……結局のところ。
土御門伊織たちは、最初の学校から然程離れてはいなかった。
何故かと問われれば、ひとえに他の参加者と合流してしまうことを少しでも避けるためである。
本来ならば同行者の数は多いに越したことはなく、積極的に人を集めていく方が利口だ。
だが――伊織たちの抱える『爆弾』、未だその目を覚醒させない少女の存在がある限りそうもいかない。
人外の存在として途方もない年数を生きてきた彼女だからこそ、少女、
青木百合の危険性は十分に理解できた。目下最大の不安要素に、伊織は頭が痛くなる。
(……はぁ、本当に厄介なものを抱えてしまった)
伊織とて馬鹿ではない。
もしもいざという時になれば、我が身の為に百合を討つ覚悟は備わっている。
殺人は如何なる理由があってもいけない行為だ、なんて綺麗事を述べられる程、伊織は青くないのだ。
それでも、その悪性を閉ざしている少女を冷徹に殺害するのはいくら何でも忍びない。
知り合いのとある人外に怒られてしまうような愚行だ。故にそれは避けねばならなかった。
(そうなれば、尚更同行者を得られなくなる……)
放送を何としても聞かせない、その為には荒っぽい手段を使うことも必要になるだろう。
しかし、何も知らない者がそれを見たならどう思うだろうか。
伊織たちを危険人物と判断されたり、最悪百合に真実を伝えられ、崩壊を引き起こす可能性さえある。
傍らで地面に胡座をかいている青年、
川内一輝のように伊織の言葉を信じてくれればいいものの、気の遠くなる年数を生きる人外は、世の中がそれほど都合よく出来ていないことを知っていた。
つくづく人間とは厄介な生き物だと思わずにはいられない。
そしてこの胃が破れそうなストレスの原因を作った主催者に、沸々と殺意が沸き上がってくる。
ここまで誰かを殺したいと思ったことは、一体いつ以来だろうか。
(……餓鬼が。身の程を弁えていればいいものを―――)
無論大前提は『土御門伊織の生存』であり、それ以外は二の次なわけだが、もしも首尾よく主催者の根城に攻め込めたなら、どんな理由があれども人無結を殺してやる。
彼女なりのけじめであり、プライドを汚されたことに対しての怒りを晴らす為に、譲れない一点だ。
人外としての『力』はほぼ完全に封印され、ただの人間と大差ない有り様。
同じ同族の者に見られたなら、赤っ恥確実の醜態。
彼女の知り合いの『若造』は今頃、静かに焼き焦がすような激怒を見せていることだろう。
面倒事を背負う羽目になった伊織もまた、彼に負けず劣らずの怒りを燃やしていた。
「……土御門、大丈夫か? 顔が引き攣ってるぞ」
「……ええ。全くもって確実に問題はありません。ありませんったらありません」
「そ、そうか……はぁ、だりぃ」
彼なりに彼女の身を案じたのか、それとも静かに燃やしている怒りの炎が恐ろしくなったのか。
どちらか言われれば両方、だろう。
気だるさを常に放っている無気力の塊のような青年だが、伊織からすれば丁度いい同行者だった。
さすがに自分が人間でないことは明かしていない。相当不審な言動を繰り返しているにも関わらず彼女の方針に付き合ってくれているあたり、少なくとも彼との間に不和が生じることはないと思える。
伊織の感情を刺激しないでくれる、こんな人間に会えたことは間違いなく幸運だったろう。
伊織視点で見れば赤子も同然ではあったが。
(……しっかし、な。面倒臭いじゃ済まないことになっちまったもんだ)
――――その川内一輝はと言えば、表に出さないだけで、内心かなりの不安を懐いていた。
伊織の言うことが正しいことは確かだろうし、彼女のやり方に不満は今のところない。
何やら只者ではない雰囲気はどう考えても自分より頼れそうだ、と心底思えるくらいだ。
だが、やはり青木百合という爆弾への恐怖に限りなく近い不安は殺しきれなかった。
放送を待つまでもなく何かひょんなことで導火線に炎が灯ってしまうかもしれない。
