「――チェックメイト」
カツン、気持ちの良い軽快な音。
音の出どころは本革張りのソファを挟んだ所に置いてある、黒檀のテーブルの上に置いてあるチェス盤からであった。
黒衣を纏う金髪の偉丈夫は白の駒、黒いロングコートを羽織る銀髪の美青年は、黒の駒。
盤面は、白の駒の優勢である。打ち筋はかなり強気であり、討ち取られた駒数は少ない。鮮やかで、見事な腕前の持ち主である事が一目で分かる。
音の正体とは、偉丈夫の男が摘まんでいるビショップの駒を、彼――
ベルゼバブが盤面に打ち付けた時の音であった。
「見事だ。自分の頭脳にも絶対の自信がある、そうと宣うだけはあるな。ランサー」
「当然だ。最強の肉体を誇る余の頭蓋に収まる知性は、最高のものでなければ釣り合わぬ」
黒の駒を担当する青年、
峰津院大和は、抑揚のない声でそう言った。
声音からは、負けて不機嫌、と言ったような感情はなかった。結果として、チェスの勝負の敗北を受け入れているようだった。
とは言え、大和は負けこそしたものの、圧倒的なまでの敗北ではなかった。
見る者が盤面を見れば、かなり健闘した事が伺えるし、敗北までの勝負の流れの中で、そのまま思い通りに事が運んでいれば王手を掛けられていただろう局面もままあった。
要は、その思い通りを、ベルゼバブに潰されたのである。攻めるべきポイントを攻めあぐね、守らなければならないポイントで攻め切られ。要所を悉く、ベルゼバブに破られた。これでは負けは、必定である。
目の前の男は、そもそも戦争についての司令官であった事があると聞く。軍師、と言うべきか。当然、戦術にも堪能でなければ務まらないポジションである。
成程、ただの腕力自慢、宝具自慢ではありえないらしい。勿論単純にステータスが強い、宝具が凄い、スキルが便利、と言う事も重要だ。
だが戦場は生きている。趨勢は、毎秒毎秒荒海のように変化する。不安定な戦場の様相を制するのは力と経験、そして頭の良さと機転である。
ベルゼバブは、その全てを高いグレードで兼ね備えている。つくづく、戦闘と言う一面に限って言えば、当たりも当たり、ジャックポットのサーヴァントだ。その事を、大和は改めて認識させられるのだ。
……だが、それはそれとして。
「せめてチェスをするかそれ以外にするかに絞れ」
「複数の事柄を並列して行えるのは有能の証明だろう、違うか?」
「並列しているものによる」
マルチタスクとは言ってしまえば要領の良さ、効率化の巧みさを示す才能である。
それに長けていると言う事はベルゼバブの言う通り、有能の証明に他ならないだろう。それは、大和も認めるところである。
しかし、それも並列しているものの内容次第だ。
少なくとも、チェスを興じながらマキャベリの君主論の文庫本を読みつつ、プロテインシェーカーの中身のプロテイン(プレーン)をレッドブル(エナジードリンク)で割ったものを飲む、
と言うマルチタスクは有能とは言い難い。……いや、それぞれのベクトルが全くバラバラな物を無理なく行えるのは、ある意味で才能なのかもしれないが。
「そのプロテインを割っている物の臭いが、気に喰わん。品のない臭いだ。もう少しまともな物にならんのか」
「薬品臭いのは認めよう。それに、砂糖を濃く入れておけば飲み口も悪くない、そんな安直な発想の下に産まれた下等な品位であるとも。だが、飲んでみれば存外悪くなかった。羽虫共の文化も、世界によっては瞠若すべきところがあるな」
「現世を楽しみ過ぎだ。貴様の主目標は、戦い、勝つ事だ」
「それを忘れた事は――」
其処まで言うや、ベルゼバブは、自分が王手をかけた大和の黒いキングの駒を摘み、下に圧力を加えた。
其処に、如何なる術理が働いたのか。チタンで出来たキングの駒が、砂糖で出来た脆い菓子のように上から潰れて砕け散り、更に盤面に使っていたチェス盤が、真っ二つに破断した。尋常の物理学ではありえない、その壊れ方よ。
「ない」
「ならば、良し」
言って大和は、真っ二つになったチェス盤を、上に乗っていた駒ごと右手で払って吹っ飛ばした。
書類棚にぶつかった金属音と、絨毯に落ちた時の音なき音。それらが全て止んだ後に、ベルゼバブの方が言葉を続けた。
「楽に勝つ、それは否定しない。圧倒的な勝利とは苦境に陥る事無く勝利する事であり、戦わずして勝つ事だと余も理解している」
「そうだ。雑魚ども相手に一々本気を出してなどいられないからな。獅子は、ネズミやウサギが騒いだ所で歯牙にもかけん」
「だが座して待つばかりでは身体も錆び付き、頭の回転も鈍る。退屈は人を殺せるぞ、羽虫」
