女の周りの人間が二人亡くなった。──彼女の両親や、明堂院家はつぼみの生還を喜ぶ心を持っていたが、彼女はそうではなかった。

「あなたが二人をプリキュアに誘ったんじゃないの……!?」

 そんな問いに、つぼみの全身の冷気が背中に集まった。拳を固く握る。
 つぼみは、確かにそんな事はしていないが、それでも──おそらく、あの殺し合いに招かれたのは、変身能力者ばかりであり、もし彼女たちをプリキュアにした者がいるならば、それが全ての原因であった。
 まさにその発端であるコフレとポプリが、その後ろで小さくなった。彼らも既に、そんな予感は持っていた。
 とはいえ──えりかとプリキュアの縁が生まれたのは、つぼみとの縁のせいでもある。
 かつて、えりかの目の前で変身する事がなければ、えりかは今、プリキュアではないかもしれない。
 こんなに早く命を落とす事はなかったのかもしれない。

 しかし、ももかは、ふと──その問いの醜さ、無意味さに気づき、それを問い詰めるのはやめた。
 だから、ここからは、自分の気持ちが出ないよう、あくまで目的だけを口に出すようにした。

「……あなたを捕えれば、全部やり直す事だって出来る。少なくとも、この世界にいる人間くらいは──」
「あんなの出鱈目に決まってるですぅ!」
「そうでしゅ! つぼみだって、生きて帰ったのにまた追われてしまっているでしゅ!」

 反論したのは、コフレとポプリだった。
 彼女の言葉で、どこか吹っ切れたのかもしれない。

「──出鱈目かどうかは、捕まえからわかればいいっ! これは最後のチャンスなのよ!」

 その発想は──ゆりと同じだった。
 追い詰められた人間は、時として、どんな幻想にでも縋るしかない。──大事な物を喪った者ほど、突拍子もない宗教や嘘のような詐欺の魔の手には引っかかり易いように。
 それがいかに怪しいからを知ったうえで、それでも、「もしかしたら」の希望に賭けている。彼女はそうして、戦おうとしている。

「駄目……っ! そんな理由で、つぼみは──渡さない……っ!」

 その時、そう言って、つぼみとももかの間に、割って入るように立つ者が現れた。
 震えた声だ──つぼみの後ろから、ゆっくりと、そこに現われ、目を瞑り、両手を広げて、「撃つなら自分を撃て」とばかりに、ももかにそんな言葉を突きつけたのだ。
 彼女は、つぼみと並ぶほどの引っ込み思案で、いつきと親しかった──沢井なおみだ。

「なおみ……!」

 弱気な彼女が、勇気を振り絞って、銃口の前に立とうとしていたのだ。
 つぼみでさえ、そんな姿に唖然とした。
 すると、その行動を引き金にして、つぼみと薫子の周りを、ただ黙って、志久ななみ、佐久間としこ、黒田るみこが、手を広げて囲んだ。

「つぼみは絶対渡さない……!」
「みんな……!」

 つぼみを守る壁が、つぼみの周囲全体を塞ぐ。コフレもポプリも……。
 彼女たちが危険を顧みず、つぼみを庇おうとする姿に、つぼみは、ただただ驚くしかなかった。衝撃ばかりが大きく、この感情を今説明するのは難しい。
 ただ、彼女たちは、日常を共に過ごすだけの友人ではなく──もっと深いところで繋がっている友達なのだと、つぼみは再確認した。

「くっ……!」

 一方、ももかは、震える人差し指を引き金に向けて少し力を込めた。
 つぼみと無関係な彼女たちを撃つ事はできない。──だが、威嚇すれば、せめて、退いてくれるはずだと。
 当たらないように、一発でも撃ってみせようとしたのだが──それも、今は躊躇している。
 指先が動かない。
 言葉が出ない。
 何故、自分は彼女たちを撃とうとしているのか──その理由を、一瞬だけ忘れかけた。