いくら伊織といえど、全く予期しない瞬間を狙われでもしたらひとたまりもない筈。
バトルロワイアルなんてものに巻き込まれる以前は普通の青年だった一輝なら尚更、詰みに陥る。
本音を言えば、百合をあの部屋に置き去るべきだったと彼は思っている。
罪悪感が生まれたとしても、いつ自分達の命を奪うか分からない不発弾を抱えるよりは幾分マシだ。
死んでしまえばおしまい、いらぬ善意は身を滅ぼしかねない。
伊織が推す方針に無理をしてまで異を唱える気はさらさらなかったし、文句を今更つける気もない。
彼女との間に悪戯に波紋を広げる真似をするのはどう考えても愚行なのだから。
(これならさっさと起きてくれた方がまだ気が楽だ……いきなり襲われでもしたら敵わん)
この通り、一輝は気だるさ云々以前に精神的に大分参っていた。
よくドラマなんかで見る、時限爆弾解除のシチュエーションも、実際に経験したらこんな気持ちになるのだろうか。だとしたら、いやだとしなくても、一生経験したくない話である。
ここまで神経を磨り減らされては、割りと本気で病んでしまいそうだ。
過労状態に近い精神疲労を痛感しながら、一輝は両目を片手で覆って空を見上げた。
「おいおいお天道様……どうしてそう暢気なんだ、羨ましい」
「空はいつもそうですよ、どんなことがあっても、淡々と天気を写すだけ」
「まぁ、そうだよな……ふぁああ」
「ちょっと、寝られては困りますよ。寝たいのはこっちも同じなんです……ふぁ」
お天道様に向けて散々悪態をついていた二人とは思えない暢気さを見せる二人。
欠伸が眠気を誘い、人外である筈の伊織さえも何だか一眠りしたい欲求に駆られる。
勿論一度寝てしまいでもしたら大惨事は免れないというのに、睡魔は邪悪な笑顔で忍び寄る。
ひょっとして睡魔と死神は同義なのかもしれない、なんて下らないことを考える内に瞼が―――
「…………ふぁぁ」
可愛らしい欠伸がすぐそばから聞こえた。
心臓が弾け飛びそうになり、眠気が一瞬で吹き飛んで二人は跳ね起きる。
「うおおおおっ!?」
「ど、どうやら目が覚めたようですね百合……す、少し驚かせていただきましたよ」
「……あれ、私確か、気絶させられて……?」
永劫にも等しい時を生きる伊織が貫禄も何も手放して素で冷や汗をかく光景は、なかなか見られないレアな光景だったろう。
常にだるそうにしている一輝もまた然り。
寝起きの潤みがかった眼を擦り、不安因子の時限爆弾ガール、青木百合は意識を取り戻していた。
その様子だけを見る限り可愛らしい少女なのだが、伊織も認める危険な爆弾を抱えているのだ。
出来ればバトルロワイアルが終わるまでずっと寝ていて欲しかった。
目下最大の面倒事と、想定より幾分か早く向き合う羽目になった運命の悪辣さに伊織は内心舌打つ。
「そうですね……突然の襲撃でした。無傷で乗りきれたのは幸運でしたよ」
さらっと何ともなさげに嘘を吐く伊織の図太さに一輝は呆れるが、勿論口には出さない。
端から見れば嘘を吐いている様子など微塵もなく、その慣れたやり方は土御門伊織が人間と大きくかけ離れた久遠の刻を生きてきたという証拠でもあった。
事実、一輝は伊織がどういった人物なのか今一図りかねているのだから。
百合は彼女が嘘を吐いている可能性を疑いもせず、伊織の言葉にうんうんと頷いて納得している。
こうしていれば年頃の普通な美少女で、とても危険な要素など見当たらない。
「改めて自己紹介をしておきましょうか。お互いに突然のことで、混乱もあるでしょうからね。
私の名前は土御門伊織。こっちは川内一輝といって、覇気がないのがあれですが、信用できる仲間です」
覇気がない、と酷評されて一輝は苦笑する。
そんな彼の心境など省みることもなく、淡々とさえ感じられる冷淡さで伊織は続けた。
「貴女は青木百合。殺し合いには乗っていない―――そうですね」
