第二十一章-第一幕- 幻想の白雪
ここは
フェンリル・ヴィレッジ。
常冬の環境であり、常に雪が降っているに等しいほどの極寒の地だ。
氷の精霊フェンリルが近郊に出没する事もあり、
周囲の市町村と比較して、極端に人里離れした印象を受ける。
そんなフェンリル・ヴィレッジのホテルの一室。
ベッドの中に一人の……ではなく、一組の男女が寝ていた。
とは言っても、やましい間柄とか、そういうのでもなかったりする。
やたら小柄な男が、ちょっと背の高い女に抱っこされて寝ている。
いわば抱き枕状態であり、恋人というよりは
親子とか、年齢の離れた姉弟の関係を想像させる微笑ましい関係だ。
二人の間に猫とか猫とか猫とか猫がうじゃうじゃいたりして、
やたらと暑苦しい事になっているが、本人達は気にしてもいない。
「うー」
少年の方が目を覚ました。抱っこされてふかふかして
気持ちいいが、いつまでも寝ているわけにもいかない。
「…………」
無言でゆっさゆっさと女の方を揺さぶる。
「んー? もう朝なのぉ?」
「…………」
こくこく、と頷くパジャマ姿の少年、
ジルベルト=ストレンジャー。
「ふわぁぁ~」
のんきな欠伸をかく同じくパジャマ姿の少女、
ソニア=メーベルヴァーゲン。
少なくとも二度ほど
勇者軍に及んだ危機を跳ね除けた
英傑であるのは間違いない人物達であった。
だが今は緊張感の欠片もなく、のんびりと起床したばかり。
ジルベルトは猫四匹をそっとしておいて、更衣室で着替える。
次いでソニアが更衣室を使って着替えて、出立の支度は整った。
というのも季節柄の粉雪が綺麗である、と同僚に教えられて
それを見に来ただけなのだ。戦闘とは何の関係も無い休暇である。
ほどなくホテルをチェックアウトし、村の高台に登ってみる。
「……」
「……」
綺麗な粉雪だが、特に特筆すべきところは見当たらない。
「ガセネタ掴まされたのかしら?」
そのソニアの意見に対し、ジルベルトは
テレパスの能力を送信に使い、自らの考えを述べる。
(ちゃんとシルヴィアに訊いてみるのー)
と、メールをしてみる。
ぴこん。
一分ほどしてから返信が届く。
『いやいや、高台からじゃあ真の絶景は見られませんよ。
是非村から出て、近くにある丘へ向かってみて下さい。
きっと面白いものが見られると思いますよ。
あと、私とリゼル君はほどなくそっちに行くと思います。
ちょっとした用事で行くんですが、後でお茶しませんか?』
と、シルヴィアからの返信が届いた。
『分かったのー。後で合流なのー』
どこか間の抜けたメールで返信したジルベルトは
(あの丘に行くのー)
心の声をソニアに伝え、猫四匹を抱えてその足で丘へ歩き出す。
ソニアもそれに従い、後をついていく。
そして小高い丘が見えてきた。丘というには
やや標高が不足しているようにも思うが、形で言えば丘だった。
ジルベルトが一歩踏み込もうとした時、雪が動いたように見えた。
見た目は降り積もった雪そのものにしか見えないが、
ソニアも何かに違和感を感じた。そこかしこで
雪がもぞもぞと生き物のように動いているように見えるのだ。
動きがあまりにも微小で、注視しなければ気付かないだろう。
「にゃー?」
当然、猫達も不自然さを感じ、警戒して離れる。
ジルベルトは近くの動いているっぽい雪に触れてみる。
もこっ。
雪からいきなり、白き一対の耳が生えてきた。
「!?」
もこもこもこもこもこもこもこっ。
そして周囲の雪から一斉に同じく白い耳が多数生えてくる。
みょこっ。
そして赤い目が多数。正体は歴然としていた。
「うさぎー!」
「嘘! これ全部!?」
つい二人はテンションが上がって、大声を張り上げる。
その声にびっくりして、大量のうさぎは蜘蛛の子を散らすかの如く逃げる。
数十、いや数百数千といたであろう。脅威的な集団である。
「わー……」
ソニアは呆然とするが、既に雪の大地は土の大地と化した。
恐らく、先程のうさぎは雪が乗ったままの状態で、
身体ごと積もっていた雪を持っていってしまったのだろう。
「びっくりしましたか? 名物の
雪うさぎですよ」
と、少女の声。シルヴィア本人の声だ。
振り向けば彼女のみならず、リゼルも姿を見せていた。
本人の言った通りの人員構成である。
「シルヴィア、リゼル。もう来たの?」
「はいー。つい今来ましたー」
「ついさっき、ですね」
シルヴィアのよく分からない表現をリゼルが逐一訂正する。
「で、一体何の用事なの?」
ソニアがジルベルトの意思を代弁し、質問する。
その質問にはリゼルが答えた。
「このニュースの映像について直接協議を要請しに来ました。
まずは端末の映像をご覧下さい。スクープですよ」
その映像は悲惨の一言だった。恐らく
ヴェール・シティだろうが
壊滅に等しい状態で、レースサーキットの観客席で爆発が起こったり、
市街地が無差別爆撃されたりする映像が流れていた。
空中にカメラが向けられると、謎の円盤浮遊都市が浮かんでいる。
これが爆撃犯の正体である事は一目瞭然であった。
と、一人だけ反撃している人物も映っていた。
「リュミエル!? なの!?」
ジルベルトもソニアも明らかに見覚えがあった。
そこでカメラが破壊されたのだろう。映像が途切れた。
「ああっ、映像が!」
「リュミエル……」
ジルベルトはぽつりと呟く。
「リュミエルさんの事はいいんです。
恐らくは無事に脱出してのけたでしょう。
直接本人から
アーム城に連絡が行った、とも聞いていますし」
シルヴィアは淡々と語る。
「それとほぼ同時期に、研究部の
バスク=ランドルフ君が
行方不明になりました。今回の件に関係は無い、とシエルさんから
連絡がありました。水害に巻き込まれて下水道に落ちたようです」
(不吉なことがどんどん起こってる……)
ジルベルトの心中が周囲に漏れる。
「隊長、僭越ですが、これは戦いの気配がします。
例の円盤浮遊都市は目的も明かさぬまま無差別破壊を
振りまきながら世界中を飛行し始めているとの話も聞きます。
放置しておけば、この村も、そして隊長の町すらも狙われるでしょう。
目的は何であれ、この円盤浮遊都市は即時撃砕すべきかと」
リゼルの意見に、ジルベルトは頷く。
(戦力を集めるのー!)
そのジルベルトの意思に応じ、各員、端末を見た。
もっとも近く、確実に反応が追えるのは……
「
ストレンジャー・タウン。お姉ちゃんがいるわね」
と、ソニアが言ってのける。
ルシア=メーベルヴァーゲンがたまたまいるのだ。
「出戻りで申し訳ないんだけど、いい? ジルベルト君」
(手っ取り早くていいのー)
「じゃあ、今からこの部隊を主力部隊に位置づけるわ。
進路、ストレンジャー・タウン。行くわよ!?」
(おー!)
「はい!!」
全員が同意したので、進路は確定した。
そしてその足で四名と四匹は、ストレンジャー・タウンへ移動する。
それは更なる激闘の予兆であった――
最終更新:2011年06月11日 13:50