「おいおい……何だよ、このプリンセスもどきのサーヴァントは」

 東京23区の某所。
 ”割れた子供達(グラスチルドレン)”のアジトにて、眼鏡の少年が表情をしかめていた。
 彼はヒデユキ。司令(オーダー)のコードネームが与えられた幹部だ。

「なあ、司令(オーダー)。映像はちゃんと見えてるか?」
「…………大丈夫。攻手(アタッカー)のおかげで、ドローンもちゃんと戻ってきたから。これで、敵対サーヴァントの情報を共有することができる」

 隣に座る体格のいい少年の言葉に司令(オーダー)は頷く。
 彼はタカヒロ。ヒデユキこと司令(オーダー)と同じく、”割れた子供達(グラスチルドレン)”の幹部であり、攻手(アタッカー)のコードネームで呼ばれていた。
 そんな彼らが居座る部屋の窓に、一機のドローンがやってくる。

「攻手(アタッカー)、ドローンが戻ってきたよ」
「司令(オーダー)……頼む」
「了解。じゃあ、指示するからね」

 司令(オーダー)の言葉通り、立ち上がった攻手(アタッカー)はドローンを回収した。
 毒親に苦しめられたせいで、彼らは重い欠損を抱えていた。自分たちの夢や未来を否定され続け、逃げ出した矢先……交通事故に遭って人生を台無しにされてしまう。
 ヒデユキは四肢を失い、タカヒロは視力を失った。その復讐に家族を殺したことをきっかけに、二人は”割れた子供達(グラスチルドレン)”の一員となり、幹部に昇格するまで活躍する。
 そして、この聖杯戦争でも社会の影に隠れながら、ガムテを勝たせるために暗躍していた。プロゲーマーを目指した二人が力を合わせれば、最新鋭のドローンでも難なく操作できる。

「ここを隠れ家にしてたけど、そろそろ潮時だな」
「じゃあ、掃除は私たちに任せて。ここにいた証拠は何一つ残さないから」

 司令(オーダー)と攻手(アタッカー)のサポートをする”割れた子供達(グラスチルドレン)”が動く。
 ここは”割れた子供達(グラスチルドレン)”が即席のアジトとして利用していた住宅だ。東京23区の各所にマスターとサーヴァントが潜んでいる為、いくつかの拠点が必要と判断し、司令(オーダー)と攻手(アタッカー)が利用している。

「プリンセスもどきのサーヴァントが来なければ、あいつらは仕留められたけど……情報を手に入れただけでも、良しとするか」
「そんなにヤバかったのか? 司令(オーダー)が見たサーヴァントは」
「多分、俺と攻手(アタッカー)がどんな武器で攻撃しても、まともなダメージは期待できないね。一先ず、こいつらには手を出すなってみんなには連絡しないと」

 負傷したマスターとサーヴァントを襲撃させて、あと一歩というところまで追い詰めた。
 だけど、空からやってきたプリンセスみたいな少女に邪魔された。令呪と思われる紋章は見当たらず、数の不利をあっという間にひっくり返す身体能力から考えて、サーヴァントだろう。
 キラキラしたコスチュームや髪飾り、あるいは派手なツインテールなど、まるで人気アニメ・プリンセスシリーズから飛び出してきたかのような外見だ。
 重度のプリオタかもしれないが、それだけ手ごわいサーヴァントかもしれない。下手に手を出すのは危険だった。

「もう”割れた子供達(グラスチルドレン)”は他の奴らに気付かれている。この辺り一帯のメンバーも帰還しているから、オレ達も逃走(ずらか)るぞ」

 既に”割れた子供達(グラスチルドレン)”の存在が他の主従に広まっているため、今は急いで帰還する必要があった。
 これ以上、即席のアジトを利用するメリットはない。

「でも、攻手(アタッカー)のおかげで、ドローンを帰還させることができたよ。やっぱりスゲぇよ」
「ハッ、司令(オーダー)がいたからだろ? お前がいたからこそ、俺は今でも操縦できるんだよ」

 あのプリンセスもどきサーヴァントが現れた瞬間、急いでドローンをその場から退避させた。
 破壊または強奪をされては、敵対サーヴァントの情報を得られない。一方的に情報を奪われた挙句、仲間を殺されたままでいるのは癪だった。
 プリンセスもどきサーヴァント・浮浪者の少年・赤と黒のタイツをまとったサーヴァント……この3人の顔だけは入手できたことが幸いだ。