「いたッ! 花咲つぼみだ!」
「他にも何人かいるぞ!!」
「殺害許可もある、やってしまえ!」

 しかし、その時、遂に財団Xたちもこの裏庭を見つけ出し、声が響いた。

 想いの外、早い──とももかは思った。早いというだけではなく、その言葉は、ももかの予想以上に物騒であった。
 とらえる事ではなく、殺す事が目的になっている。──勿論、捕えた後に処刑が行われるのは想定していたが、それでも。
 彼らは、マスカレイド・ドーパントへと変身し、人間には敵わない圧倒的な力でねじ伏せようとする。キュアブロッサムに変身してかかってくると予想しているからに違いない。

「まずい……っ!」

 戦慄する彼女たち──。

「──つぼみは絶対、私たちが守る!」

 マスカレイドたちが近づいて来る。
 銃に囲まれたというだけではなく、こうして怪人たちに命まで狙われている……。
 つぼみの周囲で、本来命を狙われていないはずの同級生たちも、もしかしたら巻き添えを食うのでは、と、ももかは恐怖した。

「──絶対!!」

 マスカレイドたちがこちらに手が届きそうな所まで近づいて来る。
 ももかの背中からやって来る、三体のマスカレイドの集団──。
 どうすればいい……。

「殺せーッ!」

 と、その叫びが聞こえた時。


「──駄目ぇぇっ!」


 咄嗟に、ももかの銃が、音と煙を立てる事になった。
 その銃口が向けられていたのは、つぼみたちの方ではなく、彼女の後ろから迫って来ていたマスカレイドたちの方だ。
 マスカレイドたちの動きが、一瞬だけ止まる。

 ──あくまで、突発的な事象である。
 マスカレイドが、つぼみたちを攻撃しようとする未来が見えた時、それに対する反発や不快感がももかの中に生まれた。だから、それより前にマスカレイドを撃退しようとしたのだ。
 やはり、人の命を奪うだけの踏ん切りは彼女にはつけられなかった。
 そのつもりであったが、つぼみの命を奪う事は、ももかにはどうあっても無理だ。ゆりも本当は、直前に戦いを経て、少し高揚した精神状態だからこそ、あんな風な事ができたのかもしれない。

「ももかさんっ!」

 女子高生の彼女には反動が大きく、後ろに大きく吹き飛ばす事になる。彼女の身体は、耐えきれずにつぼみたちの方へと倒れてくる。
 呆然としていたなおみを軽く押しのけて前に出て、つぼみはももかの肩を支えた。
 ──銃弾は、マスカレイドの方へと向かっていくが、それが掠め取る事さえもなく、全く見当はずれのところへ飛び去っていった。
 いずれにせよ、マスカレイドたちは銃弾の一発くらいなら何とか耐えられるドーパントだ。彼らは、ももかの銃撃に構わず、またつぼみのもとに向かって来ようとしていた。

「つぼみっ!!」

 ──刹那。
 体育館の屋根の上から、オリヴィエが飛び降り、マスカレイドの頭部に着地した。マスカレイドの首が大きく前に畳みこまれ、バランスを崩す。
 ももかの弾丸は文字通り、的外れな方向に飛んでいってしまったが、そこで鳴った音がオリヴィエをここに引き寄せたのだ。

「オリヴィエ!!」

 つぼみたちを庇うように、マスカレイドとの間に立つオリヴィエ。
 オリヴィエは、二体のマスカレイドを前に構えた。いつでも相手はできる準備は整っている。彼はここで唯一の、異人と並べる戦闘能力の持ち主だと言っていい。彼が来た事で安心も湧きでた。



「──っ!!」



 その次の瞬間、彼の攻撃を待たずして、突如、二体のマスカレイドは苦しみもがき始めた。
 なにゆえか、空気の中を溺れているかのように、虚空を掴むマスカレイドたち。
 その姿は異様であったが、彼らがふざけているわけではないのはその苦渋に満ちた声からわかった。

「──あああああああああああああッッ!!!!」

 そして、やがて──マスカレイドたちが、一気に泡になって消えていった。

「……っ!?」

 人間が泡になって消えていく光景に、そこにいた女子中学生たちが、そのあまりのグロテスクな光景に目を覆う。
 いくら敵とはいえ、突然、まるで奇妙な薬品の攻撃でも受けたかのように、もがき苦しみ、死んでいったのである。その光景は、彼女たちにとってはショックに違いない。
 オリヴィエも、戦おうとした相手が突如として消えた事に驚きを隠せなかった。
 そこに安心感などない。

