自覚なき悪―――(希薄な記憶)

勇気凛々と榎本瞳のふたりは、何も目的を達成できぬままに昼時を迎えようとしていた。
片や勇気凛々、彼女は己の目指す『ヒーロー』に未だ近付けてすらいない。
榎本相手にもどうも頼りないところを見せてしまったし、数時間前の狼少女についてもそうだ。
自分がもっと強かったら、話し合いのテーブルに就かせることも可能だったのではないか―――そう考えるだけで、情けなさに胸が焦がれる思いだった。
しかし彼女は諦めない。
誰に否定されようが貶められようが、彼女は独りぼっちでも心だけは立派な『ヒーロー』だ。
たかが数時間の不覚などでは、勇気凛々の四字熟語を冠された少女を壊すことはできない。
汚れた服と、時折ヒリヒリと痛みを発する傷口が、自らの不甲斐なさを更に強調しているようだった。
甚だ不快なだけでしかないこの痛み。
だが、この痛みを忘れてはいけない、と勇気凛々は思った。
肌を貫かれる激痛と気持ち悪さ、それは自身の救えずにいる人々が味わっているかもしれない苦痛。
ヒーローであらんとする限り、この現実から目を背けることなど――言語道断だ。


勇気を胸に。
中学生もなって夢を見ているのは滑稽かもしれないし、こんなことを言うのは臭いかもしれない。
けれど彼女は断じる。ヒーローたるもの、勇気を捨てればお役御免であると。
それは勇気凛々の《ルール能力》にも起因する要素だった。
彼女が戦えるようになるには、何かに向けての勇気が必要だ。
勇気を失ったその時―――小さなヒーローは、ただの少女に成り果てる。


凛として舞え。
ヒーローならば、己の恐怖心で弱き者を見捨てるようなことがあってはならない。
たとえどんな巨悪が立ち塞がろうとも、折れることは許されない。
体は頼りない少女であれど、折れぬ心さえ持っていれば小さなヒーローは不滅である。
《りんりんソード》を握っているなら、その時の自分は確かにヒーローだ。


繋ぎあわせて、勇気凛々。
殺し合いの闇を乗り越えて、目指すのは元の世界へ帰ること。
一人でも多くを連れ帰るために、小さなヒーローは剣を振るう。
折れなければ、勇気はいつだって自分の味方だ。
何よりも心強く確かで――愛と勇気だけが、友達。


勇気凛々は歩く。
年下の少女を守りながら、だがその心からリーヴァイとの交戦で生まれた揺らぎは当に消えていた。
自己啓発のおかげだろうか、とりあえず自分はまだヒーローでいられる、その事実に安堵する。
生意気な、年齢不相応の大人っぽさと子供っぽさを併せ持った不思議な同行者・榎本瞳。
彼女は口でなら自分よりずっと優れているだろう。
ただし、あくまで彼女は小学生。
ヒーロー以前に、『お姉さん』である自分が彼女を守るのは当然のことだと、使命感さえ沸いてくる。
榎本を守り、それでいて他の参加者だってなるだけ怪我をさせない。
確かな行動原理を胸に、勇気凛々はその可愛らしい両目に、一段と澄んだ希望の光を映した。
いや――真の意味で、万人にとっての希望であるかは別として、だが。


◆ ◆


絶望的ですね。


◆ ◆


ヒーローというものを定義付けするとしたら、どうなるでしょうか。
おっと、ここでは玩具の売り上げとかそういうのは気にしなくてもいいですからね?
純粋にどういう人物像が万人に必要とされる理想の『ヒーロー』なのかを、考えてみましょう。
たとえば、子供の大好物である勧善懲悪の正義の味方。
懐かしいですねー、同級生の子たちにはまだそういうのが好きな方もいるかもしれません。
変身ベルトとか、なんかよく分からないデバイスとかで急に強くなる5人組の正義の味方とか。
知ってますか? 昔のヒーロー番組の悪役って結構えげつない見た目してるんですよ。
あれじゃあ子供がヒーローを応援するのも当たり前です……でもまぁ、中には私みたいにひねくれた、悪役側の悪さに惹かれる子供も居るんでしょうねえ。