「掃除、終わったよー」
「タクシーも呼んだから、もう行こう」

 殺し屋たちが交わすとは思えない程、穏やかな日常で繰り広げられそうな言葉。
 指紋はおろか毛根一本たりの痕跡も残さないまま、彼らは家を出た。
 そして、呼び出したタクシーに乗り込む。運転手に行き先を教えて、彼らは移動する。
 既にマスターブッ殺し課題(クエスト)も切り上げとなり、期待の新人(ニューカマー)の歓迎会(パーリィタイム)を始めるそうだ。ならば、今回の情報はちょうどいい手土産になるだろう。



【備考】
NPCである司令(オーダー)及び攻手(アタッカー)、”割れた子供達(グラスチルドレン)”のメンバー2名@忍者と極道がタクシーに乗り込み、移動しています。
※彼らが回収したドローンにはキュアスター・神戸あさひデッドプールの映像が映し出されています。この三人についてもまだ手を出すつもりはありません。


 ◆


 神戸あさひくんとアヴェンジャーさんからの励ましを受けてから、私・櫻木真乃星奈ひかるちゃんと一緒に283プロダクションを目指しています。
 私は一人だけじゃ何もできない無力な女の子だと思い込んでいました。だけど、私の中の輝きに気付いてくれたり、また私の在り方を認めてくれる人たちがいます。
 みんなの優しさと思いやりがあるから、私はこうして足を動かせるようになりました。
 私に何ができるのかまだわかりません。
 でも、自分を一方的に決めつけたり、また傷付けたりすることは誰も望まないでしょう。プロデューサーさんだけじゃなく、灯織ちゃんとめぐるちゃんだって、私が私を否定したら絶対に止めるはずですから。

「タクシー、全然通らない……」
「仕方ないですから、ダッシュしましょう! タクシーがダメならバスや電車です!」

 私とひかるちゃんは283プロに向かっている最中ですが、世田谷区からでは時間がかかります。
 でも、タクシーを探しても見つかりません。ひかるちゃんが言う通り、公共の乗り物を使うのが一番ですが、駅とバス停も少し離れています。
 ひかるちゃんがプリキュアに変身して、私を抱えて大ジャンプしてもらう方法もありますが、それだと目立ちます。だから、今は二人で走るしかありません。

「ひかるちゃん、大丈夫? ここからだと、ちょっと遠いけど……」
「わたしなら全然オッケーですよ! 昔から体力に自信はありますし、山登りや水泳だってみんなと一緒に楽しみましたから!」
「……そっか。なら、二人で走ろう!」

 私もひかるちゃんも、人一倍の体力はあります。
 到着までどうしても時間がかかりますが、諦める訳にはいきません。
 私はアイドルとして体力をつけて、ひかるちゃんは宇宙中を冒険しながらプリキュアとして頑張りました。だから、走る分には何の問題もないです。

「……あっ! で、でも……その前に……一つだけ、話したいことがあるの」
「話したいこと?」

 ただ、気がかりなことがもう一つあります。
 当たり前ですが、ひかるちゃんは不思議そうな顔で私を見つめます。

『ひかるちゃん。念話だけど、大丈夫かな?』

 私は念話で訪ねました。
 これから聞きたいことは、人前で話してはいけないことですから。

『……大丈夫ですよ! 何でも話してください!』

 ひかるちゃんは元気な笑顔を見せてくれます。
 そのまぶしさと、ひかるちゃんの優しさに私の胸が痛みそうです。だって、私はひかるちゃんの傷を抉ろうとしていますから。
 それでも、私はちゃんと伝えるべきです。マスターとしてではなく、ひかるちゃんのパートナーとして。

『ひかるちゃん。例え、これから誰に何を言われようとも……何があろうとも、私は絶対にひかるちゃんの味方をするよ』

 真っ直ぐにひかるちゃんを見つめながら、私は自分の気持ちを伝えます。

『……はい! 知っていますよ! 真乃さんはどんな時でも、わたしを応援してくれているので、とても嬉しいですし!』

 いつものように、ひかるちゃんは笑顔を見せてくれました。
 天の川銀河のようにまぶしくて、私の心も照らしてくれそうです。
 ……だけど、これから私はひかるちゃんの笑顔を奪おうとしています。