「同感だ。私としても動きが欲しい所ではある。君に、動かぬばかりの将だと思われるのも癪だ。それに、いい加減そちらの盤上遊戯に付き合い、負けを重ねるのも飽きた」
そもそもこのチェスの一局自体、大和が提案した勝負ではなかった。
全て、ベルゼバブ側の提案だった。彼の、趣味に付き合う形であったわけだ。
ベルゼバブは力を求めると言う本能について極めて真摯かつ貪欲だ。それは肉体的な鍛錬についても、知的欲求を満たすと言う点に於いても顕著だ。
大和の蔵書室に置いてある本を、凄まじい勢いで読破していた事もある。
ページ数にして500を容易く超え、余白を極限まで小さくして1ページ辺りに文字をビッシリと刻み込んだ、哲学書や学術本、各種論文を30分足らずでベルゼバブは読破していた。
最近は使っていないトレーニングルームにいた事もある。ただそのジム設備のレベルではベルゼバブの肉体に負荷をかけるに至らないのか、不満を零していた。
どうやらその場所で、プロテインとエナジードリンクに出会ったらしい。暇があれば飲んでいる。そして上述の通り、最近は両方を割っている。
大和がベルゼバブのチェスの一局に付き合い始めたのはここ最近の話。地頭が抜群に良く、知的好奇心にも旺盛なベルゼバブは、召喚されて数時間足らずで、財閥の設備の用途を理解していた。
……まさか大和がプライベートで使っているタブレットで、オンラインチェスに興じているとはさしもの彼も思いも寄らなかった。
セキュリティは強固かつ、万全たるもの。このオンラインゲームから大和の足跡を辿る事は基本的には不可能だが、それでもサーヴァント能力の事もある。
だから、こうしてベルゼバブの興じる遊びに付き合ってやっているのである。向こうも馬鹿ではない、どころか極めて賢明な人物だが、増上慢なのは間違いない。足元を掬われかねない事を加味して、大和が一局計らっているのだった。
「羽虫。この地に於ける貴様の力、どれ程までに及ぶ」
腕を組み、ソファに腰を深く預けながら、ベルゼバブはそう言った。
「私が元居た世界での権勢の、3割以下」
「役立たずめ」
「そう言うな。此処までとは思ってなかったのでな」
――峰津院財閥現当主、それが、峰津院大和と呼ばれる青年に与えられたロールである。
ベルゼバブや大和が思っている程、不自由なロールではない。それどころか、出来る事や口出し出来る人物や機関、動員出来る配下達の数、支配している土地の数と言う観点から言えば、
大和のロールは控えめに言って『ぶっちぎり』だった。仮に聖杯戦争が1週間で終るものだと仮定して、その期間中に運用出来る資金の額はほぼ『無限』。
財閥に蓄えられている純資産および内部留保、そして銀行から融資されるであろう額などを全てひっくるめた場合、使える金は容易く兆の位を超える。
加えてこの財閥は民間企業、地方自治体、各種省庁や役所など、官民問わぬあらゆる機関に対して強いコネクションを持っており、使える特権の数も限りない。
勿論、財閥そのものが有している配下の人数も凄まじい。要するに峰津院大和とは、ここ界聖杯が再現した東京の内部に於いて、どういう人物に該当するのか?
『一兆以上もの金を如意自在に消費する事が出来、事実上東京都内のあらゆる機関にコネクションを持ち、万単位の人員を一斉に動員出来る』、そんなロールを割り振られた人物なのである。
端的に言えば、他の参加者からすれば意味不明のロールである。一人の人物が行使出来る力や権力の数が、余りにも異質過ぎる。
桁が違うだとか段違いだとか、そんな言葉ですら表象不能。次元違いのロールだった。出来る事の多さに比して、出来ない事があまりに少ない。
要は大和の意志次第で、界聖杯の東京の環境や状況など、どうとでもなってしまうようなものなのだ。これに加えて召喚されているサーヴァントも、無敵と評されるレベルの強さを誇り、
そもそもそれを操るマスター(=峰津院財閥当主)である大和の強さや魔力回路の多さも、別次元のそれであるのだ。
他の参加者から見たら、大和と言う人物は、卑近な言葉で言えば『チート』そのものの人物である事だろう。天は二物を与えず、と言う諺は、才能のない者を慰めるだけの方便であった事を知る時があるとすれば、まさにこの時だ。
大和は、この聖杯戦争内において、自分の力が及ぶ範囲や、どの程度の事まで出来るのか、全て正しい形で理解していた。理解していてなお、言える。『弱い』と。
「舞台が東京の一都のみで行われる、と聞いて予感はしていた。結果は案の定だった、他の地区の力を頼れん」
そも、元の世界においての峰津院大和……もとい、彼が本当に率いていた組織であるジプス(JP's)とは、如何なる組織機構であったのか?
