あたしの、世界中の友達 ◆gry038wOvE




「やあ」

 ──バトルロワイアルを終え、元の世界に帰還した佐倉杏子を迎えたのは、彼女にとって一番会いたくない存在であった。
 真っ白な体毛を生やした、両手に収まるほどの体。無感情な赤い瞳。動物に喩えるならば兎のようで、しかし、言葉を話し、少女に魔法を授ける力を持つ。……そんな奇妙な小動物。
 人間を魔法少女へと契約させ、その運命を翻弄するインキュベーター──キュゥべえである。

 彼は、相も変わらず無生物のようなその瞳で、路地裏に倒れている杏子の姿をただ見つめていた。この瞳がいつもどこか不安を煽る。
 野良犬の住むような薄暗い路地に、直角に差しこんでいたただ一つの光が、丁度、はっきりとそこから撤退し、正午の終わりを告げたように見える。
 随分と静謐で涼し気な場所に帰って来たような気がする。

「おかえりのようだね、杏子」

 そうキュゥべえに言われるが、その時の杏子の耳には入らなかった。脳裏にあるのは、今は全く別の事だ。──勿論、目の前にキュゥべえがいる事を認識してはいるが、それはあくまで認識だけで、主だって彼の事を考える事は、今はない。

 ──この世界について、杏子が殺し合いに来る前と、来た後による記憶の差があるのを思い出し、それが彼女を一時混乱させたのである。
 先ほど、粒子の流れに乗って、この殺し合いに向かってきた時──杏子の記憶にないはずの記憶が植えつけられたのだ。これは杏子や一部の参加者に起こる現象だった。
 鹿目まどか。美樹さやか。暁美ほむら。巴マミ。──それらの魔法少女と自分との関係性が、杏子の中で更に変化を辿る。いや、もっと言えば──杏子の中には、一度、“人魚の魔女”と共に自爆し、消えたという記憶までが蘇る。
 どの世界においても、杏子は悪の道を捨てる運命にあったらしいが、その反面で、彼女自身は、その場合に死ぬ事にもなるらしい。

(どうなってんだ……? あたし、帰って来たんだよな……)

 彼女は、一度、キュゥべえの瞳から目を逸らして、辺りを見回す。だが、ここはビル街の裏路地で、右も左も関係ない場所だった。自分の周りの視覚情報に意味はなかった。

(実感はないが……あたしはここで、魔女じゃなく魔獣と戦っていた記憶がある)

 だが、おそらく今、杏子がいる世界は、──おそらく、魔法少女が、“魔女”ではなく“魔獣”と戦っているという世界である。そんな気がする。何故か、杏子は最近までこの世界の事を忘れていたが、確かにこの世界の住人であった気もした。

 戦いに巻き込まれた世界。魔女と戦い果てた世界。魔獣と戦う世界。
 彼女自身、その三つの記憶を混濁させ、やや、目の前のキュゥべえに対しての意識をどう向ければいいのか迷った挙句、ただ一言だけ、彼に向けて言葉を投げかけた。

「なんだ……テメェ? 何見てるんだよ」

 聞きたい事はいくらでもあったが、まだ少し混乱していて、そう口に出す。

「僕の事を忘れたのかい? 佐倉杏子」
「……忘れるわけねえだろッ!」

 彼の事は忘れるはずがあるまい。魔獣と戦っているはずの今の世界にも彼はいたし、魔女と戦う世界の頃の話は忘れるはずもない。杏子にとってはそちらの世界の恨みの方が根深い記憶だ。
 多くを説明せずに杏子を魔法少女の道に引き込んだキュゥべえの存在は、あのバトルロワイアルの最中でも何度杏子を悩ませた事か──。今も殴りたい気持ちがあるが、頭の整理がついていない状態だった。
 そんな杏子に、キュゥべえは言う。

「そうか。別に記憶を失ったわけではないようだね」
「ああ、忘れたい奴の事も覚えちまってる……!」

 杏子はキュゥべえに皮肉を込めて言ったが、キュゥべえは無視した。

「……それにしても、君もよくあの戦いで生き残る事ができたね。僕も驚いているよ。まさか、魔法少女も及ばないような強敵を前にしても勝利してしまうなんてね」
「あの殺し合い……やっぱテメェの差し金かッ!」

 杏子は、彼がその事を口にした瞬間──怒りが抑えられず、思わずキュゥべえに掴みかかるが、彼は相変わらず飄々といている。
 咄嗟に、彼が殺し合いに一枚噛んでいるのではないかと杏子は睨んだ。この物言いではそうとしか思えなかったのである。
 もし、彼が殺し合いに無関係な立場の人間であるならば、彼は全く、そんな事を知る由もないだろうと杏子は思ったのだ。
 だが、キュゥべえは答えた。

「いや、それは違うよ、杏子。むしろ逆さ。──あの殺し合いが起きた事によって、僕たちはとても迷惑しているんだ。……まあ、この世界が出来た理由や、魔法少女の間で“円環の理”と呼ばれる物が生まれた経緯を知るには丁度良かったけどね」

 円環の理──その存在ならば、今の杏子の頭の中にはインプットされている。
 魔法少女が旅立つ時に現れる、神の伝説だ。それは、あの殺し合いに参加していた鹿目まどかと酷似した外見をしたイメージとして、杏子の中にもどことなく存在している。その二つに何らかの関係があるのは、今、杏子にも理解できた。彼女はまどかを覚えていた。
 キュゥべえにとって、それは最近まで絵空事扱いされるべき話だったが、彼も今はその存在を認めている。それはあの殺し合いがキュゥべえに齎した効果の一つだ。

「……じゃあ、あんたたちは殺し合いには関係ないっていうのか? じゃあなんであのクソゲームの事を知ってる……?」

 杏子には、キュゥべえが殺し合いには全く干渉しておらず、それと同時に、殺し合いについて知っているような素振りを見せている点を気にした。

「そうだね。まず、そこから説明しなきゃいけないか。……君たちは知らなかったようだけど、あの殺し合いは、主催者の手によって世界中の人にモニターされているんだ。彼らが帰るべき世界にも全て中継されてるよ」
「何だと……?」
「ほら、上を見てごらん」

 杏子が、キュゥべえに促されるまま、空を見上げた。
 ビルとビルの間に挟まれた、今は日の当たらない暗い路地裏であるが、そこにまた影ができる。彼女の頭上を通過していく影は巨大であった。