じゃあそろそろハッキリ答えましょうか?
私の回答は『どうでもいい』、その一言に尽きるわけです。
正義に燃えているなら構いません。お好きにやって下さって結構ですから、どうぞ勝手に戦って勝手に誰かを助けるなり犬死にするなりして下さい。
あぁ、私が窮地にいる時はきちんと助けて下さいね? それは大前提ですよ。
定義付け。
心底どうでもいいことですけど、『誰かをどんな形であっても助けようとする』じゃないですか?
誰かを進んで傷つけようとする方には、流石にヒーローは名乗れないと思います。
――さて、聡い方ならもうお気付きになられたでしょう?
『誰かを守る』なんて言っても、その対象は味方側にしか向けられない。
相手の事情は二の次にして、悪の幹部である事実だけを免罪符に殺戮行為。
矛盾ですね。突っ込みを入れることが無粋だと暗黙の内に定められる、お約束ってやつですか。

おやおや、どうでもいい脳内トークにも即席ですが落ちが見てきましたよ。
結論から言うなら、ヒーローって存在はご都合主義に生きている。
テレビの中だからこそ輝けて――だからこそ現実では存在できない偶像。
脚本が定まっていなければ、彼らはただの正義に厚い熱血漢。
―――ゆえに。
バトルロワイアルというこの厳しい『現実』は、ヒーローにとってとかく住み辛い。

ただし、例外要素はあるでしょう。
世の中には、ある意味ではヒーロー以上に愛される存在だってあるのです。
ダークヒーロー。悪行だって働き、それでも只の小悪党には終わらない悪のカリスマだったなら。
元から誰よりも現実的な彼らなら、この辛い辛い現実(ころしあい)でも普段通り、いつもと何も変わらずに悪の炎を輝かせるんでしょうねえ……くす、少し格好いいかもですね。
世知辛い世の中ではありますが、ヒーロー志望の方々には是非頑張って貰いたいものです。
―――だって、彼らが格好よく殺し合いを潰してくれたら私やかずみんが助かりますからね。
こんなだるい殺し合いを黙ってても潰してくれるなんて、そんなのありがたすぎるではありませんか。
ですからあなたにも一応期待していますよ、『少女A』さん?

……とはいうものの、私の愛すべき同行者様は少しばかり『例外』ですが。
ヒーローにしても偏った思考回路、正直私も気持ち悪いと思ってしまいました。失礼ですけどね。
彼女をヒーローと認めるか否かは別として、頼れるかどうかは微妙なところです。
漫画みたいに剣を出したりはしてましたけれど、強さは肉体だけのものじゃありません。
失礼ながら分析させて貰うと―――彼女の精神は、理想に追い付いていない。
いずれ出会うかもしれないどこかの誰かさん、『絶対悪』と呼ぶ以外ないような存在にその『幻想』を砕かれてしまえば、その時こそ彼女には見切りをつけなければなりませんね。

(戦えないヒーローは必要ないんですよ)

こう言うと私が悪役みたいですけど、あくまで私は傍観者ですよ。
こんな気だるいゲームなんかに進んで携わる、そんなことは目立ちたがり屋に任せておけばいい。
強いて言うなら私の懸念は一つだけですね。
正直言ってこれは憶測にも満たない、限りなく非科学的な懸念ですが―――、
何やら、物凄く怠いのです。
風邪を引いたとかじゃなく、一般に言うなら嫌な予感ってやつとかじゃないですかね。

少女Aさんがいまいち頼りない現状、他の参加者との交戦はなるべく避けたいところです。
なるべくというか割と切実に。
いくら怠くても私は未来ある小学生ですからね。自殺は考えていません。
そういや死ぬことってどんな感じなんでしょうか――話を反らして現実逃避といきましょう。
生命の損失―――生きる権利の消失。
死後の世界に何があるのか。
恒久的世界平和の実現された天国なのか、はたまた圧倒的罪悪と刑罰が蔓延る地獄なのか。
それとも、永遠的虚無、ただただ彼方まで漆黒が広がるだけなのか?
こればかりは、この世界に存在する如何なる文献だって宛にはなりません。
確かめたいとも思いませんが、興味はあるともいえるし、無いともいえます。

「少女Aさん、あなたはどう思いますか?」
「はい?」

突然話を振られた少女Aさん、大きなおめめをぱちくりさせてこっちを振り向きます。
その動作に少し我が親友を思い出しそうになりましたが、かずみんと彼女はあまりにも違いすぎる。
あの子がこんな風になったらぶっちゃけ嫌です。
……でも、かずみんなら少女Aさんにすぐ影響を食らいそうですけど。