 おそるおそる、マスカレイドたちが消えたそこに歩いて向かっていく。
 人間は泡にはならない。──彼女は、それを知った上で、冷静に、その解けた泡の残りかすのあたりへと歩いていった。

「彼らは人じゃないわね。……どうやら、元々、心や生命がない人間の模造品だったみたい」

 薫子が、その消えかけた泡の残る、芝生の上を見て、言った。
 財団Xの何名かは、人間ではなく、生命以外のナニカから作られたその模造品のようだ。
 下っ端の構成員でも、管理している全ての世界に派遣できるほど多くはない。このような手抜き構成員もいるのだろう。
 つぼみたちはほっと胸をなで下ろしたが、何故そんな事が起きたのか、疑問にも思った。

 そして、今、そんな現象が起きた理由を、数秒後にオリヴィエが気づき、言った。

「結界だ……。誰かが結界を張ったんだ……! だから、彼らは浄化された……」
「一体誰が……? まさか、コッペ様が……?」

 つぼみが薫子に訊くと、彼女は首を横に振った。ふと、オリヴィエが、上空を睨んだ。
 それにつられてつぼみたちも真上を見てみるが、眩しい日差し以外には何もないように見えた。
 オリヴィエだけにはその感覚に覚えがあったが、それが何なのかは言わずにおいた。






「──やれやれ」

 人狼以外が可視できない遥か上空、一人の使徒が空を飛んでいた。
 美青年の姿をしており、かつて見せていた冷徹な瞳は、どことなく穏やかにさえ見える物に変わっていた。

 彼は、そこで独り言のように言う。

「……苦戦しているようだね、プリキュア」

 かつて、キュアブロッサム、キュアマリン、キュアサンシャイン、キュアムーンライトの四人が力を合わせ、愛で戦った相手──デューンであった。
 テッカマンブレードの世界で、敵が再度生まれたように、デューンが再度生まれたのである。しかし、それは無限シルエットによって浄化を受けた感情も残っているデューンであった……ゆえに、誰かを襲うつもりはない。
 彼自身、何故そう思うのかもわかってはいないのだが。

「まあいい。今回は少しだけ手を貸すよ」

 まだ彼はどこか気まぐれであり、誰かに向けて謝罪の言葉を口にするようなタマではないが、少なくとも一時、この場を凌ぐくらいは──ちょっとした償いの為に、プリキュアに力を貸してやってもいい、と。
 デューンは、空で、真下で戦う生き物たちを眺めていた。






 ……それから、再度、彼女たちは学校で暮らす事になった。

 昨日までと違うのは、そこに、来海ももかの姿があるという事だ。
 デューン(彼が結界を張った事はオリヴィエ以外誰も知らないが)は、コッペほどはっきりとした善悪の区別を持って人間を結界に閉じ込めるような器用なやり方はできない。──ゆえに、ももかも今度は、同様に閉じ込められたのだ。
 少なくとも、財団Xやスナッキーは結界内に入る事ができないが、ベリアル帝国と無関係な悪人くらいは、結界に入る事ができる状況である。

 両親や友人と同じ空間にいるには違いないが、それを一時でも裏切ろうとしていたももかには、この場はどこか気まずい。今は先ほど引き連れていた仲間たちと共に、高等部の校舎で、彼らだけで行動している。
 とはいっても、やる事がなく、階段に無言で座りこんだり、人目を避けながら無意味にどこかの教室に向かっていったり……というくらいしかできなかった。人の気配があると、反射的にどこかに姿を隠してしまう。
 息苦しいが、一度つぼみたちを裏切ろうとした罰だと思い、それを飲み込んだ。


 ──やっぱり、世界を元に戻すなんて、出来なかった。
 ──自分には、出来ないのだ。


 そんな状態で、しばらくすると夜が来ていた。
 もう、こんな時間だ。──彼女は、この狭い空間に共に閉じ込められている親にさえ顔を向けられない事を、心細く思っていた。
 昨日までは、彼女たちにも会いたいと思っていたはずだ。しかし、裏切ってつぼみを捕まえようとした彼女たちは、それを躊躇していた。