「なんだ、あれは……」

 ビルの真上を──そこを、奇妙な平面の物体が飛行しているのである。
 あれは何だ……? と思い、杏子は、それを注意深く、覗いた。

「あたしたちが殺し合いをしてる時の映像……! 悪趣味な事をしやがってッ!」

 それは、巨大なテレビモニターであった。前面からは電子映像が発されており、そこには杏子たちの姿──あの場で起こったドウコクとの戦闘が、丁度、放送されているのだ。
 キュゥべえの言う事が事実だった。
 ……そんな恐るべき物が、この世界では飛んでいる。

「この世界は、君たちが捕まっていた九日間の内に、ある一人の人物によって管理されたんだ。そして、君たちが殺し合いをする映像をああして映す事によって、人間を絶望させ、そのエネルギーによって更に多くの世界を侵略している」
「一人の人物……!?」

 全ての光景が実況されていた──それは、まだ、杏子の中では収まりのつく話である。別段、正体を知られたくない相手がいるわけではないので、杏子には、それによって困る所は少ない。強いて言えば、着替えやトイレが誰かに覗かれていたかもしれないという程度の小さな不快感だ。あとは、単純に照れくさいという所もある。
 だが、そんな些末な問題を気にしている場合ではない。
 あの殺し合いを企画し、それを世界に実況し、世界を侵略しようとしている者がいるのだ。そんな悪趣味な“主催者”はまだ生きている。それどころか、世界に大きな影響を与えてしまっている。
 その人物の名前を杏子は知りたかった。



「カイザーベリアルという、かつての────ウルトラ戦士だよ」



 キュゥべえは、躊躇する事なくその名前を告げた。
 杏子にも、「ベリアル」という名はどこかで聞いた事があった。記憶を掘り出す。
 そう、ゴハットが告げたベリアル帝国という謎の単語だ。
 あれは確かに、この殺し合いの主催者を示すキーワードだったという事である。

「ウルトラ戦士……ウルトラマンの事か?」
「そうだ。元々は遠くの星雲から来た光の巨人なんだけどね。多くは何故か宇宙の脅威にわざわざ立ち向かって、宇宙を平和にしようとしている種族だよ。……まったく、ウルトラマンっていうのは、わけがわからない存在だよ」
「……ベリアルってのは、その中の変わり者連中の中の裏切り者ってわけか」

 ──ウルトラ戦士というのは、杏子にとっても少し縁のある物で、それゆえに、どこか嫌な気分を覚えた。
 杏子自身も、ウルトラ戦士と同化して戦った時期があのバトルロワイアルの中にある。だが、ダークザギこと石堀光彦(実際は違うが特にそれについて知らない杏子から見ればどちらも同じだ)のように、あの強大すぎる力を悪の道に使う者もいた。
 当たり前だ。強い力を持った者の多くはそちらの道を選ぶ。たまたま、ウルトラマンたちの星の人間が変わり者の集まりだっただけだ。
 カイザーベリアルは、ダークザギと同じく力に呑まれたのだろう。

「彼は異世界も含めて、この宇宙の果てに存在しうる全てを自分の手で侵略しようとしている。管理された人間は、君たち人間の持つ“感情”が押し殺され、僕たちとそう大差ない、何かに従う生命体になってしまうんだ。……まあ、その方が、“感情”なんていう物に支配されるよりもずっと都合が良いのは確かだけど、そこに至るまでの過程や方法に関して言うと、僕たちの宇宙はとても迷惑しているんだよね」

 ──そこからは、キュゥべえによる長い解説が始まった。
 普段はそれを一からまともに聞く事のない杏子であったが、その時は少し真剣に、頭の中でキュゥべえの言葉を噛み砕いて整理しようと必死であった。
 何せ、そこから先の説明を聞き逃せば、取り返しのつかない事になるような危機感が胸の内にあったし、実際、こうして脱出して拝めた外の世界が一体どういう状況なのか知っておかなければ、まともに暮らす事さえままならないくらいである。

 ──いや、既にそれはままならない状況なのかもしれない、と杏子は思った。

「彼は今回の事で宇宙の寿命を大きくすり減らしている。まず、僕たちが宇宙の寿命の問題を伸ばす為にグリーフシードから手に入れたエネルギーをベリアルたちが殆ど奪取してしまった事が原因の一つなんだけど、それだけじゃない」

 グリーフシードを用いたエネルギー回収の話は、杏子が全く知らない話であった。──キュゥべえの策略に関連する事かもしれないが、敢えてキュゥべえはそれを暈すように喋っているらしい。
 彼にとっても多くを説明するのは都合が悪いと見え、少なくとも自分が明らかに責められる要因などは回避しようとしているらしかった。
 だが、そんな細かい所にいちいち突っ込む杏子ではなかった。

「彼らは、時間軸介入や、本来繋げてはならない世界の融合や連結を行ってしまったんだ。それにより、歴史や宇宙は幾度も世界を修正する必要が出来てしまい、あらゆる宇宙に大きな負担がかかった。──今、宇宙はキャパシティを超える酷使をされすぎて、激しい金属疲労を起こしているんだよ。これ以上それをやられると困るんだよね」
「歴史の修正……」

 杏子は、自分がここに来た時に幾つもの記憶が流れ込んできたのを思い出す。
 彼の言葉に実感が伴ったような気がした。魔女が魔獣に変わったのもその一端かもしれない、と杏子は思った(実際には今回の件とは無関係な話だったが)。

「……まあ、そのお陰でベリアルの支配によって戦争などの小さな問題は解決したけど、そのせいで、今度は宇宙の寿命が消えかかっているんだ。まったく、これじゃあ元も子もないよ。僕たちにとっても不都合な事の方が多いじゃないか。自由きままに戦争をしていてくれた方がずっと宇宙へのダメージは小さくて済むくらいだよ」

 ……杏子にとって、そこからの話は果てしなくスケールの大きい話にさえ感じられた。
 地球という惑星の人間は、まだ手の届く範囲でしか宇宙への進出を叶えておらず、沖一也でさえ月止まりなのだ。杏子の周囲の常識でもそれは遠い未来である。高度に進出したのは、テッカマンブレードの世界の地球くらいの物だろう。
 先ほど、ウルトラマンの出自について軽く知らされたが、実際のところ、杏子にはどの程度信じて言いのか見当もつかない。
 ……まあ、キュゥべえも宇宙から来た観測者で、魔法少女もそんな宇宙の果てから授かった力らしいのだが──それも今しがた知ったばかりの情報である。

「このまま、あと一週間でもベリアルが侵略を続ければ、宇宙はオーバーロードを起こし、遂に取り返しのつかない事になってしまうだろう。だから、僕たちは何としてもベリアルを倒さなければならないんだけど、今度はそこでまた問題が生じてしまったんだ」