「人は死んだ後どうなるのか、って話ですよ。テレパシーくらい使いましょうよ」
「普通は使えませんから。でも、大体どうして今そんな話を。――まあ、答えるとすれば」

さあさあ、彼女は何と答えるのか。
一。人は死んだら何もない、人生がそこで終わるだけの話。
これは生真面目な彼女らしい答えですねー、実際こんなマジレスされたら引きますけど。
二。良いことをした人は天国に行き、悪いことをした人は地獄に行く。
おっと、ヒーローもどきのAさんらしい答えかもしれません。ただ、悪いことをしてない人間が仮に存在したとして――その方の人生が果たして、富んだものかは知りませんが。
三。生まれ変わるだけ。
回答ぶん投げましたねこれは。でも、私的にもこの意見にはなかなか賛同できるものがありますよ。
罰もご褒美もなく次の人生へレッツゴーなんて、すごい親切設計じゃないですか。

ではお待ちかね、少女Aさんの回答は――――


CMの、あとで。


なーんて。



◆ ◆


ぴんぽーん。アンケートの時間です。


―――《出題者》榎本瞳

『問一、人は死んだらどこに行くのでしょうか。答えなさい。』


―――《回答者・一》瀬戸麗華

「それはもちろん、天国に行くかどうかじゃないですか? 宗教家の中には人類全員が極楽に行けると唱える人がいたりして、正直私もよく分からないですけど。
ただまあ、天国に行ったら『あの子』が生きていくのをじっと見守りたいですね」

出題者の一言
「つまらない意見ですね……もっと捻りを下さいよ」


―――《回答者・二》河田遥

「不分。謝……只、丹羽君居、私幸福」

出題者の一言
「あなた面接とか落ちますよ。絶対落ちますよ」


―――《回答者・三》柄部霊歌

「天国も地獄も知りませんね。ぶっちゃけた話、わたしにとっては行き着く場所がどこであったって同じことです。兄さんといちゃいちゃしたりちゅっちゅしたりしていられればそれでいいじゃないですか。あ、兄さんに手を出したらそれなりの覚悟はしておいてくださいね? くすくす……」

出題者の一言
「守谷彩子さーん? ちょっとこのヤンデレちゃん連れて帰ってくれませんかー?」


◆ ◆


黙って俺に『掬』われろ。


◆ ◆


「―――そんなもの、死んだらいずれ分かることでしょう」


少女Aさんは一秒たりとも迷うことなく、私の質問に対して即答してのけました。
いやはや、これにはひとみんちっとばかしビックリしましたよ。
何事も正しい彼女にしてはずいぶんと珍しい返しだと思います。
なかなかレアな一面を見られましたね。

「そうですか」

出題者たるもの、返ってきた回答について少しは考えてあげるのもお仕事です。
少女Aさんの答えについて、ちょっと考えてみましょうか。
まず、先に一言言わせて貰うと――ちょっと待ってください、回答になってませんよねこれ。
私は死んだらどうなるかって聞いてるのにこの答えは、『りんごとバナナどっちが好きですか?』と聞いて『レモンが好きです』と答えるような的外れですよ。
くぅぅう、悔しいですが今回ばかりは一本取られたようですね。
今まで散々ボロクソに言ってきただけあって、悔しさも倍増です。
こっそり足を引っ掛けて転ばせてみましょうか。リアクションが愉快そうですし。

さあやるぞ!
と意気込んで右足を前に出そうとしたその瞬間でした。

「よう、お二人さん」

成人男性の声がしたのです。
その声の感じから、私と少女Aさんは珍しくほぼ同時に、理解しました。
"この男は殺し合いに乗っている――"。
瞬間、少女Aさんの握りしめた手のひらに一本の大剣が出現します。
本人は《りんりんソード》とか言っていましたっけ―――ダサい名前ですが、有用な力ですね。
少女Aさんは《りんりんソード》の切っ先を現れた男性に向けて、凛とした声で言い放ちます。