『そうだね。私は、いつだってひかるちゃんを応援しているし、ひかるちゃんだって私のことを応援してくれているのは……知ってるよ?』
『お互い、キラやば〜! なエールをいつも届け合っていますもんね! フレフレ! って!』
『……うん、だから……これから、誰に何を言われても……私は、ひかるちゃんを守るよ! ひかるちゃんが、さっきの戦いのことで責任を感じていたら……私も、一緒に責任を背負うから!』

 勇気を出して私は伝えました。
 ひかるちゃんから笑顔が消えて、表情は困惑で染まります。
 私たちの間で流れる時間が止まったように感じました。人や車が動いているのに、私とひかるちゃんだけが停滞しちゃったようです。

『……ご、ごめんね……ひかるちゃん。でも、これだけは……ちゃんと、言わないといけなかったの……ひかるちゃんだけが、罪や痛みを背負うなんて、不公平だと思うから……』

 念話でも、私の声は震えていました。
 罪を蒸し返して、ひかるちゃんの心を傷つけてしまうのはわかります。
 だけど、ひかるちゃんだけが苦しむなんて、私はやっぱり納得できません。ひかるちゃんが悲しみを抱えていたら、私も支えてあげたい。
 例え、ほんの少しだけでも……ひかるちゃんの痛みを和らげたいです。

『……私、アイさんみたいに頭はよくないし、あさひくんみたいに勇気がない……でも、ひかるちゃんと一緒にいてあげることはできるの。私に、何ができるのかわからないけど……』
「違いますよ、真乃さん!」

 私の念話は、ひかるちゃんのハグで遮られちゃいました。
 しかも、念話じゃないひかるちゃん自身の声が私の耳に響きます。

「真乃さんが何もないなんて、絶対に違います! 真乃さんの中には、真乃さんだけのイマジネーションがあって、それがあるからわたしはわたしでいられるんです!」

 私の胸の中で、ひかるちゃんは顔を上げてくれます。
 綺麗でかわいい瞳はほんのちょっとだけうるんでいましたが、ひかるちゃんは笑っていました。

「心配してくれて、ありがとうございます! 確かに、さっきのことはとても悲しいですし、わたしはずっと忘れちゃいけないと思っています……でも、真乃さんが隣にいてくれれば、わたしは頑張れますよ!」

 まるで、私の中の弱音を吹き飛ばしてくれるように、ひかるちゃんの声はエネルギーで溢れています。
 やっぱり、ひかるちゃんはとても優しくて強い女の子です。だけど、それだけに私は心配でした。
 あさひくんが私を心配してくれたように、もしかしたらひかるちゃんがたった一人で苦しんで、自分を傷つけてしまうのではないか……そして、プロデューサーさんみたいに、私たちの元から去っちゃうかもしれないことが、とても怖いです。

「ひ、ひかるちゃん……でも……!」
「……あれ? もしかしてあなたは、櫻木真乃……でしょうか?」

 私が言葉をつづけようとした瞬間、声をかけられちゃいます。
 振り向くと、髪の長い小さな女の子と背が高い女の人が、私たちを見つめていました。

「そうだけど……どこかで、会ったっけ?」
「本で見たことあります! 確か、咲耶のお友達……でしたよね?」
「……えっ!? あなた、咲耶さんを知っているの!?」
「はい! ボクは古手梨花……咲耶は、ボクをお友達と認めてくれた素敵な人でしたよ!」

 その女の子・古手梨花ちゃんの口から出てきた咲耶さんの名前に私は驚きます。
 彼女もまた、聖杯戦争のマスターであることに、私はすぐ気付きました。




「そ、それじゃあ……梨花ちゃんは、咲耶さんに会っていたの!?」
「そうです! 咲耶は本に載るほどの有名人ですから、咲耶のお友達と会って話がしたかったのです! にぱー!」

 ”私”の古手梨花ではなく、”ボク”の古手梨花として振る舞いながら、天真爛漫な笑顔を見せる。
 宮本武蔵光月おでんの一騎打ちが終わってから、私たちは改めて新宿を目指して歩いていた。その矢先、私は櫻木真乃と出会って共にタクシーで移動することにした。
 TVや店の雑誌で真乃の顔を何度か見たから、すぐに話しかけることができた。
 人通りの少ない道で助かったわ。アイドルに話しているところを目撃されたら、絶対に目立つし。