 キュゥべえは、まだ続けていたが、そこまで喋ると一拍置いた。

「ベリアルを倒すには、ベリアルが今いる世界──つまり、あのバトルロワイアルの世界に行かなければならないんだけど、今のところ、それは誰が試みてもできなくてね」

 何故か、こうして、この話を強調した時、嫌な予感が杏子の中に過った。
 キュゥべえの言葉に妙な含みを覚えたのだ。──キュゥべえの瞳は、こちらに何かを訴え、強要しようとしているようにさえ見えた。
 かつて契約する時に見た彼の瞳のそれだった。
 そして、……キュゥべえは、当然のように告げた。

「調査の結果、あそこに行く事が出来るのは、君たちみたいに、一度あの世界に行った事で、あの世界に耐性が出来ている人間だけだとわかったんだ」

 そう──世界の運命を変えられるのは、あの殺し合いから生き残った、十名前後の生存者だけなのだ。
 その一人には勿論、杏子も含まれる。

「──宇宙の為にも、ベリアルと戦いに行ってくれるよね? 杏子」

 実際のところ、その脱出した仲間を集めて、またあの殺し合いの現場に行き、ベリアルと戦えというのが、このキュゥべえの言いたい事らしい。
 この安全圏からそんな事を言えるキュゥべえには腹も立つ。折角全てを終えたばかりで、元の世界に戻れたというのに──。

 だが、結局のところ、杏子も同じ考えなので文句は言えないのも辛い所だ。
 ──世界中が支配されているというなら、そこは大変生きづらい世の中に違いない。このままでは、杏子にとっても害の方が多いほどだ。

「……」

 そして、杏子としては、確かにもう一度、“彼ら”に会いたいと言う気持ちもあった。脱出と同時に別れ別れになったあの殺し合いの仲間たちと──すぐにまた、もう一度会えるというのだ。
 下手をすると、その喜びの方が大きいくらいかもしれない。

 ──それでも、やはり、キュゥべえが強要している物は大きな重荷であろう事はすぐにわかった。勿論、杏子だって今度こそ死ぬかもしれない。

「……なあ、ベリアルって奴は強いのか?」
「そうだね。君たちの多くがダークザギに苦戦していたのを見ていると、勝つ見込みはとても薄いと思うよ。あのウルトラマンノアも倒されてしまったようだし」

 つまるところ、ベリアルは、ダークザギなる巨人やウルトラマンノアより強いという事だった。
 ダークザギの正体は石堀光彦だった。裏切った直後の彼と戦ったが、その時点でも杏子たちは全く敵わないくらいの力であった。
 しかし、石堀やアクセルの姿はまだ本領発揮とは言えない。身長五十メートルの巨人へと力を取り戻した時、遂に生存者全員が死力を尽くしても倒す事ができなかった。
 更にその絶望的な相手を一方的に倒したのが、奇跡の戦士ウルトラマンノアだ。
 ──その希望さえも潰えたのが、キュゥべえの口から告げられた事で杏子にもわかった。

「──まあ、僕は、君たちがダークザギを相手にした時点で勝率0パーセントと予想されていた。僕たちも諦めていたけど、最後に君たちは彼に勝ったからね。ここから先の結果は僕にもわからない。いずれにせよ、僕も君たちの未知数な力を信じるしかないね」

 杏子たちに勝てる相手だろうか? ──この疑問は、杏子もキュゥべえも抱いている。

 しかし、あまりにも敵が強大すぎると、勝つとか勝てないとか、死ぬとか死なないとかではなく、遂に、考えてわかるような相手じゃないようにさえ思えてしまうのだった。
 本当にこの世にいる相手なのか。逆になんとかなるんじゃないか。勝負にならないくらいで面白いんじゃないか。
 少なくとも、杏子はそう思い始めている。

 実像だと思えず、今の杏子には、ベリアルへの恐怖や不安など皆無だった。
 それどころか、今も、杏子は、あの戦いで出会い、挨拶もせずに離れ離れになってしまった仲間と再会できる事に──言い知れぬ嬉しさや期待を覚えている。
 また会えると言われた事の期待が、だんだん膨れ上がり、杏子の中で不安や恐怖に勝っていく……。
 気づけば、杏子の未来像の全てをそれが占め始めていた。
 そんな時、キュゥべえがまた口を開いた。

「とにかく、君たちが早くカイザーベリアルを倒してくれるのが、僕たちにとっても一番都合が良いんだよ。その為には、僕たちは惜しみない支援をする。まあ、何でも言ってくれ」
「……そいつはどんな支援だ? まさか、美希やつぼみにまで魔法少女になれとか言うんじゃないだろうな」

 杏子は、キュゥべえの言葉を捨て置けず、また眉を顰めて言い返した。
 ──こうして、キュゥべえに対して疑り深くなるのも無理はなかった。
 これまで、何度キュゥべえに騙されてきた事か──その数はわからない。今度もそうではないとは限らない。いくら口で協力すると言ったところで、そこに裏がないとはまだ思えなかったのだ。
 実際、キュゥべえは、ほとんど無感情にこう答えた。

「確かに。それもいいかもしれないね」
「──させねえぞ」

 杏子は、目を吊り上げてキュゥべえを睨む。
 魔法少女の力によって、プリキュアにはない特殊能力や武器が併用できる事になるが、その対価は大きく、いかに世界の危機とはいっても、安易に契約をさせてみせようとは思わなかった。
 杏子は、強い口調で繰り返す。

「それだけは、させないッ!」

 はっきり言って──杏子に大事なのは、世界よりもその世界の端っこに存在する友人の存在である。
 勿論、今は世界も大事だ。しかし、その中にあの友人たちがいないならば、もう、世界などという物はいらない。そう思っている。
 出来る事なら、これ以上巻き込む事さえさせたくないと思うくらいだ。

「……まあ、それでも構わないよ。魔法少女としての彼女たちの素養もよくわからないしね。どっちにしろ、その程度の力が加わった所で、焼け石に水さ。それに、僕たちは、異世界と繋がった事で、あらゆる便利な道具を得る事が出来たんだ。そうだね、ある意味、それは怪我の功名といえるかもしれない……たとえば、コレだよ」

 そうして珍しく簡単に契約を取りやめにすると、キュゥべえは、何やらピンク色の小さなペンライトのような物を取りだした。
 一見ファンシーなキュゥべえによく似合っているように見えて、その実態を知るとかなり似合っていないように見えてしまう物だ。
 思わず杏子は、このペンライトも、黒いセールスマンとかが売る怪しいアイテムなのではないかと勘ぐってしまった。
 とはいえ、どこか拍子抜けしているのも事実で、きょとんとした表情で訊き返した。

