第二十一章-第二幕- 三つ巴警戒網
勇者軍主力部隊は、
カシミア大橋と呼ばれる橋を横断し、
素早くジルベルトの故郷である
ストレンジャー・タウンへと到着した。
合流地点をジルベルトの自宅に設定し、
両者は速やかに移動を済ませ、
ここ、
ストレンジャー家(新築)に集まったのである。
「お姉ちゃん、待った!? あとただいま!」
ソニアがどたどたと家に上がりこむ。
もはや自分の自宅も同然という風情だ。
そこに立っていたのは
ルシア=メーベルヴァーゲン。
厳しくもたくましい、ソニアの姉である。
「そう待ったわけじゃあないわ。逐一入るニュースを見てたしね」
と、ルシアは端末を眺めながらつぶやく。
「お久しぶりです、ルシアさん」
シルヴィアとリゼルにとっては
スプレッダー戦役以来の再会だ。
同時に懐かしさを覚えるのも無理からぬ事であろう。
一方でジルベルトは早速、
絶壁砲剣『矛盾』を
専用の台座から引っこ抜きにかかっていた。
オプション装備であるアースシールドこそ、
本来の持ち主、キョウカ王妃に返却しているものの、
鎧と一体化した零距離砲撃兼用の必殺剣。
その大元はストレンジャー・ソードとソニアの銃であり、
また、破損したメイベルの
スカーレット・アーマーも
その一部として進化の流れに飲み込まれていたのであった。
(よいっしょー)
緊迫感の無い声と共にあっさりと砲剣は引っこ抜かれた。
「こんな事ならすぐ
アースシールドを返さなきゃ良かったわね。
いちいち受け取りに行くのが大変だわ」
「でもしょうがないですよ。アレは本来、
惑星アース国際平和機構長官専用装備ですから。
キョウカ王妃は貧弱だから持てないだけで」
ソニアがぼやくが、シルヴィアが嗜める。
「ところでお姉ちゃん、ずっとニュース見てるの?」
「いいえ」
ルシアは端末を見せてくる。チャットをしているようだ。
相手はどうやらイスティーム王本人のようである。
「さっきからイスティーム王に相談されてるんだけど、
どうも例の円盤浮遊都市とやらを巡って、
ザン共和王国の王政部と民政部で意見対立が起こってるみたい」
「ええ!?」
全員がその端末の内容を見る。
「ギーッ!」
と、シルヴィアのカバンから巨大な虫が姿を見せて鳴いた。
「うわっ、気持ち悪ッ、何それ、虫!?」
ルシアとソニアがドン引きした。
「あ、これは
ネイチャー・ファンダメンタルからギースさんが回収した
謎の未確認生命体。
アンノウン・ベビーです。私の管理下なんで、
今回ちょっと仕方なく連れてきてしまいました」
「……いいけど……あんまり外に出さないでね。
お世辞にも可愛くないし、猫が怯えてるから。
あと、市民が見たらたぶん大混乱するから」
ルシアが口をとがらせて文句をたれる。
改めてそれをスルーしてから端末を見ると、
どうやらイスティーム王とキョウカ王妃が会議に出席し、
民政部の幹部メンバーとの意見が対立しているらしかった。
王政部の意見は目的を詮索を抜きにしての撃破に終始し、
被害を最小限に抑える事を最優先としたプランであった。
民政部の意見は相手の目的の詮索と、交渉を最優先とし、
相手との共存の考慮をこそ最優先としたプランであった。
どちらが正しい、という次元の問題ではないだろう。
双方まっとうな正論なだけに、真っ向からぶつかり合うと
平行線をたどるしかなかったりするのが現実である。
いかにキョウカ王妃が情報部少将として有能であっても、
マスタープランの相違ばかりは譲るわけにはいかなかった。
「……しかも解せないのは、民政部が私達以上の情報を
何がしか持ってるらしいっていうのが気に入らないわけよ。
そんなのがあるなら情報を開示してくれれば
こっちだってプランの見直しをする余地があるってのに、
そういう事されると強硬姿勢にならざるを得ないっていうかね」
ルシアが文面を一通り確認して、ぼやく。
すると、新しく情報が入ってきた。
「えっ、交渉決裂決定なの!?」
ソニアも驚く。民政部はどうやらどうしても
自分達のプランを押し通したかったようで、結局まとまらないようだった。
すなわち、この非常事態に際して内乱が発生したに等しい。
双方完全な潰し合いをする気まではいかないだろうが、
民政部が勇者軍及び王政部に、
露骨な妨害工作を仕掛けてくるのは明白。
民政部には軍人あがりや出自不明の人物も少なからずいるだろう。
小競り合いが発生するのはもはや必然となってしまったに等しい。
「スプレッダー戦役より性質が悪いですね。勢力として味方同士なのに、
内乱に等しい状態で意見対立が起こっているのなら、
敵にとっては付け入る隙に他ならないでしょう。敵の攻勢の好機です」
リゼルが苦々しく呟く。
「レオンハルトさんのような強豪がわんさかいるかは分からないけど、
結構な戦力を保持しているはずだから油断は出来ないわね。
何より、こっちの最終目標はあの円盤都市とやらだから」
ソニアも同意した。
(もっと戦力を集めるのー!
クルーズ・シティ方面へ移動なのー!)
テレパスで意思を送れるようになったので非常に便利になった。
ジルベルトの意思が即座に全員へ伝わり、皆が頷いた。
しかし、そこで周囲がざわめき始めた。家の外だ。
「出てみましょう」
リゼルの言葉に従い、全員が外へ出る。
例の円盤都市が遠くに見えるが、何故か攻撃を仕掛けて来ない。
「
ヴェール・シティを壊滅させておいて、今度は仕掛けて来ないの?
小さい町だからって、見くびっているのかしら?」
ルシアが警戒を解かぬままに言う。
どのみちあの距離ではこちらからの攻撃も射程外である。
両者の睨み合いは、まだ少しだけ続く事になる――
最終更新:2011年07月02日 22:01