「……梨花ちゃんたちは、新宿に行くんだったよね? だったら、そこまで送ってあげるよ!」
「何から何まで、ありがとうです! 咲耶が働いていた場所にも興味はありますけど……用事があるので、後にするのです」

 ”ボク”が口にした言葉は、”私”にとっても本心だった。
 これから新宿区に向かうとしても、炎天下で歩くのはとても危険だ。また、乗り物を使うにしても、今後のことを考えると所持金を節約したい。
 真乃を利用する形にはなるけど、同行させてもらったのはありがたい。お金を払ってもらえるし、あと涼しくて快適な移動もできる。
 おでんとセイバーが戦った分だけ時間もかかったから、尚更乗り物が必要だった。
 とりあえず、セイバーには助手席に座らせるつもりよ。後部座席だと絶対に危ないし、これはマスター命令だから。

「そーそー! お姉さんとしても、素敵な女の子二人とご一緒できた上に、こんな快適に移動できるなんて本当にありがたいよ〜!」
「ダメですよ、お姉さま? 二人に変なことを言うのは! それ以上は禁止なのです! ぶっぶっぶー! ですよ!」
「うっ……! で、でも……梨花ちゃんからの『お姉さま』呼びも……これはこれで、悪くないかも! もっと呼んで!」
「……やれやれなのです、お姉さま」
「はううううぅぅぅぅぅぅ! お姉さまサイコオオオォォォォォォォォッ!」

 真乃と彼女のサーヴァントであるアーチャーを見つけてから、いつものようにセイバー・宮本武蔵は目を輝かせた。流石に三度目になると、私も慣れちゃったのか……『ダメなのです!』とツッコミを入れたら、黙ってくれた。
 ちなみに『お姉さま』というのは、周りに怪しまれないための呼び名よ。でも、それはそれでセイバーは喜んじゃってる。

「……二人とも、とっても仲良しだね!」
「まさに、心からのベストパートナーって感じで、キラやば〜!」
「はい! 困った人ですけど、とても頼りになるお姉さまですよ!」
「梨花ちゃんー! 困った人ってのはどういう意味〜!? あっ、でも……とても頼りになって、しかもお姉さま呼びと来たとは!? も、もっと呼んで〜!」
「わかりました! 困った人ですね!」
「そっちじゃないいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

 タクシーを待つ間、私たち4人は和気藹々と過ごしていた。
 まるで、雛見沢で何度も繰り返し続けた日常のように、賑やかで平穏だった。
 圭一やレナ、魅音や詩音、それに沙都子がいた頃も、こうして楽しく過ごしていたわ。悲劇が起きて、何度もぶち壊れてしまったけど。

『…………そういえば、梨花ちゃんは大丈夫なの?』

 セイバーの念話が頭に響く。
 さっきのはしゃぎようからは打って変わって、真剣な声色よ。

『彼女たちよ。可愛いっちゃ、可愛いけど……本当に頼りにしていいのかなー? って気持ちはあるんだよね』
『タダ乗りさせて貰っておきながら、図々しいわね』
『それはわかってるよ? でもね、何というか……本当に現実が見えているのかなーって、どうしても思っちゃうの。二人には悪いけどさ』
『それを、今から見極めるのでしょう? わざわざ、私たちの方から火の中に飛び込むのだから。いざとなったら、お姉さまが守ってくれるでしょう?』
『……そこまで言われちゃ、私も頑張らないとね』

 セイバーの言葉自体は私にもわかる。
 困った人どころではなく、どうしようもない性格のセイバーだ。だけど、私のことを守ってくれる気持ちは本当だし、また人を見る目もそれなりにある。
 でも、今は……

『あっ、それと話は戻すけど……もっと、お姉さまって呼んでくれない!?』
『ダメなのですよ! これはマスター命令です!』
『そんなあああああぁぁぁぁぁ!』

 私はセイバーの頼みを却下する。
 セイバーはやかましく騒ぐけど関係ない。うるさい声を軽く流しながら、私は隣に座る櫻木真乃の顔を見上げたわ。

(彼女たち、大丈夫なのかしら? いい子なのはわかるけど、背中を任せられるかどうかは保留ね……)