「なんだそれ?」
「いやぁ、本当に良い物を手に入れたよ。希望を絶望に転じるエネルギーでエントロピーを回収する方が簡単だったから、逆に絶望を希望に変える手段はこれまで効率が悪くて、不必要だったんだ。でも、他の世界にはその効率の良い手段があった。もしかしたら、ベリアルを倒した後、この道具を使えば、宇宙の寿命の問題を大分先延ばしにできるかもしれない」
「……だから、何だよそれ。ぐだぐだ喋ってないで要点を説明しろ」

 だんだんとキュゥべえの長い説明に苛立ってきた杏子も堪忍袋の緒が切れる直前であった。いつも妙に理屈っぽく、杏子の肌にはあまり合わない。
 元々、人間というのは二分以上の長い話を聞くには向かない生物なのだ。中でも杏子は一分で既に限度を感じる質の人間である。
 そのあらゆる意味で張りつめられた空気を察してか、キュゥべえがそのアイテムの名を告げた。



「──これは、ミラクルライトさ!」



 どこか誇らしげにキュゥべえはミラクルライトなる小さなライトを掲げる。
 杏子は、唖然とした表情でそんな様子を見ていた。

「ミラクル、ライト……?」

 ──“ミラクル”つまり“奇跡”。随分と彼に似合わない言葉に感じる。

 ……いや、キュゥべえの事だ。何か言葉のロジックが入っている筈だ。やがて“魔女”になるから“魔法少女”だとかそういうロジックを入れて詐欺に引っかけようとしている可能性が否めない。
 ミラクルライト──どこかの異国の言葉で、「人間魔獣化光線」とかそういう意味を持つとかそういうオチではないだろうな……などと思いながら、訝しげにキュゥべえに訊く。

「……で。それ、どう使うんだ?」
「これを振って、ピンチになったプリキュアを応援すると、プリキュアが強化されるんだ。すると、人々の間にあった絶望がリフレッシュされ、希望に転じていく。きっと、君にも効くはずだ。それに、闇を追い払う力まであるという優れものさ。エネルギー変換は、絶望と希望の“相転移”だから、僕たちにとっても、かなり都合が良いよ」
「……」

 信頼していいのか、怪しんでいいのか、だんだん杏子の中で微妙になってきたところであった。
 しかし、キュゥべえがこれほど活き活きと話している姿も見た事がない。
 まるで──そう、フィリップのように強い好奇心か何かに縛られているようだ。
 このキュゥべえの常識を覆すアイテムであり、それがキュゥべえの目的に恐ろしいほどに合致していたからこその歓喜なのであろう。彼の常識を崩す一品だったであろう事も間違いない。
 一応、疑いは薄くなっていく。

「……本当なのか?」
「そんなに疑うのなら、実演してみようか? こんな風にね」

そんな様子を見て、キュゥべえは実演しようと、ライトのスイッチを押した。すると、ミラクルライトの先端に光が灯される。

「────がんばれーっ! プリキュアーっ!」

 杏子に向けて、そう叫びながら、ミラクルライトを激しく振って、その光を浴びせるキュゥべえ。
 チカチカと、杏子の瞳に向けて放射されるピンクのハート型の光。
 暖かく、どこかプリキュアの攻撃にさえ似ているそんな光を杏子に向けられる。
 いつになく必死に、活き活きとミラクルライトを振るうキュゥべえの姿は、どこかシュールだった。

「……」

 ──が、結論から言えば、それは杏子にとって、鬱陶しいだけであった。現状、杏子が強化されている事は全く無い。そもそも、何を以て強化というのか、今の杏子にはさっぱりわからない。

「がんばれーっ! 杏子ーっ!」

 懲りずに、チカチカと杏子へのダイレクトアタックは続く。この薄暗い路地で、至近距離からのライトは瞳孔に激しいダメージを与える。
 昔のテレビアニメで、激しい点滅によって、視聴した子供の入院が相次いだ事件を、杏子はふと思い出す。キュゥべえはその点滅に近い物を行っているような感じがする。
 ……すると、流石に、抑えていた沸点が爆発したようで、肩をわなわなと震わせた後、杏子はキュゥべえに向けて叫んだ。


「──って、効くかっ! ……近くの人に向けて振るんじゃねえ! 目がチカチカして眩しいだろ!」


 あまりの瞳孔への刺激に苛立って、期せずして取扱注意事項を説明しながら、キュゥべえの頭を思い切り叩く杏子。
 それと同時に、キュゥべえが激しく振り回していたミラクルライトが、思いっきり手が滑って飛んでいき、杏子の鼻の頭にコツンとぶつかる事になった。
 一応、それなりに固い物体らしく、「いたっ」と小さく呟く杏子。軽く涙目になるほどミラクルライトの投擲は痛い。
 杏子は、鼻の頭を抑えて怒る。

「……むやみやたらとぐるぐる振り回すんじゃねえ! 人にぶつかって危険だろ! 殺すぞ!」(取扱注意事項2)

 何故か、キュゥべえに対して──いや、もしかすればかなり不特定多数の人間に対して、ミラクルライトの取り扱い方を教授しているようで、杏子としてはどこか腑に落ちない物があったが、とにかくキュゥべえを叱る杏子。

 キュゥべえは、ミラクルライトを振るのをやめて、そんな杏子をただ無表情に見ている。
 ミラクルライトの実験の真っ最中で、何故杏子に対してミラクルライトが効いていないのかを再度考えているようだ。

「……っつーかそれ、持ってない奴はどうすればいいんだ?」
「そんな事、僕に言われたってわからないよ。今回は、性別や年齢の区別なく配布する予定だけど、それでもどうしても数には限りがある。ミラクルライトを持ってない人間は、心の中で応援すればいいんじゃないかな」(取扱注意事項3)
「そんなんでいいのか……」

 相変わらず、何を言っているのか、そして自分でも何を質問しているのか──よくわからなかったが、杏子は納得する。

「ああ、そうか」

 その後で、キュゥべえは、ふと何かに気づいたような表情になった。
 自分の中でも、杏子との会話の隙に、何故杏子にミラクルライトの力が効かないのかを考察していたのである。

「なんで効かないのかと思ったら、ピンチの時にしか効果がないんだ。ピンチじゃない時は振らないようにしないとね」(取扱注意事項4)
「いや、そもそもあたしはプリキュアの力がなくなっちまったし……」
「なるほどね。あのアイテムが破壊されてしまった以上、君はもうプリキュアにはなれないんだ」

