第十四章-第一幕- 生じる不和
エリックやエナ達が新たな決意を固めつつある頃、
難を逃れ、ひとしきり
魔神王教団での生活に慣れつつも、
どこか馴染めないままのロバートは、
今日も施設の入り口近くで
イグジスターが来ないか、
見張りをひたすら続ける日が続いていた。
「ふぁぁ……眠ぃ……」
相変わらず剣を寄越してもらえないのも不満だったが、
一体どれだけ僻地にあるのか、この施設にはロクに人が来ない。
教団と言っても、幹部しか見たことがないのも
彼の不満に拍車をかけていた。
一般の信者というものは幹部とは隔絶されてでもいるのか、
あるいは彼が単にまだ候補生だからなのか……
それすら分からないままに無為に時を過ごしていた。
「駄目よ、寝ては。仕事は真面目に、ね」
静かにイノが現れ、釘を刺す。
「分かってる……だが、しかし、こうも退屈だとな……
本当にここにイグジスターが来る可能性、あんのか?」
「何を言っているの。
ザン共和王国領土内、
しかも地続きで内陸地なのよ。離島ってわけでもないのに
何故、イグジスターが来ないと断言出来るの?」
「……まあ確かにな」
少なくとも今のロバートには貴重な情報であった。
その気になれば、いっそ今すぐにでも脱走出来るかもしれない。
そう思うと、ロバートの焦燥はより一層強くなる。
「駄目よ、ロバート」
心の声を見透かされたようで、ロバートの身体がびくりと動く。
「まだ、あなたの『機』は来ていない。
それに考えてもみて。あなたを連れ去る時、
可能な限り穏やかな手段で連れてきたわ。それで一回。
それに、あなたを一度助けたでしょ。で、二回。
一回焦った分は、一回貸しを返してもらった事にする。
だからあと一回分の焦りは、最低限我慢してもらうわ」
「……分かったよ」
不貞腐れるロバート。
すると、その後ろから
ゲイリー=ダーンが現れた。
「何か不穏な事を考えてやしねぇだろうな? おお?」
「別に」
しらばっくれるロバートをゲイリーが殴る。
「散々殴ってくれたお返しがまだだったからな、オラ!」
ごがん!
「がふっ!」
床に叩きつけられるロバート。
不満と脱走の意思が露骨に表に出る。
どう我慢しても直情的なロバートの心情は隠れなかった。
「ロバート! 二回目!」
「分かってらぁ!! だが、こいつはどうする!」
ゲイリーを指差して抗弁するロバート。
「ゲイリー、やめて! また彼に怪我をさせたいの!?」
「こいつが無駄に抵抗したから先に俺が怪我をしたんだよ!
お前は、古株の俺よりこいつのが大事なのか!?」
「そういう問題でもないでしょ!
教皇の指示も無いのに何をしてるのと言ってるの!」
「教育の悪い獣には躾なんだよ、躾!
二度と先輩に逆らわないように教えてやらねぇとな!」
「ゲイリー……待ってて、ロバート! 今助けを呼ぶ!」
イノは速やかに人を呼びに行った。
「邪魔者はいなくなったな!? じゃあ、やろうや!」
更に蹴り倒そうとするゲイリーの攻撃を回避するロバート。
「調子に乗るなよ、ゲイリー……!
イノに言われてたから我慢したが、これ以上は怒るぜ!」
「へ! 俺の命令は駄目でもイノならいいのかよ!
天下の勇者様とやらでも、女には弱いか!?」
「手加減してもらった恩と、助けてもらった恩を
それぞれ返してもらっただけなんだとよ!
貴様より、イノの方が律儀だってだけの事だ!」
「ぬかせ!」
ゲイリーは例の弭槍を持ち出してロバートに斬りかかる。
「俺が何故、絶対反逆の勇者と呼ばれるか知らねぇらしいな……
だったらもう一度、その身体に叩き込んでやるぁ!!」
ロバートは弭槍で為すがままに斬られているように見えた。
だが、紙一重のところで全てかすり傷に留め、
抜群の動体視力で、銃の照準を合わせる。
ばぎん! がぎん!
弓の先端に付いた、槍だけを正確に撃つ。
「のっ! がっ!」
露骨に体重バランスを崩されてゲイリーがふらつく。
「おらぁッ!」
ロバートの鉄拳がゲイリーの内腿を正確に叩く!