「ももかさん……」

 そうして、階段に座りこんで月を眺めていた時、階段の下から、意外な人物が歩いてきた。同級生の声ではなかった。
 見ればそれは、花咲つぼみである。
 彼女は、ももかや、ももかの仲間の三人に渡す分の食糧を持ってきていた。──その行動自体は、普段の彼女らしいと、ももかも思う。
 しかし、ももかには、それを踏まえても、まだ疑問点もあった。

「……つぼみちゃん、一人で来たの? どうして?」

 自分を裏切った人間の前に一人でやって来るなんて──いくら何でも無防備すぎると思ったのだ。
 しかし、彼女は実際、それを実行している。

「私は、ももかさんを信じています」

 そう答えられたのが皮肉にも聞こえて、ももかは口を噤む。しかし、つぼみの性格上、そんな裏表はないのだろう。

 ──自分を狙った人間を前に、どうしてこうもお人よしでいられるのだろう。

 銃は、薫子に没収されてしまい、それを彼女たちは抵抗する事もなく渡してしまったので、ももかに攻撃の術はない。だが、それでも……何をするかわからないし、たとえそうでなくても、堂々と目の前に顔を出すなんて、気が重くならないのだろうか。
 そんなももかの考えとは裏腹に、つぼみは、ももかの隣に座った。月明かりが照らす階段に、二人で座っていた。

「ねえ、ももかさん……。私、放送でえりかが死んだって言われた時、泣く事ができませんでした」

 つぼみは、ももかと同じく、外の月を見上げながら、えりかの事を口にした。
 えりか──その名前を聞くと、心拍数が上がる。
 実はそれは……つぼみも同じだった。

「実感がなかったんです。あのえりかが死んだなんて言われても、それは嘘だって思いました。でも……いつの間にか、じわじわと胸の中にそれは実感になって……だから──ずっと後になってから、泣きました」

 そう言われて、ももかは、少し意外に思った。
 放送直後のつぼみの反応を、ももかは見ていたが、彼女は泣いてなどいなかった。──だから、ももかは、少し、つぼみを冷たいと思ったのだった。それが、つぼみを憎む原因の一つでもあった。
 しかし、今こうして聞くと、そうではなかったらしい事がわかった。
 悲しい時の反応は涙を流すだけではない。──つぼみもまた、えりかの親友だ。悲しまないはずがないのだ。

 その事実を知った時、ももかは不意に左目から涙が流れたのを感じた。
 それで慌てて、つぼみに、少し砕けた言い方で、おどけたように返す。

「つぼみちゃんはおっとりしているから、ちょっと気づくのが遅れちゃう事があるのかもね……」
「そうかもしれません。──さっきも、ももかさんや、ここにいるみんなに大事な事を気づかせてもらいました」
「大事な事……?」

 訊かれて、つぼみは言った。

「ももかさんも、ゆりさんも……ずっと、何かを守る為に、自分なりの力を尽くして前に進んでいたんです。私は、プリキュアになれなければもう何もできないと──そう思って、進む事や、変わる事を忘れていました」

 ももかにとって、「つぼみがあれから、プリキュアになれない」という事実は初めて聞く事実だ。確かに、財団Xに襲われた時にキュアブロッサムにはなれなかったようだが、一時的な物だと思っていた。これからずっとそうらしいと聞いて、ももかは素直に驚いている。
 もし、先ほどまでのももかならば、それを一つのチャンスとして捉える事ができたかもしれない。だが、今は、そんな事はどうでもよかった。
 仮に、チャンスがあったとしても、自分には何も出来ないと知ってしまった。無防備な姿を晒すつぼみを見ても、そこに危害を加える事はできないのが自分の性格だ。

「ここにいるみんなは、変身なんてできません。でも、それでも……自分が絶対に勝てないような相手にも立ち向かおうとしていました。誰かの為に、自分の為に──」

 つぼみを、体を張って守っていたファッション部の仲間や薫子、デザトリアンやスナッキーに敢然と立ち向かった男子たち、プリキュアであるつぼみを捕えようとしたももかたち。決して、彼らは怖がっていないはずはなかった。
 それでも、やらなければならなかったから、彼らは立ち向かった。
 そんな彼女たちを見ていた時、つぼみの胸は熱くなっていった。