 キュゥべえにも他意はなさそうだ、と、杏子は呆れつつも納得する。
 とにかく、近くの人に向けて振り回すと危ない事や、あまり長くつけすぎると内蔵電池──もとい「ご加護」が減る事以外、この奇跡の対価はないらしい。

「……そうなると、杏子。プリキュアの力もウルトラマンの力も魔法少女の力もないとなると、君はこの先で問題にぶつかるかもしれない」

 キュゥべえが、そう付け加える。
 ──と、同時に、安心しかけていた杏子の顔が強張った。

「──ちょっと待てよ。どういう事だ……? 魔法少女の力がないって」
「……やれやれ。君は自分の事もわからないのかい? レーテに君のソウルジェムが入った時、君は多くの絶望の力の介入によって、どうやら魔法少女に変身する力を失ってしまったみたいなんだ。肉体を維持したり、軽い魔法を使うくらいならできても戦闘はできないよ」

 急に無性に腹が立つ言い方で返され、杏子は更にキュゥべえに対するストレスを覚えたが、殴るのはやめた。
 それよか、納得しておく事こそ大人だと思い、相槌だけ打つ。

「ほんとかよ……」
「僕はこんな無意味な嘘はつかないよ。いま労っておかなければならない君に余計なストレスを与えるだけで、全く意味がないからね。でも、事実は事実だから予め伝えておくよ」

 とっくに杏子にはキュゥべえに対するストレスがあったが、それはそれとして、わざわざ契約までした魔法少女の力がないというのは少々痛いという事実に気づく。
 グリーフシードを得るには勿論、魔獣との戦闘が必要だし、ベリアルとの戦いに首を突っ込むなどという場合、間違いなくソウルジェムは穢れていく一方になってしまう。
 それどころか、そもそも杏子は今、ただの人間の肉体しかない。──プリキュアでも、魔法少女でも、ウルトラマンでもないのだ。それで、行く意味があるのだろうか。

「まあ、君たちに賭けるしかないんだよ。その為には一応、全員駆りだしてそれぞれ何らかの形で頭を使いながら奮闘してもらうしかないかな。まったく、希望も何もないような状態だと思うけど、向こうに行ける人がいるだけまだマシっていう所かな」

 なんだかんだと言っても、キュゥべえは杏子をそちらに向かわせたいようだ。
 殺し合いの生還者でもあり、まどかが再構築する前の世界を知っている者でもあり、今の魔獣との戦いを知っている──そんな、ある種イレギュラーな立場の杏子を厄介に思っているのかもしれない。
 この先で誰が死のうとも感情を動かさない点は変わらないだろう。

「とにかく、君たちに惜しみない協力をするのは本当さ。たとえば、もう一度契約したいと言えば、別のソウルジェムに移し替えて、君がより強い魔法少女になって戦えるように……」
「──それは、やめろ」

 再度、険しい目つきで杏子はキュゥべえを睨んだ。もうこれ以上、余計な荷物を増やして体や心に負担をかけたくない。

 ──勿論、仲間にピンチが及ぶならば、杏子はまた遠慮なく契約してみせるかもしれない。
 だが、それは……今じゃない。杏子がもし、美希やつぼみを契約させようとした時に止めるように、翔太郎たちが杏子の再契約を止めるだろう。
 尤も、本当に……杏子が何かや、誰かの為にやろうと思えた時には使うが、今契約すると言うのは早計だ。

「──まったく、また、逆境か」

 とにかく、杏子は生身で、信じがたい強敵を迎え撃たなければならないらしい。
 すぐに、その目を、少しだけ朗らかにした。笑いが自分の中で巻き起こってくるのが堪えられそうになかったのだ。何故だか、恐いというよりおかしかった。
 キュゥべえは、そんな杏子の様子を見て、怪訝そうだった。

(……)

 ──しかし。そうだ。
 あの場所に向かう事ができるなら、杏子は折角友達になった人々と、会えるのだ。
 あそこは凄惨な殺し合いが行われ、その中で多くの大事な物を亡くした場所でもある──が、杏子にとって青春の場所でもあった。
 その気持ちは、少しばかり複雑なのだ。

 今は──喜びの方を優先して、杏子は、勝気に笑って見せた。

「とにかく、みんなでベリアルを倒せばいいんだよな?」
「そうだけど……この状況で妙に自信があるね、杏子。絶望して円環の理に導かれたらどうしようかと思ってたけど、立ち直ってくれて安心したよ」

 彼は不思議そうに首を傾げるが、彼の抱いているであろう疑問に杏子は答えなかった。
 それよか、彼女は自分が訊きたい質問をキュゥべえにぶつける。

「ああ。それはそうと、あいつらは──他の奴らはどうしてる?」
「今のところはわからないよ。でも、僕たちも総力を挙げて彼らを捜索しているから安心するといい」
「──じゃあ、全員見つかれば、勝てるだろ。もうあたしたちに敵はない」

 杏子は、自信ありげにそう言った。

 ウルトラマンやプリキュアや仮面ライダーは強い。──確かに、多くのそれらが今回命を落としたが、どんな強大な敵も最後はそれによって敗れた。
 翔太郎が、美希が、零が、つぼみが、良牙が──彼らがいるならば、どこか安心ができる(杏子の中で誰か飛ばされた人間がいるかもしれないが気のせいだ)。

「……まあ、精神状態が戦闘に悪影響を及ぼすよりはずっといいや。………………おっと、どうやら、ここで僕の仲間が迎えに来てくれたみたいだね」

 キュゥべえがそんな風に言うと同時に、裏路地から、コツコツと足音が聞こえた。
 こうして会話している最中にも、彼は仲間と交信していたのであろう。
 陰から現れたのは、同年代とは思えないほどに落ち着いた金髪のその少女。──杏子の期待と外れる意外な人物の登場に、杏子は絶句する。
 見た事がある。

 ──それは、美国織莉子だ。

 この世界の上では、彼女の記憶はない。
 しかし、バトルロワイアルの中で、杏子と彼女は出会っていた。
 魔女に関する説明を杏子に行った主催陣営の協力者として──。

「──ッ!?」

 彼女を見た瞬間、殺し合いと魔女の事を思い出し、杏子の背筋が凍る。

「テメェ……! やっぱり……!」

 杏子がそう言って睨んだのは、織莉子ではなく、キュゥべえだった。
 やはり、主催と繋がっていた、と一瞬疑ったのである。
 だが……

「佐倉杏子さん。お迎えにあがりました」

 冷静に、織莉子が言ったため、杏子はそちらを向き直した。

「──は? 迎えだと? やり合おうって話ならまだわかるが……」
「いいえ、お迎えです。……疑っているようですが、私はもう、ベリアル帝国の人間ではありません。それに対立するアースラ一行にあなたを迎え入れさせてもらいます」