ジプスとはJapan Meteorological Agency, Prescribed Geomagnetism research Departmentを略した名称であり、訳して言えば、気象庁・指定地磁気調査部と言う部署やチームに当たる。
表向きはその名が指し示す通り、日本国土の地磁気を調査し、この国につきものの地震や噴火、地滑り等を未然に防ぐ事を主目的とした組織と言う事になろう。
だが実態は違う。そもそもこの組織自体が、峰津院家がスムーズに行動する為の隠れ蓑に過ぎない。ジプスと言う組織の存在意義を、峰津院家の存在意義とイコールとするなら、その真の組織理念は『国家守護』になる。
峰津院家を魔術の家柄として評価した場合、その家格は桁違いに旧い、大家も大家になる。
峰津院家の開祖は宿曜師、つまり今日でいう所の占星術師であったとされ、彼が峰津院家を興した年代は奈良時代。
つまり平安時代より前、平将門や源頼光、空海に最澄、坂之上田村麻呂が活躍していた時代よりも、更に昔の時代の話だ。
そう、峰津院家は単純な年数で言えば、1700年程の歴史を誇る魔術一派と言う事になる。家が興って200年程度は新参者扱いとされる魔術師の世界にあって、この年数は古豪も古豪。
事実上、日本最古の魔術組織、と換言しても何の間違いもなかった。峰津院家とは即ち、1700年にも及ぶ長い期間、国家の霊的国防を陰に日向に負って来た一族なのである。
当然、その年月の間に培われたコネクションの数は膨大なものになる。日本国内に限って言えば、峰津院家の融通が利かない個所など、存在しないとすら言っても良い位だった。
元々の世界での峰津院家の最大の特徴は、日本全土の霊脈の掌握と、国土守護の結界の運営、及び峰津院家が保有する霊的装置(デバイス)の管理にあったと言っても良い。
二次大戦の敗戦の後、峰津院家は日本国に働きかけ、日本全土に6つの建造物を建築するように働きかけた。
その建造物の役割とは国家を守護する霊的結界を展開する事にあり、これらの完成の暁には今後の世界情勢下で激化するであろうミサイル戦や戦闘機による空戦の徹底防御が約束される。
そんな事を言って、当時の内閣や国会を口説き落としたと言う。その建物は表向き、民間にはテレビ塔と説明されていて、実際その通りの機能なのだと皆信じている。
札幌は札幌テレビ塔、大分は別府タワー、福岡の福岡タワー、東京タワー、大阪の通天閣、名古屋テレビ塔。その6つのタワーこそが、峰津院家が管理する結界生成装置なのだ。
つまり元の世界での峰津院家とは、現在で言えば数千億円規模にも相当するような工費が掛かる一大工事を提案でき、それを有無を言わさず国家や自治体に呑ませる事を可能とする、
そんなレベルの権力を敗戦後の国内情勢下であっても有していた、怪物的な権力を持つ一族であった事を意味する。
そして一族は、大阪本部を中心として日本各地に支部を持ち、そのブランチの一つ一つが、強大な力を持つ。それを思えば、成程。この界聖杯内での権勢を、彼が弱いと評したのは、無理からぬ事であったろう。
「恐らく我々はこの東京から出る事は能わん。この23区の中で殺し合え、そう言う事なのだろう」
「問題でも?」
「他の地区から応援を要請出来れば、事を進めやすかったが、それは些末な事だ。峰津院家が有していた東京タワー以外の結界生成装置、これも、聖杯戦争と言う情勢下ではあまり役に立たなかったろう」
6つのタワーの真の役割は、結界の生成。これは、正しい。正しいが、これを大和が如何なる形で利用しようとしていたのか?
それは最早、詮無き事となった。この世界に於いて、本当に意味のない事になってしまったからだ。仮に界聖杯の舞台に於いて、その結界生成装置の力を引っ張ってこられたとしても、
あれば便利以上の域を振り切る事はなかったであろう。その程度の意味合いの代物に、格落ちしてしまった。故に其処は、問題ない。
本当に問題なのは、制御卓がこの地に一つもない事であった。
「羽虫、貴様が気にしていた制御卓なる物はあったのか?」
「一つとしてない。予測出来ていた事とはいえ、事実として認識すると歯痒いな」
峰津院家が担う役割である、国家守護。制御卓はこの重大な任務を全うする為に必要な、極めて重要なピースであった。
峰津院家は国家を霊的に守護する一族である。翻って、彼らが打ち払うべき脅威と言うものは、霊的・魔術的な攻撃である事を意味する。
そして、国家の体制を揺るがす程の霊・魔術的な攻撃に対抗する手段として峰津院家が備えていた物こそが、制御卓なるデバイスであった。
――制御卓。端的に説明すれば、峰津院家の仕込みの一種である。起動する事で、ある種の仕掛けが発動する、と言った手品だ。
但しその手品とは、千数百㎞規模の超長距離のワープを可能とする装置であったり、一個の火山を意図的に噴火させたりと言った、天変地異をも容易く発動させる機能の事でもあるのだが。
勿論、そんな大規模な使い方しか出来ないような、大味な装置ではない。その真価は、制御卓の中には『強大な悪魔を封印しているものもある』事だ。
峰津院大和は、峰津院家の現当主である。つまり、当代最高クラスの魔術師であると同時に、当代最高の悪魔召喚士(デビルサマナー)でもある。