 彼女は咲耶と同じ事務所に通うアイドルで、まさに清廉潔白と呼ぶにふさわしい子よ。
 咲耶ほどの強さは感じないものの、性格自体はとても真面目で、私のことを優しい目で見つめてくれる。当然、彼女の言葉と決意に嘘は感じない。
 ……でも、頼りなかった。比較することは失礼とわかっているけど、咲耶のように現実が見えていない。真乃だけでなく、アーチャーのサーヴァントも同じよ。
 聖杯戦争を止めたいという気持ち自体は本物だけど、その具体的なプランがまるで見えてこない。

(出会ってすぐなのに、咲耶の名前を出しただけで私たちのことを信用している……もちろん、私としてもありがたかったけど、正直危なっかしいわ)

 咲耶の願いを知ったから、彼女たちの気持ちを無碍にしたくない。
 ほんのわずかだが、真乃とアーチャーを期待する気持ちはある。彼女たちも、咲耶とライダーのように真っ直ぐな主従だから。
 けれど、今の段階では……真乃たちに全てを委ねるほどの信用はできない。何故なら、彼女たちは善良すぎるが故に、悪意に気付かないまま不意打ちされる可能性もあった。

(どうやら、しばらくは彼女たちを見極めないといけないわね。真乃とアーチャーの二人が、幸せになれるカケラを掴むきっかけになるのか、それとも中途半端な敗者になるのか……"信用できる相手"であるかを判断するのはそれからよ)

 現状では否定的ではあるものの、判断を下すには早すぎる。
 二人とも、第一印象では善良な人間であるため、少なくとも私たちに害を成す存在ではない。それにマスターの真乃はともかく、アーチャーのサーヴァントの実力が未知数である現状、今はまだ切り捨てるべきではなかった。
 本戦開始から時間が経過している以上、相応の実力を持っているはず。いざとなれば、彼女の力を借りる時が来るかもしれない。

「……そういえば、二人はここに来るまでに、誰かと戦ったりしたのですか?」

 だから、私は何気ない様子で訪ねる。
 彼女たちが戦力として真に期待できるのかを知るために。

「……そ、それは……! その、えっと……!」

 その瞬間、真乃の顔が一気に青ざめてしまう。
 まるで、何か言いにくいことを突き付けられたのようだ。

「……はい、戦いましたよ」

 代わりに出てきたのはアーチャーよ。
 真乃とは対照的に、彼女の表情は真剣そのもの。さっきまではしゃいでいたとは思えない程、凛としていた。

「……ま、待って! まさか、さっきのことを……!?」

 だけど、真乃だけは不安な表情のまま。
 何か心当たりがあるのかしら? 随分と都合が悪そうだけど。

「そうですよ! わたしは、言わなきゃいけないんです! このまま、黙ったままなのはいけないと思いますから!」
「で、でも……それは……! 今は、ダメだよ!」
「ごめんなさい、真乃さん! わたしは言います! 今だからこそ、言わなきゃいけないんです!」

 真乃は必死に制止するけど、構わずにアーチャーは続けた。
 彼女は真っ直ぐな目で、私とセイバーを見つめながら宣言する。

「わたしは二人に会う前……戦っていた相手の命を、奪いました!」

 アーチャーの言葉は、私の耳に確かに響いた。



 ◆



「…………そ、そんな…………!」

 わたし・星奈ひかるが叫んだせいで、櫻木真乃さんは震えている。
 古手梨花さんとセイバーさんも、驚いた表情でわたしのことを見ているよ。

「……どういうことですか?」

 だけど、梨花さんはすぐに落ち着きを取り戻す。
 わたしに対して怒りや失望の目を向けていないし、警戒してもいない。

「ここに来るまで……梨花さんたちと出会うちょっと前に、わたしは戦いました。その時、一人だけ……この手で、命を奪っています」

 ゆっくりと、わたしは梨花さんたちに説明するよ。
 ウソを言っているつもりはないし、わたしが公園で人の命を奪ったことは事実だった。

「それって、真乃を守る為?」
「そうですよ。あそこでわたしが戦わなかったら、今度は真乃さんが狙われましたから……わたしはサーヴァントとして、マスターの真乃さんを守る責任がありますし」

 わたしの口から出てきた言葉は、鋭いナイフのようにわたし自身を刺してくる。
 でも、これはわたしの罪に対する罰だよ。例え宇宙中から許されようとも、わたしだけは絶対に逃げちゃいけない。

