終章-第一幕- 新たなる因子
イグジスター戦争を生き抜いた者達は、それぞれの生活に戻る。
勿論
勇者軍や
魔神軍の者達も例外ではないはずなのだが、
ほんのごくわずかな例外として、アンリ姫、アイゼンカグラ、
そしてイノとレオナが一堂に会していたりするのであった。
ここは
ダイギン共和国のとある総合病院である。
数多い戦いの中、運良くまったく損壊せずに残っていた施設であり、
傷病者の多くがここに運ばれていた。ノーラなども
一時的にここで治療任務に従事しているが、
アンリ姫とアイゼンカグラは、イノとレオナの
血液検査の結果を見て唸っていたりする。
周囲には勇者軍研究部の人員もちらほら見られており、
事はなかなか重大なようであった。
「で、何が分かったッスか? アンリ姫」
「うむ、これがいわゆるエナの父親と同じ
『純血者』の遺伝子構造なのじゃ」
ぺたり、とDNAの拡大写真を貼る。
それは文字通りエナの父親のものだったりするのだが、
まあそれはどうでもよい事である。
純血者とは
アルファ=ストレンジャーの遺伝子を内包しない
純『地球』型の人類である。混血していないと言えば理解は早い。
「で、これがわらわ達のようにアルファ=ストレンジャーの
因子を内包した人類のDNA構造なのじゃ」
ぺたり、と先程とは違うDNA写真を貼る。
これはアンリ姫そのものの遺伝子だったりする。
「以後、これを
α因子内包遺伝子と呼ぶのじゃ」
つらつらと解説する。
「で?」
イノはあくまで冷静だ。
「で、最後にこれがそち達二人の因子じゃな」
ぺたりぺたり、と二枚のDNA写真を貼る。
これまた、大きく違う形をしており、大別出来そうな感じだ。
「これを以後、
D因子内包遺伝子と呼ぶ。
つまり、そち達魔神軍の
メインメンバーは皆、
今の人類とはまったく違った人間になったのじゃ」
「ほえー」
実感が湧かないのか、形だけは驚いてみるレオナ。
一応
魔神王から説明があっただけに、心の準備も何もないものだ。
「じゃが、心配は要らぬ。魔神王が先に語ったように
人類としての機能には何の影響も無いようなのじゃ。
それどころか、α因子を持つ人間との交配も可能じゃぞ」
と、あっけらかんと笑う。
「……それは純血者、α因子、D因子、そして両方を内包する
ハイブリッド・ヒューマンが産まれ、育って、広がる可能性が
示唆される、という事でいいのかしら?」
「そうなる可能性は高いと思われます」
イノの質問にはアイゼンカグラが答える。
「あなた達魔神軍が勇者軍と同じ規律をもって動くと前提し、
カウンターとして機能し続けることを前提に存続していくなら、
ほぼ確実にそうなる、という方が正しいかもしれません。
つまりあなた達六人の存在は、
惑星アース人類の未来を変えます。
その覚悟が無いなら、跡継ぎを作るのも、
魔神軍の存続もやめるべきかと」
アイゼンカグラがそこまで言うと、
イノはすっくと椅子から立ち上がる。
「くだらない」
「わっ、ちょっとイノちゃん、待つッスよ」
さっさと退室しようとするイノを慌てて追うレオナ。
「くだらない、とは?」
アイゼンカグラがわざと険悪な感じで問う。
「勇者軍のカウンターとして機能する事なんて、
行動の結果に過ぎない。私は私として、
私の思うままに生き抜くだけ。
それを妨害するなら勇者軍との共闘も敵対も辞さない。
覚悟とか、責任とか、私には考えてやらなきゃならない事情は無い。
ただ、この地を踏みしめる者として、私はもう行く」
そう言うと、イノはドアを開けて去ろうとしたが、
一応一回だけ振り返って、アンリ姫に向けて言う。
「一応調べてくれたことには礼を言う。
けれど、それが原因で私の道を阻むなら、叩き潰すから」
「ちょっとイノちゃん!