「はい。兄の林と元の世界に帰りたい、それだけですから」
成程、この少女は恐らく殺し合いに自発的に乗ることはないだろう、と伊織は納得する。
別に生まれながらに殺人を善しとする感性を持っているわけでもなく、こうしている限りは見た目も中身も普通極まる少女だ。
そんな彼女が一転して危険人物に成り果てる引き金、それが彼女の兄、
青木林の存在である。
林が万一不慮の死を遂げでもすれば待ち受けるのは崩壊だ。百合を支える柱が崩壊することによって彼女はストッパーを失い、兄を取り戻すために殺人さえ忌避しない悪魔になるだろう。
普段のポテンシャルを発揮できればこんな幼子に手を焼くことはあり得ないと言ってもいい。
しかし大幅に自らの力を封じられた現在では、実に下らない原因でだって命を落としかねないのだ。
「………そうですか。わかりました」
土御門伊織は生き残る為に行動している。
馴れ合ってぬるい仲間意識を燃やすことが目的ではない。
あくまで、体面を保つためにこうして『主催に仇なす者』を演じているだけであって、その中で命を落とすようなことがあっては本末転倒もいいところだ。
これが悪女の考えであることは承知の上。分かっていても尚、生存することを求める。
若干物騒な考えを頭の片隅に追いやって、今は百合の情報を引き出すことに集中。
これもまた、生存するための一つの足掛かりなのだから。
「青木林、と。……では、他に知り合いは?」
「
相川友……さん。殺し合いをするような人じゃないと思います」
名簿の相川友、青木林の二名の名前を線で囲み、合流したい人物の枠組みに入れる。
その他には
鬼一樹月などの名前が『要合流人物』とされており、見易く整理されていた。
これに放送の死者情報や、言伝てで得た様々な情報を加えていく。いわば攻略本のようなものだ。
特に青木林はもし生存しているならば優先して守らなければいけない存在だ。
………もし生きていれば、だが。
「ふむ、分かりました。ところで百合、貴女はこれからどう行動するつもりですか?」
「……さっきも言ったと思いますけど――殺人をする人を、倒していこうと考えています」
「いえ、そうではなく」
年齢で言うなら一輝よりも更に下だろう少女に見合わない物騒な言葉を平然と吐いてのけるその姿に危機感を感じるなと言うのは無理な話だろう。
伊織はともかくとして、一輝はずっと戦慄を禁じ得ずにいた。
彼の常識で考えれば、この年頃の少女はこういった状況に置かれれば、か弱く狼狽の一つや二つ見せるものなのだ―――断じて、マーダーキラーをあっさりと志すようなことはない。
一輝の懐く恐怖心を視野に入れていながら、伊織は先を続ける。
「これから、私達と一緒に来ますか?」
承諾するかしないか。
実際のところ、どちらに転んでも事態は大して変わらない。
もしも同行するならば、危険因子を抱えたまま細心の注意を払って行くことになる。これまでと同じ。
彼女が誘いを断れば、はっきり言って伊織達の負担は軽くなる。
大袈裟に言ってしまえばこの状況は、喉元に銃口を突き付けられているようなものである。
爆弾を手放すことで、行動の幅も相当に広がることだろう。
しかし、視野を広げれば、いわば猛獣を解き放つことにも等しい。
万一、あくまで万一の話ではあるが兄の死を知れば、彼女は無慈悲に、迷わずに目につく参加者すべてを殺害し、辿り着く結末がどうかは知らないが、犠牲者が出る可能性だってある。
いずれ彼女が敵として伊織達の前に立ちはだかる可能性も、決してゼロではない。
こればかりは伊織達の一存でどうこうできる問題ではない――運を天に任せる。
「――それはありがたいです。私一人じゃ、やっぱり心細いですから」
「なら、私達と行きましょう……一輝もいいですか?」
「ん……ああ、俺は別にいいぜ」
結局同行することになったが、これも一つの運命だろうと伊織は割り切ってしまうことにした。
