終章 生命の萌芽
西暦最終戦争直後の翌年、年号は即時U・C(
宇宙暦)へと改められ、
U・C3には、地球再生計画が始動した。
実に十数年にも渡るであろう、遠大な計画である。
この計画の主導者には、西暦最終戦争全体において、
財産に被害を受けていないとされる、
非常に稀有な人選によって行われた。
財産の程度によって地位の上下はあるが、幸か不幸か、
テスラ=ユングは牧場主という事もあり、その末端の一人に選抜され、
雇用面でいくばくかの貢献を果たすこととなった。
そのせいなのか、テスラは第一線から退いており、
子育ての傍ら、
アルファ=ストレンジャーの成し遂げた功績を
サーガとして記す事に全力を注ぎ、
その悲劇性もあり、英雄性もあってか、
そのサーガはベストセラーとして全世界に名を馳せたが、
それはもう少し先の時代の話であるため、ここでは余談としておく。
U・C4。『
惑星アース』へと地球は名を改めた。
続いてU・C6には太陽が『
恒星サンシャイン』へと名を改められ、
恒星サンシャイン系の惑星は順次改称を続けていき、
それに伴い統一言語として『惑星アース公用語』が定められた。
これの習得には大人世代が難儀したものの、当然として
新世代が習得するに至り、文字通り
世代交代を意味するものであった。
その頃にかけて、奇妙な噂が頻出するようになり、
多数の事件目撃例が警察機構へと報告されるに至った。
事例を挙げればこんな具合である。
『俺は見たんだ、まるで伝説の
エルフみたいなのが川で釣りしてたぞ!』
『
ゾンビの集団みたいなのが出てきて、集落を襲われたんだ!』
『巨人としか言いようのない人が山に出てきたわよ!?』
『俺は幻覚を見てきたのか? 馬に角が生えてやがった!』
そんな報告例を聞いたアルファは呟いた。
「奴だな。奴の撒いた『生命の萌芽』とやらが
芽吹いてきたのだろう。もはや、
この流れは俺にも止める事は出来んだろうな」
これらを懸案事項として捉えた臨時政府上層部の意向は、
『新しい生態系の確立と推測されるため、調査を決行する』
というものであった。
その過程において、U・C10、不思議な薬を入手し、
迂闊にもそれを確認もせず飲んだ愚か者に、不思議な力が備わった。
それを人は『魔力』と呼び、畏敬の念を抱いた。この性質は
遺伝させる事が可能らしく、後に魔道士という職業を生み、
また戦争文明の大きな退化から、再び剣や槍といった、
原初の武器が活躍する時代が訪れるようになり、それに伴って、
人間の身体能力は飛躍的に向上するに至った。
これが復興に大きく寄与したのは言うまでもないだろう。
U・C12において、ようやく調査を一段落終えて、
新種族の分類を少しずつ進めていく方向で
話が固まったのであった。この時見つけられた種族が、
後の『
ナインサークル』で言うところの
『
精霊族』『妖精族』『竜族』『
怪物族』『
亜人族』である。
更にその中では『神族』『魔族』としか表現しようのない
精神生命体の存在も確認され、人間達は
元から惑星アースに住んでいた、人間自身を含む
動植物達を改めて『
自然生命族』と定義付けるのであった。
復興は順調に進み、いよいよ宇宙時代の到来である。
U・C15。その発端として、
西暦最終戦争によって一時停止していた、
惑星マーズのテラ・フォーミング化計画を再度提唱。
更にはU・C18にスペースコロニー計画の提唱が行われ、
メガ・メテオの副産物として
鉱物資源が大量に採掘されていた事もあり、
U・C20には早速、計画実行に移されたのである。
希望に燃える計画参加者達を前に臨時政府暫定的大統領である、
カルナバル=バベル氏は、演説をするのであった。
「惑星アースの住民諸君。
私は惑星アース連邦臨時政府暫定的大統領の
カルナバル=バベルである。我々は西暦最終戦争という
未曾有の大戦争を経験した世代であるが、その発端――いや、
全ての争いごとの原因を突き詰めて言えば一言に尽きる。
要約すれば『宗教』というものが
存在する事そのものが害悪なのだ!
人が人を神と崇めること自体に、もはや意味など存在しない!
それそのものが人類史上、
最大の愚行だったと認めざるを得ない!
異論もあろう! 反論もあろう!
だがこれは厳然たる事実だ!
宗教を、神を崇める心を捨てよ!
そして人類は人類のために、人類を信じる心を信念とし、
それを支柱として生きるのだ!!
――先の西暦最終戦争によって我々が受けた被害は、
甚大などという欺瞞的虚飾で済まされないほどの
無惨極まる事態であった! しかし我々は一人の英雄、
アルファ=ストレンジャーを、
知らなかったとはいえ迎えた事により、
彼自身の尊い犠牲と引き換えに、
かろうじて生命線を繋ぐに至った!