「……わかっています。わたしのやったことは、絶対に許されないって」
「いや、アーチャーちゃんの責任自体は、充分にわかるよ」

 セイバーさんは重い口を開く。
 だけど、わたしを見つめるその目つきは厳しくなっていた。

「話してもどうしようもない相手ってのはどこにだっているよ? 私も、そんな奴は何人見てきたかわからないし……そういう奴はさっさとたたっ斬るべきだから。でもね、それとはまた別の理由で……私は二人を信じていいのか、迷っているの」
「えっ? ど、どうして……ですか?」
「あなたたち、生きてこの聖杯戦争から元の世界に帰りたいんだよね? もちろん、それ自体を否定するつもりはないし、私だって応援したいよ。でも、具体的な道筋は一つも聞いていない……何も考えがなければ、私は二人を認めることはできないね」
「……咲耶は、小さな可能性でしたけど……ボクたちに道を示してくれました。二人はボクたちを納得させてくれるのですか?」

 セイバーさんと梨花さんの言葉に、わたしと真乃さんは固まった。
 確かに、二人の言う通りだよ。わたしたちに協力してくれる人と出会えたけど、それだけだよ。
 咲耶さんみたいに具体的なプランは出せない。これじゃあ、信用されなくても当然だよ。

「あとね、もっと厳しいことを言うけど……今のあなたたちじゃ、一緒にいて危ないんだよね。頼りないんじゃなくて、危ないの」
「あ、危ない!? ど、どうして……!?」
「その、アーチャーちゃんが戦った相手……殺したのは一人だけってことは、仲間もいるよね?」
「はい。あの時は、10人以上もいました」
「なら、逃げた奴らがまた襲ってくるかもしれないでしょ? そんな時に、下手に同盟を組んだりしたら、私たちだって狙われるの。降りかかる火の粉は払うけどね」

 わたしはグラスチルドレンと戦い、追いはらうことができた。
 でも、追いはらっただけで、彼らをきちんと止められた訳じゃない。ノットレイダーだって何度もやってきたように、グラスチルドレンがまたわたしたちを襲ってくる可能性は充分にあった。
 もしも、グラスチルドレンがセイバーさんと梨花さんを知ったら、絶対に敵と判断する。セイバーさんの隙を狙って、梨花さんが人質にされるかもしれない。

「一つだけ、勘違いはしてほしくないの。正義であろうと頑張る人のことを、私は認めたいよ? でもね、具体的な方法を示さずに、ただ理想だけを語るのは……正義なんかじゃない。簡単に、誰かを滅ぼす悪にもなるの」

 セイバーさんはわたしたちのことを否定してるわけじゃない。
 わたしたちが梨花さんの安全を保障できると信用できれば、セイバーさんは認めてくれる。でも、今のわたしに梨花さんを生きて帰してあげることはできない。

「……ずっと昔、似たようなことをある人から言われました」

 それがわかった上で、わたしは気持ちをセイバーさんにぶつける。

「ぬくぬくと育った私に、全てを奪われた人の怒りと悲しみがわかるわけがないって」
「まぁ、一目見たら……そんな感じはするかな」
「それでも、わたしは知りたいんです。どうすれば、一人でも多くの人のことを知って、手を取り合えるのかを……わたしたちは連れてこられたなら、脱出するための方法だって絶対にあります。それを、わたしは調べたいです」

 無責任な発言だし、セイバーさんたちを納得させられないことはわかっているよ。
 でも、わたしはこの気持ちを曲げることはできない。未来を奪われた子どもの命を一方的に奪っておきながら、こんなことを言っても説得力がないのはわかった上で。

 ――我らの善意は、奴らの悪意を増長させたのだ!
 ――全て、奪われたっ!
 ――この憤りが、お前には理解できまい……ぬくぬくと生きている、お前にはなっ!