過ぎた事をねちねちと悔やみ続けるよりは、現状をよりよい方向に変革する術を考えていた方がマシ。
決して良いとはいえないこの状況を、逆に最大限利用してやる方向で考える。
殺し合いには乗らないと言っておきながら、危険人物を倒していくと答える異常性。
その思想が既に危険人物相応のそれであることにも気付かない。
改めて会話してみて、一輝は伊織の判断が正しかったことをひしひしと痛感していた。
これと少なくとも当分の間は一緒にいなければならないと考えると頭が痛い思いだったが、ここで文句を垂れたところでどうにもならない――伊織を動かすことも不可能だろう。
もうどうにでもなれだ。
見た目にそぐわず頼れる同行者にこの先のこと全てを押し付けて、悟られないようにため息をつく。
「では、貴女は私達の仲間ですね。改めてよろしくお願いします、百合」
見惚れそうな、美しい笑顔で応答する伊織に百合も釣られて薄い笑顔をこぼす。
その笑顔の裏で他ならぬ青木百合への対処を巡らせているとは、年相応の経験しか持ち合わせていない彼女では感じ取ることさえ叶わなかっただろう。
人外の中でも上位の高年齢である伊織が、彼女達の視点から見れば赤子以下にも等しい少女の対処に追われている光景は、同族から見ればひどく滑稽なものだったかもしれない。
が、それでもそこら辺の有象無象よりはずっと頭の回りは早い。
(腕の見せ所……という、やつですか)
彼女にしては珍しくそんなことを思いながら、さてどうしようかと腕を組んだ時―――、
「少し、よろしいですかねぇ。お嬢さん方」
――――どうしようもなく胡散臭い風貌と雰囲気を漂わせている、不気味極まる男が現れた。
空洞の眼孔に収まった翡翠の義眼、決して老化によるものではないだろう白ともつかない髪の毛。
服装を合わせて考えれば、まさしくマッドサイエンティストというに相応しい。
現にこの場に居る三人は、皆一様に彼を研究者と認識した。
しかし伊織は直ぐに、彼が見た目通りの危険人物であることに気付く。
「……それ以上近付くな。場合によっては攻撃する」
「おぉやおや、怖い怖い。ですが私もそう簡単には殺されない……ふふ、残念でしたねぇ」
恐らく軽い武装くらいはしているだろうが、それでも三対一。
数の暴力をもってすれば、あっさりと組伏せて無力化してしまえるだろう。
だが男の見る者の神経を逆撫でするような笑顔は、不安の陰りを見せることもなく花咲続けている。
まるで――"こんな状況で私が死ぬと思っているのか"――とでも言われているかのような、悪寒。
それを感じているのは他の二人も同じようで、百合に至っては今にも襲いかかりそうだ。
こうして見れば状況は圧倒的優位。
―――なのに込み上げてくるこの得体の知れない不安は何だ。
年を判別しにくい外見だが、それでも三十路といったところ。
久遠を生きる人外の伊織より遥かに幼い存在だというのに、彼女は強烈な不快感に苛まれていた。
まるで皮膚を無数の蛆虫に這い回られるような嫌悪感に、思わず伊織は顔をしかめる。
「そうつれなくしないでくださいよ……私は
阿見音弘之と申しましてねぇ」
「……で、その阿見音さんが俺達に何の用なんだ?」
黙りこくっていた一輝が、痺れを切らした様子で阿見音に強く声をかける。
常にどこか気だるげな雰囲気を放っている彼にしては珍しく、鋭く冷たい声色だった。
三位一体の敵意に晒されて尚、阿見音弘之は身じろぎ一つせずに直立し続けている。
単に神経が図太いだけの馬鹿だと思う愚かな人間は、きっとこの世に誰一人としていないだろう。
あれだけ危険視していた青木百合が可愛く見える程に、彼の存在感は圧巻の一言に尽きた。
「いえ、ちょっとばかり――お話をしようと思っただけですよ」
一段と悪意を増幅させて、魑魅魍魎さながらの邪悪な笑顔で彼は笑う。