 彼女は、敢えて冷徹に、まるで歓迎をしていないかのように、形式的に言ったのだった。
 もしかすると、悔い改めるという意味で、丁寧に言葉を変えているのかもしれない。

 だが、杏子にはそんな無感情にも見える態度の方が不安の種だったのだが、ともかく、力を持たないながらも、警戒して構える杏子に、織莉子は告げた。

「ゲームからの生還……おめでとう。佐倉さん」






 気づけば、元の世界を離れ、時空管理局の時空移動戦艦アースラの内部に、杏子はいた。
 結局、織莉子とキュゥべえを信じるほかなかったのである。
 そもそも、杏子には今、戦闘能力がなく、抵抗が出来ない状態だった。どうすればいいのか、頭では考えが付いた。

 ……しかし、その巨大な戦艦の登場には、杏子も驚いていた。
 言ってしまえば、それはもう、杏子の世界の人類がどれほど時を重ねれば作れるのかわからない規模の物だったからだ。
 入ってみると、内部には、生活スペースまであり、もはやアニメの中の超巨大秘密基地のようである。

「……まずは、とりあえず、この艦の艦長より前に、この部屋にいる“彼女”に挨拶して貰いましょう」

 ──と、壁と同色の無数の部屋の一つが、織莉子の簡単な認証で開く。
 アニメというより、この辺りはまるでハリウッドのSF映画のようであった。まあ、現代技術でも可能なのだろうが、杏子の生活圏では応用されていない。
 何故だか病院や寮のような空気で、杏子にはどこか合わない所がある。
 だが、ともかく、その“彼女”というのが何者なのか、杏子は緊張した。
 その人物が敵か味方かによって、──怪しいか怪しくないかによって、杏子は織莉子たちに信頼を置けるかどうか変わる。

 杏子は、織莉子とキュゥべえに続いて、おそるおそる、その一室に入った。中は貸しホテルの一室のようになっていた。
 しかし、中は思った以上に広く、一人部屋にも関わらず、二人か三人が住む部屋のようである。奥に広く白いベッドがあり、そこに誰かが寝ていた。
 その上半身だけが、こちらを向いている。キュゥべえは、そこにいる“彼女”に駆けて行った。

「嘘だろ……?」

 杏子の知っている顔だった。
 金髪と青いリボン、古代ベルカ特有の碧と赤とのオッドアイ──“彼女”と呼ぶべき対象なのは間違いないが、それにはまだ幼いような気がする体型。
 杏子は、確かに殺し合いの中でこの少女と共に過ごした。
 一緒に風呂にも入ったし、一緒に警察署で夜を過ごした。──杏子よりも年が若く、時折、死んだ妹を思い出させるその娘。

「あっ……杏子さん」
「ヴィヴィオ……生きてたのか!?」

 しかしそれは、確かに、「死んだ」と報告されたはずの──高町ヴィヴィオだ。
 思わぬ現実にたじろぎ、一瞬、判断がつかなくなった。彼女の周囲には、セイクリッドハートやらアスティオンやら、彼女と共に消えたデバイスたちもいる。
 そこにキュゥべえまで加わって一緒にじゃれとり、軽い動物園と化している。

「えへへ……。実はゴハットさんに助けられて」

 ヴィヴィオは、ベッドの上に乗ったキュゥべえを撫でながら、もう片方の手でどこかばつが悪そうに頭を掻いて、愛想笑いした。
 あまりキュゥべえについて詳しい事を知らないヴィヴィオは、兎の仲間だと思って戯れているようだ。……まあいい。今のところは気にしないでおこう。
 まさか、キュゥべえも、魔法少女を魔法少女にしようとするほどバカではあるまい。

「誰だよ、ヴィヴィオが死んだとか言ったのは!? ──」

 と、杏子が呆気にとられて言う。……それから後で、すぐに杏子はヴィヴィオが死んだと言い出したのが誰なのかを思い出した。
 自分の記憶が正しければ、それを言い出したのは三人いる。
 涼村暁、石堀光彦、レイジングハートの三人だ。

「……ああ、そうか。嘘の報告したのはあの三人か……。じゃあ仕方ないな。男二人は論外だし、レイジングハートもあれでうっかりしてるし……」

 杏子は、すぐにヴィヴィオの生存について納得した。
 次いで、杏子は──自分がその死を確認していない中で、もしかすれば、死んでいない者がまだいるんじゃないかと思った。
 そう、たとえばマミとか──。

「……ちょっと待ってください。誰がうっかりですか」

 そう考えていた時、杏子の背後で、ふと知った声が聞こえた。
 振り返ると、そこにいたのは、レイジングハート・エクセリオンの娘溺泉モードである。彼女は、ラフな服装で杏子の方にそうして睨むような瞳を向けていた。

「レイジングハート……!」

 この部屋から外に出ていたようで、手には何故か大量のドーナツを持っている。ヴィヴィオにでもあげるつもりだったのだろうか……。思ったより平和そうである。
 杏子も彼女の生存は覚えている。とにかく、彼女も、杏子より一足先に保護されていたらしい。

「今、この艦で保護されているあの戦いの参加者は、ヴィヴィオとそれからレイジングハートとあなたのみです。各世界に時空移動を繰り返して探してはいますが、あまり長く滞在すると攻撃を受ける可能性があるので、今は情報を集める事を最優先に行動しています」

 織莉子が言った。
 杏子は、早い段階で見つかる事が出来た一例のようである。遠い惑星からの端末であり、それ自体が無数の肉体を持つキュゥべえは、魔法少女の反応に敏感だ。
 自分の世界に杏子が現れたとなれば、すぐにそこに向かう事ができるのだろう。
 そして、同時に、織莉子との念話によって交信し、彼女を呼ぶ事もできる。

「……なるほどね」

 杏子は概ね納得した。
 その言葉の中で、少なくともヴィヴィオ以外に生存者は確認されていない事が明かされたような気がする。
 ──しかし、元はといえば諦めていた所に、こうして意外な生還者がいたという事だ。
 あまり落ち込むべきではない。なくしていたはずの物を一つ見つけられただけ儲けものである。杏子は、気を取り直す。

 それから、じっと、レイジングハートが持つドーナツの袋の方を見ていた。
 あまりの好奇の目にプレッシャーを感じ、ドーナツの袋をとりあえず開けた。
 中には、五つのドーナツが入っている。

「……あ、杏子。これをどうぞ。艦内ではドーナツを作って配り続けている人もいます。なんでもドーナツが世界を救う鍵になるとか主張しているらしいので。……ただ、実際おいしいので、まあ、これがあれば確かに士気は──」
「いいからくれ。腹が減っちゃってさ」