毒を以て、毒を制す。霊的・魔術的攻撃とはそもそも何か? 悪魔だ。強大な力を持った悪魔を以て、国家を害するのである。
二次大戦時、当時のアメリカは大天使の召喚に成功しており、この力を以て日本の本土を攻撃した事があったが、これを当時の峰津院家や帝国陸軍は、必殺の霊的国防兵器と呼ばれる悪魔の力を以て辛うじて水際で押し返していたのである。そう、彼らの世界では悪魔の力を利用する事は裏の世界ではままあった事なのである。
制御卓は、そのような国家の大事に悪魔が関わっていると解った時に、その力に対抗出来るような強大な悪魔を封印した、一種の楔でもある。
そしてこれらは、日本各地、無論東京都にも無数に隠匿されていた。封印されている悪魔の種族や、出身地は様々だ。
甲賀三郎や天海僧正、天神道真公や思兼神、ヤマトタケルと言った日本国由来の英雄や神格が封印されているものもあるし、シヴァやカーマと言ったヒンドゥー圏の神格。
果ては、遠く離れた異国の神霊である、ルーグ、即ちクー・フーリンの父神である存在を封印している卓もあったのである。
そして、その装置の全てを、自らの一存で使用するかどうか、これを決められる存在こそが、峰津院大和なのである。
当然、このような装置があれば、聖杯戦争を有利に進められるどころか、勝ったも同然。大和は都内にある制御卓が何処にあるのか全て記憶しており、
これを聖杯戦争の本開催前に全て調べ上げたが――結果は、彼の言葉の通り。ない。影も形も、そもそも制御卓と言う存在すら、峰津院財閥の誰もが知らないのである。
そんな予感は、大和はしていた。都合の良すぎる話だったか、と。全てを調査した後で思った。
峰津院家が有している筈だったアドバンテージの9割程を、潰されている。
これが、界聖杯とやらが考え付いた、公平(フラット)さとやらだろうか。成程、聖杯戦争とやらを開催する上であれば、それは正しいのだろう。
腹の立つ現象だ、と大和は考える。最終的な勝者は自分である事を、この青年は一片たりとも疑ってない。どうせ勝つのが自分なら、速やかにこのふざけた催しを終わらせるよう計らって良いものを。
「ランサー。本戦が開催してしまった以上、勘違いした雑魚を殺して終わり、では最早済まされん」
「本格的に戦が始まったから、残ったのは都合よく強者だけ。そうとも思えぬがな。余が都合よく予選の段階で、強者と思い違いした者共を屠ってしまったやもな」
「君自身も言っていただろう。力と知恵は、等価値だと。力自慢だけが、聖杯戦争に参加している訳ではないと言う事だ」
大和のその言葉に、ベルゼバブが反応する。
目線を向ける黒衣の覇王。ただ、視る。それだけの行為に、強大な圧力と磁力が伴っているような錯覚を覚えさせる、凄まじい眼力であった。
「……狡知を弄する者がいる、と?」
「いない方が、おかしいと思うがな」
前述の通り、峰津院財閥と言うロールが誇る力と言う物は、極めて広範かつ強大である。だがそれと同じ程に、無視出来ないデメリットが1つだけ、存在する。『目立つ』事だ。
そもそも現代の日本国に於いて、財閥と言う組織は存在しない。戦後まもなく、GHQによって解体されているからだ。
勿論、財閥由来の企業が生き残っている事例は枚挙に暇がない。だがそれにしても、財閥と表立って名乗っている組織は現代に於いて存在しない。常識である。
その歴史に逆らうかの如く、この世界での峰津院家は、財閥を名乗っているのである。多種多様な参加者を招聘してると思しき、この聖杯戦争で。
普通の学があれば『あり得ない』と思って間違いない組織の長など、疑われて当たり前であろう。
そして現に、明らかに待ち伏せの末に大和は襲われている。
峰津院家が峰津院家たる力を失ってこそいるが、そんな限られた状況下にあっても、大和は生き馬の目を抜く努力に余念がない。
この界聖杯内の東京内に初めから備わっていた霊地の確保及び、ベルゼバブが抹殺したキャスタークラスが使っていた陣地をリサイクルする形で引き継いだ元陣地。
これらを巡回している最中に、サーヴァントの襲撃にあった事が、ままあった。そしてその度に、ベルゼバブが返り討ちにしていた。
「羽虫、貴様に襲撃を仕掛けた、あの害虫共の事か?」
「目下調査中だ、私に牙を向く事の意味を、首をかっ切られたその時初めて奴らは解るだろう」
怒りを込めて口にする大和。
数日前、大和は財閥が支配する土地の一つ、霊地として改造をし終えた築地本願寺の様子を見回っていたその最中に、合同墓で襲撃にあった。
サーヴァントでは、ない。顔にガムテープを巻いた少年と青年、少女の3人組。彼らは、明白な殺意を以て大和に向かってきたのである。
その全てを、大和は即座に殺した。体躯に見合わぬ大ぶりのナイフを持った少年は、ナイフを避け様に側頭部を掴み、高速で頭部を石壁に叩きつけ、頭蓋を破壊して殺した。
果物ナイフ程度の刃渡りの包丁を持った少女の方は、顎目掛けて蹴りを見舞い、下顎を砕いてうつ伏せに倒れた所を、踵で後頭部を勢いよく踏み付けて殺した。
投げ技を狙った重心で立ち回る青年の方は、まともに相手すらしなかった。青年目掛けて魔術によって生成した火球を直撃させ、灰だけしか残さなかった。