「止まってください。両手を上に挙げて、武器を隠し持っているなら捨てなさい」

自分よりずっと年上の男性に臆しないところは好評価です。
でも状況は最悪、まずいってレベルじゃありません。
数時間前の狼さんとは何かが違う。殺気に満ちすぎている、と言いましょうか。
間違いないのは、あの男性に情け容赦その他諸々を期待するのはとんだ失策であること。
そして少女Aさん――勇気凛々さんに、頑張って貰わないといけないこと。

「あー、わーったよ。これでいいんだろ、これで」

指示通り両手を挙げて、彼……警官服のお巡りさんは、その場に止まりました。
てかお巡りさんですか。どうなってるんですかこの国は……。
人を撃ちたくて警官になった人とかいたりするんじゃないですか、ここまでくると。
ちょっとあなたは紛争地帯にでも行くべきですって。
その有り余る殺気を人助けに使わないでください。犯人が可哀想すぎです。

「―――なぁんて、なあ!」

案の定、お巡りさんは両手を空中で組んだままで勢いよく地面を蹴りました。
鎌首のような足が、少女Aさんに向かっていきます。
しかし、これでやられて貰っちゃ困ります。
少女Aさんの《りんりんソード》が、強靭な脚力から繰り出された一撃を見事に防ぎきります。
ですがその衝撃が大きいことは、当事者でない私にも優に察することができました。
ほんと、何であの人警官になったんでしょう。

「ぐぅぅっ……!」

ぎしぃ、がしゃん、と鈍い音が何度か連続します。
Aさんの方が武器では優位にある筈なのに、その戦況はあの怪物警官さん一色。
あれだけ手を休めずに攻撃されたら、確かに攻めあぐねるのも当たり前ですか。

「かははっ、つまんねえぞ! 俺をもっと楽しませろよ、お嬢ちゃん!?」
「………!」

ふと思ったのですが、あの警官さんは本当に正気なんですかねえ?
どう考えてもあれ、頭のネジが根本から吹っ飛んでるとしか思えませんよ。
あんな交戦的だったら日常生活もままならないと思うんですけど……。
「……では、お望み通りにしてあげますよ」

少女Aさんは、《りんりんソード》の刀身を勢いよく横凪ぎ。
警官はそれを軽々とかわし――しかし、間髪入れずに鋭い突きが彼の体目掛けて放たれました。
受け止めるような構えを見せる相手の動きを更に読んだかのように、三撃目は転換して地面へ。
飛び散る粉塵が警官の視界を妨害したその隙に、《りんりんソード》の面を使った『打撃』が降り下ろされ、今度こそ彼の体を打ち据えて地面へ薙ぎ倒したのです。
おおー、これは鮮やかな動きでしたね。
舞うような動作から、相手を殺さないように敢えて打撃で決着させる。
彼女なりの正解なのでしょう……まったく、上手いことをやるものです。

「観念してください。何も命を取るような真似はしませんから」

凛、と通った声が、一回り近く年下の少女に一本取られた警官にかけられます。
あらまあ情けないと思わなくもなかったのですが――そうは問屋が卸しませんでした。
聞こえてきたのは笑い声。それも、興奮を隠しきれないようなものだったのですから気持ち悪いです。

「ハッハハァ!! やるじゃねえか、こいつぁ一本取られたぜ、だがな!!」

瞬間。スプリングのような激しさで跳び跳ねた警官は、呆気に取られた少女Aさんにそのままの体勢から強引に発展したドロップキックを打ち込もうとします。
何とか防ぐことは出来たようですが、あまりの威力に少女Aさんも仰け反らざるを得ません。
これは、まずい状況と言う他ありませんね。

「天下のお巡りさんを舐めるもんじゃあ、ねえぜ!?」

むー……私の見立てでは、少女Aさんの勝ち目は限りなく薄そうですねえ。
ギャンブルにするにもバカらしくなってきますし、そろそろ決断の時でしょうか。
あの手の手合いなら、戦えない私一人逃げたって追っては来ないでしょう。
護衛一人を犠牲にして尊い命を守る。
ほら、避難訓練とかでもよく『自分の身は自分で守れ』って言いますよね?