 杏子は、レイジングハートから受け取り、それを口にする。
 と、その時に杏子は、自分のデイパックにシュークリームが残っているのを思い出した。要冷蔵だが、あの不思議なデイパックなら保存もきく。
 それは、美希から貰ったものだ。──あれはいつまでに食べればいいのだろう。

「ん? なあ、そういえば、世界がそれぞれバラバラだって事は暦も違うよな? 賞味期限とかどうするんだ?」
「杏子。ここに来て最初の質問がそれですか……」
「いいだろぉ、別に」

 あのバトルロワイアルの中で美希が持ってきたシュークリームは賞味期限が書いてないはずだ。
 まあ、一日経ってないくらいなので平気だと思うが、そろそろ食べなければまずいだろうと杏子は思っていた。
 しかし、時間軸はバラバラなので、食べ物には割と気を付けなければならない事になりそうなのは事実である。世界移動をしてから、安易に書いてある賞味期限を信じると酷い目に遭いそうだ。

「……ん? ていうかさ。もしかして、この船使えば、ベリアルを倒して帰ってからもお互いの世界に行ったりできるのか?」
「ええ、たぶん……。私の住む世界とママが住んでた世界も元々別の世界ですし。今は色んな世界が繋がったって……」

 そう言われて、ふと杏子は胸に嬉しさが湧きあがる。
 翔太郎に、風都に遊びに来るよう誘われていた──あの約束は果たせる事になるかもしれない。翔太郎は異世界を渉る仮面ライダーの存在を知っていた為にそんな事を言ったのだが、杏子は元の世界に帰ればそれはお別れに直結すると思っていたのだ。
 こうして、時空を移動する船が存在し、また平然と会える事を知って、杏子は少し嬉しい気持ちもあった。

「──そうか。んじゃ、さっさとみんな集めてベリアルを倒しに行こう! んで、みんなで誰かに……そうだ、あの翔太郎の兄ちゃんに美味いもの奢ってもらおうぜ!」

 杏子は更に強気になって言った。全く元気に溢れた姿である。
 ヴィヴィオたちもそれなりに心配していたので、この姿に少し唖然とした。

「杏子さん。なんか凄い自信ですね……! でも、とにかく、今は残ったみんなで頑張るしかないです。杏子さん、協力してくれるんですね!」
「当たり前だろ。──残ったみんなでベリアルを叩くんだよ! あたしたち、ガイアセイバーズがさ……!」

 ヴィヴィオの姿を見た時、杏子は織莉子とキュゥべえへの不信を脳内から排除して、この艦の事を信頼してみる事にしていたのだ。






 そのすぐ後に、杏子はこのアースラの艦長に直に会うという事になった。
 それは、杏子自身がどうしても会わなければならない存在であったという事もある。

「広いなぁ、ここ」
「ええ、これでも、十年以上前の技術なんですよ、この艦。……今はコンパクトになってる所もありますけど」
「これが十年前って……」

 杏子は、ヴィヴィオの案内を受けてブリッジまで向かっていた。
 やはり、この艦は広く、構造をよく知っている誰かの案内なしには、誰でも響良牙の如く迷子になってしまうような所だった。
 ……というよりか、良牙をここに呼んで大丈夫だろうか。それ以前に、良牙は元の世界で迷子になっていないだろうか……などと、今回は良牙の方向音痴ぶりを気にしながら歩き、ようやく、ブリッジのある場所まで到着する。

「ここです」
「うおっ……」

 ヴィヴィオの部屋の数倍広く、これが「時空移動艦」なのだと理解させる前方の光景を映しているその場所にいたのは、数名のクルーであった。
 艦長はどこにいるのだろう、と思った矢先、二人ほどこちらに歩いて来て、挨拶する。

「佐倉杏子だね。この艦で時空移動をしている、クロノ・ハラオウンという者だ」
「同じくもう一人の艦長の矢神はやてです」
「──ベリアル帝国によるバトルロワイアルのモニター映像は確認した。フェイトやユーノとの話も全て見させてもらった」

 より広いブリッジで、杏子は二人の艦長と対面する。
 思いの外若い男女だ。二十歳前後だろうか。艦長というほどのキャリアではないように見受けられる。キャリアを重ねた者は、艦長としてではなく、補佐としてここに乗船している形になっているらしい。

「……フェイトとユーノの知り合いか」
「ああ、彼らとは同時代に同じ事件を担当した友人だ。今の時間の流れで言うと、二人も僕と同様の年齢や体格になっているはずだったが……」

 ──そうなる前に彼女たちは死んだ事になった。
 勿論、クロノは、あの二人が同年代になり、ヴィヴィオの親代わりになっていた事実まで含めて覚えている。しかし、だからこそ、普通に大きな事件もなく、幸せに魔法で格闘技をする時代がやって来た頃のこの大事件に遭遇した事になってしまった。
 仮に生還していたら、フェイトはここにやって来た瞬間、ヴィヴィオの時間軸に合わせて成長し、杏子を見下ろす事になっていたかもしれない。

「二人の事はすまない……あたしのせいだ」

 振り返れば、フェイトとユーノの死に、責任があるのは杏子だ。責任というよりか、もっと根深く関わっていたかもしれない。
 場合によっては、加害者になっていた可能性だってある。
 元々、杏子の悪意から生まれた悲劇だ。──フェイトにしろ、ユーノにしろ、あの時の杏子にとっては、取って食おうとした相手なのである。
 翔太郎が彼らを救えなかった事より、遥かに大きな責任が──杏子にはある。こうして二人の知り合いを実際に前にすると、何とも居心地の悪い気分になった。
 そんな杏子に、クロノは告げる。

「君が謝る必要はない。……二人の死を誰よりも悲しんでいたのは君だと思う。それで十分だ。──いずれにせよ、あの戦いの全ての罪は、法律上はカイザーベリアルに課されるだろうが、それだけじゃなく、僕たちは自分自身の意思で、君を許そうと思う」

 杏子を、「ユーノとフェイトの知り合い」というフィルターだけで見ていない証だった。形式ばった言い方だが、ちゃんと自分自身の感情とも向き合っている。
 彼女のその後まで含めて、杏子という存在を見ているのだ。

「ありがとう……恩に着る」
「……それに、僕たちは実感がなかったからな。彼らと共に今日まで生きてきたのを覚えているのに、それがずっと過去に連れ去られて死んだと言われても納得しがたい所があるんだ。──本当なら君とわかり合うには、もう少し時間はかかったかもしれないが、怒りは自然とベリアルに向けられた」