「がぁッ!? 何故内腿だぁッ!?」
痛みに耐えかねて、思わず間抜けな叫びをあげるゲイリー。
そこが人体にとってとてつもない激痛ポイントである事を、
何故か、しっかりとロバートは知っていた。
凶暴さの上に狡猾さを秘め、自らの意に添わない者には
断固として従おうとしない。その姿勢こそが、
彼を絶対反逆たらしめている最大の所以である事を、
ゲイリーは身をもって思い知る事になってしまった。
「おらぁッ!」
更に容赦無くロバートはもう片方の内腿を殴り、
それから更に肋骨の隙間やこめかみ、脛やくるぶしなど、
絶妙に痛いポイントだけをしっかり押さえて、
もはや戦闘の意思を失っているゲイリーに対して、
執拗に苦痛を与え続ける所業に出た。
「がぁぁぁぁあああああああああ!」
「ひゃはははははははぁ! そうだな!
イノがいちゃあこうはいかねぇモンな、ゲイリー!?」
その狂気をゲイリー一人に向けつつ、
ロバートはストレスを豪快かつ残虐に発散していた。
「そこまでだ!」
「何をしている!」
ソル=ハイドと
ターレット=チャック。それにイノだ。
彼女が連れてきたのは他の幹部二名だった。
「止めるんじゃねぇ! まだこれからよ!」
「正当防衛なのは分かったけど、やめなさい!」
イノが必死に止めようとするが、それより早くターレットが動く。
「悪いが、そこまでにしてもらうぜっと!」
ばしゅん!
ターレットの義手がリールを通して飛び出る。
「何ッ!?」
そのままロバートを絡め取り、確実に拘束した。
「ひでぇな、おい。青痣だらけだな……生きてるか、ゲイリー?」
ソルが呼びかけるがゲイリーは気を失っている。
「ロバート。ここまでやる事はないだろう。
純血者だったらここまでやる前に死んでるぞ」
「弭槍とか言うので斬りかかってきたそいつに言いやがれ!
これは正当防衛だ! それ以外の何だって言いやがる!!」
「だとしても、これは行き過ぎだろう。
悪いが、少し大人しくしてもらうぞ。
お前は対イグジスター用の大事な駒だからな。
ターレット。彼を取り押さえる。サポートしろ」
「あいよ!」
するとターレットはリールを締めつけた。
「ぐあぁッ!」
ロバートの苦悶の声が漏れる。
「懲罰を受けろ、ロバート」
今度はソルから一方的に数発殴られる。
ロバートとは対極的に速やかに気を失えるように、
可能な限り考慮された、無駄の一切無い打撃だ。
彼の得意分野ではないらしいが、見事の一言に尽きる。
ロバートはあっけなく気を失った。
「ターレット、引きずっていけ。独房に叩き込むんだ」
「へいへい」
面倒臭そうにロバートを連れて行くターレット。
すると、そこにエッセ教皇自らが現れた。
「どうやら、トラブルのようですね?」
「教皇! 非は私の不徳の致すところ!
彼に必要であれば、私が証言をしても!!
独房での監視だって、私がします!
だから、これ以上事を荒立てないで下さい!
私は、これ以上誰にも怪我して欲しくありません!」
「いいだろう。好きにしなさい」
「はい!」
慌ててイノは、ロバートを追っていく。
ソルはゲイリーを抱えて、治療室へ向かった。
「あのイノが我が意を聞かず、勝手に動き始める、か。
どうやら、危険な兆候かもしれんな……ゲイリーの件もある。
やはりあの男は飼い慣らせんのかもしれん。
ソルの言いたい事、やりたい事も分かるが危険過ぎるな。
あるいは、やはり大地の贄にするのが、元より無難か……」
熟考しながら、エッセ教皇はまた闇へと戻った。
彼女は、イグジスターよりもロバートが危険だと判断したのだ。
その判断は正しい。まったく正しい。
それを彼女もまた、身をもっていずれ思い知る事になる。
惜しむらくは、その決断が遅すぎた事と、
ソルの横槍が入った事だったとは、誰も知りえないが――
最終更新:2012年03月11日 21:29