「よし、ではそろそろ逃げさせて貰いましょうか……」

誰にも聞こえないようにぼそりと呟いて、私は一歩後退りします。
ばっちぐー、戦いにすっかりお熱なお二人は戦場から離脱しようとする小娘には気付かないようです。
ま、私はあの二人からしたら蟻にも等しい弱者ですからね。
弱い者は逃げることとか、巻き込まれないことには長けているものなんですよ。

「ハッハハハハハハハハハハ!! どうしたっ、もっと魅せろよっ!!!」
「く、ぅっ……」

……やはり、あの様子では長くは保ちそうにありませんね。
《りんりんソード》があっても本職の方々とは鍛え方から何から何まで違いすぎます。
その場しのぎの剣術で呆気なく倒されるほど柔な作りにはなっていないのでしょう。
天晴――どっちもですかね。
ちょっと引っ掛かるのがあの警官の異常なまでの凶暴性についてですが――全ては、猫箱の話。
箱の中で何が起きているかを知るには、まずその箱を開けてみなければなりません。
ただし、日本で大ヒットしているロールプレイングゲームには、危険な宝箱もあるんですよ?
罠箱(トラップボックス)……通りが良い方なら禁断の箱(パンドラボックス)。
残念ですが、初対面の方のために命を張れるほど御大層な正義感を私は持っていませんから。

「では、さようなら―――」

おっと。
そういえば思ったんですけれど。
目の前で襲われているいたいけな少女を見かけたら、どうするのが一番正しいんでしょうかね?




―――《出題者》榎本瞳
『問二、襲われているいたいけな少女を見かけたらあなたはどうしますか?』


―――《回答者・一》熊本潤平
「はっ、そいつは随分とつまらねえ質問じゃないか。男なら回答なんて一つに決まっているだろう? もちろん、その場に居合わせた女を全員助けるだけさ。
男は徹底的に叩きのめしてやるけどな。
ところで瞳ちゃんだっけ、きみ超絶に可愛いな。ロリ少女もおれの趣味だけどどうする?」

出題者の一言
「お巡りさんこっちです」


―――《回答者・二》ジャック・ザ・リッパー
「ヒャハハハハハァ、んなもん答えるまでもねえぜェ。要するに襲われかけてるってこたぁ、そいつは獲物ってことなんだろ? 襲ってる奴らは俺と同じような奴らってわけだ。
ならもう答えは出てやがる、その場で―――食らい尽くすッ!(ちなみに、ロリッパー状態での回答である)」

出題者の一言
「可愛い女の子ですねー。怪しい薬を不用意に飲んじゃダメですよー?」


―――《回答者・三》長谷川裕治
「え、マジで? 女が居るなら俺も混ぜろ!」

出題者の一言
「さて、そろそろ質問コーナー終了しますか。ここまでお付き合いいただきありがとうございました」


◆ ◆


刹那って言葉、すごい良い響きですよね。
数学の中で用いられる極少桁の単位だそうですけど、語呂が私は好きですよ。
一瞬で終わってしまうほど小さな数だから、『せつな』は『せつない』。
そんな言葉遊びにも利用できてしまうあたり、すごく便利で表現に使いやすい言葉じゃないですかね。
そして、私の目の前で起きた『それ』はまさしく、刹那の瞬間の出来事でした。

少女Aさんが追い詰められ、警官は駄目押しの打撃を更にぶつけていこうと拳を構え直して。
私こと榎本瞳は賢く逃げることを選択し、行動に移そうとしていた刹那。
二人の激烈な戦いに不意に割り込んだ銀色が、あの凶暴な青年の首筋に触ったのが分かりました。
その速度は決してアスリートのようではなく、しかし微塵たりとも予測を許さない完全な、これ以上ないほど完璧なやり方で繰り出された不意打ち。
単体では命を奪えない筈の、力の籠っていない左手は、何故か死神の大鎌のように獰猛で。
戦いに熱中していた二人、どちらが正しいかを即座に判断しての一撃を、見事に成功させたのです。
ここで重ねておくと、榎本瞳に何ら特別な能力はありません。
ですから、その一連の動作を見ただけではその不意打ちの意味を理解することは不可能な筈。
しかし、私には―――いえ、誰にでも『乱入者』の行動が攻撃行動であったことは理解できました。
何故なら、流れるような銀色が通りすぎた刹那に。

「な、んだぁ? 力が、入らねえ……?」

警官はその攻撃をすっかり停止してしまったのですから。
あれほど激しい徒手空拳を披露して、剣の刀身を幾度も打ち続けていたあの鉄拳が、止まった。
ただの一度触られただけで、凶暴なる狂戦士は無力化されてしまったのでした。
その光景を見て、不意を打った乱入者――銀髪のお兄さんは、からからと笑います。