彼らの死体は今はない。大和が使役する悪魔であるケルベロスの、腹の中であるからだ。
「あのクズめらが口にしていた、王子とやらが気に掛かる。クズどものプリンスなど、如何程の価値もない事を知らしめてくれる」
「あの阿呆共に、策を練れるだけの上等な頭があるようには見えん。その王子とやらが、精神的な支柱なのだろう。下らん、それがなければ殺しにも酔えぬ輩と見える」
「……ほう」
意外と、よく見ているじゃないかと大和は評価しなおした。
ベルゼバブと言う男は、一蓮托生の間柄である大和に対しても、羽虫と称して下に見る、増上慢と驕慢の権化のような男である。
だから、他人に対しても一切興味を抱かない、サーヴァントであってもまさに常々彼が口にしているような、『羽虫』としか認識していないのだと思っていた。
だが実際は、そうと言いながらも見ているらしかった。見た上で、興味がないらしい。脅威とも、認識していないらしい。
大和とて、ただ、あのガムテープを巻いた子供達を、殺して終わりにした訳じゃない。
殺した後で死体を見分し、身分を証明するものを探ってみた。収穫はあった。スマートフォンを、持っていたのである。
普通なら、それを発見した時点で個人情報は割れる。どれだけ複雑なパスワードを設定していようが無意味だし、
個人を特定する情報を一切データにしていなくても、そもそもスマートフォンを使えるようにすると言う契約をしている時点で、個人情報は筒抜けの筈なのだ。
にもかかわらず、携帯からでは特定が出来なかった。
先ず、彼らが持っていたスマートフォンについて、あの子供達は電話もメッセージもメールも、一切使っていなかった。
入っていたアプリは、一つだけ。MASSACRE POINTと言う名前のアプリのみ。出どころ不明のアプリだった。検索してみても、それらしい物が見つからない。
勿論、アプリストア等も通していないだろう。つまり、こういう物を作れる技術に長けた人物が作成した、オリジナルアプリと言う事だ。
当然この手のアプリにつきもののスタッフのクレジットも一切ない。万一拾われた時の為に、特定を避ける為だろう。
手の込んでいる事に、アプリを開いてみても強制終了してしまう。恐らくは特定のBluetoothデバイスが近くにあって、初めて起動する類のアプリなのだろう。
ならばと、携帯の出どころを調べてみた所――全く関係のない人物の持ち物である事が解った。この携帯の本来の持ち主達には共通項があった。
先ず、調べられる限界まで親等を調べてみても、大和が殺した子供の情報に掠らない。そして、当の持ち主は既に『死んでいる』。と言うよりは、殺されていた。あの子供達は、本来のスマートフォンの持ち主を殺して、モノを獲得したのだろう。
普通ならばこれで特定は出来ないだろう。
ガムテープを巻いた子供達にとって予想外だったのは、彼らが喧嘩を売った人物が、並のコネの持ち主じゃなかったと言う事だ。
現代に於いて、携帯電話は個人情報の塊である事は論を俟たない。だが、携帯電話以上の個人情報の塊が、其処に転がっているじゃないか。
死体だ。『その死体から採取したDNA』から、大和は下手人を特定したのである。
「DNA鑑定で、クズどもの身元が昨日判明した」
「結果はどうだ」
「奴ら自体はただの
NPCに過ぎない。恐らくは、クズの親玉に扇動されている」
「洗脳でもされているのか? 口車にでも、乗せられたか?」
「可能性としてはゼロではない。其処までは解らん。が、3人共々、家庭に問題があった」
「興味がない」
「ああ、私も興味がない」
大和が殺した3人は、世間の常識と観念で照らしてみれば、恵まれない子供達であった。
少年は後先考えない、避妊のないセックスで生まれた子供だった。
少年を産んだ当時両親の年齢は15歳。高校生どころか中学生で、これが原因で少年の両親は親元と縁を切られてしまい、その腹いせに子供は日常的な虐待に晒されていたと言う。
少女は3歳の時に、産みの父親に先立たれてしまった子供だった。
母親は彼女よりも若い男と再婚、ある時、買い置きしておいたスーパーの総菜を食べていろと少女に言いつけた。総菜の買い置きは2日分、母親はそのまま家に戻らなかった。
青年は小学校を卒業する間際に、交通事故で両親を失った人物だった。
そのまま母方の田舎の祖父母に引き取られるも、環境に馴染めず、その土地の中学で酷いいじめにあっていたと言う。カマキリやムカデを、食べさせられていたのを、教師は見ていて止めなかったそうだ。
――だから、どうした?――
調査部のデータを見て、大和が思った事がそれだった。
哀れとも思わない、同情も抱かない。思う事は1つ。この子供らに、力があれば救われたと言う事実だ。
力があれば、虐待する親を返り討ちにしても良い。力があれば、クズに捨てられても一人で生きていける。力があれば、虫を喰わせた子供らに汚物を喰わせる事だとて出来た筈。
彼らにはその力がなかった。ならば、死んで当然である。だが、もしも。『その力を有していながら、その力を防衛に向けて使ったのに、それを悪と断じられたら?』
勿論結果として、子供達にはそんな力がなかった事は解っている。しかし今の世界では、力で以て自らを抑圧する者を殺し、跪かせる事は許されていない。