両手を広げて自らが危害を加えるつもりがないことをアピールしているが、それが表面上だけのまやかしであることに伊織と、そして百合は気付いていた。
如何に自分に自信を持っていようと、丸腰で三人相手に戯言を吐くのは自殺行為。
遭遇して数分と経っていない相手にも関わらず、この男がみすみす危険を犯すような馬鹿だとはどうしても思えない。必ず何かを隠している筈だ、と。
銃か刃物か、それとも状況を一瞬で引っくり返せるレベルの兵器か。
当分人殺しを行う気はなかった筈の伊織でさえも、彼を殺すことには躊躇わないと決めた。
「では問いますよ、"あなたの目指すところは何か"――答えていただけますね、リーダーさん?」
挑発的な言い回しが、伊織に向けられたものであることは誰の目から見ても明白だった。
下手な挑発に乗ることはしない。が、この男を撃退するには言葉で打ち負かすことが最善である、と早計ともいえる結論を彼女の脳は弾き出したのだ。
少なくとも阿見音弘之という人物にその手段を用いることは悪手以外の何物でもなかったのだが、その失策に彼女が気付くのは―――残念ながら、すべて終わった後なのである。
◆ ◇
「………決まっています。殺し合いの打倒、人無結及び人無つなぎの抹殺」
結の方はともかく妹のつなぎは無害にも見えたのだが、まさか見逃す馬鹿はいないだろう。
こんな愚行を引き起こした黒幕どもを殺す、これに異を唱える人間が果たしてどれだけいるか。
伊織のテンプレートにも近い模範回答を反芻するように何度か頷いて、阿見音はまた笑う。
人を明らかに小馬鹿にしたその態度に、無意味に苛立ちだけが募っていく。
「満足しましたか? なら早く消えてください」
「ええ、確かに素晴らしい回答でしたよ――――ですが」
ぶっ、と阿見音の口から息が漏れる。
これは失礼、なんて言いながら、必死に口許を押さえてよろめくその姿は、どう見ても笑いを堪えているそれだった。病人のようによろめき、落語家のように破顔する。
邪気と愉悦に塗れた邪悪極まる笑顔で、やがて彼は笑いを堪えきれなくなったのか、爆笑を始める。
怒ることさえ忘れて、ただ唖然となって白衣の男を凝視する伊織のことなど無視するかの如く、伊織の回答を脳内でリピートして、収まりかけた笑いがまた溢れ出す。
「ふはははは――――ははははははッ!! 貴女は!! 面白いことを仰る!!!」
面白い、と彼は笑った。
翡翠の義眼の美しさが不釣り合いなまでの邪悪で、世界を蝕むように、笑う。
今の彼はどうしようもなく無防備で、仮に銃撃でも受けたなら即死は免れなかったろう。
白鷺教最悪にして最上の教祖、理想を破壊する侵食者。
土御門伊織は、このちっぽけな存在を心から―――気持ち悪い、と、消えてほしい、と、思った。
「……笑われるような答えを出したつもりはありませんが」
「っくく、いえいえ、確かに素晴らしいお答えだ。……だからこそ面白い!!」
だからこそ、と阿見音弘之は言った。
素晴らしいからこそ面白い、爆笑を買うに値するだけの滑稽さがあったというのだ。
当の本人である伊織は勿論のこととして、一輝や百合にも、彼の考えることは理解できなかった。
「殺し合いを打倒して人無くん達を抹殺する……さぁ、果たしてそれが本当に正しいことですか?」
「……どういうことですか?」
「土御門さん、耳を貸さない方がいいですよ……疲れるだけです」
百合は溢れんばかりの嫌悪感を隠そうともせずに、伊織を止める。
自分が対象になっているわけでもないのに、聞いているだけで、感じているだけで不愉快だった。
放つ雰囲気がおよそ人間のものとは思えず、あれは人の形をした悪魔だと言われたところで、きっと笑い飛ばすことは出来なかったろう。
「私は思うんですよぉ。熱血少年漫画のような理想こそ、何よりも罪深いと。
仮に土御門さん、でしたか。貴女のやり方で勝利を勝ち取ったとして。そこに到る前に、一体何十人の屍と嘆きが積み重なることになるとお思いですか?
