第十六章-第三幕- ただあの人の下に(後編)
ソニアを救出し、新たにギースとリュミエルを迎えた
勇者軍主力部隊は、いよいよ近付いてきた
アーム城への
移動を試みようとしていたのだった。
「バスク、そろそろ向こうに連絡入れてみたらどうなの?
通信網の再構築がある程度出来てるんじゃないかしら」
と、ドルカスが言うので、バスクは端末をいじってみた。
「通信機能、オン……と」
通信機能をオンにした。まだ設置したての通信網なので、
端末が即座に対応し、最適化作業を始めた。
「……うーん、これはもう少し時間が要るな。
もう少し早く最適化作業を始めておけば良かったかな」
「そう時間も要らないでしょ。端末の電源はオンのままにして、
さっさと進軍した方がいいかもしれないわね」
ドルカスの助言に従い、バスクは電源をオンにしたまま、
愛馬
ヴィッセルを歩かせる。
その後を、残りの全軍が続く。
ある程度歩けば到着はするが、更なる襲撃が
アーム城に無いとも限らないのであった。
連絡は早ければ早いほどいい。
……だが、もちろん事はそう穏便にいくはずもなかった。
「ふみゃーっ!!」
「ふーっ!!」
突如として猫達同士の喧嘩が始まったのだ。
今にも飛びかかりそうな剣幕である。
「えっ、ちょっと! 何なの!?」
「押さえて、押さえて!!」
レイリアとエイリアが慌てて喧嘩を始めた
大福と
きなこを引き剥がす。双方共、
とんでもない実力があるので喧嘩に
なるとシャレにならない。
「ちょっと、こっちもよ!」
こちらも慌ててソニアとジルベルトが
みたらし、
黒ごまを引き剥がす。
割って入ろうとした
あんみつも、メイベルが何とか取り押さえた。
「一体どうしたってのよ!?
ジルベルト君、原因分かる!?」
ジルベルトは
テレパス能力で、何とか興奮状態の
五匹の猫達の心理状態を読む。
どうやらお互いを敵だと認識している。
当然同じ親から生まれた兄弟姉妹同士
(ただし、あんみつは親戚になる)なので、
普段は仲良くしているのだが、
何故こうなったのかが分からない。
「何者だ、手前ェ!!」
と、いきなりコンラッドがライナスへ弓で攻撃を開始する。
「……何をする……!? 敵か!!?」
あろうことか、ライナスまでコンラッドに攻撃を開始した。
二人だけではない。フローベールとバスクが、
サイモンとヴァジェスが、テディとリュミエルが、
ギースとドルカスが、次々と仲間割れを始めた。
おかしくなっていないのは、事態に動揺しないよう、
意図的に精神状態を沈静化させた
ジルベルト、ソニア、ルシア、メイベル、
そして
ナノ・マシンを自己防衛に費やしたレイリアと、
絶対耐性の技能を持つエイリア、
元から闘争の術を持たないキョウカ王妃。
以上のメンバーとなっている。
事態を飲み込みかねて、メイベルはただ混乱するばかりだ。
「これは、どういう事なの……?」
ソニアが訝る。
(分からない。一体何が起こっているのか……)
その時、フローベールを振り落としてきた
ベアトリスが近付く。
彼女は魔族だからなのか、影響下にあるわけではないらしい。
「ひひんばー」
そのベアトリスの意図をジルベルトが
テレパスで読み、メールで伝える。
『呪術かもしれないって言ってるのー。
幻を見せ、音を歪めて味方を敵の得体の知れない相手に
認識させてる可能性があるらしいのー』
「敵の足止めの作戦……
あわよくば同士討ち作戦ってトコかしら」
「対処法はありませんか?」
極力冷静に、キョウカ王妃が訊いてくるので、
ベアトリスが策を提示する。
「ひひんばー」
『リュミエルだけでも元に戻せれば
対処の仕様があるかもしれないのー』
「リュミエルか……」
エイリアが唸る。
スレインメイデンである彼女なら、
呪術に対するカウンター的な技能を
持っているかもしれないからだ。
「人間を敵に見立てる幻術は使えても、
機械まではそうはいくまい。
ルシア、隙を作ってはくれないか?