結果として、この子供達には力がなかった。正邪を分別する判断力も、なかったのだろう。
そのせいで、クズの親玉にかどわかされ、大和を襲うと言う鉄砲玉に利用され、命を散らしてしまった。
力があれば、救われたのに。そして、力があったとしても、今の世界では正しく評価されず、そのまま失意と無念の内に死んでしまう結末もあった事だろう。
だからこそ、力ある者のみが救済され、頂点に立つ事を許される世界の実現が必要なのだ。その為に大和は、界聖杯を手中に収めるのだ。
「害虫の親玉は解っているのか?」
ベルゼバブの言葉は尤もだ。これが、一番重要な事項だ。
「連中がたむろしている拠点までは突き止めた。誰が聖杯戦争の参加者なのか、解らん」
「無能め」
「調査に出した者達が、帰ってこない」
その言葉の意味するところが解らない程、ベルゼバブは愚鈍ではない。
殺されている。大和もベルゼバブもそう考えた。
驚く程の事じゃない。大和がやった事は要するに、ガムテープを巻いた子供達がさせられていた事と同じだ。
聖杯戦争の事など何も知らないNPCを、サーヴァントのアジトだと解りきっている所に向かわせたのだ。体の良い鉄砲玉扱いだ。
真実を知らない本人達にすればただの簡単な探偵業務であろうが、その実、死んで来いと言われているのに等しい事を知らないのだ。知っていれば、確実に断っていただろう。
「向かわせた全員が死んだのか?」
ベルゼバブの言葉に対してかぶりを振るう大和。
「1人だけ、命からがら、逃げ切った者がいる。東山……そんな名前の女だったな」
「収穫は?」
「酷いパニック状態で、ガムテープを巻いたゴミ共に凶器を振り回されながら追われたと言っていたよ」
「それだけか?」
「興味深い事を、口にしていた。目新しい情報はそれだけだが、其処が引っかかる」
「勿体ぶるな。話せ」
「……『街路樹が喋っていた』、と言っていた」
「街路樹……? 植えている木の事か?」
「そのようだ」
パニック気味のどもり気味にそう説明した東山何某を、大和は怒らなかった。
当の大和が、聖杯戦争と言う常識が通用しない催しに巻き込まれているのだ。樹木が喋った、そんな常識的にはあり得ないような物事を、切り捨てられなかったのだ。
東山何某の話に、曰く。
中央区の高級タワーマンション近辺で張り込みをしていた折、誰もいない所から囁き声が聞こえて来たのだと言う。
人がいる気配がない。そもそも目線をその方向に向けても誰もいない。本当にただ、植え込みと街路樹があるだけ。
にもかかわらず、東山からそう離れてない所から声が聞こえてくるのだ。まるで、幽霊が相談事でもしているかのように。
そして、その声が聞こえてからきっかり一分経過した時に、マンションの入り口から、ガムテープを顔に巻いた子供達が、めいめいの凶器を手に凄い勢いで向かってきたのだ。
この追跡に逃げ遅れて、東山とバディを組んでいた荒井と言う男は、首を刎ねられ殺された。彼女が逃げ果せたのは、悪運の強さの故であろう。
「その言葉を、世迷い言だと切り捨てるのは容易い。それも戦略だろう。疑い始めれば、終わりはない。心中のしこりは、少ないに越した事はなかろう」
「貴様は、調査に出た者の言葉を何と考えているのだ。羽虫」
「あり得る事だ、と」
大和は、東山の言葉を真実のものとして認めていた。
超常・魔道の道に於いて、『物』が喋ると言う事はあり得ない話ではなかったからだ。
大和達が使役する悪魔と言う存在は、一神教的な神に敵対し人心を惑わす悪しき存在と言う意味ではない。超常的・超自然的な存在全てを、ひっくるめて悪魔と呼ぶのだ。
その悪魔の中には一神話体系の主神や創造神に等しい存在もまた名を連ねており、彼らの中には、一挙手一投足で神々や新生命を創造出来る存在だって少なくない。
これを思えば、物に意識を宿らせ言語を喋らせる力など、なんて事はないあり得る話だった。無論、難易は別として、である。
「囁きが聞こえてすぐに、息のかかった羽虫共が集りに来た。意味するところは1つ。監視であろうよ」
「流石だな。其処まで頭が働くか」
「この程度、推察出来ないでどうするか」
司令官と言うポジションにいた、そんな事実は伊達ではなかった。大和と同じ事を、考えていたからである。
もしも、少ないリスクと魔力の消費で、創造主に対して絶対服従の意識と言語を解せて発せられる機能を只の物質に備えさせられるのならば。大和とて、やる事は同じだった。
要はアジトの監視だった。
大和の予想では、あのガムテープの子供達は規律だった秩序の下に、無秩序で破滅的な混沌をふりまく集団だと考えていた。
規模だとて、寡兵のそれではあるまい。ある程度の頭数を擁立しているであろう事も睨んでいる。
組織の構成員の数が多ければ多い程、その分しくじる可能性も高くなる。ましてあのガムテープの連中は、年齢的に未熟な子供まで駆り出している始末だ。何処かで必ずや、足やボロが出る。
当然そうなった場合、根城にしている所を叩かれるに決まっている。だからこそ、本拠点近辺に監視の目を光らせる必要が、彼らの側にもあるのだ。
監視カメラは設置する時間とコストがかかる。何よりサーヴァントが持つ超常の能力の前では無意味になる率の方が高い。だからこそ、喋る物質なのだろう。