 昔、カッパードからぶつけられた怒りが、わたしの中で再生される。
 カッパードの故郷は豊かな水があふれた美しい惑星だった。だけど、別の惑星の人たちにメチャクチャにされて、カッパードは故郷を滅ぼされた。絶望のまま、ノットレイダーの幹部になるしかなかったカッパードにとって、わたしの言葉はただの綺麗ごとだった。
 あの時、カッパードはわたしのことを本気で怒ったように、セイバーさんも今のわたしを受け入れたくないはず。

「……これはまた、漠然としているね」

 実際、セイバーさんはあきれた顔でわたしを睨んでいるよ。

「調べ物をするのはいいけど、私たちはいつまで待てばいいの? 答えを見つける前に、私たちが殺されたらどうするつもり?」

 セイバーさんの疑問に、わたしは何も答えられなかった。
 わたしが言っているのは先延ばしであって、ちゃんとした答えになっていない。それで、わたしたちを信じてもらうのは虫が良すぎる。

「……あっ、タクシーが来ました!」

 この場の空気が悪くなっていく中、真乃さんが叫んだ。
 すると、セイバーさんは霊体化をしてくれた。あの人の格好を考えたら仕方ないのかな。
 真乃さんはタクシーを呼んで、わたしたちは乗車したけど……車の中の空気はとても悪くなってる。
 わたしと真乃さんは何も言えないし、梨花さんも黙ったまま。霊体化をしながら助手席に座っているセイバーさんも、わたしのことを怒っているはずだよ。


 時間が20分ほど経った後、新宿区に着いたよ。
 本当なら梨花さんの目的地まで送るつもりだったけど、それは向こうから断られた。
 梨花さんたちを途中まで送ってから、わたしたちはまたタクシーに乗るよ。

「ここまで送ってくれて、ありがとうなのです!」
「どういたしまして……」

 ペコリと、梨花さんは頭を下げてくれるけど、真乃さんの笑顔はどこか曇っている。
 わたしが余計なことをして話をこじらせた挙句、ちゃんとした答えを出せていないせいだよ。セイバーさんだって、わたしのことを認めていないし。

「うん、私たちをここまで送り届けてくれたことは、感謝しているよ。まだ、認めた訳じゃないけど……応援だけはするからね?」
「みー! 真乃もアーチャーもファイトですよ!」

 でも、さっきと比べると、二人の顔は明るくなっていた。
 少なくとも、怒ってはいないように見える。セイバーさんはまだ期待されているし、梨花さんも優しく励ましてくれた。

「恩返しに、お姉さんから一つだけ助言をしてあげようか」
「じょ、助言?」
「アーチャーちゃん。あなたが敵を殺したことは事実だし、それを”悪”と嗤う奴も出てくるはず……それでも、自分を絶対に曲げちゃダメ。誰に何を言われようとも、迷わずに前を進むの。言えるのは、それだけかな」
「……わかりました。ありがとうございます、セイバーさん」

 セイバーさんの言葉は真っ直ぐで豪快だよ。それでいて、アヴェンジャーさんの励ましみたいに暖かかった。
 二人とも、わたしたちを否定している訳じゃないけど、今のままじゃ期待に応えられない。だから、わたしたちの力で、ちゃんとした答えを出さないといけなかった。

「では、ボクからも恩返しに咲耶のことを教えてあげます」
「さ、咲耶さんのこと!?」
「はい! 咲耶はボクに言ってくれました。どうか、生きてほしいと。辛いことはたくさんあるけど、咲耶は、ボクが生きて元の世界に帰れることを祈っていると……だから、ボクは生きて帰ってみせると、咲耶に約束しました。
 きっと、ボクだけじゃなく、真乃たちに対しても祈っていたと思うのです」

 梨花さんと咲耶さんが交わした約束に、わたしと真乃さんは驚く。
 とても大きくて、梨花さんにとって大事な宝物になった咲耶さんの言葉。咲耶さんの祈りを受け取ったからこそ、梨花さんは生きる義務ができて、セイバーさんも重い責任を背負った。
 本戦前に、梨花さんたちは咲耶さんと会って話をしていた。きっと、二人の中で今も咲耶さんは生きているはずだよ。
 咲耶さんがいるからこそ、今のわたしたちじゃ梨花さんたちと協力できないよね。

「それじゃあ、ボクたちはもう行きますね!」
「本当に途中で大丈夫なの? 良かったら、最後まで送るけど……」
「あぁ、ここまでで大丈夫だから!」

 真乃さんの提案は、セイバーさんに固く断られた。
 あれ? セイバーさんは苦笑いを浮かべているけど、どうしたのかな?