「あぁ、無駄だぞ。『右腕の戦う感覚』を極端に下げたからな、使えるのは左だけになる」

いきなり何を言ってるんでしょうと思わなくはなかったのですが、嘘とは思えません。
戦うために生まれてきたと言わんばかりに暴れていた怪物警官を無力化したのは事実です。

「つまんねえ真似しやがんなぁ……はぁ、ちっと萎えちまったぜ」
「そいつはありがたい。俺だってあんたみたいな化けモンと好んでやり合いたくはねえよ」

どうも、片腕程度で止められる相手じゃなかったみたいですね。
それでも痛手ではあるでしょうが、何しろまだ武器は三つ――片腕と両足があるわけですから。
少女Aさんと協力すれば打ち倒すのは難しくなさそうですけど、確かに面倒ではありますね。
紛争地域に行けと言いたくなるような狂人(ジャンキー)さんにこぞって関わりたがる訳もないですし。
この場は大人しく立ち去るようです。
私も貴重な護衛を失わずに済んで、少女Aさんも命が助かって良いことづくめですね。
まぁ―――どうも、事態はそんなに良いことばかりではないようですけど?
むしろ転がす方向を間違えば、待ち受けるのは圧倒的な破滅かもしれないくらい、不味いですけど?

「おっと、そうだ。一応名乗っておくぜ、俺はブルース・ヤスパースだ。見ての通り警官をやってる」
「……勇気凛々です。あなたみたいな警官が居ると、警察が信用できなくなりそうですよ」
「俺は沖崎翔。ま、ヒーロー気取りをやらせてもらってるぜ」

尋常に名乗り合いをかわしてる暇はないですよ、ちょっと?
沖崎さんでしたっけ。
私は、この方が一番危険に見えるんですが。
やっていることは正しい、私はともかく少女Aさんは彼が割って入らなければ十中八九死んでいました。
でも、沖崎さんのは――少女Aさんの異常な正義とは別ベクトルで『絶望的』でさえあるように思います。

「そうかい。じゃあまた会おう」

戦う用途でなければ問題なく使えるらしい右腕で崩れた警官服を整えて。
ブルース・ヤスパースさんという火種は私たちの輪の中から消えていきました。
速度はゆっくり、しかし振り返ったりすることなく、誰も背中を撃つような真似はしないと分かっているように堂々と歩いて、やがて見えなくなって。
残されたのは私たち三人だけ。
いたいけな少女二人と、自称『ヒーロー気取り』のおにーさんが一人。

さて、ここからは私のターンですか。
柄にもないことですが、今回ばかりは事情が違いますよ。
だるい、今にも倒れそうなほどだるいですけれど―――やりましょう。
目的は沖崎翔の撃退。
それでは戯言を―――始めましょう。


「あの、沖崎さん。悪いんですけれど」
「ああ、悪いんだけど。俺はもう行くから」


ずこーっ!
そんな間抜けな擬音が聞こえてくるようでさえありましたよ、ええ!
わざわざ格好つけた私がこれじゃあ馬鹿みたいじゃないですか。
予測不能にして理解不能。こういう手合いは、言葉でどうこうできない。
まったく―――ついてないです。

「ごめんな。俺には償わなきゃいけない罪がある。苦しんでるあのおっさんを助けないと。じゃな」

嵐のように訪れた沖崎さんは、嵐のようにいそいそと去っていきました。
残ったのは最初のメンバー、私と少女Aさんの二人だけ。

「……なんだったんでしょう? でも、助けてくれたことはありがたいです」
「……一つ言えるのは、行ってくれて私たちは『助かった』ってことですね」

え? と疑問の声をあげる少女Aさんを黙殺し、私は脳裏でさっきの出来事を反芻します。
沖崎翔。彼のやっていることは紛れもない善行で、褒められるべきことなのでしょう。
ここにいる少女Aさん――勇気凛々さんよりもずっと強いのも分かりました。
結果を素早く叩き出して、素早く誰かを救ってみせた。まさしくヒーローのやり方ですね。
でも、あれは違います。
声を大にしてだって言えます。
沖崎翔さんは、絶対に正義のヒーロー気取りでも、もちろんヒーローなんかでもありませんでした。
真に正義を志した者が、あそこまで完全に完成された不意打ちを使えますか?
そして何より、あの眼。
希望を写していながらその奥に、どす黒いを通り越した『灰色』を隠しているような歪に明るい瞳。
ブルースさんと同じように、狂的に何かに向かわされているような、そんな様子が確かにありました。
だから、私はここで安堵の息を漏らしておきましょう。
危険を回避できたことへの、当たり前な安堵を。