気付いてしまえば兎も角、気付かれなければ、ただの樹木や花草が喋るなど意識の外の事象。加えて、東山と荒井を認識したのなら、視覚や聴覚も持ち合わせているだろう。
五感を持ち、自らの意志とそれを口にする機能を備え、加えて創造主には絶対服従。そんな物を作り出せるのなら大和であっても、監視を筆頭としたあらゆる用途に、使うのだ。
とは言え、あくまで予想だ。実際のモノを見ていないので何とも言えない。
それに、物質が喋る事が出来るとは言え、その喋っている内容をどのようにして、遠く離れている創造主に伝達するのか、その手段にも疑問が残る。
だが今や、この程度で良い。アジトが解り、能力の一端を知り、戦力の規模も推測出来る。叩きに行っても良いが、材料が少ない。今は待ちだ。
「狡知を弄する者がいる……。そう貴様は言ったな、羽虫」
「ああ」
「貴様を狙った害虫共は、多少小賢しい程度にしか聞こえん。とてもではないが、それ以上。凝った策を練れるようには見えんが」
「その通り。あのクズ共は違うとみている。少し知恵が回る程度の頭でしかないだろうな。それでも、油断するつもりはない」
「なら、本命は何処にいる」
「それを悟らせないから、狡知なのだ」
「……成程。一理ある」
ベルゼバブは其処に理解を示した。
「この地に呼ばれ、ランサーを召喚してから最初に行ったのが、財閥の構成員の動向を常に調査室を使って見張らせる事だった。NPCなど信用していないからな」
「結果は?」
「財閥の構成員だと明らかに理解した上で、コンタクトを取って来ている者と出くわした。そんな者が複数人いたよ」
「……ままある事ではないか」
それ自体は別段珍しい事じゃない。
この世界で言う峰津院財閥とは、様々な場所に口利き出来て潤沢なカネの力を保有する組織である。
当然、そんな所と繋がりを持ちたい、斯様な下心を抱いてアポイントを取ろうとして来る者は、一個人・一企業問わず大勢いる。
「私と直接話をしたい、そう宣う者もいたそうだ」
大和は峰津院財閥の現当主、つまりトップの中のトップである。
全指揮権と運営権、決定権の全てを兼ね、それに伴う全責任を負う文字通りの頭なのだ。彼の決定こそが、財閥の意志なのである。
何処の馬の骨とも解らぬ木っ端が、いきなり大和と話をしたい、と頼み込んでも普通は門前払い。
現に、財閥の構成員でそう頼まれた者達の全てが、それは出来ないと素気無く断っている。そう言う教育を、徹底しているのだ。
それに、財閥とコネクションを持ちたいと思って、それを実行に移す者であっても、まさかいきなり大和に会えるなどとは思っていない。段階を踏んで、行く行くは。そうと思っているのである。
それにも関わらず、一足飛びに大和と会いたい、と言う者が出てくる。
常識がないか、そうでもしないと首が回らない程事情が逼迫しているのか。事情は解らないし興味もない。そもそも会う気はないからだ。
重要なのは、そうと提案して来た人物の数が多い事である。一度までなら偶然とする事も出来るが、二度、三度と続けば、それはもう偶然ではなく、誰かの手引きの下によって行われる必然である、と言う蓋然性が高くなる。少なくとも大和は、そうと睨んでいる。
「私が出る義理も意味もないが、気には掛かったのでな。財閥の関係者にコンタクトを取って来た者達の素性を、調べ上げた」
「用意周到な事だな」
「結論としては、聖杯戦争と関係がありそうな事情を抱える者は、一人として存在しなかった。無論、その関係者も含めてな」
「戦闘に対して適性のあるサーヴァントもいれば、諜報や工作に長けた羽虫共もおろうが。痕跡は消し去られていよう。NPCを使った調査では、それが限界と言う事か」
歴史に名を刻んだ『何者か』が英霊やサーヴァントになれる。
その定義で行くのなら、確かに戦闘や戦争で身を立て、輝かしいエピソードを勲章の如く幾つも煌めかせている戦士や英雄達の方が、比率としては多いのだろう。
だが、そればかりが英雄ではない。知略や謀略、諜報や盗み、詐術など、社会の営みの負の側面、つまるところ犯罪で身を立てた者共だって大勢いる筈だ。
彼らの手口や手練は知らないが、確実に言える事は、何の能力も持たないNPC程度では先ず彼らの行為に感づく事は不可能。
そもそも、彼らの手口に自分が加担していると言う事実に気づかない、つまり『既に彼らのプランに組み込まれている』のにそれと解らず日常生活を送っている者だとて、居る筈だ。
財閥関係者にコンタクトを取った人物が、本当に彼らの息のかかった者なのか否かは解らない。
解らなくて当たり前だ、自分に目が及ばないように手を打つからプロなのである。故に、NPCのみを使った調査では、その辺りが『底』である。
「これ以上の調査はマンパワーの浪費に過ぎん。徒労でしかない。裏から我々を補足する蜘蛛が、居るやもしれない。と考える程度に留めるさ」
「蜘蛛は、靴で潰すものだ」
「見つかれば、な。意識させすぎて消耗戦に持ち込ませるのも奴らの策だ」
仮に、大和を補足し、コンタクトを取ろうとする蜘蛛がいるとして。彼らの主目標は何か、と言う話になる。
当然前提は界聖杯への到達であろうが、其処までの過程で大和とどう付き合うのか? 敵としてか、同盟相手としてか、利用するツールとしてか?