絶望を懐いて、希望に裏切られて、現実に殺されて、夢を見るように朽ちていく。哀れですね」
勝利には犠牲が付き物だ。
そんな陳腐な言葉を別に肯定する気はなかったが、普通はそんなこと眼中にも入れないだろう。
しかし、こうしている間にも誰かが死に、屍が積み上がっているのだ。
願いを懐いた誰かが無念の死を遂げ、誰かは苦痛の中で地獄の最期を遂げたかもしれない。
主催者達の喉元に刃を突き付けられるその時までに、一体どれだけそれが繰り返されるのか。
「主催のお二人が一概に悪いというのも頂けません。彼らは十分な見返りを用意している。
願いを叶える権利、それは人の命と比べればあまりにも価値がある――蘇生も可能なのだから。
バトルロワイアルで散った全ての命の蘇生も、バトルロワイアルそのものをなかったことにしてしまうことだって何でもござれ。これを誠意と見ずしてどう見るんです?
文句を言うぐらいなら、優勝して命を全て救えばいい。
そんな当たり前を疎かにして、仕方ないことと割り切って勝ち獲れるチャンスを捨てる。それがあれば真のハッピーエンドにも到れるというのに――滑稽過ぎて、笑うしかないですよ」
その瞬間、土御門伊織は無言で阿見音弘之に銀色の光沢を投擲した。
身体を捻って阿見音は易々と回避すると、またニタニタと舐め回すような笑顔を浮かべる。
背後の樹木に深々と突き刺さった銀色――ナイフが、傷害の用途で用いられたのは明白だ。
つまりこれは、伊織が彼との和解の道を放棄したことを意味する。
「……消えろ、阿見音弘之。今ならば追わない。これ以上妄言を連ねるなら―――」
「殺害することも辞さない、と。ふふふ、野蛮ですねぇ」
阿見音は笑いながら、ここにきて初めて後退りをする。
丁度七メートル程、伊織達と離れた時――阿見音弘之が動いた。
ディパックに右手を突っ込むと、一丁の銃を取り出したのだ。
とある《四字熟語》の殺し合い実験で用いられたそれには、《百発百中》と銘打たれていた。
弾が百発まで減らず、それでいてどんな体勢からでも高い命中精度を実現した『それ』は、伊織達の位置からすれば銘までは読み取れず、危険性の程を計ることは出来ない。
故に―――対処が、一瞬遅れた。
阿見音弘之が引き金を引く瞬間に、やっとそれが銃であることを認識した。
それはあまりに、遅すぎた判断だと言えるだろう。
放たれた弾丸は、的確に迫り――避けようとした伊織の右腕を撃ち抜く。
「ぐぅっ……!!」
「土御門さん!」
「畜生っ、やっぱ殺る気なのかよアイツ!?」
伊織から投げナイフをひったくるように奪い取り、一輝は精一杯の狙いをつけてそれを投げつけた。
素人にも投げやすく作られていることが幸いしてか、阿見音弘之を捉えることは出来なかったが、彼のすぐ真横を通り抜けさせることは出来た――これなら、やれる。
一輝は会心の笑顔を浮かべ、次の一本に手を掛けた。
しかし―――その時には、阿見音は引き金を引いたその後だった。
構えたナイフの柄を銃弾が破壊し、続けて放たれた弾丸が一輝の脇腹に着弾する。
「いっ………」
鉛弾の熱さと痛みに呻き、くず折れる一輝に駆け寄り、肩を支えて逃げようとする百合。
撃たれて鮮血が滴る右肩を押さえながら阿見音を睨み付けている伊織に、再び銃口が向いた。
余談ではあるが、白鷺教の教祖――"神"と崇められる阿見音にはお誂えの武器だった。
百発百中、回避不可の祟りに等しい攻撃が放てる、まさしく最高の逸品。
しかし、土御門伊織の身体を再び弾丸が貫くことはなかった。その前に、青木百合がナイフを阿見音に向けて一瞬の迷いもなく投擲し、阿見音はそれをバックステップでかわした。
「……おっと。これは逃げておきましょうか。あまり調子に乗ると、ロクなことになりません」
「逃げられるとでも」
「ええ、思っていますよぉ。いや……試されるのはむしろ貴女の方ですよ? 名前も知らない誰かさん」
「……?」
「手負いの同行者が二人、内一人は致命傷で無いとはいえ止血の必要がある―――貴女の躊躇いのなさを以てすれば、いとも容易く葬れるでしょうねぇ……」
意味深な言葉を残すと、樹木を盾にして、ナイフを喰らわないようにしながら阿見音は姿を消す。
命を喪わなかったことが奇跡のような状況だったが、この奇跡さえも阿見音弘之の故意だということに、百合はとっくに気付いていた。
如何に百合が攻撃に回ったからといって、百発百中の弾丸に投擲で競り勝つことは難しい。
その気になれば、百合の頭には穴が開いていたっておかしくはなかった筈だ。
「遊ばれていた……と、いうことですか」
「土御門さん、大丈夫ですか」
「心配ありません……ですが、当分右腕は使えませんね。戦いは無理そうです……
それより一輝を。急所は外れていますが、傷口から細菌が入ったりしては目も当てられません」
保健の授業で習った止血の手順を脳内で思い返しながら、百合は意識を失っている一輝に近付く。
しかしその脳内では、阿見音弘之の残した『毒』が芽吹きつつあった。
(私が……殺す? 殺せる?)