そのわずかな隙でメールを送る」
「分かったわ。テディを牽制すればいいのね」
「メールの文面はキョウカ王妃、頼めるか?」
「今、入力中です。百二十秒下さい」
「分かった!」
エイリアの指示で各員が動き出す。
と言っても大半は猫を押さえる役だ。
勇者軍の仲間割れは実力が拮抗している事が幸いして、
短時間なら放置しても大丈夫だった。
「入力完了です。送信します」
キョウカ王妃の送信と同時に、
ルシアは弓の連射でテディを牽制する。
「何だ!? 奇襲か!?」
同時にリュミエルへメールが届く。その着信を確認すると、
敵(と思っているテディ)が、結果的にとはいえ、
攻撃の手を止めた事もあり、文面を確認する。
『敵の呪術で仲間割れさせられています。
対抗手段をお持ちであれば、
即座に実行に移していただけると、
助かります。 ――キョウカより』
馬鹿丁寧な文面を見て、リュミエルは急いで精神を落ち着けた。
呪術の効果が薄れ、自分が敵だと思って戦っていたテディの姿が
うっすらとだが見えるようになったのである。
「そういうわけね。小賢しい手だこと」
鼻で笑うと、リュミエルは御札を大量に取り出し、展開する。
「術式展開! 防御結界!!」
ぱんっ!!
軽い音を立てて、勇者軍の周囲に御札が散っていく。
周囲に結界が張られ、敵の呪術の力場を完全に遮断する。
「……お? リュミエル?」
その中心地であるリュミエルに
一番近かったテディから、正常な視覚と聴覚を取り戻し、
その後近い順から残りのメンバーも、感覚を取り戻していく。
「本当に私も合流しといて正解だったみたいね。
まさかこんな技能が役に立つとも思わなかったけど」
と、自信満々にどや顔をするリュミエルに
助けられたと分かるや、精神を落ち着ける各員であった。
無論猫達もなんとなく事態を察して、
一番落ち着く所……要するに
ジルベルトの傍に自ら寄っていくのだった。
「闘争心や警戒心を刺激して幻覚を見せる呪術だったみたいね。
だから、戸惑っていただけのメンツや、
戦えないキョウカ王妃は術にはかからなかった、か」
さもありなん、という感じでエイリアも頷いた。
「でも、呪術なら
呪術師がいないと駄目だよ。
一体……どこにいるのかな?」
キョロキョロと辺りを見回すレイリア。
「そう簡単に見える所にはいないだろう。探すぞ」
「駄目! 術式結界自体が動けるわけじゃないのよ!
外に出たら結果は同じなんだから!」
サイモンが外に出て呪術師をさっさと見つけようとしたが、
リュミエルがそれを慌てて止める。
「また仲間割れしたくなかったら動かないまま、
敵を見つけないと……任せるわよ」
「くっ……厄介な」
苦虫を噛み潰したような顔をするサイモン。
「ならば私が行こう。こういう搦め手には私が一番強い」
と、エイリアが前に出る。絶対耐性を当てにしているのだ。
「大丈夫なの?」
「任せろ」
エイリアが外に出るが、呪術にかかったような様子も無く、
平然としたままで周囲を探す。
敵の焦る気配が周囲に滲み、それがより一層発見を容易にする。
「そこだっ!!」
しげみに鞭を叩き込むと、慌てて呪術師が出てきた。
そして素人目にも呪術が途切れたのが分かった。
怪しい気配が一切消え去ったのだ。
呪術師は呪術があっさり破られたのを見ると、
悪態をつきながら逃げ出した。
「くそっ、何なんだ! 我が呪術を意にも介さないだと!?