【E-1/平地/一日目/昼】


【勇気凛々@四字熟語ロワ】
[状態]:右上腕に矢傷(応急処置済)、疲労(中)
[服装]:水浸しのセーラー服(右上腕付近が血塗れ、全身に泥付着)
[装備]:《りんりんソード》、根性鉢巻(右上腕の応急処置に使用)
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品(1~3)
[思考]
基本:殺し合いの打倒。
1:榎本瞳と行動し、守る。
2:自分の名前など情報について得たい。
3:できればおなじ四字熟語の名前の人に会ってみる……?
4:リーヴァイ、ブルース・ヤスパースを警戒。
[備考]
※四字熟語ロワ参戦前よりの参戦です(正確に言うと前日の就寝後)。
※《りんりんソード》に制限はありません。
※リーヴァイ、ブルースの名前と容姿を記憶し、危険人物と判断しました。


【榎本瞳@数だけロワ】
[状態]:健康、眠気
[服装]:水浸しの私服(全身に泥付着)
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品(1~2)
[思考]
基本:だるいので、殺し合いには乗らない。
1:寒い……。
2:少女Aさん(勇気凛々)と行動。
3:早く変えの服に着替えたいです。
4:かずみん(愛崎一美)に会う。
5:……ふわぁ。
6:リーヴァイ、ブルース・ヤスパースを警戒。
7:沖崎さんには最大限の注意を払う
[備考]
※数だけロワ参戦前よりの参戦です。
※リーヴァイ、ブルース、沖崎の名前と容姿を記憶し、危険人物と判断しました。


【ブルース・ヤスパース@DOLオリジナルキャラバトルロワイアル】
[状態]:スタンス反転、左肩に銃創(手当済)、鳩尾付近に刺し傷、右腕の『戦う』感覚消失
[服装]:警官服
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式、折れているお徳用割り箸セット
[思考]
基本:戦う!
1:戦いたい
[備考]
※DOLオリロワ死亡後からの参戦です。
※香坂幹葦、大崎年光の外見、名前を記憶しました。


【沖崎翔@サイキッカーバトルロワイアル】
[状態]健康、スタンス反転
[服装]特筆事項無し
[装備]日本刀
[道具]基本支給品一式、救急セット(消毒薬、ガーゼ消費)@オリジナル、ランダム支給品1
[思考・行動]
基本:独善的に、自己犠牲の精神で人を助ける
1:主催者は必ず打倒する
[備考]
※サイキッカーバトルロワイアル参加前からの参加です
※能力に関しては『自殺願望』を与えることを禁止とします
※スタンスが反転しています
※『自分が以前までの自分ではない』ことに薄々感付いています


◆ ◆


榎本瞳の判断は正しかった。
沖崎翔という人間は、理屈の通じない個体である。
人類の中に生じたイレギュラーと云うべき『異常能力者』に加え、その絶望的に極端な性格。
絶対悪の反転は絶対善。
故に彼にはどんな言葉も理屈も――戯言も、届かない。
戯言殺しと呼ぶにも相応しい鬼人から榎本瞳が離れられたことは、彼女にとって最大級の成果でさえあった。


―――放送の刻限は、数時間後に迫っている。


正義に目覚めた絶対悪がどうなるのかは、神のみぞ知る。



時系列順で読む


投下順で読む


030:誰もに秘められた愚か 勇気凛々 084:正義をかざす様に、誰も知らない内に、数を減らす様に
030:誰もに秘められた愚か 榎本瞳 084:正義をかざす様に、誰も知らない内に、数を減らす様に
040:たとえ死があったとしても 沖崎翔 072:あくのきょーてん
050:神戯-DEBUG PROGRAM- ブルース・ヤスパース :[[]]

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2013年02月05日 00:15