「えっとね。私たちの目的地……多分、アーチャーちゃんには教えない方がいいと思う」
「ほわっ? どうしてですか?」
「それは、ね……私たちの目的地はね……」

 すると、セイバーさんは真乃さんの耳元でささやいた。

「…………ポソポソポソポソポソポソ、なんだよね」
「…………ほわっ? 今、なんて…………?」
「だから……………………ポソポソポソポソポソポソ……………………」
「……………………え、えええええぇぇぇぇぇっ!?」

 カアアアアアアアァァァァァァァッ、と顔が真っ赤にしながら、真乃さんは悲鳴をあげちゃう。
 まるで、こんがり焼いたおもちみたいに熱くなってた。

「なっ、なっ、なっ、なっ…………あわ、あわ、わ、わ、わ、ほわわわわわわわわわわわわわっ!?」
「ま、真乃さん!? 大丈夫ですか!?」
「だ、だ、だ、だ、だ、だだだだ大丈夫だよ! わ、わ、わ、わわわわっ、私ならっ! へ、へ、へへへへへっちゃらららららら……だから!」
「全然大丈夫じゃないです! いったい、何が……」
「聞いちゃダメっ! 絶対に、聞いちゃダメだから!」
「は、はいぃぃっ!?」

 真乃さんのただならぬ様子に、わたしはビックリしちゃう。
 何が何だかよくわからないけど、聞いちゃいけないのは確かだった。これ以上続けたりしたら、真乃さんはもっとパニックになる。
 目がグルグル回っているし、真乃さんの全身はヤカンのお湯みたいに沸騰していた。

「あ、あはは……なんだか、ごめんね……」
「セイバーさん! いったい、何をしたんですか!?」
「そこは、聞いちゃダメだよ! じゃあ、私たちはこの辺でさよならするから! 二人とも、頑張ってねっ!」

 そうして、梨花さんの手を引きながら、セイバーさんは逃げるように去っていった。
 頭の中で無数のハテナマークが浮かぶ一方、真乃さんだけは未だに顔が赤くなってる。よく見ると、目元からは涙がにじみ出ているよ。

「ひ、ひかるちゃん! 私たちも283プロに急ごう!」
「で、でも……真乃さん、大丈夫じゃないような……」
「いいからっ! 早く行くよっ!」
「えっ? あっ、ちょっ、真乃さん! 引っ張らないでください〜!」

 真乃さんに腕を掴まれて、わたしはタクシーに乗せられちゃった。
 凄く強引な行動で、いつもの真乃さんからは想像できないよ。セイバーさんに耳打ちされてから、真乃さんの様子は絶対におかしい。

「えっと……本当に、何を言われたんですか?」
「聞かないでって言ってるでしょ!? もう、早く忘れてっ!」
「?????? な、なんだかよくわかりませんけど……ごめんなさい……」

 その叫びにわたしは縮こまっちゃう。
 梨花さんやセイバーさんとは別れたけど、別の意味で気まずい時間をタクシーの中で過ごすことになっちゃった。
 セイバーさんたちはどこに行くのか気になったけど、もう忘れた方がいいよね。これから先、真乃さんからは聞かないでおこう。
 そのおかげか、283プロダクションの事務所前に着いた頃には、真乃さんは落ち着いてくれた。


【新宿区・歌舞伎町前/一日目・午後】


【古手梨花@ひぐらしのなく頃に業】
[状態]:健康、酔いも冷めたわ(激怒)
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度
[思考・状況]
基本方針:生還を目指す。もし無ければ…
0:白瀬咲耶との最後の約束を果たす。
1:ライダーの所へ向かう。
2:咲耶を襲ったかもしれない主従を警戒、もし好戦的な相手なら打倒しておきたい。
3:彼女のいた事務所に足を運んで見ようかしら…話せる事なんて無いけど。
4:いきなり路上で殺し合い始めるな(激怒)
5:櫻木真乃とアーチャーについては保留。現状では同盟を組むことはできない。

【セイバー(宮本武蔵)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康、右腕に痺れ(中度。すぐに回復します)
[装備]:計5振りの刀
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:マスターである古手梨花の意向を優先。強い奴が見たら鯉口チャキチャキ
1:にちかちゃんとライダーの所へ向かう。
2:おでんのサーヴァント(継国縁壱)に対しての非常に強い興味。
3:アシュレイ・ホライゾンの中にいるヘリオスの存在を認識しました。
4:櫻木真乃とアーチャーについては保留。現状では同盟を組むことはできない。
武蔵ちゃん「アレ斬りたいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。でもアレだしたらダメな奴なのでは????」


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最終更新:2021年09月10日 19:19