「私ももうプリキュアにはなれないかもしれません。でも、それは戦えないっていう事じゃないんです。……私は、この支配に立ち向かって、また元の日常を取り戻す為に──最後の戦いに挑みます。みんなと、同じように」
「……つぼみちゃん」

 そんなつぼみを見て、ももかの前には、かつてデザトリアンになった自分を救ってくれたキュアブロッサムの姿が重なる。
 キュアマリン、キュアサンシャイン、キュアムーンライト──彼ら、ハートキャッチプリキュアの持っていた意志。

 たとえ、変身できなくても、つぼみの中でそれは損なわれていなかった。
 いや、かつて以上に彼女は──プリキュアであるように見えた。
 だから──ももかは言った。

「絶対死んじゃ駄目よ。……えりかの分も、ゆりの分も、いつきちゃんの分も、ゆりの妹の分も……あなたが、あなたが、おばあちゃんになるまで生きなきゃ駄目よ」

 今更こんな事を言うと、掌を返している、と言われるかもしれない。
 だが、ももかは、真っ直ぐにつぼみの瞳を見つめて、気づけば激励した。それは、勢いから出た言葉ではなかったと思う。もし、今言えなかったら、またしばらくしてつぼみにそう声をかけたのかもしれない。
 家族を喪った者を代表して、彼女に言わなければならない言葉なのである。
 そんなももかの言葉に、つぼみは答えた。

「わかってます。──私も、今はふたばのお姉ちゃんですから」

 そう聞いて、ももかはどこか、安心していた。
 一人しかいない兄弟姉妹を喪うのは、誰にとっても辛い。だが、来海ももかにも、月影ゆりにも、月影なのはにも、明堂院さつきにも、この殺し合いの中で、そんな死別は訪れた。
 だから、ここでは──せめて、花咲ふたばと花咲つぼみの姉妹だけは、絶対に離れ離れにはさせてはならないのだ。

 そうだ──それが、ももかがここですべき事だったに違いない。
 ようやく、ももかは、自分が姉としてすべき事を悟った。
 自分が姉であるならば──ここにいる一人の姉の気持ちを理解し、守らなければならないのである。
 それに、今更……ようやく、気づいた。

「そろそろ行きます。……体育館で来海さんが待ってますから、後で顔を出してくださいね」

 その時、丁度、つぼみが立ち上がった。彼女は、そうすると、すぐにももかに背を向け、階段を下りて行ってしまう。
 何気なく言ったが、えりかとももかの両親の話をしてくれたのが、彼女には意外だった。
 それで、堪えきれず、ももかも思わず、立ち上がり、階段の下にいる彼女を見下ろし、呼んだ。

「ねえ、つぼみちゃん!」
「何ですか?」

 振り向き、ももかを見上げたつぼみに対して、彼女は言った。

「──えりかの一番の友達でいてくれて、ありがとう」






 ──翌朝。
 寝起きのつぼみに、オリヴィエが話した。

「つぼみ。美希はこの世界には帰って来ていなかった。……美希の家族にも訊いたけど、まだ帰っていなくて……それで、心配だって」

 オリヴィエは、前日の夜、クローバーストリートまで出ていたらしい。
 それを頼んだのは、他ならぬつぼみであった。彼女を見つけ出せれば、せめて、あの世界から帰った仲間たちを増やしていけると思ったのだ。
 オリヴィエは、確かにその往復で危険な目に遭う事はなかった。

「でも、一つだけ伝えなきゃならない事があるんだ」

 ──それは、彼がクローバーストリートで出会った、高町ヴィヴィオらの乗船するアースラからの情報であった。
 ヴィヴィオの生存は、つぼみも初めて知った意外な事実だ。
 彼女は、別の世界の生還者を探す為にこの世界を一時離脱したが、今日中に明堂学園のグラウンドに来るとの事であった。
 つぼみは、それを聞き、──そこからの事は、自分で決めた。