付き合い方は色々であろうが、聖杯戦争がたった一人しか生き残れない勝ち残りのそれであると判明してしまった以上、その蜘蛛にとっても大和は最終的には死ぬべき相手になるのだ。
大和と、彼が従えるベルゼバブの力は強大だ。真正面からでの、小細工抜きでの戦いなら無敵に近い。だが、その無敵も、3日、4日と戦局が長引いて、維持出来ているかは解らない。
だから、消耗戦に持ち込ませる。何も魔力や兵糧、弾丸の数だけが消耗の対象ではない。生きるか死ぬかの極限状態では、精神の摩耗も深刻となる。
『蜘蛛はまだ生きているのではないか?』、『何時か裏切るのではないか?』、『果たしてこの策は自分達の為になるのか?』。
そんな疑心暗鬼を埋め込ませ、何が正しく間違っているのか、解らなくなった所を抹殺する。そんな手法も当然成立し得る。
敵か味方か解らない、胡散臭い奴。そんなイメージは、メリットにも転ぜられるのだ。
それが解らぬ程、策謀で鳴らしたサーヴァント共も馬鹿ではあるまい。恐らく蜘蛛達は、大和が想像以上の愚物で、早々に馬脚を現す事が一番楽だと思っていよう。
または、財閥の力を利用して、戦局を有利に進めようと思っているのかも知れない。そのどれにも引っかからず、中途半端に蜘蛛の存在に気付いていても、誰が下手人なのか解らないのなら、
彼らにとってはノーダメージである。寧ろ意識している分、思考のリソースを誰か解らぬ犯人に割かねばならない為、確実な消耗を強いる事が出来る。
まことに、大和にとって業腹だが……既に彼は、蜘蛛の策に嵌ってしまっていた。其処に、怒りを覚える。
「癪に障る有名税だ」
吐き捨てるように告げる大和。究極、彼、もとい峰津院財閥が有名だからこそ取られている作戦だろう。
何ならば、知略に長けたサーヴァント以外の有象無象も、大和とベルゼバブを意識した行動をしていよう。
「蜘蛛を見つければ、貴様はどうするつもりだ。羽虫」
「我々を釣ろうとする餌を、確実に用意しているつもりだ。それだけを奪う。奪った後に潰す。知略や謀略が得意な者など、私にはいらん。立案など、私で足りるからな」
「手に負えぬ、と判断したらすぐに殺せ」
実感を込めて、ベルゼバブが言った。語調が強かったのを、大和は見逃さなかった。
「力を求むる者と、知を信じる者とでは、余りに目標が違い過ぎる。決して交わる事はない。合わぬと思えば、殺せ」
「……肝に銘じておこう」
過去に、何があったのかは問わない。聞く気もない。
ただ、この言い方だと、出し抜かれたのだろう。ベルゼバブの瞳には、果てぬ殺意が渦巻いていた。
コンコンと、ノックの音。
それを聞くや、ベルゼバブはプロテインシェーカーの蓋を開け、ストローではなく直飲みで、プロテインとレッドブルのカクテルを飲み干し、その後に霊体化する。
嫌そうに眉を顰めさせながら、大和はただ、「入れ」と口にする。
「失礼します」
ドアを開け、一礼してから入室して来たのは、ブラックスーツを纏った長身の女性だった。
涼し気に整えられた黒髪に、スッとした鼻梁で整った顔立ち。目つきは鋭く、まるで鷹のように油断のない光が輝いている。
露出の少ない服装のせいか、まるで雰囲気は男装の麗人だった。街を歩けば、男のみならず同性であっても、振り向いて見てしまうような『華』があった。
迫真琴、それが入室して来た女性の名前であった。
「……? と、当主様? 机の前に散らばっている、あのチェス盤は?」
入室してから部屋を眺めて、真琴は、真ん中から破断したチェスのボードを見て、怪訝そうな表情を浮かべてそう言った。
「不良品だ。後で回収しておけ」
「机の上のプロテインシェーカーは……?」
「朝食だ」
苦しい言葉だが、そんな言葉でも、大和が自信満面に告げれば、そういう物かと納得してしまう。現に真琴は、納得してしまっていた。
「成程……朝食では足りなかったのですね。食べ盛りですからね、配慮が足りなかった様子。私の方から厨房に言って、量を増やして貰うように致します」
――……余計な事をしおって、ランサーめ――
ベルゼバブの軽はずみな行動に、胸中で大和は愚痴を零す。
「ですがプロテインとエナジードリンクは組み合わせが悪いですし、エナジードリンクは飲みすぎると身体に毒ですから、今後は牛乳などにされた方が――」と、
言わなくても解る知識を口にする真琴の言葉をそこそこに。大和は、今日の予定を真琴に促した。
聖杯戦争本開催、二時間程前の出来事であった。
【渋谷区・峰津院邸/一日目・午前】
【峰津院大和@デビルサバイバー2】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:宝具・漆黒の棘翅によって作られた武器をいくつか
[道具]:悪魔召喚の媒体となる道具
[所持金]:超莫大
[思考・状況]
基本方針:界聖杯の入手。全てを殺し尽くすつもり
1:ロールは峰津院財閥の現当主です。財閥に所属する構成員NPCや、各種コネクションを用いて、様々な特権を行使出来ます
2:グラスチルドレンと交戦しており、その際に輝村照のアジトの一つを捕捉しています。また、この際に、ライダー(シャーロット・リンリン)の能力の一端にアタリを付けています
3:峰津院財閥に何らかの形でアクションを起こしている存在を認知しています。現状彼らに対する殺意は極めて高いです
4:東京都内に自らの魔術能力を利用した霊的陣地をいくつか所有しています。数、場所については後続の書き手様にお任せします。現在判明している場所は、中央区・築地本願寺です
【ランサー(ベルゼバブ)@グランブルーファンタj-】
[状態]:健康
[装備]:ケイオスマター、バース・オブ・ニューキング
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:最強になる
1:現代の文化に興味を示しています。今はプロテインとエナジードリンクが好きです
2:狡知を弄する者は殺す
時系列順
投下順
最終更新:2021年08月24日 07:07