兄を喪うかもしれない――そんな恐怖心は、着々と青木百合を侵食していった。
誘惑を必死に振り払って処置に取り掛かり、殺し合いに乗ろうと考えた自分を厳しく内心で咎める。
が、一度『毒』が効果を示し掛けたのは事実であった。
【F-5/学校 周辺の森/一日目/午前】
【川内一輝@需要なし、むしろ-の自己満足ロワ3rd】
[状態]気絶、脇腹に銃創(止血中)、出血(小)
[服装]特筆事項なし
[装備]大鋏
[道具]基本支給品一式、ランダム支給品×1
[思考・行動]
基本:殺し合いには乗らないでおく。
1:…………
[備考]
※マイナー参加者ロワに飛ばされる瞬間からの参加です
【土御門伊織@オリキャラで俺得バトルロワイアル】
[状態]右肩に銃創
[服装]特筆事項なし
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、ランダム支給品×1、投げナイフ(残り四本)
[思考・行動]
基本:生き残る。
1:とりあえずは殺し合いには乗らない。
2:阿見音弘之に次に遭遇したら必ず殺す。
[備考]
※俺得オリロワ参加前からの参加です
【青木百合@DOLバトルロワイアル2nd】
[状態]健康、精神不安定
[服装]特筆事項なし
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、ランダム支給品×2、斧
[思考・行動]
基本:青木林の為に行動する
1:二人の手当てをする
2:私は……
[備考]
※DOLバトルロワイアル2nd、ゲーム離脱後からの参加です
◆ ◆
阿見音弘之は、百発百中の銘を受けた拳銃を握って、目指していた学校から離れた道へ移動していた。
学校への興味が尽きたわけではないが、彼も危険が理解できないような馬鹿者ではない。
あの少女は次に自分を見たなら、容赦なく殺すための一撃を繰り出してくるだろう、という確信が彼にはあった。だから、断念したのだ。
しかし彼は満足している。
十分に、面白いものは見られた――愉悦は手に入れられたのだから。
「うふふ、ふふふふ……なかなか退屈させてくれませんねぇ、バトルロワイアル」
愉しそうに、可笑しそうに、阿見音弘之は笑う。
彼からすれば"理想主義者"の枠に十分収まる女、土御門を壊すことはどうやら叶わなかったようだが、最後の一言だけで少女の中に時限爆弾を仕掛けることには成功した。
起爆するリミットが一体何時なのかは彼にも分からない。
ただ、求めるに足る愉悦があることを再度確認した神様は、邪悪に邪悪に笑ってみせるのだった。
【阿見音弘之@愛好作品バトルロワイアル】
[状態]:健康、気分高揚
[服装]:特筆事項なし
[装備]:拳銃≪百発百中≫@四字熟語バトルロワイヤル
[道具]基本支給品一式、ランダム支給品(1)、肥後守ナイフ
[思考・行動]
基本:≪白鷺の神様≫として祟りと称し愉悦を求める。
1:ぶらぶらしましょうか
[備考]
※愛好作品バトルロワイアル参加前からの参加です。
支給品説明
【拳銃≪百発百中≫@四字熟語バトルロワイヤル】
阿見音弘之に支給。
弾丸が百発まで減らず、どんな無茶な体勢からでも抜群の命中精度を実現している。
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最終更新:2013年01月01日 11:34