 グラウンドには、数十人分の人影が揃っていた。

 一時間前、つぼみは自分の決断を家族や周囲に伝えなければならなかった。
 アースラにいる仲間たちが生きていた事、もう一度ベリアルを倒しに行くという事、そうしなければ前に進めないという事──だが、理解を得るのは難しい。

 もうプリキュアになれないが──それでも立ち向かうつぼみを、誰も止めないのか。
 そんなわけはない。
 結果、勿論、激しい反対を受けた。折角、愛娘が帰って来たのに、またどこか遠くへ旅立たさなければならないのだ。今度こそ死ぬかもしれない。いや、その可能性の方がずっと高い。何としてでも止めようとしていた。
 だが、そんなつぼみの決断を、尊重したのは、今、この人影の中心にいる薫子だった。

 彼女と共に説得し、やがて──この終わりのない逃亡生活を終わらせるという意味でも、前向きな意味で、ベリアルを倒すという事を説得して、納得させた。
 つぼみをここで囲ったところで、またいつか、昨日のような襲撃に遭う。このままでは、それを待つだけ──ただ、死ぬまでの時間をつぼみと長く過ごすという意味でしかなくなってしまう。
 そうではなく、ベリアルを倒す事で全て終わらせ、またきっと、この前のように一緒に過ごそうと──そういう意味で、つぼみは殺し合いの場に向かおうというのだ。

「……つぼみ。どうしても行くのね?」

 薫子と、つぼみの両親が心配そうにつぼみを見つめている。
 母に抱かれている赤子──ふたばだけは、自分たちの真上で太陽の光を阻んで影を作る巨大な物体に向けて無邪気に手を伸ばしていた。


 この世の物とは思えない、巨大な戦艦──アースラが、既にこの場にその姿を現していた。


 この世界の、この場所に、転送された来たのだ。つぼみを見つけ出したアースラは、その保護の為に彼女を呼ぶ。
 そこにいる仲間たちとの挨拶を待つくらいの時間は勿論あった。
 アースラの中には、また一緒に迎えてくれる、レイジングハートやヴィヴィオや翔太郎たちがいる。──彼らにまた会えた事は、つぼみにとって、少し嬉しい事でもあった。

「はい。今、一緒にベリアルを倒しに行けるのは私だけですから」

 つぼみ以外の人間も、確かにアースラに乗船する事はできる。
 しかし、それは却ってつぼみの決意を鈍らせる事になるだろう。
 たとえ一緒の場にいなくても、つぼみは一人じゃない。だから、安心して全てを任せて、遠くに旅立てる。

「大丈夫。私には、みなさんがくれた想いがあります。きっと……必ず帰ります」

 つぼみは、クラスメイトたちが自分を迎えてくれるのを見つめた。
 彼らから、つぼみに──一時間で書かれた寄せ書きが渡された。そこには、キュアブロッサムではなく、花咲つぼみとしての彼女へのメッセージがいくつも書かれている。
 卒業するまで一緒にいよう、と。
 その日を楽しみにしている仲間たちがここにいる。

「ふたば、お父さん、お母さん、おばあちゃん。だからまた……元気で会いましょう」

 つぼみは、ふたばの指先に触れ、言った。こんな家族たちが自分にはいる。──今の自分は一人のお姉さんだ。もっと大きくなったふたばと遊びたい。

 つぼみは、来海家や明堂院家の人々がそこに立っているのを見つめた。
 ももかは──両親と一緒にいる。コフレとポプリも、こちらに激励の合図を送っている。
 必ず帰ってこい、と彼女たちが目で訴えている。それは、亡くなってしまった自分の娘たちの為に──。

「みんなの心が希望を失わない限り、プリキュアは諦める事はありません。──私も、変身できなくても、心はプリキュアですから」

 たとえ変身できなくても──つぼみは、行かなければならない。
 アースラで待っている仲間がいる。ここにつぼみを迎えてくれる仲間がいる。
 一人じゃない。
 希望の道を切り開く為に、つぼみは──





「じゃあ、みなさん……行ってきます!!」





【花咲つぼみ@ハートキャッチプリキュア! GAME Re;START】




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最終更新:2015年12月26日 02:51