彼は妻であるテスラ=ユングに
『生命の萌芽』を残したと言われるが、
敵であった『
魔神王』なる存在もそれに匹敵するものを残した!
それが新たなる脅威となるであろう、人間以外の
惑星アース内知的生命体であろう事は想像に難くないはずだ!
今また摘まれようという幼い人類の命脈を何としても
我々臨時政府は保たねばならないと断言出来る!
なれば、今こそこの宇宙世界において、我々惑星アースの民が
安寧をもって生きる事の出来る安住の地が必要である事は、
もはや今更説明の余地を見ないであろう事は明白なのだ!!
惑星マーズのテラ・フォーミング化再提唱も果たされ、
今またスペース・コロニー計画が実行されようとしている
今日というこの日は、記念すべき日にして
祝賀足り得る日である!そういう記念すべき日を
諸君等と、そして我等が偉大なる英雄、
アルファ=ストレンジャーの愛したテスラ=ユングと共に
過ごす事が出来る事は感激の極みと言っても過言ではあるまい!
来たるべき宇宙時代への旗頭は諸君等一人一人が担えると、
私はただひたすらに信じている! 国民よ、今こそ立ち上がれ!
その胸に抱いた希望を、自らの手で掴まえるのだ!!」
カルナバル氏の傍らには、
テスラがゲストとして紹介されていた。
ただしカルナバル氏はアルファの霊体の存在には
実に愚かな事だが、まったく気付いていなかった。
これから数百年もの間、人類は
他種族の脅威に悩まされる事になるが、
ここでは完全に余談である。
着実に時代は進み、
ベータ=ストレンジャーが一人立ちした後、
テスラは隠棲生活を送ることになる。
ただ愛したアルファの霊体と共に。
そして、U・C25。テスラ=ユングは夫の霊に見守られながら、
齢五十を待たずして、肺炎をこじらせた事により、死去する。
夫の霊と共に、仲睦まじくも冥界へと旅立っていった。
その冥界において、アルファは懐かしい顔を見た。
メガ・メテオ戦線において、アルファに力添えを行った
神王ゼウス、
魔王サタンの両名だった。
「……久しぶりだな」
「勇者アルファ=ストレンジャーよ、我々は待ち望んでいた」
「約定通り、魔神王の暴走を
止めていただいた礼をせねばならぬ」
見ると、冥界の一角に、割と大きな居住スペースが確保されていた。
「我々はこの区画を『
勇者の館』と命名した次第だ」
「アルファ=ストレンジャー。あなたと、
その血脈にここを使っていただきたい」
「……何故、そこまでしてくれる?」
アルファの懸念は無理も無いのだ。テスラも霊体のまま疑いを抱く。
存在を聞いてはいても、初対面では無理もないだろう。
「恥ずかしながら、我々神界でも、
そして魔界でも変化が起こりつつある。
私はもう、神王の座を降ろされてしまっているのだよ。魔王もだ」
「我々も転生せねばならん、しかしそれでは恥ずかしながら、
魔神王への対抗手段として、監視する者がいなくなってしまう」
アルファは大筋の事情を察した。
「つまりは、俺にいつ復活するか分からない、
魔神王を見張って欲しい、と?」
「そうなのだ。まあ元から我々では相手にもならなかったがな。
とどのつまり、我々は長く生き過ぎた。
それがまずかったのだろうな」
「きちんとした生き物が、まっとうな感性で
監視しなければ意味が無い。それが出来るのは、
あなたしかいない。アルファ=ストレンジャー」
しばし沈思黙考するアルファを、テスラが後押しした。
「それを、惑星アースではきっと『宿命』と
いうんだと思います、アルファさん。
結局、人は戦わなければ生きていけないのでしょうね……」
「……君の言う通りかもしれん、テスラ。ならば引き受けよう。
それにひょっとしたら、色々と
面白い物が見られるかもしれんからな」
「感謝する」
「感謝する」
元・神王ゼウスと、元・魔王サタンはその場から消え去った。
彼等も精神生命体なりに、寿命を迎えつつあったのかもしれない。
それが焦りを呼び、あのような悲劇に繋がったのだろう。
「神王と魔王……惑星アースには
『輪廻転生』という考え方がありますが、
きっとあの二人も、その螺旋の輪の中へ
取り込まれていったのですね……」
「そこから外れる者達が少しぐらいいてもいいさ、テスラ。
それが俺の血を引く一族であってはならないと
いうわけでもあるまい。希望は紡がれるさ。
後は『俺達』人間自身の手によってな――」
こうして、彼の血脈による物語は、
U・C3256まで、実に三千年以上もの間を待つことになる。
だが、我々は忘れてはならない。
この物語さえも、伝説の発端に過ぎない――
最終更新:2010年02月24日 01:11