ご、ごめんッスよ、アンリ姫! それじゃ!」
それだけ言って、イノはさっさと退室していった。
レオナも慌てて後を追う。
「やれやれ、育てた親が悪いのか、随分と頑固な事ですね」
育ての親がアレ(
エッセ=ギーゼン)なのを知っていて
わざとそれを言い、肩をすくめるアイゼンカグラ。
やはりというか、毒舌は相変わらずだった。
「メゴ、それを言ってはウチの隊長にも失礼なのじゃ。
親が親なら子も子とはまさしくウチの隊長の事じゃぞ?」
「まったくですとも」
言ってカルテや写真を資料としてしまいこむアイゼンカグラ。
もちろん病院側にもコピーなどを渡しているので、
今後の研究もしくは治療にある程度は役立ってくれるだろう。
α因子、D因子が存在することそのものは問題ではない。
それらが交配しようとしてハイブリッド・ヒューマンとなるか、
遺伝子的に相殺し合って消滅するかは
やってみなくては分からないのだ。
恐らく大丈夫だとは思うが、すぐに結果が出ないだけに
惑星アース人類、いやイノ達にとって頭の痛い問題のはずだった。
病室で黄昏れていた二人だったが、
その静寂は三十秒ともたなかった。
ぼばん!!
「はわ!?」
いきなり室内で巻き起こる爆炎。
椅子から転がり落ちるアンリ姫を
まったく無表情と無言で支えるアイゼンカグラ。
「姫様、大丈夫ですか?」
と言いつつ、視線は爆炎の方からまったく逸らしていない。
そして炎が消えると、そこには何故か一部ボロボロの
ホムラ=クロカゲが立っていたりする。
「何じゃ、クロカゲではないか。一体どうしたのじゃ?」
「……すまぬ……治療……頼む……」
見てみると服のあちこちがボロボロだ。
自慢(?)の鬼瓦のような仮面だけは死守したようだが、
ビリビリに破けてノースリーブのようになっているし、
足は足で着衣が破れてショートパンツみたいになってしまい、
ニンジャとしてはいささか格好の悪い事になってしまった。
更によく見れば腕には打撲、足首を捻挫しているようである。
「クロカゲさん、あなたほどの使い手がこんな無様に負傷とは、
一体どこでそんな敵と戦ってきたのですか?」
アイゼンカグラがまた毒を吐いた。さらりと『無様』と言われ、
若干だが、納得しかねるような様子で、
普段はかなり無口なクロカゲが、珍しく弁解する。
「我……この戦争……最終任務……受諾……!」
「最終任務? もうイグジスターはおらぬぞ?」
アンリ姫が露骨に訝る。
「ビラ配り……!」
「ビラ配り?」
ぽかーんとした顔で二人とも呆ける。
「……何のじゃ?」
「我、勝利と戦争終結、知らせる号外、配った……!
地下シェルターを開けたり……天空都市にも配った……!」
「あ、そういう事か。しかし紙で配布とはアナログじゃのう」
半ば任務内容に呆れ果てるアンリ姫。
「我……足、速い……口で説明するより、
目で見せた方……速い……
カイト……ウォルフ王子……二人で決めた……!!」
「なるほど」
状況をいちいちメモりながらアイゼンカグラが応対する。
「で、それがその怪我とどう繋がるのじゃ?」
「我……有名になり過ぎた……
この格好、目立たない、思った……
この格好、ビラ配り、目立つ……
すぐ、世界中で噂、なった……!」
どことなくしょんぼりしているようにも見えるクロカゲ。
「あ、これですね」
端末をいじってそれらしい情報を引き出すアイゼンカグラ。
そこには『戦勝のビラを配る鬼瓦の怪人現る!』だとか、
『シェルターを勝手にこじ開ける謎のニンジャ推参!』だとか、
酷い物は『焔の忍者黒影、来年八月全国ロードショー決定!』とか
ほとんど三流ゴシップみたいなものまであったりした。
よほど見た目と行動のインパクト及び
ギャップが凄かったのだろう。
「我……悲しい……我、静かに暮らしたい……!」
「クロカゲは可哀想なのじゃ」
よしよしと頭を撫でられるクロカゲは、
どことなく愛嬌があって見えた。
「で、人に見つかってもみくちゃにされてそうなった、と」
「そうだ……!」
「では、治療しますので、とりあえず足と腕出して下さい」
「…………」
何も言わなくなったクロカゲはどこか子犬のようにも見えた。
それがおかしくて、アンリ姫は内心で笑ってしまうのだった。
そう、復興は少しずつだが始まっているのだ。
そんな勇者軍や魔神軍の意思とは関係の無いところで。
最終更新:2012年07月02日 22:03