これだから遺伝子調整を受けたバケモノはッ!!」
「逃がすか!」
エイリア、次いで残りの連中が追い始めるが意外に足が速い。
こういう時に限って、頼みのフローベールも、
ベアトリスから降りていた事が災いして、対応が遅れた。
「逃がすかよッ!!」
だが、そこでバスクがそのまま突撃を敢行する。
「ヴィッセル!」
「ぶるひひひぃぃぃん!!」
愛馬ヴィッセルによるキックが呪術師のどてっ腹に叩き込まれる。
「のげっ!?」
ごろごろと転がりつつ吹っ飛び、呪術師は気を失った。
勝利は確定である。
「バスク、初手柄ね!」
「ああ。やったぜ!!」
バスクは馬上でガッツポーズを決めてみせた。
しかしこの
ネイチャー・ファンダメンタルの呪術師を
この後どうするかで若干意見が割れた。
近くの市街地に連行したのだが、まさか市街地で
無抵抗の人間を殺害するなどという
凶行に及ぶわけにもいかず、
かといって警察に引き渡せば
呪術であっさり脱獄してくるだろう。
ならば今効果的な手は勇者軍伝統(?)の方法だろう、
という結論で約一名の反対を除き、サイモンの案で決定となった。
すなわち――
「これで良しっと」
テディの手によって、呪術師は丁寧に縛られ、
猿轡まで噛まされて見事にダンボールの中に梱包されたのだった。
丁寧にエアキャップまで下に敷かれている始末だ。
「おい、空気穴も忘れるなよ。流石に死ぬから」
と言いつつも、コンラッドがダンボールに
穴を開けて空気穴を大量に作る。
「送り先どうするの? 姉さん」
「そうねぇ……」
ソニアに問われたルシアが、とりあえずお届け先を
遥か遠く、
惑星アースの裏側、
クルーズ・シティ方面に指定した。
勿論お届け先はネイチャー・ファンダメンタルが不法占拠した
惑星アース国際平和機構様宛てである。
しかも着払いで。あまつさえわざわざ時間がかからないように
しっかりと速達便にしてやる有り様である。
「あの……それはちょっと可哀想では……」
流石にキョウカ王妃が難色を示したものの、
それをどうにかこうにか言いくるめるリュミエルとギース。
「いやいや、処刑とかされないだけ
ありがたく思ってもらわないと」
「丁寧に送還してやるだけ温情的かと思われます。王妃殿」
「……はあ……」
あまり納得はしていないようであったが、
やむなく了承するしかないキョウカ王妃であった。
そしてその荷物(イン敵)を宅配業者になすりつけた。
「あ、割れ物とかじゃないんで、
衝撃は大丈夫ですけど、
ナマモノなんで生きたままでお願いできますか?
哺乳類ですけど。あと着払いで」
「あ、はい。承りましたー、っと、重いな」
中に何が入っているかも知らず、
業者の人は荷物(イン敵)を受け取った。
「これで良し、っと」
「二度と来るなよー」
何やら暢気に荷物に向かって手を振る二人。
何やらダンボール(の中の敵)が抗議しているようにも見えたが、
それはまあどうでもいい事であった。
「……お?」
気が付くと最適化処理が終了し、
端末は通信機能を取り戻していた。
「こちら
バスク=ランドルフ。アーム城、聞こえるか?」
「はい、こちらアーム城のユイナです。
主力部隊は大丈夫ですか?」
と、ユイナ王女の声が聞こえる。映像もすぐに映った。
「……っ!」
その愛嬌ある顔立ちに、一瞬バスクは言葉を失った。
「……もしもし? 聞こえてますか?」
「……あっ、ああ! 全員無事だ。
キョウカ王妃もこっちにいるんだ!
今からそっちに届けに行くから、待っててくれよ!」
「ありがとうございます! わざわざ知らせてくれるなんて……
あなたは優しいのね。よろしくお願いね、バスクさん」
「あっ、うん!」
そこで、イスティーム王がユイナと交代する。
「キョウカ。そこにいるんだね?」
「元帥閣下!」
キョウカ王妃も慌ててバスクの端末を借りる。
「よく頑張ったね。ここに来たらもう安心していいですよ。
無理をしないでゆっくり来て下さいね、キョウカ」
「はい……はい!!」
キョウカ王妃の瞳にみるみる力が宿る。
「必ずあなたの下に……ただひたすらあなたの下に、
キョウカ=カザミネ=ザン=アーム、参りますわ!」
決意の漲る表情でキョウカ王妃はそれだけ告げて通信を切る。
「
チトセ、皆さん、行きましょう!」
あれだけ気の弱かったキョウカ王妃が、
今や喜色に満ちた表情でチトセを堂々と乗りこなしている。
ある意味では王者の風格に近いものがあった。
『元気になって良かったのー』
ジルベルトも大喜びだ。ソニアを奪還した喜びも重なり、
今や勇者軍の士気は高まるばかりであった。
階級上の関係から、今この場で事実上最高位の指揮権を持つ
キョウカ王妃の号令で、また勇者軍は歩みを進めるのだった。
ただ、あの人の下へ行くために。
ソニアを迎えに行くジルベルトがそうであったように。
ジルベルトのために懸命に脱獄した
ソニアがそうであったように。
今、キョウカ王妃は、真に勇者軍の一員に
相応しい心根を抱くのであった。
最終更新:2011年05月07日 21:45