 クロノにそう言われると、確かに杏子もこの「幼少期のフェイトやユーノの死」が現代のクロノたちにも影響を及ぼすシステムがいまいちわからず、少し混乱もしていた。
 実際、杏子の頭の中で魔女と魔獣の記憶が存在するのもまたそうなのだろう。
 杏子は、一度死んでいた記憶もある。記憶上ではさやかとも親しくなったし、まどかとも少しだけ交流している。──そして、「死後の記憶」は「何もない」。
 それをあまり大きな違和感なく受け止めている自分に、少し違和感を覚えるほどだ。
 ただ、大まかにだけは、クロノの言いたい事がわかった気がした。

「……実は、この艦も、本来なら既に廃艦になっているはずの艦だったんだ。しかし、なのはやフェイト、ユーノの消失と共に、この艦の寿命も延びたらしい。歴史の矯正力というやつのお陰だ」

 なのはやフェイト、プレシアやユーノ、スバルやティアナといった存在の有無により、この艦の少しの無茶で擦り減った寿命が僅かに取り返され、結果的にこうしてアースラが再来したのではないかとクロノたちは推察している。
 彼らにとっても、アースラはもうないはずの艦だった。それが、ある日突然、現れたのである。
 微かな時間だけかもしれないが、ヴィヴィオとアインハルトが出会う時代までこの艦が動き、彼女を乗せる事になったというのは数奇な運命だ。

「──この子が役目を終えるのは、それだけ多くの仕事をしてきたという事でもあったんやけどな。……廃艦は寂しいけど、それも全部、みんなとの戦いの勲章や。それを思うと、こうしてこの子がまだ使えるのは複雑やわ」

 一方、はやてという関西弁の美女の方はそんな艦の現状に不服でもあるらしい。
 このアースラに愛着があるからこそ、新しい時代まで酷使され続ける事に対して、妙に残念そうに呟いているようだった。

「まあ、そう言うな。この未登録の“アースラ”だからこそ、時空移動にはベリアルたちの“管理”に対しての制限がない──今はこのアースラの存在が、都合が良いんだ」

 元々、時空管理局もベリアル帝国によって一部鎮圧されていた状態だった。
 クラウディアなどといった現行の艦は全てベリアルたちの管理の影響で使用不能となり、渡航そのものが不可能となった際に、彼らの目の前に提示された唯一の希望がこのアースラだったのである。
 ベリアル帝国による奪取や制限がかけられた中、当時とほぼ同じく自由に駆動させる事が出来たこのアースラは天の助けだ。彼らはそれを利用し、異世界の技術によって更なる補填や時空移動能力の強化を行い、ベリアル帝国との戦いに臨もうとしたのである。

「……フェイトたちが載った艦、か」
「ああ。だから、この艦が今、こうして動くのは、まだ幼かった時の彼女たちの力添えだと思う事にしている」

 なのは、フェイト、ユーノ、クロノ──彼らは別時空の存在であったが、そこには疑う余地もない友情が芽生えているらしい。
 実際に、杏子も世界の差など超えて、あらゆる人とここで友達になった。
 それを思えば、彼らも杏子も同じなのかもしれない。

「艦内には、たくさんのクルーがいる。時空管理局の人間もいれば、未知の世界から手伝いに来てくれている者もいるんだ。佐倉杏子、僕たちは君を正式にここの乗員として登録している。部屋も既に用意したし、必要があればその他の準備も整える。気になる事があったら何でも聞いて────」

 と、クロノがそう言いかけた瞬間、突如、爆発音が遠く──しかし大きく響いた。
 ──彼らのいたブリッジは大きく傾き、揺れた。おそらく、艦全体が今、何らかの衝撃を受けたのだろう。
 同時に、非常時のサイレンが鳴り響く。

≪WARNING≫ ≪WARNING≫ ≪WARNING≫
「──なんだっ!? 一体!」
≪WARNING≫ ≪WARNING≫ ≪WARNING≫

 明らかに大きく振動した艦に、予期せぬハプニングの香りがした。何事かはわからないが、杏子同様、周囲のクルーも驚いている。ヴィヴィオも艦長も、すぐにそうしたトラブルへの対応を行おうとしていた。
 前方の光景を全て占める≪WARNING≫の警告と共に、オペレーターが叫ぶ。

「艦長……! 大変です! 何者かが後方から追尾し、こちらに攻撃を仕掛けているようです! ──あれは……ラダムです!」

 オペレーターの声に、杏子の心の中で何かが湧きたった。
 責めてくる敵とはどんなものかと思っていたが、よりによってラダムだ。
 その名前を、杏子は聞いた事がある。

「ラダム……!? あの連中は──くそっ!」

 杏子は、せつなの事を思い出す。彼女を殺したテッカマン──テッカマンランスが、ラダムに意識を操られていた。まさしく、仇敵と呼ぶにふさわしい存在である。
 それらは、画面上で、テッカマンとは似ても似つかないモンスターとしてこちらの船に向かってきている。
 それは杏子も初めて見る姿であり、何故オペレーターがあっさりラダムだと認識したのか、杏子には謎に思うくらいだった。

「ベリアルの仲間が仕掛けてきたんだ……! このタイミングで見つかったか……何とか反撃しろ!」

 クロノが艦長らしく、目の前のオペレーターたち全員に指示した。

「既に何とかやってますが、現状のこの艦の装備では、あの大群に対応しきれません…………っ!」
「とにかく回避だ! この空間に生身で侵入した以上、ラダムはいずれ自壊する──!」
「あの数ではそれを待っていられません!」
「それなら、時空移動の準備……! 早く……!」

 クロノが指示すると同時に、艦は時空移動の準備を始めた。
 時空移動というよりか、近くにある座標すら未確定な場所に墜落するように……。
 アースラは時空の渦に飲み込まれていく。

「くっ……!!」

 またも、激しい振動が艦を襲った。ラダムが攻撃を繰り返している。ベリアルがラダムも傘下に入れている証であった。
 立っていたクロノ、はやて、ヴィヴィオ、杏子が大きくバランスを崩す。
 受け身を取れなかった者は、体のどこかを結花にぶつけた。

(なのは……フェイト、ユーノ……このアースラに力をくれ!)

 クロノは内心で祈りながら、這い上がろうとした。
 アースラは、クロノの指示通り、近くのランダムな時空に吸い込まれるように向かっていく。粒子化され、ラダムたちが追って来られないよう、すぐにリープする。

 直後──アースラは、彼らを巻き込み、とある世界に不時着する事になった。






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最終更新:2015年07月27日 23:49